民間開放・地域主権 −労働行政の民間開放、地域主権など

2004年10月
労働行政の「民間開放」をどうみるか
全労働省労働組合

近年、公的サービスの「民間開放」を進める動きが急速に広がっている。

「官から民へ」「公務の市場化」と形容されるこの動きは、これまで行政機関=[官]が担ってきた様々な公的サービスを民間企業=[民]に行わせようというものであり、労働行政の分野でも職業紹介や労働保険等がその検討対象とされている。
本稿は、労働者の権利保障等を担う労働行政の諸分野が、はたして「民間開放」になじむのか、労働者の権利保障や必要なサービスの後退が生じないか等を考察するものであり、あるべき労働行政をめざす真摯な議論の一助となることを願うものである。

1「民間開放」とは何か

(1) 公的サービスの「民間開放」の動向

政府は、「規制改革」が日本経済の再生にとって不可欠であると位置づけ、そのためには公的サービスの「民間開放」を本格的に進める必要があるとし、内閣総理大臣の諮問機関として民間人(企業経営者)主体の「規制改革・民間開放推進会議」(以下、推進会議)を4月に発足させた。
推進会議は、この間、「市場化テスト」や数値目標の設定等、「民間開放」を推進するための横断的手法の制度設計を進めるとともに、8月3日に発表した「中間とりまとめ」では、1)民間開放推進の横断的手法とする「市場化テスト」、2)官業の民間開放の推進、3)主要官製市場(医療、介護、教育)の改革の推進、という三つの方向を通じて「民間開放」を大幅に拡大するとしている(注1参照)。このうち、「市場化テスト」は「官民競争入札制度」とも言われ、公的サービスと同種のサービスを提供する民間企業が存在する場合、官と民とで競争入札を実施し、価格等の面で優れたものが落札する制度で、イギリス、オーストラリア、オランダなどで実施しているとされている。
推進会議は、2005年度の「モデル事業」の実施にむけて、民間企業からの提案公募等にもとづき、対象事業を選定するとともに、その具体的内容について年末までに決定するとしている。なお、この「市場化テスト」は、(注1)に示した「民間開放」のタイプの中では、主に【TYPE3】に関する手法と言える。

(2) 労働行政の「民間開放」の動向

推進会議の前身である総合規制改革会議は、「ハローワークに関する改革」と称して公共職業安定所について、業務の民間委託の拡大、公設民営方式の導入などを主張してきたが、推進会議の「中間とりまとめ」では、これらの動きをさらに加速化させる方向を示した。また、推進会議が10月12日に発表した「年末の答申に向けた進め方及び基本方針」では、「市場化テスト」のモデル対象事業に「ハローワーク」を名指ししている。
一方、総合規制改革会議が強硬に求めた労災保険の「民間開放」については、「社会保険の民間開放推進」等を契機に、再び活発化する危険性がある。

2 公的サービスの「民間開放」を見る視点

多くの公的サービスは、国民の権利保障に直接又は間接に関わるものであるから、これまでその責務を有する行政(機関)が公的サービスの実施主体となってきた。
しかし、近年の財政危機に促された行政スリム化の方策として、また新たな民間需要(ビジネスチャンス)をつくり出す方策(加えて金融機関に過剰に蓄積された資金の活用策)として、公的サービスの「民間開放」を加速する動きが強まっている。
こうした動きは、はたして国民生活を真に豊かなものにしていくだろうか。
「民間開放」の適否は、多様な公的サービスの目的、内容、性格等にてらして考察されるべきであり、その際、次の視点を重視すべきであると考える。

【視点1】人権保障を担う国(あるいは地方自治体)の責任放棄にならないか

公的サービスを「民間開放」することになれば、当該サービスは民間企業によって提供される商品と位置づけられる。この商品を購入できるかどうかは、購入者の資力等の経済合理性によって決まり、もはや平等に扱われるべき国民の権利とは言えない。
とくに、当該サービスが人権保障に直接関わるものである場合には、貧富や地域による人権保障の格差を認めることになり、「民間開放」は基本的人権を保障すべき国(あるいは地方自治体)の責任の放棄あるいは後退を意味することになる。
また、公的サービスの提供主体の変更(行政機関→民間企業)は、サービス実施過程での行政責任を免責するとともに、議会(あるいは国民)による民主的コントロール(監視と少数意見の反映)を困難にする(民間企業の事業には国政調査権や情報公開請求権等が及ばない)。

【視点2】公的サービスに求められる「公共性」を変質させないか

多様な公的サービスには、それぞれに求められる「公共性」がある。公正性、中立性、安定性、専門性等はその例であり、「民間開放」を論ずるにあたっても、これらが真摯に追求されなければならない。
もとより、公的サービスに求められる「公共性」は、それぞれにその内容や強弱に違いが認められるが、これらが大きく失われることになれば、「民間開放」は公的サービスの変質を意味することになる。例えば、公的サービスが「社会のセーフティネット」としての性格を強く持っている場合、「民間開放」がその性格と機能を失わせるなら、国民の安全・安心を奪い、大きな社会不安を広げることになる。

【視点3】公的サービスを担う民間企業は効率的か

「官から民へ」と称される「民間開放」は、その前提に「官は非効率、民は効率」という「評価」があるが、この前提がまず検証されなければならない。その際、一つの公的サービスが他の様々な施策と一体的に運営されている場合には、その行政運営全体の効率性をとらえた評価が重要となる。また、公的サービスが定型・反復的な内容であるのか、逆に時々の政策判断を迅速に反映させなければならない内容であるのかの検証も重要であり、後者の「民間開放」は業務の非効率化をまねき、行政目的の達成を困難にする懸念がある。
なお、「民間開放」によるコストの増減については、現にコスト・アップとなった事例や、「民間開放」を仮定すると高コストになる場合も報告されている(国土交通省地方整備局による委託事業の事例や厚生労働省による労災保険の「民営化」の試算(注2参照)等)。

【視点4】公的資金を使ったビジネスの拡大が財政規律を失わせないか

公的サービスの「民間開放」が、公的資金の投入を前提とする場合、民間企業の側からさらなる資金投入を求める圧力が強まり、構造的な「既得権益」となっていく傾向がある。これまでの公共事業は、政官財の癒着を生みだし、強い政治的圧力の下で、効率性あるいは国民にとっての必要性を度外視した事業が増殖され続けてきたことを銘記しなければならない。
「民間開放」の動きは、財政危機打開の方策として位置づけられているが、こうした「構図」の中で財政規律が失われるなら、むしろ財政危機を深刻化させる可能性が高い。この視点は注1で示した【TYPE3】で特に重視すべきである。

この記事のトップへ

3 労働行政の「民間開放」の問題点

労働行政の「民間開放」をめぐっては、職業紹介と労働保険が中心的な焦点となっているが、労災保険の「民間開放」については、すでに「労災保険の民営化・民間開放に関する全労働の考え方」(2003年11月17日)を明らかにしており、以下では職業紹介を中心に前記の4つの視点から、「民間開放」の問題点を論ずることにする。

この記事のトップへ

【視点1】国が行う職業紹介事業は、人権を直接保障する重要な手段

国が無料で行う職業紹介事業は、憲法が定める勤労権、職業選択の自由等の基本的人権を直接保障する重要な手段である。同様の趣旨から定められたILO第88号条約(職業安定組織の構成に関する条約)も、基本的な職業紹介事業は国が直接行うこととしており、職業安定法等はそれを受けた規定を設けている。また、同第181号条約(民間職業仲介事業所に関する条約)は、民営職業紹介事業や労働者派遣事業等の運営を原則的に認める一方で、民間事業者による労働者への様々な権利侵害を防ぐため、国による職業紹介事業の充実を前提としている。このことは国が行う職業紹介事業が、年齢、貧富など求職者・求人者の属性にかかわらず、誰でもが利用できるセーフティネット=人権保障として確立されなければならないことを意味する。
さらに、同第88号条約第2条は、「職業安定組織は、国の機関の指揮監督の下にある職業安定組織の全国的体系で構成される」と定め、利用者がどこに居住していても職業紹介サービスの水準に格差が生じてはならないこと、職業紹介事業は国全体の労働力需給調整を担う必要があることを制度的に担保するよう求めている。
こうした意義をもった国の職業紹介事業は、単に申込まれた求職・求人をマッチングさせれば足りるものではなく、求職者の雇用の安定や労働条件の確保、求人者の経営の安定等を十分に配慮した「適格紹介」でなければならない。そのためには、求職者・求人者の属性や実情を正確に把握した上でのサービス提供が求められる。時には人手や時間、経費も要するが、これは労働者の勤労権保障等に直接関わるものであり、国が自ら関与を止めることは、直ちに人権保障の責務を放棄することを意味する。

この記事のトップへ

【視点2】公的職業紹介には高い「公共性」が求められる

近年、人材ビジネス市場が急速に拡大している。
ヘッドハンティングとも呼ばれる専門的・技術的職業、基幹事務的職業等を対象とした分野に加えて、今日では、派遣労働、請負労働、パートタイム労働など、低賃金で短期雇用の労働者を対象とした分野の拡大が著しい。
後者の分野を対象としたビジネスの拡大には、一定水準以上の失業率が不可欠であるし、しかも近年の業者間の過当競争が、賃金の下落と雇用の不安定化をますます進めている。こうした事態は「安定した職業に就きたい」という労働者の切実な願いとは全く相容れず、今日、社会に深刻な生活不安、雇用不安を広げている。
国が行う職業紹介事業は、「適切な労働条件の確保」「雇用の安定の確保」等を旨としなければならない。こうした「公共性」は、急速に広がる人材ビジネスが志向する方向とは逆のベクトルを指し示すものであり、民間事業者による公的職業紹介の代行は、職業紹介事業の公共性を大きく後退させる危険性をもっている。
また、職業安定法第20条は「中立の原則」を定めており、求人者、求職者に対して対等な立場でサービスを提供することを義務づけている。さらに、ILO第88号条約第9条は、原則として「職業紹介組織の職員は‥‥公務員でなければならない」とし、職業紹介事業における公正な立場からのサービスの提供を担保するよう求めている。
公的職業紹介における職員の専門性確保も重要である。職業安定行政では、失業給付、雇用対策(各種助成制度の運用等)、職業訓練、雇用対策立案など、幅広い業務の経験を通じて、労働行政の幅広い専門知識を有する人材育成を図っているが、民間企業に対し、職業紹介などの一部の業務を切り離して一定期間ごとに公募・入札する方法は、行政の継続性を低下させ、幅広い分野の専門性の習得を困難にし、経験の浅い担当者が常に高い割合で配置されるという大きなリスクを負うことになる。
職業紹介事業の「民間開放」を論ずるにあたっては、公正性、中立性、専門性、労働者保護等の「公共性」の確保が十分に検証されなければならない。

【視点3】労働行政の総合的・一体的運営によって発揮される効率性

公共職業安定所における職業紹介業務では、労働基準行政や雇用均等行政との連携強化がますます重要となっている。近年、労働者派遣や業務請負の求人が急増するもとで、不安定かつ劣悪な労働条件の求人が増え、その改善が強く求められている(労働基準行政との連携)。また、雇用形態による格差の広がりが、家庭責任を有する労働者が安心して働くことを妨げており、その改善が強く求められている(雇用均等行政との連携)。
これまでも労働行政では、職業安定、労働基準、雇用均等の三行政が緊密に連携をはかりながら、各行政分野の様々な課題に対して効果的・効率的なアプローチを追求してきたが、職業紹介事業のみを切り離して民間に委ねることは、労働行政全体の非効率化をまねき、かえって今日の労働者が抱える重要な課題の解決を困難にする。
また、職業安定行政の諸分野(職業紹介、雇用対策、雇用保険など)をとらえた時、その総合的・一体的運営も重要となる。一人ひとりの実情に見合った職業訓練の保障や、失業期間中の生活を保障する失業給付は、いずれも効果的な求職活動を支えるものであり、職業紹介と結びついてこそ成果をあげることができる。雇用政策の企画・立案も、職業紹介を実際に運営する中で行い得るものであり、統計資料等を頼りに机上で行うだけでは、労働者や事業主の実態を見失う。とりわけ雇用対策の立案・実施には迅速性が求められるが、職業紹介事業のみを分離することは、有効な雇用対策の展開に重大な支障をもたらしかねない。
なお、諸外国との比較で日本の公共職業安定所の効率性を見ると、ドイツの公共職業安定機関には日本の9倍(人口比)、「行革先進国」と言われるイギリスでさえ、日本の2.5倍(人口比)の職員がそれぞれ配置されていることが明らかとなっており(1997年、全労働による実地調査)、日本の公共職業安定所の効率性が際だっている。

【視点4】職業紹介に関する民間委託事業に問われる財政規律

東京都足立区が実施している、官民共同窓口の設置による職業紹介事業(特区事業)では、初年度(15年度)に受託企業へ委託料として約1千万円が支払われているが(初年度は113月、16年度の委託料は約4千万円)、当該年度(113月)の実績を見ると、受託企業(民間)の職業紹介により就職に結びついた件数はわずか4件に止まっている。このほか、当該受託企業にはこの委託料とは別に、初回登録時に5千円(カウンセリング料)、就職決定時に18万円(23歳未満)、6ヵ月間定着時に18万円(自己就職・縁故就職等で可、23歳以上30歳未満では8万円)の報酬が支給され、事務所等も足立区から供与されている。
また、同じく民間委託事業として行われている長期失業者の就職支援事業(対象者は年間5000人)が、大都市圏を中心に16年4月から開始されているが、その委託料は総額71億円が予定されており、対象者の就職および職場定着の状況に応じて1人あたり最大60万円の報酬が支給されることになっている。
はたしてこれらの民間委託事業は、要した財政規模に見合った内容と成果を伴っていると言えるだろうか。
すでに人材ビジネス業界からは、こうした民間委託事業の拡大を求める圧力が強まっているが、その実態を十分に検証しながら、非効率あるいは問題が発生した事業は即座に止める決断が求められ、これを怠るなら、業界に奉仕するだけの「公共事業」として膨張していくおそれがある。
なお、人材ビジネス関係の三つの協会による「民間の活力と創意を活かした労働市場サービスに関する研究会」の提言(2002年3月)では、三和総合研究所の推計として公共職業安定所にかかる行政コストが紹介されている。これによれば、就職1件あたりの経費は6万円と算定しており、既存の民間委託事業と比べてきわめて低コストであることがわかる。

(注1)公的サービスの「民間開放」の分類
公的サービスの「民間開放」の中にもいくつかのタイプがあり、それぞれに手法、影響等に違いがある。
【TYPE1】これまで行政機関が行ってきた公的サービスについて、民間企業が自由に参入することを認めるタイプ。郵便事業の「改革」はその例で、その際、当該サービスを担ってきた行政機関を民営化し、従来の公的サービスを提供する「市場」で他の民間企業と競合関係がつくられるのが特徴。
【TYPE2】これまで行政機関が(あるいは公的制度を運用することで)行ってきた公的サービスを縮小ないし廃止するタイプ。これによって、従来のサービスの水準を必要とする利用者(国民)を対象に、民間企業がサービスを提供する新たな「市場」ができる。例えば、公的医療保険の範囲を縮小することで自由診療の範囲が拡大すれば、生命保険会社や損害保険会社が提供する新たな「民間保険」への需要が高まる。今日の混合診療の「全面解禁」を求める動きはその土台づくりとみて取ることができる。
【TYPE3】これまで行政機関が行ってきた公的サービスを民間企業に外注(アウトソーシング)するタイプ。このとき競争入札などを行うことで、これを奪い合う新たな「市場」ができる。地方自治体などで広がっている公共施設管理や学校給食等の事業の外部委託化はその例。
(注2)自賠責保険と労災保険とのコスト比較
厚生労働省は、総合規制改革会議の指摘(労災保険を自賠責保険と同様の仕組みで民営化すべきとの指摘)を受けて、自賠責保険における保険料に占める経費割合と労災保険におけるそれを比較し、それぞれ30%、5%程度であることを明らかにしている(総合規制改革会議・厚生労働省ヒアリング説明資料)。

この記事のトップへ