民間開放・地域主権 −労働行政の民間開放、地域主権など

2003年11月
労災保険の民営化・民間開放に関する全労働の考え方(見解)
全労働省労働組合・中央執行委員会

1 総合規制改革会議が求める労災保険の民営化・民間開放

内閣府の総合規制改革会議は、この間、労災保険の民営化・民間開放の検討に着手し、本年7月及び9月に行われた厚生労働省へのヒアリング(官製市場WG)では「労災保険の対象とするリスクは、民間損害保険と同質であるから、自賠責保険と同様のスキームで民営化しても問題はないのではないか」などと主張しています。
また、10月7日には、「規制改革推進のためのアクションプラン」の改訂を行い、「労災保険の民間開放の促進」を「重点検討事項」の一つに追加することを決定しています。

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2 労災保険の民営化・民間開放に関する全労働の考え方

(1) 自賠責保険の目的は民事上のリスクの分散、労災保険の目的は労働者の人権保障

労災保険法は、罰則をもって強制される労働基準法上の「労働者の業務上負傷、疾病に対する使用者の無過失賠償責任」を実効あるものとするために創設されました。
かつて、恩恵的・救済的扶助義務の履行とされていた労災補償制度は、戦後、新憲法の要請を受けて労働基準法上に規定された「人権保障」を担う重要な制度となったのです。人権保障の担い手は国ですから、その運営は国の責務と位置づけることがもっとも相応しいと言えます。
一方、自賠責保険は、民事上の損害賠償義務を肩代わりするもので、そのリスクを分散させることを目的とし、労災保険とは根本的に性格を異にしています。労災保険を「リスクは民間損害保険と同質」などととらえて、民営化しようとする議論はあまりに乱暴です。

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(2) 公平・公正な立場での全面適用は、民間保険会社の業務になじみません

労災保険は、労働基準法上の災害補償責任を保険集団化することで、被災者等の保護(補償)を確実にするものです。そのため、未手続事業場に対する強制適用や保険料未納事業場に対する滞納処分等を内容とする「強制保険」でなければならず、公権力の行使が当然に必要となります(※1)。
他方、民間保険会社では、保険料を支払わない使用者を切り捨てざるを得ず、できる限り災害リスクが少なく、保険料納付が確実な使用者を扱う傾向にならざるを得ません。しかし、こうした傾向は、被災者保護に欠けるばかりか使用者間の公平も保てません(※2)。
また、民間保険会社による自賠責方式ではかえって費用がかさみ非効率となることも明らかとなっています(※3)。

※1/自賠責保険は、車検時に加入を確認する仕組みを持っています。しかし、現実には、車検を受けずに使用されている車両が存在し、こうした車両や車検を要しない「自動二輪(一部)」「原付」では、自賠責保険は強制保険ではないため、多くが無保険となっています。
※2/生命保険等を取り扱う民間保険会社が、経営の「健全性」を追求するため、保険料を支払わない者との契約を解除し、できる限りリスクの少ない者との契約を望むのは当然と言えます。
※3/自賠責保険では、損害給付に充てられる「純保険料」の他に、損害調査や契約事務処理に充てられる「社費」、保険会社が代理店に支払う「代理店手数料」等が保険料全体の実に30%程を占めています。他方、これに対する労災保険の保険料収入に対する「事業運営費」は、5%程に止まっています。

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(3) 被災者等に立証責任が重く課せられる可能性が高い

労災保険の適用、給付等をめぐっては、常に使用者と労働者(被災者等)との間で「利害関係」が発生しますが、労働者は使用者に対して社会的、経済的に劣位にあり(例えば、労災認定に必要な情報収集力の格差は労使間で歴然)、労災認定等の判断にあたっては、労使の利害を超えた公平な立場に立って、斉一的な処理を担いうる第三者が行うことが必要です(※4)。
労災保険の実務では、使用者の協力が得られない場合も多く、事実関係の解明のために国が積極的に調査権限を行使し、被災者等の「立証責任」を補完して適切な補償に努めています。
他方、民間保険会社が保険者となった場合には、自ら被災者等と「利害関係」に立つことから、損害保険等の実務がそうであるように被災者等の「立証責任」が強く求められることになり、被災者等の保護が十全に確保されない可能性が高いのです(※5)。

※4/国の労災認定等の判断の公正、公平を担保する制度としては、各種調査権限(報告、出頭、受診等の命令権、診療担当者への関係書類等の提示命令権等)と国家公務員法上の守秘義務、行政不服審査制度、情報公開制度等が存在します。また「迅速」を担保する制度としては、行政手続法等が存在します。
※5/民間保険会社にとって、いわゆる労災隠しを進んで摘発し、被災者等を保護しようと言うインセンティブが働くことは少ないと言えます。

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(4) 「民間開放」は「利益優先」の弱者切り捨て

総合規制改革会議のいう「民間開放」の中身は必ずしも明かではありません。「リスクの少ない特定の産業、特定の企業だけを扱うことを認めるべき」「政府管掌保険との併存なら、セーフティネットをなくすことにならない」と言うのかもしれません。しかし、こうした考え方は、極端な「利益優先」の発想ではないでしょうか(※6)。
「人権保障」を担う労災保険制度を健全に運営するためには、すべての企業、産業の相互協力を確立することが重要です。これを否定するなら、結局、弱者切り捨てとなることを見逃しています。
また、総合規制改革会議は、労災保険制度を単に収支を均衡させる「保険」の運営と見ているのかもしれません。今日の労災保険制度は、疾病の予防などを目的とした二次健診給付の創設や使用者負担の枠組みを利用した未払賃金立替払制度の創設などの面で発展を遂げています。「民間開放」の議論はこうした点も見逃しています。

※6/政府管掌保険と民間保険の並存のスキームは、健康保険組合の設置を認めた健康保険制度(健保組合、政府管掌、国民健保の並存)に見ることができます。しかし、前二者を補完する位置にある国民健康保険の収支悪化の実情を見るならば、こうしたスキームが弱者への「しわ寄せ」を容認することになることは明らかです。

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(5) 安全衛生行政・監督行政との緊密な連携が不可欠

労働災害に対しては、「災害防止」と「労災補償」の両面からの対策を講じることが合理的かつ効果的です。特に、災害発生事業場に対しては、再発防止のための迅速な安全衛生指導が求められますが、「災害防止」と「労災補償」の分離は、こうした契機を失うことになります(※7)。
同様に、監督行政による使用者への責任追及の契機も失いかねず、不正受給やいわゆる労災隠し(労働安全衛生法違反事件)等の防止にも支障をきたします。
労働者性や平均賃金等の判断にあたっては、日常的に監督行政・安全衛生行政と連携することで迅速な保険給付が可能となっていますが、これらを分離することとなれば労災認定事務を極めて非効率にします(※8)。
「過重労働による健康障害防止のために事業主が講ずべき措置」に基づく行政指導は、脳・心臓疾患にかかる認定基準に即したもので、労災保険制度が、監督行政、安全衛生行政と不可分に展開されていることを示しています。また、費用徴収制度、保険料率のメリット制度、過去の災害発生状況を反映した業種別保険料率の設定なども、使用者の労働災害防止の努力を促す制度であり、監督行政や安全衛生行政と一体で運営される必要があります(※9)。

※7/「災害防止」と「労災補償」の分離は、使用者にとっても、同一の労災事故に対して、異なる機関から同様の調査を受けるという新たな負担を負わせることになります。なお、重大な労災事故については、発生直後に労働基準監督署によって災害調査(あるいは実況見分等)が行われるので、この時点で災害発生状況等に関する詳細かつ正確な情報収集が可能となっています。
※8/労災保険制度は、労働基準法の使用者責任を確実に担保するためのものであることから、事業場(適用単位)、労働者性、平均賃金などの解釈は労働基準法に基づいており、同様に労働基準法に基づく監督指導等を行う監督行政と齟齬があってはならず、一体として運営される必要があります。また、療養期間中及びその後30日間の解雇制限、休業4日未満の休業補償など、監督行政と密接に連携が求められる分野も少なくありません。
※9/費用徴収制度は、労働安全衛生法等の法違反の有無が運用上の要件となっており、また、「特例メリット制」は、労働安全衛生法上の一定の措置を行うことで保険料率 を増減できる仕組みであり、いずれも「災害防止」と「労災補償」を一体的にとらえた制度の一例です。

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(6) 結論

以上から、全労働は、労働者の重要な権利を大きく脅かす、労災保険の民営化・民間開放には反対です。
その上で、憲法の要請を受けて労働基準法上に規定された「人権保障」を担う労災補償制度をその趣旨に即して充実させる立場から、労災保険制度を不断に見直し、改善していくことが必要であると考えます。
特に、過労死(脳・心臓疾患)、過労自殺(精神障害)等に関する認定基準は、この間の判例の水準に即して直ちに改めるべきです。また、未手続事業場への適用促進の強化、迅速かつ公正な保険給付等にむけた行政体制の拡充、被災労働者の職場復帰にむけた社会復帰制度の充実等をはかることが重要です。

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3 アメリカにおける労災保険制度の目を覆うほどの荒廃ぶり(補論)

日本の労災保険制度は、諸外国と比べても保険料率の設定が低く、事務運営費も低廉で効率的な運営が行われています(※10)。
なお、労災保険に民間参入を認めているアメリカの実情を紹介します。アメリカでは、一般的に州法で労災保険制度に加入しなければならない義務はあるものの、民間保険、州保険(小企業向け)、自家保険(企業独自の積み立て)のいずれかに加入すればよいこととなっており、民間保険を選択しているケースが多いようです。
制度の内容面では、臨時労働者や5人未満の事業場が適用除外となっており、給付面でも、給付期間、給付総額又はその両方が制限されている場合がほとんどです。通勤災害も使用者の提供した車両を使用した時など、例外的な事情がない限り補償の対象とされません。義肢等の支給やリハビリテーションなどのアフターケアも一部にありますが、日本のような労働福祉事業はほとんどないと言ってよい状況です。
しかも近年、アメリカでは、労災保険を扱う保険会社の荒廃ぶりが大きな社会問題となっています。収益悪化や倒産(※11)、保険料の高騰(※12)、詐欺(不正)事件(※13)などが頻発し、民間開放等の問題点が現実のものとなった典型例と言えます。

※10/労災保険の保険料率は、日本が0.74%であるのに対して、諸外国では、アメリカで2.05%、ドイツで1.31%、フランスで2.26%などとなっており、日本の低廉な保険料率が際だっています。また、保険料収入に対する事業運営費の割合は、日本が5.12%であるのに対し、民間開放を認めているアメリカでは22.7%にものぼっています(厚生労働省資料)。
※11/「海外保険情報」(保険毎日新聞社)
「労災保険は、破裂の危機にある。コストは以上に高騰し、企業を州外に追い出しており、事業を中止に追い込まれている企業もあり、カリフォルニア州の経済に悪影響を与えている」「6月4日には、Fremont Indemnity社が過去4年間の中で、27番目の労災保険会社として州の保護管理下に置かれた。州の労災保険基金も逼迫した事態に陥っており、労災保険制度は、早急で、総合的、数値で示せる大幅な改革を行わない限り、維持できない状態にある。この制度は、このままでは長続きしないと思われる」。
※12/2003年9月の州議会証言(カリフォルニア州)では、1995年から2003年にかけて、保険料が3倍にあがったことが明らかにされています。NPO団体の調査では、保険料が4.5倍に急騰したケースも報告されています。
※13/「スマート・カリフォルニア労災保険速報・1998年6月19日号」(http://www.sgnpacific.com/hoken/index.htm)
「カリフォルニア州保険庁は、人材派遣会社、『カリフォルニア優秀人材会社』の社長および副社長を労災保険料詐欺と重窃盗罪で逮捕した。カ州保険庁の詐欺調査官によると、二人は、同社従業員の職種別を偽り、更に従業員の傷害事故を保険会社に報告しなかったという。カ州保険庁は、従業員の職種別を偽ったことにより約100万ドルの保険料を詐取した、また、報告を怠ったため、傷害を被った従業員の多くが保険カバーを否定され、補償を受けられなかったと語っている」。

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