民間開放・地域主権 −労働行政の民間開放、地域主権など

2010年05月
民主党新政権の地域主権改革をどうみるか

京都大学大学院教授 岡田 知弘

全労働近畿地方協議会は、1月30日、近畿ブロック全分会長会議を開催し、京都大学大学院岡田知弘教授を講師に「民主党新政権の地域主権改革をどうみるか」と題した報告いただきました。本誌では、岡田教授と近畿地協の了解いただき、講演の内容を紹介します。

1 はじめに

私は経済学研究科で、地域経済学を研究しています。地域経済学というのは、日本経済の一部である、例えば大阪経済、京都経済、さらに京都の中でも京都市、あるいはその中で左京区はどうなっているか、日本の経済を作っていく細胞がどうなっているかを研究する学問です。

日本経済や、世界経済の動きは、非常によくわかります。為替レートやニューヨークの株式市場の動きについては日々刻々と情報が入ります。私たちはそういう情報の中に浸ってると、何か世界経済、日本経済が先にあって、あとから地域経済が作られているのではないかと考えがちですが、これはよく考えてみたらあり得ない話です。

私たち生身の人間が、それぞれの地域、生活の場で生活し、そのための経済活動をしています。それが積み重なってはじめて一国の経済ができる。そして、それらが複合して世界経済ができるわけです。地域経済や人間の暮らしのない日本経済、世界経済はあり得ないわけです。

例えば、皆さんの地域で、この時点で一体どれだけの完全失業者が存在するか、ご存じでしょうか。おそらく誰もわかりません。完全失業者を完全に掌握できるのは5年に1回の国勢調査しかありません。そして、それが発表されるのが2年後です。今日も年間の完全失業率が発表されましたが、一国平均でそれを出しても私は意味がないと思っています。リアルタイムでそれぞれの地域がどうなっているかが重要です。

それぞれの地域には、その産業構造に伴って違う就業構造があり、失業状態にも違いがあります。ここのところをきちんと調べていくことが必要で、これが地域経済学の課題です。私たちは現場に入って調査をしますが、実はハローワークの皆さんにはよくお世話になっています。

京都で丹後ちりめん産地が不況になっている時は、峰山のハローワークでヒヤリングをさせてもらったり、広島でマツダが大リストラを行ったときには、防府のハローワークにお邪魔しました。そこですごいなと思ったのですが、各ハローワークが地域の雇用情勢等の調査をされて、報告書をきちんとまとめている。私は、それで地域の実態を知りました。なかなか新聞では把握できないデータを業務統計として作成し、それが政策に結びついていく。そのような仕事をされているのだと思いました。

中越大震災の時には、十日町のハローワークにお邪魔しました。やはり新潟市、長岡市、十日町は就業構造が違い、失業状態もかなり違っていることがわかってきました。

そういうことを研究していながら、なぜ地方分権改革、地域主権改革、あるいは道州制に関わる研究をしているのか。

実は政府による市町村合併推進政策があり、2000年代に入って小泉構造改革として、一気に進められました。そのとき言われたのが、「市町村合併をすれば地域は活性化する」という言い方でした。これは地域経済を研究する者としては大変気になる言葉でした。本当にそうなるのだろうか、ということで地域調査を重ねました。その結果、それは幻想にしかすぎない、むしろ地域の住民の暮らしはひどくなっていくことが明らかとなりました。以後、道州制がらみの地方分権改革政策の批判的な研究をすすめてきたわけです。

今日は、そういう視点から、民主党新政権の「地域主権改革」がどういうものであるか、私なりに考えていることをお話していきたいと思います。

この記事のトップへ

2 財界主導の「グローバル国家」論による「構造改革」路線の破綻

さて、まず、この間の改革の動きの背景を見ていきます。大きく見ると、経済のグローバル化があります。これが日本の場合は1980年代の半ばから進行しましたが、本格的には90年代、バブル崩壊後に進行しました。

それが小泉構造改革によって、一気に金融証券の規制緩和が進みました。逆に言えばサブプライムローンを含んだ証券を日本の金融機関、あるいは投資家が引き受けることになった。ヨーロッパでも同じです。これがアメリカにおけるバブルの崩壊につながる。つまり、貧困者向けのサブプライローンは破たんし、支払い不能状態となる。結局、それがまたたく間にリーマンショックという、大変大きな証券会社の破たんとなり、それが世界中を襲いました。一昨年の9月でした。正に、世界恐慌です。「グローバル恐慌」という名前の本も出ましたが、これに日本では「構造改革不況」あるいは「構造改革恐慌」が加わったと私は考えます。

「恐慌」はある必然的な原因で起こるわけです。生産と消費の矛盾です。すなわち、過剰生産体制がアメリカの信用膨張によって作られ、家電や自動車市場が拡大する。(日本では)輸出競争力を増すために、国内の工場でできるだけ安い労働力を使おうと派遣労働者で対応していく。そのための労働規制の緩和も次々に行われてきたわけです。

そういう過剰な生産能力を持っていたわけですが、消費の方はどうか。アメリカで、バブル崩壊に伴って消費市場が急速に収縮した。そして、日本においても皆さんご存じのように、この間、雇用者報酬が激減し、消費購買力が収縮しました。

消費購買力の低下は、高失業状態が続いたことと、もう一つは、ワーキングプアを中心として、200万円以下の雇用者が全体の4分の1近くを占めるようになる中で必然的に起こりました。

「100年に一度」という言い方がありますが、これは決して、たまたまやってきたような、天から降ってきた恐慌ではなく、そこには政策的な影響、つまり金融証券の自由化の影響、そのための規制緩和の影響があるといえます。もう一つは、構造改革に伴う消費購買力の削減と基本的人権の破壊があります。こういう政策的な要因が極めて大きい。地域での経済の再生、それを積み重ねた形での日本経済の再生を考える際には、これまでの構造改革をどう改めていくのかが問われていると思います。

構造改革に対する国民の反発は2006年の夏ぐらいから現れてきました。NHKが『ワーキングプア』を報道し、民放あるいは新聞が次々と構造改革の負の部分を報道していく方向に変わっていきました。

実際、地域では、「限界集落」というものが、特に中山間地域での広がりをみせています。あるいは都市部においても「限界コミュニティ」が広がっています。私は京都市の東山区で調査をずっとやっていますが、東山区は京都市の中でも高齢化率が10ポイント高い30%、空き家率が20%。そういう中で一人暮らしのおばあちゃんがずい分いる。こういう社会的孤立が大きな問題になっています。

さらに、それとの関係で国土保全がきちんとできなくて水害が頻発する。昨年、兵庫県の佐用町で水害が起こりましたが、あれは山の管理がきちんとできていないからです。兵庫県の佐用町の北部の地域は、戦後、兵庫県有数の林業地帯でした。ところが木材価格が低落する中で、山の世話ができなくて、間伐も行えず、下草の世話もしていませんので、表土が大分薄くなっている。そこに集中豪雨が襲うと、一気に表土が流れて、地滑りが起こり、流木が河川に流れていきます。それが橋桁に引っ掛かって洪水となり、下流に広がっていく。

これと同じようなタイプの水害が、この間かなり頻発しています。明らかに自然災害ではなくて政策災害だと思います。日本の林業そのものを衰退させていった森林政策、そういうものが引き起こしている問題ではないかと思います。

人間の命にかかわる基盤、これが足元から崩れていく。バラバラにされてしまう。孤独死、無縁死が年間3万人を超えている。こういう悲惨な社会関係にまで立ち至っています。ここからどう人々の暮らし、あるいは一番大切な命を守りながら地域や住民を再生していくのかを考える時に、私は国や地方自治体が一体、どういう役割を果たすべきかが大変鋭く問われてきているのではないかと思います。

そして、国が最終的に基本的人権を守るという、憲法に明記された国の責務をどれだけ全うするのか。ここがこれまで以上に大きな課題として登場してきている時代ではないでしょうか。

それと同時に、私たちは国や地方自治体の主権者です。そして私も皆さんも国家、地方自治体を担っている公務員、あるいは非公務員でありますが、そういう役割をいかに職場において全うしていくか。こういうことも併せて問われていると思います。その際に、私は地域から物事を考えていくことが一番大事ではないかと考えています。

地域は本来、私たちが生活している狭い範囲です。私たち人類史は、600万以上の歴史があるといわれています。圧倒的に長い時代は、自分の足で歩ける範囲で暮らしていました。そして自然に働きかけて、そこから衣食住、生活のための手段をつくっていた。

そしてそれを消費し、さらに排出物、廃棄物を自然に返す。自然の地力はそれによって高まって、よりたくさんの人間の暮らしを支えてくれる。こういう循環を「人間と自然の物質代謝」といいます。これが本来の経済活動であり、その範囲が地域であり、生活の単位です。

ところが人間は大変賢い動物であり、貨幣を発明し、資本を発明します。特に資本主義の時代になると、生活の範囲を大きくこえて経済活動を行う、企業が誕生します。いまやそれが1980年代に入って、日本の場合は、本格的に多国籍企業が登場する。これが地球のいたるところに生産拠点、販売拠点をつくり、そこに軸足を移していく。生産の海外シフトがすすみ、地域においては、産業の空洞化が起こり、完全失業率がグッと上がってしまう。たとえば大阪の守口等、工場が閉鎖、縮小したところでは必ず現れてくる現象です。

今回の経済危機では、実はトヨタが中期計画を見直して、よりいっそう中国を中心とした海外に事業を移そうとしています。60%の海外生産比率が目標です。シャープも亀山の第1工場を閉鎖し、やはり中国を中心とするアジアにシフトする。

その中で逆に、それぞれの地域を支える経済活動を一体だれが担ったらいいのかという問題が起こってきます。足元を見ていきますと、大企業がその地域経済全体を支えている都市は、豊田市などごくわずかです。統計をみても明らかなように、圧倒的に中小企業、農家、協同組合、そしてNPO法人が地域経済を支えています。さらに毎年そこに投資を繰り返す地方自治体があります。これらが地域経済を作っていく、雇用を生み出し、所得を循環させる経済主体となっている。逆にたとえば大阪の場合、堺でシャープが進出する時に、企業誘致のために200億円以上の多額のお金をポーンと出しました。中小企業のためにそれだけ使っているかというと全然使っていません。そういうところの観点を大きく変えていくことが大事なポイントになってくると思います。

多国籍企業の場合、国内にしばられていることは、自らの蓄積活動にとって大きな障害です。それを取り払うために「グローバル国家」をめざすべきだという立場から、経団連を通して国に対して圧力をかけてきました。1996年、橋本行革の時から「グローバル国家」という言葉が出てきます。日本の財界が生み出した言葉で、グローバル企業が活動しやすい国をつくるという意味です。

それは小泉構造改革でも続いていました。民主党新政権になってそれではどうなっていくのかが注目点ですが、いまのところだんだん「グローバル国家」路線に引きずられつつあると思います。

その際に、一番大きなポイントは「労働」ではないかと思います。つまり、資本・労働関係をできるだけ軽い関係にしていく。いつでも海外に展開できる、できるだけ安い労働力を活用していく。そのために、場合によって労働基準法を破るような無理をする。そうなりますとチェック機構である労基署あたりが、大変目障りに見えていくのではないかと思います。

そこに対して、行政改革の一環として攻撃を加えていく。これは資本にとって当然の蓄積行動の現れではないかと考えています。おそらくそういうことによって、皆さんの職場にも、いろんな影響が現れているのではないかと思います。

逆に、そういうことではなくて、主権者である、人間一人ひとりの生活が豊かになり、そして元気になるような、そういう地域づくり、国づくりの方法があるのではないか。そのための改革、方向を示すべき時期ではないかと考えます。

さて、そこで先ほど言いました財界主導の「グローバル国家」論に基づく構造改革に話を戻します。 構造改革によって矛盾が広がっていく中でとりわけ注目されているのは、ワーキングプアの問題です。派遣労働者を中心として安い労働力を求めて規制緩和をしていく。同時に、社会保障給付を削減していく。こういう中で生活保護を受けている世帯数が過去最高を記録し、貧困問題が広がっていったわけです。

また、自殺者数ですが、12年連続年間3万人を超える事態になっています。人口当たりでいきますと、先進国中、最悪の状況が今も続いている。しかも男女別に自殺率を比較していきますと、98年から男性だけがグッと上がってしまいます。自殺が伸びている要因は何かと言いますと、中高年で経済的理由です。借金が返せない、あるいは生命保険で借金を返すためということで、自ら命を奪っていく大変悲惨な自殺が、この間ずっと続いていて、残念ながらこの1年もさらにそれが増えています。

さらに深刻なのは30歳代まで男性の自殺年齢が下りてきていることです。派遣の仕事を切られて、前途が全く見えないということで、自ら命を絶つ青年が増えはじめています。そういう状況は、この間の構造改革の矛盾の一番象徴的な現れと言えるのではないかと思います。

つまり、単に格差を広げているだけではなく、命を奪う、人間の本質なり尊厳を奪うことをやってしまう。ここに構造改革路線が国民の反発をうけた最大要因があるのではないかと考えていますし、逆に、対抗軸を考える際には、この命と基本的人権を守るということが一番大きな軸として提起されねばならないのではないかと思います。

もう一つは、暮らしていけない地域が広がってきていることです。「限界集落」という言葉を先ほど上げましたが、今回の市町村合併で一番大きな市となったのは、岐阜県の高山市です。人口10万人です。総務省の言う、一番効率的に財政運用ができる人口です。財政運営の視点からはそういう規模ですが、面積が2千平方キロメートルを超える。大阪府を超え、東京都と同じ面積を持つこの基礎自治体で何が起こっているか。市街地からもっとも離れた高根村は、「あゝ野麦峠」のある村で市街地から約1時間半です。中学校が統合で無くなり、そのあと小学校が2つも無くなってしまいました。子どもを持った公務員の皆さんが山を下り、高山市街地に移っていく。人口がわずか4年間で3割も減りました。

同じような現象が浜松市でも起こっています。浜松市は日本で二番目に大きな面積の政令市です。大きいことはいいことだと合併をして、1500平方キロメートルです。浜名湖から長野県境、水窪まで車で3時間かかる。昨年の11月にその中間地点の天竜区のシンポジウムに行って来ました。人口が合併後、4年間で16%減少しています。消防署のクロス人事が行われて、ある集落で、救急車を呼んだら、救急車が迷子になったという、とんでもない事態になっていました。

つまり、都市部から配置換えされた職員が、山道に入って迷ってしまった。カーナビが効かないし、霧が出てきた。救急車を住民が救うという、笑えない事態が起こってしまった。実は30万人に一つという消防署の配置基準を、今、総務省が推進しています。

そういう効率化の考え方でいきますと、実は住民の命が救えない。先ほどの浜松市の住民は、何とか助かったそうですが、消防署が機能しない、救急車がやってきてくれないという生活不安の中で、多くの地域で人々が暮らしている。こんな形で合併して、活性化することはないという声が広がってきます。「こんなはずではなかった、騙された」というのが保守系の首長さん、議員さんの声です。

総務省は、さらに合併を進めたかったわけですが、昨年6月の第29次地方制度調査会の最終答申では、合併に関しては一区切りをつける、推進体制に対しては解除する、そして、新しい法律は円滑化という形で、合併したいところは円滑化措置を活用してくださいというやり方になるわけです。

この記事のトップへ

3 総選挙前後における「地方分権改革」「道州制」をめぐる政策「対抗」

2007年の参議院選挙で民主党が勝利し、さらに、昨年の総選挙において自公政権が大敗北し、政権からの退場を迫られました。代わって、民主党を中心とした新しい政権が誕生します。

その中で、当然、これまでの構造改革と、それとつながった「究極の構造改革」と位置づけられた「道州制」。さらに、その前提作業として「地方分権改革」をすすめて国の権限、財源を地方に移譲していくという自公路線に対して、民主党新政権が一体どういう考え方で、どう対応していくのか、そして、皆さん方も関わっています国の出先機関をどう再編していこうとしているのか、これらの問題が、問われているわけです。結論的に言いますと、新政権が、これまでの自公政権以上に、地方分権改革を進めていく。名前は「地域主権」という大変柔らかい、「地域が主人公です」という言い方になっていますが、実はより徹底的な改革を行おうとしていることが大きな問題点ではないかと思います。

2007年の参議院選挙から、選挙上手な小沢氏が代表にすわることで、民主党は反構造改革的な姿勢を打ち出し、結果として政権までとりました。政権をとった民主党は、マニフェスト絶対主義ともいえる立場をとっていますが、国民は決して民主党のマニフェストを全部読んでそれを全部支持して、投票したわけではありません。世論調査、新聞各紙を見ましても、圧倒的多くは自民党政権に対してお灸をすえる、こういう意思表示として投票している。ここに民主党新政権と国民意識の第一の大きな矛盾がある。国民は構造改革に対する反発や不満や不安といった意識を高めていった。こういう意識と民主党の政策がズレている、ここに私たちは注目しておく必要があります。

さらに、選挙を通じて、地方分権改革や道州制をめぐる政策論争は、見かけの「対抗」であり、実は対抗していないというのが私の見方です。

(1)自民党の道州制議論

まず、自民党の道州制導入論に関して簡単に紹介しておきます。

日本経団連の提言を受けて、「究極の構造改革」として道州制を2015年から18年の間に導入する、これをマニフェストの中に掲げました。日本の道州制の大きな特徴は、都府県の廃止であり、ここが大事です。決して県を合併するのではありません。都府県を無くするということが大前提です。その上で、基礎自治体に関しても大幅に少なくしていく。小沢氏あたりは300にすべきだと言っていましたが、今回の平成の大合併の失敗から見て難しいと見て、700から800という線でいこうという形です。今、市町村数は1770ぐらいあります。それをさらに半減していくということも掲げています。

ここでもう一つ大事なことは、「国と地方の役割分担」論です。国と地方の自治体は対等な関係、水平的な関係にあると、戦後憲法はうたっています。明治憲法には、地方自治の規定がなく、国の出先機関としての地方公共団体があった。このために、中央政府が戦争に向かって突っ走ることを阻止できなかった。これを反省して、国と対等な団体自治権を行使できる地方自治体をつくり、かつ、主権者は天皇ではなくて国民であるから、国民主権を地方自治体においても貫徹させるために、住民自治を保障していく。すなわち、住民自治と団体自治を結合した地方自治体をつくっていく、という仕組みをつくったわけです。

自民党政権には「二重行政、三重行政があるから無駄である、行政の効率化を図っていくためには国と地方自治体がやっていることを仕分けすべきである」として、外交、軍事、マクロ経済政策、最低限のセーフティネットに関しては国が整備する。そして地域経済政策、公共投資政策、高等教育政策、医療・介護等の財源保障に関しては道州政府が担う。さらに、住民の生活に一番近い小中学校教育とか、農業とか、医療・福祉サービスに関しては基礎自治体が担う形にすべきだとしました。すなわち、国のかたちの大きな変更を意図したもので、私はこれは「戦争ができる国づくり」とつながっていると考えています。

なぜかと言いますと、先に米軍基地再編問題で沖縄の名護で市長選挙が行われ、住民の意見として、反対の声が勝利しました。その前に、岩国市の市民たちが基地の再編問題で住民投票をやり、その結果に基づいて前の井原市長が国に対してきちっとモノを言いました。この行為は、先ほどの新しい「国のかたち」から見たら違法、あるいはまったく無効の行為です。つまり、基礎自治体は国の外交、軍事政策に関して、モノを言ってはいけない仕組みです。今は言えるが、これが言えなくなるということは、逆にいえば明治憲法と同様、戦争が遂行しやすいように、国と地方自治体の関係を垂直的関係におきなおすということを意味します。

このような「国のかたち」の作り変えをしようと思えば、当然、憲法改定も射程に入ってくることになります。実際に、自民党の道州制推進本部の議論を見ていますと、州政府の知事は、議院内閣制にして州議会議員の互選によって選ぶべきだという声が色濃く残っています。また、日本経団連も、2005年において憲法改定を提起していました。まずやるのは2つです。憲法9条と憲法改定要件の改定です。

今の日本国憲法を改定するためには、国民投票を行うなど、大変厳しいハードルがあります。これを低めていく。軟性憲法といいます。そこで何を目指すかというと、例えば国会議員の3分の2以上の賛成があれば簡単に憲法改定ができるという仕組みです。となれば3分の2以上の憲法改定推進議員を国会において衆参ともに持っていれば、憲法改定も比較的フリーハンドでできる。こういうようなシナリオが2005年時点から考えられていました。このような大きな国のかたちの再編とからんだ問題であったと言えるかと思います。

(2)民主党の「地域主権」論

これに対して民主党はどうなのか。昨年4月22日、総選挙のマニフェスト原案にあたる文書が発表されました。「霞が関の解体・再編と地域主権の確立」というタイトルでした。自民党の政策とどこが違うのでしょうか。「国の役割を外交・防衛等に限定する。法令による義務付け・枠付けの大幅見直しをやる」。ここまでは自公政権時代に言っていたこととまったく同じです。そして、「国の出先機関の原則廃止」。これは自公政権よりも、より踏み込んだ姿勢を示しています。

そして、都道府県の事業の3分の2を基礎自治体に移譲するとしています。次がさらに違うところで、自民党政権でさえ言わなかったことですが、第二次「平成の大合併」推進で700〜800市町村にする、というより踏み込んだ文章がありました。すなわち「政権獲得後三年目までに基礎的自治体のあり方の制度設計を進め、その後、第二次平成の合併を行なうこととする」。広域自治体に関しては道州制ではなく、当面都道府県合併などによるとしていますが、「当面」というところがミソです。当面やっていて、次は道州制だという含みも実は入っているわけです。

もともと小沢さんが入ってくるまでは、民主党の中には道州制推進論者が多かったのです。小沢さんが入って300基礎自治体論が入ってきます。今度はまた引き下げることになっていますが、実は、そこに橋下大阪府知事がからんできます。民主党のマニフェストに「広域自治体論がない」というかたちで批判をしてきます。民主党は橋下知事グループの支持を得たい。そこで当時の岡田幹事長が遊説先で「地方からの自主的なやり方での道州制はあり得る」ということで道州制への道も自分たちは考えているんだ、と言って支持を得ます。

さらに、地方団体からは「自公政権による合併政策が失敗しているのに、なんでまた進めるんだ」という強い批判が出まして、数値目標に関しては、最終版のマニフェストからは消える。ただ、明確に否定した文章はどこにも出ておりません。

そしてさらに、地方と国との協議機関を設置する、一括交付金を導入していくというような形で新しい民主党新政権の地域主権政策を出していきます。

では、「地域主権」論はどこに問題があるのでしょうか。

地方分権ということば、中央と地方という言い方を前提としています。中央から見て、足元の地方に対して権限を分ける、分権です。「これは上から目線であって、こういう見方を我々はとっていない。地域にこそ主権がある、中央ではないということを言いたいがためにこの言葉を作った」、と言われていますが、私はこれには大きな問題があると考えています。

まず、今の日本国憲法において主権は何よりも国民にあります。主権者は人であるにも拘わらず地域に主権を与えていくということ自体が問題です。さらに、地域の広がりは一体、どういう広がりなんでしょうか。今の都道府県とか、市町村という枠組みを別に超えても構わない言葉づかいです。地域の枠は無限定です。したがって、関西州に主権を与えるというようなことに置きなおしても、民主党からみたら論理上は何の問題もないわけです。

それに加え、「国と地方自治体との役割分担論」が大前提としてあり、ここが一番問題です。国のかたちの再編という点ではまったく自民党と同じ感覚です

その上で、団体自治だけを強めていく。つまり地方政府と彼らは呼んでいますが、その地方政府の力を増していく。では、住民自治はどうか。これに関しては一切、語っていません。

住民が主権を行使してはじめて地方自治がなりたちます。ところが、大きな州、関西州でいきますと、おそらく150人ぐらいの州議会議員です。だとすれば京都の丹後地域や兵庫県の北部、あるいは奈良の南部、和歌山の南部からはおそらく州議会議員を一人も出せなくなってしまう可能性が高い。そういうところにいままで通りの行政サービスや予算措置が得られる保障は無い。声も届かなくなってしまう。先ほど上げました岐阜県高山市のような、あるいは浜松市の周辺地域で起こった急速な過疎化が、県単位の大きさで広がっていく可能性が極めて大きいのではないかと思います。こうしてみると、自民党と民主党が掲げる、地域主権型の道州制は、私は同じもの、かなり親和性の高いものだと思います。

今、むしろ重要なのは地域住民主権ではないかと私は考えます。地域のことは住民自身が主権を行使して決定して、地方自治体のあり方を決定していくことです。

そう考えていくと、実は今の基礎自治体、合併でできた自治体は大きすぎるのです。むしろ地方自治法でも定められていますが、分離・分割が必要です。より小さな単位で自治権が行使できるような自治体にもう一回再編していく、これこそ構造改革の失敗から学び、追求すべき道ではないかと思います。より広い範囲の行政に関しては、広域連携的にやればいいわけです。

さて、その中で橋下大阪府知事の動きが、ある意味で大変注目されています。 橋下知事がこの間、橋下地方分権改革として、何を言ってきたのか。彼は記者発表の時に、「大阪府を発展的に解消し、関西州をつくる」とパネルに示しています。WTCへの大阪府庁の移転をしつこく追求し、買い取りまでやって、その上で第二庁舎の機能を移していくとしています。関西州の州庁舎がWTCを中心としたところに来ることによって、大阪湾岸の高速道路とか、港湾開発とか、空港の整備をさらに進めることができるとみているからです。

逆に、この間、彼が切り落としてきたものは何か見ていくと、皆さんもご存じのように、子ども向けの図書館を統廃合する、男女共同参画事業の費用に関して8割の予算カット、あるいは私学助成に関してもカット、公立高校の非常勤講師に関しても首切りをしている。「こういうことは、広域自治体でやるべきことではない」と彼は言っています。

つまり、広域自治体は住民の基本的な生活に関わるサービスをやるのではなくて、先ほど言いました経済政策、公共事業等に資源を使っていく、それ以外は淘汰すべきだという考え方です。その行き着く先が関西州となるわけです。

こういう一方で、それでは基礎自治体で公立高校の非常勤講師を雇えるのか。雇えはしませんから、住民から言いますと、完全に教育権を否定されることになります。私は道州制の一つの原型、モデルとして登場してきているのではないかと考えています。

この記事のトップへ

4 憲法改悪、道州制導入、地方分権改革はどうなるのか

では、憲法改悪、道州制導入、地方分権改革は今後どうなっていくのか。皆さんご存じのように、今、参議院で民主党は過半数を持っていません。したがって、社民党と国民新党を政権に入れざるを得ない。ただ、ここでは社民党がいる限り、改憲は入れられない。鳩山さんはご存じのように改憲論者であり、さらに国会定数削減論者です。けれども、こういうことは夏の参議院選挙までは言えない状況です。ただし、民主党が安定過半数を今度の選挙で取るとなれば、好き勝手ができる、そういう政権状態です。

逆に言えば、今年の夏の選挙で私たちの未来がある程度決まってしまうという情勢です。そこで、改憲あるいは構造改革にストップをかけていく勢力がキャスティングボードを握るかどうか、ここが大きなテーマとして、登場してくるのではないかと思います。

自民党政権が進めた地方分権改革に関してどうなのか。原口総務大臣の動きなどを見ますと、就任当初は、第三次勧告までは「聞き置く」という言い方でした。「聞き置く」というのは日本語では、「棚上げ」ということですが、実はその後大きく変わっていきます。首相も含めて、尊重して推進していくと、自民党政権が作った改革工程を前提に、「地方分権改革」という言い方を「地域主権改革」という名前に置き直して推進しています。さらに、政治主導という形で民主党色を強めるというわけです。

もう一つ注目したい論点として、橋下知事がまた出できますが、原口氏がテレビで言っていましたが、「二重行政が無駄だから国の出先機関を整理する」という論点ではなくて、「ガバナンスがきかないからだ」と「ガバナンス論」を登場させ、地方整備局の問題を具体的にとりあげていました。どういうことかと言いますと、中央の省庁であったら、国会議員の目が行き届く、けれども地方出先機関が何をしているかがわからない。ガバナンスが効かないので、国の仕事から切り離すという論理です。

翌日、橋下大阪府知事が何を言ったか。「だとすれば自分たちが、その受け皿になろうではないか。関西では、関西広域連合を今年中に発足させたい」。

実は昨年、(関西広域連合を)発足させたいという目標があったわけですが、それができなかったので、まずは公共事業、ダム建設、淀川水系ですが、関西の他の府県と協力しながら受け皿を作っていく。ドクターヘリーとか、あるいは空港管理、こういうものをまずはやっていく。実は、原口氏と橋下氏は携帯電話ですぐ話せるほど大変仲がいいと言われています。こういう形で従来の二重行政論とは違う論点が入ってきていることに注目しておく必要があると思います。

つまり、新しい道州制政府の一つの機関として国の支分局を統合していく。地方ブロックごとに出先機関を再編していくということです。

加えて、第四次勧告が11月9日に出ましたが、これも財源に関わる民主党のマニフェストに沿った形での提言です。それを十分に参考し、地域主権戦略会議を立ち上げる。そして、地域主権戦略局を設置する作業を行い、地方分権改革委員会を再編していくということになっています。

さらに2010年夏までに地域主権改革戦略大綱を決定するということで、その工程表が示されています。

さて、道州制の方はどうか。道州制に関しても、財界は大変積極的なアプローチを繰り返しています。注目したのは、投票開票日の深夜、日本経団連の御手洗氏が早速アピールを出しました。新政権において、経済対策と同時に道州制に関してきちんと進めてもらいたいと、短いコメントの中にわざわざ「道州制」という言葉を入れています。

その後もアプローチをし続けて、10月23日、原口総務大臣と御手洗氏が会談しました。原口氏は、「道州制については経団連と同じ思いだ」という発言をしています。単にリップサービスではなくて、道州制に関して、日本経団連と総務省の間で作業部会を設けることも約束しています。

12月11日の第1回作業部会で具体的な作業に入っています。ただし、元ニセコ町長の逢坂誠ニ氏(地域主権改革担当首相補佐官)がいろんなところで発言していますが、自公政権時代の道州制の推進の仕方では駄目だと考えているようです。すぐに一挙に道州制に移行するということは考えていない。地域からの動きとしての道州制を進めていくという姿勢です。そのための作業部会だというような弁明をしているわけです。

けれども、道州制に関して財界と共同して作業を進めていく、ということで足を踏み出したことに変わりなく、決してアンチ道州制、反道州制ではない。構造改革は道州制によって仕上げができるという財界、この線に乗ってしまったことに大いに警戒する必要があるのではないかと考えます。

さらに、財界側は2009年12月中旬ですが、日本経団連、経済同友会、日本商工会議所の3団体が一緒になってシンポジウムを開き、「地域主権と道州制を推進する国民会議」を立ち上げました。日本経団連だけが自民党政権時代は推進の旗降り役として登場してきていましたが、3団体がスクラムを組んで道州制を推進したり、その前提として地域主権も進めていく、というような取り組みを始めてきているわけです。

こういうような形で、民主党は財界の圧力やアプローチによって、「グローバル国家」型の構造改革の方に、今、引っ張られてきているわけです。実は、民主党にはさらに徹底的な市場化、民営化を進めるべきだという構造改革の論者が多い。それと今回、比較的たくさんの新人議員の中には、市民運動や社会運動を真面目にやっていたグループもあります。こちらのほうはアンチ構造改革です。国民の多くもそういうところに期待して投票をしているわけです。したがって、新政権が次の参院選挙で勝っていくためには、国民の声を無視できない。そういう根本的な矛盾があります。

政策に関しては自民党政権を継承していくというラインが強まってきていますが、これを押し止めていく力は、私は国民運動、社会運動、労働運動がきちんと、今の新政権に対して、「そういう政策ではこれまでと同じような形で格差と貧困、あるいは命や基本的人権がないがしろにされていくだけであり、絶対にだめだ」ということを明確に突きつけていくことによって生まれると思います。そういう包囲網を強めていく必要があるのではないでしょうか。それによって民主党の政策も変わるのではないかと思います。

この記事のトップへ

5 「地域主権型道州制」では、日本の未来はひらけない

では、財界は、なぜ地域主権型道州制にこだわるのか。

日本経団連会長の御手洗氏が大変わかりやすい論文を『文芸春秋』2008年7月号に書いています。これを紹介すれば皆さんも納得できるかと思います。

なぜ県を無くすることにこだわるか。ヨーロッパにもアメリカにも州がありますが、県もあります。日本と同じように中央主権国家のフランスにも州がありますが、州の平均人口は200万人です。大阪府よりも圧倒的に小さい。京都府が250万人ですから、京都府よりも小さいのが州の単位です。その下に県があり、基礎自治体は人口1千人以下が8割を占めています。国の歴史より長い、たくさんの基礎自治体があって、その自治権を生活圏の中で行使している。行政サービスが大変だろうと思いますが、これはお互いに組合を作って行政サービスをする。それでも賄えないものは、県が補完する、さらに州が補完する。こういう重層的な構造なのです。これはドイツも同じ、アメリカも同じです。日本だけが先進国の中で唯一、単純二層制で1千万人から3千万人の州と、そして30万人ぐらいの基礎自治体をその下に並べる、こういう像を作ろうとしている。

なぜ県を無くす必要があるのか、この論文を見て理解できたわけです。御手洗氏は「今の日本経済の成長を取り戻すためには、インフラの整備と道州制を導入することが必要だ」と言い切ります。

この「インフラ」は何かと言いますと、多国籍企業が活動するために絶対に必要な国際空港、そして国際港湾。さらにそれらを結ぶ都市高速中心の高速道路です。ここの整備を行って、外資系企業を含む多国籍企業を誘致していけば各州で地域が活性化するはずだという話です。

問題は財源です。県を無くし、そして国の出先機関を縮小・再編・統合することによって、大体、日本経団連の推計で10兆円を超える財源が生まれます。10兆円を毎年ここに投下していくなら、インフラの整備と企業誘致ができるではないか、という非常に単純な論理です。

しかも、これは国民の今の経済的な矛盾とか、生活が苦しくなってきていることに関しては、「そのうちその利益が回っていくでしょう」という大変楽観的な言い方をしています。

もう一つ大事なのは、「地方交付税の原則廃止」論です。現在、工場や支店あるいは現地法人から利益が移転をされて東京の経済に流れていきます。ここから地方へもう一回再分配して、どの地域であれ最低限の健康で文化的な生活ができるようなナショナルミニマムが保障されていく。それを保障する財源として地方交付税があるわけですが、これが邪魔だという。富が東京に集中する時、それを再分配してはならないと言う。なぜかと言えば、「東京の国際競争力が落ちるから」だそうです。

したがって、地方の州政府は財源不足に陥っていきます。これも予測しています。そうならないように、地方消費税を10%から15%ぐらいに上げていく。それでも足りないところは、住民自身が負担をすべきだ、つまり「新しい公共」という考え方です。公共部門がどんどん縮小していく。「地方自治体や国の行政を縮小し、それを住民自身がNPO法人などの助け合い組織を作ってやればいいじゃないか」という議論です。

このように人間の生活や地域の暮らしを無視をした、行政改革、民間化、市場化を徹底的に進めるという像です。だからこそ「究極の構造改革」あるいは「究極の行政改革」と彼らは言っているわけです。

そもそも1千万人から3千万人という大きさが地方自治体かと言えば、それは違います。ヨーロッパで言ったらこれは国であり、住民の声が届かない大きさになります。

このような形で住民自治の空洞化、あるいは破壊が進んでしまう。先ほど紹介しました岐阜県高山市の高根村は、今、合併特例で1人だけ市会議員を送ることができています。合併前は10人ぐらいの村会議員が20億円弱の予算を決定していました。これが無くなり、今、市会議員は1人だけです。合併特例が次の選挙で無くなります。おそらく600人ぐらいの人口ですから、1人も市会議員を出すことができません。全く自治権を行使できない空間になってしまう。道州制になると、これと同じことが府県の単位で広がっていくのではないかと私は危惧するわけです。

逆に、そうすることよって一件あたりの事業規模が大きい大プロジェクトがしやすくなります。

先ほど、大阪府の橋下知事のビジョンの話をしました。地方分権改革を進めていくためのビジョンを昨年2月に大阪のホームページに掲載しましたが、そこに「関西州の未来の姿」という絵があります。映っているのは大阪湾岸だけです。京都府北部の丹後も、但馬地域、奈良の東側、南側の山間部、和歌山の南側、滋賀の山側は地図から消え、大阪湾岸にどういう拠点整備と道路整備をやるか、そういう絵だけになっています。実は、これは関西経済連合会が国土形成計画の広域地方計画として、ずっと要求してきた公共事業計画を載せたものです。その資金として州財政を活用する。だとすれば各県庁が無くなったときどうなっていくかという問題がでてくる。

京都府は大体1兆円ぐらいの財政規模を持っています。おそらく6千〜7千人の公務員の皆さんが働いていると思います。これが無くなり、例えば、大阪の関西州庁に集中していく。

かつて明治時代に奈良県が無くなったことがあります。堺県に統合され奈良から県庁が無くなってしまい、奈良町がものすごく衰退してしまいました。奈良町の旦那衆がもう一回県庁を奈良に取り戻す運動をします。その中で奈良公園の整備を行い、鉄道を敷くという取り組みをやり、それでようやく県庁を取り戻すことができて、奈良市あるいは奈良県の活性化につながっていきます。

和歌山にしろ、滋賀にしろ、県内で県庁がなくなり、数千億円の投資が消えてしまうということは、その地域の経済、雇用が周辺に流れていくということです。先ほどの高根村と同じことが起きてしまう。住み続けられない地域がぐっと広がってしまうことを意味するわけです。こういうことをしてはいけないというのが、平成の大合併の失敗が示している教訓ではないかと思います。

さらに、インフラを整備して、企業誘致をしたら地域が活性化するという議論ですが、実は1960年代の所得倍増計画の時、池田勇人内閣の時に言われていたやり方なのです。これも全然、うまくいかなかったわけです。地域で工場が来なかった所があり、他方、工場が来た所では公害問題が起き、30年経ったら工場が無くなってしまった。持続的に地域が生きていく、そこで生活することができるようなやり方ではまったくなった。こうした開発を日本規模で大規模にやっていこうというのが、御手洗氏を中心にした財界の道州制構想です。こういうことをやらせてはいけないと思います。

この記事のトップへ

6 地方自治・住民自治をめぐる新たなうねり〜「究極の構造改革」への対抗〜

そういう「究極の構造改革」路線に対して、構造改革のもとでも、新しい対抗軸をつくる動きがあったのではないか私は見ております。

市町村合併反対運動がぐんと広がり、そして住民投票で自分たち地域の未来を決定すべきだという動きが全国の4分の1の自治体で広まりました。

さらに合併したところでも、地域自治区というものを設けて、そこに地域協議会をつくり、地域協議員を公募公選で選んでいこうという自治体が誕生しています。例えば新潟県上越市です。直江兼続の活躍した直江津などの各旧町村単位の地区にも自治区と事務所を置きました。そこに2千万円ぐらいの裁量権を与えていく。こういう仕組みを新たに作りだしていく動きも出てきております。

その中で、私が注目していますのは、「小さくても輝く自治体フォーラム」運動です。市町村合併がなかなか進まなかった2002年、西尾勝東大名誉教授が当時の地方制度調査会の副会長を務め、「小さな自治体は不効率で無能力だから強制的に窓口市町村化してみたらどうか」という発言をいたします。これに対して、良識ある首長5人が集まり、先ほど出てきました北海道ニセコ前町長の逢坂さん、長野県栄村の高橋さん、福島県矢祭の根本さん、長野県泰阜村の松島さん、群馬県上野村の黒澤さんです。わずか5人から始まりましたが、今は14回を終え、55人の呼びかけ人に膨らんできています。そしてこのたびネットワークを恒常組織化することになりました。

ここに集まっている首長さんたちや議員さんたちは、保守系と私たちがこれまで呼んできた皆さんが圧倒的に多いわけです。彼らが「自民党政権が進めてきた自治つぶしは我慢ならない」ということで動きを表面化させていくわけですが、その理由はどこにあるのかに注目して欲しいと思います。

全国町村会長をされていました黒澤丈夫さんに、第10回記念フォーラムを東京でやったときにメッセージを寄せてもらいました。それを紹介します。

 

『我々は平素、『自治』という言葉を安易に使用しているが、それは人間 が生きるために構成した社会の経営に関する深遠にして重大な行為の一つである。

動物の多くは、成長して独り立ちができる頃になると、一匹一羽で生きて行くが、人間は知性によって、他人と協力して生きることが有利なるを悟り、同じ地域に定住する者たちで扶け助けられつつ、協力して生きてきた。

 この社会の経営を律する方策は種々あるが、住民の意志に従って方策を決するのが、自治と呼ばれる制度だ。自治する社会においては、常に他人を意識し、協力の恩に感謝する心を持たなければならない。この理を学び育てる教育が、不足しては居るまいか』

これは全文です。大変静かな論調でありますが、きわめて本質的な指摘がされています。人間は社会的動物であって、地域という生活の場において、お互い扶け助けられつつ、はじめて生きていける存在です。そこから必然的に生まれた「自治」をしっかりと大事にしなければならないのに、これを安易に壊していく動きがある。これが問題だ、という意味ではないかと思います。地域において人間の「生存」ということがギリギリのところまで来ている。これを守るために、自分たちは立ち上がった、ということを書いているのではないかと思います。

さらに、「一人ひとりが輝く地域づくり」という言い方で有名な長野県栄村前村長の高橋彦芳さんを中心として、大変すばらしい地域づくりを自治体の財源や行政権限を使いながら行っています。栄村では「げたばきヘルパー制度」というものを発足させて、介護ヘルパーサービスを住民が自ら担っています。2500人の村で150人がヘルパー資格を自ら取っている。その結果として現金収入の機会も増えています。栄村の介護保険料やあるいは国民健康保険1人あたりの基準額は長野県では最低です。高齢化率は上から5番目です。高齢者の皆さんが、元気に地域づくりに励みながら、きめ細かなサービスを受けて、健康な生活を送っている。こういうような取り組みが全国各地に存在しています。

この記事のトップへ

7 持続可能な地域、日本をつくるために

そのような取り組みを見ますと、団体自治と住民自治、地域づくりは「三位一体」であるといえます。団体自治だけが強化されるのはおかしい。私は京都市民の一人ですが、150万分の1です。決して、自治体と協同の関係の中で地域をつくっていくという意識はありませんし、そういう機会もまったくありません。

そうではなくて、小さい自治体だからこそ、主権者として自らの村をどうするか考える、そして提案をして実行していくことができるのです。これこそが私は地方自治の原点ではないかと考えます。

だとすれば、「小さいからこそ輝く自治体」「大きくても輝かない自治体」と言ったほうがわかりやすいのではないかと思います。

 他方、道州制、あるいはそれと関係する地域主権改革は、大きいことが効率的だという新自由主義的な考え方で進めようとしている。ここに大きな対立軸が存在していることを見ておく必要があると思います。

さらに、自治体をめぐる取り組みだけではなくて、視野を大きく広げていきますと、これまで進めてきた「グローバル国家型」の路線に対して、さまざまな対抗的な運動がこの間、広がってきました。「反貧困」「反構造改革」のところで、「派遣村」に象徴されているような闘争が広がっている。

あるいは、非正規雇用の組合がこれまであまりできなかったのですが、一気に広がって組織率が高まってきている。公共サービスの民間化・市場化に対して、自治体労働者と住民が病院をなくすな、保育園の民営化は問題だと一緒になって運動を起こしていく。

あるいは、兵庫県で県立病院の小児科を守ろうということで、お母さんたちがコンビニ診療をやめるために、自ら学習して、診療科を守っていく。こういう取り組みも広がってきています。

さらに、自治体がこれまでワーキングプアを生み出す役割を残念ながら果たしてきたことに対して、「公契約条例」を制定する運動が展開されてきましたが、初めて千葉県の野田市で制定されました。この野田市長も決して革新的な立場の方ではない。どちらかといえば保守的な立場の人です。この方が中心になり、公契約条例を日本で初めて制定しました。

こういうことが日本でも始まりました。以上のような構造改革を根本的に転換するたたかいが広がりはじめていることに注目したいと思います。

さらに、地域をつくっていくということで言えば、中小企業者の皆さんが、今、全国で中小企業振興基本条例や地域経済振興基本条例をつくって、中小企業が主役の地域づくりを進めていこうという呼びかけ、これがかなりの広がりを持っています。

多国籍企業が中心の国づくり、あるいは企業誘致政策だけの産業政策ではなくて、住民の圧倒的多数が関わる中小企業向けの政策が必要です。雇用で見ますと、家族を入れて8割近くの住民が中小企業関係者です。そこが地域経済を担い、地域社会を担っています。ここが元気にならないと、経済も、社会も、そして地域の文化も担えません。伝統文化、祭りを担っている人たちも、地元に根差した中小企業の個人経営者や従業員です。そういう人たちが社会をつくっていく大きな役割を果たしていく。この点を評価しながら取り組みを進めていく必要があるのではないかと思います。

是非、皆さんもこういう取り組みに参加、あるいは自ら企画されて住民の方々と接して、地域の再生、あるいは現実問題に取り組んでもらいたいと思います。

要するに、国家や地方自治体を一部の大企業のものではなくて、主権者である国民や住民のものにしていく。これが一番大事なことではないかと思います。

 

8 おわりに

まとめに入ります。構造改革は、とにかく一部の少数の多国籍企業のために、いかに短期的利益を生み出すかというところが主題でした。けれども、利益を得たのはごくわずかな人たちだけでした。だからこそ圧倒的多くの人々の反発を受けて自民党政権は崩れたわけです。ここに構造改革の矛盾があります。この矛盾は今も変わってはいません。

地域主権改革を標榜している民主党路線もだんだん構造改革路線に戻りつつある中で、そうではないという運動を取り組んで、政策を変えさせる取り組みが必要となっています。

もう一つは、労働行政分野にかかわる問題です。現在、非正規、とりわけ製造業現場での日雇い派遣禁止等の動きがあります。これに対する財界の抵抗はものすごいものがあると思います。いまは時間稼ぎをしていると思いますが、様々な手法で、引き続き労働規制に対する緩和の動きが出てくると思いますが、まさにその主戦場で、皆さんは、仕事をされているわけです。その際、住民、国民の命や基本的人権を守るという姿勢をとっていただくことが一番大事なことではないかと思います。必ずそれは国民の理解、住民の理解を得ると思うわけです。

そうなっていきますと、逆に地域から経済や社会を再生していく。そういう新しい形の社会運動、地域運動、これに労働運動がどう関わっていくかということにつながっていくと思います。

地域では、医療、保健、教育、産業、雇用、環境、国土保全といった問題は、全て一体のものとして存在しています。決して縦割りではありません。その中に職場として皆さんのような労働行政があり、私のように教育行政の公務がある。その専門分野ごとの知恵を地域の中でつなげていくことによって、地域の再生に取り組んでいく必要があると思います。

雇用を安定させ、そして創出し、さらに元気な中小企業を生み出していく。省庁の仕事をまたがった形での取り組みになってきますし、地域にあってはじめて意味を持ちます。

私は労働局という組織形態は大変ユニークでおもしろい形態ではないかと思います。国の責任でもって労働行政を進める、けれども行政の現場はできるだけ地域の雇用の現場に近いところにおかれ、ほかの行政領域と連携しやすいところで仕事をされています。そういう今の仕組み、これは是非活用して欲しいと思います。決してブロック化とか、広域化という形では今の派遣の問題、あるいは失業の問題に対してきちんと対応ができない。こういうことを国民により一層わかるような形で取り組みを強めてもらったら有り難いと思います。

大変厳しい時代でありますが、私たち自身が地域をどう作っていくのかということを体験し、そしてそのノウハウ、あるいは知識を積み重ねていくことが、よりよい社会を作っていくための大きな糧になっていくと思います。現代は、そういう勉強、試練の時代でもあり、ある意味では楽しい時代でもあります。長時間のご清聴ありがとうございました。(拍手)