「労働基準関係法制研究会報告書」に対する全労働の意見
2025年1月21日
全労働省労働組合 労働基準法PT
厚労省労働基準局に設置された「労働基準関係法制研究会」(座長:荒木尚志東京大学大学院法学政治学研究科教授)は1月8日、報告書をとりまとめた。
報告書は、「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書(以下、新時代研報告書)」(*1)が提起した、①すべての働く人を「守る」こと、②働く人の多様な希望を「支える」ことをどう両立させていくか、あるいは社会や経済の構造変化にどのように対応すべきかという視点から、労働基準関係法制の見直し方向について検討を行っている。加えて働き方改革関連法附則の「見直し条項」に基づく検討結果(但し、労働時間法制)を盛り込んでいる。
報告書が提起した内容は今後の労働基準法制の見直しを通じて労働者の諸権利を大きく変える可能性があり、以下、研究会の議論に即して懸念する点と評価する点について指摘する。
報告書は、労働基準関係法制の構造的課題として、労使の合意に基づいて「法定基準を調整・代替」(デロゲーション)する新たな仕組みの必要性を強調している。具体的には、
①労働基準関係法制制定当初の一律の最低労働基準だけでは働き方の多様化等に対応できていないこと
②労働時間規制を中心に様々な制度が取り入れられてきたことから、規制の内容が複雑化していること
を指摘し、その解決に向けて原則的な法制度をシンプルかつ実効性のある形で定め、労使の合意等の一定の手続の下に個別の企業、事業場、労働者の実情に合わせて「法定基準を調整・代替」(デロゲーション)する仕組みが必要であるとしている。また、こうした仕組みを有効に弊害なく機能させるための基盤として、実効ある労使コミュニケーションを確保する方策(環境整備)が必要であるとする。
こうした構想は、新時代研報告書が提起した問題意識や日本経団連の「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」と重なり合うところが多い。しかも、報告書はこの構想のキーワードとも言える「法定基準の調整・代替」を10回以上も使用しており、報告書がもっとも強調したい部分であることがうかがえる。
しかし、こうした構想自体に賛同できない。
一般に労使の力関係は対等ではなく(労働の従属性)、外形的に労使の合意が成立しているように見えても実際には労働者に選択の余地がなく、その労働条件が「人たるに値する生活を営むための必要を充たさない」(労働基準法(以下、労基法)1条1項)こととなるリスクが常に存在する。そのため、労働基準関係法制は労使の合意(労使自治)によっても侵害することができない「最低基準」(片面的強行法規)を定めた上で労働基本権の保障のもと、対等な労使の交渉と合意によって「最低基準」を上回る適切な労働条件が設定されることを期待している(同法1条2項)。
もっとも、現行の労基法には「最低基準」を下回ることを許容する様々な例外が設けられている。例えば、働き方改革関連法で定められた労働時間の上限は過労死(脳・心臓疾患)の労災認定基準を考慮した労働時間(労基法36条6項2号及び3号等)であるが、それさえ適用されない業務が広範に存在する。しかも、これらの例外業務従事者の過労死・過労自死の件数は他の業務と比べて明らかに多いのであるから、こうした例外を速やかに解消することこそ優先すべき課題と考える。
報告書が示した「法定基準の調整・代替」(デロゲーション)が意味するものは、一定の手続き(労使の合意等)のもと、現行の最低基準(これ自体、先進諸国の中できわめて緩い水準である)にさらなる「抜け穴」を認めようとする動きと見ざるを得ない。
報告書は現行の労働基準法制(最低基準)が複雑であることから、これをシンプルなものとし、その上で労使の合意に基づいて「法定基準の調整・代替」(デロゲーション)を可能にするよう求めている。
このような労働基準法制(最低基準)の複雑さは1980年代後半以降、労働時間規制の「弾力化」などと称して労働基準関係法制の規制緩和が繰り返されてきたことの「産物」であり、従来の規制を解除したことに伴う健康破壊などのリスクを軽減するため、必要な健康・福祉措置や厳格な導入手続きが定められてきたのである。これをシンプルにすることは規制の緩和・廃止にほかならず、労働者の健康破壊などのリスクを増大することにつながる。むしろ、シンプルさを求めるのであれば、複雑さが際立つみなし労働時間制や変形労働時間制の縮小・廃止を検討してはどうか。
報告書には、複数の構成員から提起された意見(第10回研究会)に関して、次のような記述が盛り込まれた。
「三六協定が締結されたとしても、個別の労働者にとって、当該協定で定められた時間外・休日労働を行わなければならない義務が発生するわけではなく、あくまでも労働協約や就業規則、労働契約といった根拠に基づいて時間外・休日労働が命じられ得るものである。三六協定はあくまで上限設定であり、個別の労働者の事情を踏まえて、時間外・休日労働を行うことが難しい労働者が安心して働けるような環境を整備することや、育児や介護等の特定の事由に限定せず、働き方や労働時間を選択できるようにする」
この記述は、一律の規制解除(三六協定の締結)が個々の労働者の働き方の多様化などに対応できていないことから、労働者の自発的な選択によって各人の事情をふまえた時間外・休日労働の上限設定を可能にするものであり、労働者主導の「法定基準の調整・代替」と言うこともでき、研究会の問題意識と重なる部分が多い。(*2)
しかしながら、報告書はこの課題について、「労働基準法以外の法令における対応を含めて中長期的に検討していく必要がある」などとして将来の検討事項へと放擲してしまった。
結局、最低基準の引き下げにつながる使用者主導の「法定基準の調整・代替」は進めるが、引き下げられた規制の復活を求める労働者主導の「法定基準の調整・代替」には後ろ向きであることを示したものと言えるのではないか。
1) 労働者概念の拡張
今日、労働基準法9条が定める「労働者」概念の周辺に位置する「働く人」をどのように保護するかが大きな課題となっている。
この点、報告書は「働く人」の法的保護に関して、①労働安全衛生法(一部)の一人親方等への修正適用、②フリーランス新法の施行、③労災保険の特別加入対象業務の拡大(芸能関係作業従事者、特定フリーランス事業)などの動きを捉え、「個人事業主に対しても特別の法制度を用意して必要な保護を及ぼしてきている」と概ね評価しているようだが、労働者に及ぼされる権利保障と比較するときわめて脆弱であり(*3)、特に③については特別加入の手続きを通じて「労働者ではない」と自認し、「誤分類」を誘発するおそれもある。
従って、労働者概念の拡張を追求していくことが一義的に求められる。その際、人的従属性(使用従属性)に加え、経済的従属性を考慮した「労働者」概念に再構築することが必要と考える。(*4)
なお、新たに労働者概念を拡張した場合、労働基準法制の一部規定が限定的に適用除外とされることも想定されるが、労災保険については全面的に適用すべきである(特別加入制度については加入が任意であり、保険料が自己負担となるなど保護に欠ける)。
2) 労働者性判断の予見可能性
報告書は「諸外国の例を見ても法律上の根本的な定義規定を変えている国はほとんどない」と指摘するなど労働者概念の拡張には消極的であるが、労働者概念の明確化や今日的な微調整には前向きである。例えば、労働者性判断の参考となるガイドラインの策定のほか、1985年の労働基準法研究会報告について、「働き方の変化・多様化に必ずしも対応できない部分も生じている」とし、「労働者性の判断基準に関する知見を有する専門家を幅広く集め」て新たな研究会を設置するよう求めている。
また、新しい働き方(プラットホームワーカー等)に着目し、諸外国で講じられている措置例(推定規定の導入等)を示しながら,個別業務に関するガイドラインの策定などを通じて労働者性判断の予見可能性を高めることを提起している。
このように、予見可能性を高めることは有益なことであるが、並行して労働者概念の拡張に向けた議論を進めるべきである。
3) 家事使用人
報告書は家事使用人への労働基準法の適用除外規定(116条の2)を取り上げ、「適用除外すべき事情に乏しくなってきた」とし、家事使用人への労基法の適用を前提に「履行確保の在り方も含めた具体的な制度設計の検討に早期に取り組むべき」としており、賛同し得る。
その際、家事使用人をめぐるビジネスモデルの現状をふまえた政策的な対応(家事代行サービス事業者との労働契約締結の促進等)も求められる。なお、私家庭において家事使用人を使用する場合、当該私家庭が「事業」に該当するかが問題となるが、あらかじめみなし規定を設けるなど紛争を予防しておくことが適当である。
「事業」に関して、報告書は「労働基準法の地域的適用範囲を画定し、監督・指導の有効性を担保するに当たって、場所的概念としての『事業』ないし事業場が引き続き有効」とし、法適用の単位として「引き続き、事業場単位の原則を維持」するとしたことに異論はない。そもそも、法適用の単位として事業場単位とするか、企業単位とするかは二者択一でなく、規制の目的・効果や監督指導の実効性確保などの観点から総合的に判断することが適当である。
報告書は、主に「過半数代表者」の適正選出と基盤強化に向けた検討を行い、様々な視点から具体的な提案を行っている。これ自体、きわめて重要な課題であるが、その目的を「法定基準の調整・代替」を促進、すなわち労働基準関係法制の「適用除外」を拡大するための検討であるなら有害なものとなりうる。
そうではなく、深刻な機能不全に陥っている「過半数代表者」の実態を抜本的に改善すること自体を急ぐべきである。
報告書が提案する改善策は、①使用者による必要な便宜供与(事業場内の設備や社内イントラネットの使用)、②専門性確保に向けた行政機関による教育・研修支援、③使用者による必要な情報提供、④不利益取扱いの禁止、⑤行政機関・外部専門家・労働組合等の相談支援、⑥過半数代表者の複数化(補助者を含む)、⑦任期制の活用に向けた周知等であるが、具体化に向けた検討を進めることが望まれる。(*5)
また、一定規模以上の事業場においては労働者代表者(個人)に代わり、「労使委員会」や「労働者代表委員会」(*6)を設ける見解があるが、上記の検討と並行して積極的に検討(特に後者)すべきである。
さらに、報告書は過半数労働組合が「過半数代表」となる場合について、「上記のような情報提供や便宜供与は、労使委員会の労働者側委員や過半数労働組合についても過半数代表者と同様の取扱いとする必要があるのではないかと考えられる」との指摘している点は重要である。労働組合役員の多くは通常勤務に続いて時間外労働に従事した後に労働組合活動に従事しているのが実態であり、十全に役割を果たすために不可欠な課題と言える。
なお、過半数労働組合のある場合にも設置する「従業員代表制」についてはドイツ、フランス、韓国等の先行例に照らし、労働組合との並存することで「相乗効果」が期待できるとする見方や労働組合不要論の広がりを懸念する見方もあり、その影響を分析しながら検討されるべきである。
報告書は時間外・休日労働の上限規制について、「現時点では、上限そのものを変更するための社会的合意」がなく、「上限規制の施行状況やその影響を注視することが適当」としているが、上限規制=過労死ラインという現状は「心身の健康の維持」(報告書が提起する「守るの視点」)に照らしてもいかにも危うく、月単位の上限時間であれば、過労死ラインを少なくとも20時間程度(月単位)下回る時間とすることが望ましい。
また、現行の上限規制(労基法36条6項2号、3号)は広範な業種・業務を対象に適用除外(新技術・新商品等の研究開発業務)や経過措置(①建設事業、②自動車運転の業務、③医師等)が設けており、これらの適用除外・経過措置の対象業務でとりわけ過労死・過労自死等が多く発生していることから、これらの適用除外・経過措置を廃止することが急務である。
労働時間の上限規制を実効あるものとするためには、実労働時間の把握義務(労働日ごとの始業・終業時刻)の存在が不可欠である。この点、労働安全衛生法に「労働時間の状況」(在社時間と社外で業務に従事した時間とを合算した時間)の把握義務(労基法66条の8の3)があることで足りるとする考え方もあるようだが、両者は別物であり、労働時間規制(32条、36条6項)の対象である「実労働時間」の把握義務を罰則付で設けることが必要である。
報告書は企業外部への情報開示によって「労働市場の調整機能を通じて、個別企業の勤務環境を改善していくことが考えられる」とする。また、企業内部への情報開示を通じて「個別企業の勤務環境の改善、労基法違反の状態の発生の防止や迅速な是正につなげていくことも考えられる」とするが、企業の外部であっても内部であっても違法の事実を開示すること自体考えにくく、過大な期待を抱くべきでない。
また、「労働基準監督官による臨検監督」に代わる行政手法には到底なり得ないことを確認すべきである。
報告書では、テレワークに相応しい労働時間制度を検討し、フレックスタイム制の改善と新たなみなし労働時間制の導入を提起しているが、後者には反対である。
みなし労働時間制を適用するには、「労働時間の算定が困難」(事業場外みなし労働時間制)や労働時間配分の決定に関して「具体的な指示が困難」(専門業務型裁量労働制)などの実体要件が必要であるが、テレワークであっても「情報通信機器の発達により、企業は働く人の事業場の外の活動についても、相当程度把握できるようになってきている」(新時代研報告書)ことなどを考えれば、これらと類似した性質は見られない。
そこで報告書は、過度な監視の回避や中抜け時間をめぐる紛争予防を目的として掲げ、一定の手続き(集団的合意に加えて個別の本人合意)のもとで「在宅勤務に限定した新たな労働時間制度を設けること」を提起するが、テレワークが長時間労働を誘発しやすいことに照らしても、労働時間の算定管理を要しないとすることに必要性・合理性は乏しいと考える。
法定労働時間を週44時間とする特例措置(対象は商業、映画・演劇業、保健衛生業、接客娯楽業であって、常時10人未満の労働者を使用する事業場)について、報告書は「概ねその役割を終えている」とし、「特例措置の撤廃に向けた検討に取り組むべきと考えられる」とする。
最低基準の確保を目的とする労基法の性格や平等原則に照らせば、このような措置があまりにも長期に渡って存続することは妥当でなく、直ちに廃止することが適当である。
報告書は労基法41条2号のいわゆる「管理監督者」について、「特別な健康・福祉確保措置は設けられていない」ことから、 管理監督者に関する健康・福祉確保措置について「検討に取り組むべき」としており、速やかに実効ある健康・福祉確保措置を講じるべきである。また、「管理監督者」という概念自体の明確化と厳格化に取り組むべきと考える。加えて、同じく同法41条2号の「機密の事務を取り扱う者」についても同様の措置を講じるべきである。なお、上記の「機密の事務を取り扱う者」とは、秘密情報を取り扱う者を想定しているわけでなく、「職務が経営者等の活動と一体不可分」と解されていることから、誤解が生じないよう法文を修正すべきである。
報告書は現行法制が「1日8時間を大幅に超えて長時間労働する場合であっても、労働基準法に基づき付与すべき休憩時間は1時間であること」に関し、「休憩を取るよりもその分早く業務を終わらせて帰りたいと考える労働者もいると考えられること」などを指摘し、「法改正は必要ない」としている。
しかしながら、休憩のない連続稼働時間は強度の負荷となり得ることから、その制限とその後の休憩に関する規制を整備すべきである(例えば、変形労働時間制のもとで行われる「14時間勤務」などについては「複数回・1回45分以上」の休憩を義務づけることなどが考えられる)。
報告書は、現行法制が「週休制」を原則としつつも「4週4休制」(労基法35条2項)を可能としている点に着目し、原則として「2週間以上の連続勤務を防ぐという観点から、「『13日を超える連続勤務をさせてはならない』旨の規定を労働基準法上に設けるべきである」とした。
また、現行法制が法定休日の特定に関する規定を有しない点に着目し、「あらかじめ法定休日を特定すべきことを法律上に規定することに取り組むべき」とした。
これらはいずれも一歩前進であるが、「6日を超える連続勤務」を例外的な場合と位置づけることが適切である。
報告書には、勤務間インターバル制度に関して、その時間数やインターバルが確保できなかったときの代償措置等について様々な意見を紹介しつつ、「段階的に実効性を高めていく形が望ましい」などの基本的スタンスを示すに止まった。
勤務間インターバル制度については「労働者の健康を確保するための最低限度の措置」と位置づけ、一律に義務化することが適当である。また、勤務間インターバル制度を無制限な不規則勤務の温床としないためには、実効ある労働時間の上限規制とセットで運用する必要である。
なお、インターバルを確保した後の次の勤務について、始業・終業時刻をともに後ろ倒しにするだけの場合が少なくないが(例えば、国家公務員を対象とした勤務間インターバル制度)、これでは不規則勤務(遅出勤務等)を固定化することになり、次の勤務自体を軽減させることを義務づけることが適当である。
報告書は年次有給休暇の賃金に着目し、3つの選択肢(①平均賃金、②通常の賃金、③健康保険法上の標準報酬月額の 30 分の1に相当する額)が用意されている現状(39 条第9項)をあたらため、②によるべきとした。
①または③の方法によると、不当に低い金額が算定される場合があることはよく知られた労基法の「欠陥」であり、速やかにあらためるべきである。なお、休業手当(26条)の金額の算出に当たっても同様の問題が生じているので、あらためるべきである。
また、時季変更権の頻繁な行使や全く希望しない日への一方的変更が不適切であることをガイドライン等で明らかにすべきである。
一方、不利益取扱いの禁止(労基法附則136条)について、「不利益取扱いをしないようにしなければならない」という努力義務に止まっていることは適当でなく、罰則を設けるべきである。
1) 副業・兼業の割増賃金
報告書は「副業・兼業が使用者の命令ではなく労働者の自発的な選択・判断により行われるものであることからすると、使用者が労働者に時間外労働をさせることに伴う労働者への補償や、時間外労働の抑制といった割増賃金の趣旨は、副業・兼業の場合に、労働時間を通算した上で本業先と副業・兼業先の使用者にそれぞれ及ぶというものではないという整理が可能である」とし、「労働者の健康確保のための労働時間の通算は維持しつつ、割増賃金の支払いについては、通算を要しないよう、制度改正に取り組むことが考えられる」とした。
この点、「労働者の健康確保のための労働時間の通算は維持」するとしたことは評価するものの、労働者の健康確保を確実なものとするには、使用者が具体的に労働を命じるにあたって既往の労働時間を正しく認識することが不可欠となる。その際、長時間労働を命じる行為の抑止を狙った割増賃金制度の適用を免れるとすることは適当でない。
2) 割増賃金率
現行の割増賃金制度は、時間外労働を抑制する効果が十分とは言えない。例えば、総賃金(年間)の1/5が賞与として支給され、割増賃金の算定基礎から除外されている場合、実質的な割増率は4/5×1.25=1となり、時間外労働手当(残業代)による時間外労働の抑制効果はない。従って、割増率を引き上げるとともに、割増賃金の算定基礎については賞与等を含めた年収とすることが適切である。
なお、報告書には割増賃金制度に関して「労働者に対しては割増賃金を目的とした長時間労働のインセンティブを生んでしまう」との意見が記載されているが、今時、労働者が好きなだけ時間外・休日労働を行うことができ、いくらでも割増賃金を増やせる企業があるだろうか。むしろ、多くの企業が労働者にノルマの達成を求める一方で時間外・休日労働の抑制を迫り、その結果、賃金不払残業が横行していると見るべきであろう。
報告書はその取扱いについても言及し、「早期に取り組むべきとした事項」としたものは、労働政策審議会において議論を深め、「中長期的に検討を進めるべきとした事項」としたものは引き続き学術的な検討を進めるよう求めている。
労働基準関係法制の「改革」に着手するのであれば、労働者が直面する困難や職場に横たわる矛盾を丁寧に明らかにすることから始めるべきではないだろうか。今後、労働政策審議会の議論を通じて、人間らしい労働と生活の実現に向けた真の「改革」を推し進めていくことが求められている。
*1)「新時代研報告書」に関するの全労働の考え方は、全労働省労働組合労働基準法PT「『新しい時代の働き方に関する研究会』報告書について」を参照。
*2)同様の仕組みは、労使協定に基づく計画年休の解除等にも応用できる。
*3)フリーランス新法には、解雇権濫用法理、雇止め法理の適用がないほか、労働時間や報酬の最低保障等に相当する規制もない。また、特別加入(労災保険)は任意であり、保険料は自己負担である。
*4)連合総研「『曖昧な雇用関係』の実態と課題に関する調査研究委員会」(主査:浜村彰法政大学教授)の報告書(2017年12月)では、労基法上の労働者性について、「個人請負就業者やクラウドワーカーの法的保護の方法としては、第3のカテゴリーを設ける手法をとるべきでなく、労基法上の労働者性の判断については、労組法上の労働者と同様に事業組織の組入れ論を中心にすえて緩やかに解すべきである」と提言している。
*5) ILO135号条約(未批准)は労働者代表の活動について、「解雇等のそれらの者にとって不利益な措置に対する効果的な保護を享有する」(1条)、「任務を迅速かつ能率的に遂行することができるように、企業における適切な便宜が労働者代表に与えられる」(2条)と定め、同時に採択された143号勧告では「労働者代表に不利益とみなされる行為」や「労働者代表に与えられるべき便宜」をそれぞれ列挙している。
*6)連合が2021年に公表した「労働者代表法案要綱骨子(案)」では過半数を組織する労働組合がない場合、労働者代表委員会(労働者数10人未満の事業場)や労働者代表の設置を義務づけるとしている。その上で委員は2年ごとに直接無記名投票で選出し、労働法が定める協定締結や意見聴取が必要な課題について資料・情報請求権が与えられる。また、使用者には不利益取扱いや支配介入の禁止のほか、就労義務免除、研修休暇等、事務所等の貸与を義務付けるとする。
前画面全労働の取組一覧
「労働基準関係法制研究会報告書」に対する全労働の意見
全労働省労働組合 労働基準法PT
厚労省労働基準局に設置された「労働基準関係法制研究会」(座長:荒木尚志東京大学大学院法学政治学研究科教授)は1月8日、報告書をとりまとめた。
報告書は、「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書(以下、新時代研報告書)」(*1)が提起した、①すべての働く人を「守る」こと、②働く人の多様な希望を「支える」ことをどう両立させていくか、あるいは社会や経済の構造変化にどのように対応すべきかという視点から、労働基準関係法制の見直し方向について検討を行っている。加えて働き方改革関連法附則の「見直し条項」に基づく検討結果(但し、労働時間法制)を盛り込んでいる。
報告書が提起した内容は今後の労働基準法制の見直しを通じて労働者の諸権利を大きく変える可能性があり、以下、研究会の議論に即して懸念する点と評価する点について指摘する。
1 労働基準関係法制の構造的課題
(1) 労使自治に基づく「法定基準の調整・代替」
報告書は、労働基準関係法制の構造的課題として、労使の合意に基づいて「法定基準を調整・代替」(デロゲーション)する新たな仕組みの必要性を強調している。具体的には、
①労働基準関係法制制定当初の一律の最低労働基準だけでは働き方の多様化等に対応できていないこと
②労働時間規制を中心に様々な制度が取り入れられてきたことから、規制の内容が複雑化していること
を指摘し、その解決に向けて原則的な法制度をシンプルかつ実効性のある形で定め、労使の合意等の一定の手続の下に個別の企業、事業場、労働者の実情に合わせて「法定基準を調整・代替」(デロゲーション)する仕組みが必要であるとしている。また、こうした仕組みを有効に弊害なく機能させるための基盤として、実効ある労使コミュニケーションを確保する方策(環境整備)が必要であるとする。
こうした構想は、新時代研報告書が提起した問題意識や日本経団連の「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」と重なり合うところが多い。しかも、報告書はこの構想のキーワードとも言える「法定基準の調整・代替」を10回以上も使用しており、報告書がもっとも強調したい部分であることがうかがえる。
しかし、こうした構想自体に賛同できない。
一般に労使の力関係は対等ではなく(労働の従属性)、外形的に労使の合意が成立しているように見えても実際には労働者に選択の余地がなく、その労働条件が「人たるに値する生活を営むための必要を充たさない」(労働基準法(以下、労基法)1条1項)こととなるリスクが常に存在する。そのため、労働基準関係法制は労使の合意(労使自治)によっても侵害することができない「最低基準」(片面的強行法規)を定めた上で労働基本権の保障のもと、対等な労使の交渉と合意によって「最低基準」を上回る適切な労働条件が設定されることを期待している(同法1条2項)。
もっとも、現行の労基法には「最低基準」を下回ることを許容する様々な例外が設けられている。例えば、働き方改革関連法で定められた労働時間の上限は過労死(脳・心臓疾患)の労災認定基準を考慮した労働時間(労基法36条6項2号及び3号等)であるが、それさえ適用されない業務が広範に存在する。しかも、これらの例外業務従事者の過労死・過労自死の件数は他の業務と比べて明らかに多いのであるから、こうした例外を速やかに解消することこそ優先すべき課題と考える。
報告書が示した「法定基準の調整・代替」(デロゲーション)が意味するものは、一定の手続き(労使の合意等)のもと、現行の最低基準(これ自体、先進諸国の中できわめて緩い水準である)にさらなる「抜け穴」を認めようとする動きと見ざるを得ない。
(2) 労働基準関係法制(最低基準)をシンプルに
報告書は現行の労働基準法制(最低基準)が複雑であることから、これをシンプルなものとし、その上で労使の合意に基づいて「法定基準の調整・代替」(デロゲーション)を可能にするよう求めている。
このような労働基準法制(最低基準)の複雑さは1980年代後半以降、労働時間規制の「弾力化」などと称して労働基準関係法制の規制緩和が繰り返されてきたことの「産物」であり、従来の規制を解除したことに伴う健康破壊などのリスクを軽減するため、必要な健康・福祉措置や厳格な導入手続きが定められてきたのである。これをシンプルにすることは規制の緩和・廃止にほかならず、労働者の健康破壊などのリスクを増大することにつながる。むしろ、シンプルさを求めるのであれば、複雑さが際立つみなし労働時間制や変形労働時間制の縮小・廃止を検討してはどうか。
(3) 労働者主導の「法定基準の調整・代替」
報告書には、複数の構成員から提起された意見(第10回研究会)に関して、次のような記述が盛り込まれた。
「三六協定が締結されたとしても、個別の労働者にとって、当該協定で定められた時間外・休日労働を行わなければならない義務が発生するわけではなく、あくまでも労働協約や就業規則、労働契約といった根拠に基づいて時間外・休日労働が命じられ得るものである。三六協定はあくまで上限設定であり、個別の労働者の事情を踏まえて、時間外・休日労働を行うことが難しい労働者が安心して働けるような環境を整備することや、育児や介護等の特定の事由に限定せず、働き方や労働時間を選択できるようにする」
この記述は、一律の規制解除(三六協定の締結)が個々の労働者の働き方の多様化などに対応できていないことから、労働者の自発的な選択によって各人の事情をふまえた時間外・休日労働の上限設定を可能にするものであり、労働者主導の「法定基準の調整・代替」と言うこともでき、研究会の問題意識と重なる部分が多い。(*2)
しかしながら、報告書はこの課題について、「労働基準法以外の法令における対応を含めて中長期的に検討していく必要がある」などとして将来の検討事項へと放擲してしまった。
結局、最低基準の引き下げにつながる使用者主導の「法定基準の調整・代替」は進めるが、引き下げられた規制の復活を求める労働者主導の「法定基準の調整・代替」には後ろ向きであることを示したものと言えるのではないか。
2 労働基準関係法制の総論的課題
(1) 「労働者」
1) 労働者概念の拡張
今日、労働基準法9条が定める「労働者」概念の周辺に位置する「働く人」をどのように保護するかが大きな課題となっている。
この点、報告書は「働く人」の法的保護に関して、①労働安全衛生法(一部)の一人親方等への修正適用、②フリーランス新法の施行、③労災保険の特別加入対象業務の拡大(芸能関係作業従事者、特定フリーランス事業)などの動きを捉え、「個人事業主に対しても特別の法制度を用意して必要な保護を及ぼしてきている」と概ね評価しているようだが、労働者に及ぼされる権利保障と比較するときわめて脆弱であり(*3)、特に③については特別加入の手続きを通じて「労働者ではない」と自認し、「誤分類」を誘発するおそれもある。
従って、労働者概念の拡張を追求していくことが一義的に求められる。その際、人的従属性(使用従属性)に加え、経済的従属性を考慮した「労働者」概念に再構築することが必要と考える。(*4)
なお、新たに労働者概念を拡張した場合、労働基準法制の一部規定が限定的に適用除外とされることも想定されるが、労災保険については全面的に適用すべきである(特別加入制度については加入が任意であり、保険料が自己負担となるなど保護に欠ける)。
2) 労働者性判断の予見可能性
報告書は「諸外国の例を見ても法律上の根本的な定義規定を変えている国はほとんどない」と指摘するなど労働者概念の拡張には消極的であるが、労働者概念の明確化や今日的な微調整には前向きである。例えば、労働者性判断の参考となるガイドラインの策定のほか、1985年の労働基準法研究会報告について、「働き方の変化・多様化に必ずしも対応できない部分も生じている」とし、「労働者性の判断基準に関する知見を有する専門家を幅広く集め」て新たな研究会を設置するよう求めている。
また、新しい働き方(プラットホームワーカー等)に着目し、諸外国で講じられている措置例(推定規定の導入等)を示しながら,個別業務に関するガイドラインの策定などを通じて労働者性判断の予見可能性を高めることを提起している。
このように、予見可能性を高めることは有益なことであるが、並行して労働者概念の拡張に向けた議論を進めるべきである。
3) 家事使用人
報告書は家事使用人への労働基準法の適用除外規定(116条の2)を取り上げ、「適用除外すべき事情に乏しくなってきた」とし、家事使用人への労基法の適用を前提に「履行確保の在り方も含めた具体的な制度設計の検討に早期に取り組むべき」としており、賛同し得る。
その際、家事使用人をめぐるビジネスモデルの現状をふまえた政策的な対応(家事代行サービス事業者との労働契約締結の促進等)も求められる。なお、私家庭において家事使用人を使用する場合、当該私家庭が「事業」に該当するかが問題となるが、あらかじめみなし規定を設けるなど紛争を予防しておくことが適当である。
(2) 「事業」
「事業」に関して、報告書は「労働基準法の地域的適用範囲を画定し、監督・指導の有効性を担保するに当たって、場所的概念としての『事業』ないし事業場が引き続き有効」とし、法適用の単位として「引き続き、事業場単位の原則を維持」するとしたことに異論はない。そもそも、法適用の単位として事業場単位とするか、企業単位とするかは二者択一でなく、規制の目的・効果や監督指導の実効性確保などの観点から総合的に判断することが適当である。
(3) 「労使コミュニケーション」
報告書は、主に「過半数代表者」の適正選出と基盤強化に向けた検討を行い、様々な視点から具体的な提案を行っている。これ自体、きわめて重要な課題であるが、その目的を「法定基準の調整・代替」を促進、すなわち労働基準関係法制の「適用除外」を拡大するための検討であるなら有害なものとなりうる。
そうではなく、深刻な機能不全に陥っている「過半数代表者」の実態を抜本的に改善すること自体を急ぐべきである。
報告書が提案する改善策は、①使用者による必要な便宜供与(事業場内の設備や社内イントラネットの使用)、②専門性確保に向けた行政機関による教育・研修支援、③使用者による必要な情報提供、④不利益取扱いの禁止、⑤行政機関・外部専門家・労働組合等の相談支援、⑥過半数代表者の複数化(補助者を含む)、⑦任期制の活用に向けた周知等であるが、具体化に向けた検討を進めることが望まれる。(*5)
また、一定規模以上の事業場においては労働者代表者(個人)に代わり、「労使委員会」や「労働者代表委員会」(*6)を設ける見解があるが、上記の検討と並行して積極的に検討(特に後者)すべきである。
さらに、報告書は過半数労働組合が「過半数代表」となる場合について、「上記のような情報提供や便宜供与は、労使委員会の労働者側委員や過半数労働組合についても過半数代表者と同様の取扱いとする必要があるのではないかと考えられる」との指摘している点は重要である。労働組合役員の多くは通常勤務に続いて時間外労働に従事した後に労働組合活動に従事しているのが実態であり、十全に役割を果たすために不可欠な課題と言える。
なお、過半数労働組合のある場合にも設置する「従業員代表制」についてはドイツ、フランス、韓国等の先行例に照らし、労働組合との並存することで「相乗効果」が期待できるとする見方や労働組合不要論の広がりを懸念する見方もあり、その影響を分析しながら検討されるべきである。
3 労働時間法制の具体的な課題
(1) 時間外・休日労働の上限規制
報告書は時間外・休日労働の上限規制について、「現時点では、上限そのものを変更するための社会的合意」がなく、「上限規制の施行状況やその影響を注視することが適当」としているが、上限規制=過労死ラインという現状は「心身の健康の維持」(報告書が提起する「守るの視点」)に照らしてもいかにも危うく、月単位の上限時間であれば、過労死ラインを少なくとも20時間程度(月単位)下回る時間とすることが望ましい。
また、現行の上限規制(労基法36条6項2号、3号)は広範な業種・業務を対象に適用除外(新技術・新商品等の研究開発業務)や経過措置(①建設事業、②自動車運転の業務、③医師等)が設けており、これらの適用除外・経過措置の対象業務でとりわけ過労死・過労自死等が多く発生していることから、これらの適用除外・経過措置を廃止することが急務である。
(2) 労働時間の把握義務
労働時間の上限規制を実効あるものとするためには、実労働時間の把握義務(労働日ごとの始業・終業時刻)の存在が不可欠である。この点、労働安全衛生法に「労働時間の状況」(在社時間と社外で業務に従事した時間とを合算した時間)の把握義務(労基法66条の8の3)があることで足りるとする考え方もあるようだが、両者は別物であり、労働時間規制(32条、36条6項)の対象である「実労働時間」の把握義務を罰則付で設けることが必要である。
(3) 企業による労働時間の情報開示
報告書は企業外部への情報開示によって「労働市場の調整機能を通じて、個別企業の勤務環境を改善していくことが考えられる」とする。また、企業内部への情報開示を通じて「個別企業の勤務環境の改善、労基法違反の状態の発生の防止や迅速な是正につなげていくことも考えられる」とするが、企業の外部であっても内部であっても違法の事実を開示すること自体考えにくく、過大な期待を抱くべきでない。
また、「労働基準監督官による臨検監督」に代わる行政手法には到底なり得ないことを確認すべきである。
(4) テレワークを対象とした新たな労働時間制度
報告書では、テレワークに相応しい労働時間制度を検討し、フレックスタイム制の改善と新たなみなし労働時間制の導入を提起しているが、後者には反対である。
みなし労働時間制を適用するには、「労働時間の算定が困難」(事業場外みなし労働時間制)や労働時間配分の決定に関して「具体的な指示が困難」(専門業務型裁量労働制)などの実体要件が必要であるが、テレワークであっても「情報通信機器の発達により、企業は働く人の事業場の外の活動についても、相当程度把握できるようになってきている」(新時代研報告書)ことなどを考えれば、これらと類似した性質は見られない。
そこで報告書は、過度な監視の回避や中抜け時間をめぐる紛争予防を目的として掲げ、一定の手続き(集団的合意に加えて個別の本人合意)のもとで「在宅勤務に限定した新たな労働時間制度を設けること」を提起するが、テレワークが長時間労働を誘発しやすいことに照らしても、労働時間の算定管理を要しないとすることに必要性・合理性は乏しいと考える。
(5) 法定労働時間週44時間の特例措置
法定労働時間を週44時間とする特例措置(対象は商業、映画・演劇業、保健衛生業、接客娯楽業であって、常時10人未満の労働者を使用する事業場)について、報告書は「概ねその役割を終えている」とし、「特例措置の撤廃に向けた検討に取り組むべきと考えられる」とする。
最低基準の確保を目的とする労基法の性格や平等原則に照らせば、このような措置があまりにも長期に渡って存続することは妥当でなく、直ちに廃止することが適当である。
(6) 管理監督者に関する健康・福祉措置
報告書は労基法41条2号のいわゆる「管理監督者」について、「特別な健康・福祉確保措置は設けられていない」ことから、 管理監督者に関する健康・福祉確保措置について「検討に取り組むべき」としており、速やかに実効ある健康・福祉確保措置を講じるべきである。また、「管理監督者」という概念自体の明確化と厳格化に取り組むべきと考える。加えて、同じく同法41条2号の「機密の事務を取り扱う者」についても同様の措置を講じるべきである。なお、上記の「機密の事務を取り扱う者」とは、秘密情報を取り扱う者を想定しているわけでなく、「職務が経営者等の活動と一体不可分」と解されていることから、誤解が生じないよう法文を修正すべきである。
(7) 休憩
報告書は現行法制が「1日8時間を大幅に超えて長時間労働する場合であっても、労働基準法に基づき付与すべき休憩時間は1時間であること」に関し、「休憩を取るよりもその分早く業務を終わらせて帰りたいと考える労働者もいると考えられること」などを指摘し、「法改正は必要ない」としている。
しかしながら、休憩のない連続稼働時間は強度の負荷となり得ることから、その制限とその後の休憩に関する規制を整備すべきである(例えば、変形労働時間制のもとで行われる「14時間勤務」などについては「複数回・1回45分以上」の休憩を義務づけることなどが考えられる)。
(8) 休日
報告書は、現行法制が「週休制」を原則としつつも「4週4休制」(労基法35条2項)を可能としている点に着目し、原則として「2週間以上の連続勤務を防ぐという観点から、「『13日を超える連続勤務をさせてはならない』旨の規定を労働基準法上に設けるべきである」とした。
また、現行法制が法定休日の特定に関する規定を有しない点に着目し、「あらかじめ法定休日を特定すべきことを法律上に規定することに取り組むべき」とした。
これらはいずれも一歩前進であるが、「6日を超える連続勤務」を例外的な場合と位置づけることが適切である。
(9) 勤務間インターバル制度
報告書には、勤務間インターバル制度に関して、その時間数やインターバルが確保できなかったときの代償措置等について様々な意見を紹介しつつ、「段階的に実効性を高めていく形が望ましい」などの基本的スタンスを示すに止まった。
勤務間インターバル制度については「労働者の健康を確保するための最低限度の措置」と位置づけ、一律に義務化することが適当である。また、勤務間インターバル制度を無制限な不規則勤務の温床としないためには、実効ある労働時間の上限規制とセットで運用する必要である。
なお、インターバルを確保した後の次の勤務について、始業・終業時刻をともに後ろ倒しにするだけの場合が少なくないが(例えば、国家公務員を対象とした勤務間インターバル制度)、これでは不規則勤務(遅出勤務等)を固定化することになり、次の勤務自体を軽減させることを義務づけることが適当である。
(10) 年次有給休暇
報告書は年次有給休暇の賃金に着目し、3つの選択肢(①平均賃金、②通常の賃金、③健康保険法上の標準報酬月額の 30 分の1に相当する額)が用意されている現状(39 条第9項)をあたらため、②によるべきとした。
①または③の方法によると、不当に低い金額が算定される場合があることはよく知られた労基法の「欠陥」であり、速やかにあらためるべきである。なお、休業手当(26条)の金額の算出に当たっても同様の問題が生じているので、あらためるべきである。
また、時季変更権の頻繁な行使や全く希望しない日への一方的変更が不適切であることをガイドライン等で明らかにすべきである。
一方、不利益取扱いの禁止(労基法附則136条)について、「不利益取扱いをしないようにしなければならない」という努力義務に止まっていることは適当でなく、罰則を設けるべきである。
(11) 割増賃金制度
1) 副業・兼業の割増賃金
報告書は「副業・兼業が使用者の命令ではなく労働者の自発的な選択・判断により行われるものであることからすると、使用者が労働者に時間外労働をさせることに伴う労働者への補償や、時間外労働の抑制といった割増賃金の趣旨は、副業・兼業の場合に、労働時間を通算した上で本業先と副業・兼業先の使用者にそれぞれ及ぶというものではないという整理が可能である」とし、「労働者の健康確保のための労働時間の通算は維持しつつ、割増賃金の支払いについては、通算を要しないよう、制度改正に取り組むことが考えられる」とした。
この点、「労働者の健康確保のための労働時間の通算は維持」するとしたことは評価するものの、労働者の健康確保を確実なものとするには、使用者が具体的に労働を命じるにあたって既往の労働時間を正しく認識することが不可欠となる。その際、長時間労働を命じる行為の抑止を狙った割増賃金制度の適用を免れるとすることは適当でない。
2) 割増賃金率
現行の割増賃金制度は、時間外労働を抑制する効果が十分とは言えない。例えば、総賃金(年間)の1/5が賞与として支給され、割増賃金の算定基礎から除外されている場合、実質的な割増率は4/5×1.25=1となり、時間外労働手当(残業代)による時間外労働の抑制効果はない。従って、割増率を引き上げるとともに、割増賃金の算定基礎については賞与等を含めた年収とすることが適切である。
なお、報告書には割増賃金制度に関して「労働者に対しては割増賃金を目的とした長時間労働のインセンティブを生んでしまう」との意見が記載されているが、今時、労働者が好きなだけ時間外・休日労働を行うことができ、いくらでも割増賃金を増やせる企業があるだろうか。むしろ、多くの企業が労働者にノルマの達成を求める一方で時間外・休日労働の抑制を迫り、その結果、賃金不払残業が横行していると見るべきであろう。
4 今後の検討方向等
報告書はその取扱いについても言及し、「早期に取り組むべきとした事項」としたものは、労働政策審議会において議論を深め、「中長期的に検討を進めるべきとした事項」としたものは引き続き学術的な検討を進めるよう求めている。
労働基準関係法制の「改革」に着手するのであれば、労働者が直面する困難や職場に横たわる矛盾を丁寧に明らかにすることから始めるべきではないだろうか。今後、労働政策審議会の議論を通じて、人間らしい労働と生活の実現に向けた真の「改革」を推し進めていくことが求められている。
*1)「新時代研報告書」に関するの全労働の考え方は、全労働省労働組合労働基準法PT「『新しい時代の働き方に関する研究会』報告書について」を参照。
*2)同様の仕組みは、労使協定に基づく計画年休の解除等にも応用できる。
*3)フリーランス新法には、解雇権濫用法理、雇止め法理の適用がないほか、労働時間や報酬の最低保障等に相当する規制もない。また、特別加入(労災保険)は任意であり、保険料は自己負担である。
*4)連合総研「『曖昧な雇用関係』の実態と課題に関する調査研究委員会」(主査:浜村彰法政大学教授)の報告書(2017年12月)では、労基法上の労働者性について、「個人請負就業者やクラウドワーカーの法的保護の方法としては、第3のカテゴリーを設ける手法をとるべきでなく、労基法上の労働者性の判断については、労組法上の労働者と同様に事業組織の組入れ論を中心にすえて緩やかに解すべきである」と提言している。
*5) ILO135号条約(未批准)は労働者代表の活動について、「解雇等のそれらの者にとって不利益な措置に対する効果的な保護を享有する」(1条)、「任務を迅速かつ能率的に遂行することができるように、企業における適切な便宜が労働者代表に与えられる」(2条)と定め、同時に採択された143号勧告では「労働者代表に不利益とみなされる行為」や「労働者代表に与えられるべき便宜」をそれぞれ列挙している。
*6)連合が2021年に公表した「労働者代表法案要綱骨子(案)」では過半数を組織する労働組合がない場合、労働者代表委員会(労働者数10人未満の事業場)や労働者代表の設置を義務づけるとしている。その上で委員は2年ごとに直接無記名投票で選出し、労働法が定める協定締結や意見聴取が必要な課題について資料・情報請求権が与えられる。また、使用者には不利益取扱いや支配介入の禁止のほか、就労義務免除、研修休暇等、事務所等の貸与を義務付けるとする。