雇用対策・雇用法制 −労働者派遣、職業紹介、若年者・中高年雇用対策など

1998年12月
職業紹介事業のあるべき方向と労働権保障
雇用法制研究会報告の批判的検討

【目次】

はじめに

長引く不況の下、日本の完全失業率は4%を超える高い水準を記録し、全国の公共職業安定所は連日、求職者であふれかえっている。労働者・国民の雇用不安感は完全失業率という数値が示す以上に深刻化しており、目いつ自分がリストラの対象となるのか、子どもの教育や住宅ローンはどうなるのか、といった先行き不安感は個人消費を冷え込ませる大きな要因ともなっている。一方、大企業を中心にすすめられているリストラ「合理化」は、中高年労働者や既婚女性労働者を主要なターゲットにしながら、正規雇用労働者のパート労働者、アルバイト労働者、派遣労働者、請負労働者、契約社員など非正規雇用労働者への置き換えを大規模にすすめており、総務庁「労働力調査特別調査」によると、1997年から98年の1年間に正規職員・従業員が0.5%減少したのに対し、パートは3.0%、アルバイトは7.2%という大幅な増加となっている。また、バブル崩壊とともに減少傾向にあった派遣労働者も、過去最高の伸びをみせている。
こうして、「安定した雇用を確保したい」「人間らしく働きたい」という労働者・国民の切実な願いと、人件費コストの削減によって競争力を強めようとする企業のあくなき利潤追求との間に生じる矛盾はますます大きくなっている。こうした中にあって、国民の労働権を保障すべき責務を負っている国がどういう施策を講ずるのか、ということがかつてなく大きく問われている。
労働省職業安定局は・産業構造の変化、国際競争の激化、労働力人口の高齢化、勤労者の就業意識の変化など、日本の労働市場を取り巻く状況が急速に変化する中で、雇用法制もこうした状況変化に対応した見直しが必要だとして、職業安定局長の私的研究会として雇用法制研究会を設置し、研究会は本年10月、「今後の労働市場法制の在り方について」と題する報告書(以下、「報告」)をとりまとめた。「報告」が示す基本方向は、(a)職業紹介事業への民間企業の参入を原則自由化することによって労働力需給の「ミスマッチ」の解消を図る、(b)それにともなって、「事前規制型システム」から「事後規制型システム」への移行を行い、それに見合ったルールを設定する、(c)公共職業安定機関は、「セーフティネット」としての役割を果たすとともに、民間職業紹介事業とは競争的な協力関係を構築する必要がある、という点にある。
一方、全労働省労働組合は、雇用法制研究会設置の目的からして、同研究会が示す方向は今後の労働者・国民の労働権保障に重大な影響を与えるとともに、労働権保障を実際に担保する機関である公共職業安定所を中心とする公共職業安定機関の業務のあり方にも重大な影響をもたらす可能性があるとして、雇用法制研究会の設置を重視し、1997年8月に「職安法プロジェクト」を発足させた。プロジェクトでは、労働者・国民にとって必要な職業安定法制のあるべき方向はどういうものか、近年の職業安定行政の中ではインターネットなどを活用した情報提供機能の強化が重視されているが、そういう動きをどう見ればいいのか、ヨーロッパ諸国やアメリカにおける職業安定行政や雇用の実態はどうなっているのか、などについて検討するとともに、限られた時間ではあったが、「報告」についても個別的な批判的検討を行ってきた。
本プロジェクト報告は、こうした検討を経た現段階でのとりまとめであり、「情報提供機能の強化」が今後の職業安定行政の方向にどういう影響をもたらすのかなど、さらに深めるべき検討課題も残されているが、政府・労働省が今後進めるであろう職業安定法など関連法の「見直し」論議にも一石を投じるものと考える。とくに、労働者・国民の労働権保障にとって何が必要なのかを真剣に考えようとする人々に目を通していただき、ご批判もいただければ幸いである。
「規制緩和」の大合唱の中で、一時は、有料職業紹介事業や労働者派遣事業などの民間職業紹介事業を自由化することが、激化する国際競争に日本企業が勝利し、日本経済を活性化させ、そのことが国民の生活を豊かにする決め手であるかのような主張が台頭し、世の中を席巻したかの感があった。今日でも、こうした主張は決して勢力を弱めてはいないが、他方で、民間職業紹介事業の自由化が労働者・国民にもたらす弊害を懸念する声も広がっている。その点でも、現在は、ヒステリックな自由化論に流されないで、今後の職業紹介事業のあり方を広く議論する絶好の機会ではないかと考える。

第1章 労働市場の特殊性と今日の職業紹介事業

(今日、雇用の流動化や職業紹介事業の規制緩和を主張する論者――雇用法制研究会のメンバーもその中に含まれるが――の労働市場に対するとらえ方は、一般の商品市場との相違を否定し、両者の共通性を強調するところに特徴がある。そこで、まずはじめにこのような理論を批判し、公的職業紹介の基本的役割について整理しておきたい。

一、労働市場の特殊性と公的職業紹介の役割

1、労働市場の特殊性と仲介機能

(1)労働市場と一般の商品市場との相違について
人はだれでも頭や手足を使っていろいろなモノやサービスを生み出す力(労働力)をもっている。市場経済が発達している資本主義社会ではこの労働力も一般の商品と同じように売買されている。しかし、労働力は一般の商品とは異なる性質をもっているため、労働市場を一般の市場と同じように考えることはできない。
まず第一に、労働力は入間=労働者と一体不可分の関係にある。労働力商品の買い手(使用者)は、-般の商品所有者とは異なり、それを自由に処分することはできない。あくまでも時間ぎめで労働者を指揮・命令し就業させる権限が与えられているだけであり、使用者は労働者の生命の危険がないように安全への配慮が義務づけられる。
第二に、労働市場においてははじめから労働力の買い手(企業)と売り手(労働者)とは対等な関係にはない。資本蓄積の仕組みによって、労働市場の買い手(需要)は売り手(供給)に対して作用し、需要側が供給をもコントロールするという特別なメカニズムを備えている。たとえば近年、企業のリストラによって離職失業者が増加し、それが世帯の中で求職者を増加させていることからもわかる。労働力商品は供給過剰になることが多く、しかも売り手(労働者)にとって不利であっても労働力の売り控えはできない。販売しなければ賃金を獲得できないからである。
このような特別な状況におかれた労働者に対して、国家は使用者と対等な立場に立つための条件として種々の保護措置の必要を認めたのである。「労働は商品ではない」というILOフィラデルフィア宣言の理念は、労働力が一般商品と根本的に異なる性質をもっているために、最低賃金制や団結権・団体交渉権・争議権の保障など労働者に対する国家の特別な保護措置が不可欠であるということを意味している。

(2)労働市場における仲介機能
労働力のこのような性質に加えて、地域間、職種間、産業間の労働移動は容易ではない。この点も、商品の自由な移動を前提とする一般の市場と比較して労働市場が異なることを示している。
そこで、労働市場において売り手と買い手を仲介する組織が存在しないならば、労働者は各自に適した職を得ることができないまま、労働力を売り急ぐ傾向にならざるをえない。このような特別な状況におかれた労働者が使用者と対等な立場に近づけるようにするために、国は種々の保護措置の必要を認めたのである。目公的職業紹介を国の責任において整備することは、このような保護措置の重要な柱である。
他方、求人側にとっても労働市場における仲介機能は重要である。企業が自前で労働者募集を行う場合にはそのコストを自ら負担しなければならない。大企業であれば独自に労働力募集組織を設けて望みどおりに労働力を確保することができるが、その余裕のない中小企業にとってはこうしたことは困難である。公的職業紹介は中小企業の労働力警保のためにも重要な役割をもっている。

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2、公的職業紹介の原則と役割

公的職業紹介は、労働者に対する不当な搾取を伴っていた営利的労働者供給事業を規制し、失業の緩和を目的として出発した。公的職業紹介の原則は、日本国憲法、世界人権宣言やILO「雇用政策に関する条約」(第122号条約)などに明記されている労働権保障にもとづいている。
第一に適職紹介が基本であって、就労を強制してはならない。第二に公的職業紹介は求職者に対して公平性を原則とする。第三に労使に対して中立でなければならず、労働争議不介入を原則とする。第四に職業紹介サービスは無料でなければならない。所得の高い者に有利に・低い者に不利になってはならないからである。
公的職業紹介が労働権保障にもとづいて行われている以上、それは単なる情報提供機能にとどまってはならない。この点で、たとえば求人情報誌の発行業者とは性格を異にしている。公的職業紹介の存在意義は、情報提供にとどまらず職業相談(コンサルタント)の機能や求人開拓、目公的職業訓練の推進および失業給付などを一体的に行うことである。

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3、職業紹介をめぐる公的責任と営利業者

以上のような公的職業紹介の機能を、営利追求を旨とする民営業者は代替しうるだろうか。利潤を確保できない領域については営利企業ははじめから参入しないであろうし、またいったん参入したとしても、利潤の確保が困難になった場合途中で撤退することもあり得る。それゆえ、民営業者に対して長期かつ安定的な職業紹介事業を担うよう求めることは困難がともなう。たとえば、失業者が増加する不況期には民営職業紹介事業は有効に機能しない恐れがある。またホワイトカラーの転職希望者の一定層にとっては民営職業紹介事業は有効でありうるが、種々の困難をかかえる長期失業者に対しては十分な貢献を期待できない。さらに、大都市圏外の地域では特にホワイトカラーの民営職業紹介事業は利用困難である。これらは市場原理にもとづく民営職業紹介事業の限界を示すものであるが、現に許可を取得して事業を営んでいる民営職業紹介業者に対しては、労働権を尊重して公共性の観点を堅持するよう求めるべきことは言うまでもない。

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二、職業紹介サービスの市場化

1、市場化の特徴

第2次世界大戦前の日本で横行した営利的民営職業紹介事業や労働者供給事業はしばしば中間搾取や強制労働の弊害をともなっていた。このため、これらは「労働の民主化」の観点から職業安定法(1947年)によって禁止された。職業紹介事業は公共職業安定所が行うことが原則とされ、例外的に特別な職業についてのみ有料職業紹介事業が許可された。ところが、近年、公的職業紹介が担ってきた職業紹介サービスを市場化(商品化)し、営利分野に転換する動きが盛んになっている。たとえば、1980年代はじめから活発になった有料の求人情報誌の発刊はその代表的事例である。90年代に入ると、ホワイトカラーを対象とする転職サービス(民営職業紹介事業)やアウトプレースメント、ヘッドハンティングが隆盛してきた。また、労働者派遣業者や民営職業紹介業者が顧客企業の人事管理や社員の再訓練のアウトソーシング(請負)を引き受けるなど、職業紹介にとどまらず労働力の訓練を含む人材サービス全般にまで営業領域を拡大しつつある。
このように、職業紹介サービスの市場化は、(a)情報の提供、(b)カウンセリングを含む転職、再就職の斡旋、(c)労働者の教育訓練にまで拡大し、しかもそれぞれが個別に、あるいは統合されて市場化が進んでいる。
ところで雇用法制研究会報告(以下、「報告」)は、ここで述べた「職業紹介サービスの市場化」を「労働市場」ととらえている。「報告」は、「『労働市場法制』とは、多数の求人者、求職者が存在する状況の下で、それらの求人。求職の結合に向けた活動を『労働力需給調整』として位置づけ、また、こうした労働力需給調整が行われる場を『労働市場』として位置づけた場合の労働市場における労働力需給調整及びこれを行う主体に関する法制を目指すものである」と定義している。「求人・求職の結合に向けた活動」はまさしく職業紹介事業にほかならず、これを「労働市場」と称するのは、それが市場化する、あるいは市場化すべきものという認識に立っているからであろう。
この労働市場における労働力需給調整を行う「主体」としては、公共職業安定機関とともに民間の「多様な労働力需給調整機関」が想定されており、後者は「市場原理に基づいて運営される」ことが前提されている。市場原理によらない公共職業安定機関と、市場原理にもとづく民間業者(求人情報誌発行業者を含む)が行う職業紹介活動が「労働市場」なる概念の中に混在させられている。現実の職業紹介の中には、公共職業安定機関や民間業者のほかに、「友人・知人の紹介」や「学校の紹介」など市場化されない活動もかなりのウェイトを占めており、「報告」のように「労働力需給調整が行われる場」がすべて市場化しているわけではない。

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2、求人情報誌の問題

(1)広告、求人情報誌の占める位置
職業紹介サービスの中で有料求人情報誌は有料かつセルフサービス形式を特徴としており、求人企業に対してだけでなく求職者に対しても料金を課している。求人情報誌・紙に関する公的な統計はなく、正確な広告件数や発行部数を把握することはできない。そこで入職者の入職経路の中での「広告」の位置について見ることで、おおよその動向を確認しておこう。
表1によれば、入職経路のなかで最も高い比重を占めているのが「広告」で、2535%となっている。もっとも、ここでの「広告」の中には、「新聞・雑誌(求人情報誌を含む)、チラシ・張り紙、折込広告、テレビ、ラジオなどの募集広告」すべてを含んでおり、求人情報誌はその一部にすぎない。ところで表1で注目されるのは、「職安」経由と「広告」経由とが好対照をなしていることである。バブル好況期には職安経由の比率が下がっているのに対し、広告経由の比率が急増している。ところがその後、不況による失業が顕在化した94年には逆の傾向が見られる。
つまり、不況期には求人広告機能が低下していることを示している。この傾向は、求人情報誌の広告件数にも反映している。不況期における機能低下は民営職業紹介事業にも共通する特徴である。

(2)求人情報誌をめぐる問題と求められる対応
職業紹介サービスの中でも求人情報誌は、求人企業から求職者への求人情報の一方通行が特徴である。求職者は情報誌に掲載された求人情報にもとづいて求人企業に直接コンタクトをとって就職活動を行う。労働条件などに関して虚偽や曖昧な情報が掲載されているならば、求職者は被害を被るおそれがあり、現にさまざまなトラブルが生じている。
こうした点を考慮して、全国求人情報誌協会は、「求人広告のための倫理綱領」と「掲載基準」を設けて会員企業にその遵守を求めている。また協会内部に読者(求職者)からのクレームを処理する体制を用意している。これらの倫理綱領や掲載基準が遵守されるならば、協会加盟企業については問題の発生は比較的少ないかもしれない。しかし、協会未加盟のまま情報誌・紙を発行し続けている業者も少なからず存在している。こうした事情を考慮すれば、自主規制には自ずから限界があると言わざるをえない。1997年6月に採択されたILO第181号条約は、その規制対象の中に労働者派遣業者、民営職業紹介業者とともに求人情報誌発行業者なども含めており、同時に採択された第188号勧告は「権限のある機関は、実際に存在しない職業についての広告を含め、不正な広告慣行および虚偽の広告を取り締まるべきである」と述べている。この趣旨を尊重して、求人情報誌などについても職業安定法の改正によって新たな規制をはかるべきであろう。

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三、公的職業紹介における情報ネットワークについて

1、職業紹介情報ネットワーク化の動き

求人情報誌の発行のように、これまで公的機関が担ってきた職業紹介サービス(求人・求職情報の提供、職業相談、斡旋など)の一部が個別に分断されて市場化されてきた。求人情報誌の発行、すなわち求人情報の商品化は求職者自身による求人企業へのアプローチ、すなわち求職活動のセルフサービス化という特徴をもっている。求人情報の市場化はインターネットによる求人情報サービスの提供によって新たな段階を迎えることになろう。
近年、ドイツ、スウェーデンなどにおいて、職業紹介情報のネットワーク化を基礎として公的職業紹介の分野で求人・求職活動のセルフサービス化が活発になっている。これは先に見た公的職業紹介の原則と抵触する要素をはらんでいる。ドイツ、スウェーデンなどを後追いするかのように、日本でも公的職業紹介の中でコンピュータネットワークによって職業紹介情報を提供する動きが始まっている。1997年5月に閣議決定された「経済構造の変革と創造のための行動計画」の中で、「人材移動の円滑化等」および「公共分野の情報化等」(労働・雇用分野における情報化の推進)の項で「公共職業安定機関における情報ネットワークの構築、パソコンを活用した情報提供機能等の強化」の方針が打ち出されている。職業紹介サービスのネットワーク化は、求人情報誌の場合と同じくセルフサービス化につながる可能性がある。

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2、日本における公的職業紹介業務のコンピュータシステム

(1)雇用保険トータルシステムおよび総合的雇用情報システム
公的職業紹介業務に関するコンピュータシステムとして、日本では「雇用保険トータルシステム」および「総合的雇用情報システム」が構築されている。前者は、各公共職業安定所の端末装置からのデータ入力によって、雇用保険適用事業所の設置・廃止、被保険者資格の取得・喪失等、および受給資格決定、失業給付支給などに関する業務を「労働市場センター」で集中的に処理している。また、後者は、全国の求人・求職データなどをコンピュータに蓄積し、これを活用して求人・求職の検索・照合および広域的な求人・求職情報、労働市場情報の作成・提供を図り、安定所における職業相談、紹介業務、雇用情報提供業務の充実強化をめざすものとされる。これら二つは独立したシステムであるため、今日では両者を統合したネッ卜ワーク化(「ハローネットワーク構想」)が構想、検討されている(労働省職業安定局「平成9年度の雇用の見通しと職業安定行政の重点施策」)。求人を受理した際に得た企業情報と、雇用保険業務をとおして継続的に入手できる企業の雇用管理の実情をつきあわせることで、より精度の高い、きめ細かい情報にもとづいて職業紹介サービスをすすめることができる。

(2)職業紹介支援システムとセルフサービス化の動き
現行の「総合的雇用情報システム」(職業紹介支援システム)は、全国の公共職業安定所の間ではりめぐらされた専用コンピュータによる求人・求職情報のネットワークである。九州や北海道の公共職業安定所の端末からでも東京や大阪の求人情報を瞬時に入手することが可能である。
しかし、現在のところ、このネットワーク・システムは安定所職員しか操作することはできず、ドイツ、スウェーデンのような求職者によるセルフサービスのシステムになってはいない。労働省は1999年度より試行的に首都圏の一部公共職業安定所を対象にインターネット上で求人情報を公開する方針を示しているが、まだセルフサービス方式によるものではない(『インターネット労働市場整備研究会中間報告』)。
今日の高失業状態を背景に、公的職業紹介においても情報ネットワークを活用したセルフサービス方式を導入すべきとの主張が高まることが予測されるが、果たしてセルフサービス方式は職業紹介サービスにとって積極的な意義をもちうるだろうか。

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3、公的職業紹介業務の情報ネットワーク化についての考え方

今日の職業紹介をめぐる第一の特徴は職業紹介サービスの市場化を求める動きであり、規制緩和推進論の主張はこれに拍車をかけている。第二の特徴は、情報ネットワーク化を基礎とする求人・求職活動のセルフサービスをすすめる動きである。そこで、公的職業紹介の機能を高める観点から情報ネットワーク化についてどのようにとらえるべきかについて提起し、この項のまとめとしたい。

(1)情報ネッ卜ワーク化による求人・求職情報の蓄積と情報管理の安全性
公的職業紹介において、求人・求職情報の体系的かつ豊富な蓄積は不可欠である。また、各公共職業安定所が管内企業の求人情報、雇用管理に関する情報(労働者の定着状況、解雇の有無、賃金動向など)をデータベース化することも重要である。これらをネットワークによって連結することも求人情報の質を高める上で必要なことである。
その上で忘れてはならないことは、プライバシーを多く含んだこれらの求人・求職情報に対する厳重な保護の措置である。規制緩和推進論者の中には、これらの情報を民間組織にも公開するよう求める主張があるが、これは情報に対する安全性の確保と両立できない。民間企業はたえず経営危機のリスクから逃れることはできず、民営職業紹介業者が倒産した場合、公的機関から得た情報が漏洩しないという保障はありえない。

(2)情報ネッ卜ワーク化と民主主義の原則
コンピュータシステムによる求人・求職情報の一元化は、労働力配置を効率的にすすめる強力な基礎を提供することになる。そこで、求職者の意思の尊重、適職紹介という原則を軽視すると、労働力統制の手段に転化するおそれが生ずる。情報ネットワークを構築し、活用するにあたっては、労働権保障という公的職業紹介の大原則を堅持すべきである。

(3)職業指導、コンサルタント機能の強化
公的職業紹介の基本は適職紹介が原則であり、求人企業から十分な情報を得たうえで、求職者に対する職業槽談(コンサルタント)機能を果たすことが何よりも重要である。困難な問題をかかえた求職者のために求人開拓を行うことも、公的職業紹介の不可欠の役割である。このように、公的職業紹介は単なる情報提供機関にとどまってはならず、情報ネッ卜ワークが整備されたとしても、求職者と職業紹介担当者との「直接的コミュニケーション」によるコンサルタント機能に置き換わるものではない。

(4)職業紹介のセルフサービス化について
求職者・求人企業と公共職業安定所職員との「直接的なコミュニケーション」が欠かせないとするならば、先に取り上げた職業紹介のセルフサービス化についてはどのように考えるべきだろうか。有料のセルフサービスとしては、求人情報誌の発行が、また無料のセルフサービスとしては公的機関や業界団体が行うインターネットによる情報提供などがある。民間企業が行うセルフサービスと公共職業安定機関の行うそれとの違いは、後者にあっては求人情報についての確実性、事実の担保に十分な注意を払っていることである。それゆえ、後者は厳密な意味ではセルフサービスではない。
セルフサービスの場合、求職者は自力で求人企業と交渉し契約にこぎつけなければならない。
ここでは、交渉力のある個人が前提となっている。失業状況が深刻化するもとでは・そのような人々の比率は低下するであろう。
また、ドイツやスウェーデンでは、情報ネットワークを基礎にしたセルフサービスは、他面において困難な条件にある求職者に対する職業相談を充実するなど職業紹介サービスの質を高めることが追求されており、けっして職業安定所職員の削減を目的としたものではない。この点は重要なポイントである。ひるがえって日本の場合・情報ネットワークを基盤とするセルフサービスの導入が公共職業安定所の職員定数の削減による職業紹介サービスの低下に結びつかない保障はあるだろうか。情報ネットワーク化は求人・求職情報の質を高め、個々の求職者に対する職業紹介サービスの充実につなげるために行われるべきである。
さらに付け加えるならば、交渉力のある求職者の場合でも、セルフサービスである限り、安定所職員との直接的なコミュニケーションを介して、情報収集のプロセス、収集時の状況などさまざまな周辺情報を織り交ぜた中身の濃い求人情報を入手することは不可能と言わねばならない。
ここにはセルフサービスの限界が示されている。

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第2章 働く権利と職業安定法制

一、労働権と国の責任における雇用保障
- 職業安定法制を「労働市場法制」と位置づけることの問題点

1、「労働市場法制」と、「労働は商品ではない」という法理念・法原理

「報告」は、産業構造の変化など労働市場を取り巻く状況の急速な変化を理由に、労働市場における労働力需給調整機能の強化を報告書を取りまとめるうえでの重要な課題として提示する。
また、「労働力需給調整に関する国際基準の大きな変化の中で、今後の労働市場法制が、いかなる基本的な理念と枠組みに立って設計されるべきかについて検討を行った」とし、唐突に「労働市場法制」という用語を導入している。
この「労働市場法制」という用語法自体、「労働は商品ではない」ことを基本的な前提に、労働者を権利主体として労働権や労働条件の権利を確認してきた労働関係の国際条約の理念に反するという疑念を生むものである。
「報告」は、職業安定法の抜本的な改定を提案するものであるが、憲法、国際人権規約、ILOの諸条約・勧告等に示された雇用保障を中心とする労働法の基本的な理念や思想に反する内容を数多く含んでいる。「報告」は、従来の国内および国際的労働法体系との関連や脈絡を具体的に示しておらず、1997年のILOの国際労働基準の見直しをほとんど唯一の根拠として示しているに過ぎない。
しかし、その法的根拠とされる「1997年のILO民間職業事業所条約(第181号条約)」についても、「報告」の評価は意図的とも言えるほどに一面的であり、少なくとも正確な評価とは言い難い。ILO憲章をめぐる理念や歴史的経過、さらに諸条約に刻まれてきた具体的な規制内容をふまえた客観的かつ慎重な評価が必要であることを強調しておきたい。
「報告」は、専ら社会経済的環境の変化を理由に労働市場をめぐる法規制の緩和を急いでいる。しかし、職業安定法を中心とする法制度を抜本的に改定するのであれば、それが密接な関連をもつ憲法(とくに第27条)、国際人権規約、ILOの憲章や諸条約に示された法的理念との関連についても具体的・説得的に示すことが必要である。報告の基調となっているのは、市場経済原理にもとづく「労働市場」を前面に押し出して、従来の国の責任による雇用保障を後退・縮小させる考え方である。しかし、国際的には、第2次世界大戦後、「労働は商品ではない」という原理が広く受け入れられ、各国の労働法や国際的な人権規範や国際機関の条約の規定にも受け入れられている。
労働を再び商品と同様に市場原理に委ねようとする市場経済優先の労働政策にもとづいて法制度の再編を提言する「報告」の考え方は、「労働は商品ではない」という大原則に違反する。法的には、憲法をはじめ、多くの国際労働法規と抵触するものである。
まず、1947年施行の日本国憲法は第27条で「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」と規定し、国民の「勤労の権利」、つまり「労働権」を明確に保障している。同じ年に制定された職業安定法は、「公共職業安定所その他の職業安定機関が、関係行政庁又は関係団体の協力を得て、各人に、その有する能力に適当な職業に就く機会を与えることによって、工業その他の産業に必要な労働力を充足し、以て職業の安定を図るとともに、経済の興隆に寄与すること」を目的にあげ、失業保険法(後には、雇用保険法)と並んで嵐憲法第27条の労働権保障を具体化することを直接に目的とした法律である。
憲法第27条や職業安定法は、ILO(国際労働機関)の当時の労働権に関する考え方に強く影響を受けていることは明らかである。ILOは、1944年5月のフィラデルフィア総会で、ILO憲章自体を修正し、同憲章を補完する部分として「フィラデルフィア宣言」を付け加えることになった。その宣言は、ILO自体の基本的な原理、目的、目標を示すものであるが、ILOがその基礎とする原理として確認された第一のものは、『労働は商品ではない』という原理であった。
「労働は商品ではない」という思想は、資本主義社会で労働力が商品化し、労働市場の取り引きに委ねられる弊害が明らかになるなかで、多くの論者によって指摘されるようになったものである。例えば、1891年のローマ法王レオ13世の回勅(The Workers' Charter: The Encyclical Rerum Novarum)の中では、「たしかに自由な賃金の約定が許されているが、賃金は、自然的正義に反して、質素で正直な賃金生活者の生活を維持するのに不十分なものであってはならない」と指摘されていた。
「労働は商品ではない」という表現は、1919年にILOが創設される前に、アイルランドの経済学者、ジョン・ケルズ・イングラム(John Kells Ingram)や、アメリカの労働運動家サミュエル・ゴンパースなどが使用しはじめたものであるが、第2次世界大戦期、とくにフィラデルフィア総会時にILOの事務局長であったエドワード・J・フィーラン等によってILO憲章にまで高められることになった。
ILOが最も基本的なものとして位置づけた「労働は商品ではない」という考え方の意義は、次の三点にあると考え.られる(Paul O'Higgins)。

(1)一つは、労働の価格=賃金の決定を市場経済の取り引きの原理にのみ任せてはならない、ということである。
経済学者の一部は、労働をあたかも一つの独立した実体のように論議するが、労働を、労働者の人格と切り離して考えることはできない。労働を商品として、穀物のように取り引きの対象として市場原理にまかせる考え方は、人間の個性、要求、感情などを完全に無視することになる。抽象的には、使用者と労働者の間で結ばれる契約と商品売買契約とは類似していると言える。しかし、労働を商品と考えて市場原理を唯一の整序者とすれば、賃金は、労働者とその家族に相応しい生活を満たす水準以下になってしまう。
逆に言うならば、賃金が一定水準以上でなければならないことを明確にしたILO条約や国際人権規約の諸規定は、この「労働は商品ではない」という思想を強く反映しているのである。

(2)二つ目の意義は、労働者を商品のように売買することを禁止するという文字どおりの意味である。つまり、労働者は、その合意なしに、元の使用者から別の者に移転させられないことを意味している。

(3)第三の重要な意義は、ILO自身が、労働市場の弊害を予防し、また、除去するために、雇用を保障することを国の重要な行政として位置づけたことである。
ILOは、1919年の「失業に関する勧告」(第1号)以来、職業紹介は商業的取引ではないことを理由に、職業紹介業務が公的機関の責任の下に行われること、さらに「職業紹介事業は国による独占とする」という国際的基準の確立を各国に求めて、民営の有料職業紹介所の廃止を強く求めてきた。1933年の「有料職業紹介所に関する条約」(第34号)では、3年の民間の有料職業紹介所廃止期限を設定し、新たな設立は認められないとした。
その後、1944年のフィラデルフィア総会の後には、1948年「職業安定組織の構成に関する条約」(第88号)で、職業安定組織は国の指揮下にある全国組織とし、職業紹介が原則としては無料で公的機関によって行われることを求めた。とくに、1949年には、(a)有料職業紹介所を漸進的に廃止するか、(b)それらを規制するかの選択を加盟国に認めるとして、第34号条約の規制を緩和した「有料職業紹介所に関する条約」(第96号)を採択して各国での実際に批准されやすい形に変えることになった。
さらに、1949年の移民労働者条約と1975年の劣悪な条件の下にある移住並びに移民労働者の機会及び待遇の均等の促進に関する条約は、国際労働市場に暗躍する悪質なリクルーターを規制することを重要な内容として、移民労働力の違法な取り引きを禁止している。
1964年の雇用政策に関する条約、1988年の雇用の促進及び失業に対する保護に関する条約を含めて、ILOは、国による積極的な雇用保障行政の役割を重視し続けてきたと言えるのである。
日本国憲法制定以降、1948年に採択された国際連合の「世界人権宣言」は第23条で「労働に関する権利」を宣言した。その第1項は、「すべて人は、勤労し、職業を自由に選択し、公正かつ有利な勤労条件を確保し、及び失業に対する保護を受ける権利を有する」ことを明記し、とくに、第3項では「勤労する者は、すべて曳自己及び家族に対して人間の尊厳にふさわしい生活を保障する公正かつ有利な報酬を受け、かつ、必要な場合には、他の社会的保護手段によって補充を受けることができる」ことを明確にしている。
さらに、1966年の国際人権規約(A規約)は、第6条で「労働権」を保障し、規約の締約国は、「この権利を保障するため適当な措置をとる。この権利には、すべての者が自由に選択し又は承諾する労働によって生計を立てる機会を得る権利を含む」として、労働権を保障するうえでの、それぞれの国の重要な役割を確認している。
とくに、「労働は商品ではない」という原理の第一の意義(前述)と関連するのは、第7条の「労働条件についての権利」の保障規定である。つまり、同条は、規約の締約国が、「すべての者が公正かつ良好な労働条件を享受する権利を有することを認める」とし、その労働条件のうち報酬については「公正な賃金及びいかなる差別もない同一価値の労働についての同一報酬」と「労働者及びその家族のこの規約に適合する相応な生活」を与える最小限度の報酬をすべての労働者の権利として確認しているのである。
以上の点から、ILO憲章や日本国憲法第27条、さらに国内法としての効力をもつ国際人権規約に示されるのは、「労働は商品ではない」という明確な理念であり、「労働を商品とする労働市場」で、労働(力)の価格が需給関係を直接に反映した取り引きの自由によって決定されることを否定するものであり、労働者とその家族が人間としての尊厳にふさわしい最低限度の賃金を保障されるように、労働条件の権利を国が保障する義務を負うことであると考えられる。
以上、概観したとおり、戦後日本で形成された公的職業紹介などの法規制の基本原則は憲法、ILOや国際人権規約等の基本的考え方を具体化したものであって、単なる政策立法ではない。
職業安定法を中心にした労働権や労働条件の権利を保障する雇用保障立法は、いわば労働法体系の「骨格」と言える法規制と言えるものである。これを「労働市場法制」として市場経済の原理を前面に立てることは、従来の理念を根底から覆すことになりかねない。
むしろ、日本は、国際的にはいわゆる先進諸国の中でも最も遅れた「労働法後進国」として有名である。政府機関を含めて、国際連合やILOなどから労働者の権利を擁護するように繰り返してきびしい指摘を受けている。職業安定法の規制も、1980年代以降の労働行政の目立った後退や規制緩和の流れの中で、現実には形骸化・空洞化が進んでいる。雇用の不安定化、労働条件の劣悪化やその格差拡大、リストラ名目での失業の増加など、労働権をめぐる状況は急速に悪化しており、危機的状況が強まっている。
労働市場にかかわる法制度を見直すときには、まず、この現実の見直しから出発するべきである。こうした現実をふまえて、国際的に確立した「労働は商品ではない」という労働権・労働条件保障の理念を誠実かつ真摯に日本国内で実現することこそ、本来めざすべき方向であると考えられる。

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2、職業安定法の雇用保障法制としての発展の方向

(1)憲法第2了条にもとづく職業安定法制
憲法第22条は、労働の自由=「居住移転・職業選択の自由」を保障しているが、第27条は「労働の自由」を超えて、国民により積極的な意味で「労働の権利」を保障している。第27条の規定にもとづいて、国は、勤労者の労働権を保障するために積極的な労働行政を展開することが求められている。とくに、国は、労働市場の自由放任が労働者にとって多くの弊害をもたらすことについて、事後的に規制するだけでなく、行政機関を通じての積極的な施策によって予防的に対応し、むしろ、その行政機関を通じて自ら労働機会の発見を援助し、場合によっては公的就労保障事業を行うのである。
実際、戦後展開された職業安定法を中心とする、公的職業紹介、民間の有料職業紹介の規制、労働者供給事業の規制、さらに失業保険法や失業対策法による公的就労事業などの雇用保障の法体系は、憲法第27条の規定を具体化したものであった。
第27条をめぐっては、完全雇用をめざし失業者の生活保障のために努力すべき「政治上の責務」を国家に課したとし、同条を「プログラム」規定であるとする消極説がある。しかし、最も消極的なプログラム規定説に立ったとしても、職業安定の行政組織の確立を否定できないところである。とくに、職業安定法制が整備されて独自の法体系が形成され、それがすでに長年にわたって機能を果してきたのであって、もはや職業安定法制は憲法体系の中に確固とした地位を築いたと考えられる。
したがって、憲法第27条が国に課した労働権保障義務の履行に反する方向での立法の後退は違憲評価にさらされることになる。合理的理由なしに既存の雇用保障の法規制を緩和したり、水準を引き下げることは、憲法第27条が設定する労働権保障義務に反すると言わなければならない。抽象的・一般的に「市場原理」を優先させ、国の労働権保障義務を後退させる方向で職業安定法を規制緩和することは、憲法第27条に違反すると考えられるのである。

(2)職業安定法の本来の発展方向
憲法第27条は第2項で、「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」と規定している。したがって、同条第1項で保障されるべき雇用については、この法律(労働基準法など)で定められた基準以上の労働条件が保障されるべきことが前提になっている。ILOは、戦後約50年を経過して、差別禁止、団結権・団体交渉権保障、労働条件、社会保障など多くの点で労働基準を向上させており、国際人権規約(A規約)第6条は、労働の権利には「すべての者が自由に選択し又は承諾する労働によって生計を立てる機会を得る権利」を含むことを明確にしている。
憲法第27条や国際人権規約が権利として保障する労働は、労働の機会を保障すればどんな労働(雇用)でもよいものではない。憲法第27条が保障する、労働の権利としては、第25条の「健康で文化的な最低限度の生活保障」、第28条の「団結権、団体交渉その他団体行動権保障」などの関連規定をふまえて積極的な内容をもつ雇用(労働の機会)の保障が必要である。
ILOが第34号条約や第96号条約で、公的職業紹介を原則としてきたのは、求職段階での労働者、とくに失業労働者が置かれている特別に弱い社会・経済的立場を考慮し、民間の営利業者に委ねることによって大きな弊害が生じることを危惧してきたからである。すなわち、求職労働者の弱味に付け込んで、多くの重大な弊害が予想されることから、労働市場の自由放任を改めて、公的職業紹介を通じた求職労働者保護の規制が特別に必要とされていると考えられる。
国による公的職業紹介を原則にすることで、次のような弊害を排除することができると考えられる。
(a)不公正で非民主的な労働関係の形成
(b)営利業者による中間搾取
(c)公正で良好な労働条件に反する劣悪な労働条件
(d)短期契約など不安定な雇用(非正規雇用)
(e)性差別、障害者差別など差別雇用
(f)労働組合の弱体化
各国で共通しているのは、間接雇用の弊害が営利業者による職業紹介や労働者派遣と結びついてきたことである。すなわち、一方で、典型雇用の直用労働者が、労働立法や労働協約の発展によって保護や労働条件水準を向上させるなかで、他方では、使用者は、安上がりの保護を受けない無協約労働者を利用しようとする動機を強くもつようになる。使用者責任免脱を目的とする間接雇用の弊害を排除するためには、有料職業紹介や営利的労働者派遣事業を排除したり、制限することが不可欠となるのである。
日本では、職業安定法にもとづき、国による職業紹介、職業指導、雇用保険その他、同法の目的を実現するために全国各地に公共職業安定所が設置されているが、この公共職業安定所は、障害者の就職について特別の職業指導を行うことが義務づけられ、高年齢者や障害者などの就職困難者をはじめ、すべての求職者と事業主に対して公平に無料で職業紹介サービスを提供する点で、営利的な民間の有料職業紹介事業に比べて優れた特長をもっている。
前述したとおり、「労働は商品ではない」という原理は、第一の意義として、人間らしい生活を保障する最低限度の賃金をすべての労働者に保障することであった。本来であれば、公的職業紹介の段階で、上記の (a)から(f)の弊害を排除すること、とくに、労働基準法に違反する労働条件(労働時間など)の求人については厳格なチェックを行うことのできる態勢を強化することが必要である。
しかし、1980年代の職安行政の再編整備に伴って、不安定で差別的な労働条件をともなう雇用形態についても、そのままで求人・求職を扱うという公共職業安定所の対応の重大な変化が始まり、パートタイマー、嘱託、契約社員など、不安定な短期雇用で正社員と明らかな労働条件格差や社会保険の不適用を伴う非正規雇用の求人が公認されることになった(パートバンク等)。
その後も、(a)職安行政と労働基準監督行政の連携の不十分さ、(b)労働基準監督体制の人員不足など監督行政自体の停滞、(c)労働者を保護する労働基準法の規制そのものの緩和などが進むことになった。とくに、1997年の施行規則の大改正によって、有料職業紹介が事務・営業について原則自由化されるなど、その性格が急速に変えられようとしている。現実には、職業安定法の形骸化・空洞化がすでに急速に進行しているのである。
EU諸国では、労働条件が産業別や全国単位の労働協約によって設定され、それが未組織労働者にも拡張適用されるという慣行が社会的に定着し、さらに適用を自営業形式の家内労働者などにも確実に及ぼす目的で最低賃金法などの規制が整備されている。こうした国では、労働市場において民間営利業者に職業紹介を委ねる割合を拡大したとしても、不公正で劣悪な労働条件の雇用が急速に拡大するといった危険や個々の弊害が生じるという要因は比較的に少ないと言えるであろう。
これに反して日本では、同じ労働であっても企業規模、雇用形態、年齢などによって労働条件をめぐる格差がきわめて大きい。職業紹介の対象となる雇用について、労働条件や雇用期間についての規制も緩和されている中で、自由な労働市場の機能を拡大すれば、正規雇用労働者の労働条件水準や雇用の安定が破壊される。そして、非正規雇用の不安定で劣悪な労働条件が拡大して、近い将来、日本の雇用全体の中で支配的なものとなっていく危険が強くなるのである。
ところが、今回の「報告」は、各国の労働市場や法規制についての詳しい比較研究を前提にしているとされているが、各国の状況と比しての日本の特殊性について、意識的に認識を欠いている。具体的には、次の点を指摘することができるであろう。
(a)職業安定法・職安行政において現実に進行してきた形骸化・空洞化についての批判の視点だけでなく、認識をまったく欠いている。
(b)とくに、公正かつ良好な労働条件に反すると考えられる非正規雇用について、これを職業紹介の対象とすることについての問題意識や問題点指摘がまったくないことは、「報告」の基調にかかわるきわめて重大な欠陥である。
(c)正規雇用労働者が非正規雇用労働者に代替させられるというのが現実の雇用のきびしい現実であるが、この点についての批判的な問題指摘がまったくない。
(d)関連して、日本では、いわゆる子会社や系列会社としての民間業者が多いことによる弊害や問題点がほとんど指摘されていない。
とくに、現実に雇用破壊が進行しているなかで、公共職業安定所の機能を後退させる「報告」の意図は、明らかに現実の要請に反するものであり、雇用破壊をいうそう促進することにつながるものと言わざるをえない。さらに、ILO第181号条約は就職情報サービスも「民間職業事業所」として規制の対象に加えている。しかし、現行の職業安定法では、就職情報誌やインターネット等のニューメディアによる求人・求職についてはほとんど公的な法規制を加えていないし、その弊害についても正確な全国的な統計や調査さえないのが現実である。

(3)アメリカ・モデル志向の問題点
「報告」が、従来の日本の職業安定法制を抜本的に見直す方向でモデルにしていると思われるのは、アメリカの法制度と考えられる。すなわち、アメリカは、労働市場に対する法規制がきわめて緩やかで、ほぼ「市場原理」に委ねている国と言えるからである。
しかし、日本は、前述の通り、憲法によって労働権保障を明確にしており、まったく異なった法制度を採用したのであって、アメリカをモデルに法見直しを論じることは正しくない。すなわち、日本はEU諸国の多くに類似して、社会的人権としての労働者権を憲法上の権利にまで高めて明確に保障することを建て前としてきた国であり、EU諸国やILO条約の趣旨に従って、職業安定法を基軸に雇用保障法制を展開し、国による職業安定行政を通じて、労働権を具体化してきた。
これに反して、アメリカは自由な「市場原理」を最も重視する国であって、日本やEU諸国の多くのように憲法上の労働権保障をもたない国である。アメリカには、労働については各種の差別を禁止する法規制以外には、目立った雇用保障関連の法規制は存在しない。とくに、「解雇の自由(employment at will)」が支配しているアメリカの雇用法制度は、日本やEU諸国、さらにILO条約が、長期雇用を原則として、立法や判例法理を通じて雇用保障を基本的な法原理として承認する国とは根本的に異なっている。
こうした日米の法制度の根本的な相違を無視し、アメリカをモデルに職業安定法制の見直しをめざせば、憲法違反、国際人権規約違反、ILO条約違反などをはじめ、従来の判例法理をも否定することにつながり、法的にも社会的にも重大な混乱や弊害を生ずる危険が大きくなる。

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二、ILOの動きと日本の現状について

1、ILO第181号条約の基本的な趣旨

「報告」は、1997年ILO総会で採択された第181号条約(民間職業事業所条約)を、第96号.条約(有料職業紹介所条約)に代わる新た、な国際基準としての性格をもっていることを強調して、今後の労働市場法制を見直す契機として位置づけている。
たしかに、ILOは長年にわたって労働者派遣事業の問題を討議すべきかどうかを検討していた。そして、第81回ILO総会(1994年)では、労働市場の機能における民間職業事業所の役割が議題となり、第96号条約の改正問題を1997年の第85回総会の議題とすることが決定されたのである。
結論的に指摘すれば、この第181号民間職業事業所条約は、ILOの三者構成という組織的な特徴を反映していて、明確な一義的な内容をもっているとは言い切れない。とくに、1997年の総会では、条約採択をめぐって、各国政府や労使代表が激しく対立し、それぞれの立場から多くの修正提案が提出され、条約規定がかなり修正されるという異例な展開になったのである。
日本政府や財界は、この条約が、労働者派遣事業や有料職業紹介事業の規制緩和の流れに沿ったものであることを強調してきた。しかし、日本の使用者代表は同条約と同時に採択された勧告には賛成することができず、棄権にまわった。このことに象徴的に示されているように、1997年ILO緯会の議論は、多くの思惑が複雑に入り組んだ形で決着したものであり、次のような多様な側面や要素を含んでいるというのが正確なところだと考えられる。
つまり、
(A)厳格な条約・勧告などによる労働市場規制の一定の緩和
(B)民間職業事業所の活動の容認と公的なコントロール
(C)派遣労働者に対する保護
の三つの面である。
すなわち、ILO第181号条約は、従来の「有料職業紹介所」とは異なり、新たに「民間職業事業所」(日本政府訳=英語ではPrivate Employment Agency)という概念を導入し、この民間職業事業所に対して新たな規制を及ぼし、それを国際労働基準にしょうとするものである。EU諸国でもILO第96号条約に抵触するような「労働者派遣事業(Temporary Work Agency)」を公認する立法が広がってきた。ILOは、単純に公的職業紹介を後退させ、民間の労働者派遣事業や有料職業紹介事業を無限定に解禁しようとするものではない。むしろ、「民間職業事業所」には、(a)狭義の有料職業紹介事業、(b)労働者派遣事業、(c)その他の就職情報提供などの民間サービス、の三つを規制の対象とすることになったのである。
こうしたILOの態度は、たしかに従来は認めてこなかった民間の雇用サービス業を公認する点では規制緩和の側面(A)をもつことは否定できない。しかし、この(A)面だけを強調するのは正しい態度ではない。ILOは、むしろ、国の職業安定行政機関による公的職業紹介の共存を前提に(第88号条約)、従来の条約や勧告ではまったく視野に入っていなかったといえる「労働者派遣事業」や多様な「民間雇用サービス」をも規制しようと、その対象を拡大したのである。
この規制拡大・強化の側面(B)を正しく指摘するべきである。これらに一定の適切な規制を加えることによって、民間職業事業所から生ずる弊害を除去しようとしているのである。
さらに重要な側面は、新たな状況に対応して、民間職業事業所にかかわる弊害を除去する目的で労働者の権利について詳細なリストを挙げ、各国の立法的規制を求め、国家や使用者の責任を具体的に求めていることである(C)。
ILOは、ここ数年にわたって、1994年「パートタイム労働条約」(第175号)、1996年「家内労働条約」(第177号)を採択し、さらに、1998年には請負形式の労働者の保護を目的とした「契約労働条約」を審議したという一連の流れをみれば、とくにこの(C)面を重視すべきである。
すなわち、ILOは従来の直用・フルタイムといった典型労働の労働者だけでなく、非典型労働にも規制を及ぼし、労働者を新たな状況の中で適切に保護するために、こうした非典型雇用を一応承認したうえで、公的な規制を拡大して詳細で厳格な保護を加えようとする態度を示している。
1997年の「民間職業事業所条約」と「同勧告」についても、こうした流れの中で位置づけることによってその基本的な性格を理解することができるし、そのように理解するべきである。

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2、第181号条約は日本における民間職業紹介事業自由化の根拠にならない

政府や財界は、ILO第181号条約の性格として、上の三つの側面のうち労働市場に対する法規制の緩和の面(A)だけを意識的かつ過度に強調している。
すでに1997年4月には、同条約が採択される前にもかかわらず、(A)面だけを強調し、施行規則改正という形で、有料職業紹介事業(サービス業部門)での原則自由化を強行してしまった。
現在、労働者派遣事業の原則自由化を内容とする労働者派遣法改正案が国会に上程されている。
そこでも、同条約が、派遣対象業務を限定していないことを、労働者派遣法の規制緩和の理由としている。
しかし、こうした立法政策の推進はILO第181号条約の意図的な濫用にほかならない。本来であれば、同条約の批准をめぐる論議を先行させて、同条約がもっている本来の多様な側面について、とくに(B)や(C)の側面についても詳しく国会や国内世論に伝えたうえで法改正を進めるべきである。
要約的に言えば、次の4点から、ILO第181号条約は、日本における職業安定法の規制緩和、とりわけ民間職業紹介事業自由化の根拠とならないのである。

(1)まず、ILOの他の基本的な条約の批准については、先進諸国の中でも消極的な対応が目立つ日本政府が、この第181号条約に限って十分な情報を開示しないまま、それを利用して、拙速と言えるほどに急ピッチに関連法規の改正を進めている。これは、国内的にだけでなく、国際的にも不誠実な立法態度である。ILOの各種規制をほとんど受け入れていない日本が、他の多くの労働者保護や差別禁止を定める諸条約を批准することなしに、第181号条約の一面だけを強調することは余りにも身勝手な態度と言わざるを得ないのである。

(2)次に、ILOの基本原則では「労働は商品ではない」という憲章の規定は変更されていない。ILO第88号条約は、依然として国の職業安定行政の充実を求めており、公的職業紹介を前提にしている。その例外として民間職業紹介が認められたに過ぎない。

(3)第三に、ILOは団結権や団体交渉権を重視し、労働者自身による労働条件改善を各国の労使関係でも尊重するべき基本的な内容として求めている。EU諸国では、未組織労働者への拡張適用慣行が普及し、労働協約適用を受ける労働者が全体の8割から9割にも達している。派遣労働者など団結・団体交渉活動を展開できない未組織労働者が広がる日本的現実で、それをいっそう進める形での民間職業紹介事業自由化は、ILOの基本的立場と大きく離れている。

(4)最後に、ILOは労働者保護について詳細な規定を定め、日本の政府や経営者に大きな課題を課すことになっている。
同条約は、民間職業事業所の三類型全体に関連して、労働者の結社の自由・団体交渉権(第4条)、差別禁止(第5条)、個人情報の保護(第6条)、手数料徴収の禁止(第7条)、移民労働者保護(第8条)、児童労働保護(第9条)、苦情処理制度・手続(第10条)を保障している。さらに、同条約第11条は、労働者派遣事業に雇用される労働者に対し、「(a)結社の自由、(b)団体交渉、(c)最低賃金、(d)労働時間その他の労働条件、(e)法令上の社会保障給付、(f)訓練を受ける機会、(g)職業上の安全及び健康、(h)職業上の災害又は疾病の場合における補償、(i)支払不能の場合における補償及び労働者債権の保護、(j)母性保護及び母性給付並びに親としての保護及び親に対する給付」について十分な保護が与えられることを確保するために、国内法・国内慣行に従い必要な措置をとることを各国政府に求めている。
日本の現行法規制、とりわけ労働者派遣法や職業安定法の現状を考えると、ILO条約を批准するためには、法規制をよほどきびしく強化することが必要であると考えられる。

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第3章 雇用法制研究会報告は何をめざしているか「報告」の批判的検討

一、職業安定法制の根本的転換を迫る「報告」

憲法第25条(生存権)、第27条(勤労権)および第22条(職業選択の自由)の規定からすると、これからの職業安定法制の整備の方向として必要なことは、国民の生存権・労働権を保障するため、国が直接責任として職業紹介事業を行うことをより明確にすることであり、営利を目的とする民間職業紹介事業においても、労働者保護および団結権などの権利保障を徹底するという原則を確立することである。これは、官民を問わず、職業紹介事業を行うものの最低限の社会的責任である。
以下では、この観点から、「報告」がこれからの職業安定法制の目的や国の役割をどう考え、民間職業紹介事業との関係をどのように位置づけようとしているのか、について述べることとする。

1、民間企業の参入自由化を提唱

報告」では、現行の職業安定法は「公共職業安定機関の職業紹介等に係る運営の基準が民間の労働力需給調整機関に準用されているなど、公共職業安定機関による職業紹介を中心とした規定になっており、民間の労働力需給調整機関の役割を正面から視野に入れた労働市場の法的枠組みの整備をする必要がある」と述べ、民間職業紹介事業を公共職業安定機関と並ぶ労働力需給調整機関と位置づけ、それに対応した「労働市場法制」としての法体系の整備を提唱している。
また、職業紹介事業を行う民間企業の活動については、「従来の事前規制型システムの下では、民間職業紹介事業等の活動が原則として禁止されていたが、今後は、労働市場への参入についての一定の要件を満たす限りは、民間職業紹介事業等の活動を広く認めることが適当である」として、職業紹介事業への民間企業の参入を原則自由とすべき、との方向を打ち出している。
このように、「報告」が示す方向は現行の職業安定法を中心とする職業安定法制の基本的なあり方の抜本的な変更を求めるものであるが、「報告」ではその理由として、労働力の需要サイドおよび供給サイ、ドからのニーズの多様化をあげている。しかし、先に指摘したように、労働市場においては、労働力の需要側が供給側の行動をもコントロールするということを再度確認しておく必要がある。例えば「報告」では、「短時間労働や派遣就業への志向等就業ニーズの多様化」を述べているが、労働省「労働者派遣事業実態調査」(1997年)においても、「正社員として働きたいが就職先が見つからないから」が26.3%、「正社員として就職先が見つかるまでのつなぎとして」が10.1%と、正社員として働きたいがその機会が得られないために派遣労働者として働いている人が3分の1を超えるし、「残業・休日出勤をしなくてすむから」(22.6%)、「働く時間を限って働けるから」(22.8%)など、日本の長時間労働を反映したと思われる動機もある(5つ以内の複数回答)。「派遣就業への志向」とは言っても、決して積極的な理由で派遣労働者になっている労働者が多数とはいえないのが実態なのである。
さらに「報告」は、「我が国においては、従来、いわゆる長期雇用等の雇用慣行の下で、企業自体が労働力の効率的な配分や失業の抑制に大きな機能を果たしてきたといえるが、急速な産業構造の変化、国際競争の激化、経済構造改革の推進等の下においては、こうした企業の機能にも限界が生じている」として、大企業を中心に猛威をふるっているリストラ「合理化」、正規雇用から非正規雇用の置き換えを容認し、それへの対応策として「労働力需給調整機関の機能の強化」が提唱されている。
このように、職業紹介事業への民間企業の参人自由化は、今後の大規模な雇用の流動化は避けられないものとし、それを積極的に推進する方向で職業安定法制の根本的な転換をはかろうとするものである。

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2、崩れた参入自由化の前提と、営利追求を求める民間企業

ところで、職業紹介事業への民間企業の参入自由化を求める主張の前提には、国際競争の激化とドラスティックな産業構造の転換という条件の下で、衰退あるいは低生産性産業から成長あるいは高生産性産業への大規模な雇用の流動化は避けられないし、その規模は数百万に達する、というものがあった。その時、公共職業安定機関中心の労働力需給調整ではこうした大きな変化には対応できず、民間企業の力を積極的に活用しないと高失業を招く恐れがあり、ひいては日本経済の活力をも削いでしまう、というのがそれらの論調であった。
これについて、通産省・産業構造審議会総合部会基本問題小委員会報告書(1994年6月、以下「産構審報告」)は、「新たなフロンティア開拓の必要性や産業構造転換等にともなう転職を通じた就業構造調整の重要性が高まる中で、労働市場の部分的流動化、複線化を図り、柔軟で選択可能な雇用システム・労働市場(参入しやすく、転職しやすい労働市場)の形成を図っていく必要がある」として、産業政策の立場から雇用の流動化を主張しているが、「報告」の方向はこれと基本的に一致するものである。
「産構審報告」は同時に、「新規・成長分野」として、住宅関連分野、医療・福祉関連分野、情報・通信関連分野、人材関連分野など12分野をあげ、これらの市場規模は1990年代半ばの130兆円程度から、2010年には350兆円規模に拡大し、雇用も同じ期間に約850万入から1,370万人程度へと520万人も増えるものと構想していた。中でも、情報・通信関連分野は「重厚長大産業」に代わる今後の「リーディング産業」と位置づけられ、雇用は283万人も増えると予測され、労働者派遣、有料職業紹介、リカレソト教育関連など人材関連分野の市場規模は1.9兆円から12.6兆円へと急成長すると見込まれていた。
長引く不況の下で、企業は人件費コストの削減をリストラ「合理化」の最大の焦点とし、さまざまな雇用調整策を講じている。中でも、出向や正規常用労働者の派遣労働者、パート労働者、請負労働者など非正規雇用労働者への置き換えが進んでおり、雇用増の大部分は非正規労働者の増加によるもの、というのが今日の日本の現実である。情報・通信産業でも雇用増と雇用減が相殺しあっており、雇用の大幅増は期待できないというのが実態である。
しかし、一方では、民間企業が利潤追求をめざして職業紹介事業へ参入を図るという動きは活発化している。全体の雇用量が増えない中で、職業紹介事業に参入する民間企業が利益を上げるとすれば、雇用の流動性を高めるという以外に方法がないのは火を見るより明らかである。正規雇用から非正規雇用への雇用の細切れによる利益の追求ここに、リストラを図る企業と職業紹介事業を行う民間企業との利害の一致が生ずる。そうだとすると、民間職業紹介事業の拡大は、大規模な雇用の流動化をいっそう推進することにつながるであろう。

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3、職業紹介の「準用規定」の意味するもの

次に、「報告」が見直しを求め、民間職業紹介事業の自由化に対応した新たなルールの設定が必要としている職業紹介事業における「準用規定」についてみることにしよう。
職業安定法第34条1項では、「職業安定機関以外の者の行う職秦紹介事業について、これを準弔する」という「準用規定」を定め、公共職業安定機関が行う運営基準のうち、(a)求人の申込、(b)求職の申込、(c)労働条件の明示、(d)適格紹介、(e)労働争議に対する不介入、については民間職業紹介事業も遵守すべきものとされている。
ここで定める5項目は、公共職業安定機関が求人側・求職者側いずれに対しても公平に職業紹介を行うための最低限必要な事項であり、労働権保障にとって欠くことのできないものである。
これらの原則は、公共職業安定機関だけではなく民間職業紹介事業であっても当然遵守すべきものであり、このことをあらためて明確にすべきである。
「労働条件の明示」について一例をあげれば、96年12月の労働者派遣法「改正」にあたって、派遣先の一方的な契約解除を防止することなどを目的として、派遣元企業は派遣労働者に対して就業条件明示書の交付を行うべきこととされたが、これはほとんど実行されていないのが実情である。法律や政省令で労働者保護に関する規定を定めても、それが企業によってしっかりと守られず、法の厳守を担保する行政体制・権限もきわめて不十分なのが日本の現実である。
労働者派遣事業では、雇用契約は派遣元と成立することから、労働基準法上も労働条件明示義務が派遣元に発生するにもかかわらず、実態は上のような状況である。一方、有料職業紹介事業の場合は、紹介事業者と労働者との問に法律上の雇用契約は生じないことから、紹介事業者に労基法上の労働条件明示義務はなく、いっそう問題の拡大が懸念される。必要なことは、こうした実態をどう抜本的に改善し、労働者保護措置を実効あるものにするかの具体策を示すことであり、派遣・有料職業紹介を問わず、民間職業紹介事業にも「労働条件の明示」を義務づけることは最低限のルールというべきである。
また、雇用法制研究会の専門委員を務めた小罵典明氏・(大阪大学教授)は、労働争議不介入義務を民間職業紹介事業にまで課すことに疑問を呈している(『労働市場・雇用関係の変化と法』日本労働研究機構調査研究報告書No113、1997年11月、199200ページ)が、これも重要な点である。
「労働争議に対する不介入」については、ILO第181号条約には盛り込まれなかったものの、同時に採択された第188号勧告(日本は、政府および労働者代表は賛成、使用者代表は棄権の態度表明をした)の第6項で「民間職業事業所は、使用者企業に対し、当該使用者企業のストライキ中の労働者を代替するために労働者を使用可能にすべきではない」と規定している。争議中の企業への職業紹介は「スト破り」を公認することになり、当該企業の労働者・労働組合の団結権を侵害し、労働条件の維持・向上を妨げることになる。職業紹介事業は、団結権保障や労働者保護との関連を抜きに考えることはできない。97年のILO第85回総会において、労働者代表は第181号条約採択の前提条件として結社の自由や団結権・団体交渉権などの必要性の明文化を特に強く主張し、その結果、条約の前文にそのことが明記されたと言われるが、あらためてこのことの意味を想起すべきである。

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4、「セーフティネット」の位置づけとその問題点

「報告」では、「国の責務、役割等」として、(a)勤労権及び職業選択の自由の保障、(b)職業紹介事業の実施、(c)公共職業安定機関と民間労働力需給調整機関との関係、(d)雇用施策に関する国と地方公共団体との関係をあげているが、特に公共職業安定機関における「セーフティネット」としての役割を民間職業紹介事業との大きな違いと位置づけている。
公共職業安定機関を「セーフティネット」と位置づけること自体は目新しいことではないし、労働力の需給調整を「原則として国が行い」、民間には例外的に認めるというシステムの「抜本的な転換」が必要だ――とする行政改革委員会においても、公共職業安定機関は「無料で職業紹介を行う公共インフラ」と位置づけるべきとしている。
問題は、こうした「セーフティネット」なり「公共インフラ」が、国民に対する雇用保障としての機能を、憲法の理念にそって十分に果たすことになるのかどうか、である。
「報告」は、勤労権および職業選択の自由は憲法により保障された国民の権利であり、国は(a)効率的で信頼性の高い労働市場の枠組みづくり(ルールの設定及びその厳格な履行確保、労働市場で共通して用いる指標や職業分類の整備、労働市場に関する情報の収集・整理・提供等)、(b)労働市場のセーフティネットの整備(職業紹介等の実施、雇用保険制度の運営、職業能力開発の推進、高齢者の雇用継続指導、障害者の雇用率達成指導、中小企業の人材確保や雇用管理の改善のための指導等)を通じて、これらの基盤整備を行う責務を有しているとしている。
勤労権および職業選択の自由を国民の権利と位置づけていることはきわめて当然のことであるが、ここでいう「セーフティネット」にはもっと別の意味合いが含まれているところに問題がある。つまり、「報告」では、「労働者の耐久カを補いその交渉力を高めるものとしては、公共職業安定機関の提供する各種のサービスが重要である。すなわち、公共職業安定機関は労働市場におけるセーフティネットとして、職業紹介、雇用保険等のサービスを提供しているが、こうしたサービスは全体として、労働者の耐久力を補い、労働市場における適職選択を促進する機能を有している」と述べているように、労働者あるいは求職者の「耐久力」「交渉力」をいかに高めるか、というところに力点が置かれている。これは、市場原理・自己責任原則を前提にしていることは明らかである。
ここからは、生存権・労働権の主体としての労働者(求職者)という視点は見えてこない。労働市場における競争に主体的に参加できる労働者(求職者)をいかにして育成するか、このことが今後の施策の中心とされるであろうことが読みとれる。雇用保険の失業給付は、失業中の生活を保障するというよりは、労働者の「耐久力」を補うものと位置づけられている。
しかし、労働市場における労働者の立場は弱い。しかも、深刻化する雇用・失業情勢の下で、買い手市場の様相をいっそう強めている。こうした中で、交渉力を持てる労働者はどれほどいるのだろうか。「報告」では、「交渉力を高める」ための具体策として、信頼性の高い情報の提供、十分な職業能力開発のための機会の確保が重要としているが、これはあくまでも労働市場における労働者のセルフサービス化=「自立・自助」能力をいかに促進するか、という視点に立ったものである。また、「報告」は、景気後退期における労働力需給のいっそうの緩和によって「労働条件の底抜けが生じるおそれもある」として、最低賃金制度や団結権等の保障などについてふれているが、実効ある具体策については何らふれていない。
このように、「報告」の考え方に立てば、公共職業安定機関が行う職業相談・紹介業務め主要な対象は、結局のところ、そうした「自立・自助」になじみにくい高齢者や障害者などの「就職困難者」、不熟練労働者などに限定されてしまうのではないか、との懸念を拭い去ることができない。しかし、現在の深刻な雇用・失業情勢の下では、これらの最も手厚い雇用対策を必要としている層が一番しわ寄せを受けていること、しかもそうした状況を改善するための有効な施策が講じられていないことなどを考えると、「セーフティネット」自体が目の粗い、絶えず底抜けの恐れがあるものと言えよう。
もし、職業紹介を本来の意味でのセーフティネットとして機能させようというのであれば、労働条件や業務内容を明示し、法に違反または抵触する求人に対しては指導を徹底することなどによって信頼できる求人を確保することが必要である。求人側に対しても、求職者の能力や適性などを的確に把握したうえで紹介することが必要であり、そのことが公共職業安定機関の信頼性を高め、安定した雇用および人材の確保に結びつくのである。それは結局、民間の行う職業紹介にも波及し、全体として質の高い職業紹介を維持することにつながることになるであろう。だが、職業安定行政の実態は、新規立法の制定や新規業務の導入などによって業務量が急増しているにもかかわらず、「行政改革」の中で体制・人員はそれに対応したものとなっておらず、行政に対する需要とのギャッはますます大きくなっている。このため、職安利用者からは職安に対してさまざまな不満や苦情が寄せられているのが実情である。政府・労働省は、「セーフティネット」や「公共インフラ」の整備をいうのならば、公共職業安定機関が労働権保障の実現を担うにふさわしい行政体制と権限の強化にかかわる具体策を早急に示すべきである。

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5、公共職業安定機関と民間職業紹介事業との関係

この項の最後に、公共職業安定機関と民間職業紹介事業との関係がどう位置づけられようとしているかをみることにしたい。
「報告」は、「公共職業安定機関と民間の労働力需給調整機関が相まって、労働市場全体の需給調整機能の強化が図られることとなる」とし、さらに「公共職業安定機関と民間の労働力需給調整機関との関係については職業紹介を行う側面においては競争的にとらえることができるが、両者が行う職業紹介等の特性や手法の違いにより、実態としては扱う分野等についての一定の濃淡の差が生じ得るものと考えられ…適切な協力関係の構築が必要」と述べている。
まず、職業紹介事業を行う民間企業を「労働力需給調整機関」と位置づけることだが、先にも述べたように、全体としての雇用量が大きく増えない中での民間職業紹介事業の自由化は、労働者にとっては不必要な雇用の流動化を促進し、低賃金の不安定雇用を拡大するなど、むしろ否定的側面が大きくなることが懸念される。我々は、「報告」のように、手放しで民間職業紹介業者を「労働力需給調整機関」と位置づけてその積極的な役割に期待するという立場に立つことはできない。
次に、官民の行う職業紹介事業における「一定の濃淡の差」が具体的に何を意味するのか定かではないが、仮に、民間職業紹介事業は専門職や管理職などの職業紹介を中心的に担うという意味だとすれば、有料職業紹介事業や労働者派遣事業の適用職業(業務)をネガティブリスト化しなければならない必然性はないし、日本において民間職業紹介事業は現状でも諸外国と比べても広く行われていると言えるのである。
こうしてみると、「報告」の言う「一定の濃淡の差」とは、公共職業安定機関が行う職業紹介は、民間職業紹介事業の採算ベースに乗らない層(民間にとって収益性の小さい求職者・求人者、採算のとれない地域・職種など)を対象とするという「棲み分け」につながり、国の責任をきわめて矮小化することにもなりかねない。つまり、公共職業安定機関が行う職業紹介サービスは、競争から脱落したか、最初から競争に参加できない人々に限定されていく、という危険性をはらんでいることもみておかなければならない。

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二、労働市場に関するルールの設定と履行の確保

1、「報告」が示すルールの類型

「報告」が、現在の公共職業安定機関の運営のあり方を中心とした法体系から、「民間の労働力需給調整機関が果たしうる機能を正面から視野に入れた新たな法体系への移行が必要」としていることの問題点についてはすでに触れたとおりである。では、「報告」はどのようなルールを作ろうとしているのであろうか。
「報告」は、労働市場に関するルールについて、その性格、適用範囲により(1)労働力需給調整に係る行為の類型に共通して適用されるルール、(2)労働力需給調整に係る行為の類型に応じて適用されるルールに分類しており、後者についてはさらに、(a)労働力需給調整に係る行為に関するルール、(b)民間の職業紹介事業者等の労働市場への参入に関するルールに分類している。そして、共通に適用されるルールでは、差別的取り扱いを行ってはならないこと、職業紹介に関して知り得た個人情報を漏らしてはならないこと、労働条件の明示等をあげている。
また、行為の類型に応じて適用されるルールのうち、前記(a)の行為に関するルールとして、求人・求職申込受理の原則、適格紹介の原則などが公共職業安定機関・民間を問わず適用され、公共職業安定機関では居住地紹介の原則が、民間職業紹介事業では手数料徴収に関する規定が定められること、(b)の労働市場への参入に関するルールとしては、事業開始にあたって行政機関が一定の要件に照らして、通勤圏外からの委託募集などの事業実施の可否を個別に判断するもの(許可制)と、個別の判断を行わないもの(届出制)があるとしている。
しかし、「報告」は、「求職者保護が適切に図られる」ことの重要性をうたってはいるが、これらのルールの現状についての分析はまったく行っていない。「職業紹介の自由化」という結論を導き出すために、あえて分析を避けたと指摘されても仕方がないだろう。
以下・今後のルールのあり方について検討する。

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2、不明確な、個人データの処理のあり方

「報告」は、共通して適用されるルールとして、差別的取り扱いの禁止、個人情報の保護、労働条件の明示等は今後とも重要であり、さらに個人情報の保護に関しては「個人情報の処理のあり方に関する基準づくり」を重要な課題としている。個人情報の不適正な処理は採用選考における差別的な取り扱いや、重大かつ回復困難な損害を発生させる恐れが大きいからである。そのため、提供される情報の範囲はILO第181号条約が「関係のある労働者の資格および職業経験に関連する事項その他の直接に関連する情報」に限定している点に留意すべきとしている。しかし、大事なことは、ILO第181号条約が「労働者の個人のデー夕の処理は、データを保護し労働者のプライバシーの尊重を確保する方法で実施」される必要があることを強調している点である。
例えば、(株)テンプスタッフのデータ流出事件や、履歴書の垂れ流しなどに対する早急な対策が必要とされているにもかかわらず、「報告」はプライバシー尊重の視点を重視した個人データの処理のあり方について具体的な方策を示していない。
労働力需給調整の類型に応じた行為に関するルールのあり方では、今後は職業紹介事業者の求人・求職の受理のあり方、紹介のあり方等について多様性を高める方向で見直しする必要があり、例えば「求職者の属性を限定した求人・求職の申込の受理ができるようにすることについて検討する必要がある」としているが、雇用機会均等法との関連からはきわめて問題と思われる。さらには公共職業安定機関のあり方についても、「その公共性や国民の勤労権保障のためのセーフティネットを提供するという役割に十分配慮しつつ、……労働市場の機能を高める観点からの検討が必要」と、公共職業安定機関の役割を国民の働く権利を保障するための機関から、「民間労働力需給調整機関」と同列の、単なる職業あっせん機関に矮小化しようとしている。

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3、法的規制力の弱い「事後規制型システム」

労働市場への参入に関するルールについては、規制システムの類型とその特徴の分析に多くを費やしている?結論をひと言でいうと、「参入の自由度を高め、より多数の者の参入を可能としていくことが重要」ということである。「事前規制型システム」は、個別の利用者保護の観点からは多くのメリットがあるが参入規制的性質を持っているとの理由で、「必要最小限度において活用」すべきものとされ、いったん侵害された労働者の権利回復が困難なことは一定認めつつも、「事後規制型システム」中心の規制とする方向が明確に示されている。
そして、こうした労働市場に関するルールの設定方法等については、「ルールの内容の公正さの確保の必要から、法令上明確に定められる必要がある」としているが、職業紹介事業者等にルールの趣旨および内容が明確化されるためには「職業紹介事業者等の行動指針等が定められることが望ましい」、あるいは「職業紹介事業者等が定めた職業紹介事業等に関する約款や倫理綱領が存在する場合には、これらが求人者、求職者等に対して明示されるようにすることが必要」として、法的根拠も強制力もないものに委ねようとしているのはきわめて問題である。

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4、「悪質業者は市場機能によって淘汰される」ということの問題点

「報告」では、労働者保護のためにどのようなルールを作ろうとしているのかがきわめてあいまいである。しかも、そのルールも厳然と守られなければほとんど意味がないが、ルールの履行確保については、前述したように法律による担保ではなく「行動指針」という事業者の「善意」に期待を寄せている。さらに、ルールに反する行為を行った事業者が「市場から排除されうることが必要」であり、「そのためには、許可の取り消しや業務停止命令等の法的措置が存在する一方、ルール違反の状況に関する情報を市場に提供することを通じ、市場機能によってルール違反者を市場から淘汰するという方法もありうる」としている。
これまでも、労働者派遣事業や有料職業紹介事業で許可の取消等を行った例はきわめて少ないが、「報告」はルール違反に対しては行政による積極的な対応ではなく、市場機能による淘汰に期待を寄せている。だが、市場機能による淘汰はほとんど幻想に近いのではないだろうか。前述したように、労働力を販売しなければ賃金を獲得できない労働者にとって、労働力商品の売り控えはできないからである。仮に淘汰が可能であるとしても、誰が、どのような形で情報を管理するのか、悪質と判断する基準と手続きをどうするのか、その業者が市場から淘汰されるまでの間に労働者が被る被害はどうなるのか、また、これらの情報はどのようにして労働者に提供されるのか「報告」はこうしたことはまったく示さずに、悪質業者が自然に淘汰されるかのように描いている。
なお、許可の取消等については、その要件および手続きの明確性・透明性を確保する必要があるとしている。このこと自体に異論はないが、何よりも重要なことは、基準の明確さと迅速・厳正な措置を行う法的根拠と手続きを定めることである。
1948年のILO「フィラデルフィア宣言」は、「労働は商品ではない」と宣言している。求職者の被害は金銭的なものにとどまるものでなく、時として人格も含めた基本的人権に対する侵害となる。であればこそ、侵害を未然に防ぐための事前規制が必要なのであり、事後規制では「やり得」といった事態にもなりかねず、労働者保護の水準が全体として後退するのではないかという懸念を抱かざるを得ない。市場機能による悪質業者の淘汰に期待することは、「労働力の特性に配慮した観点」を放棄するに等しいと言わなければならない。

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5、罰則なしの「行政機関が行う指導」は効果が疑問

ルール違反による損害について「報告」は、「事後的には原状回復が困難な損害も生じやすいため、事前防止のための措置が整備されること、また、損害が生じた場合にはこれが迅速に回復されることも必要」であることから、行政機関による「ルールの履行状況の把握、求職者等関係者からの苦情への対応、職業紹介事業者等に対する指導等の措置を講ずることにより、ルール違反の予防やルール違反に対する迅速かつ柔軟な対応を可能としていく必要がある」としている。
しかし、行政機関が行う指導には罰則等の裏付けは想定されておらず、効果は疑問である。また、この場合の苦情・紛争処理システムについては、当該システムの利用の簡便性、公平中立性、職業紹介等についての専門性、労働基準監督機関等関係機関との適切な連携、窓口サービスとしての包括性等の要請を満たす必要があるとし、当面は、公共職業安定所において受け付けることが効率的としている。しかしその一方で、「公共職業安定機関自らが労働市場のルールに従って職業紹介事業を行う立場にあることにかんがみれば、苦情・紛争処理に関しては、少なくとも職業紹介事業を行う部門との間に組織的な区分を設けること」を提案している。こうした組織的な区分は、民間事業者との競争上の公平・中立性を理由に、公共職業安定機関が持つ公権力の行使を含む高い公共性をいささかも減じるものであってはならない。
個別紛争事案が増加の一途をたどっている今日、苦情・紛争処理に関する適切な窓口や機関の設置は急務となっている。当面、その窓口を公共職業安定所に設けるとするなら、それにふさわしい体制と処理システムの整備が不可欠である。

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6、体制整備を怠ってきた政府・労働省

「報告」は、労働者のおかれている現状についての分析・検討を欠いているため、「求職者保護が適切に図られる」ことの重要性を述べてはいるが、労働者の現状を改善する視点を持っていない。先進諸国の労働者に比して著しくその権利を侵害されていう日本の労働者にとって、「求職者保護が適切に図られる信頼性の高い労働市場とするための新たな枠組み作りが重要」であるにもかかわらず、「報告」が提起している内容は結局のところ、「労働分野の規制緩和」でしかないのである。
戦後最悪といわれる雇用・失業情勢の下で、大多数の労働者は長時間・過密労働と解雇の危険におののいている。しかも、36協定を締結しないで行わせる違法時間外労働や、割増賃金の支払いさえ行わないサービス残業が横行し、労働条件の最低基準を定めたはずの労働基準法に違反する事業場は、労働基準監督官が実際に監督を実施した事業場だけでも54%に及んでいる(監督実施率は4.4%。1996年、いずれも全産業)のが実態である。
「労働基準法の一部改正案」の国会審議にあたって、政府・労働省はしきりに労働基準法が「定着」していることを強調していたが、実態をつぶさに見るならば労働者の権利の確立とはほど遠い状況にある。こうした状況が生み出された背景として、政府・労働省が労働基準行政の体制整備を怠り、労働基準法などが職場に定着するための積極的な政策をとってこなかったことを指摘せざるを得ない。一方、職安行政においても、「求人を受理すること自体が事業主の法違反を助長するものではない」として、労働基準法違反の求人を受理するなど、労働基準法の厳正な実施に不十分さを残してきた。また、政府は職安行政の体制整備も怠り、民間職業紹介事業における職安法・労働者派遣法違反の実態を事実上放置してきたのである。こうした行政の不備・不作為が、今日の労働者のきびしい現状を招いているとも言えるのである。

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三、インターネットの活用など情報提供機能をめぐる問題

「報告」は、「高学歴化等に伴う勤労者意識の変化や情報化の急速な進展の中で、自主的な情報収集、選択により就職や転職をはかる労働者が増加している」として、「個別の求人・求職情報とともに労働市場における賃金、雇用条件の決定状況等についての信頼性の高い情報が十分に供給されること。また、求人者、求職者がこうした情報に容易かつ安全にアクセスできること」のために、インターネット等の活用による情報提供機能の強化を重視している。
政府は1997年12月、行政情報の提供、申請・届出等手続きの電子化等を内容とする「行政情報化推進計画の改定について」の閣議決定を行った。また、労働省の「インターネット労働市場整備研究会中間報告」(以下、「中間報告」、1998年6月)では、インターネットによる情報提供を公共職業安定所における職業紹介機能を補助するものと位置づけ、一般的な安定所求人等の情報、国内・地域内の雇用失業情勢等の情報を提供することにより、利用者は安定所来所前の情報把握で労働市場の相場観を醸成することができるとしている。そして98年度は、労働条件面のある程度の範囲(個別名は提供しない)で情報の提供を行う試行を実施し、これを緩和・拡大していく方向をめざしている。さらに労働省は、1999年度予算の概算要求に「インターネットによる雇用情報提供機能の拡充」として1億円を要求した。今後の高度情報化社会の進展に伴い、職業安定行政においてもインターネットを活用した業務が試行を経ながら具体化されようとしている。
職業紹介分野における情報として、すでに民間事業者による求人情報誌・紙がまったく制限なく自由に提供されている。さらに、公共職業安定所の求人等の情報をインターネットを通して提供する動きは、「自立した労働者」像を描きながら、求人と求職のマッチングにおける自己責任によるセルフサービス化を意図しており、増大する労働力の需給調整機会を「効率的」に行うための民間事業者の参入・活動の原則自由化と一体のものであり、労働力の流動化をよりいっそう促進する危険性があるとみておかなければならない。
そもそも、労働力需給のマッチング(雇用契約の成立)にあたっては、雇用者に対して労働者(求職者)は不利な立場に立たざるをえず、労働者の生存権や基本的人権さえ侵す事例が生じてきたことから、労働者保護を目的に国が職業紹介事業を行うこととされてきた。このことは、今日においても何ら変わるものではなく、公共職業安定機関が職業相談を通した情報提供と職業紹介によって労働者保護を実現することはますます重要になっている。また、このことと労働者の自立的な行動を支援することは決して矛盾するものではないことも明らかである。
バブル経済崩壊後の有効な経済対策、雇用対策もなく、長引く不況のもとで、高齢者とともに、職業経験がないか、あるいは職業教育も十分に受けていない若年労働者の失業が増大している。
また、経済のグローバル化と製造業の海外発注・移転にともなう産業構造の再編により、国内のサービス経済化がすすめられてきた。これにより製造のラインで働いていた求職者は、これまで経験してきた職種と違った職種への転職を余儀なくされている。さらに、労働法制の「見直し」による裁量労働制の拡大、変形労働時間の要件緩和、有期雇用契約期間の延長や派遣労働など不安定雇用の拡大等で、求人票の労働条件についてのていねいな解説も必要となっており、職業相談の充実強化はいっそう切実な課題となっている。
求人と求職のマッチングにあたっては、求人者には求人票の労働条件以外にも経営戦略や楓にあった人事方針があり、また求職者にも仕事を通した自己実現のプランや個性があり、これらのマッチングのための、綿密な相談とそれにもとづく詳細な情報提供も必要である。
求職者が直接応募することとなる求人情報を」インターネットで提供するという機能を強化することは、安易な職業選択や離転職などの問題の発生につながる危険性を指摘せざるを得ない。
また、現在まったく規制のない求人情報誌・紙については、労働条件の明示がないことなどによって様々なトラブルが発生しており、業界の自主規制では律しされないことが明らかになっている。労働条件の表示について、「委細面談」ではなく、公共職業紹介機関の求人票の項目に匹敵する労働条件明示の義務づけなどの規制を強化する必要がある。
求職者情報については、労働者個人のプライバシーにかかわる内容を含むものであり、人権擁護の立場から徹底した配慮が必要である。したがって、インターネットなど不特定多数の者に何の防護策もなく提供されるシステム化には問題があると言わざるを得ない。
「中間報告」でいう、求人や求職について数量化された労働市場の情勢、個人が職業能力を高めていくための情報、公共職業安定所来所前に労働市場の相場観を醸成するための情報等については、インターネットを活用した提供機能の強化は効果的であると考える。

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四、「民間人材メディア」自由化の問題点

1、人材(労働力)の確保・調整を扱う「民間人材メディア」は広範囲に普及している

「報告」に言う民間の労働力需給調整機関とは、人材(労働力)の確保一調整を業とする「民間人材メディア」と考えてよい。そこで、日本におけるこうしたメディアの状況を見ると、形式上、職業安定法にも予定されている広告(求人情報誌・紙)、民営(有料・無料)職業紹介事業、労働者派遣事業にとどまらず、人材派遣型の業務請負、大企業の転職相談室、アウトプレースメント、ヘッドハンティングなどきわめて多岐にわたっており、職業安定法で禁止されている労働者供給事業に該当する疑いが強いものも少なくない。
これらは、戦後における職業安定法制の規制緩和の流れと並行して普及してきたもので、日本における「民間人材メディア」の普及は、すでに広範囲に及んでいると認識しておくべきである。
そして、民営職業紹介事業や労働者派遣事業のように許可あるいは届出制になっているものを除けば、労働省ですら全容を把握していないのが現状である。
したがって、この点で職業安定法制の見直しを検討するのであれば、これらのメディアの実態をつぶさに把握し、たとえば人材髄型の業務請負にかかわる問題点などについて、労働者の権利を保障する立場から改善する方向を探るのが順当な道筋である。ところが、「報告」は、「民間人材メディア」の拡大・自由化こそが課題であるとの議論を展開する。
要するに、「はじめに規制緩和ありき」であり、わけても有料職業紹介事業と労働者派遣事業の拡大・自由化を当然視した検討を進めている。

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2、「民間人材メディア」の自由化は不安定で流動的な雇用をいっそう拡大する

規制緩和の流れに沿って「民間人材メディア」の拡大。自由化が追求される背景を考えてみよう。「報告」は、「就業ニーズの多様化等に適切に対応するため、民間の労働力需給調整機関の機能を十分に活用していく必要がある」としているが、ここにその答えがある。「報告」が「就業ニーズの多様化」について、「短時間労働や派遣就業」を例にあげているように、いま進められつつある全面的な雇用の流動化の媒介としての役割が「民間人材メディア」に期待されているのである。アメリカでは人材派遣業や人材リース業などが媒介となり、膨大なコンティンジェントワーカー(非正規・不安定雇用労働者)群が形成されているが、いま日本も同じ道を歩みつつある。
それでは、こうした方向を求めているのは誰か。「就業ニーズの多様化」という言葉で労働者側の選択志向にこたえるかのような説明がされているが、規制緩和の流れに沿って「民間人材メディア」の拡大・自由化を主張し続けているのは大企業・財界の側である。日経連の「新時代の『日本的経営』」(1995年5月)をふり返るまでもなく、人件費コストの徹底した削減をねらう大企業の21世紀戦略に沿って、安上がりで不安定な労働力を確保・調整するものとして期待されているのである。
こうした背景を持つ「民間人材メディア」の拡大・自由化が、いったい労働者に何をもたらすのか。労働権の内容である雇用機会の確保(保障)が「市場の原理」に委ねられてしまえば、買い手主導の契約関係とならざるを得ず、労働者の権利保障は後方に追いやられるのは当然である。
そして、雇用がさらに流動化し、雇用(就職)機会を媒介する回数が増えれば増えるほど利益があがる「民間人材メディア」の拡大・自由化は、安定した雇用の後退と比例することになる。

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3、これ以上「民間人材メディア」を拡大せず、規制を強めて公共性を担保することが求められている

「報告」は、ILO第181号条約の批准について、「職業安定法や労働者派遣法など関係法令の整備を速やかに行う必要」があるとしている。この条約は、前述のとおり、「民間職業事業所の運営を認める」ことと「労働者の保護」の双方を目的とし、「民間職業事業所」の運営を禁止する場合も想定されている。すでに求人広告を自由化し、労働者派遣事業を認め、有料職業紹介事業の規制も大幅に緩和している日本の職業安定法制について、条約を根拠に、これらのいっそうの拡大・自由化を図るための「見直し」を行う必要性は全くないのである。
いま必要とされているのは、「民間人材メディア」をこれ以上拡大せず、労働者の権利を保障する立場からそのあり方を見直すことである。たとえば、条約と勧告は文書募集を含む「民間職業事業所」に対する規制を求めているが、「報告」は就職情報誌など文書募集に関する規制強化については何も触れていない。
買い手と売り手が対等な関係にない労働市場での売買を媒介する事業には、労働者の権利を守るという意味での公共性が求められる。その事業が営利を目的とするものであれば、規制という形をとらなければ公共性が担保されないことは言うまでもない。官民の「競争」によって「効率性」が向上するとの議論があるが、労働者の権利を保障するための公共性を抜きにした「競争」は、強い側の要請にどれだけ「効率」的にこたえるのかを競うことにほかならない。

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第4章 あるべき職業安定法制と行政のあり方を考える視点

一、日本の職業安定法制と行政が直面している事態

1、職業安定法制は労働力確保・調整政策への傾斜を強めてきた

1919年にILOで採択された「失業に関する条約」の一定の影響も受けながら、1921年、「労務ノ適正ナル配置ヲ図ル」(職業紹介法)ために整備された日本の公的職業紹介事業は、第二次世界大戦の進行とともに労務動員の役割を担い、ついには警察行政下の勤労動員署として終戦を迎える。
戦後、1947年に制定された職業安定法は、労働省の発足と前後して全国に設置された公共職業安定所を基盤とし、「従来の労務の統制配置を目的とした現行職業紹介法を廃止して、あらたに新憲法の精神に則る法律」(提案理由より)として制定された。ここでは、日本国憲法に定められた職業選択の自由、生存権、労働権など、労働者の基本的人権の保障を前提に、「能力に適当な職業に就く機会」を保障し「職業の安定」を図ることが求められている。
もちろん、「産業に必要な労働力を充足し」「経済の興隆に資する」ことが職業安定法の目的の一つでもあるのだが、その目的を、基本的人権の保障と安定した雇用の保障を通じて実現するよう定められたところに歴史の重要な発展がある。そして、失業保険法(1947年)、緊急失業対策法(1949年)ともあいまって公正な職業紹介と失業者の救済を行う機関として公共職業安定所がその役割を担っていく。
しかし、その後、1960年に設けられた広域職業紹介に関する規定(職業安定法第19条の2)や1966年に成立した雇用対策法などに見られるように、次第に経済成長を支える労働力確保対策に重きが置かれ、さらに、失業保険法から雇用保険法への移行(1975年)をはじめ、再就職の促進、年齢・地域・産業による「不均衡の改善」や経済変動に伴う「雇用調整」のための措置が前面に出てくる。
この間、高年齢者や障害者の雇用対策をはじめ多くの雇用関係法が定められたが、総じて戦後日本の職業安定法制は、憲法に定められた労働者の基本的権利の保障が、経済活動(企業活動)に見合った労働力の確保・調整政策の枠内に閉じ込められる側面を強めながら推移してきた。それは、戦前の労務統制とは異なる形での労働力確保・調整政策への傾斜とも言える。
1980年代に入ると、こうした流れが、募集活動の規制緩和や労働者派遣法の成立など、民間職業紹介事業の活動の自由化と並行して進められる特徴が顕著になる。そして、1990年代半ば以降、有料職業紹介事業や労働者派遣事業の自由化など、明らかに新たな段階の規制緩和が急速に進行しつつある。

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2、職業安定行政は労働権保障の重要な役割を担ってきた

戦後経済の発展と職業安定法制の推移に伴い、職業安定行政が担う業務は質量ともに増大し、複雑多様化してきた。たとえば、戦後50年間で、雇用労働者や雇用保険の適用事業所は大幅に増え(30年前の1968年との比較でも、雇用労働者は約1.7倍、雇用保険の適用事業所数は約3.1倍に増加)、当初は規定がなかった事業主等に対する各種助成金は、経済情勢に伴って変化する複雑さをみせるなど、例をあげればきりがない。
ところが、9次にわたる定員削減計画の中で、職業安定行政の人員・体制は一方的に励詰められてきた。過去最高時(1968年)に17,152人(労働本省、都道府県主務課を含む)であった職員は97年度には15,319名にまで減少し、相談員や臨時職員の手を借りて業務を成り立たせている実態にあるし、機構の統廃合も進められた。表2は97年に全労働省労働組合が行った海外調査の結果だが、サッチャー政権以来急速に「行革」とエージェンシー化が進められたイギリスとの比較においてすら、日本の行政体制の貧弱さは際立っている。
こうした中でも、日本の職業安定行政は、(a)公正な職業相談・紹介、失業給付など、国民に対して直接的な公共サービスを提供する機関、(b)雇用の場の確保、労働力の需給調整や就職困難者対策などを策定し具体化する機関、(c)民間の人材関連業者を指導・監督する機関として存在し、憲法に定められた労働者の基本的権利を実現すべき重要な役割を担っている。
昨今、労働市場に占める公共職業安定所のシェアをとりあげた議論があるが、職業安定行政が担う重要な機能の一つである職業紹介にかかわる問題として正確に見ておきたい。先にあげた表1(4ページ)によれば、時期による変動はあるが、公共職業安定所を経た就職が約2割、学校を経た就職が約1割という割合が続いており、これは1960年代の後半以降大きくは変化していない。むしろ、広告の割合が高まり、最近は出向による「就職」も目立ってきたことに特徴がある。ここでは、民間職業紹介事業が急速に拡大する中でも公共職業安定所は一定の割合を占め続けており、情勢の変化にかかわらず安定した就職経路として、国民に定着した基軸としての存在であり続けてきたことを見ておく必要がある。

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3、労働者の現実に立脚した法制度と行政のあり方が問われている

いま、日本の雇用・失業情勢はきわめて深刻な状況にある。求人の減少と求職者の増加による有効求人倍率の極端な低下や失業給付受給者の激増はもとより、従来から統計上の不十分さが指摘されていた完全失業率を含め、関係の指標は軒並み史上最悪の数字を更新している。そして、特に「正社員」層に対するリストラ「合理化」がこうした事態の大きな原因であることも明らかになっている。
ところが、日経連の「新時代の『日本的経営』」に顕著に示されているとおり、いわゆる大企業・財界の21世紀戦略は、「規制緩和」によって裁量労働の拡大や労働時間の弾力化など労働時間規制そのものを空洞化するとともに、雇用のカンパン方式(必要な時に必要な人材を、必要な期間だけ雇い入れる)を導入することによって、流動化・不安定化を進め、総人件費の徹底した節約をてこに「大競争時代」を勝ち抜こうとするものである。
一方、労働者は、安定した雇用と安心して働ける労働条件の実現を切実に求めている。「報告」は、「就業ニーズの多様化」を強調しているが、「多様」で「自由」な働き方が労働者側の主体的なニーズのようにあらわれるのは、「正社員」の労働条件が明るい未来を展望し難いきびしさを実感させているからであり、ゆとりと豊かさを持って人間らしく働くためのルールの確立が、より切実な課題となっていることを示しているにほかならない。つまり、経済活動(企業活動)を優先した労働力需給調整政策自体が問い直されているのである。
こうした中で、日本の職業安定法制と職業安定行政に何が求められているのか、憲法に定められた労働者の基本的権利の実現という原点に立ち戻り、現実に立脚した議論を展開することが必要である。とりわけアメリカにおける規制緩和が、猛烈な雇用の不安定化と労働条件の劣悪化をもたらしたことを見ておかなければならない。喧伝されている失業率の低下も、失業時の生活保障が完備されていない中で、転々と不安定で劣悪な条件の職に就かざるを得ない現実が背景にあり、労働者のくらしの向上とは比例していないことが明らかになっている。表3に見るアメリカの労働市場の雇用形態が、日経連が示したものと極めて似通っているだけに、こうした現実もふまえた議論が重要である。

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二、職業安定法制と行政体制の改善方向に関する視点

1998年7月、全労連は現在の局面におけるナショナルセンターの緊急提案として「解雇を規制し、失業者の生活を守り、雇用を拡大する緊急雇用対策(案)」を発表した。こうした提案にもとづく国民的議論と運動の発展をめざしつつ、ここでは、とりわけ労働行政の現場から見た実情をもとに、職業安定法制と対策の改善方向についていくつかの視点を記すこととする。

1、安定した雇用を保障する法制度と対策の確立

いま直面している深刻な雇用・失業情勢は、単に循環的な不況によるものではなく、雇用と労働をめぐる構造的な変化に起因している。だからこそ、国の責任で安定した雇用を保障するために、実効ある法制度と対策を確立することが求められている。
その際、あらためて現行職業安定法の目的とされている「職業の安定」の意味を明確にする必要がある。労働者供給事業を禁止した職業安定法や、労働者を直接使用する者に使用者責任を課す労働基準法などの前提には、直接雇用、長期雇用が基本とされているのだが、現実には、間接.雇用と短期・不安定雇用がますます拡大しつつある。
安定した雇用を保障するためには、何よりも企業側とりわけ大企業が果たすべき社会的責任を、法的にも、行政姿勢と施策のうえでも明確にする必要がある。直面している雇用・労働の構造変化が、主に大企業の戦略に起因していることは明らかであり、仮に、戦略自体の是非を別にするとしても、絶大な経済力を持ち、二重三重の系列・下請構造に大きな影響力を持つ大企業が社会的責任を果たすことを抜きに、日本で安定した雇用を確立することは困難だからである。
この点をふまえ、労働者の側から見た「職業の安定」が、直接雇用、長期雇用を基本とすることを前提に、実効ある法制度と対策のためのとりあえずのポイントをあげれば次のようなものとなるだろう。
第一に、一方的なリストラ「合理化」、解雇、出向・配転などを規制する法制度と対策が必要である。
第二に、高年齢者雇用率の復活や障害者に関わる雇用率達成の徹底を含め、雇用改善のための中小企業に対する助成措置等、実効ある雇用対策を講ずることである。
政府は、深刻な雇用・失業情勢への対応策として「緊急雇用開発プログラム」を策定したが、これは大企業を中心としたリストラ「合理化」の是認を前提としているだけでなく、労働保険を財源とする特別会計に依拠したものとなっている。政府は、この局面に至っても、一般会計を使った本格的な雇用対策を打ち出していないと言っても過言ではない。

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2、労働(求人)条件の改善・明示・履行の担保の確立

いま、ゆとりと働きがいのある労働の実現に向け、労働(求人)条件の改善が切実に求められている。
労働時間の短縮が新たな雇用を生み出すことは明らかであり、これが賃下げと労働時間の弾力化に歯止めをかけて実現すれば、今後の雇用と労働に明るい展望を指し示すことは言うまでもない。ところが、1988年に制定された週40時間労働制は、10年を費やしても完全な実施に至らず、労働時間の弾力化をともなって、ようやく建前上の40時間制となっているのが現実である。
実質購買力で見る日本の賃金水準は、先進国の中でも最低水準にとどまっている。現在の日本は、ゆとりと働きがいのある労働の実現とはほど遠い状況にあり、多くの求職者が自らの希望にマッチしない労働(求人)条件の事業所に応募せざるを得ないのが現実である。労働(求人)条件の改善は、産業・経済政策全般に左右される課題でもあるが、労働行政としては、労働者の権利を保障する立場から、最低労働条件の確保はもちろんのこと、労働(求人)条件の改善に向けた積極的な指導の強化が求められている。
表4は、ドイツの労働組合が非正規雇用に対する規制基準を示したものである。非正規雇用であっても正規雇用と同等の労働条件を保障させることが、日本でも急務となっている。
同時に、雇用の流動化、労働時間の弾力化が進みつつある現在、労働者にとって、とりわけ求人の段階や雇用契約を締結する際の労働条件の明示と、明示された条件の確実な履行が、従来に増して重要になることは当然である。職業安定法や労働基準法に定められた労働(雇用)条件の明示を、民間求人情報誌(広告)を含めてより徹底する法制度と対策の確立と、その履行を担保する体制が求められている。

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3、無料の職業相談・職業紹介をはじめとする公共職業安定行政の充実・強化

いま、日本の労働者は、きわめて不十分な雇用保障のもとで急激な雇用・労働の構造変化に直面している。そして、労働(求人)条件の改善・明示・履行もあいまいな現実の中で就職先を選択せざるを得ない状況に置かれている。
だからこそ、職業安定法において「その有する能力に適当な職業に就く機会を与える」ことが国の責任とされている趣旨を、あらためて確認する必要がある。自らが納得のいく労働の機会を与えられることは労働権の重要な内容だからである。
第一に、国の責任で行う無料の職業相談・職業紹介が充実強化される必要がある。
全労働省労働組合の調査(第21回労働行政研究活動アンケート、1994年9月1995年1月に実施)によれば、求職者は、賃金、労働時間、仕事内容を職業選択の三大要素としている。そのどれもが大きく変化しつつあり、雇用機会の確保そのものが危ぶまれる現実の中で、公共職業安定所の窓口で、自らに見合った職業を選択するために、十分な職業相談を求める求職者がますます増加している。失業者が激増する一方、雇用の流動化、不安定化が進む中で、公共職業安定所の人員・体制の不十分さを改善し、国の責任で無料の職業相談・紹介機能を充実することが従来に増して重要となっている。
第二に、第一とも不可分の関係にあるが、職業相談・職業紹介を求人・求職情報の提供にシフトさせないことである。
たとえば求人情報の提供を拡大することは、一部の求人に求職者が殺到し、求人者側が「選り取り見取り」の状況をつくり出したり、求職者情報の公開により、比較的若くて経歴の豊かな求職者にリクエズトが集中したりする現実を公共職業安定所の職員は目の当たりにしている。つまり、すべての労働者が働く機会を得ることを権利として保障する施策を抜きにしたまま、情報提供の拡大のみを求めることは、公的責任を後退させ、自己責任による「強いもの勝ち」の世界をつくり出す可能性が強いのである。
「報告」では、公共職業安定機関において「職業に関する多様な情報から求職者の職業選択に必要な情報を適切に整理、提供することが重要」としている。しかし、このことは職業相談の過程で個別の求職者の状況に応じて行われるべきであり、単に情報提供を拡大することが期待にこたえる方向ではない。労働者の権利保障という立場からの相談体制の強化こそが必要といえる。
第三に、公共職業訓練制度のいっそうの充実が必要である。
産業構造の変化が避けられないものとすれば、これに対応した労働者に対する教育訓練の充実が不可欠である。その際、この課題に対する公的責任を明確にして公共職業訓練のための施設や内容の充実を図るのか、それとも公的責任を放棄して自己責任による民間教育訓練に委ねる方向をとるのかが問われている。時代に相応した労働力の育成を労働者の権利を保障する立場で実現するためには、公共職業訓練制度の充実・強化が必須の課題であることは言うまでもない。無料の職業相談・紹介業務と公共職業訓練の受講指示が一体的に行われている公共職業安定行政の役割はいっそう高まらざるを得ない。

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4、失業者に対する生活保障の充実

戦後、「被保険者が失業した場合に、失業保険金を支給して、その生活の安定を図ること」を目的として出発した失業保険法は1975年、雇用保険法に移行し、現在は、「雇恥の継続」「雇用の安定」「就職を促進」「失業の予防」「雇用状態の是正及び雇用機会の増大」「労働者の能力の開発及び向上」「労働者の福祉の増進」など、きわめて多彩な政策目的を担う制度に大きく変化した。
しかし、働かなくては生活できない労働者にとって、「失業」こそが最も重大な保険事故であることに変わりはない。とりわけ深刻な雇用・失業情勢の下で、憲法によって保障されるべき労働権や生存権を実現する立場から見ても、いま、「失業」に対する国の措置のあり方が、あらためて問われている。
ところが、この局面に至っても、国の措置を充実する動きは見られない。失業給付に関する国庫負担の歴史を見ると、費用の3分の1(約33%)を負担することとして出発した制度は、1960年には通常時は4分の1(25%)の負担に引き下げられ、93年からはその8割(20%)、さらに98年からは、その7割(14%)の負担へと切り下げられた。
また、94年から、60歳以上の高年齢者の賃金が切り下げられた場合に失業給付財源から補てんする継続雇用給付制度が導入され、98年12月には在職中の労働者を含め教育訓練を受ける者に失業給付財源から給付を行う制度も発足した。
これらの制度自体の是非は別としても、深刻な雇用・失業情勢の下で、国庫負担を切り下げる一方、失業給付財源を本来の目的以外の政策課題に活用するところに政府の施策の貧弱さがあらわれている。その反面で、84年に「改正」された「自己都合」退職者に対する給付制限期間の3カ月までの延長、給付内容の切り下げ、高年齢者の雇用保険の適用除外などについては、改善されず放置されたままとなっている。
いまこそ、国庫負担を雇用保険法に定められた限度(財政悪化時は3分の1)まで支出することを含め、失業者の生活保障を充実する法制度と施策が求められている。このことは、失業者が自らの納得いく雇用の機会を得る上での前提条件であり、そのことと職業相談・職業紹介の充実強化と密接不可分の関係にある。

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5、民間職業紹介事業における公共性と社会的責任の担保

先に見たとおり、日本においては民間職業紹介事業はすでに大きなシェアを占め、この間の規制緩和によってますます増加しようとしている。現行制度のままこうした流れが進むことは、労働者の権利が脅かされる危険性をもち、雇用の不安定化にいっそう拍車がかかることは言うまでもない。だからこそ、現実に拡大しつつある民間職業紹介事業に対して何が必要なのかを明らかにすることも重要になっている。
いま必要なのは、民間職業紹介事業のこれ以上の拡大はせず、その事業内容にふさわしい公共性と社会的責任を担保させることである。そうした点から、たとえば労働者派遣事業や派遣型の請負事業に対する「派遣」先労働者との同一労働条件や労働組合活動の保障、有料職業紹介事業に対する短期反復紹介の禁止なども重要な規制のポイントとなっている。
また、ILO第181号条約と勧告が、求人情報誌などに対しても規制を求めていることをあげるまでもなく、とりわけ日本で大きなシェアを占めている広告(求人情報)についても、労働者の権利を保障するための規制を設ける必要がある。たとえば、求人情報に含まれるべき労働(求人)条件の最低項目を制度化し、「委細面談」等、その要件を満たさない求人情報を出す場合は公共職業安定所への求人票の提出を義務づける方法などが考えられる。
公共性と社会的責任を担保するためには、当然、「違反」事例が多い事業に対する許可の停止や活動の制限が必要であり、手数料や派遣労働者の賃金に対する派遣料金の比率等の上限を定めることなども求められている。労働者の権利に深くかかわる雇用機会の媒介を現実に民間企業が行っている以上、これらを「報告」の言う「セーフティネット」の外側に置くことはできない。

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おわりに

いま、雇用・労働分野においては、「行政改革」と「規制緩和」が一体となって労働者の権利を縮小・後退させる動きが強まっている。
98年9月の臨時国会で成立した労働基準法「改正」法は、今後の労働者の働き方に重大な影響をもたらし、統計上は現れにくいが、しかし、日本の労働者に確実に長時間労働と過密な労働を強いるシステムを整備するものである。これまでも、日本とドイツやフランスなどとのあまりにも大きな労働時間の格差が指摘されてきたが、フランスでの35時間労働法の成立、イタリアでも同様の動きがあることに見られるように、労働時間において日本は国際的な標準からさらに大きく立ち遅れようとしている。
さらに、現在国会に提出中の労働者派遣法「改正」法案も、労働者保護の徹底をという労働者・国民の強い要求にもかかわらず、その実効性はきわめてあいまいなまま、派遣対象のネガティブリスト化だけは確実に行われようとしている。
予想される職安法制の見直しも、今回の「報告」を見る限りは、職業紹介事業への民間企業の参入自由化だけはILO第181号条約の国際「基準」をそのまま導入し、より重要な労働者保護措置についてはきわめて形式的かつ実効性の弱いものにとどめられる可能性が大きい。
これを雇用・労働分野におけるソフト面での「改革」(規制緩和)とすると、「行政改革」の名によるハード面の「改革」もすすめられようとしている。その一つが、労働省と厚生省の統合による「労働福祉省」(仮称)の創設であり、国民の生存権・労働権と密接にかかわる両省を統合して、国民にとって不可欠なそれらの権利を後退させようという動きである。もう一つは、本プロジェクト報告にかかわっていえば、職業紹介業務の独立行政法人化の動きである。本報告でも強調したように、職業紹介業務は、それ単独で完結するものではなく、「報告」も指摘するような「セーフティネット」の機能を果たすものとして、さらには生存権・労働権を実現するものとして、労働行政の他の業務と一体不可分のものとして行われることによってこそ、効果的・効率的にその任務を果たすことができるのである。
したがって、今後の職業安定法制のあり方を考える場合、今日の「行政改革」「規制緩和」という動きの中でこれをしっかりと位置づける視点が欠かせないということを、本プロジェクト報告のしめくくりとして強調しておきたい。
本プロジェクトでは、全労働本部役員および職場代表に加え、伍賀一道(金沢大学経済学部教授)、脇田滋(龍谷大学法学部教授)両氏のご協力を得て検討を行ってきた。お忙しい中、ご尽力いただいた両氏にあらためて心から感謝の意を表したい。
なお、執筆については、・章を伍賀氏、・章を脇田氏にお願いし、・、・章については全労働のメンバーが分担をした。