公務員制度 −公務員の働き方、労働条件など

2007年10月
人事院通知「職員が分限事由に該当する可能性のある場合の対応措置について」に対する全労働の見解
2007年10月4日改訂

はじめに

人事院事務総局人材局は、2006年10月13日付人規−1616「職員が分限事由に該当する可能性のある場合の対応措置について(通知)」(以下、分限免職指針)を発出するに至った。
(人事院HP:http://www.jinji.go.jp/kisya/0610/bungen2.pdf

今回の分限免職指針は、憲法27条2項の「労働条件法定主義」や、国家公務員法上の分限制度の趣旨に照らして看過できない問題点を多数含んでいることから、全労働省労働組合は、以下の点について見解を明らかにする。

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【1】 国家公務員の身分保障制度

1.国家公務員法上の分限制度

憲法27条2項は「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、これを法律で定める」と規定し、「勤労条件法定主義」を明らかにしている。また、国家公務員が憲法28条の「勤労者」に含まれることは、今や疑いがない(国鉄弘前機関区事件・最判昭28・4・8、全農林警職法事件・最判昭48・4・25)。そして、国家公務員の労働条件については、これら憲法の要請を受けて制定された国家公務員法は、給与、降任、休職・復職、退職、免職、災害補償、懲戒、勤務条件その他の服務など、国家公務員の労働条件に関する基本的枠組みを定め、詳細な労働条件は国家公務員法の委任を受けて制定された人事院規則によって具体化している(いわゆる、公の労働関係における「勤務条件法定主義」)。

国家公務員法75条は「職員は、法律又は人事院規則に定める事由による場合でなければ、その意に反して、降任され、休職され、又は免職されることはない」と定め、政治的干渉や時の政権の恣意によって職員の差別的が待遇を受けたり、行政機関から放逐(免職)されることを防止している。もっとも、同法78条は75条の例外を定め、職員の意に反して降職・免職させることができる事由を4項目列挙しているが、これとても、政治的干渉や時の政府の恣意による解釈や運用が排除されなければならないことは言うまでもない。

また、免職に関する基準(国公法61条・75条〜78条・人事院規則11−4(職員の身分保障))は、国家公務員の労働条件の一つである。免職の可否判断にあたっては、私企業における解雇権行使と同様、客観的で合理的な理由が存在し、社会通念上相当であると認められることが必要であって(日本食塩製造事件・最判昭50・4・25)、公の勤務関係においてもこの判断の枠組みは維持されなければならない。

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2.分限免職指針の公正性に対する疑問

ところが、分限免職指針を制定した人事院は、任命権者に対して、客観的資料から適切・合理的に免職事由の有無の判断することを求める一方で、指針で事例ごとに示した手続や留意点等の対応措置は「標準的な措置」であるとし、行為態様や業務への影響度に応じ、必要と考えられる措置を追加したり、必要がないと考える措置を省略することを許容するなど、任命権者に人事上の広範な裁量権を付与している。

人事院がこうした態度なり、意思を明らかにしたことから、職員の任免に関して「フリーハンド」を得たと誤解した任命権者が、違法な分限免職指針の解釈や運用を行うおそれは否定できない。また、最悪の場合、職員の免職を優先するあまり、客観性や合理性、社会的相当性を証明するための重要な調査が十分行われなくなる危険性もある。以下、分限免職指針が示した措置について、順を追ってその問題点を指摘する。

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【2】 個別検討

1.「I 趣旨」について

分限免職指針の「趣旨」では、分限事由該当可能性のある職員に対して、改善要求や研修の実施など適正な人事管理を行うとともに、国公法所定の分限事由の有無の判断には恣意的処分とならないよう、任命権者に、分限制度の趣旨と客観的資料から適切・合理的に判断することを求めている。その一方で、分限免職指針で示すのはあくまで「標準的な措置」とし、行為態様や業務への影響度に応じて、必要と考える措置を加えたり、必要がないと判断した措置の省略を認めるなど、任命権者に「自らの判断と責任に基づいてその裁量の範囲内で適切に対応すること」を認めている。

しかし、これでは分限免職指針が例示した分限関係の裁判例や典型例、勤務実績不良や適格性欠如の徴表例、判断資料例、実際の分限処分例などは、分限処分の客観性や合理性、社会的相当性を装うための単なる外形にすぎず、その本質は任命権者の主観的・恣意的判断による分限処分の推奨ではないのかとの疑念を抱かざるを得ない。

分限免職指針自らが「分限処分は職員に不利益な身分変動を生じさせるもの」と認めている以上、人事院は「手続的正義」の確保の観点に立って、分限処分の判断に必要な調査事項と具体的で詳細な判断基準を策定し、任命権者の恣意が入る余地を排除すべきである。

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2.「II 裁判例で示された分限事由についての考え方」及び「参考1 裁判例」について

分限免職指針では、最高裁判例を含め、勤務実績不良・心身の故障・適格性欠如の3つの類型ごとに裁判例を示しているが、いずれの類型についても僅かに1例を示すに過ぎない。分限事由にあたる事例は多種多様であって、職員の勤続年数のほか、従事業務や官職、職責も異なるし、問題行動の原因や動機、継続する期間、業務への影響度も様々である。

分限免職指針で例示されたこれらの裁判例は、ある意味「特異な事案」を取り扱った「事例判決」として扱われるべきものであるが、あたかも普遍的原理であるかの如く取り扱っていることは疑問である。また、これまで裁判所は公務員労働関係事件の場合、公務の特殊性を重視し、任用や分限等の人事管理について、私企業とは比較にならないほどの広い裁量権を国や地方公共団体に認めてきた。したがって、こうした裁判例を引用したところで、分限事由に基づく処分が客観的かつ合理的で社会的相当性を有していると直ちに証明されるわけではないことを認識すべきである。

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3.「III 分限処分の検討が必要となる事例と対応措置」について

(1) 勤務実績不良について
1)「対応措置が必要となる例」について

分限免職指針は「作業能率」「著しく低い状況」を問題にしているが、そもそもこうした比較が客観的に可能なのかといった疑問がある。事実、分限免職指針は、誰と比較してどのような方法で作業能率を判定するのか、判定者は誰にするのか、また、分限処分を正当化させる判断指標は何かといったことを一切示していない。このままでは、結局、当該職員に対する同僚職員の「好き嫌い」といった感情や、組織のパフォーマンス向上を優先する「管理者の要望」をもとに調査者が主観的に判断せざるを得ないであろう。

また、「無断離席」も問題にしているが、職員は一個の人格を有した存在である以上、業務以外の離席を一切認めない、離席するときは必ず管理者への申し出と同意を要するとすることは、いかに職員が公務に従事するという特別の地位にあるとしても、およそ容認されるものでない。職員もまた職場で自由な人間関係を形成する自由を有しており、他の職員との接触を一切認めないことは人格権を侵害するものである。したがって、社会通念上、合理的な範囲内での一定の離席は当然許されるべきであるが、分限免職指針は、何をもって、どこまでが合理的な離席なのか、一切示していないことは問題である。

2)「対応措置」について

分限免職指針は、「勤務実績不良の状態又官職への適格性に疑いを抱かせるような問題行動を起こしている職員」を対象に、「一定期間にわたり、注意・指導を繰り返し行う」とある。しかし、「一定期間」の日数や月数など期間の長さが示されておらず、また、「繰り返し」といいつつ回数(少なくとも2回以上であろう。)も示していない。これでは、1週間ほどの間に2、3回注意や指導し、それで改善が見られなければ直ちに分限処分としてもかまわないことになる。

本来、注意・指導は、分限処分をなすための前段階として行うのではなく、あくまで公務員としての職務能力の改善・向上のためにある。職員の能力向上の観点に立って、「問題行動」の定義を客観的で合理的な内容に限定するとともに、妥当な期間や注意・指導回数を示すべきであろう。

また、分限免職指針では、「疑いを抱かせる状態」を問題にしているが、「疑いを抱く」ということ自体が極めて主観的であり、客観性に欠けるものである。しかし、当該職員の勤務実績や適格性がどの程度改善・軽減されると分限処分の対象とならないのか、判断基準が一切示されていない。

これでは「問題職員」と目されれば最後、いかに職員が改心し、研修を受けて勤務実績や適格性が改善・向上したとしても、任命権者が勤務成績や官職への適格性に依然「疑い」があると一定期間言い続け、警告書を交付すれば、当該職員を分限処分できることになる。

「趣旨」の部分で、任命権者に対して客観的資料から適切かつ合理的に判断することを求める以上、こうした主観的要素を分限免職指針に掲げること自体、自己矛盾であるから、検討対象職員の定義を見直すべきである。

3)対応措置の「ア 手続」について

分限免職指針では、人事当局及び職場の管理監督者が「勤務実績の改善を図るため又は問題行動を是正させるための注意・指導を繰り返し行う」とあるが、注意の内容や程度、方法(文書か口頭か、個別研修か)、実施者、実施期間など、その手続が一切示されていない。

最も下位の管理監督者が「小言」程度に注意・指導したことをもって、分限処分を正当化するのは相当ではなく、あまりに行き過ぎである。こうした注意・指導はあくまで職員の適格性や職務能力の向上のために、社会的相当性の伴った手段・方法で、所属長又はそれに準じる上級管理監督者が行うべきである。

4)対応措置のアの「(ウ) 弁明の機会の付与」について

分限免職指針では、任命権者は「警告書を交付した場合には、当該職員に弁明の機会を与える」とあるが、指摘事実に対して当該職員から合理的な反論や反証があった場合に警告書の法的効果はどうなるのか、警告書の記載内容が事実でないとして人事院へ措置要求できるのか、何ら示されていない。

警告書の交付は、分限処分という職員にとって重大な不利益処分の前提となるだけに、形式的な手続保障として弁明の機会を設けるのではなく、丁寧な「告知と聴聞」が不可欠である。また、国公法75条の「身分保障」規定の本旨が全うされるよう、職員の事実と異なる内容が記された警告書やおざなりな聴聞に対しては、人事院による救済措置が講じられるべきである。

5)「イ 留意点 (ア)資料収集」について

分限免職指針では、客観的資料の収集に関して、「仕事上の失敗・トラブル・第三者からの苦情等の具体的な事実が発生した場合には、その都度、詳細に記録を作成しておく」とあるが、職員も一個の人間である以上、ヒューマン・エラーの類を含めて職務遂行過程での失敗やミスは避けられない。問題は、その失敗やミスに至る原因、組織的要因の有無、職員の過失の程度、公務に与える影響度である。

しかし、分限免職指針が求めようとすることは、「問題職員」と目した職員の一挙手一投足を常に監視し、当該職員に関するどんな些細な情報でも徹底して収集・集積しておき、「いざ」というときにそれを全て活用して分限処分を正当化するのではないかとの疑念をぬぐいきれない。私企業では、これまでにも思想・信条を理由とした解雇や賃金・昇格差別を争った裁判例では、こうした人事労務管理の違法性が争われてきた。分限免職指針が示すこうした対応は、まさにそれと同様でないかとの疑念を禁じ得ない。

分限処分は職員に降格や免職といった深刻な結果をもたらすものであるだけに、分限処分に値する「仕事上の失敗・トラブル・第三者からの苦情等」の具体例を例示すべきである。そうしなければ、結局、任命権者の主観的判断が唯一の価値概念や価値基準となるであろう。

6)留意点の「(イ) 問題行動が心の不健康に起因すると思われる場合」について

分限免職指針は、「T 趣旨」のところで「心身の故障があると思われる職員に対しては、職員の健康の保持増進及び安全の確保に必要な措置を講ずることとされている責務を果たすことが求められる」とし、管理監督者から「積極的に話しかけて事情を聞くほか、必要に応じ同僚等に職員の状況の変化の有無を聞き、また、健康管理者、健康管理医、専門家等と対応を相談する」としている。

心の不健康には、様々な要素・要因が作用しているといわれるが、その要因の一つに、近時、過長かつ恒常的な長時間労働のほか、職員の人格権を著しく傷つける「セクシャル・ハラスメント」「パワー・ハラスメント」が指摘されている。職員の心の不健康を問題にして降任や免職を検討する以上、任命権者はこうした出来事がなかったか、自ら調査すべきである。

勤務時間や超過勤務の管理も適正に行わず、また、管理職や一般職員に対して「セクシャル・ハラスメント」や「パワー・ハラスメント」の防止研修を十分に行わず、あるいは苦情処理窓口を設置するなど職員からの苦情に適切に対応もせずして、心に不健康が生じた職員の責任だけを追及し分限処分とするのは、公平の理念に反した対応である。

7)留意点の「(エ) 降任と免職」「(オ) 行為の態様等に応じた手続の省略」について

分限免職指針では、「下位の官職であれば良好な職務遂行が期待できると判断するときには降任処分」「下位の官職でもそれが期待できないと判断するときには降任処分」とあるが、一体、いつの時点で、誰が、どのような方法を用いて判定するのか、また、いかなる基準をもって判定するのか、誰と比較して「下位の官職であれば良好な職務遂行が期待」できると判断するのか、「下位の官職」とはどこまでの範囲を指すのかなどといったことが、何ら示されていない。

その上、問題行動の態様や業務への影響度によっては、「任命権者の判断と責任にもとづいて、裁量の範囲内で、警告書の交付などの手続を省略することができる」としているが、これでは分限免職指針V1(2)ア(イ)において任命権者に警告書の交付を求めることとした意味が失われてしまう。自ら定めた標準的手続ですら任命権者の裁量でどうにでもできるのは「手続的正義」に反するばかりか、結局、「問題職員」とみなした職員は、何が何でも分限処分とすることを推奨しているようなものである。

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(2) 心身の故障について
1)「(1) 対応措置が必要となる例」について

分限免職指針には、3年間の病気休職をもってしても「病状が回復せず、今後も職務遂行に支障があると認められる」場合を挙げているが、「病状が回復しない」とは、休職前の職務能力の完全な回復を求めているのか、それとも職務能力の一定の低下状態はあるも、心身への負担の少ない業務に変更すれば勤務が可能な状態まで回復すればよいのか、病状回復の程度が何ら示されていない。

心の不健康という疾病の特質上、休職により就労可能な状態まで病状が回復したとしても、職場復帰に当たって一定の配慮が必要な状態が継続するケースが少なくない。もし、休職前と同等の完全なる回復が要求されるとすれば、相当の事案が「未だ回復せず」と判断されるおそれがある。

また、「今後も職務遂行に支障があると認められる」とは、従事可能な業務が複数存在しうる中で何をもってどの程度「支障がある」というのか、「今後」とはいつ頃までを想定していうのか、何ら示されていない。

心の不健康を理由に分限処分を行う場合、当該職員の心身の状態を見極めた上で、真に従事すべき職務が当該官署(異動・転勤可能な官署を含む。)に全く存在しない場合に限るべきである。その前提として、任命権者は真摯に従事可能な業務を探すことが求められるのであって、こうした努力を惜しんだまま、安易に職員を分限処分とすべきではない。

さらに、「心身の故障のため、3年以上にわたって、病気休暇や病気休職と短期間の出勤とを繰り返している」場合を挙げているが、「3年」の起算点はいつか、「短期間」とはどの程度の期間を想定しているのか、「繰り返し」とはどの程度の回数・頻度なのかといったことが何ら示されていない。こうしたことは、当該職員の身分を左右する重要な要素であるだけに、任命権者の不当な恣意を排除し、公正な人事管理を実現するためにも、明解に定義し、客観的判断基準を確立すべきである。

2)「(2) 対応措置」について

分限免職指針には、「病気休暇や病気休職を繰り返してそれらの期間の累計が3年を超え、そのような状態が今後も継続して、職務の遂行に支障があると見込まれる場合」とあるが、いずれの期間の病気休暇や病気休職を調査対象とし、休暇・休職日数を算出すべきなのかが一切示されていない。

調査対象期間を明示しないとすれば、任用から現在に至るまでの全期間と解されるおそれがある。例えば、若い頃に転勤が契機となって職場不適応症となり、1年間6か月休職した後職場に復帰し、10年経過後に長時間勤務が著しい職場に異動して再び体調を崩して1年間休職、回復し復職してから10年経過後、今度は管理職の責任の重さが契機となって再び1年間休職したような場合、これをもって累計3年を超えたとするのは、不意打ちに等しいものであり、当該職員にとってはあまりに過酷である。職業生活の全期間を対象するような長期の算定期間を設定することは著しく不公平であり、公序に反すると解される。合理的な調査算定期間に制限されるべきである。

また、「今後も継続して」とか、「支障があると見込まれる」というが、いつまでの期間を想定してのことか定かでない上、あくまで見込みでしかない。抽象的で漠然とした蓋然性をもって分限処分の事由とすることは合理性を欠くものであって、判断基準として採用すべきではない。

3)「ア 手続 (ア) 医師2名による診断」について

分限免職指針では、当該職員に受診を促すにあたって、「医師2名を指定」するとあるが、いかなる医師を指定するのか、一定の医学的資格(例えば特定の認定資格や診療科目等)の有無、その他診断のための手続が示されていない。また、診察という医療行為には、受診者のプライバシーや内心にまで踏み込むことが往々にある上、身体的侵襲を伴う検査も伴うことから、当該職員が信任する医師による診察・診断が認められるべきであるが、当該職員に「医師選択の自由」が保障されるか否かも示されていない。

また、受診を促しても当該職員が受診しない場合には「職務命令として受診を命ずる」とあるが、職務命令といえども無限定ではなく、自ずと限度がある。業務命令で受診を命じる以上、分限免職指針が求める「診断」とは、人事院規則10−4に定められた各種の健康診断のいずれに該当するのか、また、職員の受診義務の法的根拠が明らかにすべきである。

4)「ア 手続 (イ) 医師2名の診断結果による判断」について

分限免職指針では、指定医2名による「人事院規則11−4の第7条第2項に規定する判断」がなされ、「その疾患又は故障のため職務の遂行に支障があり、またはこれに堪えないことが明らかな場合は、分限免職とする」とあるが、医学的判断に対する当該職員からの反論や反証の機会が十分に保障されるのか定かでない。また、当該職員が信任する2名の医師が作成した意見書を提出した場合、それが医証として取り扱われるのか、分限免職の客観性や合理性、相当性を決定する判断材料として尊重されるのかも定かでない。したがって、指定医2名が同一の判断を下したからといって、それを絶対視するのではなく、当該職員からの反論や反証を広く認めるとともに、指定医以外の医師からの「セカンドオピニオン」も判断要素の一つとして採用すべきであろう。

5)「イ 留意点 (ア) 医師による適切な診断を求める努力」

分限免職指針は、医師による心身の故障の回復の可能性の判断を求める際、「職場の実態や職員の職場における実情等について、医師の十分な理解を得ること」とあるが、実態や実情とは何を想定しているのかが定かでない。このような場合に最も困るのが、完全回復でない限り復職は困難といった所属長や管理者の意見や、職場の同僚が復職に消極的であるといった要望をもって「職場の実態や実情」とされることである。こうした情報を素に医師に診断を求めることは、医師の判断を管理者や職場の声に対する「配慮」へと誘導し、真に復職が可能か否かの客観的な医学的判断を歪めるおそれがあることに注意すべきである。

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4.「参考2 勤務実績不良又は適格性欠如の徴表と評価することができる事実の例」

(1) 「(1)勤務を欠くことにより職務を遂行しなかった」について
1)「長期にわたり又は繰り返し勤務を欠いたり、勤務時間の始め又は終わりに繰り返し勤務を欠いた」について

分限免職指針では、「連絡なしに出勤しなかったり、いわゆる遅刻・早退をした」とあるが、「長期」や「繰り返し」に関する定義が示されていないが、数年間に間欠的に見られたごく短時間の遅刻すら問題にすることは、職員にとってあまりに過酷である。評価対象期間を合理的な期間とし、反復回数を具体的に示すべきである。

特に大都市圏の場合、車両故障や信号トラブル等で鉄道ダイヤが混乱することは日常的な出来事である。また、長時間通勤などで体調を崩し、途中駅のベンチで休憩することもあるし、地下鉄などの場合は携帯電話がつながりにくいなど職場と連絡がとれないことも珍しくない。

こうした不測の事態による遅刻までも「連絡なしの遅刻」と評価し、勤務実績不良や適格性欠如の徴表たる事実として収集することは、大都市圏の今日の住宅事情や通勤事情を全く顧慮しないものであって、およそ公正・公平な人事管理とは言い難い。正当な理由もなく甚だしいものは格別、10分ないし15分程度のごぐ短時間の遅刻は、「延着証明書」の提出がなくても勤務実績不良や適格性欠如の徴表にあたらないと解すべきである。

2)「業務と関係ない用事で度々無断で長時間席を離れた」について

分限免職指針では、「勤務時間中に(席を外して)職場外に長時間電話をした」とあるが、1人の市民として社会生活を営む以上、電話や電子メールによる職場内外との連絡を一切禁止することは行き過ぎであって、妥当でない。結局、その時間数や頻度、電話の要件が問題となるが、指針には長時間の定義が示されておらず、電話の内容や頻度に至っては問題にすらされていない。

今日、ほとんどの職員が携帯電話を所持しており、自宅からの電話を携帯電話で受信することも珍しくない。こうした場合は周りの同僚の業務の妨げとならないようむしろ席を立つのが当然である。

特に職員が家族的責任を負う立場にある場合、子どもが病気であったり、要介護の老親の病状が安定しないような場合、当該職員には家族から頻繁に電話がかかることは珍しいことではないし、内容が深刻であれば通話時間も長時間にわたることもあろう。こうした電話は無用な私用電話と評価されるべきではなく、勤務実績不良や適格性欠如の徴表にあたらないと解すべきである。

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(2) 「(3) 不完全な業務処理により職務遂行の実績があがらなかった」について

分限免職指針には、「業務を一人では完結できなかった」事例として、「他の職員と比べて窓口対応等でトラブルが多く、他の職員が処理せざるを得なかった」ケースを挙げているが、評価対象期間や窓口トラブルの頻度・回数、トラブルの内容、トラブルの当事者となった職員の地位や職責、責任の度合いなどについて具体例が示されていない。

窓口で発生するトラブル全てが職員に責任があるのではない。例えば労働基準監督署や公共職業安定所、労働局の労働相談窓口の場合、相談者側の違法行為の是正や対応の仕方の見直し、関係当事者間での利益調整の必要性、労働行政の所管外の事項であることを指摘しただけで激昂し、収拾がつかなくなることは日常的に見られる光景である(相談者や事業者が職員に暴力をふるったり、窓口の備品を破壊するなどして、警察に出動要請することも珍しくない。)。また、人事異動等で担当業務が変わったような場合、職務に不慣れであるが故に相手方に不信感を持たれたり、些細な行き違いからトラブルに発展することもある。特に争議中の労働組合が陳情や労基署交渉に来たような場合、行政対応の在り方をめぐって喧噪にわたる交渉が繰り返されることもしばしばである。このような場合で、担当職員だけでは対応不能と見れば、上司やさらに上位の管理者が関係者を説得し、事態収拾にあたるのが通常の対応といえよう。

仮に、職員の側に原因があるとはいえない窓口トラブルまでを勤務実績不良や適格性欠如の徴表として逐一記録し、後日任命権者から分限事由の一つとして問責されるようであれば、窓口担当職員はおろか、その上司もまた安心して業務に従事できなくなる。勤務実績不良や適格性欠如として評価されるトラブルは、発端が職員側の粗野・粗暴な言動や甚だしい欠礼行為に端を発する事案に限定すべきである。

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(3) 「(4)業務上の重大な失策を犯した」について

職員も生身の人間である以上、いかに注意深く慎重に行動したとしても、長い職業生活において一度もミスがないということはあり得ない。分限免職指針には、「業務上の重大な失策を犯した」とあるが、失策や重大性の定義、評価対象期間、職員の地位や職責、失策の頻度・内容・程度、行政運営への影響度に関する事項が一切示されていない。これでは、仮に何か失策があった場合で、行政運営に何ら影響を及ぼさないようこれを適正に処理したとしても、後日、任命権者から「重大な失策を犯した」と誇張されれば、失策があった以上、指摘された職員は反論のしようがない。何ら客観性・合理性を伴わないこうした抽象的な規定は、任命権者に無限定の裁量を容認するだけであって、およそ判断基準と呼ぶに値しないものである。

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おわりに

免職は、職員にとって最大級の不利益処分である。ところが、今回、分限免職指針を策定した人事院は、職員の任免を左右する極めて重要な要件・基準を、国家公務員法の委任を受けて制定される人事院規則という形式によらず、人事院通知という行政通達の形式を選択した。そして、指針の法的性質にしても、免職に関する法的要件を厳格に規定したものと位置づけるのではなく、任命権者が分限処分を検討する際の「参考資料」のレベルにとどめている。

成文法規ではなく行政機関の内部文書によって、任命権者に人事上の広い裁量を容認するという人事院のこのような態度は、公正な分限制度の確立と運用を求める国家公務員法74条及び人事院規則10−4・2条の趣旨に反するだけでなく、憲法27条2項の「勤労条件法定主義」をも否定するものといわざるを得ない。

以 上

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