民間開放・地域主権 −労働行政の民間開放、地域主権など

2010年05月
◎「地域主権」で脅かされる労働者の権利
【『労働情報』790+791号から転載】

全労働省労働組合中央副執行委員長 森崎 巌

 

1 財界戦略に促された「地方主権」改革

鳩山政権が「一丁目一番地」の政策として掲げる「地方主権」改革をめぐる動きが急ピッチで進んでいる。前政権の「地方分権」改革を継承しながら、一層踏み込んだ「改革」をめざしている。

すでに、政府の推進体制(内閣府への地域主権戦略会議の設置等)も整備が進み、上程中の「地域主権改革関連法案」には「国と地方の協議の場の設置」が盛り込まれている。全国知事会でもこうした動きに呼応して九つものプロジェクトチームを設置し、「改革」を強く後押ししている。

 こうした「地域主権」改革の最大の特徴は、近年の財界の提言を忠実に実現しようとしている点であろう(※1)。

09年10月の日本経団連『改めて道州制の早期実現を求める』を見てみよう。

「道州制の導入に向けた環境整備として地方分権の推進は極めて重要であり、道州制導入も見据えて、国から都道府県、都道府県から市町村への思い切った権限、財源、人員の移譲や二重行政の解消を図るべきである。国の出先機関である地方支分部局については、その事務・事業を財源、人員とともに都道府県等に大胆に移管し、組織の整理、縮小を行うべきである。また、国の法令による義務付けや枠付けを緩和し、地方の条例制定権を有効に活用させることで、地方自治体の政策に関する自己決定・自己責任の範囲を広げる必要がある。あわせて、官の役割をゼロベースで見直し、規制改革や官業の民間開放などを徹底し、小さな政府、民主導の経済社会運営を目指すことが重要である」

要すれば、a)地域主権改革を道州制の導入に向けた環境整備と位置付ける、b)国から自治体への思い切った権限、財源、人員の移譲を図る、c)国による義務付け等を緩和し、自治体による自己決定・自己責任の範囲を広げる、d)規制改革や民間開放を徹底し、小さな政府をめざす等の特徴を挙げることができる。

そして、その底流には、商品やサービスだけでなく、国民の人権保障等を担う行政運営までも自由な市場に委ねることによって最善の結果が得られるという新自由主義的思考がある。日本経団連が道州制の導入を「究極の構造改革」と呼ぶのはそのためだろう。

また、別の側面から見ると、「地域主権」改革は、今後の新自由主義的改革(構造改革)の担い手として、もはや「国」は相応しくなく、「自治体」(首長)をその担い手と位置付けていく「改革」とも言えるだろう(その意味で、「地域主権」改革は、新自由主義的改革に抵抗し続けた国家官僚へのバッシングとも結び付いている)。

こうした財界の方針は、民主党が掲げる「地域主権」改革と基本的に合致している。実際、総務大臣は「経団連の道州制の方向は正しい。経団連と共通のプラットホームを作り、タスクフォースで一緒に推進していきたい」(10月23日)と発言している。また、「地域主権改革関連法案」にも「日本国憲法の理念の下に、住民に身近な行政は、地方公共団体が自主的かつ総合的に広く担うようにするとともに、地域住民が自らの判断と責任において地域の諸課題に取り組むことができるようにするための改革」と明記されている。

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2 誰のための「地域主権」改革なのか

 財界は、政策提言をしているだけではない。

 昨年12月には、経済3団体(日本経団連、日本商工会議所、経済同友会)が「地域主権と道州制を推進する国民会議」を設置し、財界主導で国民的議論を盛り上げるとしている。また、(財)経済広報センター(会長:御手洗冨士夫)は11月、漫画冊子「やっぱりいいね!道州制」を2万部を作成し、大学図書館や国会議員等に配付するとともに、HPで公開している。あわせて、日本経団連等は全国各地で地域主権改革や道州制に関するシンポジウムを開催するなど、その活動を一層活発化させている。

 財界が「地域主権」改革にこれほど執着するのはなぜだろうか。

 すでに見たように、「地域主権」改革は、国の権限、税源等を自治体に移譲することで、多くの行政分野から国の関与を排し、政策立案から行政運営、そして財源(税収)確保に至るまで各自治体の自己決定を可能にし、「善政競争」を促そうというもの。疲弊した多くの地域、財政難に陥った多くの自治体は「敗者」となり、住民の権利保障や生活保障の後退は不可避となるが、それも「自己責任」と位置付けるのが、「地域主権」の帰結なのである。

 国の「再分配機能」をなくした社会で「敗者」となりたくなければ、財源(税収)を自ら調達することが自治体の至上命題となっていく。現在でも、税収確保を狙った自治体による企業誘致に向けた尽力は大きく、誘致企業に何十億円もの助成金がつぎ込まれる。江口克彦氏(PHP総合研究所前社長)は著書である『地域主権型道州制』(PHP新書、07年)の中で、法人税の軽減や相続税の廃止など富裕層や大企業に有利な行政を展開するなら、富裕者の移住が増え、大企業の誘致も進み、税収も上がると指摘する。

 財界の言う「善政競争」の内実は、大企業や富裕層にとって魅力ある諸制度をいかに設計するかの競い合いなのである。その中には、当然、労働法制や労働行政の在り方も含まれてくる。

 「地域主権」という言葉は、地域住民が主人公の社会の実現をイメージしてしまうが、実のところ、日本経団連のかねてからの主張である「多国籍企業に選んでもらえる国づくり、地域づくり」にほかならないのである。

3 当面する「地域主権」改革の焦点

政府の「工程表」に掲げられた課題は、(1)国の義務付け・枠付けの見直し、(2)国の出先機関改革、(3)基礎自治体への権限移譲、(4)補助金の一括交付金化等、多岐のわたるが、本稿では、以下の二つに絞って見ていく。

(1)国の義務付け・枠付けの見直し

上程中の「地域主権改革関連法案」は、幅広い行政分野に関わる多くの国の基準、すなわち義務付け・枠付けを見直すとしている(自治体への権限移管を含む)。この点でのマスコミ論評は、中央省庁(国家官僚)の反論を内容抜きで批判するものがほとんどであるが、果たしてそうだろうか。

例えば、焦点の一つである保育所の人員配置基準や居室面積基準は、あくまでも最低基準(ナショナル・ミニマム)であるから、この基準を上回る良質の保育所を設置することは今も自由である。つまり、こうした義務付けの見直しは、最低基準を撤廃すること=「規制緩和」なのである。

推進論者は、いわゆる待機児童問題を指摘し、「現状では、国の基準でがんじがらめになっているために、保育所が増やせない」と言うが、保育所が増えないのは、当該自治体の「福祉切り捨て」の姿勢そのものにあることを看過すべきではない。

片山善博氏(慶應義塾大学教授、前鳥取県知事)は次のように指摘する。

「私が知事のとき、知事会で三位一体のリストを作って、福祉分野にかかる厚生省の補助金を一般財源化するという案を出したら、関係者の多くは『やめてください、余計なことは』と反対しました。なぜかと言うと『今は補助金として使い道にちゃんと目印が付いているから福祉の法に回ってくるけれど、これが一般財源のなかにごちゃまぜになったら土建に回るに違いない。だからやめてください』と言うのです」(※2)

自治体の裁量を拡大することが必ずしも住民本位の財政運営に結び付かない実態を示したものであるが、同様に、保育所が最低限備えるべき基準を廃止することが、待機児童の解消どころか、保育の切り捨て、質的低下を招きかねないことを示唆している。

国の義務付け・枠付けの見直しには、「地域主権」という名の「規制緩和」「ナショナルミニマムの破壊」が含まれていることを見抜かなければならない。

(2)国の出先機関の原則廃止

国の出先機関改革に関わり、全国知事会(国の出先機関原則廃止PT)の中間報告(3月23日)は、労働行政を担う労働局、労働基準監督署、ハローワークの事務はすべて地方移管すべきとした。この場合の「地方移管」とは、原則として、自治体の判断で当該機関の民営化も、更には統合、廃止も可能と言うことである。

あまりに乱暴な議論に驚かされるが、これに対して労働政策審議会(会長:諏訪康雄)が4月1日、「出先機関改革に関する意見」(厚生労働大臣宛)をとりまとめ、反論している。

ハローワークの地方移管に関しては、「ハローワークの業務は、以下のような理由から、都道府県に移管することは適当でなく、国が責任をもって直接実施する必要があり、これは先進諸国における国際標準である」とし、次の四点を指摘する。

a) 都道府県域を超えた労働者の就職への対応や、都道府県域に限定されない企業の人材確保ニーズへの対応を効果的・効率的に実施する必要があること。

b) 雇用状況の悪化や大型倒産に対し、迅速・機動的な対応を行い、離職者の再就職を進め、失業率の急激な悪化を防ぐ必要があること。

c) 雇用保険については、雇用失業情勢が時期や地域等により大きく異なるため、保険集団を可能な限り大きくしてリスク分散を図らないと、保険制度として成り立たないこと。

d) 地方移管は我が国の批准するILO第88号条約に明白に違反すること。

また、労働局、労働基準監督署の地方移管に関しては、「労働基準法、労働安全衛生法、労働者災害補償保険法、男女雇用機会均等法、労働者派遣法等の基準の設定及び履行確保のための監督や指導、労災保険における認定業務は、現在国並びに労働局及び労働基準監督署において直接実施している。このような業務については、地域の状況等によらず全国統一的に労働者を保護する必要があること、全国的な問題事案に一斉に対応する必要があること、公正競争の確保の観点からも労働関係の規制の適用には厳密な全国統一性が求められること等から、国の責任によりそれらを担保する形で実施される必要がある」と指摘する。

ハローワークの担う勤労権の保障(無料職業紹介等)、労働基準監督署が担う監督指導(最低労働条件の確保)は国の重要な責務であり(憲法の名宛人は一義的に国)、働く者にとって不可欠のナショナル・ミニマムとして、全国的なネットワークの下で効率的・機動的を実施すべきとの立場を明確にしたもので首肯できる。

実際、労働働基準法、労働安全衛生法、労働者派遣法、職業安定法等の履行確保のための監督指導の水準が地域毎に大きく異なってよいのだろうか。また、雇用保険制度、労災保険制度を自治体毎に運用するなら、大幅な負担増、場合によっては破綻する自治体も現れるだろう。

なお、国から自治体に権限を移譲したとしても、国が統一的な事務処理基準等を定め、自治体に遵守させるなら問題ないという主張がある。これはもっともらしくも聞こえるが、国と自治体を上下の関係でなく、対等の関係に位置付ける「地方自治」の理念に反する。

95年に設置された地方分権推進委員会(会長:諸井虔)の中間報告(96年3月29日)は、「すべての行政分野でナショナル・ミニマムの目標水準を達成し、これを維持していくことは、今後とも引き続き国の担うべき重要な役割である。ナショナル・ミニマムにも達しない地域社会が残存するような地域間格差は国の責任において解消させなければならない」と指摘している。自治体の財政力如何で最低限守られるべき権利保障の水準が脅かされるべきではなく、国の責任において、労働行政をはじめとする国民生活を支えるセーフティネットが相応しく維持されてこそ、すべての自治体がその役割を存分に発揮でき、豊かな地方自治を築くことができる。

 

(※1)近年の財界からの提言としては、「道州制の導入に向けた第1次提言」(07年3月、日本経団連)、「道州制の導入に向けた第2次提言」(08年3月、日本経団連)、「地域主権型道州制の導入に向けて」(09年10月、経済同友会)、「改めて道州制の早期実現を求める」(09年10月、日本経団連)等がある。

(※2)自治労連・地方自治問題研究機構『季刊 自治と分権』33号(大月書店、2008年)

【共同センター・労働情報『労働情報』790+791号から転載】