「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書について
2023年11月

「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書について


                                                                  全労働省労働組合
                                                                   労働基準法PT        

 厚労省労働基準局に設置された「新しい時代の働き方に関する研究会」(座長:今野浩一郎学習院大学名誉教授)は10月13日、「新しい時代」に即した労働基準法制の今日的な課題とめざすべき方向について報告書をとりまとめました。
 これを受けて労働基準局では年度内に法学者等による研究会を立ち上げ、法改正に向けた本格的な検討を始めると報じられており、前記報告書を契機として、今後の労働基準法制や労働基準行政の運営が大きく左右される可能性があります。
 そのため、報告書の概要を紹介し、その問題点、懸念点を指摘します。

〇出発点は、法施行の「現場」を知ることから

 有識者会議の構成員は大企業の人事担当役員やコンサルティングを手がける企業役員、労働法学者や経済学者などであり、多様な視点から、労働基準法制等の「あるべき姿」「方向性」等について積極的な検討が重ねられてきました。
 しかし、労働基準法制等の「あるべき姿」「方向性」等を論じるのであれば、法施行を含む行政運営の現場(第一線の労働基準行政)で今、何が起きているのか、また、どんな困難が横たわっているのかを明らかにするところから始めるべきではないでしょうか。
 
〇「労働者」概念の見直しを検討するとき

 報告書は経済のグローバル化、デジタル化、少子高齢化、人手不足、労働者の意識の多様化など、社会の多様な変化を指摘しています。その上で、現行労働基準法制の基本部分に関わって、次のような「検討すべき具体例」を提示しています。
①就業規則の制定単位をはじめとして、労働条件の設定に関する法制適用の単位が事業場単位を原則とし続けることが妥当か。
②リモートワークの普及等により、事業場内で行われてきた業務についても相当程度事業場外で行うことが可能となっており、事業場外労働に係る法制の在り方についてどのように考えるか。
③フリーランスで働く人の中には、業務に関する指示や働き方が労働者として働く人と類似している者も見受けられるのではないか。
 ①は、事業場単位か、企業単位かの二者択一でなく、規制の目的・効果や監督指導の実効性確保等の観点から合理的に判断することが適当です。
 ②は、「情報通信機器の発達により、企業は、働く人の事業場の外の活動についても、相当程度把握できるようになってきている」(報告書)ことにてらせば、事業場外みなし労働時間制の適用の余地はほとんどなくなったと見るべきでしょう。
 ③は、フリーランスを始めとする就労形態の多様化をふまえ、経済的従属性をより重視した「労働者」概念の確立に着手することが求められています。その際、誤分類を防ぎ、監督指導の実効を確保するためにも、要件の明確化をできる限り図るべきです。

〇「守る」と「支える」の視点から新たな法整備

 報告書は、これからの労働基準法制の検討にあたり、「守る」と「支える」の二つの視点を提示しました。「守る」については、「健康を確保するに十分な制度であることが大前提」としつつ、その方法に関して、「個々の労働者の多様な希望や事情に応じた柔軟な活用」が必要としています。
 一方、「支える」に関しては、「働く人の自発的な選択と希望の実現を『支える』ことができるよう、『多様性尊重の視点』に立って整備されていくことが重要」としています。
 また、具体的な制度設計にあたっては、「個人の選択にかかわらず、健康確保が十分に行える制度とすること」「適正で実効性のある労使コミュニケーションを確保すること」「シンプルでわかりやすく実効的な制度とすること」「労働基準法制における基本的概念が実情に合っているか確認すること」などを押さえるべきとしています。

〇労働時間規制の目的は、健康確保だけではない

 現時点では、具体的な内容にまで踏み込んでいないことから、断定的な評価は困難ですが、「守る」の対象として「健康確保」がとりわけ強調されている点が特徴的です。健康確保を前面に打ち出す姿勢は、医師の面接指導等の一定の健康確保策を条件に労働時間規制を緩和してきた動きを想起させます(高度プロフェッショナル制度等)。
 言うまでもなく、労働時間規制の目的は健康確保に止まるものではありません。労働時間規制の沿革にてらせば、生活時間の確保はもっとも重視されるべき視点であり、両立支援やジェンダー平等などの視点も見逃してはなりません。また、適切な労使コミュニケーションを図るためには、すべての労働者が自主的かつ民主的に合意を形成していく時間も不可欠です。

○「シンプルでわかりやすく」の留意点

 報告書が「シンプルでわかりやすく実効的な制度」としていくことを掲げています。現行の労働時間制度はあまりに複雑であり、労働者はもとより、使用者にとっても理解しずらい内容となっています。労働者は労働基準法の「保護対象」であるともに「守り手」でもあると考えるべきであり、その内容を困難なく理解できるものとしていくことが求められます。一方、「シンプルで分かりやすく」は、労働基準法が定める種々の規制を緩和する「口実」にしては決してなりません。
 あわせて、要件・定義があいまいであることが、規制の実効性を損ねている条文は少なくなく(例えば、41条2項(監督若しくは管理の地位にある者)、39条5項(事業の正常な運営を妨げる場合)、38条の3、1項1号(業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なもの))、指針の策定等を通じてこれらの簡潔・明確化を図るべきです。

〇「守る」と「支える」の相互補完性

 「守る」と「支える」の関係性について、報告書は「二階建て」の法制を想定しているように思われます。しかし、「守る」と「支える」の関係は、それほど単純ではありません。
 例えば、時間外・休日労働に関する労使協定制度(労働基準法36条)は、協定当事者である労働者代表(過半数労働組合が存在しない場合)の民主的な選出手続きや使用者との対等性を法令や施策によって適切に「支える」ことを通じて、実効ある労働時間上限を設定し、もって労働者の多様な利益を「守ろう」とするものです。また、労働者の自律的な決定を「支える」ためには、労働基準法が定める労働基準が厳格に「守られている」ことが重要となります。
 このように「守る」と「支える」は相互に補完する関係にあることをふまえ、法施行の実態に即したさらなる検討が望まれます。

○労働者の選択は真に自発的なのか

 報告書は、「支える」の対象として「働く人の自発的な選択」を強調していますが、このフレーズは、かつて労働法制の規制緩和の「口実」として用いられてきたことを想起させます。
 労使の力関係は対等でないことが常であり、外形的には労働者が自発的に選択しているように見える場合であっても、実質的には選択の余地がないケースが少なくない点に留意しなければなりません。
もとより、報告書においても労働者の自発的な選択の前提として対等な労使コミュニケーションが必要であるとしています。しかし、具体性のない記述に止まっており、対等な労使コミュニケーションの実現が現実には非常に困難な課題であることをふまえたものなのか疑問が残ります。対等な労使コミュニケーションを担保する手段が緻密に設計されないのであれば、「働く人の自発的な選択」を装いつつ、労働者の権利保障を後退させられていくことが懸念されます。

〇行政手法の「アップデート」に言及

 報告書は、労働基準監督行政の体制にも触れています。監督官の数が少ないこと(量的課題)に加えて、事案の複雑化(質的課題)が生じており、行政手法のアップデートが必要としています。
 監督行政体制に着眼し、その充実の必要性を指摘した点は高く評価します。但し、その方法に関し、労災補償行政や安全衛生行政等の人員を減らすことによって監督行政に人員を確保するやり方は、過酷な勤務状況が生じている労災補償行政を始めとする他職域の行政体制を崩壊させることにつながることから、ただちに止めるべきです。
 行政手法に関しては、①AI・デジタル技術を活用すること、②署に集積した事業場の情報や指導履歴等の活用を図ること、③事業者が自主的に法令遵守状況をチェックできる仕組みの確立などが提起されていますが、労働基準法制の厳格な履行こそ求められている労働基準行政の第一線の視点から見ると「上滑り感」が否めません。
 また、報告書は「臨検を前提とした監督指導に馴染まないケースも増加している」としていますが、ILO81号条約においても臨検が重要な手段と位置付けられており、「事業場に昼夜いつでも、自由かつ予告なしに立ち入ること」を監督官の重要な権限として定めていることに留意すべきです。新たな行政手法を検討するのであれば、少なくとも無予告の臨検と同等の権限行使が担保される方法とすることが求められます。
 なお、労働基準監督官への行政対象暴力の現状や、労働安全衛生の専門職員である技官の採用が2008年以降いっさい停止されていることの深刻な弊害などにも目を向けていくことが重要です。

〇「改革」の出発点は、労働基準行政の第一線の実態

 全労働はこの間、労働基準行政の第一線で尽力する組合員の声を集約することを通じて、あるべき労働基準法制や効果的な行政手法を具体的に提言しています。(※)
 「新しい時代の労働基準法制」をめざすなら、労働基準行政の第一線の実態と課題を見極めること出発点となるべきです。それなくして、「守る」についても「支える」についても十分な役割を発揮することは難しいのではないでしょうか。

(※)全労働省労働組合『過重労働の解消に向けた効果的な行政手法と法整備』(「季刊労働行政研究」収録、2020年6月)。

                                                                        以上
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