メリット制適用事業主の不服申立の取り扱いに関する検討について 2022年 11月
1 労災保険のメリット制とは
労災保険は事業の種類(54業種)ごとに労災保険率(2.5/1000~88/1000)が定められ、原則として労働者の賃金総額に労災保険率を乗じて労災保険料が決定します。この労災保険率を個別の事業場の災害の多寡に応じて、労災保険率を増減することで、事業主の保険料の負担の公平性の確保や災害防止の努力の促進を図るためにできた制度が「労災保険のメリット制」です。
メリット制は、ある一定の規模(労働者数が100人以上または、20人以上である一定の条件以上の要件を満たす)の事業場を対象とし、連続する3保険年度における労災保険の収支率(3年間の労災保険給付額/3年間の労災保険料額×100)に応じて最大±40%(木材伐出業は±35%、一括有期事業は±30%)の範囲で労災保険率を増減する制度です。なお、建設工事現場や木材伐出業などの有期事業において一括有期事業(複数の工事現場等を一括している場合)や単独有期事業ではその要件が異なるほか、特例メリット制(特別の安全衛生措置を講じた事業において、特例適用の申告があるときにメリット料率(労災保険率)の増減幅を±45%とする)という制度もあります。(下記図①参照)
【図①】
*図①は第1回「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」における「労働者災害補償保険制度、労働保険適用徴収制度等の概要」資料より抜粋(以下、図②、図③に同じ)
2 メリット制適用事業主の不服申立に関する実務
労働保険徴収法のメリット制による保険料増額の「労災保険料認定決定」を受けたメリット制適用事業主は、①保険料増額の前提となった「労災保険給付支給決定」に関する争い(審査請求を含む)の当事者になることはできないこと、②「労働保険料認定決定」については、その適否を審査請求等で争うことが可能であるが「労災保険給付支給決定」の要件該当性を否定する主張はできないこととされています。
そしてその根拠は、①に関しては、被災労働者又は遺族と利害が相反する事業主が「労災保険給付支給決定」の手続きに参加した場合、被災労働者等の法的地位が不安定になり、過大な負担を新たに生じさせること、②に関しては、被災労働者等への保険給付(既支給分を含む)の根拠が否定された場合、被災労働者等の権利(有効な療養とそれに必要な生活保障等)を脅かしかねないことがそれぞれ指摘されています。
*下記図②は「労災保険給付支給決定」、図3は「労働保険料認定決定」に関する争訟の流れを示しています。
【図②】
*「労災保険給付支給決定」は被災労働者等の労災給付請求に基づき、労働基準監督署長が給付決定を行うため、事業主が支給決定に関する当事者にはなりえません。
【図③】
*「労働保険料認定決定」はメリット制に基づき、労災保険率の増減を行うものであり、都道府県労働局長が決定しています。この決定に対して事業主は審査請求等できることとなりますが、メリット料率を算定する基礎となる労災保険給付額にかかる支給決定に関する不服申し立てはできないこととなっています。
3 検討会事務局の「考え方」
厚生労働省の「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」は10月26日、第1回会議を開催しました。
本検討会は、有識者によって構成されていますが、厚労省事務局が示した「考え方」では、メリット制適用事業主の不服申立に関する従来の実務の一部を変更し、次のとおりとすることが提起されています。
① 「労災保険給付支給決定」に関する争い(審査請求を含む)の当事者になることはできないこと。
② 「労災保険料認定決定」に関する争い(審査請求を含む)の当事者となることは可能であり、その際、手続保障を図る観点から、契機となった「労災保険給付支給決定」の要件該当性を否定する主張も認められること。
③ ②において、メリット制適用事業主が主張するとおり、「労災保険給付支給決定」の要件該当性を否定された場合であっても、「労災保険給付支給決定」の効力には影響せず、取り消されることもないこと。
4 検討会の「考え方」の問題点
事務局の「考え方」によると前記変更は、メリット制適用事業主に保険料増額を求める際の手続保障と被災労働者等の法的地位の安定性確保という各要請について、両者の調和を図る趣旨であるとしています。
しかし、前記変更によって、業務上外に関する異なる結論がそれぞれ有効に確定する可能性があり、そのことが事業主の姿勢や労使の関係性などにどのような変化を生じさせるのか、十分な分析を行うことが必要です。
例えば、解雇制限(労基法19条関係)に関して、「労災保険料認定決定」に関する争いで当該労働災害を業務外と主張する事業主は、自らの主張に基づいて療養中の労働者を解雇することが考えられます。
メリット制適用事業主が保険料増額の決定に際して、業務外を主張することが一般化するなら、労災認定にあたって事業主の非協力の姿勢が広がるおそれがあります(労災保険法施行規則23条の助力義務の不履行)。また、労働者が事業主と争うことを避けたい心理から、労災請求自体を躊躇させてしまうことにもなりかねません。
一方、メリット制適用事業主は、「労災保険給付支給決定」に一切関与(主張)できないわけではありません。労災保険法施行規則23条の2は「事業主は(略)保険給付の請求について、所轄労働基準監督署長に意見を申し出ることができる」としており、こうした一定の関与のもとに「労災保険給付支給決定」が行われていることも考慮すべきです。
このような点を考えると、前記変更の可否については、拙速に結論を得るのではなく、労使代表あるいは労災補償実務をよく知る専門家の参画のもと慎重な判断が求められていると考えます。
5 メリット制の廃止を含めた検討
前記の「考え方」は、メリット制による保険料増額を新たな負担と考え、その際の手続保障のあり方を問い直したものと言えます。
そうであるならこの際、メリット制自体のあり方についてもその存否を含めた検討に着手すべきと考えます。
現在のメリット制は、保険料負担の公平性の確保と労働災害防止努力の促進を目的として、その事業場の労働災害の多寡に応じて一定の範囲内(最大±45%)で労災保険率又は労災保険料額を増減させる制度です(12条及び12条の2)。
しかしながら、メリット制の現状に関しては以前からその目的(とくに災害防止)に照らした有効性を疑問視する意見が投げかけられており、そればかりか、安全衛生行政の第一線からは違法な「労災隠し」を促進させているという指摘が少なくありません。
従って、メリット制の存廃を含めたトータルな議論を開始すべきです。
以上
前画面全労働の取組一覧
労災保険は事業の種類(54業種)ごとに労災保険率(2.5/1000~88/1000)が定められ、原則として労働者の賃金総額に労災保険率を乗じて労災保険料が決定します。この労災保険率を個別の事業場の災害の多寡に応じて、労災保険率を増減することで、事業主の保険料の負担の公平性の確保や災害防止の努力の促進を図るためにできた制度が「労災保険のメリット制」です。
メリット制は、ある一定の規模(労働者数が100人以上または、20人以上である一定の条件以上の要件を満たす)の事業場を対象とし、連続する3保険年度における労災保険の収支率(3年間の労災保険給付額/3年間の労災保険料額×100)に応じて最大±40%(木材伐出業は±35%、一括有期事業は±30%)の範囲で労災保険率を増減する制度です。なお、建設工事現場や木材伐出業などの有期事業において一括有期事業(複数の工事現場等を一括している場合)や単独有期事業ではその要件が異なるほか、特例メリット制(特別の安全衛生措置を講じた事業において、特例適用の申告があるときにメリット料率(労災保険率)の増減幅を±45%とする)という制度もあります。(下記図①参照)
【図①】
*図①は第1回「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」における「労働者災害補償保険制度、労働保険適用徴収制度等の概要」資料より抜粋(以下、図②、図③に同じ)
2 メリット制適用事業主の不服申立に関する実務
労働保険徴収法のメリット制による保険料増額の「労災保険料認定決定」を受けたメリット制適用事業主は、①保険料増額の前提となった「労災保険給付支給決定」に関する争い(審査請求を含む)の当事者になることはできないこと、②「労働保険料認定決定」については、その適否を審査請求等で争うことが可能であるが「労災保険給付支給決定」の要件該当性を否定する主張はできないこととされています。
そしてその根拠は、①に関しては、被災労働者又は遺族と利害が相反する事業主が「労災保険給付支給決定」の手続きに参加した場合、被災労働者等の法的地位が不安定になり、過大な負担を新たに生じさせること、②に関しては、被災労働者等への保険給付(既支給分を含む)の根拠が否定された場合、被災労働者等の権利(有効な療養とそれに必要な生活保障等)を脅かしかねないことがそれぞれ指摘されています。
*下記図②は「労災保険給付支給決定」、図3は「労働保険料認定決定」に関する争訟の流れを示しています。
【図②】
*「労災保険給付支給決定」は被災労働者等の労災給付請求に基づき、労働基準監督署長が給付決定を行うため、事業主が支給決定に関する当事者にはなりえません。
【図③】
*「労働保険料認定決定」はメリット制に基づき、労災保険率の増減を行うものであり、都道府県労働局長が決定しています。この決定に対して事業主は審査請求等できることとなりますが、メリット料率を算定する基礎となる労災保険給付額にかかる支給決定に関する不服申し立てはできないこととなっています。
3 検討会事務局の「考え方」
厚生労働省の「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」は10月26日、第1回会議を開催しました。
本検討会は、有識者によって構成されていますが、厚労省事務局が示した「考え方」では、メリット制適用事業主の不服申立に関する従来の実務の一部を変更し、次のとおりとすることが提起されています。
① 「労災保険給付支給決定」に関する争い(審査請求を含む)の当事者になることはできないこと。
② 「労災保険料認定決定」に関する争い(審査請求を含む)の当事者となることは可能であり、その際、手続保障を図る観点から、契機となった「労災保険給付支給決定」の要件該当性を否定する主張も認められること。
③ ②において、メリット制適用事業主が主張するとおり、「労災保険給付支給決定」の要件該当性を否定された場合であっても、「労災保険給付支給決定」の効力には影響せず、取り消されることもないこと。
4 検討会の「考え方」の問題点
事務局の「考え方」によると前記変更は、メリット制適用事業主に保険料増額を求める際の手続保障と被災労働者等の法的地位の安定性確保という各要請について、両者の調和を図る趣旨であるとしています。
しかし、前記変更によって、業務上外に関する異なる結論がそれぞれ有効に確定する可能性があり、そのことが事業主の姿勢や労使の関係性などにどのような変化を生じさせるのか、十分な分析を行うことが必要です。
例えば、解雇制限(労基法19条関係)に関して、「労災保険料認定決定」に関する争いで当該労働災害を業務外と主張する事業主は、自らの主張に基づいて療養中の労働者を解雇することが考えられます。
メリット制適用事業主が保険料増額の決定に際して、業務外を主張することが一般化するなら、労災認定にあたって事業主の非協力の姿勢が広がるおそれがあります(労災保険法施行規則23条の助力義務の不履行)。また、労働者が事業主と争うことを避けたい心理から、労災請求自体を躊躇させてしまうことにもなりかねません。
一方、メリット制適用事業主は、「労災保険給付支給決定」に一切関与(主張)できないわけではありません。労災保険法施行規則23条の2は「事業主は(略)保険給付の請求について、所轄労働基準監督署長に意見を申し出ることができる」としており、こうした一定の関与のもとに「労災保険給付支給決定」が行われていることも考慮すべきです。
このような点を考えると、前記変更の可否については、拙速に結論を得るのではなく、労使代表あるいは労災補償実務をよく知る専門家の参画のもと慎重な判断が求められていると考えます。
5 メリット制の廃止を含めた検討
前記の「考え方」は、メリット制による保険料増額を新たな負担と考え、その際の手続保障のあり方を問い直したものと言えます。
そうであるならこの際、メリット制自体のあり方についてもその存否を含めた検討に着手すべきと考えます。
現在のメリット制は、保険料負担の公平性の確保と労働災害防止努力の促進を目的として、その事業場の労働災害の多寡に応じて一定の範囲内(最大±45%)で労災保険率又は労災保険料額を増減させる制度です(12条及び12条の2)。
しかしながら、メリット制の現状に関しては以前からその目的(とくに災害防止)に照らした有効性を疑問視する意見が投げかけられており、そればかりか、安全衛生行政の第一線からは違法な「労災隠し」を促進させているという指摘が少なくありません。
従って、メリット制の存廃を含めたトータルな議論を開始すべきです。
以上