労働基準監督業務の民間委託の検討に関する意見(その2) −監督業務の民間委託はILO条約(第81号)違反−2017年5月
2017年5月2日 全労働省労働組合
労働基準監督業務の民間委託について検討を進めている政府の規制改革推進会議は4月25日、「労働基準監督業務の民間活用タスクフォース」の検討状況を確認していますが、現時点でタスクフォースと厚生労働省の主張は大きく隔たっています。特徴的なのは、タスクフォースから、賃金・割増賃金の未払い等の場合の罰金額の引き上げが新たに提案されている点です。

 今後、タスクフォースでは、厚生労働省等からのヒアリングを継続しながら、6月の答申に向けた検討が続けられる予定です。ついては、あらためて監督業務の民間委託の問題点を整理します。

1 監督業務の実効性が確保できません

 監督官が労働関係法令の違反状況等を確認する場合、強制力(権限行使を拒む行為には罰則が適用されます)を背景に職場への立ち入り、関係書類の閲覧、関係者への尋問等を行い(労基法101条、労安法91条等)、きめ細かく実態を明らかにしていきます。権限のない民間人の調査では、事実関係の確認が困難なことから、一方的に話しを聞くだけで終わってしまうおそれがあります。また、監督業務にあたっては、行政に蓄積された様々な企業情報(違反履歴等)をあらかじめ確認しておくことが重要ですが、契約上の守秘義務しかない社労士等とこれらの情報を共有することは不適切です。

2 適切な権限行使の機会が奪われてしまいます

 監督業務では、即時に権限(使用停止、立入禁止等の行政処分や捜査への着手)を行使しなければならない場合も多く(労安法98条、労基法102条等)、それをしない場合、労働者の安全・権利を十全に確保できません。

 社労士等の調査の後、必要なら後日に監督官による臨検監督を行えばよいという考え方もあるようですが、これでは監督官による臨検監督を予告することと同じであり、記録の隠蔽等を許すこととなり、監督官の有効な権限行使の機会が失われてしまいます。

3 さまざまな深刻な弊害が生じます

開業又は開業予定の社労士等が企業に赴く場合、営業活動(事務代行等の受託等)と一体化するおそれがあります。また、一部の社労士等は「労働基準監督官対策」を掲げて積極的な営業活動を行っていますが、同じ者が監督業務を担うことで著しい利益相反が生じます。この点では、逆に、監督官が社労士等を兼業することの適否を考えてみれば明らかです。

 また、こうした検討が監督官を増員しないことの口実とされるなら、それ自体がたいへんな弊害と言えます。民間委託に要するコストは現時点で不明ですが、そのコストを監督官の増員にこそ充てるべきです。

4 労働基準法やILO条約に反します

 労働基準法は中央、地方の監督機関を国(厚労大臣)の直轄機関とすることで監督業務の実効性を確保しています(労基法99条)。また、監督官の資格や分限手続き(身分保障)を法定し(労基法97条)、公正な権限行使を担保しています。ILO81号条約(批准)も、監督職員は不当な外部圧力と無関係な公務員でなければならないとし(条約6条)、必要な資格を考慮して採用し、訓練を施すべき(条約7条)と定めています。監督業務の民間委託は、労基法やILO条約の趣旨を大きく損ねることになります。



以 上



【主な関係条文】

○労働基準法

第97条

 1)2)(省略)

 3)労働基準監督官の資格及び任免に関する事項は、政令で定める。

 4)厚生労働省に、政令で定めるところにより、労働基準監督官分限審議会を置くことができる。

 5)労働基準監督官を罷免するには、労働基準監督官分限審議会の同意を必要とする。

 6)前二項に定めるもののほか、労働基準監督官分限審議会の組織及び運営に関し必要な事項は、政令で定める。

第99条

 1)労働基準主管局長は、厚生労働大臣の指揮監督を受けて、都道府県労働局長を指揮監督し、労働基準に関する法令の制定改廃、労働基準監督官の任免教養、監督方法についての規程の制定及び調整、監督年報の作成並びに労働政策審議会及び労働基準監督官分限審議会に関する事項(労働政策審議会に関する事項については、労働条件及び労働者の保護に関するものに限る。)その他この法律の施行に関する事項をつかさどり、所属の職員を指揮監督する。

 2)都道府県労働局長は、労働基準主管局長の指揮監督を受けて、管内の労働基準監督署長を指揮監督し、監督方法の調整に関する事項その他この法律の施行に関する事項をつかさどり、所属の職員を指揮監督する。

 3)労働基準監督署長は、都道府県労働局長の指揮監督を受けて、この法律に基づく臨検、尋問、許可、認定、審査、仲裁その他この法律の実施に関する事項をつかさどり、所属の職員を指揮監督する。

 4)労働基準主管局長及び都道府県労働局長は、下級官庁の権限を自ら行い、又は所属の労働基準監督官をして行わせることができる。

第101条

 1)労働基準監督官は、事業場、寄宿舎その他の附属建設物に臨検し、帳簿及び書類の提出を求め、又は使用者若しくは労働者に対して尋問を行うことができる。

 2)前項の場合において、労働基準監督官は、その身分を証明する証票を携帯しなければならない。

第102条

 労働基準監督官は、この法律違反の罪について、刑事訴訟法に規定する司法警察官の職務を行う。



○労働安全衛生法

第91条

 1)労働基準監督官は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、事業場に立ち入り、関係者に質問し、帳簿、書類その他の物件を検査し、若しくは作業環境測定を行い、又は検査に必要な限度において無償で製品、原材料若しくは器具を収去することができる。

第98条

 1)都道府県労働局長又は労働基準監督署長は、第20条から第25条まで、第25条の2第1項、第30条の3第1項若しくは第4項、第31条第1項、第31条の2、第33条第1項又は第34条の規定に違反する事実があるときは、その違反した事業者、注文者、機械等貸与者又は建築物貸与者に対し、作業の全部又は一部の停止、建設物等の全部又は一部の使用の停止又は変更その他労働災害を防止するため必要な事項を命ずることができる。

 2)都道府県労働局長又は労働基準監督署長は、前項の規定により命じた事項について必要な事項を労働者、請負人又は建築物の貸与を受けている者に命ずることができる。

 3)労働基準監督官は、前2項の場合において、労働者に急迫した危険があるときは、これらの項の都道府県労働局長又は労働基準監督署長の権限を即時に行うことができる。

○ILO第81号条約(工業及び商業における労働監督に関する条約)

第6条

 監督職員は、分限及び勤務条件について、身分の安定を保障され、且つ、政府の更迭及び不当な外部からの影響と無関係である公務員でなければならない。

第7条

 1)労働監督官は、国内の法令で定める公務員の採用に関する条件に従い、その任務の遂行に必要な資格を特に考慮して採用しなければならない。

 2)前記の資格を認定する方法は、権限のある機関が決定する。

 3)労働監督官は、その任務の遂行のため適当な訓練を受けなければならない。
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