「特定機械等の製造許可及び製造時等検査制度の在り方に関する検討会」報告書に対する意見
2024年4月
全労働省労働組合
厚労省労働基準局に設置された「特定機械等の製造許可及び製造時等検査制度の在り方に関する検討会」は3月28日、報告書をとりまとめました。
この間、特定機械等の製造許可、製造検査、落成検査等は国(労働局長又は労働基準監督署長)の権限とされてきましたが、ボイラー及び第一種圧力容器の製造時等検査やすべての特定機械等の性能検査については、登録検査機関が検査を行うなど民間移管が進められてきた経緯があります。
【特定機械等の製造許可・製造時等検査の流れ】
報告書はこうした経過をふまえ、「行政の効率化」や「民間活力の活用」等を掲げながら、さらなる民間移管の可能性、具体的には、①製造許可制度の在り方、②製造時等検査制度等の在り方、③民間の検査機関等に対する厚生労働大臣の監督権限等について検討しています。
報告書が提起する見直しの方向性は次のとおりです。
製造許可や検査制度は、信頼性のある公正な第三者である国や民間の検査機関が行い、設計、製造の段階から、特定機械等が一定の基準に適合していることを確認するとともに、使用、設置に至るまで一貫した検査を行い、安全を担保することが必要。
製造許可は、引き続き権限を有する行政機関が責任をもって行うことが必要。
製造許可の基準のうち「技術的基準」は、規格への適合について客観的な審査を行うものであるが、民間機関には必要な知見が蓄積されており、「技術的基準」への適合の審査において民間機関の能力を活用すべき。
その際、行政機関においては、登録機関が行う技術的事項に関する書面審査の適格性を判断するための体制を整備するとともに、監査等により登録機関の信頼性を確保することが必要。また、登録機関がない場合には、行政機関が引き続き審査業務を行うことができるようにすることが適当。
「製造者の基準」の審査は、引き続き都道府県労働局長において行うことが適当。
ボイラー等の登録製造時等検査については現在、全体の8割以上の検査を実施しているが、構造上の欠陥を原因とする事故は発生しておらず、また、業務停止等の行政処分に至った事例はない。そのため、移動式クレーン等についても、登録機関が製造時等検査を実施できる制度を設けるべき。
民間移管に当たっては、行政が検査基準を定め、引き続き全国斉一の検査の実施が必要。製造時等検査の民間移管を円滑に進めるため、移行期間を設け、登録機関がない場合には行政機関が引き続き製造時等検査を行うことが適当。
落成検査については、法令に基づく安全措置の履行状況について確認し、必要に応じて、ユーザーに対して法令に基づく指導を行うものである。このため、今後も行政機関において落成検査を継続できる体制を維持することが適当。
変更検査及び使用再開検査については、落成検査と同様、今後も行政機関において変更検査、使用再開検査を継続できる体制を維持することが適当。
特定機械等の変更時には、機械の状態変化により労働災害が発生することがないよう、変更届提出や変更検査受検が求められていることをユーザーに対して周知徹底することが必要。
労働安全衛生法においては、民間の登録機関の登録要件として、特定機械等の製造者等に支配されていないことを規定しており(46条)、利害関係者による検査が行われないことを担保。引き続き同様の制限を設け、検査の公正性を確保することが必要。
製造許可の書面審査を行う登録機関を含め、引き続き立入監査等により、適正な業務実施を担保することが適当。加えて、登録機関については、登録要件に合致し適切な審査や検査を実施できることを厳格に確認するとともに、登録機関に実施義務違反があった場合等には、登録の取消しや業務の一時停止を命じるなど厳重に処分することが必要。
検査等業務の民間移管に当たっては、登録機関が行う審査や検査について行政機関が行うものと同等となる制度とすることが必要。また、行政機関は技術の進歩への対応等の必要性も踏まえ、適切に製造許可及び検査を行うための能力を維持することが必要。
報告書が示す以上の方向性には、多くの疑問や問題があります。今後、報告書に基づいて法制度を具体的に見直すことが予想されますが、以下の疑問に答え、問題を解決することが不可欠です。
報告書は、製造検査等の民間移管を推進する理由について、「民間活力の活用」「行政の更なる効率化」を強調していますが、特定機械等の製造時等検査件数は大幅に減少しており(移動式クレーンの製造時等検査件数は1990年代に大きく減少し、2000年代以降は2,000件程度)、民間移管によって活力ある「新ビジネス」が広がるとは考えられません。また、製造時等検査の民間移管に伴って、安全衛生行政職員の育成が一層困難(とりわけ実務経験の蓄積困難)となる可能性が高く、その深刻な弊害を直視すべきであり、「行政の更なる効率化」などという見立ては余りに安易です。
報告書は、特定機械等の製造許可の審査に関し、「技術的基準」への適合審査を民間(登録機関)へ移管すべきとしています(但し、登録機関がない場合、行政機関が当該審査を行うこととする)。しかし、許可自体の権限を行政官庁に残しつつ、その審査の一部を民間移管する場合、責任の所在があいまいとなりかねません。
報告書は、製造時検査等の民間移管にあたって当該民間機関に行政と同等以上の能力があることが必要とした上で、現状では民間機関に必要とされる技術力があると指摘しています。一方、製造時検査等を担う機関についてはメーカー等と利害関係を有さず、公正かつ斉一な業務運営が担されていることの必要性が強調されています。しかし、これらをどう担保するかという議論(検査担当者等を「みなし公務員」とするかなど)は必ずしも十分とは言えません。
報告書をとりまとめた検討会の構成員は様々な分野の専門家であり、高い学識を有しており、真摯な議論が重ねられていたことは議事録からもうかがえます。
一方、製造時検査等の民間移管という労働者の生命や権利に直結する課題を検討するにあたっては、第一線の現場で実務を担う技官(検査担当職員)から現状、課題、解決方向等に関して意見を聴取することが不可欠です。
検討会の構成員から指摘された「一つの機械でもいろいろなブームの構成が出てきたりという中で、どれを選択して試験をするというのがあり、検査官と相談しながらとか関係法規や通達など示されている内容など、そういうものが過去からの長い歴史の中で積みあがって今があります」(第1回検討会)との指摘はきわめて重要であり、幅広い技術的知見と豊かな実務経験を有した技官からの意見集約の重要性を示しています。
加えて報告書は、技官と労働基準監督官の役割の相違、技官の採用停止後の実務の変化等について十分な現状把握と分析が行われたとは言えず、議論不足です。(*1)
報告書はボイラー・一圧の製造時等検査の民間移管には特段の問題が生じていないことを強調し、それゆえ移動式クレーン等の製造時等検査の民間移管も可能と結論づけています。
しかしながら、ボイラー・一圧については製造時検査の後、落成検査が「行政の眼」によって行われます(この場合、技術的基準への適合判断を含む)。しかし、移動式クレーン等は据え付けを要しないことから落成検査の機会がなく、「行政の眼」に触れないことをどう考えるのか、検討を深める必要があります。
報告書は変更検査、使用再開検査について引き続き行政が担うとしていますが、これらは製造時検査以上に高度の専門性が必要とされることに留意すべきです。具体的には、次のとおりです。
変更検査は構造部分に亀裂が生じ、部品と交換・補修などを行う際の検査ですが、豊富な実務経験に基づく高い専門性が不可欠です。(*2)
特に、溶接状態の判断には十分な知識と経験が欠かせません。(*3)また、浮きクレーンとして台船に移動式クレーンを固定する場合も変更検査が必要となり、高い専門性が求められます。
使用再開検査は休止した特定機械の使用を再開する場合に行われますが、性能検査を失念し、有効期間を徒過した場合など管理の杜撰さが背景にある場合も少なくありません。また、落成検査や変更検査と異なり、メーカーや設置業者が立ち会わない場合も多く、行政職員に幅広い知識と経験が求められます。
今後、行政職員が製造時検査等に従事しなくなった場合、変更検査や使用再開検査に必要な実務経験を積んでいけるのか、大きな疑問があります。
民間機関に移管された検査の適正を担保するには、行政の側に民間機関以上の専門性が確保されていることが大前提です。
検討会でも、製造許可(技術的基準の審査)及び製造時等検査の民間移管を行ったとしても、行政機関に高い専門性が引き続き維持されていく仕組みを確立することの必要性が繰り返し指摘されています。(*4)
実際上も移動式クレーン等の製造時検査等について民間移管の仕組みが設けられたとしても、その全部が直ちに移管されることは考えにくく(ボイラー等の製造時検査の民間移管は現在80%強)、行政職員が製造時等検査を自ら実施する能力と体制が引き続き必要となります。加えて、検査業務に従事する行政職員が高度な専門性を身につけていることは、当該行政職員及び関係者の安全確保にも不可欠です。
こうした指摘に対して厚労省は、中央研修やOJTによって必要な技術や知識を得る仕組みがあると述べていますが、重要な課題に触れていません。すなわち、第一線の労働行政(局・署)では、専ら安全衛生業務に従事する技官の採用が2008年に停止されて以降、職員の専門性の確保・継承がますます困難になっている点です。
前記7について、どのような打開策が考えられるでしょうか。
労働基準行政では2008年以降、これまで各種の検査業務を担ってきた技官の採用を停止し、監督官が監督業務の経験も積みつつ、安全衛生業務(検査業務を含む)もあわせて担うという方針を示しました。しかしながら、現状を見たとき、豊富な検査業務の経験に裏打ちされた技能や知識等が次世代(監督官)に継承されているとはとても言えません。
検査業務等に必要な専門性は、机上の研修やマニュアルの策定で決して身につくものではありません。10年以上の実務経験(検査業務を含む)のある技官であっても書類審査から検査の打ち合わせ、検査当日に至るまで入念なシミュレーションを行って検査に臨んでおり、長年の実務経験でしか培えない知識や技能が少なくありません。しかしながら、行政職員に必要な専門性をどのように培い、維持するかといった議論は、圧倒的に不足しています。
今後、すべての技官が退職したときに、検査業務に関する専門性を有した職員がいない、足りないという事態は何としても避けなければなりませんが、技官の採用・育成する具体的な方針は依然示されていません。
安全衛生行政に将来にとってきわめて重大なこの課題を脇において、検査業務のあり方を議論していること自体、適切でないと考えます。(*5)
*1)検討会構成員のからは、検査業務の体制に関して「監督官はかなりの業務量をこなしており、監督官が足りない状況にあると聞く。体制強化、増員を含めて、体制構築ということを監督行政としてしっかり検討いただきたい」(第1回検討会)との意見がありましたが、現在でも検査業務の多くは監督官ではなくベテランの技官が担っていること、それにもかかわらず技官の採用再開の予定が示されていないことなどが十分に説明されていません。検討会では、こうした問題点やその打開策が多角的に検討されるべきでしたが、厚労省から積極的な問題提起はなく、検討は全く進みませんでした。
*2)検査を実施する場所の多くは、工場や建設現場で作業が同時進行で行われています。そのため、検査担当者は事故防止のため、事前に検査対象機械が設置されている周囲の立入禁止や製造ラインの停止などを事業場側に的確に指示することが求められます。
クレーンの検査では、クレーン本体のみならず操作盤の絶縁抵抗や走行レールの傾斜の有無など電気工学、建築についての幅広い知識が必要となる検査も多数あります。変更検査では、変更届を必要とする変更工作の範囲は明確に判断できないケースもしばしばあり、ボイラー・一圧においては安全規則(ボイラー則、安衛則等)、構造規格の解説に加え、全国工作責任者質疑応答集などによっても判然とせず、労働局・本省を含めた組織的な検討・判断を要する場合も少なくありません。クレーン関係の変更届の審査にあたっても、変更部分が過重応力部位となるクレーンの構造等を熟知している必要があります。
*3)溶接検査の判断には十分な知識と経験が欠かせません。溶接の母材が鉄かステンレス材かによって溶接の状態は異なります(溶接は母材に高温部分と低温部分を同時に発生させるため、熱応力の平準化、温度差の緩和が必要になるため、熱による応力除去など行います。また、鉄やステンレスで熱応力は極端に異なります)。ボイラーや一圧の場合検査では保温材(ケーシング材)などで覆われて溶接線を直接確かめられないこともあり、検査官の権限でケーシング材を撤去させる判断力も求められます。
同様に経年で使用されてきたクレーン(橋形、天井、クライミングなどいずれも)は繰り返し塗装が行われているため、溶接線が確認できないため塗膜をはがすことも必要になります。
*4)検討会報告書にも「行政機関は、技術の進歩への対応等の必要性も踏まえ、適切に製造許可及び検査を行う能力を維持することが必要」、「今後も行政機関において変更検査、使用再開検査を継続できる体制を維持することが適当」等の指摘が盛り込まれています。
*5)全労働省労働組合「厚生労働技官の採用・育成再開を求める全労働の緊急提言」(2019年)
以上
前画面全労働の取組一覧
全労働省労働組合
Ⅰ はじめに
厚労省労働基準局に設置された「特定機械等の製造許可及び製造時等検査制度の在り方に関する検討会」は3月28日、報告書をとりまとめました。
この間、特定機械等の製造許可、製造検査、落成検査等は国(労働局長又は労働基準監督署長)の権限とされてきましたが、ボイラー及び第一種圧力容器の製造時等検査やすべての特定機械等の性能検査については、登録検査機関が検査を行うなど民間移管が進められてきた経緯があります。
【特定機械等の製造許可・製造時等検査の流れ】
報告書はこうした経過をふまえ、「行政の効率化」や「民間活力の活用」等を掲げながら、さらなる民間移管の可能性、具体的には、①製造許可制度の在り方、②製造時等検査制度等の在り方、③民間の検査機関等に対する厚生労働大臣の監督権限等について検討しています。
Ⅱ 報告書が提起する見直し方向
報告書が提起する見直しの方向性は次のとおりです。
1 特定機械等の製造許可及び検査制度の在り方
製造許可や検査制度は、信頼性のある公正な第三者である国や民間の検査機関が行い、設計、製造の段階から、特定機械等が一定の基準に適合していることを確認するとともに、使用、設置に至るまで一貫した検査を行い、安全を担保することが必要。
2 特定機械等の製造許可の権限
製造許可は、引き続き権限を有する行政機関が責任をもって行うことが必要。
3 特定機械等の製造許可に係る書面等審査の民間移管
(1) 「技術的基準」の審査の在り方
製造許可の基準のうち「技術的基準」は、規格への適合について客観的な審査を行うものであるが、民間機関には必要な知見が蓄積されており、「技術的基準」への適合の審査において民間機関の能力を活用すべき。
その際、行政機関においては、登録機関が行う技術的事項に関する書面審査の適格性を判断するための体制を整備するとともに、監査等により登録機関の信頼性を確保することが必要。また、登録機関がない場合には、行政機関が引き続き審査業務を行うことができるようにすることが適当。
(2) 「製造者の基準」の審査の在り方
「製造者の基準」の審査は、引き続き都道府県労働局長において行うことが適当。
4 特定機械等の製造時等検査の民間移管
(1) 製造時等検査の在り方
ボイラー等の登録製造時等検査については現在、全体の8割以上の検査を実施しているが、構造上の欠陥を原因とする事故は発生しておらず、また、業務停止等の行政処分に至った事例はない。そのため、移動式クレーン等についても、登録機関が製造時等検査を実施できる制度を設けるべき。
(2) 製造時等検査のさらなる民間移管に当たって留意すべき事項
民間移管に当たっては、行政が検査基準を定め、引き続き全国斉一の検査の実施が必要。製造時等検査の民間移管を円滑に進めるため、移行期間を設け、登録機関がない場合には行政機関が引き続き製造時等検査を行うことが適当。
5 特定機械等の落成検査等の官民の役割分担
(1) 落成検査の在り方
落成検査については、法令に基づく安全措置の履行状況について確認し、必要に応じて、ユーザーに対して法令に基づく指導を行うものである。このため、今後も行政機関において落成検査を継続できる体制を維持することが適当。
(2) その他の検査の在り方
変更検査及び使用再開検査については、落成検査と同様、今後も行政機関において変更検査、使用再開検査を継続できる体制を維持することが適当。
(3) 変更届提出、変更検査受検の義務の周知
特定機械等の変更時には、機械の状態変化により労働災害が発生することがないよう、変更届提出や変更検査受検が求められていることをユーザーに対して周知徹底することが必要。
6 民間の登録機関の適正な業務実施を担保するための仕組みの強化
(1) 検査の公正性の確保
労働安全衛生法においては、民間の登録機関の登録要件として、特定機械等の製造者等に支配されていないことを規定しており(46条)、利害関係者による検査が行われないことを担保。引き続き同様の制限を設け、検査の公正性を確保することが必要。
(2) 厚生労働大臣の権限の強化
製造許可の書面審査を行う登録機関を含め、引き続き立入監査等により、適正な業務実施を担保することが適当。加えて、登録機関については、登録要件に合致し適切な審査や検査を実施できることを厳格に確認するとともに、登録機関に実施義務違反があった場合等には、登録の取消しや業務の一時停止を命じるなど厳重に処分することが必要。
7 その他
検査等業務の民間移管に当たっては、登録機関が行う審査や検査について行政機関が行うものと同等となる制度とすることが必要。また、行政機関は技術の進歩への対応等の必要性も踏まえ、適切に製造許可及び検査を行うための能力を維持することが必要。
Ⅲ 報告書の問題点
報告書が示す以上の方向性には、多くの疑問や問題があります。今後、報告書に基づいて法制度を具体的に見直すことが予想されますが、以下の疑問に答え、問題を解決することが不可欠です。
1 今なぜ製造時検査等の民間移管が必要なのか
報告書は、製造検査等の民間移管を推進する理由について、「民間活力の活用」「行政の更なる効率化」を強調していますが、特定機械等の製造時等検査件数は大幅に減少しており(移動式クレーンの製造時等検査件数は1990年代に大きく減少し、2000年代以降は2,000件程度)、民間移管によって活力ある「新ビジネス」が広がるとは考えられません。また、製造時等検査の民間移管に伴って、安全衛生行政職員の育成が一層困難(とりわけ実務経験の蓄積困難)となる可能性が高く、その深刻な弊害を直視すべきであり、「行政の更なる効率化」などという見立ては余りに安易です。
2 製造許可の一部の民間移管
報告書は、特定機械等の製造許可の審査に関し、「技術的基準」への適合審査を民間(登録機関)へ移管すべきとしています(但し、登録機関がない場合、行政機関が当該審査を行うこととする)。しかし、許可自体の権限を行政官庁に残しつつ、その審査の一部を民間移管する場合、責任の所在があいまいとなりかねません。
3 民間移管に求められる条件
報告書は、製造時検査等の民間移管にあたって当該民間機関に行政と同等以上の能力があることが必要とした上で、現状では民間機関に必要とされる技術力があると指摘しています。一方、製造時検査等を担う機関についてはメーカー等と利害関係を有さず、公正かつ斉一な業務運営が担されていることの必要性が強調されています。しかし、これらをどう担保するかという議論(検査担当者等を「みなし公務員」とするかなど)は必ずしも十分とは言えません。
4 労働局および労働基準監督署の技官の意見を十分に聴取すべき
報告書をとりまとめた検討会の構成員は様々な分野の専門家であり、高い学識を有しており、真摯な議論が重ねられていたことは議事録からもうかがえます。
一方、製造時検査等の民間移管という労働者の生命や権利に直結する課題を検討するにあたっては、第一線の現場で実務を担う技官(検査担当職員)から現状、課題、解決方向等に関して意見を聴取することが不可欠です。
検討会の構成員から指摘された「一つの機械でもいろいろなブームの構成が出てきたりという中で、どれを選択して試験をするというのがあり、検査官と相談しながらとか関係法規や通達など示されている内容など、そういうものが過去からの長い歴史の中で積みあがって今があります」(第1回検討会)との指摘はきわめて重要であり、幅広い技術的知見と豊かな実務経験を有した技官からの意見集約の重要性を示しています。
加えて報告書は、技官と労働基準監督官の役割の相違、技官の採用停止後の実務の変化等について十分な現状把握と分析が行われたとは言えず、議論不足です。(*1)
5 ボイラー・一圧の製造時検査の民間移管との相違
報告書はボイラー・一圧の製造時等検査の民間移管には特段の問題が生じていないことを強調し、それゆえ移動式クレーン等の製造時等検査の民間移管も可能と結論づけています。
しかしながら、ボイラー・一圧については製造時検査の後、落成検査が「行政の眼」によって行われます(この場合、技術的基準への適合判断を含む)。しかし、移動式クレーン等は据え付けを要しないことから落成検査の機会がなく、「行政の眼」に触れないことをどう考えるのか、検討を深める必要があります。
6 変更検査、使用再開検査
報告書は変更検査、使用再開検査について引き続き行政が担うとしていますが、これらは製造時検査以上に高度の専門性が必要とされることに留意すべきです。具体的には、次のとおりです。
変更検査は構造部分に亀裂が生じ、部品と交換・補修などを行う際の検査ですが、豊富な実務経験に基づく高い専門性が不可欠です。(*2)
特に、溶接状態の判断には十分な知識と経験が欠かせません。(*3)また、浮きクレーンとして台船に移動式クレーンを固定する場合も変更検査が必要となり、高い専門性が求められます。
使用再開検査は休止した特定機械の使用を再開する場合に行われますが、性能検査を失念し、有効期間を徒過した場合など管理の杜撰さが背景にある場合も少なくありません。また、落成検査や変更検査と異なり、メーカーや設置業者が立ち会わない場合も多く、行政職員に幅広い知識と経験が求められます。
今後、行政職員が製造時検査等に従事しなくなった場合、変更検査や使用再開検査に必要な実務経験を積んでいけるのか、大きな疑問があります。
7 行政機関・職員の専門性をどう確保するのか
民間機関に移管された検査の適正を担保するには、行政の側に民間機関以上の専門性が確保されていることが大前提です。
検討会でも、製造許可(技術的基準の審査)及び製造時等検査の民間移管を行ったとしても、行政機関に高い専門性が引き続き維持されていく仕組みを確立することの必要性が繰り返し指摘されています。(*4)
実際上も移動式クレーン等の製造時検査等について民間移管の仕組みが設けられたとしても、その全部が直ちに移管されることは考えにくく(ボイラー等の製造時検査の民間移管は現在80%強)、行政職員が製造時等検査を自ら実施する能力と体制が引き続き必要となります。加えて、検査業務に従事する行政職員が高度な専門性を身につけていることは、当該行政職員及び関係者の安全確保にも不可欠です。
こうした指摘に対して厚労省は、中央研修やOJTによって必要な技術や知識を得る仕組みがあると述べていますが、重要な課題に触れていません。すなわち、第一線の労働行政(局・署)では、専ら安全衛生業務に従事する技官の採用が2008年に停止されて以降、職員の専門性の確保・継承がますます困難になっている点です。
8 技官の採用・育成の再開が不可欠
前記7について、どのような打開策が考えられるでしょうか。
労働基準行政では2008年以降、これまで各種の検査業務を担ってきた技官の採用を停止し、監督官が監督業務の経験も積みつつ、安全衛生業務(検査業務を含む)もあわせて担うという方針を示しました。しかしながら、現状を見たとき、豊富な検査業務の経験に裏打ちされた技能や知識等が次世代(監督官)に継承されているとはとても言えません。
検査業務等に必要な専門性は、机上の研修やマニュアルの策定で決して身につくものではありません。10年以上の実務経験(検査業務を含む)のある技官であっても書類審査から検査の打ち合わせ、検査当日に至るまで入念なシミュレーションを行って検査に臨んでおり、長年の実務経験でしか培えない知識や技能が少なくありません。しかしながら、行政職員に必要な専門性をどのように培い、維持するかといった議論は、圧倒的に不足しています。
今後、すべての技官が退職したときに、検査業務に関する専門性を有した職員がいない、足りないという事態は何としても避けなければなりませんが、技官の採用・育成する具体的な方針は依然示されていません。
安全衛生行政に将来にとってきわめて重大なこの課題を脇において、検査業務のあり方を議論していること自体、適切でないと考えます。(*5)
*1)検討会構成員のからは、検査業務の体制に関して「監督官はかなりの業務量をこなしており、監督官が足りない状況にあると聞く。体制強化、増員を含めて、体制構築ということを監督行政としてしっかり検討いただきたい」(第1回検討会)との意見がありましたが、現在でも検査業務の多くは監督官ではなくベテランの技官が担っていること、それにもかかわらず技官の採用再開の予定が示されていないことなどが十分に説明されていません。検討会では、こうした問題点やその打開策が多角的に検討されるべきでしたが、厚労省から積極的な問題提起はなく、検討は全く進みませんでした。
*2)検査を実施する場所の多くは、工場や建設現場で作業が同時進行で行われています。そのため、検査担当者は事故防止のため、事前に検査対象機械が設置されている周囲の立入禁止や製造ラインの停止などを事業場側に的確に指示することが求められます。
クレーンの検査では、クレーン本体のみならず操作盤の絶縁抵抗や走行レールの傾斜の有無など電気工学、建築についての幅広い知識が必要となる検査も多数あります。変更検査では、変更届を必要とする変更工作の範囲は明確に判断できないケースもしばしばあり、ボイラー・一圧においては安全規則(ボイラー則、安衛則等)、構造規格の解説に加え、全国工作責任者質疑応答集などによっても判然とせず、労働局・本省を含めた組織的な検討・判断を要する場合も少なくありません。クレーン関係の変更届の審査にあたっても、変更部分が過重応力部位となるクレーンの構造等を熟知している必要があります。
*3)溶接検査の判断には十分な知識と経験が欠かせません。溶接の母材が鉄かステンレス材かによって溶接の状態は異なります(溶接は母材に高温部分と低温部分を同時に発生させるため、熱応力の平準化、温度差の緩和が必要になるため、熱による応力除去など行います。また、鉄やステンレスで熱応力は極端に異なります)。ボイラーや一圧の場合検査では保温材(ケーシング材)などで覆われて溶接線を直接確かめられないこともあり、検査官の権限でケーシング材を撤去させる判断力も求められます。
同様に経年で使用されてきたクレーン(橋形、天井、クライミングなどいずれも)は繰り返し塗装が行われているため、溶接線が確認できないため塗膜をはがすことも必要になります。
*4)検討会報告書にも「行政機関は、技術の進歩への対応等の必要性も踏まえ、適切に製造許可及び検査を行う能力を維持することが必要」、「今後も行政機関において変更検査、使用再開検査を継続できる体制を維持することが適当」等の指摘が盛り込まれています。
*5)全労働省労働組合「厚生労働技官の採用・育成再開を求める全労働の緊急提言」(2019年)
以上