雇用対策・雇用法制 −労働者派遣、職業紹介、若年者・中高年雇用対策など

生活保護制度の見直しに関する見解

2013年3月
全労働省労働組合中央執行委員会

 厚生労働省は2月19日、全国厚生労働関係部局長会議において、生活保護制度の見直しの内容を明らかにした。私たちは、生活に困窮しながら再就職をめざす人々の権利擁護の立場から、見直しの方向性に強い疑問を持つ。

生活保護基準の引き下げは労働力を劣化させ、再就職をさらに困難にする

 今回の見直しにおいては、「切れ目のない就労・自立支援策とインセンティブ強化」など、生活保護受給者を就労によって自立させることが強調されている。私たちは、生活保護受給中の求職者が安定した適職を得て自立するはことは、憲法が保障する勤労権の実現の立場から重要なことであると考える。
 一方で現下の雇用情勢は、有効求人倍率が0.85倍(2013年1月、季節調整値)となっているものの、その実態はきわめて厳しい状況にある。まず、求人賃金がきわめて低く、最低賃金額での求人や、それをわずかに上回る程度のものが多数を占める。現行の最低賃金額は、とうてい自立して生計を維持できない不十分な水準であり、これら低賃金求人への応募は困難である。職種の面でも、求職者の希望が多い事務(0.26倍)や製造(0.61倍)、等の職種では絶対的に求人が不足している状況にある。さらに、有期雇用や非正規求人も多く、希望する職種や賃金額が合致する正社員求人はごく限られ、1人の募集に50人、100人が応募するケースも珍しくない。このような過酷な競争を勝ち抜かねばならない状況下では、失業中であっても、労働力の質を維持し、常に採用選考や就職に備えることが必要である。今回示されている保護基準の引き下げは、それを困難にすると、強く懸念する。
 労働力を維持するためには、必要な食事や睡眠を取り、体力を保つことが大前提となる。現在の保護基準においても、栄養バランスを考慮した食事は困難であり、さらなる体力悪化をもたらしかねない。また、「最低必要な家具什器」としてエアコンは認められず、生活保護受給者の多くは夏季に十分な睡眠が取れない状態にある。
 採用選考に臨むには、日常的に社会情勢にかかわる情報に接し一般常識を身につけることも欠かせない。しかし、家具什器費の運用はテレビの購入を認めておらず、その普及率や就労・自立への必要性を考慮すれば、現行保護基準は不十分である。
 面接選考に臨むには、清潔感のある服装も必要であり、これも保護基準の切り下げが困難にする。
 都市部を除けば、通勤手段は車が中心であり、自動車通勤が出来なければ就職できないことを意味する。今回の見直しでは、車の処分を留保する期間を現行の半年から1年に延長することが予定されているが、求職者である限り、車の所有を認める必要がある。
 このように、厳しい雇用情勢のもとで労働力の質を維持し、再就職をめざすためには、保護基準の引き上げこそ必要であり、現行基準の切り下げは再就職をいっそう困難にしかねない。あわせて、保護基準にも満たない低賃金求人があふれる現状を改善するには、最低賃金の引き上げが急務であり、それが、マッチング機能を高め、再就職の促進につながるのである。

適格紹介の原則を歪めかねない就労支援の強化

 職業安定法第2条は、「何人も公共の福祉に反しない限り、職業を自由に選択することができる」と、第5条の7では、「公共職業安定所及び職業紹介事業者は、求職者に対しては、その能力に適合する職業を紹介し、求人者に対しては、その雇用条件に適合する求職者を紹介するように努めなければならない」と定めている。また第17条では、「公共職業安定所は、求職者に対し、できる限り、就職の際にその住所又は居所の変更を必要としない職業を紹介するよう努めなければならない」としている。
 ところが、今回の見直しにおいては、「保護開始段階での取組」として、「一般就労が可能と判断される者について、自らの希望を尊重した就労活動を行ったにもかかわらず、一定期間経過後も就職の目処が立たない場合には、それまでの取組に加えて、本人の意思を尊重しつつ、職種・就労場所を広げて就職活動を行うことを基本的考え方とすることを明確にする」としている。これは、「本人の意思を尊重しつつ」とはしながらも、保護の開始段階においてその後の希望職種・就労場所の変更を原則としようとするものであり、職業選択の自由を侵害しかねない。なお、希望就労場所の変更に関し、職業安定法第17条第2項は、「公共職業安定所は、その管轄区域内において、求職者にその希望及び能力に適合する職業を紹介することができないとき、又は求人者の希望する求職者若しくは求人数を充足することができないときは、広範囲の地域にわたる職業紹介活動をするももとする」と広域職業紹介を規定している。ただしこれは、職業相談を繰り返す中で、求職者の理解のもとに職業安定所が行うものである。生活に困窮し、生活保護の開始にようやくたどり着き、これから求職活動を行う段階で、一律に希望職種や就業場所の変更を原則化すべきではない。
 今回の見直しにおいては「保護開始後3〜6月段階での取組」として「それまでの求職活動を通じて直ちに保護脱却が可能となる程度の就労が困難と見込まれる稼働可能者については、生活のリズムの安定や就労実績を積み重ねることで、その後の就労に繋がりやすくする観点から低額であっても一旦就労することを基本的考え方とすることを明確にする」としている。職業安定法第22条第1項は職業指導を定め、同法施行規則第16条において「公共職業安定所が行う職業指導は、求職者に対し、職業知識の授与、職業の選択、就職のあっ旋及び就職後の指導を一連の過程として、これを実施するものとする」とし、同第2項では「公共職業安定所が行う職業指導は、職業指導を受ける者が職業の諸条件及び就職の機会と照合して、自己の素質及び能力を判断することができるよう助言・援助するものでなけらばならない。(略)」としており、適職を選択し、安定就職をめざす過程と解すべきものであって、短時間就労を強いることは公共職業安定所の基本姿勢と異質のものである。また、公共職業安定所の求人は、常用・パートを問わず企業が労働力の確保を求めるものであり、公共職業安定所は第5条の7にもとづいて適格な求職者を紹介しなければならず、「生活のリズムの安定」を目的とするなら、なぜ「低額であっても」よいのか、まったく理解することができない。また、適格紹介の原則を違えた就職が、「その後の就労に繋がりやすくする」などという理解はまったく現実的でない。結局、求人企業に「雇用条件に適合しない」求職者を紹介することは、求職者・求人企業双方にとって不幸な結果をもたらすことになる。そもそも、「生活のリズムの安定」が必要な保護受給者は、ただちに職業紹介の対象にはならず、福祉事務所と公共職業安定所が連携し、生活支援等を実施することこそ必要である。

労働行政の機能と体制の抜本的拡充が必要

 生活保護制度の見直しの背景として、稼働年齢層を含む「その他世帯」の増加があげられている。確かに、リーマン・ショック以降の雇用情勢の急速な悪化の中で、失業と同時に住居を喪失するまでに困窮し、生活保護を受給せざるを得ない人々に、私たちも多数接してきた。しかしながら、その問題の解決策を、保護基準の切り下げや求職者の意に沿わない就労の強要に求めるのではなく、労働行政の機能についても目を向ける必要がある。失業中の生活を支える雇用保険制度は、度重なる制度「見直し」によって給付は抑制され、現在では受給資格者の約6割は所定給付日数が90日であり、失業者に占める雇用保険受給者の割合は2割に過ぎない。雇用保険の受給率が低い原因は、所定給付日数が短縮されたことのほか、受給資格要件が、原則として「離職前1年間に被保険者期間6ヵ月以上」から「離職前2年間に被保険者期間12ヵ月以上」に改悪されたこともあげられる。雇用保険受給資格を得ても、「事業主都合による離職」が証明されなければ「自己都合による退職」とされ、手続き後3ヵ月間の「給付制限期間」が設定されて失業給付は行われない。
 リーマン・ショック後、雇用保険の受給資格がない生活困窮者を対象に、「第二のセーフティネット」と称される諸制度が創設された。しかし、借金を背負わせる「就職安定資金融資制度」は利用の低調を理由に既に廃止され、「総合支援資金融資制度」も融資実行までに期間を要するため多く活用されてはいない。「住宅手当制度」は給付制度であるが、家賃相当額しか給付されず、総合支援資金制度との併用が必要であるため、やはり多く活用されてはいない。訓練受講中に給付金が支給される「求職者支援制度」は、訓練を各種学校等に委託して実施するため、都市部には多く地方では少なく、地域的に偏在する。一定規模で訓練が実施されていても、一定の設備投資が必要な訓練は行われていない一方、IT関係や介護が多数といった訓練科目に偏りがある。訓練期間も短期のものが多いため、給付金を受けられる期間も限られる。このように、「第二のセーフティネット」は、総じて十分機能していると言えない状況にある。
 生活保護の負担を軽減するには、受給資格要件の緩和や所定給付日数の拡大、基本手当日額の改善、給付制限制度の廃止・縮小、など、雇用保険制度の抜本的拡充をはかるべきである。
 同時に、職業相談・職業紹介の充実も必要である。先進諸外国では、職業相談は主にプライバシーの確保された個室で行われており、複数の専門職員によって時間をかけて実施されている。しかしながらわが国の公共職業安定所では隣り合う相談は簡易な仕切り板を隔てるのみで、あまりに不十分である。資格、技能・経験に恵まれない求職者は、厳しい雇用情勢のもとでは何度応募しても面接にさえたどり着くことが困難である。応募不調を繰り返しながら失業期間は長期化し、メンタル不調に陥るケースも珍しくない。職業安定法第18条は「公共職業安定所は、(略)求職者に対しその能力に適合する職業に就く機会を与えるため、及び求人者に対しその必要とする労働力を確保することができるようにするために、必要な求人又は求職の開拓を行うものとする」と定めている。これにより公共職業安定所は、個々の求職者の条件に適した求人を個別に開拓する必要があり、さらに面接にも職員が同行することによって、再就職を実現する可能性が高まる。
 しかし、職業安定行政の職員数は、政府によって連年減少させられ続けており、2000年以降だけを見ても、地方労働行政職員は2400人を超えて削減されている。先進諸外国と比較すると、日本の職業安定行政体制は脆弱に過ぎる。厚生労働省の資料によると、2010年5月現在の数字で、職員1人当たりの失業者数は、イギリス23人、ドイツ37人、フランス46人であるのに対し日本は283人となっている。少なくとも、5倍以上に職業安定行政体制を拡充する必要がある。

おわりに

 生活保護制度をめぐっては、リーマン・ショック以降の雇用情勢の悪化により、失業によって収入を絶たれ、生活保護に至る世帯が増加し、稼働年齢層を就労・自立させることが推進されようとしている。しかし、失業による保護世帯の増加を招いた主要な原因は雇用と労働条件の著しい劣化にある。非正規雇用の割合が急激に増加し、短期の雇用期間が満了したことや業績悪化等を理由に、いとも簡単に解雇される労働者が激増しており、しかも在職中の低賃金によって貯蓄の余裕もなく、離職は保護基準以下の生活水準に陥ることにこそ目が向けられなければならない。しかしながら政府の規制改革会議などでは、解雇規制や労働条件変更、労働者派遣をはじめとする労働者保護規制の規制緩和が議論されている。いま必要なことは、労働者が安心して働き、暮らせるための安定雇用の拡大と労働条件の向上であり、最低賃金の抜本改善をはじめ、労働分野の規制強化に舵を切るべきである。さらに、失業時の求職活動を容易にし、生活を保障する雇用保険制度を抜本的に拡充すべきである。
 いま進められようとする生活保護受給者の就労促進の議論は、雇用の安定と労働条件改善という視点を欠き、生活保護受給者を不安定・低賃金就労に駆り立て、職業選択の自由さえも脅かしかねないものである。私たちは、憲法の保障する勤労権、職業安定法の定める適格紹介の原則を脅かしかねない生活保護制度の改悪と、過酷な就労支援強化には強く反対するものである。

以  上