裁量労働制の見直しに求められる視点と課題について 2022年10月
2022年10月6日
裁量労働制の見直しに求められる視点と課題について
全労働省労働組合(労基法PT)
厚生労働省の「これからの労働時間制度に関する検討会」は7月14日、報告書をとりまとめ、公表しました。これを受けて労働政策審議会労働条件分科会は、労働時間法制の見直しに向けた議論を開始しています。
検討会の開催要綱はその趣旨・目的として、①新たな統計調査(裁量労働制実態調査)に基づき、裁量労働制の制度改革案について検討すること、②裁量労働制以外の労働時間制度についてその在り方を検討することを掲げており、報告書の記述も裁量労働制に関する部分が中心となっています。そのため、今後の労働条件分科会における議論も裁量労働制の見直しが焦点になると見込まれます。
以下、報告書(主に裁量労働制に関する部分)の特徴を確認しながら、労働行政の第一線で法施行等の業務に従事する立場から、裁量労働制の見直しに求められる視点と課題を提起します。
1 報告書の概要
報告書は、まず今後の労働時間制度に関する基本的な考え方(①労働者の健康確保を土台にすること、②労使の多様なニーズに応じた働き方を実現すること、③現場のニーズをふまえた十分な労使協議で相応しい労働時間制度を選択・運用できるようにすること)を示した上で、各労働時間制度の現状と課題、そして報告書の約半分の頁数を割いて裁量労働制の現状と対応の方向性を提起しています。
裁量労働制に関する部分を具体的に見ていくと、2021年6月に公表された新たな統計調査の分析を通じて裁量労働制の現状を次のようにまとめています。
「裁量労働制適用労働者は、企画型・専門型ともに約8割が満足している又はやや満足していると回答」
「1日の平均実労働時間は適用労働者の方が若干長い」
「平均的にみて、制度適用で労働時間が著しく長くなる、処遇が低くなる、健康状態が悪くなるとは言えない」
「業務の遂行方法の裁量の程度が小さい場合、長時間労働になる確率等が高まる」
「年収が低くなるに伴って制度適用の満足度も低くなる」
「労使委員会の実効性がある場合、長時間労働となる確率等が低下する」
その上で、裁量労働制の見直しを念頭に対象範囲や要件等に関わる課題を提起しています。具体的には、①対象業務の明確化、②専門型について本人同意の要件化、③対象労働者について要件の明確化、④業務量のコントロール等を通じた裁量の確保、⑤健康・福祉確保措置の充実、⑥みなし労働時間の適正化と適切な処遇の確保、⑦労使協議の実効性の向上、⑧苦情申出方法等の積極的な周知、⑨企画型について定期報告の負担軽減等が掲げられています。
2 裁量労働制の見直しの方向
(1) 対象範囲の限定化こそ必要
報告書は、裁量労働制の対象業務に関して、「業務の遂行手段や時間配分等を労働者の裁量に委ねて労働者が自律的・主体的に働くことができるようにするという裁量労働制の趣旨に沿った制度の活用が進むようにすべきであり、こうした観点から、対象業務についても検討することが求められている」などと述べています。
拡大ありきの姿勢ではないものの、活用促進を求めていることから、対象業務の縮小ではなく、むしろ拡大を志向しているものと推察することができます。一方、報告書は「現行制度の下で制度の趣旨に沿った対応が可能か否かを検証」すべきとも述べており、慎重な検討を求める姿勢も見せています。
この点に関しては、全労働省労働組合が2019年7月に実施した「労働基準監督官アンケート」(回答者数1,053人)によって明らかとなった諸点に留意する必要があると考えます。
当該アンケートでは、20項目の具体的な措置を示した上で「過重労働防止・解消の観点から立法上の措置が必要と思われる事項」は何かを尋ねています(複数回答)。
20項目のうち、裁量労働制に関する項目は「裁量労働制の要件の厳格化、適用範囲の縮小」と「裁量労働制の適用範囲の拡大」の2つでしたが、前者を選んだ者は21%、後者を選んだ者は2%であり、現行の裁量労働制については、その対象範囲を絞り込むべきと考える者が多数を占めました。
こうした結果は、後述する裁量労働制における適用要件のあいまいさなどから、裁量労働制のなし崩し的な運用が広がっており、過重労働の温床になっていることを感じ取る監督官が少なくないことが反映していると考えます。
従って、今後の検討にあたっては現行制度のもと不適切な運用を除外する視点を重視し、適用要件の厳格化等を通じて対象範囲を限定していくことを主眼に検討することが重要です。
なお、報告書は裁量労働制の趣旨について「業務の遂行手段や時間配分等を労働者の裁量に委ねて労働者が自律的・主体的に働くことができるようにする」点にあるとしています。また、「『仕事の裁量が与えられることで、メリハリある仕事ができる』とする割合も、裁量労働制適用労働者の方が、同様の業務に従事する非適用労働者と比べて多くなっている」との分析を示しています。
しかし、業務遂行手段や時間配分等の「裁量」は、裁量労働制の適用によって始めて生じるものではありません。もともと業務の性質上、労働者に大幅な「裁量」を与える必要があり、具体的な指示が困難な業務について、所要の手続きを経ることで裁量労働制の適用が認められる(実際の労働時間とは関係なく、あらかじめ労使協定等で定めた時間が労働時間とみなされる)にすぎません。
裁量労働制が適用されることによって、業務遂行手段や時間配分等の「裁量」が生じ(あるいは広がり)、メリハリある働き方ができるかのようなとらえ方は適切ではありません。
(2) 対象範囲等の明確化は急務
報告書は「企画型や専門型の現行の対象業務の明確化等」を検討すべきとしています。また、企画型の対象労働者の要件である「職務経験年数等」の明確化についても検討すべきとしています。
前記アンケートは、この点に関連した質問も設けていました。具体的には、14の法令上の要件・定義を掲げて「明確化が必要なもの」を尋ねたところ(複数回答)、「裁量労働制の適用範囲(適用業務、使用者が指示可能な範囲、労働者の裁量の程度)」を選んだ者は28%(裁量労働制適用事業場の多い東京労働局に限定すると39%)にのぼっています。
「裁量労働制の適用範囲を明確化すべき」の割合比較(労働基準監督官アンケート、2019年)
現行の裁量労働制(専門型)の対象業務は、法令等で定める業務であって、「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難」(38条の3)であることが求められます。
また、裁量労働制(企画型)の対象業務は、「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務」(38条の4)でなければなりません。
しかしながら、ここで言う「大幅に労働者の裁量にゆだねる」とはどの程度なのか、「具体的に指示することが困難」とはどのような場合なのか、また何をもって判断すべきなのか、いずれも明確ではありません。
前記アンケートの結果は、こうした要件のあいまいさから、裁量労働制の立法趣旨を逸脱していると思われる状況が垣間見えたとしても、法違反を具体的に指摘し、是正指導に結びつけていくことが難しく、なし崩し的な拡大を許してしまう余地があると一定数の監督官が受け止めていることがうかがえます。
裁量労働制の対象となる業務に従事しつつ、対象外の業務にも一部従事している労働者(混合業務従事者)は少なくありません。
前記アンケートでは、「法令上の要件・定義の明確化が必要なもの」の選択肢(14項目)の1つとして、「裁量労働制の適用業務と非適用業務との『混合業務』に従事している場合の判断基準」を掲げていましたが、これを選んだ者は27%(東京労働局に限定すると39%)にのぼっています。
裁量労働制は、労働基準法が定める実労働時間の規制の多くが事実上除外されることから、厳格かつ明確な要件のもとに運用されなければなりません。これを不明確なままにしておくと、労働基準法は「空洞化」し、労働者の最低限の権利保護を図ることさえ困難にしてしまいます。
従って、裁量労働制の対象業務に係る諸要件や「混合業務」の取り扱いをあいまいなままにせず、速やかに客観的かつ厳格な基準(具体的な判断基準の策定等)を設けるべきです。
(3) 実質的な裁量性と相応しい処遇の確保
報告書は裁量労働制適用者の裁量性に着目し、「業務量が過大である場合や期限の設定が不適切である場合には、当該裁量が事実上失われることがある」「(実態調査結果等から)始業・終業時刻の決定に係る裁量がないことが疑われるケースがみられる」などと指摘した上で「運用実態を適切にチェックしていくことを求めていくことが適当」としています。
たいへん重要な指摘であり、過大な業績評価目標や一方的なノルマ設定、さらには成果主義賃金制度などでも同様の事態が生じ得ます。こうした状況は日常的な監視を通じて逐一是正され、「裁量性の確保」が徹底されなければなりません。
この点について報告書は、労使コミュニケーションを重視し、労使による確認・検証(モニタリング)に期待を寄せていますが、一定の影響力のある労働組合が存在している職場であるなら格別、そうでない場合、現状の確認とその結果に基づく効果的な働きかけが十分に行えないことを想定しておくべきでしょう。
そもそも、業務遂行手段や時間配分の決定に係る「裁量性の確保」は裁量労働制を適用するための根幹的な要件であり、その履行確保を労使に任せるだけでは不十分です。そのため、労使の対応に加えて、行政機関が実効ある手法と頻度で監視と指導を行うことが求められます。
その際、裁量労働制適用者の一人ひとりに裁量性が確保されているかどうかを外形的に判断することは容易でないことから、行政手法上の工夫(労働者代表や適用対象者への質問権の積極的行使等)のほか、一定の法整備(実労働時間の把握・記録義務(罰則付)の新設等)も検討すべきです(時間配分等の裁量性を確保することと労働時間を把握することは相反しません)。
報告書は裁量労働制適用者の処遇に着目し、「実際の労働時間と異なるみなし労働時間を設定する一方、相応の処遇を確保せずに、残業代の支払いを免れる目的で裁量労働制を利用することは制度の趣旨に合致しない濫用的な利用と評価される」と述べています。
労働行政の第一線からは、時間外労働手当(割増賃金)の不払いについて、事業主に是正を求めたところ、当該事業主は裁量労働制の導入を図ったという事例も報告されており、「濫用的な利用」は決して例外的なものではないことに留意することが重要です。
報告書はこうした事態の改善に向けて、「例えば、所定労働時間をみなし労働時間とする場合には、制度濫用を防止し、裁量労働制にふさわしい処遇を確保するため、対象労働者に特別の手当を設けたり、対象労働者の基本給を引き上げたりするなどの対応が必要となるものであり、これらについて明確にすることが適当」と指摘しています。
指摘はそのとおりであり、問題はその実現に向けていかに実効ある措置を講じるかです(指針に盛り込む程度では実効は上がりません)。少なくとも、こうした措置を法令上の要件に位置づけるとともに、脱法的な対応(例えば、特別手当を設ける代わりに他の処遇を引き下げる)を許さない措置もあわせて講じることが求められています。
報告書は、専門型・企画型のいずれの場合であっても、適用労働者に対してあらかじめ制度概要等を説明し、本人同意を得ることを要件化(同意撤回で適用を外れることも明確化)するよう提起しています。これによって、裁量性の確保や相応処遇の確保に関し、不適切な運用の抑止につながる場合もあると考えます。しかし、個々の労働者は事業主に対して一般的に弱い立場にあり、同意を事実上強いられることや同意を撤回しづらいことも少なくないと見ておくことが必要です。従って、本人同意の要件化等に過度の期待を寄せることは適切ではありません。
※全労働省労働組合(第24回行政研究活動推進委員会監督職域ユニット)「過重労働の解消に向けた効果的な行政手法と法整備」(「季刊労働行政研究Vol45」、2020年6月)
https://zenrodo.com/jobs/article?process=article&article_id=81
前画面全労働の取組一覧
裁量労働制の見直しに求められる視点と課題について
全労働省労働組合(労基法PT)
厚生労働省の「これからの労働時間制度に関する検討会」は7月14日、報告書をとりまとめ、公表しました。これを受けて労働政策審議会労働条件分科会は、労働時間法制の見直しに向けた議論を開始しています。
検討会の開催要綱はその趣旨・目的として、①新たな統計調査(裁量労働制実態調査)に基づき、裁量労働制の制度改革案について検討すること、②裁量労働制以外の労働時間制度についてその在り方を検討することを掲げており、報告書の記述も裁量労働制に関する部分が中心となっています。そのため、今後の労働条件分科会における議論も裁量労働制の見直しが焦点になると見込まれます。
以下、報告書(主に裁量労働制に関する部分)の特徴を確認しながら、労働行政の第一線で法施行等の業務に従事する立場から、裁量労働制の見直しに求められる視点と課題を提起します。
1 報告書の概要
報告書は、まず今後の労働時間制度に関する基本的な考え方(①労働者の健康確保を土台にすること、②労使の多様なニーズに応じた働き方を実現すること、③現場のニーズをふまえた十分な労使協議で相応しい労働時間制度を選択・運用できるようにすること)を示した上で、各労働時間制度の現状と課題、そして報告書の約半分の頁数を割いて裁量労働制の現状と対応の方向性を提起しています。
裁量労働制に関する部分を具体的に見ていくと、2021年6月に公表された新たな統計調査の分析を通じて裁量労働制の現状を次のようにまとめています。
「裁量労働制適用労働者は、企画型・専門型ともに約8割が満足している又はやや満足していると回答」
「1日の平均実労働時間は適用労働者の方が若干長い」
「平均的にみて、制度適用で労働時間が著しく長くなる、処遇が低くなる、健康状態が悪くなるとは言えない」
「業務の遂行方法の裁量の程度が小さい場合、長時間労働になる確率等が高まる」
「年収が低くなるに伴って制度適用の満足度も低くなる」
「労使委員会の実効性がある場合、長時間労働となる確率等が低下する」
その上で、裁量労働制の見直しを念頭に対象範囲や要件等に関わる課題を提起しています。具体的には、①対象業務の明確化、②専門型について本人同意の要件化、③対象労働者について要件の明確化、④業務量のコントロール等を通じた裁量の確保、⑤健康・福祉確保措置の充実、⑥みなし労働時間の適正化と適切な処遇の確保、⑦労使協議の実効性の向上、⑧苦情申出方法等の積極的な周知、⑨企画型について定期報告の負担軽減等が掲げられています。
2 裁量労働制の見直しの方向
(1) 対象範囲の限定化こそ必要
報告書は、裁量労働制の対象業務に関して、「業務の遂行手段や時間配分等を労働者の裁量に委ねて労働者が自律的・主体的に働くことができるようにするという裁量労働制の趣旨に沿った制度の活用が進むようにすべきであり、こうした観点から、対象業務についても検討することが求められている」などと述べています。
拡大ありきの姿勢ではないものの、活用促進を求めていることから、対象業務の縮小ではなく、むしろ拡大を志向しているものと推察することができます。一方、報告書は「現行制度の下で制度の趣旨に沿った対応が可能か否かを検証」すべきとも述べており、慎重な検討を求める姿勢も見せています。
この点に関しては、全労働省労働組合が2019年7月に実施した「労働基準監督官アンケート」(回答者数1,053人)によって明らかとなった諸点に留意する必要があると考えます。
当該アンケートでは、20項目の具体的な措置を示した上で「過重労働防止・解消の観点から立法上の措置が必要と思われる事項」は何かを尋ねています(複数回答)。
20項目のうち、裁量労働制に関する項目は「裁量労働制の要件の厳格化、適用範囲の縮小」と「裁量労働制の適用範囲の拡大」の2つでしたが、前者を選んだ者は21%、後者を選んだ者は2%であり、現行の裁量労働制については、その対象範囲を絞り込むべきと考える者が多数を占めました。
こうした結果は、後述する裁量労働制における適用要件のあいまいさなどから、裁量労働制のなし崩し的な運用が広がっており、過重労働の温床になっていることを感じ取る監督官が少なくないことが反映していると考えます。
従って、今後の検討にあたっては現行制度のもと不適切な運用を除外する視点を重視し、適用要件の厳格化等を通じて対象範囲を限定していくことを主眼に検討することが重要です。
なお、報告書は裁量労働制の趣旨について「業務の遂行手段や時間配分等を労働者の裁量に委ねて労働者が自律的・主体的に働くことができるようにする」点にあるとしています。また、「『仕事の裁量が与えられることで、メリハリある仕事ができる』とする割合も、裁量労働制適用労働者の方が、同様の業務に従事する非適用労働者と比べて多くなっている」との分析を示しています。
しかし、業務遂行手段や時間配分等の「裁量」は、裁量労働制の適用によって始めて生じるものではありません。もともと業務の性質上、労働者に大幅な「裁量」を与える必要があり、具体的な指示が困難な業務について、所要の手続きを経ることで裁量労働制の適用が認められる(実際の労働時間とは関係なく、あらかじめ労使協定等で定めた時間が労働時間とみなされる)にすぎません。
裁量労働制が適用されることによって、業務遂行手段や時間配分等の「裁量」が生じ(あるいは広がり)、メリハリある働き方ができるかのようなとらえ方は適切ではありません。
(2) 対象範囲等の明確化は急務
報告書は「企画型や専門型の現行の対象業務の明確化等」を検討すべきとしています。また、企画型の対象労働者の要件である「職務経験年数等」の明確化についても検討すべきとしています。
前記アンケートは、この点に関連した質問も設けていました。具体的には、14の法令上の要件・定義を掲げて「明確化が必要なもの」を尋ねたところ(複数回答)、「裁量労働制の適用範囲(適用業務、使用者が指示可能な範囲、労働者の裁量の程度)」を選んだ者は28%(裁量労働制適用事業場の多い東京労働局に限定すると39%)にのぼっています。
「裁量労働制の適用範囲を明確化すべき」の割合比較(労働基準監督官アンケート、2019年)
現行の裁量労働制(専門型)の対象業務は、法令等で定める業務であって、「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難」(38条の3)であることが求められます。
また、裁量労働制(企画型)の対象業務は、「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務」(38条の4)でなければなりません。
しかしながら、ここで言う「大幅に労働者の裁量にゆだねる」とはどの程度なのか、「具体的に指示することが困難」とはどのような場合なのか、また何をもって判断すべきなのか、いずれも明確ではありません。
前記アンケートの結果は、こうした要件のあいまいさから、裁量労働制の立法趣旨を逸脱していると思われる状況が垣間見えたとしても、法違反を具体的に指摘し、是正指導に結びつけていくことが難しく、なし崩し的な拡大を許してしまう余地があると一定数の監督官が受け止めていることがうかがえます。
裁量労働制の対象となる業務に従事しつつ、対象外の業務にも一部従事している労働者(混合業務従事者)は少なくありません。
前記アンケートでは、「法令上の要件・定義の明確化が必要なもの」の選択肢(14項目)の1つとして、「裁量労働制の適用業務と非適用業務との『混合業務』に従事している場合の判断基準」を掲げていましたが、これを選んだ者は27%(東京労働局に限定すると39%)にのぼっています。
裁量労働制は、労働基準法が定める実労働時間の規制の多くが事実上除外されることから、厳格かつ明確な要件のもとに運用されなければなりません。これを不明確なままにしておくと、労働基準法は「空洞化」し、労働者の最低限の権利保護を図ることさえ困難にしてしまいます。
従って、裁量労働制の対象業務に係る諸要件や「混合業務」の取り扱いをあいまいなままにせず、速やかに客観的かつ厳格な基準(具体的な判断基準の策定等)を設けるべきです。
(3) 実質的な裁量性と相応しい処遇の確保
報告書は裁量労働制適用者の裁量性に着目し、「業務量が過大である場合や期限の設定が不適切である場合には、当該裁量が事実上失われることがある」「(実態調査結果等から)始業・終業時刻の決定に係る裁量がないことが疑われるケースがみられる」などと指摘した上で「運用実態を適切にチェックしていくことを求めていくことが適当」としています。
たいへん重要な指摘であり、過大な業績評価目標や一方的なノルマ設定、さらには成果主義賃金制度などでも同様の事態が生じ得ます。こうした状況は日常的な監視を通じて逐一是正され、「裁量性の確保」が徹底されなければなりません。
この点について報告書は、労使コミュニケーションを重視し、労使による確認・検証(モニタリング)に期待を寄せていますが、一定の影響力のある労働組合が存在している職場であるなら格別、そうでない場合、現状の確認とその結果に基づく効果的な働きかけが十分に行えないことを想定しておくべきでしょう。
そもそも、業務遂行手段や時間配分の決定に係る「裁量性の確保」は裁量労働制を適用するための根幹的な要件であり、その履行確保を労使に任せるだけでは不十分です。そのため、労使の対応に加えて、行政機関が実効ある手法と頻度で監視と指導を行うことが求められます。
その際、裁量労働制適用者の一人ひとりに裁量性が確保されているかどうかを外形的に判断することは容易でないことから、行政手法上の工夫(労働者代表や適用対象者への質問権の積極的行使等)のほか、一定の法整備(実労働時間の把握・記録義務(罰則付)の新設等)も検討すべきです(時間配分等の裁量性を確保することと労働時間を把握することは相反しません)。
報告書は裁量労働制適用者の処遇に着目し、「実際の労働時間と異なるみなし労働時間を設定する一方、相応の処遇を確保せずに、残業代の支払いを免れる目的で裁量労働制を利用することは制度の趣旨に合致しない濫用的な利用と評価される」と述べています。
労働行政の第一線からは、時間外労働手当(割増賃金)の不払いについて、事業主に是正を求めたところ、当該事業主は裁量労働制の導入を図ったという事例も報告されており、「濫用的な利用」は決して例外的なものではないことに留意することが重要です。
報告書はこうした事態の改善に向けて、「例えば、所定労働時間をみなし労働時間とする場合には、制度濫用を防止し、裁量労働制にふさわしい処遇を確保するため、対象労働者に特別の手当を設けたり、対象労働者の基本給を引き上げたりするなどの対応が必要となるものであり、これらについて明確にすることが適当」と指摘しています。
指摘はそのとおりであり、問題はその実現に向けていかに実効ある措置を講じるかです(指針に盛り込む程度では実効は上がりません)。少なくとも、こうした措置を法令上の要件に位置づけるとともに、脱法的な対応(例えば、特別手当を設ける代わりに他の処遇を引き下げる)を許さない措置もあわせて講じることが求められています。
報告書は、専門型・企画型のいずれの場合であっても、適用労働者に対してあらかじめ制度概要等を説明し、本人同意を得ることを要件化(同意撤回で適用を外れることも明確化)するよう提起しています。これによって、裁量性の確保や相応処遇の確保に関し、不適切な運用の抑止につながる場合もあると考えます。しかし、個々の労働者は事業主に対して一般的に弱い立場にあり、同意を事実上強いられることや同意を撤回しづらいことも少なくないと見ておくことが必要です。従って、本人同意の要件化等に過度の期待を寄せることは適切ではありません。
※全労働省労働組合(第24回行政研究活動推進委員会監督職域ユニット)「過重労働の解消に向けた効果的な行政手法と法整備」(「季刊労働行政研究Vol45」、2020年6月)
https://zenrodo.com/jobs/article?process=article&article_id=81