雇用対策・雇用法制 −労働者派遣、職業紹介、若年者・中高年雇用対策など

労働行政は「偽装求人」にどう向き合っているのか

全労働省労働組合 中央副執行委員長 河村直樹

本編は『労働法律旬報』1871号(2016年9月上旬号)から、発行元の了解を得て転載したものです。


1 求人受理時の確認

(1)事業所情報の確認

 求人票は、事業所情報と求人内容で構成されています。事業所情報は、事業所名や所在地、企業規模、創業年、事業内容、会社の特徴、加入保険、定年制、労働組合の有無、勤務延長や再雇用制度、育児休業や介護休業、看護休暇の取得実績などを記載しています。事業所情報は、はじめて安定所に求人を提出する際に求人者に提示を求め、安定所に保存され、2回目以降は求人内容のみ提示を求め、事業所情報は保存しているデータを活用して必要に応じて修正します。はじめて事業所情報の提示を受ける際には、その内容が正確であるかを、関係書類の提示を求めながら確認します。特に、雇用保険に加入していない事業主(雇用保険被保険者となる労働者を雇用していない事業主)の場合は、実際に存在する事業主であるかどうかを含めて慎重に確認しています。また「事業内容」や「会社の特徴」は、誇大や抽象的な表現でなく正確なものとなるよう努めながら、求職者にアピールできるポイントをわかりやすく記載するよう助言しています。そのため、求人者が記載した内容がそのまま掲載されるのではなく、安定所との相談の過程で修正されることが数多くあります。事業所情報は、一度作成されればその内容が求人票に掲載されるため、求人受理時に十分確認しなければ、古い情報をそのまま求職者に提供することとなってしまいます。企業規模や事業内容も変化するものであり、常に見直しが必要です。したがって、求人受理時には事業所情報が正確であるかを求人者に確認しています。

 

(2)求人内容の確認

 求人者は、求人申込書を安定所に提出します。求人受理時に安定所は、賃金や労働時間などに法令違反がないかを確認し、正確で明確な内容となるよう点検し、さらに応募が得られて採用に結びつきやすい内容となるよう求人者に助言します。求人内容の確認は多数の項目に及び、労働条件や仕事の内容のみならず、求人数(募集人数)や選考方法等についても詳細に確認し、派遣求人については、登録を求めるものではなく派遣先が確定していることなども確認します。紙幅の関係で、ここでは実際の勤務条件と異なる危険性の高い賃金と雇用形態(正社員)、時間外労働における確認や助言・指導について概要を記します。

1)賃金

 まず、最低賃金を下回っていないかを確認します。賃金形態では月給・日給月給・日給・時間給・年俸制・その他の区分を確認します。求職者にも理解されていないことの多いのが、月給と日給月給、日給の区分です。安定所求人の月給とは、有給休暇に該当しない労働者都合による欠勤があっても欠勤控除のない賃金形態であり、実際にはほとんど存在しません。日給月給とは、月単位に賃金額が定められ(出勤日数によって月額が変動しない)、欠勤控除のある賃金形態であり、日給の月払いではありません。月払いであっても、日を単位に賃金額が決められているものは日給と表記しています。

 歩合制を採る賃金制度では、出来高等にかかわらず最低賃金を下回らない賃金が支払われる場合に限って求人を受理し、最低賃金を上回る賃金が保障されない場合は、求人を受理できません。

 賃金は、「基本給」「定額的に支払われる手当」「その他の手当等」に区分して記載します。「定額的に支払われる手当」は毎月必ず支払われる額のみを記載し、月によって変動する手当は最低保障額のみを「定額的に支払われる手当」に、下限が0であるものは「その他の手当等」に記載します。求人票では、「基本給」と「定額的に支払われる手当」の合計額が賃金月額として表示されます。時間外手当は、法定の割増率に違反していないかを確認します。ここで、固定残業代の取扱が問題となりますが、これについては後に述べます。

 賃金水準は地域の労働市場の平均より低い場合は、応募が低調になることを説明し、条件改善を求めますが、あまりに高い場合も理由を確認し、実際と異なる条件を記載して応募者を確保しようとしていないか、さまざまな名目で金銭を徴収(控除)していないか、物品を売りつける目的がないか等を確認しています。

2)雇用形態

 安定所求人では「正社員」は、直接雇用で、雇用期間に定めがなく、フルタイムであり、社内の他の雇用形態の労働者にくらべて高い責任を負う雇用形態を言います。派遣や請負、パート以外で、正社員の条件を満たさない雇用形態は、「正社員以外(契約社員・嘱託社員等)」に区分しています。

3)時間外労働

 法定の割増率が正しく適用されているかを確認します。また求人申込書の「時間外労働の月平均」に、限度基準である1ヵ月45時間、1年360時間を超えた時間数が記載されている場合には(月平均のため30時間)、36協定(時間外・休日労働に関する協定)書の提示を求めるとともに、違法な長時間労働を行わせないよう指導しています。求人者は、求人受理時には限度時間内に収める意思を表明するのが一般的です。

 

2 固定残業代への対応

 固定残業代は、10年ほど前から目立つようになりました。導入する企業には、実際の時間外労働時間に関わりなく超過勤務手当等の支払を定額で片付けようとする意図が多く見受けられますが、時間外手当等が正しく支払われない制度であれば、法令違反であり求人受理はできません。そのため、「定額的に支払われる手当」欄に固定残業代の記載があれば、法違反がないかを確認します。まず、時間外労働や休日労働、深夜労働の有無にかかわらず毎月必ず支払われるものであるかを確認します。そして固定残業代が、何時間分の時間外手当、休日手当、深夜手当を含むものであるかを、時間あたりの賃金単価と割増率により確認します。さらに、その時間を超えた場合は、時間外、休日、深夜手当を追加で支給することを確認します。それらの内容を、求人票の「その他の手当等付記事項」欄に記載しています。

 固定残業代は、求人申込時に具体的に記載されていないケースも多数見受けられます。「営業手当」や「職務手当」と記載されていても、そこに固定残業代が含まれている場合があり、中には基本給に固定残業代を含めている場合もあります。そのため、賃金の確認においては、固定残業代が含まれていないかを慎重に確認しています。

 このように、固定残業代が実態と相違がないように記載しても、問題は残ります。仮に基本給が16万円で月の所定労働時間が160時間、時間単価は1000円としましょう。「定額的に支払われる手当」がなければ、求人票の賃金月額は16万円です。ところが、毎月20時間以上の残業があり、内20時間分を固定残業代とすれば、「定額的に支払われる手当」欄に固定残業代25000円を記載し、賃金月額は185000円となります。同じ条件でも求人票で好条件に見せかけることができ、求職者に誤解を与えかねません。

 

3 求人票と労働条件の相違への対応

 安定所では、求人票の内容が正しく記載されるよう確認していますが、実態と異なる苦情は寄せられています。こうした事案に対応するため、2014年3月からは、「ハローワーク求人ホットライン」を開設し、チラシや掲示物によって求職者に連絡を呼びかけています。2015年12月からは、紹介状裏面の選考結果通知書の様式が変更されました。これは紹介を受けた求人者が、選考結果を安定所に通知するものですが、そこに「求人票の労働条件と採用条件の相違」の有無、相違があった場合、変更点とその理由を記載する欄を設けました。

 これらによって労働条件相違の連絡を受けた場合、安定所では求人担当部門の責任者等を担当者として定めており、そこに申し出を集中しています。申し出に対しては、正確かつ十分に内容を把握するため、所定の様式を定め、申し出の内容を記録します。申出者に対しては、求人者への確認や指導を求めるかを確認し、求職者の求めに応じ、また、申出者が情報提供にとどめるとしていても、事実確認が必要と判断する場合には、求人者に事実確認や指導などを行います。申し出が求人受理安定所ではない安定所に寄せられた場合は、求人受理安定所の担当者に連絡します。事実確認を行い、申し出が事実であれば、労働基準監督署など関係機関と連携しながら指導を行い、必要に応じて当該求人に対する紹介を保留し、法令違反など求人不受理要件に該当し、指導の結果是正されない場合は求人者に通知して求人を取り消します。

 ここで留意するのは、紹介を受けて就職した後に労働条件相違に気付いて、いまも在職中の労働者からの申し出への対応です。申し出を端緒として安定所による事実確認が行われ、申出者個人が特定されて不利益を被ることがないよう、特に慎重に対応しています。有効求人倍率は改善していても、非正規や低賃金求人が多く、職種も著しく偏在しており、希望する仕事に就くことは容易ではありません。せっかく苦労して就職したので、求人条件とは違っていても仕事を失いたくないという立場に労働者は追い詰められています。在職者の場合、多くは申し出の際に「情報提供にとどめる」ことを希望しており、具体的な事実確認や事業主指導を行えない事例は少なくありません。2014年度の申し出や苦情の件数は12,252件です。かなり多く感じますが、全国の安定所は出張所等を含め544ヵ所、平均すると23件、月に2件程度に過ぎません。申し出や苦情は決して多いわけではなく、むしろ言い出せない労働者が多数存在すると考えられます。

 

4 条件相違の原因と対応策

 求人票は雇用契約書ではなく、面接等で採用が決まれば、使用者は労働契約の締結に際し、労働者に労働条件通知書によって労働条件を明示することとなっており、そこで示されるものが実際の労働条件となります。ところが、労働条件が書面で示されていないケースも少なくありません。安定所は求人者に対しては必ず通知するよう、求職者に対しては書面での通知を受けるよう指導していますが、労使の力関係から、通知がない場合に求職者から強く求めることは簡単ではありません。労働条件明示を、より強制力を持って義務付けることが必要です。

 求人条件と異なる労働条件であっても、たとえば応募条件に達しない求職者から応募があった場合、賃金等を下げることによって採用することは、必ずしも虚偽の求人を提出したとは言えません。安定所では、応募条件等を詳細に聞き取り、経験者と未経験者の賃金が異なる場合などは求人票にその内容を記入しています。また、正社員求人であるものの、求職者の条件によっては非正規での採用となるなど、求人内容と実際の条件が大きく異なる場合は、別の求人として申し込むよう指導しています。

 そもそも、求人票と異なる労働契約の締結が可能である限り、条件相違をなくすことは困難です。したがって、求人票の位置づけを労働者を雇う際の最低限度の労働条件を示すものとして、それを下回る条件での労働契約を、罰則を伴って禁止することを検討すべきでしょう。当面、求人票以下の労働条件での採用の可能性について、その「有無」を求人者に選択させる欄を設ければ、虚偽求人防止の点で一定の抑止力を持つと考えます。固定残業代についても、法政大学上西充子教授が提案されている「固定残業代の有無」を記載させる方法は、抑止力が期待できると考えます。

 

5 労働行政体制拡充の必要性

 条件相違を根絶するには、求人票に拘束力を持たせた上で、就職後に実際の労働条件が求人票どおりであるかを労働基準監督官のような権限を持った職員が確認し、条件相違や法違反があった場合には指導や取り締まりを行うことが必要です。しかし、労働基準監督に携わる労働基準監督官の人員はきわめて脆弱で、すべての事業場を監督するには25年もかかってしまいます。労働基準監督官の大幅増員とともに、安定所にも同様の権限を有する職員を一定規模で配置することが必要です。

 安定所の職員も決定的に不足しています。先進諸外国の職業紹介機関の体制を見ると、職員1人あたりの労働力人口は、イギリスが874人、ドイツ554(393)人、フランス659(539)人であるのに対し日本の安定所は6,024(2,483)人、失業者数は、イギリスが66人、ドイツ29(20)人、フランス65(53)人であるのに対し、日本の安定所は242(100)人です(厚生労働省HPより、括弧内は非常勤職員等を含めた人数)。求人受理時の確認もとうてい勤務時間内には終わらず、長時間労働を伴って行っているのが実態です。

 脆弱な体制は、受動業務を処理するのに手一杯で、能動業務を困難にしています。30年前の安定所では、職員が求人開拓や就職困難者に対する定着指導(求職者が就職し、一定期間経過後に職場を訪問し、労使双方に相談・助言する業務)など、積極的に職場を訪問し、労働現場を直接確認していました。そのため、事業主や人事担当者との信頼関係を構築するとともに、作業内容や環境も十分把握できていました。このような安定所に対して、実際と異なる求人申し込みを行うことはそれほど多くはありませんでした。しかし、現在では事業所訪問まで手が回らず、それが条件相違の一因となっていると考えられます。余談ですが、事業所情報を職員が熟知することは、職業相談でも非常に重要です。求人票以上の求人情報を豊富に求職者に提供できるだけでなく、自分に合った求人が見つけられない求職者がいた場合、適職が存在する事業主に、求人が出ていなくても求人開拓し、求職者に同行してその場で話し合いながら求人条件を決定し、採用に結びつけることが可能でした。

 

6 オンライン化の危険性

 条件相違を防ぐためには、安定所が求人者と対面して、しっかりと内容を確認することが決定的に重要です。企業規模に対して募集人員が多い、賃金が地域の水準より高い、固定残業代の疑いがある、こうした求人申し込みへの確認では、求人者の表情などにも注意を払います。しかし、対面での業務を縮小しかねない「見直し」が進められています。

 高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(2010年12月6日法律第144号)は、行政運営の簡素化、効率化を目的の一つとしています。これを根拠に、「eガバメント閣僚会議」が設置され、その下に置かれたワーキンググループ「国・地方IT化・BPR推進チーム」は2015年6月、「第1次報告書」をとりまとめました。そこでは、「現在、原則来所が前提となっている求職登録、求人申込み、職業紹介等のサービスをオンライン化するとともに、求人検索等既にオンライン化されたサービスについて利便性を高め、求職・求人活動一般について、来所を要せず、オンラインサービスでそれぞれ自主的に行えるようにし、利用者のオンラインサービスへの誘導を図る」とされています。今後、これに沿ってシステム開発等が進められることが想定されます。詳細は明らかではありませんが、求人者が安定所に出向かず居ながらネットで求人申し込みができるとなれば、詳細な確認はきわめて困難になり、求人者の表情に気を配りながらの対応はまったく不可能となります。職業紹介関係業務は、「ネットが便利」といったものではなく、オンライン化はきわめて問題が大きいと考えます。

 

 以上のように、偽装求人を防ぐため、労働行政もさまざまな努力を重ねていますが、泣き寝入りする労働者も少なくないと考えられます。求人票を採用条件の最低ラインを表すものに見直して、正確な求人を作成して事業主指導を徹底するために、労働行政体制を抜本的に拡充することが必要です。そして、国民の職業生活を左右する安定所業務は、オンライン化することなく対面を基本とすべきです。