労働政策審議会雇用保険部会報告に対する見解
2020年1月 全労働省労働組合中央執行委員会


労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会は2019年12月20日、雇用保険制度見直しに関する部会報告(以下、部会報告)をとりまとめた。今後これにもとづき、第201回国会に関係法案が提出される見込みである。しかし部会報告は2017年雇用保険法「改正」時に、給付水準の引き上げ等の附帯決議が行われたことに照らし、不十分との印象を受けざるを得ない。以下に考え方を述べる。

1.所定給付日数改善の見送り
 2017年の第193回国会では、倒産・解雇等により離職した者に対する所定給付日数を一部引き上げた。これに対して衆・参厚生労働委員会の附帯決議では、「特定受給資格者に限らず、失業等給付の給付改善に向けた検討」を求めた。しかしながら、特定受給資格者以外の給付改善に関して、部会報告は何ら触れていない。2018年度の雇用保険事業年報によると、2018年度の所定給付日数別の初回受給者実人員は、90日の者が50.2%で最も多く、わずか3ヵ月で失業給付が切れる者が半数を超えている。これは、2000年「改正」により、倒産・解雇等による離職者に基本手当を重点化し、倒産・解雇等ではない離職理由の者に対する所定給付日数を短縮(2000年「改正」では被保険者期間5年未満であれば年齢でなく一律90日に、2003年「改正」では被保険者期間10年未満を一律90日に)したことが大きな要因である。
現在、有効求人倍率は高止まりしているが(2019年11月は季節調整値で1.69倍)、事務的職業0.5、機械組立0.93(いずれも実数値)など、職種のミスマッチが際立っており、低賃金求人も多い中で、希望条件での再就職は容易でない。所定給付日数90日の間に求職活動を行い、適職を得ることはきわめて困難であるが、十分な貯蓄がなければ、雇用保険が切れる時期が近づくと、「仕事を選んでいられない」状況に追い詰められ、不得意な職種や生活が困難な賃金水準であっても再就職せざるを得ない。これでは、雇用保険法1条に掲げる「労働者の生活及び雇用の安定を図るとともに、求職活動を容易にする」との目的を果たしているとは言い難い。したがって、2017年時の附帯決議が求める「失業等給付の給付改善」を実施すべきであったが、本則の10分の1である費用の40分の1となっている国庫負担割合や、弾力条項を発動して千分の6(労働者千分の3、使用者千分の3)にまで低下している保険料率を据え置くとともに、給付改善に言及しなかった部会報告は不十分と指摘せざるを得ない。

2.給付制限期間の見直し
 部会報告は、正当理由のない自己都合により離職した者に対する給付制限期間について、現行の3ヵ月間を、「5年間のうち2回までに限り2ヵ月間に短縮する」措置を試行(2年以内を目途)するとしている。給付制限期間は、雇用保険法では「1箇月以上3箇月以内の間で公共職業安定所長の定める期間」とされており、雇用保険業務取扱要領により3ヵ月間とされている。給付制限期間は1984年以前、法が「1箇月以上2箇月以内」と定め、1ヵ月で運用されてきたものを、財政悪化等の理由から1984年に「1箇月以上3箇月以内」と改定し、それ以来3ヵ月で運用されてきた。部会報告は給付制限の趣旨を「安易な離職を防止する」としているが、労働者にとって唯一の収入を得る途であり、その途をみずから断つにはそれぞれ切実な理由が存在し、労働者が安易に離職していると見ているのであれば、実態をまったく踏まえていない。雇用保険業務取扱要領では、自己都合退職のうち「正当理由がある」場合を列挙しているが、たとえば、いじめや嫌がらせを受けて退職した場合、「管理者が勤務態度に不満がある場合」に「注意、叱責することは通常起こりうる」とされており、それだけでは「正当理由」とは認められない。さらに、「その退職が真にやむを得ないものであることが客観的に認められる場合」にのみ「正当理由」と判断され、「被保険者の主観的判断は考慮されない」とされている。しかし、いじめやパワハラを離職者が客観的に明らかにすることはきわめて困難であり、退職を判断する止むに止まれぬ事情は、多くの場合「正当理由なし」と判断されてしまう。非正規雇用を中心に低賃金労働が蔓延する中で蓄えができない労働者も多く、退職時に3ヵ月もの給付制限を課すことは、実際に失業給付を受けるのは手続きから4ヵ月近く経過した後であり、先にも触れた雇用保険法の「労働者の生活及び雇用の安定を図る」目的を果たしているとはとうてい言えない。現行の運用は、「安易な離職を防止する」のではなく、生活のためには「いじめや嫌がらせに耐えろ」と言うに等しい。こうした点から、3ヵ月の給付制限期間を短縮することは歓迎する、しかし、なぜ84年以前の1ヵ月ではなく、2ヵ月とするのかは理解に苦しむ。また、部会報告が2ヵ月への短縮を「5年間のうち2回まで」に限定しているのは、「安易な離職を防止する」ためであろうが、そもそも離職にはそれぞれ切実な理由が存在する実態に照らせば、こうした制限を設ける必要性は乏しい。

3.マルチジョブホルダーへの対応
 雇用保険部会では、この間複数の事業所で雇用される労働者の雇用保険適用について議論されてきた。その中心は、一つの事業所での労働時間が週20時間未満であり、複数の事業所の労働時間を合算すると20時間を超える場合の適用であり、合算しての適用と基準(20時間)の引き下げが議論された。その上で部会報告は合算しての適用を採用し、65歳以上の高年齢被保険者を対象に、被保険者の申し出により、合算して週の労働時間が20時間を超える場合は被保険者とできる特例を設けるとしている。あわせて部会報告では、5年程度試行して検証すべきとしている。しかし、雇用保険制度はそもそも強制適用であり、本人の申出を適用の要件とする点は強制適用に例外を認めるものとなる。一方、雇用保険の対象労働者をより低収入の層に拡大することは歓迎すべきであろうが、慎重な議論も求められる。また、現在の雇用保険制度は、1人の労働者が1の事業主に雇用されることを前提としており、雇入れに伴う被保険者資格取得も、離職に伴う被保険者資格喪失も、失業等給付の受給に必要な離職票の交付も、すべて1人1社を前提に設計されている。したがって、これを複数就業での適用とするには、雇用保険業務の大きな見直しや行政システムの設計変更が必要となるが、部会報告ではそれらの具体的内容が全く示されていない。こうしたことから、実際の業務を担う労働局や公共職業安定所職員の意見をふまえ、第一線が実施可能な制度設計を行い、必要な準備期間を確保しなければ、混乱は避けられない。
 一方、マルチジョブホルダーは、週20時間に満たない労働時間の雇用をかけ持ちする者だけではなく、フルタイムで働きながら収入の不足分を副業で補う労働者も少なくない。そうした労働者が副業を失えば、生活に困窮するのは当然であり、複数の雇用労働を雇用保険制度に取り入れるのであれば、1の雇用で被保険者資格を満たし、さらに別の雇用に従事する労働者の適用についても検討が必要である。
 あわせて、今回の特例によって被保険者となった労働者が受給できる給付は、1の就労で週20時間以上の65歳以上の被保険者と同様、高年齢求職者給付の一時金であり、65歳未満の被保険者が受給する一般被保険者求職者給付とは異なる。2017年「改正」によって、これまで65歳以上の被保険者は保険料負担を免除していたものについて、2020年4月から一般被保険者と同様に保険料を徴収することとされた。にもかかわらず、給付を一時金に限定していることは年齢差別であり、見直しが必要である。

4.育児休業給付の新しい体系への位置付け
 雇用保険制度は労使折半の失業等給付と事業主負担による雇用保険二事業からなり、育児休業給付は、失業等給付の中の雇用継続給付のひとつに位置づけられている。部会報告は、「子を養育するために休業した労働者の雇用と生活の安定を図る」給付として「失業等給付とは異なる給付体系に明確に位置づけるべき」としている。失業等給付とは異なる体系であるから、育児休業給付を、失業等給付と雇用保険2事業と並ぶ3本柱の1つに位置づけるものである。また、収支についても失業等給付と区分し、保険料率のうち育児休業給付に充てるべき独自の保険料率を設定するとし、当面、現行の千分の6のうち、千分の4相当とすべきとしている。基本手当をはじめとする失業等給付の2倍を育児休業給付に充てるというのである。次世代育成支援の給付を確保し失業を予防することは必要だが、国庫負担や保険料を低水準に据え置きながら、育児休業給付を聖域化することにより、失業等給付が低水準に追いやられる事態を招いてはならない。

5.高年齢継続給付の縮小
部会報告は、高年齢者雇用安定法(以下、高齢法)による65歳未満の労働者の継続雇用制度が、2025年度にはすべての労働者に適用されること、パートタイム・有期雇用労働法や労働契約法により、今後雇用形態にかかわらない公正な待遇確保が求められることから、高年齢継続給付について段階的に縮小することが適当としている。具体的には、2024年度までは現行水準を維持し、2025年度以降は半分程度に縮小することが妥当としている。高年齢継続給付は、そもそも60歳以上65歳未満の労働者の雇用と生活の安定を目的とした制度であり、年齢差別を克服し、均等・均衡待遇が実現するのであれば引き下げは妥当であろう。しかし、2019年12月25日の労働政策審議会雇用対策基本問題部会報告書では、高齢法の改正に向けた70歳までの雇用継続に言及している。そこでは、「現行の高年齢者雇用確保措置と同様の措置に加え、事業主による特殊関係事業主以外の企業への再就職に関する制度の導入、フリーランスや起業による就業に関する制度の導入、社会貢献活動への従事に関する制度の導入といった新たな措置を設け、これらの措置のうちいずれかを講ずることを事業主に対する努力義務とすることが適当」としている。これでは「公正な待遇確保」どころか、個人事業主や有償ボランティアといった、労働法の適用を受けないきわめて不安定な就業形態への移行を認めるものではないか。高齢層の「働き方」の見直しを通じて、「請負化」「個人事業主化」「自己責任化」を広げる突破口とするものとも言え、とうてい容認できない。片方で生活の不安定化を進めながら、もう片方で今後は公正待遇が進むのことから高年齢継続給付を縮小・廃止するとの姿勢は矛盾している。真に高齢層の雇用と生活の安定を目的とするのであれば、高齢法で「定年の引き上げ」「継続雇用制度の導入」「定年の廃止」を義務付けることが必要である。また、年齢による差別的処遇が解消されるまで、高年齢継続給付の水準は現状を維持し、対象に65歳以上70歳未満の労働者を加える必要がある。

6.財政措置等
 部会報告は、2020年度と2021年度の国庫負担割合を、本則の4分の1ではなく、現状の40分の1で運用するとしている。また、保険料率についても、現状の千分の6に据え置き、育児休業給付を除く失業等給付は千分の2を充てるとしている。現在の財政状況に照らせば、保険料率を引き上げる必要はないとの判断であるが、繰り返しになるが2017年法「改正」時に、衆参両院で特定受給資格者以外の受給資格者に対する給付の拡充が強く求められたにも関わらず、いっさい改善をはかることなく、国庫負担割合と保険料率を据え置いたことに問題がある。雇用保険法が目的に掲げる「労働者の生活及び雇用の安定を図るとともに、求職活動を容易にする等その就職を促進」にふさわしい給付の水準について、早急に検討・改善することが求められる。

以 上
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