民間開放・地域主権 −労働行政の民間開放、地域主権など

2008年10月
労働分野の「地方分権改革」等に対する考え方
全労働省労働組合

1 地方分権改革・道州制をめぐる議論の特徴

内閣府に置かれた「地方分権改革推進委員会」(会長/丹羽宇一郎伊藤忠商事株式会社取締役会長)や道州制担当大臣のもとにある「道州制ビジョン懇談会」(座長/江口克彦PHP総合研究所代表取締役社長)等から、今年に入り、相次いで「勧告」や「報告」が公表されており、地方分権改革・道州制に向けた議論が活発化しています。

これらの議論で特徴的なのは、『道州制の導入に向けた第1次提言』(07年3月、日本経団連)、『道州制の導入に向けた第2次提言』(08年3月、日本経団連)など、この間の経済団体の「提言」を忠実に実現する方向で議論が進められている点であり、また、現代社会の諸矛盾の原因のすべてを「中央集権体制」「中央政府」「国家官僚」等に求め、これらの解体・再編を通じて、「新しい国のかたち」をつくるとしている点と言えるでしょう。

あまりに皮相的な分析で、わが国の統治機構それ自体を根底から覆す構想に驚愕せざるを得ません。実際、わが国はフランス等と比較して中央集権的などと言えるのか、また、この間の主要な政策立案に関わって「国家官僚」は如何なる役割を果たしたのか(例えば、労働法制の相次ぐ規制緩和を主導したのは、財界と財界の意を体した規制改革会議や経済財政諮問会議の民間議員等であり、その中で「国家官僚」はもっぱらその手足となるか、逆に「抵抗勢力」として指弾され続けてきたのではないか)などに関わって、実証的な分析はほとんど見られません。

そして、次のようなロジックが用いられています。

すなわち、国の各行政分野の権限、税源等を地方自治体(将来的には道州制を視野)に移譲することによって、各自治体は、諸分野の行政の在り方を自由に決定することができる。住民や企業はその好みに合わせて居住地域や活動地域を選ぶことができるのであるから、自治体間に「善政競争」が促進される(いわゆる「足の民主主義」)。これによって効率的な行政展開が期待でき活力ある地域社会が実現する、といったものです。

そこには、商品取引だけでなく、国民の権利保障を担う政治・行政分野に至るまで、すべてを自由な市場に委ね、競争を促進することによって最善の結果が得られるという新古典派経済学の発想が貫かれています。日本経団連が、道州制の導入を「究極の構造改革」と呼ぶのはそのためでしょう。

しかし、こうした動きが本当にバラ色の未来を保障し得るのでしょうか。むしろ、多くの地域で大きな混乱がもたらされる危険性が高いのです。

競争には必ず勝者と敗者が生まれます。財政基盤の弱い(税源が少ない)自治体は必然的に敗者となり、そこでは、住民の権利保障や生活保障の面でも後退を余儀なくされるでしょう。それは競争の結果であるとし、「自己責任」と言い放つのでしょうか。あるいは住民には自治体を選ぶ「自由」があると言うのかもしれません。しかし、多国籍企業をはじめとした大企業ならいざしらず、中小・零細企業や一般の個人にとって、それは如何ともし難い、観念的な「自由」にすぎません。

また、国による「富の再分配機能」を失った社会のもとで、税源確保は自治体の至上命題となるでしょう。現在でも、自治体の「企業誘致合戦」は熾烈を極めており、莫大な助成金がつぎ込まれている実態があります。つまり、経済団体の言う「善政競争」の内実は、大企業や富裕層にとって魅力ある制度(労働法制や税制等)を如何に設計するかの競い合いを意味するのです。

「日本が世界の経済センターの一つとして生き延びようとするならば、多国籍企業に選んでもらえる国づくり、地域づくりをしなければならない」とする日本経団連(経団連)のかねてからの主張の具体化こそ、現下の地方分権改革等の眼目にほかならないのです。

結局、地方分権改革・道州制によって、免責されるのは人権保障に対する国の責任であり、他方、新たに現れるのは、財界・大企業の意向に沿った政策を競い合う、自治体間の競争と「自己責任」として泣き寝入りを強いられる弱者の姿ではないでしょうか。

2 労働分野の「地方分権改革」の意味するもの

働く者の重要な権利保障を担う労働行政が、財界主導の地方分権改革等によって決定的な後退を強いられることを強く危惧します。

90年代後半からの「構造改革」路線の下で、今日では、フルタイムで働いても生活保護水準以下の生活を余儀なくされている労働者(ワーキング・プア)が労働者全体の2割を占め、いつそうした状態に陥るか不安をいだく労働者が多数存在するという深刻な状況が生まれています。

かつての「地方分権改革」をめぐる議論では、「国民が等しく保障されるべきナショナルミニマムは達成された。これからは、地方の創意工夫によってより豊かな生活が享受されるべきだ」との主張が「地方分権改革」の必要性と正当性の根拠とされてきました。今日の「地方分権改革」の議論においても、「すでにナショナルミニマムは達成されている。したがって、国が直接国民に最低限保障のための行政サービスを提供する必要性はごく限られたもの」ということが前提となっているのでしょう。しかし、憲法が定めた「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が保障されない労働者が現に多数存在し、いつそこへ転落するかも知れないという心配を持つ人も多い現状では、とても「ナショナルミニマムは達成された」と言える状況にないのです。

全国知事会の「提言」に代表されるような、都道府県労働局、労働基準監督署、公共職業安定所の業務をすべて地方に移譲するなら、労働行政における地域間格差はたちまち拡大するとともに、多くの自治体で財政難を理由に労働行政機関の統合・廃止が進むことになるでしょう。事実、大多数の自治体では財政難を口実とした「地方行革」が進められており、公共サービス部門が真っ先に縮小させられているのです。

他方、国から地方自治体に事務・事業、権限を移譲したとしても、国が法令などによって一定のルールを定め、自治体がこれを遵守するなら何ら問題は生じないという主張も出されています。これはもっともらしくも聞こえますが、国と地方自治体を上下の関係でなく、対等の関係に位置付けるべきとした、2000年の「地方分権改革」(第一次)の理念に真っ向から反するものとなり、また、各行政分野の企画部門と実施部門の一体性を阻害し、円滑・効率的な行政運営を困難にします。

このように、民主・公正・効率的な労働行政の在り方にてらすなら、財界主導の「地方分権改革」による優位性を見出すことはできず、むしろ、労働者・国民の権利保障にとって重大な支障と混乱が生じることが避けられません。先進諸国がこぞって労働行政(無料職業紹介をはじめとした職業安定行政や労働監督をはじめとした労働基準行政等)を担う機関を「国の機関」として確立し、日本と比べてはるかに多額(対GDP比)の予算を投入しているのも、こうした事情を反映しているのです。

3 地方分権改革推進委員会の議論と私たちの考え方

地方分権改革は、道州制の導入に向けた「条件整備」と位置付けられています。

すでに、政府の地方分権改革推進委員会では、11月末に予定されている「第2次勧告」に向けた議論が煮詰まりつつあることから、同委員会の「第1次勧告」(08年5月28日)及び「国の出先機関の見直しに関する中間報告」(同年8月1日)に掲げられた主な論点に関わって考え方を明らかにします。

(1)労働行政の都道府県への移譲

地方分権改革推進委員会では、労働行政をめぐって、労働基準行政、無料職業紹介、個別労働関係紛争解決事業、短期職業訓練を例示しながら、これらの事務・事業の都道府県への移譲について議論が進められており、5月の「第1次勧告」では、「住民に身近な行政は、できる限り地方自治体が担う」との原則の下、[1]国が直接実施している無料職業紹介事業に関しては、求人情報に関する全国ネットワークを整備し、これを活用して実施する無料職業紹介事業の都道府県への移譲を検討する、[2]離職者訓練事業の民間への委託訓練に関しては、雇用・能力開発機構のあり方の検討をふまえ、都道府県への移譲を検討するとし、「第2次勧告」でそれぞれ結論を得るとされています。

しかしながら、[1]無料職業紹介事業は、勤労権の保障を担う国の重要な責務であり、働く者にとって不可欠のセーフティネット(ナショナルミニマム)として、全国的なネットワークによって効率的・機動的を実施する必要があること、また、無料職業紹介事業は、国が担う雇用保険事業及び雇用対策事業と一体的に実施し、さらに、労働基準行政とも密接な連携のもとで実施することでもっとも効果的に推進しうることから、移譲は不適切です。[2]働く者のセーフティネットである離転職者の職業訓練は、国が担うべき雇用対策の全体と整合を図りながら、効果的に実施すべきです。その上で、人材育成、技術伝承等といった産業振興の基盤構築に向けて国と都道府県等が密接に連携しながら、専門性の高い職業訓練を推進することが効率的であることから、移譲は不適切です。

(2)国の出先機関の見直し

「第1次勧告」及び「中間報告」は、「二重行政の解消」に向けて「国の出先機関の事務・権限の大幅な地方移譲や廃止などを行うとともに、国の出先機関を廃止・縮小する」としています。そして、仮に国の出先機関の事務と権限として存続させる場合であっても、「同一府省内の、他の出先機関の所掌事務等に親和性がある場合には、当該機関への事務・権限の吸収を検討」、「府省を超えた総合的な出先機関への事務・権限の一元化」や「都道府県単位機関の場合は、あわせて、存続させる事務・権限をブロック単位機関へ集約化することにより、当該都道府県単位機関を廃止することを検討する」などと、その体制・組織を大きく後退させる方向を打ち出しています。

労働行政では、都道府県労働局が都道府県単位機関であることから、今回の「地方分権改革」論議の対象となることは確実です。

しかし、労働局が担う諸分野で「二重行政」が生じているとの指摘は、その実態を全く見ようとしない空論です。そればかりか、例えば、労働局の需給調整部門は労働者派遣法等を所管し日常の指導監督等を担う唯一の部門であり、これをブロック化することはたちまち派遣労働者等の不安定雇用労働者の権利保障を脅かします。また、雇用均等部門も男女雇用機会均等法、育児介護休業法、パートタイム労働法、次世代法の施行等を担う唯一の部門です。このほか、労働局は地域別(都道府県別)最低賃金の決定や労働基準関係法令の捜査・送検における地方検察庁との調整など、都道府県単位機関に特有の多くの事務を担っており、さらに、労働局(国)が雇用対策等を展開する際、各地域の実情(労働市場の特徴等)に即しながら、都道府県が実施する産業施策等と密接かつ機敏な連携を図ることが効果的です。

要するに、労働局が担うそれぞれの業務は単なる「バック・オフィス」などではなく、国民の諸権利に直結する正に「第一線業務」なのであり、都道府県単位に設置することによって効果的、効率的な行政展開を可能にしているのです。もし、これらを廃止・ブロック化することになれば、利用者の利便性を損なうことはもとより、労働者・国民の権利保障そのものに決定的な影響を及ぼすことは明らかです。

4 あるべき地方分権改革の方向性

働く者の諸権利(勤労権、職業選択の自由、最低労働基準の確保等)を保障する労働行政の運営は、国が責任と権限を持ち、高い専門性を持って推進しなければなりません。しかも、今日の雇用情勢にてらすなら、労働行政の拡充はどうしても必要なのです(現在、国が進めている労働行政の定員削減(毎年300人を超える規模の純減)は論外の暴挙です)。

また、労働行政の諸分野は、それぞれに深く結び付いており、総合的な運営がきわめて重要です。例えば、勤労権の保障を考えたとき、単に就業の機会が与えられればいいというものではなく、最低労働条件の保障を伴った雇用保障でなければなりませんし、性別による差別もあってはなりません。これらが総合的に保障されてこそ、人間らしく働くためのセーフティネットたりうるのです。

他方、地方分権改革に全く課題がないわけではないでしょう。その際、あるべき地方分権改革の方向をしっかりと見据えることが重要です。

そこでは、国と地方自治体の関係をあくまでも対等・水平な関係ととらえながら、自治体が独自の行財政のを担う「団体自治」とその自治の内容に主権者である住民の声を的確に反映させる「住民自治」の方向が追求されなければなりません。そしてその目的は、あくまでも住民の多様な権利と生活の擁護に求められなければなりません。

このように見たとき、もっとも身近で政治・行政を実感しうる市町村の合併・集約を急速に進め(日本経団連は300〜500の基礎自治体への統合を構想)、その一方で、歴史的所産である豊かで多様な地域性を引き継ぐ都道府県を廃止し、競争原理のもとで運営される道州(日本経団連は10程度を構想)を新たに誕生させることが、本来の地方分権改革と言えるでしょうか。

そもそも、財界が構想した「自治体像」への強引な再編こそ、反地方分権的と言えるのであり、むしろ、先進諸国では当たり前の多層・多様な自治体の姿を許容する仕組みこそ構想されるべきです。

その際、「地方自治」の内実を豊かなものとするためにも、国が国民生活の根幹に関わる分野でしっかりとしたセーフティネットを構築することが重要です。財政基盤の強弱で最低限守られるべき国民の権利保障の水準を決して脅かすべきでなく、そのことが保障されてこそ、もっとも身近な自治体がその役割を存分に発揮できるのです。

そして、国と多様な自治体がこれまで以上に連携を強めていくことが重要です。道州制の区割りなどの技術的な議論などが先行する今日、地域的不均等の著しいわが国の現状にてらして、あらためてそれぞれの地域で如何なる「地方自治」が相応しい姿なのか、ボトムアップの議論が活性化することを望みます。

以上

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