対話集会-フランスから労働監督官がやってきた
 本稿は、2019年12月3日に都内で開催されたフランス労働省労働総局のケビン・クレパン監督官(CGTソンム県書記長)との対話集会(全労働主催)の内容を編集部でとりまとめ、季刊労働行政研究Vol.44/20.4冬・春号に掲載したものです。

ケビン・クレパン
シルバン・ゴールドスタイン
司会   森﨑巌
通訳  布施恵輔

森﨑
 対話集会を始めたいと思います。初めに主催者からご挨拶を申し上げます。

鎌田
 全労働中央執行委員長の鎌田です。主催者を代表してご挨拶を申し上げます。本日は非常に多くの皆様に参加をいただき、心から感謝を申し上げます。また本日、来日中のスケジュールを割いてこの対話集会への参加を快諾いただきましたフランス労働監督官のケビン・クレパンさんとフランス労働総同盟のシルバン・ゴールドスタインさんに心から感謝と歓迎の意を表します。さらに、今回の集会の通訳や連絡調整にご尽力いただいた全労連事務局次長で国際局長の布施恵輔さん、同じく国際局の長坂いつ子さんにも感謝を申し上げたいと思います。
 今回の対話集会はフランスの労働行政、とりわけ監督行政のとりくみを学んで、日本の監督行政などの在り方を考えるきっかけになればと思い企画しました。労働行政の運営に関しては、ILOの国際労働基準がありますけれども、具体的な法律や制度についてはそれぞれの国の歴史や社会の仕組みによって異なっています。したがって、本集会ではフランスの労働行政の実態を時間の許す限りお聞きしたいと思いますし、ご参加の皆様からの質問も可能な限り取り上げたいと思っています。本日の対話集会が皆様が携わる今後の業務運営の一助になることを祈念して、主催者としてのあいさつに代えたいと思います。

森﨑
 本日の司会を努めます全労働中央執行副委員長の森﨑です。17期の監督官です。まず、最初にフランスからお越しのお二人から自己紹介をお願いします。

クレパン
 私はケビン・クレパンと申します。フランス労働総同盟(CGT)に所属する監督官の労働組合の役員をしています。同時に、現在は組合の専従をしており、地域労連の事務局長をしています。私の経歴はフランスの監督官補の仕事を6年経験し、そのあと試験を通りまして、監督官の仕事を4年間して、この1年間は組合の専従の仕事をしています。

ゴールドスタイン
 私はシルバン・ゴールドスタインと申しまして、CGT本部の国際部から参りました。国際部で主にアジアの組合との連絡・調整を担当しており、国際経済問題等についても担当しています。

森﨑
 前半は私から概括的なことをお尋ねして、全体で聞く形にします。後半は皆さんからの質問に加え、質問用紙に書いていただいた質問を取りまとめた形で私から質問させていただきます。まず、監督官制度のことをお聞きする前に、フランスの労働社会の特徴や近年の変化についてお聞きします。また、週の法定労働時間が何時間なのか、あるいは時間外労働の上限がどのように決まっているのかも教えて下さい。

クレパン
 フランスの労働法の全体的な特徴について申し上げます。よく海外の方からフランスは労働法典が非常にタイト、厳しくしっかりとしているというイメージが語られますけれども、マクロン大統領が就任して以降、ここ数年の改革によって、今までフランスが守ってきた非常に保護的な労働法典の枠組みがことごとく崩されているというのが今日的な特徴としてあげられます。
 マクロン大統領が行っている改革は、ある意味で超自由主義的な考え方を取っていると言えます。具体的に何が一番変わったか、ポイントを一つだけ説明します。
 それは、労働法典に「抜け穴」を作る制度ができたということです。労使間で合意し、協定を結べば、今まで労働法典が厳格に守ってきた内容であっても破ることができる。ここが一番大きな変更点です。
 従って、「労働法典では原則としてこうなっています」と示すことは簡単ですが、それが各企業や事業体でどのように適用されているのか、かなり変化が出ているというのがフランスの実態です。こうした動きは、皆さんご想像に難くないと思いますが、労働監督の仕事をより難しくしています。
 フランスは一応、週35時間制です。週35時間以上働く場合であっても週48時間が労働時間の上限となっています。また、12週間の平均で週の労働時間が43時間を超えてはならないというルールも存在しています。ただ、マクロン改革の影響で労使協定の締結を要件に、一定のところまでは残業代を支払うけれども、それ以上は支払わなくていいという水準がどんどん下がっています。実際の監督の場面でも週60時間労働をしている会社を普通に見かけるようになってきました。それは、今の法律では原則違法ですけれども、その違法を回避できる制度があるということです。

森﨑
 ありがとうございます。もう一点、お聞きしたいのが年次有給休暇の制度です。これはずいぶん日本と違うのではないでしょうか。フランスの有給休暇制度はどうなっていますか。

クレパン
 一応フランスの法律では、使用者は労働者に年間5週の有給休暇を与えなければいけないと決まっています。いくつかの産業分野や特定の業種についてはさらに多くの年次有給休暇が保障されています。労働監督官の場合は年間7週の有給休暇になります。そして監督官の場合は残業の多い職種となっていまして、その残業分を有給休暇に振り替えることができます。7週にその分をさらにプラスして有休をとれるようになっています。

森﨑
 取得率はどうですか。

クレパン
 全員100%です。有給休暇制度というのは企業に取得を義務化していますので、基本的には労働者の側のチョイスではなく、企業の側がとらせなければいけない法制になっています。

森﨑
 日本の労働社会とはかなりベースのところが違うことが分かります。次に、フランスの労働行政についてお聞きします。日本では過重労働対策が非常に大きな課題になっていますが、フランスの労働行政の今の重点課題はどんなところにあるのでしょうか。

クレパン
 労働者や組合の感覚からいうと労働時間のことを取り上げてほしいと思うのですが、残念ながら、過重労働や労働時間の問題は政府の重点課題ではなくて、フランス政府が労働監督官に重点的にやらせようとしているのは、外国人労働者・移民労働者対策です。現場の労働者や組合からすると、「重要課題ではないだろう」という受け止めです。

森﨑
 労働監督官制度についても聞きますが、フランスでは監督官制度に大きな変革があったと聞いています。かつては監督官と監督官補(インスペクターとコントローラー)に分かれた制度だったようですが、統合の動きがあると聞いています。その狙い、そしてそれによって何が生じるのか、お聞かせください。

クレパン
 組合の立場から言わせていただくと、この資格を統合するという政策は間違っていると思います。政府は資格の統合によって監督官補の人たちも労働条件や給料も改善すると説明していますが、実際はそんなことは起こっていません。
 今は統合のプロセスの途中にありますが、おそらく300人くらいの監督官補の人たちが仕事を失うことになると計算されています。
 現状の監督官と監督官補を合わせた数よりも減るということも計算上分かっています。

 表の左側が以前の制度の在り方です。「セクション」と呼ばれる一つの作業チーム、具体的には監督官1人について監督官補が2人、事務官が2人つき、5人で仕事をするのが典型的なパターンです。監督官と監督官補の何が違うかというと、監督官は50人以上の企業を監督するというのが通常であり、コントローラーと呼ばれる監督官補にあたる人は50人未満の企業を監督するという役割分担があり、それを一つのチームでやっています。
表の右側が「現在のシステム」です。コントロールユニットというシステムが変わりました。基本的には今は監督官しかいない扱いとなっており、監督官10人~15人が一つのグループを作って監督にあたります。少しおかしいのですが、一人一人の監督官が「セクション」と呼ばれています。
 一人一人が担当する範囲がとても広くなってきています。そして、10人から15人の監督官に対して事務官が2人しか付かないので、監督官の仕事の事務量が大変増えています。
 監督官補として残っている人たちに関して、政府は最初は、適当な訓練と試験を受けていただければ皆さん監督官になれますと言っていました。ですが、現在まだ600人以上が監督官補のまま残っています。あと何年かで試験も打ち切られる予定になっていますから、その時に監督官になれなかった人たちは職を失うことになってしまいます。おそらく、その人たちは労働行政の他の分野に飛ばされるか、それを拒否すれば解雇されることになると思います。監督官補の人たちは経験の長い人たちもおり、新任の監督官を教育する係の方もいます。そういう方が職を失うというのは監督行政にとっても大きな損失です。

森﨑
 かなり大きな問題が起きているということですね。一方、災害防止も監督行政の大きな柱ですが、フランスでは近年、どういう災害を重点に対策を講じているのでしょうか。それとの関連でフランスにも安全衛生の専門家である技官が配置されていると聞いていますが、技官の役割はどんなところにあるのでしょうか。

クレパン
 フランスの場合、他の国と比べても労働監督官が関わる範囲が非常に広いと考えられています。
 安全衛生の問題もそうですが、労使関係や労働時間はもちろん、さらに職業訓練にも関わりますし、賃金の支払いも含めてすべて関わります。基本的には労働法典に書かれていることすべてが範囲となります。ほかの国はそれよりは若干狭いと聞いています。そして、監督官がその全部をカバーできるようになるためには20年ぐらいかかります。
 監督行政においても災害防止は重要だと考えられていますが、残念ながらマクロン改革で規制改革が一気に進み、職場での死亡事故や過労死が大変増えています。災害の防止というよりも、事故が起こった現場で原因を究明し、対策を立てるという事後の監督指導が仕事の中心になっています。
 私も1年前までは現場にいたという話をしましたが、私が現場にいた最後の月に、私が担当しただけでも4件の死亡事故があり、ほぼその4件に忙殺されて過ごしました。
 技官の役割についてですが、非常に重要だと思っています。まず第一に、私たち全員が機械工学や物理や化学についての知識を持っているわけではないということです。現在、フランスの労働監督官の70%は女性です。法学部を経て監督官になる方が多く、フランスの法学部は多数派が女性であり、労働法などを学んで受験するのは女性が多いため、70%が女性となっています。監督官にとって工学などの理系の知識は非常に重要なので、技術分野を専門とする技官の人たちの助けが非常に重要となります。

森﨑
 技官の人たちは、各監督署にそれぞれ配置されているのですか。

クレパン
 私が最後に勤めていた監督署には、10人監督官がいましたが、これに対して技官は3人の体制でした。3人の技官のそれぞれ専門が違い、一人は化学、もう一人は機械工学を専門とし、最後の1人は筋骨格系障害の専門でした。
技官がいないと、死亡事故が起こった後の職場を臨検するにしても、どのような化学物質がどう反応したのか、機械がどういう動きをしていたのかなどが、私のような法律を専門としているものにはわかりません。技官がいないと死亡事故の真の原因が究明できません。

森﨑
 日本でも大いに学ぶべきところがあると思います。監督官の主要な業務は日本もフランスも同じく臨検だと思います。臨検にあたって、1か所にどのくらいの時間や日数をかけるのか。それから、何人で臨むのか、さらには、予告をするのかしないのかというところはいかがでしょうか。

クレパン
 監督行政の第一線にかかわっている方は同じ感覚をお持ちかと思いますが、「平均して何日かかる」というのはなかなか説明ができません。それはある意味、監督官の仕事の醍醐味のようなものだと思います。どれだけ時間がかかっても事実を究明するという姿勢で臨んでいます。
 実際の例から言いますと、監督官をしていた最後の月に4件の死亡事故を取り扱っていたと申し上げましたが、その時はほとんどそれ以外の仕事はできませんでした。しかし、本当はその時、食肉加工業者の臨検をする予定で準備をしていました。食肉加工は刃物を使いますし、屠殺の一部の工程も絡んでくるので非常に危険が伴うことから、1週間ほどはその臨検にかけるつもりでいましたが、その予定はすべて吹っ飛んでしまいました。
 このような忙しい月であっても、合間を見て簡単な臨検や検査に行くようにしていました。例えば、申請があって機械が正しく設置されているか、正しく動くかどうかを確認する検査であれば20分くらいで終わるので、そういったことを合間にはさみながらやっていました。
 一応、フランス労働省からは週に大体2日くらいを臨検に充てるよう目安が示されていますが、実際は事務仕事の多さであったり、様々な案件が舞い込んできたり、深刻な案件が重なったりということがあり、難しいです。
そして、先ほど業務も様々だと言いましたが、労使関係に関わることも調査しなくてはなりません。労働組合に関わる事案は時間がかかることが多いです。組合の役員や職場代表をしている人の解雇というのはかなり厳密な手続きが決められています。組合の活動を理由に解雇された場合は、すぐに復職させることになりますので、必ず直ちに臨検に行かなくてはなりません。それは大体、1週間から2週間とかかかってしまうことが多いです。
 エールフランス(フランスの航空会社)における2015年10月の争議の際に、労働者が団体交渉の後に本社の前で副社長を取り囲み、副社長のシャツを破ってボタンが飛び、怪我をしたという事件がありました。シャツを破った人が解雇されたあと、直ちに通報があり、彼が組合員かどうか、組合活動としてそれをしたのかどうか、つまり解雇が正当かどうかを2週間かけて調査をしました。特にこの事件は報道陣が入っているところで起きたこともあり、100人くらい証人がいました。監督官は周りの目撃者全員から証言を取るため、2週間以上かかったということです。

森﨑
 もう少しイメージを深めたいと思うのですが、先ほど食肉加工業者の臨検で1週間の人日を予定していたというお話でしたが、通常の工場の臨検などは1週間程度かけるのでしょうか。

クレパン
 それぞれかなり違うので何とも言えないです。先ほど1週間といったのは、臨検だけで1週間という意味であり、その後の事務作業の時間はカウントしていません。食肉加工業者などは臨検のポイントが多く、技官である化学物質や機械工学の専門家に入ってもらうだけでも2日はかかりますので、1週間と申し上げたわけです。

森﨑
 これは日本とはかなり違います。臨検の際の人数は何人でしょうか。日本では一人で臨検に行くことも多いのです。

クレパン
 フランスでも一人で行くことが多いのです。なぜかというと、一つは一人あたりの単位がセクションになっているので、セクションを代表し一人で行くということになるからです。ただし、難しいタフなケースの場合は技官を伴ったり、監督官複数で行くケースもあります。具体的には通報の数が多く複数の人から聞き取りをしなくてはいけないとか、非常に深刻であらゆる角度から検討しなくてはいけないというケースなどは、複数で行くことがあります。ただ、監督官同士も大変忙しいために、なかなか同僚の支援が得られません。管轄がかなり厳格に決まっていて、担当する分野を特定されているということもあり、それも一人で臨検している理由だと思います。それから事前の予告は一切しません。

森﨑
 原則として一人で行くことと関連するのですが、2004年にフランスで監督官が殺害された事件(農業監督時)がILOで報告されています。監督官の安全対策はその後、強化されたのでしょうか。具体的に強化したものがあれば教えてください。

クレパン
 2004年の監督官の殺害事件が起きたときは、監督官の増員が進んでいた時期であり、2004年を前後して4年間くらい監督官がすごく増えた時期がありました。そうした中で起こった事件なのですが、その後、様々な対策がとられました。しかし、ここ10年間で監督官がものすごい勢いで減っています。
 対策という点では、以前は、所轄の監督署の中にはいくつかのセクションがあり、その中に必ず一つサポートセクションというものがありました。例えば、危険が伴う案件、困難な臨検の要請があった場合には、このサポートセクションがまるごと応援にいくというシステムができていました。ところがいま、システム自体が変わってしまい、技官や事務官も含めて減らされており、今はそういった体制が取れていません。
 私の所属していた監督署では最後の1年だけでも、職員が被害にあう5件の事件が起きています。死亡事故はありませんでしたが、例えば、女性の監督官が建設の現場に移民労働者の問題で臨検に行った際、移民労働者や経営者に取り囲まれ、脅迫されるということがありました。そうしたかなり危険な場面に女性が一人で向き合わなければならなかったのです。また、人種差別主義者や極右のグループから脅迫をされたり、暴行されたりした労働監督官もいました。
 全体の流れでいうと2004年の事件のあと、若干対策がとられましたが、今は風向きがかなり悪くなっています。特に労働監督官自体に対する社会的な攻撃が非常に厳しくなっています。3週間前にマクロン大統領がメディアにこう言っています。
 「職場で問題があって監督官が何かを言ってきて、それが問題だと思ったら大統領府に電話してきなさい。私がなんとかしてやる」
 監督行政を攻撃するという風潮が強まっており、今は非常に逆風な状態になっています。

森﨑
 監督官の安全対策は日本でも非常に重要な問題であり、労働組合はこれを重視しています。そして日本の政治家の中にも、監督官が来て何か言ってきたら、苦情を入れる目安箱を作れとか言った人がいましたが、この点もよく似ていると思います。
 クレパンさんから、皆さんの苦労も聞きたいというリクエストをいただいており、質問に加えてこうした報告もお願いします。

Aさん
 14年ほど労働基準監督官をしています。その間、2年程安全衛生業務に就き、機械・設備の検査業務などにも従事しました。
 日本では今、技官の採用を停止し、今後、労働基準監督官が検査などをしていく方針が示されています。私は法学部でしか学んでこなかったので、安全衛生の仕事をした際に、検査などの業務に苦労しました。強度計算などなかなか難しいなと思っています。こうした日本の動きをクレパン監督官はどう考えますか。
 また、多くの監督官が悩んでいるのが、法令の適用、例えば、管理監督者に該当するのかしないのかなどの判断です。みなし労働時間制の適用についても法条文があいまいで多くの監督官が苦労しています。フランスでも、あいまいな法条文があり苦慮することはありますか。
 先ほど、食肉加工業者を5日間かけて臨検されるという話がありましたが、私たちには1か月に何件行きなさいというノルマがあり、それに忙殺されています。フランスにはノルマはないのでしょうか。

Bさん
 今1年目の監督官です。フランスの労働監督官の給与体系はどうなっているのでしょうか。私の場合、監督官の給与よりも大学時代のバイト代の方が高いという現状です。日本は年功序列的な要素が強いのではないかと感じています。

Cさん
 監督官となって2年目の者です。悩みは二つあります。一つ目はいい加減な企業ほど書類などが整理されておらず、物証がないため違反を特定しにくいという矛盾があります。二つ目は、労働者からの相談を受ける際、署内で暴行に及んだりとか、理不尽なクレームを言って来られることが多いのが悩みです。

Dさん
 監督官の悩みは主に、2点あるかと思います。
 日本の監督官は送検権限(司法警察権限)があります。ところが、賃金不払いなどの場合は、検察庁から支払い可能性(期待可能性)について、かなり高いレベルの立証責任が求められますが、それもあってなかなか起訴につながらないという面があります。
 もう1点、監督指導によっても、是正がされない場合です。例えば、局所排気装置など、かなり高額となる装置を設けていない事業場の場合、ねばり強く指導を行っても、零細企業などでは費用面からなかなか設置することができない。そこも監督官としては悩むところです。

Eさん
 一定の臨検件数を確保することが求められています。各監督署では、1ヵ月のうちにどの事業場を監督し、トータルで何件臨検するかを決めています。そのため、臨検に集中して業務量を注ぐことが難しい現状もあります。一人での臨検に加えて、労使からの相談や届出書類の受理、適用除外に関する許可・認定業務、あとは郵送された書類の処理なども当番で割り振られます。
 そして、計画された業務量の考え方ですが、日本では基本的に1件あたり半日から1日、多くとも1日半というのが目安になっています。本来、臨検から措置、措置から是正確認まで一定の業務量を確保する必要があるのではないかと個人的には考えています。その方が実効性のある措置がとれると思っています。

森﨑
 いろいろな意見や悩み、それと質問もありました。クレパンさんからコメントを頂ければと思います。

クレパン
 監督官として技官の業務に2年間従事されたということはすごいことだと思います。その努力は非常に買いますけども、やはりそれを専門にしている人には敵わないので、技官抜きに臨検監督をするということ自体がおかしいというのがフランスの考え方です。
 監督官はとても優秀な方が多いので、勉強すれば一定の知識は得られると思いますが、専門家である技官の人たちと一緒に物事を進めていくということが大事だと思います。
 私たちの労働組合も、技官の増員を求めてきました。一定勝ち取ってきた部分もありますが、問題は賃金の部分と関わってきます。技官と監督官補はまだ賃金が抑えられています。特に技官はそれと同等の大学の学位をもって、民間の企業に就職する場合と、技官として監督行政に就職する場合とでは、率直に言って3倍くらい賃金が違いますので、優秀な人にどう監督行政に来てもらうかという問題があります。
 そして、監督官のリクルートの仕方にも問題があります。試験を受けて直接監督官になるという制度があり、大半の方はそうしてくるわけですけども、この場合、初任監督官の給与は月1600ユーロくらいです。1ユーロが120数円くらいだったと思います(1600ユーロ×120円=192,000円)。それが高いか低いかは色々感じ方があると思いますが、月1600ユーロでこんなに厳しく危険な仕事では割に合わないというのが正直なところであり、実際応募してくる人は減っています。
 またフランスでは、毎年、監督署長等と面談し、その評価によって次の年の給与が上がるという制度があります。そのため、10年間一度も昇給したことがないということが起きています。
 この制度が導入されるとき、当時の政府はあくまで一般的に全監督官に向けた目標を提示するけれども、個々の監督官について目標を提示することはしないと言っていましたが、導入して3年後にその方針を変えて、個々の監督官に数値目標を定め、それができないと昇給しないという制度に変えました。
 管理監督者の定義や臨検指導の仕方についてはフランスでも議論になっており、かなり困難を感じています。管理監督者として認定されてしまうと、労働契約で「~の時間」で「~の業務」をして、「~の期間」で「~の給与」であるという内容以上のことを指導することが事実上できず、労働時間がどんなに多かろうが、基本的には監督官が関与できなくなってしまう仕組みになっています。
 先ほど、監督署に来られる方の中にメンタルなどを患っている方がいて、対応することが非常に難しいという話がありましたけど、フランスも全く同じで対応に苦慮しています。
 以前は事務官の方々が「フィルター」にかけてくれていた側面があり、事務官は大変だったと思いますが、その人数も急激に減っているため、監督官がこうした方々に直接対応する回数が増えています。そういう意味では監督官自身の安全衛生の問題はフランスでも深刻です。
 それともう一つフランスで最近増えているのは、企業側からの脅迫です。英語では「economy black mail」と言って、直訳すると「経済的脅迫」です。例えば、臨検に入った企業から「監督官の指摘どおりにやったらうちの会社は倒産し、全員を解雇して破産せざるを得ないからこれ以上臨検しないでくれ」というようなレベルから、かなり暴力的なものも含めて、脅迫的な文書を送り付けられることが増えています。このような場合、他の監督官と共有して、ディスカッションを行い、危険性をきちんと判断します。その上で違反状態を正すという大事な目標がありますから、基本的には屈せず対応しています。

森﨑
 ありがとうございます。次に休憩中にいただいた質問について私からいくつかまとめてお尋ねします。
 最初に多くの方からいただいた質問です。日本の監督官が原則として関わらない、解雇の有効性や就業規則変更の有効性などの民事問題について、フランスの監督官は一定の判断を行うようですが、司法つまり裁判所との関係はどうなのでしょうか。

クレパン
 フランスの労働監督官の解雇についての有効性判断の範囲はかなり制限されており、形式的に整っているかどうかという点でしか判断しません。例えば、事前の契約通りに賃金が支払われていないのに解雇した場合ですが、このような行為は違法だということができます。監督官が踏み込んだ判断をするもう一つは、労使関係上の問題が起こった場合です。組合活動を理由に解雇されたなどの通報があった場合、本当に組合活動をしていたのかなどの判断については監督官が判断を下しますが、組合とは関係のない通常の解雇の場合については、ほとんど直接司法の場で判断されます。

森﨑
 解雇制限事由に該当するかの判断は行うということですね。次に、フランスは移民が非常に多いと思いますが、外国人、特に移民労働者に関する臨検にあたって課題になっていることは何でしょうか。

クレパン
 これまで監督行政として積極的に移民労働者を保護しようとして努力してきました。その傾向は10年ほど前からかなり強かったと思います。その頃は彼や彼女らのステータスが違法であっても、労働契約がきちんと成立していると判断できる場合には、こうすれば違法でない形で労働することができるということを積極的にアドバイスしていました。彼らがフランスで働いていけるように監督行政として支援あるいはそれに近いことをしてきた経過があります。
 ところが、マクロン政権になってからは、移民労働者に対してかなり厳しく政府が対応しています。監督官が臨検して移民労働者を保護しようとしているところに国境警察がいきなり乗り込んできて、全員強制送還するなど、かなり乱暴なことを行うようになってきました。政府全体の姿勢として違法移民はすぐに追放する、送還する政策に変わってきています。大変不幸な実情になっています。

森﨑
 実務的な面で言うと、外国人労働者とのコミュニケーション、あるいは実態把握の点で悩ましい部分があるのかなと思いますが、例えば、通訳を配置するなどの工夫はあるのでしょうか。

クレパン
 フランスでは大体150か国ぐらいから、移民として働きに来ている方がいます。そうなると、コミュニケーションをとるのがかなり困難な場合が想定をされます。
 この場合、労働省で登録をしている通訳者のリストがあり、そこに電話をすれば法定の料金で通訳者が派遣される仕組みになっています。率直に言ってマイナー言語というと失礼ですが、少数しか話者のいない言語だと頼んでも来てくれるまで2~3週間かかるということはよくあります。
 例えば、建設労働者の現場でその言語しか話せない違法移民がいる場合、もう一度通訳者を伴って臨検したいが、その時にはもうその人はいないだろうと思うような場合があります。かなりギブアップに近い状態になります。通訳の制度が追い付いていないという現状があります。
 もう一つの問題なのは、私たちが臨検に行き、その先で集める証拠も基本的にはフランス語でなければならないと法的に決まっています。しかし、彼らの持っている契約書などがフランス語でない場合があります。その場合はきちんとした通訳官が訳したものでないと証拠として採用されません。そうなると、それ自体の翻訳に時間がかかることになり、私たちの業務を難しくしている面があります。

森﨑
 これも多くの方からの質問です。臨検監督について予告はしないというお話がありましたが、予告をしないと担当者が不在などの事情から臨検が難しい場合があるのではないですか。またそうなると改めて日程調整が必要となり苦労が大きいのではないですか。

クレパン
 そういう場合はもちろんフランスでもあります。フランスの場合も、臨検を拒否したことそのものが罪になるので、監督官がかなり強力に「(臨検を)拒否することはできません」と言っています。そして、拒否した場合は監督官証の後ろに「拒否した場合は~罪に処せられます」ということが書いてあるのでそれを見せます。それでも拒否した場合はただちに警察に通報します。そして警察はそれに対してかなり対応してくれています。直接それだけで送検はしないにしても、拒否したことが犯罪歴として残ります。かなり強力な権限を持っているということができます。そしてもう一つ、いわゆるおとり捜査・おとり臨検が合法になっています。つまり、レストランなどで違法な労働をさせているという通報があった場合、レストランに入って監督官であると知らせず、一般客と同じように注文をして、注文した商品を持ってきたときに、その人に監督官証を見せて、あなたはどれくらい、どのように働いているのかと聞くことができます。そして、そこで頼んだ商品の代金については後で請求することができます。

森﨑
 日本でも取り入れていく必要があるかもしれません。次の質問です。フランスの監督官も検察庁に事件を送致する場合があるということですが、その前段でできる限り行政指導で対応していく期間があると思います。実際、どのくらいの時間をかけて是正を迫るのか。また、年間何件くらい送検をしているのかお聞きしたいと思います。

クレパン
 まず検察との関わりですが、事故が起こってからの送検については特別な手続きがあり、かなり迅速に検察がオートマチックな対応をしてくれます。その場合、検察が補充捜査が必要と判断した場合、もう一度現場に入る際には監督官もいわゆる刑事警察と一緒に入り、警察側の基礎書類をさらに調査する場合もあります。それだけを言うととてもいい運用のように見えますが、フランスではとても事件数が多く、司法関係の人の数が足りないというのが刑事・民事も含めた一般的な問題です。処理の速度が一般的に言って遅いです。
 従って、これは悪い冗談だと思って聞いていただければと思いますが、例えば、検察官に年間で所轄の監督署から年間2000件送検あるいは送検に近い案件として報告が寄せられるとします。検察官の側からは2000件は無理なので200件に絞ってくれないか、と監督官が言われることがあります。さらに私が2017年2月に担当し、検察署に書類を送った事件については、死亡事故ではありませんでしたが、かなりの怪我をしていました。検察の捜査と訴追の手続きが開始されたのは、2019年10月からです。司法の現状は、ほぼ30年間そのままとなっており、どんどん人員が減っていっているという現実があります。
 もう一つは質問に関してですが、自分が行う臨検の中で、送検する割合ですが、送検しないものが約9割というイメージだと思います。その約9割の案件については勧告や是正指導をするということになります。いろいろなパターンがあり、是正勧告・指導をしてなかなか直らないから送検をするという場合もありますし、一応臨検には入りますけどその結果を使用者に知らせることなくいきなり送検する場合もあります。それは監督官の裁量で決めています。

森﨑
 法定労働時間を超えているとか、割増賃金が支払われないという場合、罰則の類型やその程度はどのくらいですか。

クレパン
 労働安全衛生法違反で典型的な罰則は罰金です。罰金は安全衛生関係の違反だと大体3000ユーロ(360,000円程度)が多いです。死亡事故が起きた場合に3000ユーロは安すぎるのではないかと思うと思いますが、死亡事故の場合は検察の段階で殺人罪の罰則を適用することになります。結局、死亡事故が起きた場合は大体3000ユーロの罰金プラス殺人罪の懲役が付くなどの形で罰せられるということが想定されます。
 そして賃金の場合は、ちょっと難しくて、いろいろなケースがあるのですけれど、先ほどお話したようにフランスの司法が忙しくて何の対応もできない状態が続いてきたことから、賃金などいくつかの違反については監督行政が直接罰金を科すことができる制度ができました。県や地域の監督官長が最終的な判断を下します。
 しかし、労働組合としてはあまりよくない制度だと思っています。監督官長のレベルに行くと判断が曖昧になり、実際現場を見ているわけでもないので、かなりよこしまな判断が入る場合があるからです。最悪な例としては、ある地域で労働時間把握を怠ったレストランがありました。フランスでは労働時間把握を怠るというのは極めて厳しい罰則が科せられます。このレストランチェーンはかなり大きく、労働者数も多かったため罰金を計算したところ50万ユーロにも及びました。その罰金に関する決裁を地域の監督官長に上げたところ、「そのレストランは地元で有名でとてもいいところだから罰金ではなく警告にしましょう」と言われ、警告だけで終わったことがありました。そのように判断が歪んだりしますので、罰金を科すならば現場の監督官が判断をすべきだというのが労働組合の考え方です。

森﨑
 ありがとうございます。殺人罪というのは日本で言うと、おそらく業務上過失致死罪の類型を含んだものでしょう。監督官権限についての質問が寄せられています。労災保険の仕事をしますか。また、日本でも問題になっている外国人労働者の斡旋の取り締まりもしていますか。

クレパン
 労災保険については労使で構成する別の団体が監督していることもあって、基本的には監督行政の域外です。
移民についての中間機関というか送り出し機関について、問題を発見した場合は派遣業者としての資格を剥奪するということはフランスでも可能です。もう一つは人身売買罪として送検することがあります。アフリカ出身の労働者の場合によくありますが、非常に厳しい労働条件、ほとんど炎天下で何十時間と働いていたり、水場が馬と共用であったり、ベッドが与えられず毛布だけにくるまって寝るしかないところに押し込められて生活しながら働いている場合など甚だしい人権侵害がある場合です。
 なお、人身売買と奴隷的労働に関しては、2年前から監督官が直接送検できる制度に変わりました。また、労働組合と協力して送検するということも事例としてありました。パリの地域でアフリカ系の美容師の人たちが、奴隷的労働を強いられていて、CGTの別の組合が組織化し、そこから通報を受けて使用者を送検するというとりくみをしました。彼らを雇用していた経営者は今収監されています。

森﨑
 さらに権限にかかわる質問です。賃金不払いに関する是正指導、これは日本の監督官にとっても非常に悩ましいのですが、フランスではどういう対応をしていますか。例えば、日本ですと時効の関係で2年間遡って支払うよう指導しています。

クレパン
 賃金の不払いに関しては、多くの場合は監督官が臨検で集めた証拠を使って労働者が労働審判所に持ち込むというのが一般的です。監督行政として直接的に賃金の支払いを求めるということではありません。
 遡及について言うと、マクロンの労働法典改革で6か月までしか遡及できなくなってしまいました。これは非常に問題だと思っています。マクロン改革以前は遡及に特段の時効はなく、どこまで認定されるかどうかは審判所の判断でしたから、監督官が調べた証拠がある分だけ請求をすることができました。それが6か月に後退しています。
 もう一つ、監督官が得た情報を個人情報も含めて開示することが近年厳しく制限されるようになってきています。そのため、監督官の得た情報が本人に伝わらないということが問題になっています。

森﨑
 大きな違いがあるようです。最後の質問ですが、労働行政で働く者の労働組合の役割について、一言いただければと思います。

クレパン
 何人か若い方も発言をしていただきました。私もそうでしたが、試験を突破して監督官になった時というのはたいへん希望にあふれていたと思います。職場を変える、日本の働き方を変えると思っていたと思います。ところが、職場の厳しい現実、監督官の働き方の厳しい現実に直面していくと、率直に言って監督官の顔も曇っていきます。
 「こんなことやっていてもしょうがないんじゃないかな」とか、「これじゃ働き方は変わらないな」とかいうふうに思い始めてしまいます。
 そこで大事なのが労働組合だと思います。組合には二つ重要なことがあります。
 一つ目は、各職場の労働組合がそこで果たす役割がとても大事です。少し話を戻しますが、監督官は権限もありますし、職場に直接立ち入って改善させる力を持っています。しかし、是正をさせた職場がそのあとも適切な労使関係を保って、職場環境、安全衛生や賃金も含めてよい状態を保っていけるのかは、その職場に労働組合があるかどうかで決定的に違います。そのことは皆さんも強く感じられることだと思います。職場に労働組合がなく、再び違反状態に戻ってしまうなら私たちの仕事も増えてしまいます。労働組合が職場に存在しているということは、大変重要だと言うことができます。
 フランス労働法典には、職場の代表という言い方をしていますが、事実上労働組合ですけれども、職場の代表は労働監督官や労働監督行政に自由にアクセスしてアドバイスを求めることができます。また、組合活動に関する解雇について、組合や組合役員が監督官に支援を求めた場合、監督官は積極的に対応しています。それを通じて、組合の活動を支援し、職場環境を改善していくという趣旨です。私たちが職場の労働組合と同じ方向で共に仕事をするということであり、とても大事だと思います。
 2つ目に、監督官の組合として他の産業、他の職種の組合と一緒に運動をしていくことが非常に大事です。その共同の運動がないと私たちは、おそらくフランスの労働環境も、日本の労働環境も変えることはできないと思います。フランスでは職業的な意味で労働組合が非常に大事な位置づけを与えられています。監督官の組合としても労働行政以外の組合と連携して一緒に労働環境を改善していくという考え方がとても大事であり、その意味で労働監督行政に強い組合があることはとても大事です。
 最後になりますが、私たちフランスの監督官、CGTの監督官の組合は国際主義や国際連帯をとても大切にしています。全労働とは過去に同じ監督官の組織(国際監督協会、IALI)に属したこともあります。今は両方ともその組織を離れていますが、私たちはやはり労働監督官の組合として直面している課題や経験をきちんと共有することがとても大事なことだと思います。そうした意味では今回、こうやって日本に来る機会に全労働の皆さん、特に現場の皆さんと対話の機会を持てたことに非常に感謝をしています。全労働とCGTとのやりとりは今後もぜひ続けていきたいと思います。
 フランスの場合は監督官の7割が女性です。次回はぜひ女性の監督官の交流をしてみたいと思います。やはり女性の監督官は大変だと思うのです。企業の側も男性の監督官より女性の監督官に強く当たることがあります。もし日本の監督官の助けになるのであれば、私たちの組合の女性監督官とぜひ交流していただきたいと思います。私たちが同じ課題を持っているということが皆さんの話を聞いてよくわかりました。ご招待ありがとうございました。

森﨑
 ありがとうございます。この対話集会を契機に一緒に力を合わせ、日仏両国でよりよい労働行政を作っていきたいと思います。寄せられた質問の半分もお聞きすることができなかったことをお詫び申し上げます。長時間にわたってお話しいただいたクレパンさん、シルバンさん、そして的確かつほぼ同時に通訳をしていただいた布施さんにも拍手をお願いします。(拍手)
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