新規高等学校卒業者の「一人一社制」に関する見解
2020年3月 全労働省労働組合中央執行委員会


1.はじめに

 政府の「経済財政運営と改革の基本方針2018」(2018年6月15日、閣議決定)では、「経済成長に向けた重点的な取組」の中で「一人一社制の在り方の検討」を求めた。

 この要請をふまえ、厚生労働省は2019年1月28日、「高等学校就職問題検討会議」のもとに「ワーキングチーム」を設置した。

 その後、政府の「規制改革推進に関する第5次答申」(2019年6月6日)は、「一人一社制」について、「当事者の主体性を過度に制限しているのではないかという意見や、現行の採用選考のやり方について、当事者である高校生や保護者の希望や意向が十分に反映されていないのではないか、という意見がある」として、高卒就職慣行の在り方等について検討を求めた。

 その後厚生労働省の「高等学校就職問題検討会議ワーキングチーム」は、5回の会議開催を経て2019年12月23日に報告案をとりまとめ、2020年2月10日「高等学校就職問題検討会議」にて「高等学校就職問題検討会議ワーキングチーム報告」(以下、報告)として確認された。 

1.報告の概要

(1)現状分析

 報告は、「一人一社制」について、「できるだけ多くの生徒に応募の機会を与えるとともに、高等学校教育への影響を最小限にとどめる短期間のマッチングを可能とする仕組みとして、学校現場や企業において広く普及・定着するとともに、高校生の円滑な職業生活の移行に貢献してきたと考えられる」と評価している。

 また、「指定校制や学校推薦などの就職慣行と相まって、生徒が内定を得やすいという特徴がある」と指摘している。

 その上で、就職あっせんの仕組みやルールについては、「本報告書もふまえ、基本的には各都道府県に設置されている就職問題検討会議において、各地域や学校の特性等に応じて適切に決めていただくことが適当である」としている。

 次に、報告は就職慣行に関する関係者の評価について、高卒就職者や高等学校、採用実績のある企業へのアンケート結果とともに、ハローワーク(公共職業安定所)等関係者、民間職業紹介事業者、学識経験者へのヒアリング結果を紹介している。これらによると高卒就職者、高等学校、企業へのアンケートでは、高い割合で現在のルール(一人一社制)が支持されている。ハローワーク等関係者や学識経験者のヒアリングでも、現在のルールは支持されている。また、民間職業紹介事業者のヒアリングでは、採用実績がない企業は紹介・あっせんがされにくいことや、学校推薦以外の就職活動が可能であることの明確化を求める意見と、現行ルールを支持する意見が併記されている。

 また報告は、3年以内離職率を分析しているが、高卒者の離職率は5割から4割に減少していることや、離職率は大企業が低く主として企業規模によることを指摘し、早期離職率が高い理由が就職慣行にあると断じることはできないとしている。

(2)一人一社制の在り方

 こうした分析のもとに報告は、一人一社制の在り方について、2つの選択肢を提示している。

 一つは、1次応募の時点から複数応募・推薦を可能とすることで、その場合も応募企業数の限定があり得るとしている。

 もう一つは、1次応募までは1社のみとし、それ以降は複数応募・推薦を可能とするとの考え方である。

 いずれの場合も、複数応募が可能であっても複数応募しなければならないというものではないとし、実際に現在も複数応募を可能としている地域においても、当初から複数応募を行っているケースは少ないとしている。

(3)民間職業紹介事業者

 報告は、高等学校卒業予定者が民間職業紹介事業者による職業紹介を利用できることについて明確化し、関係者にいっそうの周知を行うよう厚生労働省に求めている。その上で次の2点を具体的に提案している。 

一つは、学校による就職あっせんと民間職業紹介事業者による就職あっせんについて、1次応募の時点から、生徒が同時に利用することを可能とする。

 もう一つは、一定の時期以降に生徒が同時に利用することを可能とする。

 いずれの場合も、同時利用を可能としても、同時に利用しなければならないというものではないとしている。また、民間職業紹介事業者を利用する際の特徴として、生徒との関係性は時間的にも質的にも制約があり、学校推薦のように内定を得やすいあっせんを即座に行うことは難しいことから、学校推薦とは異なる、一般の労働市場における職業紹介となることが予想されるとしている。

 報告はまた、民間職業紹介事業者が従来、新規高等学校卒業者対象とする職業紹介に参入していないことから、募集情報等提供事業者として学校を支援することや、職業紹介以外で学校の就職あっせんや内定を得ることが難しい生徒を支援することを、学校からの依頼によって行うことを想定している。

(4)インターンシップ

 報告は、「ミスマッチ解消に向けたその他の取組の強化」において、キャリア教育の中核的な取組の一つとして、学校現場におけるインターンシップの実施を促すことを求めている。



2.全労働の考え方

(1)一人一社制の在り方

 報告にあるように、一人一社制は広く定着し、特段問題なく運用されており、卒業生や学校、企業、公共職業安定所などから広く支持されている。一方、一部の民間職業紹介事業者や、採用実績のない企業からは、複数応募を可能とする見直しが求められている。

 一人一社制は、指定校や推薦枠の慣行とも相まって、1次応募の段階で圧倒的多数の生徒が内定を得られることに大きな特徴がある。複数応募を可能とすることは、1次応募の段階から競合が生じ、多くの生徒が採用不調となることが容易に想定される。高校生は大学生とくらべ年齢が若く、職業知識も乏しく、1、2年生時から具体的な就職志望職種を絞り込むことは難しく、応募先の検討はいっそう困難である。さらに学校教育への影響を最小限にするため、現行スケジュールでは3年生時の7月以降に企業が学校に求人情報を提供し、学校を通じた生徒の応募は9月5日以降、採用選考は9月16日以降と、3年生時後半に就職活動時期が設定されている。9月下旬の時点で、1次選考結果が不調となれば、卒業までの短期間にあらためて応募先企業を選定しなければならず、生徒の心理的負担は重く、学業への影響も少なくない。また現状では、たとえ1次応募で不調となったとしても、2次応募でほぼ内定を得られているが、1次応募で多数が不調となれば、2次選考も多くで競合が生じ、さらに不調となる生徒が多数生じることも懸念される。

 高校生の就職は、大学生とくらべて、就職者数も少なく企業規模も小さいことが特徴である。文部科学省2019年度学校基本調査(確定値)によると、2019年3月大学(学部)卒業の就職者数は446,882人、一方、厚生労働省2018 年度「高校・中学新卒者のハローワーク求人に係る求人・求職・就職内定状況」によると、2019年3月高校卒業者の就職者数は170,211人であり、高卒就職者数は大卒就職者数の38%に過ぎない。また、企業は即戦力となり得る高学歴労働者を求める傾向があり、公共職業安定所にも「大学生が採用できないので高卒求人を提出したい」との申し出が日常的に寄せられている。こうしたもとでは大企業の大卒求人は充足するが、中小企業は大卒採用が困難な状況があり、高卒求人は中小企業の占める割合が高くなっていると考えられる。この点は、報告においても「高等学校卒業者は大学卒業者よりも事業所規模が小さい企業に入社する割合が高いこと(大卒就職者の事業所規模500人以上事業所への入職割合は約46%であるのに対し、高卒就職者は約28%に留まる)」と指摘されている。大企業からの求人は限られているものの、高校卒業予定者も処遇や福利厚生の充実した規模の大きい企業への就職希望が多く、職業紹介を担当する学校では、生徒の意向を把握し、求人情報を提供しながら、慎重に志望求人を選定している。複数応募を導入すれば1次応募不調者が激増し、2次応募ではより小規模企業への応募を選択せざるを得ず、大卒就職者や1次応募合格者との格差拡大が懸念される。また、複数応募は競合を前提とするものであり2次応募でも応募不調者が増えると考えられ、不調を繰り返し卒業間近になっても内定を得られない生徒は、大きな心理的負担を強いられるであろう。

 複数応募を可とすれば、企業側の負担も増加する。新規高校卒業者を採用する多くの企業から寄せられるのは、「高校生は内定を出せば必ず来てくれるので安心できる」との声である。それに対し大学卒業者の就職活動は、複数応募どころか1人の学生が何十社も応募し、内定を得られない学生がある一方、多数の企業から内定を得る学生も少なくない。そのため、企業側は内定者に対する熾烈な「囲い込み」を展開するが、採用直前の内定辞退に頭を悩ませている。一方、高校卒業者は、一人一社制のもとで応募するため、複数企業から内定を得て内定を辞退する生徒はごく少数となっている(報告に添付された企業アンケート結果では、内定辞退があった事業所は3.7%)。これが、複数応募を可能とすれば、複数企業から内定を得る生徒が大きく増加し、企業は大卒者同様、高校生についても「開けて見ないと来るか来ないかわからない」ことになりかねない。

 この点に関して報告は、民間職業紹介事業者の「高等学校との関係が薄い新興企業等にとっては、採用実績がないこと等により、現在の仕組みの下では生徒への紹介・あっせんがされにくい」との意見を紹介している。たしかに、現在の高校の職業紹介においては、過去の卒業生を採用している関係の深い企業へのあっせんが行われているが、決してそれだけではない。現に安定所には毎年、採用実績のない企業からも求人が提出され、公共職業安定所が学校とも連絡をとりながら指定校選定の相談を行い、その結果、過去に実績がなくても高卒者の採用に至ることも決して珍しくない。報告は、地元企業説明会について、「実質的な採用選考につながらないよう十分に留意する必要があるが、(略)地元企業の理解や高校生の職業イメージの向上につながる可能性もあることから、積極的な開催を検討すべき」と述べている。こうしたとりくみこそ重要であって、高卒者の就職慣行を壊し、企業の採用を「開けてみないとわからない」状態にしなければ、実績のない企業は紹介・あっせんが受けられないものではない。就職希望の生徒が応募しやすい労働条件を提示し、公共職業安定所や学校と相談しながら指定校を選定することこそが重要である。

 これらの点で、報告が複数応募について、都道府県の高等学校就職問題検討会議において、地域の実情に応じて判断し、「複数応募を可能とする場合においても、必ず複数応募しなければならないというものではない」としている点は評価する。しかし、「1次応募の時点から複数応募・推薦を可能とする」と「1次応募までは1社のみの応募・推薦とし、それ以降は複数応募・推薦を可能とする」のいずれかを選択することを妥当としているのは、「複数応募ありき」の提言であり賛成できない。地域の高等学校就職問題検討会議では今後、高卒就職者や学校、企業、安定所のいずれもが現行ルールを支持する現状を十分ふまえ、慎重に判断されることを期待する。

(2)民間職業紹介事業者の活用

 報告は、民間職業紹介事業者の活用について、1次応募の時点や、一定の時期以降、学校の就職あっせんとともに活用することを提案している。しかし、高校生は職業知識や労働法等の知識も乏しく、慎重な判断が必要である。安定所が幅広い職種を取り扱い、多数の求人を受理する中で、求職者である生徒の希望労働条件や賃金水準を正確に把握しているのと異なり、民間職業紹介事業者の扱う求人はきわめて少数である。しかし、その違いを高校生が十分理解した上で、民間職業紹介事業者を利用することは困難である。高校生に比べれば民間職業紹介事業者の職業知識がはるかに上回り、高校生にとってはその説明を鵜呑みにするしかない関係にある。進路指導担当教員や担任教員にとっても、特に普通科の場合は高校生と同様であり、民間職業紹介事業者の意向が職業紹介に強く影響すると考えられる。先に述べたように民間職業紹介事業者は取り扱う求人が少なく、公共職業安定所職員にくらべて職業知識が少ない中で職業紹介を行えば、適格紹介の原則を歪めかねない。したがって、民間職業紹介事業者の利用を、学校による職業紹介と同列に扱うことは適当でなく、仮に高校生が民間職業紹介事業者を活用する場合は、相談過程に進路指導担当教員と公共職業安定所職員が同席するなど、適格紹介の原則が貫かれているかを確認できる環境が整わない限り、安易に活用すべきではない。

 また報告は、民間職業紹介事業者が、職業紹介を行わない募集情報等提供事業者として学校の就職あっせんを支援するかたちを想定している。しかしこの点についても、慎重な検討が求められる。現在の大学生の就職においては、いわゆる「就活サイト」の利用が主流となっており、これはまさに募集情報等提供事業者の活用である。「就活サイト」は、多数の求人情報が提供され、どの大学の学生かを問わず応募可能であることなどが利点とされている。しかし、応募企業数に何ら制限はなく、安定所や学校もまったく関与しない「ルール無き就職活動」となっており、先に述べたように多数の企業から内定を得られる学生がある一方、何十社に応募しても面接にさえたどり着けない生徒が多数存在する。企業にとっても、内定者が入社してくれるかはまったくわからず、「囲い込み」合戦が当たり前となっている。さらに、実際にはどの大学の学生かの選別が行われていても、応募する学生にはいっさい示されないことが社会問題にもなっている。こうした「ルール無き就職活動」を高校生にまで拡大することは、あってはならない。むしろ、大学生の就職活動に関し、募集情報提供事業者の活動を適切に規制することこそ求められている。

(3)インターンシップの推進

 報告は、キャリア教育のいっそうの充実を求め、「学校現場におけるインターンシップの実施を促していくべき」としている。職業教育の一環として、職場体験であるインターンシップは有効なものと考えるが、大学生の就職活動の現状をふまえた検討が必要である。

 現在、大学3年生を対象とした夏休み時期のインターンシップが広く実施され、事実上の選考の場となっている。インターンシップのエントリーシートまで用意され、3年生でインターンシップを受けられないと、その企業には応募できないとの判断が一般的にまでなっている。また、実質的に就労と変わらない「名ばかりインターンシップ」も横行しており、適切に規制することが求められている。高校生を対象とするインターンシップを推進すれば、大学生と同じ問題が生じないとは決して言えない。どのように選考と切り離すかを明確化できない限り、インターンシップの活用には慎重な姿勢が求められる。

(4)その他

 報告は、高校における就職支援を「教育活動全体を通じて組織的かつ計画的な進路指導として行われており、生徒の能力や適性、興味・関心等に基づいたきめ細かな対応がなされている」と評価している。一方で「就職支援の経験が必ずしも多くない普通科等の進路指導担当教員が、必要なスキルを習得するための研修の機会が不十分である旨の指摘がある」とも述べ、学校と安定所の連携強化を求めている。実際、一部には寄せられる求人を序列化し、就職希望の生徒を成績順に当てはめるような「マッチング」を行う実態もあると聞く。しかしこうした原因は、個別の教員にあるわけではなく、学校現場の人員削減や非正規化が推し進められ、教員の長時間労働など勤務実態がきわめて過酷なものとなったため、きめ細かな進路指導がやりたくてもできないことにある。また、普通科で大半の生徒が進学する高校では、就職希望の生徒があった際に、就職支援に戸惑うのは当然である。したがって、専門家である公共職業安定所職員の支援が必要である。新規中学校卒業者の場合、職業相談・職業紹介は安定所が直接実施しているのに対し、高校では職業安定法27条による学校長の安定所業務の一部分担もしくは同33条の2による学校長の無料職業紹介事業を根拠に、学校が職業紹介業務を行っている。かつては、普通科高校であっても職業紹介事業に精通したベテランの進路指導担当教員が配置されていたが、学校現場の変化(人員削減と多忙化)から、そのような教員を配置できない学校が多い。そうであるなら、就職希望の生徒に対しては、1、2生時から進路相談に公共職業安定所職員(学卒ジョブサポーターなど)が同席し、生徒との相談を重ね、就職を支援することが必要である。

 高校生の就職支援の充実に向けては、就職慣行の見直しや民間活用が求められているのではなく、教員や安定所職員の増員による支援の量的・質的強化こそ必要かつ有効であると考える。 



以 上
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