民間開放・地域主権 −労働行政の民間開放、地域主権など

2005年 4月
オーストラリアにおける職業紹介事業の現地調査

労働時間、社会保障… 労働者の環境あまりに違った

昨年11月全労働本部は東京職安労組と「民間開放」の成功例といわれるオーストラリア・メルボルンに出発。現地の職業紹介業務等の実態について共同調査しました。オーストラリアでは失業期間中は無期限で生活が保障されるなど、日本とは社会的背景が全く違うことが明らかになりました。
オーストラリアでは98年、政府が職業紹介事業から撤退し、民間企業やNPOの競争入札により職業紹介業務を運営する仕組みが作られました。日本の民間人材関連企業は、これを「民間開放」の成功例として、「オーストラリアでできて日本でできないはずはない」と主張しています。規制改革・民間開放推進会議も、議論の中でオーストラリアの例を取り上げながら、「民間開放」を迫ってきました。今回全労働は東京職安労組と合同で、果たしてオーストラリアは「民間開放」の成功例なのか、日本の手本となるものなのか、現地に出向いて調査を行うこととしました。
オーストラリアの職業紹介は、ジョブ・ネットワークと呼ばれるシステムで運営され、現在は入札で落札した109の事業者(ジョブ・ネットワーク・メンバー)が実施主体となっています。このシステムで重要な役割を果たすのが、ジョブ・サーチと呼ばれる求人・求職データを管理するコンピュータシステムで、日本の総合的雇用情報システムと自己検索装置の機能をあわせ持ち、適合する求人・求職を選び出して求職者に連絡する機能を付け加えたようなものです。他方、日本の雇用保険に対応する保険制度はオーストラリアにありません。失業中の生活保障はニュー・スタート・アローワンスと呼ばれる社会保障制度にもとづいて、失業期間中無期限で支給されます。この支給事務は、センターリンクという機関で行われています。
調査は11月29日から12月3日の日程で行い、各施設を訪問する合間に、市内を巡り現地の生活にも触れてきました。調査を通じ、社会保障や労働時間など労働者をとりまく環境があまりに異なることや、豊富な人員や立派な施設など、恵まれた体制などを知ることができ、日本の手本とするには、前提があまりにも違いすぎていることなどが明らかになりました。

「いい仕事を」の発想が欠けていた旧CES

11月29日、私たちはメルボルン大学にドン・ハーディング教授を訪ねました。教授は、ジョブネットワークシステムに関心を持ち、政府を批判する論文を発表している経済学者です。
教授によると旧CES(公共職業安定所)は、ブルーカラーを主に対象とし、その他の大勢を除外していた点や、官僚制度の下で職員に「いい仕事をしよう」との発想が欠けていたことを指摘し、ジョブネットワークになって改善されたと指摘します。ただし、こうした改革は当然公務においても可能であったとも言います。
教授は、入札制度そのものに疑問を持っています。入札業者が小規模になるほどリスクが高いことや、サービスの質を維持するための入札に関する評価制度が確立していない問題を指摘しています。また、求職者を受け入れた時点で報酬の30%が支払われるシステムは、求職者サービスのインセンティブが働かないとも指摘します。
教授とのインタビューを通じて、旧CESは日本の公共職業安定所と違い、国民全体のセーフティーネットの性格を持ち合わせなかったことと、旧CESよりは改善の見られたジョブネットワークも多くの課題を抱えていることが明らかになりました。

充実した失業給付と行政体制を実感


センターリンク

11月30日午前は、センターリンクを訪問しました。ここは政府の出先機関で、失業給付をはじめ社会保障全般を担う施設です。
失業した場合、まずここに出向き、ニュースタート・アロウワンスという失業給付の登録を行います。担当者と求職者が面談し、求職者の希望により、ジョブネットワークに参加する事業者のうち、どこを利用するかを決定します。
センターリンクは全国に1,000の施設を持ち、職員数は24,000人。オーストラリアでは国家予算の歳出の3分の1が社会保障費、センターリンクのサービス供給は年間580億ドル(1ドルは約78円、1月19日現在)で、約6割が失業保障です。失業給付は全額国庫負担で、16歳から65歳の永住権を持つ人で、失業中かつ積極的に求職活動をしていれば、期限なく支給されます。行政体制はずいぶん充実していると感じました。最初の求職登録時には、マンツーマンで約一時間の相談を行います。失業認定は2週間に一度ですが、日本のような混雑はありません。
ジョブネットワーク以前は、求職登録時にCESとともに社会保険省の事務所にも足を運ぶ必要があり、ワンストップになり評価されているとの話でした。日本では当然のこととして職業紹介は失業給付とワンストップで行われています。ここでもオーストラリアとの前提の違いを強く感じました。同時に、スタッフは労働者の権利保障に関する意識は高く、私たちは仲間意識を深めることができました。

ジョブネットワークはセーフティネットではない

相談の様子

センター会議

11月30日午後、ジョブ・ネットワークに参加する民間職業紹介機関の「WISE」本社を訪ねました。ここは97年の第一回入札以来、3期連続して落札に成功しています。マネージャーをはじめ、かつてCSE(公共職業安定所)に勤務していた職員など、数人のスタッフと話すことができました。
まず、旧CESをどう評価するかを聞きました。元CES職員は「実際の就職斡旋はやっていなかった」「求人広告のリストアップや失業給付、事業主助成が中心」と話します。また、時給で働いていたため長時間働いて給料を得ようという発想で、パフォーマンスは意識されていなかったとも指摘します。前号で経済学者の指摘を紹介しましたが、CESの非効率性は深刻なものであったようです。
現在のジョブ・ネットワークについては、まず、支援対象者が限定されている点に驚きました。サービス対象者は失業給付受給者に限られます。受給の要件は失業中であり、週35時間以上のフルタイムを希望する求職者です。したがって在職求職者やパート希望者は、ジョブ・ネットワークではなく他の民間機関を利用しています。つまり、国民の誰もが利用できるセーフティネットとは言えないのがジョブネットワークです。
また、入札対象とされるのは、パフォーマンスの低い方から30%であり、上位70%は自動的に契約更新されます。専門性の向上には継続性が必要ですが、日本の推進会議が言う「市場化テスト」とはまったく異なる仕組みです。

民間企業成長の背景は旧職安の非効率性

翌日、今度は実際のサービス提供施設を見せてもらいました。ここでは、体制の充実を見せつけられました。相談はすべて予約制で個室。さらに、カウンセラー3人が、求職者の支援方法についてケース会議を行っていました。就職件数などの目標達成状況はチェックされていますが、ゆとりある施設と人員で職業紹介が実施されています。
WISEの訪問では、誰と話しても、職業紹介に携わることの誇りと、求職者サービスへの熱意を感じ、共感を覚えました。ただ、このように優れた民間が育ったのは、あまりに非効率でセーフティネットではないCESの体質が背景です。またCESと比較してコストパフォーマンスを向上させた民間企業ですが、日本の職安はそれよりはるかに効率的であることを実感しました。

ゆとりある社会保障と労働組合の影響力が日本との違い

ビクトリア議事堂

私たちは日中の仕事を終え市内に繰り出しました。そこで感じたのは、国民生活の大きな違いでした。まず労働時間が短い。週38から40時間が総労働時間。このため金曜以外はデパートも17時には閉店します。金曜の昼、現地の労働組合役員と会食しましたが、周囲の背広姿がみんなワイン飲んでます。「いいのか」と聞くと金曜昼にお客と食事をしたら、午後は仕事に戻らなくていいのが慣習だそうです。週50時間も働かせると議会で問題になるというから驚きです。
次に物価の安さです。小売店がずらりと並ぶクイーンビクトリアマーケットでは、野菜や果物は日本の半値以下、牛肉や豚肉は1キロで数百円という驚異の安さでした。ただし牛肉の高級品はすべて日本に輸出されるそうです。逆にコンビには高くて驚きました。三角のサンドイッチが400円もします。聞くと、産業・企業ごとに最賃や深夜・時間外割増率が労使関係委員会によって細かく定められていて、1000円を超える最賃や10割の割増率もあるそうです。24時間営業のコンビニは、これらが価格に反映して高いのです。現地で働く日本人はみな「住みやすい」と言います。労働組合の影響力の大きいこうした国の制度を、労使自治を口実に日本に持ち込んだら・・・背筋が寒くなります。
食事はおいしい。特にイタリアンがいい。機会があればぜひシーフードパスタをお試しください。高級店でも2000円までです。オイスターもおいしい。ただコース料理は注意が必要で、うっかり頼むと大量の料理に圧倒されます。カンガルーやエミューも食べてきました。が、これは珍しいだけ!?

失ったものもあった

12月1日、私たちは政府機関を訪問しました。雇用・職場関係省のビクトリア州機関で、そこのマネージャーとお会いしました。州に一つ設置される機関ですから、日本の労働局にあたりますが、広大な国土に州は七つなので、管区機関といったところでしょう。
マネージャーは、わざわざ私たちのために説明資料を準備して、現在のコンピュータシステムについて、いかに優れたものであるかを説明してくれました。その後、私たちはいくつかの点について質問しました。わかったことは、ジョブネットワークのシステムがCES当時の貧弱で非効率なシステムよりはるかに優れているということでした。しかし、それでも決して万全ではないということです。労働関係法等の研修は、政府として窓口担当者に実施していないこと、求職登録から3カ月間は、求職者の様態によらず自主選択を求めていることなどです。ILO88号条約についても、批准しながら民間委託したことについて、事前にILOに照会してはいなかったようです。率直に、条約違反の可能性が高いと感じました。
労働基準行政との連携について質問すると、「確かに失ったものもある」との答えでした。全国的な労働市場の調査ができなくなったことも「失ったもの」と指摘します。民間企業が、ジョブネットワークに参加しながら、民間としての人材斡旋を行う場合、企業よりになるのではないかとも尋ねました。「完全に区分している」との答えでしたが、別れ際に「示唆に富んだ意見を聞いた」とも言いました。
今回の調査を通じ、有効に機能しなかったCESから、新たな枠組みに踏み出した政府は、求職者支援を真剣に検討し結論を出したものと感じました。また、そこに働く人たちの熱意も十分に感じました。
しかし、国民のセーフティネットとして、高度なシステムを備えた職業安定所を持つ日本では検討すべき方向が違います。基準・均等行政との連携という、労働者保護に果たす機能を失わせる方向であることも明らかになりました。
オーストラリアに学ぶのは、「民間開放」ではなく、社会保障や労働組合の規制力にあります。