働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

1997年 7月
労働基準法の「抜本見直し」に対する全労働の「提言」
―新たな時代の「働く権利とルールの確立」をめざして―

1、はじめに

《財界は、労働分野の規制緩和を大胆に要求しています》

日経連の「新時代の『日本的経営』-挑戦すべき方向とその具体策-(新・日本的雇用システム等研究プロジェクト報告)」(95年5月17日)は、「終身雇用制」「年功序列賃金制」を見直し、新たに「日本的経営」を再編するため、短期・不安定雇用を基本とした雇用の流動化をはかり、また、労働時間でなく仕事の成果で賃金を決定することで総人件費抑制をはかるとの方向を打ち出しました。
以降、日経連は、こうした戦略を推しすすめるため、「規制緩和に聖域なし」との「理念」をかかげ、労働分野の規制緩和を繰り返し要求しています。
具体的には、女子保護規定の撤廃、裁量労働制のホワイトカラーへの適用拡大、1年単位の変形労働時間制の要件緩和、有期労働契約の上限緩和、産業別最低賃金の廃止などで、さらに近時は、労働基準法の「1日8時間」規定の削除や労基法の「罰則」の見直しまでも要求するに至っており、大胆に「ルールなき資本主義」を志向しています。
そして、その底流には、「現行労基法に代表されるような労働契約、労働条件設定について、刑事罰を背景にした取締的・介入的規制とそれを実行する監督行政組織による運営は、契約自由、個人の意思尊重を志向するこれからの労働諸関係からは違うものになる。雇用契約や労使関係という社会的な自治関係は、基準となるガイドラインを設定する法設定に限定し、行政組織も社会全体を誘導するものとして、その機能を変えていくべき」(95年4月6日付「日経連タイムス」)との主張に代表されるように、最低労働条件の確保を重要な任務としてきた労働基準行政のあり方自体を変更しようとの意図を看取することができます。
労働分野の「規制緩和」とは、「労働者と使用者との間の法律関係を契約自由の原則に委ねることが、労働者の生存そのものを脅かすほどに不公正な結果をもたらす」(労働省労働基準局編「全訂新版『労働基準法(上)』」15頁)との歴史的な教訓を投げ捨て、「規制緩和」によって時代逆行的なレッセフェール(自由放任)への回帰をねらう危険な動きと評せざるを得ません。

《労働分野の規制緩和は労働法制の全面改悪に等しいものです》

本年3月28日に再改定が閣議決定された「規制緩和推進計画」では、こうした戦略を後押しするかたちで、日経連をはじめとする財界の要求をほぼ全面的に受け入れ、労働分野の全域にわたる152項目の規制緩和を推しすすめるとしています。
これを受け、労働省内の各審議会において、「規制緩和推進計画」に沿った具体的な検討が急ピッチですすめられています。
こうした労働分野の「規制緩和」の動きには、次の特徴を指摘することができます。
第1に、リストラ「合理化」、不規則・長時間労働、過労死など、労働現場に深刻な矛盾が広がる中で、労働者保護規制の強化が求められていることに逆行するかたちですすめられていることです。
第2に、各検討事項が労働法制の根幹にかかわる重大な内容をもち、かつ改悪が同時並行的に推し進められようとしている点で未曾有の「全面改悪」であることです。
第3に、これらの動きは、財界の意向のみならず、「労働者のニーズ」「労使自治の促進」に応えるものであると強調されていますが、最低労働条件である労働者保護規定は、労使の著しい力の違いを背景とした「労使合意」を排除したところに成り立っているのであり、労働法制の変質をねらう欺瞞的な動きであることです。
第4に、行政改革委員会、経済審議会など規制緩和推進論者だけで構成する機関が、国民的な論議を全く経ず、「先に規制緩和の結論ありき」との前提で、労働省内の審議会の結論をも先取りしている点できわめて非民主的にすすめられていることです。

《労基法の抜本見直しにむけた検討がすすめられています》

このような中で、昨年11月19日、労働大臣は、「労働者がより柔軟で自律的な働き方を通じて能力を存分に発揮し、評価されるような環境を形成していくため、労働基準法に基づく労働時間管理や労働契約のルールについて積極的に見直しや検討を進める必要がある」として、中央労働基準審議会(以下「中基審」という)の各部会(労働時間部会及び就業規則等部会)で、労基法の全般にわたった見直しをすすめ、本年7月までに一定の方向を示すよう指示しました。具体的な検討項目は、

  1. 変形労働時間制の在り方
  2. 裁量労働制の在り方
  3. 年次有給休暇の在り方
  4. 特例措置の在り方
  5. 一せい休憩
  6. 時間外・休日労働の在り方(割増賃金の算定基礎から住宅手当の除外を含む)
  7. (以上の6項目は、96年12月6日の中基審労働時間部会報告で指摘されたもの)
  1. 労働移動の増大、就業形態の多様化等に伴う労働契約の明確化等の観点からの、労働契約締結時の労働条件の明示、解雇にあたっての理由の明示、就業規則の整備等労働契約の手続面でのルールのあり方
  2. 柔軟・多様な働き方を志向する労働者について、労働者の一層の能力発揮を可能とするための、労働契約期間の上限についての見直し等、これらの労働者についての労働条件に係る規定のあり方
  3. 労働契約の個別化・多様化に伴う、労働契約に係る個別紛争の調整のためのシステムのあり方
  4. (以上の3項目は、95年5月26日の中基審就業規則等部会報告で指摘されたもの)

とされています。
これらの「見直し」項目の多くは、日経連等が労働分野の「規制緩和」と称して要求してきた項目と符合しており、財界の戦略に沿った一方的な検討によって、労働者の権利と生活が脅かされる危険を指摘せざるを得ません。
加えて、中基審の主要な公益委員は、近時、労働分野の「規制緩和」を推進する立場から発言を繰り返していることも見逃せません。
中基審の会長である花見忠氏は、「規制緩和と労働法制の再検討」(「書斎の窓」95年4月号収録)の中で、「わが国の労働法制は、…その相当部分が労働市場と労働力の質的変化の結果、今日では規制過剰、規制不適切と化している」などと述べていますし、また、中基審の就業規則等部会長である菅野和夫氏は、諏訪康雄氏との共著「労働市場の変化と労働法の課題」(「日本労働研究機構雑誌」94年12月号収録)の中で、「労働者のなかに、かつてのような『絶対的な弱者』というタイプが減少し、『相対的な弱者』あるいは『もはや弱者とみるべきでない』といったタイプも目立ちはじめ…労働法の規制の対象となる労働者像が…『集団としての労働者』から『個々人としての労働者』へと転換しつつある」などと述べています。
何ら実証的な裏付けもない一方で財界の意向のみに都合のよい、この「労働者像」こそは、労働現場の深刻な矛盾とそこにおかれた労働者の厳しい現実を覆い隠す「虚像」と言わざるを得ません。

《労働基準行政の第一線で働く立場から「見解」を発表します》

全労働は、以上の問題意識をふまえ、労働行政の第一線で労働者の実態を直視しながら、日々の業務に従事している立場から、労基法の「見直し」の対象としてかかげられた各検討項目について提言をとりまとめました。
労基法の「見直し」に求められているのは、他の先進諸国に比べても極めて不十分な現行労働法制をさらに緩和することではなく、わが国の苛酷な労働者の実態を改善するため、労働時間の上限規制や解雇規制など、男女ともが仕事と家庭を両立させながら、人間らしく働き続ける権利とルールを確立することであり、そのために、全労働は幅広い労働者・国民との共同を追求しながら、全力でたたかうことをあわせて表明するものです。

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2、労働時間関係について

1.変形労働時間制のあり方について

《変形労働時間制は人間の健康・生活のリズムを大きく崩すものです》

人間の健康・生活のリズムは、1日、1週といった単位で設定されており、このリズムを維持することは、憲法で保障された健康で文化的な最低限度の生活=ナショナルミニマムと言えます。
現行労基法はその第32条で、1週の所定労働時間を40時間以内、1日の所定労働時間を8時間以内とすべきことを定める一方で、一定期間を平均して1日8時間もしくは週40時間以内に労働時間を収めれば「合法」とする、1)1カ月単位の変形労働時間制(第32条の2)、2)フレックスタイム制(第32条の3)、3)1年単位の変形労働時間制(第32条の4)、4)1週間単位の非定型的変形労働時間制(第32条の5)などの変形労働時間制を認めています。
しかしこれらはいずれも、労働者が仕事と家庭生活を両立させ、人間らしい生活をするために最低限必要な条件として極めて高い合理性をもつものゆえ普遍化されてきた「労働時間は、1日かつ1週単位で規制されるべき」という労働時間法制の原則に対する重大な例外です。
以上の変形労働時間制の中でも、とりわけ、1カ月単位の変形労働時間制は、業種や業務にかかわらず特定の日または週の労働時間を無制限に延長しうる点で極めて弊害が大きく、また労使協定の締結や行政官庁への届出を必要とせず、使用者の一方的判断に基づく就業規則の制定、改定のみによってで導入、変更ができるという危険な制度です。
1カ月単位の変形労働時間制が導入されている労働現場では、これによって合法化された長時間労働、不規則労働により、労働者の生活破壊と健康破壊がすすんでいます。

《「1年単位の変形労働時間制」の導入が確実に拡がっています》

変形労働時間制は以上のように、労働者の健康確保や健全な家庭生活の維持という観点から、その導入は公共の必要上、緊急やむを得ない場合などに限定されるべきものですが、財界を中心とした規制緩和推進論者からは、「(現行の)1年単位の変形労働時間制の普及率が低いのは、…様々な条件があるために企業として使い勝手が悪い」という主張が行われています(96年10月17日/行政改革委員会規制緩和小委員会「規制緩和に関する論点公開(第5次)」)。
近年の労働省は、このような財界の要望を受け入れ、企業が勤務の実態を殆ど改善しなくても週40時間労働制が達成できるよう、94年4月1日から認められた「1年単位の変形労働時間制」の導入を積極的に指導しており、その結果、週40時間労働制が施行された今年4月1日前後には、1年単位の変形労働時間制の協定届が駆込み的に行われるという状況が全国の労働基準監督署に見られました(都内のある労働基準監督署への同届出件数は、1995年1年間で52件、1996年1年間で90件であるのに対し、本年1月1日から5月初旬までの同届出件数は296件に及んでいます)。
このように現行の1年単位の変形労働時間制は、要件が厳格すぎるため企業が採用しづらいどころか、本年4月1日からの週40時間労働制移行に間に合わせるための「方便」として濫用されているという面が強く、1年単位の変形労働時間制の当初の狙いである「季節的な繁閑のある業種が年間の休日増をはかることによって、所定労働時間の短縮を実現する」(平成6年1月4日基発第1号)ことには結びついていないのです。

《1日・1週の限度時間の緩和は、長時間・不規則労働のさらなる拡大をもたらします》

現行の1年単位の変形労働時間制の1日・1週の限度時間は、それぞれ9時間・48時間(変形期間が3カ月以内の場合は10時間・52時間)と定められていますが、中基審では使用者側委員から、これをさらに「原則1日10時間、1週52時間まで緩和すべきである」との意見が出されています。
しかし変形労働時間制は、業務の都合により1日もしくは1週の労働時間を長くも短くもできるもので、それによって特定の日の生活時間・睡眠時間を圧迫し、生活リズムを狂わせ、健康を著しく害するおそれがあります。この弊害は変形期間が長期間になればなるほど大きなものになり、1日・1週の労働時間の制限緩和は、長時間・不規則労働のさらなる拡大をもたらし、その弊害は測りしれません。

《1年単位の変形労働時間制は、割増賃金支払の負担を軽減し、長時間・不規則労働を助長します》

変形労働時間制においては、所定労働時間が法定労働時間を超えて設定されていても、実際の労働時間が所定労働時間の範囲であれば割増賃金を支払う必要はありません。つまり、それまで時間外労働として割増賃金が支払われていた時間帯が、タダ働きとなるという結果を労働者にもたらします。
しかも、所定労働時間が法定労働時間未満で設定されている日や週については、所定労働時間を超えても直ちに時間外労働となるのではなく、変形期間が終了した時点で、それまでに法定時間外労働として確定した時間を除いた総労働時間のうち法定労働時間の総枠を越えた部分が、時間外労働となるという行政解釈(平成6年1月4日基発第1号)があるため、変形期間が1年であれば、1年が経過するまで割増賃金が清算されないことになるのです。
このように日・週の限度時間を引上げを求める背景には、割増賃金の負担を減らし、さらなる長時間・不規則労働を拡大させようとの意図を看て取ることができます。

《対象労働者の要件緩和は、長期間にわたる無制約な長時間労働を放置するものです》

現行の制度では、変形期間が1年という長期にわたるため、対象労働者の範囲は「対象期間の初日に使用しており、その使用期間が対象期間末日の前日までに満了しないもの」に限定されていますが、中基審では使用者側委員から、「変形期間途中に採用した者や退職予定者など、対象労働者の範囲の拡大をはかるべき」との意見が出されています。
1年単位の変形労働時間制は、最長1年間にわたり、所定労働時間が長い期間と短い期間とを平均して法定労働時間の範囲内であればよいという制度ですから、現行の対象労働者の制限を撤廃すれば、労働者の採用や配置の時期が繁忙期か閑散期かの違いによって、労働者の労働条件に大きな違いが生じ矛盾が拡大することになりますし、さらには繁忙期に労働者の採用や配置を集中させて、目一杯働かせ、次に雇い入れた労働者にまたそれ以上働かせることも可能になります。これはまさに、企業が必要なときに必要なだけ働かせるシステムをつくるもので、労働者の使い捨てを容認するものです。

《労働時間の特定要件の緩和は労働者の当たり前の日常生活を困難にします》

労基法第89条が始業・終業時刻を基本的労働条件の一つとして就業規則の必要記載事項としていることから明らかなように、労働者の労働時間は特定されるべきものです。
したがって「1日8時間、1週40時間」原則の例外となる変形労働時間制では、一層厳格に、どの日、どの週に何時間働かなければならないかが予めきちんと特定されておく必要があります。労働者が長期間にわたり、特定の時期や特定の日に何時間働けば良いのか分からなくなれば、家事労働の分担どころか、当たり前の日常生活自体が不可能になります。
中基審では使用者側委員から、「始業・就業時刻の特定の要件を緩和すべき」との意見が出されています。しかし、労働日や各労働日毎の労働時間の特定は、労働契約を定める上で当然の前提条件であり、こうした意見は始業・終業時刻を「基本的労働条件」と位置付け、これを就業規則で特定すべきとしている労基法第89条の趣旨を否定するものです。労働日及び各日の労働時間の特定要件の緩和は、長期間にわたる公私の区別のない、無制限な企業への「隷属」を強制することにほかなりません。
また1年単位の変形労働時間制について、「(他の要件を緩和しても)、労使協定の締結が法律で義務づけられており、使用者が勝手に濫用できるものではない」とする意見(前記「規制緩和に関する論点公開(第5次)」)がありますが、これは労働組合の組織率が低く、真に労使対等な協定を締結し得ないわが国の労働現場の実態をみない議論と言わざるを得ません。

《変形労働時間制の運用の厳格化が求められています-全労働の提言》

国際労働機関(ILO)第1号条約第2条(C)(1919年)が、「被用者は交替制に依り使用する場合に在りては、3週間以下の一定期間に於ける労働時間の平均が1日8時間且週48時間を超えざる限り、或日に於て8時間又或週に於て48時間を超えて之を使用することを得」とし、変形期間の上限を「3週間」としていることをふまえれば、1年単位の変形期間はあまりに長すぎると言わざるを得ません。
「1日8時間労働の原則」は、仕事と家庭生活を両立させ、健康で働き続けたいと願う全ての労働者に必要なものであり、業務の都合で長時間・不規則労働を強いる変形労働時間制は、公共の必要上、やむを得ない場合などに限られるべきであり、次のとおり見直しを行うべきです。

第1に、無制約な不規則・過密労働を容認する1カ月単位の変形労働時間制の要件の厳格化は急務であり、当面、1日・1週の労働時間の上限を設けるとともに、1カ月単位の変形労働時間制の導入にあたっては、労使協定及び行政官庁への届出を要件とすべきです。

第2に、1年単位の変形労働時間制は基本的に廃止すべきですが、当面、以下のような要件の厳格化がはかられるべきです。

  1. 変形労働時間制が労働者の健康と生活に与える影響の大きさにてらし、法定労働時間 を超えるような1日・1週の労働時間の上限の緩和は、絶対に容認されるべきではありません。
  2. 1日・1週の労働時間の上限は、労基法の本文において明確に規定されるべきです。
    現在、1日・1週の労働時間の上限については、労基法32条の4第3項により「中央 労働基準審議会の意見を聴いて、命令(労基法施行規則)で定めることができる」こととされており(労基法施行規則第12条の4第3項)、既に本年4月から、省令「改正」により、労基法施行規則第65条、第66条が改悪され、積雪地域の建設業の屋外労働者やタクシー業の隔日勤務者について、1年単位の変形労働時間制における1日及び1週間の限度時間の緩和が強行されていますが、「8時間労働制」の重大な例外を、国会における国民的な審議を要しない省令「改正」に委ねていることは断じて容認されるべきではありません。
    併せて連続労働日数の上限を6日と明確に規定すべきです。
  3. 1年単位の変形労働時間制が導入された経過をふまえ、一定日数以上の年間休日増に よって労働時間短縮をはかるべき使用者の義務を明確にすべきです。すなわち法定労働時間を大幅に下回る所定労働時間を設定する場合に限り、1年単位の変形労働時間の導入は認められるべきです。
    さらに将来的には、完全週休2日制が明確に法制化される必要があります。
  4. 使用者に1年単位の変形労働時間制の導入に伴う労働時間短縮の実効をはからせるため、法定労働時間を下回って所定労働時間が設定されている日又は週に、所定労働時間を超えて労働した場合についても、割増賃金の支払いを必要とすることを明確に規定すべきです。
  5. 上記4)の所定外労働等に対する割増賃金は、毎月きちんと清算されるべきです。このため、労働日や日々の労働時間の特定は、予め変形期間全体にわたり行われるべきであり、そのことは労働基準監督の実効を確保するうえでも、極めて重要です。

第3に、後の「7.労働時間法制における労使協定と労働者代表制のあり方について」の項において述べるとおり、将来的には、変形労働時間制、とりわけ1年単位の変形労働時間制の導入は、公共の必要上、やむを得ない場合に限ることとするとともに、業種を限定し、行政官庁の許可もしくは労働協約によることを原則とすべきです。
当面、各種の変形労働時間制の導入の要件とされている労使協定については、真の労使対等性を確保するため、労働者代表の適格性や選出手続き、労使協定の締結手続きなどに関する法令上の明確な規制が必要です。

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2.裁量労働制のあり方について

《裁量労働制は労働時間法制の解体・空洞化を招くものです》

「規制緩和」の動向と関連し、労働時間法制の分野で、財界からその適用拡大が強く望まれているのが、裁量労働のみなし労働時間制(裁量労働制)です。
この間の労働時間法制に対する改悪の動きの中でも、特に裁量労働制については、法制度そのものの解体・空洞化を招く危険性を強く指摘せざるを得ません。それはこの制度が実質的に労働時間法制の「適用除外」規定としての性格を有しているからです。
現行労基法においても、第41条第2号で管理監督者に対する「適用除外」が規定されており、権限や処遇を伴わない「名ばかりの」管理職に対する労働時間規制や割増賃金支払いを免れようとする実例が数多く認められますが、裁量労働制の適用拡大・再編はこのような「適用除外」をホワイトカラー全体に拡大しようとするものです。

《裁量労働制のさらなる拡大が企まれようとしています》

裁量労働制は、1988年4月以降の労基法改定の際に創設され、通達で例示する研究開発等の一定の業務について導入されました。その後、94年の法改定にともない対象業務が省令により5業務が指定されましたが、このとき併せて「労働大臣の指定する業務」が追加され、その後は労働大臣告示により対象業務の拡大が可能となる道が開かれました。
さらに、中基審の建議(92年12月)を受けて、現行の対象業務等について検討をすすめていた労働省の「裁量労働制に関する研究会」は、95年4月24日の「報告」(以下、「研究会報告」という)の中で、「現行5業務との均衡上、次の業務を指定することが適当である」とし、「コピーライターの業務」等新たに7業務を示し、このうち6業務は、本年4月1日より大臣告示により追加され、施行されています。

【これまでの裁量労働制の対象業務】

1)新商品または新技術の研究開発等の業務 2)情報処理システムの分析又は設計の業務 3)新聞・出版・放送等の取材又は編集の業務 4)衣服・広告等の新たなデザインの考案の業務 5)放送番組等のプロデューサー又はディレクターの業務

【97年4月以降新たに適用された業務】

1)コピーライターの業務 2)公認会計士の業務 3)弁護士の業務 4)一級建築士の業務 5)不動産鑑定士の業務 6)弁理士の業務(「裁量労働制に関する研究会」が指摘した「金融商品等の物品以外の新商品の研究開発の業務」は除外)

さらに「研究会報告」は、「裁量労働制を新たに再構成する方策として『高度に専門的又は創造的な業務』を対象に加えるべきである」と指摘し、「高度な経営戦略の企画の業務」や「高度な法務関係業務」を例示しています。
裁量労働制を適用する要件として、少なくとも現行労基法上は「業務遂行の手段及び時間配分の決定等に関し具体的な指示をすることが困難なもの」と規定されており、「事業場外労働」と同様、「労働時間の把握・算定が『困難』であるから」、みなし労働時間制採用が許されているのです。これに対し「研究会報告」は、この「労働時間算定の困難性」の基準を「高度の専門性と創造性」にすりかえ、これによって「裁量労働制の再構成」を推進しようとしています。
さらに、現行労基法においては裁量労働制についても、休憩・深夜業・休日等他の労働時間に関する規定の適用がありますが(昭和63年1月1日基発第1号)、これに関しても「研究会報告」は「裁量労働制の本来の趣旨にかんがみ、適用除外とすることが適当」としています。
現行労基法においても認められていない職種・業務に適用が拡大されるなど、法令の厳格な運用が遵守されているとは言い難い現下の実態を鑑みれば、この「研究会報告」の見解は、労働時間法制上極めて重大な問題を含んでいると言わざるを得ません。それは、休憩・深夜業・休日等他の労働時間に関する規定を除外することにより、裁量労働制を労基法第41条各号と同様、労働時間法制が全面的に適用除外される制度として完成させることになるからです。
つまり「研究会報告」の言う「裁量労働制の本来の趣旨」とは「労働時間法制の全面的適用除外」ということにほかならないのです。
こうした動向の背景には、日経連の「新時代の『日本的経営』」に示される、財界の強い意向があることは明らかです。この報告は、労働時間規制を合法的に排除し得る裁量労働制に着目し「ネガティブリスト方式にすることを前提に、現行5業務に加えて適用範囲の拡充を図る必要がある」と指摘し、ホワイトカラーの業務全般への適用拡大を求めています。そしてこうした財界の意向をふまえ、政府は、本年3月28日に閣議決定された「規制緩和推進計画(再改定)」の中で、「平成9年7月までに見直しの方向を決定する」としており、本年7月2日に労働省が発表した中基審の「中間的とりまとめ」に向けた「試案」も、「研究会報告」のこうした観点を忠実にふまえたものとなっています。

《裁量労働制は長時間・過密労働と残業手当不払いを「合法化」するものです》

裁量労働制は、実際の労働時間にかかわらず、協定された労働時間が労基法上の労働時間とみなされるため、使用者の労働時間短縮にむけた努力は期待できなくなりますし、時間外労働手当の不払い=「サービス残業」は「合法化」されます。そして、割増賃金支払いの負担が軽減されることにより、新たな長時間労働の温床をつくるのです。
そもそも、「業務の性質」がその業務に従事する全ての労働者に、自動的に裁量性を与えるとすること自体が、荒唐無稽であり現実に即していないものと言わざるを得ないものですが、今後、裁量労働制がホワイトカラーをはじめ広範に認められることになれば、恒常的な長時間労働の実態がいかに明らかになろうとも、労働基準監督機関がその是正を図ることは極めて困難となります。それは、裁量労働制を規定した労基法第38条の2にある「業務の性質上」「労働者の裁量にゆだねる必要性」「具体的に指示することが困難」という基準の曖昧さが、労働の実態把握を困難にし、監督指導や司法処分など労働基準監督機関の権限行使を事実上不可能にするからです。

《裁量労働制は賃金体系を大きく変質させ、労働者の差別と分断を招きます》

さらに、裁量労働制の拡大はその適用を受ける労働者の賃金体系にも大きな影響を与えます。
裁量労働制は、賃金と労働時間との関係を断ち切る反面、「労働の密度や成果」を賃金に反映させようとするシステムです。一旦みなし労働時間制をとれば、時間外労働を何時間とみなそうが、割増賃金は常に固定的な賃金となり、時間外労働の抑制という機能を失うため、安易に所定労働時間ないしは8時間とみなす労使協定が実際に数多く認められます。このことからも、その本質が財界の総賃金抑制策に根差していることは明らかです。
過去の賃下げ攻撃が労働者内部に競争を持ち込むことを常套手段としたように、裁量労働制もまたこの手法を用います。裁量労働制は単なる「残業手当不払い」の手法ではなく、年俸制や完全能力給制度と結び付いてこそ、その「真価」を発揮するのです。
さらに裁量労働制は、労働者内部に新たな競争を持ち込むだけでなく、労働者の一部を選別し、特権的階層を育成することによって、益々その反労働者的性格を強めます。
圧倒的多数の労働者にとっては長時間・過密労働と賃下げしかもたらさない裁量労働制が、一部の労働者には「わずかな残業手当にはかえられない将来の処遇が保証される」という意識を、雇入れ直後から醸成することになります。
「研究会報告」は「裁量労働制を適用されるにふさわしい待遇を受けることが必要」と指摘していますが、全ての労働者にこの「待遇」が用意されていないことは明らかです。

《裁量労働制の廃止に向けて、当面その運用の厳格化が必要です-全労働の提言》

今必要なことは、多くの労働者が「サービス残業」を強いられ、健康を損ないながら働き続けている実態を行政が直視し、これを解決することです。
「裁量性」の名のもとに、使用者の労働時間管理の責任を免責し、長時間労働と「サービス残業」を公然と認める裁量労働制の適用対象業務の拡大や労働時間法制の全面的適用除外への「再構成」は断じて行うべきではありません。
全労働は、労基法の改正により裁量労働制を廃止すべきと考えますが、なし崩し的に拡大運用されている現状の実態を規制するため、当面、以下の措置を講ずる必要があると考えます。
第1に、適用対象業務及び労働者の範囲について基準の明確化が必要です。
全労働は既に「裁量労働制に関する全労働の考え方」(95年12月)の中で、「労働者を十分に保護し得る『厳格性』と労働基準監督を実効あるものとし得る『明確性』の確保」を指摘していますが、現行制度の運用実態から特に問題となるのは、業務の性格だけで、その業務に従事する個々の労働者の「裁量性」を判断するということが、理論的にも実務的にも極めて妥当性を欠くということです。
したがって、各労働者の業務遂行上の地位や権限についての基準を設ける必要があります。また、「当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し……労働者に具体的な指示をしない」(労基法第38条の2第4項)ということが具体的に判断できる基準が明示されるべきです。
第2に、みなし労働時間制による時間量は、現実の労働実態を適正に反映したものとする必要があります。一度みなし労働時間制をとれば、時間外労働を何時間とみなそうが、割増賃金は常に固定的な賃金となり、時間外労働の抑制という機能を失うため、安易に所定労働時間ないしは8時間とみなす労使協定が多く認められます。しかし裁量労働制にかかる労使協定には有効期間の定めがあり、一定期間毎に協定内容を見直すことが予定されていることから、みなし労働時間といえども実態に即した時間数で協定させ、長時間労働のなし崩し的拡大を許さない措置が求められます。
そのため当面、現行の労使協定の締結と行政官庁への届出による限りは、後の「7.労働時間法制における労使協定と労働者代表制のあり方について」において述べるとおり、労働者代表の適格性や民主的な選出手続き、労使協定の締結手続きなどについて、法令に厳密な要件を規定すべきですし、適用対象業務や労働者の範囲、みなし労働時間数、労働時間管理方法等を厳しくチェックすべきです。
あわせて、名目だけの労働時間短縮や週40時間制達成の一手法としての裁量労働制の導入を容認しないため、届出の際の厳密な審査を徹底するなど、労働基準監督機関による監督・指導を強化することが必要です。
第3に、みなし労働時間制の下にあっても、使用者は労働時間の管理・把握の義務(現行労基法第108条)を免れないことを明らかにする必要があります。 財界の意向はともかく、現行法制においては休憩・深夜業・休日に関する規定が適用されるのであり、使用者がその義務を負うことは当然です。また「裁量労働に関する協定届」の届出義務者である使用者には、当該協定が適正に締結されていることを疎明する義務があると考えられ、その意味からも、労働時間管理の必要性は軽減されないことを明確にすべきです。
なお「中期的」に、裁量労働制のような労働時間法制の根幹にかかわる適用除外制度を仮に認めるならば、それは労働協約による場合に限定されるべきです。
また多くの場合、未組織労働者の「同意」には、実質的な意味での「自主性」が確保され得ないことから、労働者の範囲も当然、当該労働協約が適用される範囲に限られるべきです。

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3.年次有給休暇制度のあり方について

《年次有給休暇による自由な時間の確保は労働者の基本的人権です》

「何人も労働時間の合理的な制限と定期的な有給休暇を含む休息および余暇を得る権利を有する(世界人権宣言第24条)」とされているように、労働者が仕事から解放され、賃金の保障のもとで自由な時間を享受するための年次有給休暇は、労働者の重要な権利の一つです。
また、年次有給休暇の権利の法的性格については、1973年3月の最高裁判決(国鉄郡山工場事件)において、「年次有給休暇の権利は、法定要件を充たした場合法律上当然に労働者に生ずる権利であって、労働者の請求をまって生じるものではない」と明確に示されています。
しかしながら、労働省の「賃金労働時間制度等総合調査」(86年)によれば、年次有給休暇の取得状況は、 一人平均付与日数14.9日、取得日数7.5日、取得率50.3%と極めて低調です。このため、取得を促進するための「改善策」として、87年9月の労基法の改定により、最低付与日数の引き上げ(6日から10日)、計画的付与制度の新設、パートタイム労働者などの比例付与制度の新設、休暇取得労働者に対する不利益取扱いの禁止規定の新設が行われました。
さらに、93年6月の労基法の改定により、初年度継続勤務要件の短縮(1年から6箇月)、出勤率の算定方法の改善(育児休業、介護休業は出勤したものとみなす)が行われています。
しかしこれらの法改定によっても、95年の調査で、一人平均付与日数17.2日、取得日数9.5日、取得率55.2%とさほどの改善はみられず、 一人46週間の休暇がほぼ完全に取得されている欧米諸国の状況や、 ILO第132号条約(年次有給休暇に関する条約、1970年6月採択)に規定する水準には未だ程遠い実態にあります。
わが国はILO第132号条約採択に反対した5カ国のうちの一つでしたが、 このような実態からも、休暇日数、付与要件、請求手続き等の年次有給休制度の抜本的な改正が必要であることは明らかです。

《労働基準監督署への年次有給休暇に関する申告や相談は跡を絶ちません》

労働基準局、労働基準監督署など第一線の窓口には、「企業規模が零細であることやパートタイム労働者であること等を理由に年次有給休暇制度が規定されていない」、「休暇日数、付与条件、請求手続き等の年次有給休暇制度が周知されていない」、「忙しくて代替要員がいないので年次有給休暇が請求できない」など、年次有給休暇を請求する以前の申告・相談が多く寄せられています。
しかしながら、年次有給休暇の取得要件について定める労基法第39条違反については、「本条違反行為は、労働者の請求する時季に所定の有給休暇を『与えない』ことである。…時季変更権を行使し得る正当な事由がないにもかかわらず時季の変更を求めた場合や労働者の指定した日に出勤を命じた場合に本条違反が成立するものと解される」(労働省労働基準局編「全訂新版『労働基準法(上)』」536頁)とされていることから、単に年次有給休暇を請求しにくいだけで、直ちに本条違反を問うことは困難です。
また、「リストラで子会社に移籍出向させられたら、新規採用者と同じ扱いとなり年次有給休暇がなくなった」、「病気などにより出勤率が8割を下回ったら、翌年に年次有給休暇がなくなり、通院もままならなくなった」、「従来は所定休日であった年末年始休暇が年次有給休暇の計画的付与扱いとされ、自由に使える年次有給休暇が減り長期休暇が取れなくなった」など、現行の年次有給休暇制度の矛盾や誤った運用に関する申告・相談も多く寄せられています。

《年次有給休暇の取得促進をはかるための法的整備が必要です-全労働の提言》

年次有給休暇は決して使用者の恩恵などではなく、前述の判例からも明らかなとおり労働者の当然の権利であり、使用者の許可や使用者への取得理由の開示などが必要でないことは明らかです。
しかし、年次有給休暇の請求に対する使用者の時季変更権の行使は「事業の正常な運営を妨げる場合」に限定されているにもかかわらず、実際はしばしば「単なる業務の支障」といった事情で権利行使が阻まれるケースが数多く認められます。自らの年次有給休暇の取得が「単に一部の業務にのみ支障を生ずるのか、もしくはその影響が組織的に連鎖して事業全般に支障を及ぼすのか」は、一労働者には判別困難です。つまり、「事業の正常な運営を妨げる場合」にかかわる明確な基準がないことが、使用者に有利な解釈を許すことにつながっているのです。
全労働は、年次有給休暇を労働者の権利と認めることで、労働者に自由な休養時間を保障するという制度の本来の趣旨にてらし、現行制度を当面、以下のように改善するべきと考えます。

第1に、年次有給休暇の付与日数をさらに引き上げるべきです。
ILO第132号条約第3条第3項は、年次有給休暇日数は 「いかなる場合にも、1年の勤務につき3労働週を下回ってはならない」とし、さらに第8条第2項において「少なくとも中断されない2労働週から成る」として、最低3労働週のうち2労働週は分割を許さず、連続して与えなければならないことを定めています。
したがって当面、年次有給休暇の付与日数は、勤務年数にかかわらず最低15日、将来的には最低20日と引き上げるべきです。さらに、年次有給休暇の取得促進をはかるために、 1)年休の買上げを禁止すること(ILO第132号条約第12条)、 2)一定範囲内の連続付与、 3)翌年度に繰り越した年次有給休暇は全てその年度前半に消化させること (ILO第132号条約第9条第1項)などを使用者に義務づけるべきです。これらによって、現行の計画的付与制度は将来的には廃止されるべきです。

第2に、疾病・傷病など労働者が自ら制御できない理由による欠勤については、育児休業・産前産後休暇と同様に出勤扱いとするべき(ILO第132号条約第5条第4項)です。また「8割出勤」に満たない労働者についても少なくとも比例付与を認めるべき(ILO第132号条約第4条第1項)ですし、将来的には、恩恵的色彩の強い現行の「8割出勤の要件」など出勤率による取得制限は廃止するべきです。

第3に、労働者の年次有給休暇取得促進を妨げる原因の一つとなっている「いざという時の疾病・傷病のために年次有給休暇を温存したい」という不安を解消すると同時に、疾病・傷病欠勤に年次有給休暇を振り替えることを抑制するため (ILO第132号条約第6条第2項)、有給の病気休暇を新たに法制化すべきです。

第4に、労働者に年次有給休暇を取得し得る権利を周知し、取得を促進させるため、また労働基準監督機関が年次有給休暇の取得実績を的確に把握するため、使用者に対し、各人別の年次有給休暇の付与日数、取得日数、残日数を記載した年次有給休暇台帳の調整と労働者への通知を義務付けるべきです。

第5に、年次有給休暇の請求に対する、嫌がらせや不利益取扱いについては罰則を以て禁止し、使用者が、 1)取得時期を制限すること、 2)取得にあたっての許可手続きを求めること、 3)取得理由の開示を義務づけること、なども明確に禁止すべきです。

第6に、時季変更権は廃止するべきです。

現行労基法においても、使用者の時季変更権の行使は「事業の正常な運営を妨げる場合」に限定されているにもかかわらず、しばしば使用者の有利な解釈を許し、労働者の権利行使を妨げている実態からも、このような極めて曖昧な規定は廃止すべきです。
そしてILO第132号条約第10条の趣旨をふまえ、 使用者は事業の運営に重大な影響を及ぼす時に限って、その具体的理由と代替日を示した上で、労働組合又は労働者代表に協議を申し入れることができることとすべきです。

第7に、年次有給休暇促進法(仮称)を制定すべきです。
労働者が年次有給休暇を取得しやすい労働環境や社会環境を整備するため、現行の「ゆとり休暇推進要綱(95年7月労働省策定)」に示された「年次有給休暇取得システム(個人別年次有給休暇取得計画表の作成、代替要員の確保などによる業務体制の整備など)」を法令上明確に規定するとともに、労働者のゆとり増進に対する社会的支援対策などに関 する国及び使用者の責務を法令により具体化すべきです。

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4.特例措置のあり方について

《特例措置は最低労働条件を定める労働基準法の重大な例外です》

労基法第40条は、「労基法第8条第4号(運輸交通業)、第5号(貨物取扱業)、第8号から第17号(商業、金融・保険・広告業等非工業的事業)」の事業で、「公衆の不便を避けるために必要なもの」「その他特殊の必要のあるもの」について、「必要避くべからざる限度で」、1日8時間・1週40時間労働制を基本とした法定労働時間や一せい休憩等について、「命令で別段の定め」ができるという、いわゆる「特例措置」を認めています。
そして、「命令で別段の定め」を行うための「公衆の不便を避けるために必要なもの」「特殊の必要のあるもの」の特殊性は、業種もしくは業態それ自体が持つ特殊性であり、個別企業における単なる経営上の都合や季節的繁忙という理由は認められず、「必要避くべからざる限度」の範囲内でなければならないと制限されています。
さらに、「必要避くべからざる限度」の範囲内で定められた例外であっても、その基準が法定労働時間を著しく上回るようなものや、労働者の健康・福祉を害するようなものであってはならないことが定められています。
立法当時の解説においても「別段の定がなされ得る事業は…これらの事業全部について別段の定が規定されるのではなく、その内特殊の必要あるものだけについて規定される」のであり、「命令に委任するに當りかやうな嚴重な絛件が附されてゐるのは、勞働時間、休息に關する事項は憲法第二十七絛第二項で本來法律によつて定めるべき事項とされてゐるから、命令に委任する場合でも白紙委任を避けるためである」(昭和23年4月/寺本廣作著 「勞働基準法の解説」253頁)とされており、その設定はあくまで最低労働基準を適用する上での重大な「例外」として、最小限度に抑制されるべきものであることは明らかです。
わが国の労働時間等の特例は、労基法の制定当時の社会経済情勢を背景として、広範に認められてきましたが、それが業種、業務や規模にわたって、極めて細かく設定されてきたこと、漸次廃止される期限が様々であったこと等から、一時、特例措置を含む労働時間法制の体系は極めて複雑・多岐なものとなっていました。
しかしその後、法制定当時において認められた事情も変化し、一定の労働時間の短縮がみられることから、81年の労基法施行規則改正以降、段階的に廃止され、現在は

  • (1)労基法第8条第8号(商店、理容)、第10号(興行、映画製作は除く)、第13号(病院等保健衛生)、第14号(旅館等接客娯楽業)の事業であって、規模10人未満の事業場については法定労働時間を週46時間とする(労働基準法施行規則第25条の2)。
  • (2)学校教育法第1条に規定する小・中・高校、盲学校、聾学校、養護学校及び幼稚園の教職員については、事業場規模にかかわらず当分の間、法定労働時間を週44時間とする(平成6年労働省令第1号附則第4条)。
  • (3)列車、電車等の乗務員のうち、予備勤務に就く労働者にかかわる、週40時間を超えない限りでの、各日・各週の労働時間の特定を要しない1カ月単位の変形労働時間制を認める(労基法施行規則第26条)。

という特例措置が残されています。

《近年、特例措置を設ける理由に大きな変質が認められます》

漸次廃止されてきた特例措置も、近年は、とりわけ中小零細事業場のための経過措置と化すなど、設定理由が大きく変質してきた事実を見逃すことはできません。
81年当時も、一部の特例措置の廃止については、なお「確定期限を付すことが困難」とされ、さらに「経営基盤が弱い」等の理由からその後、廃止が再延長されてきました。
特に88年以降の9年間においては、猶予措置の度重なる延長に際し、「法定労働時間の達成率が特例業種よりも相当低率」「特例措置対象事業場との均衡を図るべき」等の理由が示されるなど、特例措置が猶予措置を再延長するための根拠として用いられてきました。
さらに、93年12月21日、中基審は、「商業、接客娯楽業については、他の特例対象業種と比較し、より所定労働時間の短縮が進んでいない実態にあり、特に5人未満の事業場については、経営基盤が弱い等の理由から」「社会経済的な環境の整備を図り事業主団体等が指導を行う期間を設けることが、むしろ今後の円滑な労働時間短縮を図るために必要である」ことを示し、「5人未満の同事業については、1年程度の経過措置を設けることもやむを得ない」とする一方、「平成9年(97年)4月以降の特例措置の範囲・水準等そのあり方については…平成9年4月に向けて検討されるべきもの」と答申しました。こうした認識は労基法制定当初の考え方からも著しく後退するもので、これが、94年4月1日以降の1年間、 「100人未満事業場の週46時間制移行にかかる緊急避難的な猶予措置の再延長」や「特例に準じた経過措置」など、前例のない特殊な労働時間制度を出現させてきたのです。

《もはや特例措置を継続する理由は極めて希薄となっています》

このように、一定規模以下の零細事業における長時間労働の実態や、「経営基盤が脆弱で早急な労働時間短縮に耐え得る条件がない」ことが特例措置の理由となるのであれば、特例措置は「猶予措置」と何ら異なるものではなくなります。
商業・サービス業において、その規模の小ささゆえに「公衆の不便を避ける必要」が生じるはずもなく、むしろ流通システムが高度に発達した今日において業種の別によるこのような「必要」は極めて希薄化しているものと考えられます。
また最近は小規模の商業・サービス業においても、コンピューターの導入などの技術革新による「合理化」や人員削減等によって、労働密度は工業的労働に劣らず高くなっており、「手待ち時間が長い」「労働密度が低い」という実態にあるとは言えなくなってきています。
こうした中で、95年9月の労働基準法研究会(労働時間法制関係)報告は、「特例措置については、…その後の社会経済の発展に伴い…特例を必要とするような特殊な状況は少なくなってきた」ことを明らかにし、「『基本的に廃止』の方針のもとに対応すべきである」として、「平成9年(97年)4月からの特例措置の水準については、社会全体の労働時間短縮の進展から取り残されることがないよう配慮する必要がある」との認識を示していました。このような認識にたつならば、直ちに特例措置は廃止されるべきですが、96年12月6日の中基審労働時間部会報告は、特例措置について「当面は現行の範囲・水準を継続することとし、そのあり方については、(裁量労働制等の)労働時間法制についての検討の一環として検討する」として、再び廃止を先送りにしています。
これによって現在に至ってもなお、約200万事業場で働く720万人(全労働者の約14%)を超える労働者の法定労働時間が特例措置の水準に据え置かれているのです。
そもそも、労働基準法が定める基準が、長期間にわたって、業種・規模によって異なることは、憲法第14条に定める法の下の平等の趣旨に反するものであり、「この法律で定める労働条件の基準は最低のものである」(労基法第1条第2項)との労基法の精神、法的性格を変質させるものと言わざるを得ません。

《特例措置は廃止されるべきです-全労働の提言》

以上から明らかなように、現行の特例措置はごく近い将来に全て廃止されるべきです。
週40時間労働制移行にあたっての中小・零細企業における困難な事情の解決については、「下請中小企業振興法(昭45法律第145号)」に基づく「下請振興基準(平成4年2月27日改正)」の改正などにより、発注方式など大企業の横暴に対する規制強化をはかるとともに、必要な助成措置を講じていくことによるべきです。
そして、特例措置の全面廃止に向けての当面の措置として、第1に、現行から業種・業務及び規模を一切拡大することなく、完全に週40時間労働制に移行すべき期限を明確にし、第2に、全面廃止までの間の法定労働時間については、とりわけ広範囲な地域にわたって小規模支店や店舗展開を行っている企業に対する適用を、事業場単位とせず、企業全体の規模をもって適用することが必要です。

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5.一せい休憩について

《休憩時間の意義があらためて問われています》

労基法第34条第1項は、「労働時間が6時間を超える場合においては少なくとも45分、8時間を超える場合においては少なくとも1時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない」と定めています。また同条は、この休憩時間について、一せいに与えなければならないこと(一せい休憩の原則:第2項)、自由に利用させなければならないこと(自由利用の原則:第3項)を使用者に義務づけており、その例外は以下に限定されています。

  • 1)坑内労働における適用除外(労基法第38条第2項)
  • 2)業種による適用除外(労基法第40条、労基則第31条)
    法第8条第4号(運輸交通業)、第8号(商業)、第9号(金融広告業)、第10号(映画・演劇業)、第11号(通信業)、第13号(保健衛生業)、第14号(接客娯楽業)、第16号(官公署)などの事業
  • 3)行政官庁の許可に基づく適用除外(労基法第34条第2項但書)

休憩時間は、労働が一定時間継続すると疲労が高まり、それにより作業能率が低下し、労働災害の発生や労働者の健康を損なうおそれがあることから、労働を中断して肉体的・精神的疲労の回復をはかるためのものです。
一せい休憩の原則は、このような休憩時間の意義をさらにおしすすめ、一部の者だけが休憩に入り残された者が仕事をしている状況の下で労働強化が強いられるという悪習を排するとともに、1日の大半を職場で過ごさざる得ない労働者に、単に食事、食後休みの時間を保障するに止まらず、労働から解放されて自己を取り戻し、他の労働者と自由な時間を共有することによって、職場の仲間との交流を図るなど、職場における社会的・文化的な生活を保障するためのものでもあります。
職場へのコンピューター等の情報処理機器の導入がすすみ、精神労働の比重が増しています。加えて激しいリストラ「合理化」が、徹底した労働密度の強化をもたらし、仕事や職場生活に不安、悩み、疲労、ストレスを感じる労働者の割合が全体の6割近くに及ぶといわれるほど高くなってきています。また、近年社会的にも注目を集めるようになったいわゆる「出勤拒否症候群」も、「休憩時間等をふくむ在社時間中の他人とのコミュニケーションの欠如」が一因であることなどが指摘されています。
こうした労働現場の実態からも、一せい休憩の原則がもつ重要性は今日ますます大きくなっていると言えます。

《一せい休憩の原則の徹底こそが必要です-全労働の見解》

近年、大企業を中心に、「能力主義・成績主義」に基づく賃金・労働時間制度の導入がすすみ、労働者の「自主性」「自律性」の名のもとに、労働者間の激烈な競争があおられ、無限定な労働に駆り立てられることによって、多くの労働者がその僅かな休憩時間さえも労働時間に「転用」することを強いられ、休憩時間の本来の機能が急速に損なわれつつあります。
このような労働現場の実態の中で、実際に労働者が労働を中断し、休憩時間を取得し、肉体的・精神的疲労の回復をはかり、労働災害防止や労働者の健康確保を可能とするだけでなく、職場でのコミュニケーションの活性化をはかり、人間的に豊かな時間を保障しようとする「一せい休憩の原則」の重要性を積極的に強調していくことが求められています。
公益上の必要などやむを得ない事情に対しては、既にある業種等による適用除外や労働基準監督署長の許可による適用除外の措置によることとし、一せい休憩の原則を、「試案」にみられるような労使協定の導入等を要件として全面的に排除することは断じて行われるべきではなく、労働者の最低労働条件として定められた一せい休憩の原則の一層の徹底がはかられるべきです。

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6.時間外・休日労働のあり方について

《実効ある規制のないわが国では時間外・休日労働は青天井の実態にあります》

女子の時間外・休日・深夜労働に関する規制の撤廃が強行された今、求められているのは男女共通の法律による時間外・休日・深夜労働に対する規制です。
労基法第1条は「労働条件は人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきもの」とし、これを受け、労基法第32条は「1週40時間、1日8時間を超えて働かせてはならない」と定めています。すなわち、労働時間の適切な規制は「人たるに値する生活」を営む上で不可欠であり、時間外・休日・深夜労働が無制限に行われることがあってはならないのです。
しかし同時に労基法では、労使協定(36協定)の締結と届出により、本来例外的であるべき時間外・休日労働が直ちに許容され、その上限については強制力のない「目安指針」しか定められていないために、時間外・休日労働は、事実上、「野放し」「青天井」となっているのが実態です。
しかも、労使協定の締結・届出がないままに、あるいはその限度を超えて、時間外・休日労働を行っていたケースは、労働基準監督官が労基法32条違反で是正勧告を行った件数からも明らかなように、広範に認められます。さらにこれらの是正勧告に対し、多くの使用者が、時間外・休日労働を減らすどころか、事業場の時間外労働の実態に合わせた労使協定を締結しあるいは締結し直し、これを届け出ることで法違反の「是正」をはかっているのが現実なのです。
これは、今日の労働組合の組織率の低さを背景として、労働者の過半数を代表する者との協定に、時間外・休日労働を抑制する機能がほとんどないことを示しています。
労使協定が十分な規制力をもたない現状において、無制限な時間外・休日労働を規制するためには、強制力のある労働時間の上限規制によるほかはないのです。そのことは、ILO第1号条約(1919年)が、1日8時間かつ週48時間の原則を定めるとともに、「時間外労働の増加時間の最大限度を定むべく」(第6条)と規定していることからも明らかです。

《拘束時間の規制も求められています》

現行労基法における「労働時間」は、「拘束時間」即ち「始業時刻から終業時刻までの時間」から「休憩時間」を除いたものと定義されています。
したがって、休憩時間が1時間の事業場と3時間の事業場では労働時間が同じであっても、拘束時間は休憩時間の分だけ長くなり、逆に労働者が私生活に費やすことのできる時間が削られてしまうことになります。
拘束時間についての規制は、自動車運転者については、告示による「改善基準」の中で指導基準としての上限が示されていますが、他の業種・業務については一切規制が存在しません。
所定労働時間の短縮を迫られ、拘束時間を変えないまま休憩時間を増やすといった小手先の対応でつじつまを合わせる使用者がいます。また、商店・飲食店などでは営業時間を延長するため、客足が途絶える時間帯に交替により長時間の休憩を与え、人員増を行わないで延長した営業時間への対応を行おうとする動きも見られます。
休憩時間が増えてもその時間に自宅へ帰ることができるわけでもなく、勤務先の周辺で意味も無く時間をつぶすなど、無為な自由時間を強制されることを労働者が望むはずはありません。時間外・休日労働の上限規制と併せて、拘束時間の規制を積極的に検討すべきです。

《実効ある労働時間短縮をすすめるために割増賃金のあり方が問われています》

諸外国と比較してわが国における時間外・休日労働時間が際立って多い理由の一つに、時間外・休日労働にかかるコストが諸外国に比較して非常に低いことが指摘されています。
そのことは、経済性の面から時間外・休日労働を抑制する効果がないことを意味します。時間外・休日労働のコスト負担により、時間外・休日労働の抑制をはかることは国際的な常識であり、労基法第37条による時間外・休日労働、深夜労働に対する割増賃金の支払いは、この効果を期待するためのものですが、現状の制度には多くの問題を指摘せざるを得ません。

第1に、現在定められている割増賃金率が諸外国に比して著しく低いことです。時間外労働に対する割増率50%、 休日労働に対する割増率100%という水準が、先進諸国の大部分の水準である中、時間外労働25%、(法定)休日労働35%というわが国の割増率の現状は明らかに低すぎると言わざるを得ません。さらに週休2日制が普及している中で、法定休日の特定要件が厳格でないために、2日ある週休日のうちどちらか1日だけの休日労働であれば、休日労働に対する割増率35%ではなく、週の法定労働時間を超えた場合の時間外労働として、25%の割増率でよいとされていることも大きな問題です。

第2に、割増賃金の算定基礎となる賃金が限定され、それによって割増賃金の計算の基礎となる「時間当たり賃金」が低く抑えられていることです。
労基法第37条第4項(労基則第21条)では、割増賃金の基礎となる賃金から、家族手当、通勤手当など一定の賃金が除外できることとなっており、現在、住宅手当についても「除外する賃金」としようとする動きがあります。
たしかに住宅手当については家族手当、通勤手当などと同様に、労働者の個別事情に基づく側面が強い一方、これらの手当がいずれも賃金として個々の労働者の生活を保障する生計費であることを考えれば、逆に家族手当、通勤手当についても除外するべきではなく全て算定基礎たる賃金額に算入すべきであるはずです。
しかし、最も問題視すべきであるのは、家族手当、通勤手当などと同じく「除外する賃金」とされている「1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金」です。これに該当する賃金は、大部分の企業においては賞与ということになります。
賃上げを抑制しながら利益の拡大分については、一定程度賞与のアップ分に反映させることで労働者に還元する慣行が広範に認められますが、賞与はまぎれもなく労働の対価であり、労働者の生活を支える賃金にほかなりません。こうした取扱いの問題点は、年俸制において例えば年間総支給額を定めた上でこれを12で割って月々支払うのではなく、18で割って月々支払う額を定め、残りの6カ月分を夏と冬の賞与として支給するというケースを考えるとさらに明確になります。
このように、賞与は本来月々支払われるべき賃金の一部がまとめて後払いされているに過ぎないと考えるべきであり、賞与は割増賃金の算定基礎から除外すべきではないはずです。
実際にわが国においては年間総賃金に占める賞与の割合が大きいため、実質的な一人の労働者の時間当たりの労働の単価は、通常の割増賃金の時間当たり単価より大きく、使用者にとってはより低いコストで時間外・休日労働を行わせることが可能になっています。
もちろん賞与の支給月数は企業規模や業種によって開きはありますが、大企業ほど支給月数が多く、賞与が年間の総賃金に占める割合が大きくなっているため、大企業ほど時間外・休日労働にかかるコストが低くなるという結果をもたらしています。
時間外労働・休日労働の抑制を実効あるものにするためにも、割増率の引上げと、算定基礎賃金への賞与等の算入が求められます。
また、将来的には、就業規則等で定められた当初の所定労働時間を超えて労働をさせたり、労働義務が無いとされていた日に労働させることは、労働契約上の違約として、割増賃金の支払い義務等が課せられるべきです。

《サービス残業に対する実効ある規制強化が求められています》

労働基準監督署などの行政の第一線では、「実際には4時間残業しても1時間分しか残業手当がつかない」「1カ月の残業手当が定額となっていて、いくら残業してもそれ以上支払われない」といった労働者からの相談・申告が跡を絶ちません。
このようないわゆる「サービス残業」はもちろん違法であり、厳しく取り締まられなければならないものですが、実際の労働時間数の把握ができず、労働基準監督機関が法違反の指摘を行うことが困難である場合も少なくありません。
その理由はそもそも、使用者が個々の労働者の労働時間の把握をきちんと行っていない場合が多いことです。
労働者の労働時間を把握することはあまりにも当然のことで、労基法における労働時間の規制も使用者による労働時間の把握が前提になっていますが、この当然とも言うべき使用者に課せられた義務について労基法では明文で規定されておらず、各月の労働時間数について賃金台帳に記載するように定められているに過ぎません。(労基法第108条、同法施行規則第54条)
「サービス残業」を無くすためには、行政体制の充実とあわせ、使用者に対する労働者の日々の労働時間把握義務を明確に規定することが必要です。

《男女共通の実効ある時間外・休日労働の上限規制等が求められています-全労働の提言》

以上から時間外・休日労働のあり方の見直しにあたっては、次の措置を講じるべきです。

第1に、男女共通の時間外・休日労働の上限規制を法制化し、法違反の時間外・休日労働に対する罰則を強化すべきです。特に、深夜労働については、その回数及び連続回数の上限を法令に明確に設定すべきです。

第2に、労働者の仕事と家庭生活の両立を実効あるものとするため、全業種にわたっての拘束時間の上限規制を行うべきです。

第3に、時間外・休日労働に対する割増率の大幅な引上げと算定基礎賃金への賞与等の算入が必要です。
さらに、割増賃金については、所定労働時間を超えまたは所定休日に労働させた場合に支払わなければならないようにすべきです。これについては、完全週休2日制を法制化することによる対応が有効であると考えられます。

第4に、使用者の労働時間把握義務を法令に明確にし、各月のみならず、各日の労働時間もその把握義務を課すべきです。

第5に、時間外・休日労働に関する労使協定については、所定外労働について協定すべきです。さらに後の「7.労働時間法制における労使協定と労働者代表制のあり方について」の項において述べるとおり、協定の当事者たる労働者代表の適格性や選任手続き、協定締結手続き等の要件などについても法令で明確に規定すべきです。
また時間外労働の強制を排除するためにも、所定外(契約外)労働を行わせるにあたっては、個々の労働者の同意が必要なこと、労働者に諾否の権利があることを明確にすべきです。

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7.労働時間法制における労使協定と労働者代表制のあり方について

《労使協定を要件として最低労働基準の「弾力化」がすすめられています》

88年4月から施行された「改正」労基法により、事業場の労働者の「過半数代表」と使用者による労使協定方式として、従来からあった労基法第36条に基づく時間外・休日労働に関する協定と届出に加え、新たに

  1. フレックスタイム制に関する協定
  2. 3カ月(94年4月以降「1年」)単位の変形労働時間制に関する協定と届出
  3. 1週間単位の非定型的変形労働時間制に関する協定と届出
  4. 事業場外労働のみなし労働時間制に関する協定と届出
  5. 裁量労働におけるみなし労働時間制に関する協定と届出
  6. 年次有給休暇の計画的付与に関する協定

が制度化され、労働時間規制の緩和・弾力化がはかられました。
しかし、労働組合の組織率が低下(95年23.8%、96年23.2%/労働省「労働組合基礎調査」)し、未組織労働者が拡大している中で、労働者の過半数を組織する労働組合が減少し、他方、過半数の労働者を組織する労働組合が存在しない事業場においては、極めて安易に労働者の「過半数代表」が選出され、労使協定が真に労使対等の交渉の結果として締結されることがなく、形骸化した労使協定が労働者の権利侵害を助長しているのです。
これまで労働時間法制にかかわる労使協定の効力については、公法的効力(労基法の罰則を免除する効果)にとどまり、私法的効力(労働者の時間外労働等の応諾義務を発生させる効果)は生じないとする立場が通説となっていますが、実際は、労働者の時間外労働の応諾義務の根拠として、就業規則の定め等に包括的合意を認めるとする立場(91年11月28日最高裁判決、日立製作所事件)が容認されるような現状のもとで、実質的な労使の権利義務の形成に極めて大きな役割を担っています。
そして、労働組合が組織されている事業場においても、1割強が労働協約を締結していない現状(97年4月/労働省「労働協約等実態調査結果報告」)の下で、労使の著しい力の違いを背景に、「労使自治」を口実とした労使協議制や労使協定制によって、労働基準法の定める最低労働基準の弾力化がもたらされ、さらに本来「契約外」労働である時間外労働等が無限定に強制されるなど、労働者の義務が一方的かつ無制約に拡大されているのが現実です。
このような経過と現状をふまえ、労使対等性の確保と労働者保護の観点から、現行の労働者代表制と労使協定制をあらためていくことが極めて重要となっています。

《真に民主的な労働者代表制の確立と労使協定に対する法規制の強化が求められています》

87年の労基法改定に際しての、衆・参両院の附帯決議(第109臨時国会)をふまえて実施された調査の結果(89年8月/「労使協定における過半数代表者に関する調査研究会」報告)によれば、事業主や労務担当者によって労働者の「過半数代表」の指名が行われる事業場が全体の12.4%も認められ、選挙で選出する割合は19.9%にすぎません。また、一般従業員が代表者に選出された割合は46.4%しかないなど、「過半数代表」の民主的な選出手続きやその適格性に重大な問題があることが明らかとなっています。
同時にこの報告は、労働基準監督機関の窓口におけるより一層の指導を提言しており、また労働省も、36協定の締結に関し、管理監督者等を排除し、民主的・自主的な選出手続きがなされるよう指導すべきとする通達 (昭和53年6月23日基発第355号、昭和53年11月20日基発第642号、昭和63年1月1日基発第1号) を示していますが、そこには強制力はなく、また指導すべき行政体制の面においても、実際に、労使協定届の一つひとつに対して、締結手続きの実態を調査し、適正な協定締結のための監督指導を行うことは、現在の労働基準監督機関の人員・体制では極めて困難と言わざるを得ません。
労使協定等における労働者の「過半数代表」の任務が拡大されようとしている一方で、その選出手続きや適格性を、適切に規制することは急務と言えます。

《「時短促進法」の労使協議制では、労使対等は確保できません》

92年9月から施行されている「労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法」(以下、「時短促進法」という)は、労使協議制を要件に労基法の一定の手続きの省略を許しています。
すなわち時短促進法は、企業内の「労働時間短縮推進委員会」(以下、「委員会」という)の決議によって、「フレックスタイム制」「1年単位の変形労働時間制」「1週間単位の非定型的変形労働時間制」「時間外・休日労働」「事業場外労働や裁量労働におけるみなし労働時間制」にかかる労使協定の締結、行政官庁への届出(「時間外・休日労働」の決議の届出は除く)の義務を免除するという重大な例外を認めています(時短促進法第7条)。
そして、「委員会」の労働者側委員については、労働者の「過半数代表」の推薦に基づき指名される方式をとっていますが、その労働者側委員を推薦する「過半数代表」の適格性や選出手続きには前述した問題点が同様に指摘できますし、また「委員会」における労使対等性の確保に向けた、何ら明確な基準も示されていません。
このような「委員会」による労使協議制を要件に、労基法の最低労働基準の例外を広範に容認していくことは、極めて危険な動きと言わざるを得ません。
全労働はこれまでも、政府・労働省のこのような労働時間短縮対策に対して、「労働組合の組織率が20数パーセントという中で、労使自治による時短の推進は、企業経営者の使用者責任を免罪し、労働基準行政の役割を放棄するものになりかねない」のであり、あくまで「事業主に対して法律の遵守義務を罰則をもって果させていくべきこと」、「現状ですら『サービス残業』等が横行している状況を見れば、労使の自主的とりくみや業界の自主的努力に頼った、あたかも行政責任を放棄するような政策はあらためるべきであること」を繰り返し指摘してきました(1993年2月/全労働「労働基準法改正問題検討委員会報告」ほか)が、今日、「時短促進法」に基づく労使協議制が「労使の自主的とりくみ」に名を借りながら労働時間規制の緩和をねらうものであったことは明らかです。

《労働者代表制と労使協定のあり方が問われています-全労働の提言》

労基法の最低労働条件を、労使協定などを要件に除外する諸制度は、長期的には廃止し、労基法上の明確な要件の下に、行政官庁による許可あるいは労働協約によってしか認められないものに改めていくべきであると考えます。
そして労使協定によっても直ちに私法上の効果は発生せず、個別の合意がなければ労働者の義務(時間外・休日労働を応諾する義務等)は形成されないことを、実体法上明確にするべきです。
その上で当面、現行制度の弊害を是正するため、労働者の「過半数代表」と労使協定のあり方について、法令の規定による以下のような規制を、労働者保護の観点から直ちに強化すべきと考えます。

第1に、現行労基法が定める各労使協定については、既に各項、すなわち1カ月単位の変形労働時間制及び1年単位の変形労働時間制については、〔1.変形労働時間制のあり方について〕、裁量労働制については、〔2.裁量労働制のあり方について〕、年次有給休暇計画付与制度に関する協定については、〔3.年次有給休暇制度のあり方について〕、時間外・休日労働に関する協定については、〔6.時間外・休日労働のあり方について〕において、それぞれ規制すべき方向を明らかにしてきましたが、いずれの労使協定についても、その対象労働者の業務と範囲が明確に特定されるとともに、個々の労働者に適用の諾否の権利を保障すべきです。
またいずれの労使協定も有効期間の上限は1年とし、労使協定の解約手続きや失効条件などが明確にされるべきです。

第2に、労使協定の締結手続きについては以下のような規制が必要です。
使用者には、協定締結と自主的な「過半数代表」の選出にかかわる関係労働者の就業時間内の活動の保障などを義務づけるべきです。
また、協定締結にあたって、「過半数代表」の意思決定は、協定の適用対象となる関係労働者の過半数の同意に基づくべきです。そして「過半数代表」には、協定締結にかかわる関係労働者の同意状況についての記録作成を義務づけるべきです。
さらに協定締結に際しては、「過半数代表」の署名・押印のある「協定書」の作成を必要とし、協定の届出には、「協定書」(写)とともに、「過半数代表」の投票結果など、協定締結に対する関係労働者の過半数の同意を証明する書面の添付を義務づけるべきです。
他方、使用者には、協定の届出後に関連書面を事業場の見やすい場所に掲示する等により、協定の内容を関係労働者に周知させることを義務づけるべきです。

第3に、「過半数代表」の選出にあたっては、以下のような条件により、自主性・民主性及び適格性を確保する必要があります。

  1. 協定締結にかかわる関係労働者の範囲を限定し、使用者の利益を代表する者については、明確な定義によって予め排除されるべきです。
  2. 「過半数代表」の選出手続きは、関係労働者全員の参加が保障され、直接無記名投票によるなど、民主的な手続きが確保される必要があります。
  3. 「過半数代表」の権限、「過半数代表」による関係労働者の意見集約方法、「過半数代表」の最終的な意思決定の手続きなどについて厳格な規制をおく必要があります。

第4に、不利益取扱いの禁止など、「過半数代表」の身分保障を明確に規定すべきです。

第5に、以上のような要件を一つでも欠く協定は無効であることを明確にしておく必要があります。
また労使協定締結の過程で、選出された「過半数代表」に対する権利侵害に対する迅速な救済や使用者の不当な介入が介在した協定を直ちに失効させるために、就業規則に対する変更命令と同様な行政官庁(労働基準監督署長)の処分権限を法令に明記すべきです。

第6に、一定の労働者については、労働時間規制の「弾力化」につながる労使協定の対象からあらかじめ除外すべきです。
現行では、1)年少者について、時間外・休日労働に関する協定、フレックスタイム制に関する協定、1年単位の変形労働時間制に関する協定、1週間単位の非定型的変形労働時間に関する協定の適用が禁止され(労基法第60条第1項)、2)妊産婦について、1年単位の変形労働時間制に関する協定、1週間単位の非定型的変形労働時間制に関する協定が適用される場合であっても、その請求により、1日及び週の法定労働時間を超えて労働させることが禁止されています(労基法第66条第1項)。

一方、「育児を行う者、老人等の介護を行う者、職業訓練又は教育を受ける者その他特別の配慮を要する者」については現在、必要な時間を確保できるよう配慮すべき使用者の努力義務が定められるにとどまっていますが(労基法施行規則第12条の6)、これらの者についても、その請求により、時間外・休日労働に関する協定、1年単位の変形労働時間制に関する協定、1週間単位の非定型的変形労働時間制に関する協定、年次有給休暇の計画的付与に関する協定の適用を禁止し、あるいは日・週の法定労働時間を超えて労働させることを禁止するべきです。

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3、労働契約法制と個別労働紛争処理のあり方について

1.労働契約法制の現状と見直しの背景、労働契約法制のあり方について

《労働契約をめぐる現行の規制は極めて不十分です》

雇用の流動化がおしすすめられながら、リストラ「合理化」が横行し、解雇、出向、配置転換、さらに労働条件の一方的切り下げなど労働契約をめぐる個別の労使紛争が増加しています。
しかしながら、

  • 労働契約の成立(募集、内定、採用、試用など)
  • 労働契約の変更(配転、出向、転籍、賃金等の労働条件の引下など)
  • 労働契約の終了(解雇、退職、労働契約の更新など)

にかかわる権利義務の内容と効力に対する現行の法規制は極めて不十分です。
労基法には労働契約にかかわって、労働契約期間の上限規制(第14条)、労働条件の明示(第15条)、損害賠償予定の禁止(第16条)、前借金相殺の禁止(第17条)、強制貯金の禁止(第18条)、業務上の負傷・疾病、産前産後や育児休業の場合の解雇制限(第19条)、解雇予告手続(第20条)、解雇予告の例外(第21条)、使用証明(第22条)、退職時等の金品の返還(第23条)などの定めがありますが、例えば解雇の効力に関する実体法上の規定としては、第19条で解雇が制限される場合として、わずかに、1)業務上負傷又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後の30日間、2)産前産後に休業する期間及びその後の30日間が列挙されているにすぎません。
また、就業規則の変更に関する労基法の規定は、第92条において「就業規則は法令に反してはならない」とし労基法各条の強行性を定めるほかは、第90条で就業規則の変更手続き(労働組合あるいは労働者代表から意見聴取など)を定めているにすぎず、その変更自体の効力に関する規定は一切ありません。
また、男女雇用機会均等法についても、募集・採用、配置・昇進、定年・退職・解雇等について女性差別を規制していますが、女性差別に当たるか否かのみに着目しており、労働契約の実体的な内容については全く規定されていません。
このことから、現実に発生している多くの個別労使紛争、とりわけその法律行為の効力を争う紛争の多くが、民事法一般の法理に従った民事裁判手続きによらなければ解決されず、結局、弱い立場に置かれた多くの労働者が「泣き寝入り」を強いられているのです。

《財界本位の労働契約法制の見直しがすすめられています》

労働契約法制の見直しについて、労働省では、労働大臣の私的諮問機関である労働基準法研究会(93年5月「報告」)、中基審就業規則等部会(95年5月「中間とりまとめ」)、労働大臣の私的諮問機関である労働条件調査研究会(95年10月「報告」)などにより継続的に検討が行われてきました。しかし、これらが示す見直しの方向は、労働契約に関する実体的内容に関する限り、労働契約期間の上限を1年から5年に延長するということ以外には新たな提起はなく、就業規則への記載事項の拡大等を挺子にした「労働契約の自主的決定の促進と内容の明確化、適正化」をはかることが主な内容となっています。
そしてここで言う、労働条件の「明確化」「適正化」についても、「労働者にとって不利益な配転・出向、懲戒処分なども、就業規則で定めさえすればなんでもできることにする、というにすぎない」との指摘(95年3月/自由法曹団「労働基準法(契約法制等)『改正』についての緊急提言」)が示すとおり、財界の意向を反映したものと評価せざるを得ません。
労働契約法制を含む労働法制の存在意義は、労働力を売ることによってしか生活することができず、使用者に対して弱い立場にある労働者が、現実に悩み苦しんでいる諸問題、労働契約法制に関して言えば、解雇、配転、出向、単身赴任、労働条件の一方的切り下げ、男女差別等の諸問題を解決し、あるいは、パートタイム労働者に通常の労働者と均等な待遇を保障するといった、人間らしく働き続けるために必要な最低労働条件を確保するところにあります。このことは、労働組合の組織率が低く、不安定雇用労働者が増大しているわが国の現状にてらせば、特に切実と言えます。

《個別紛争の解決には労働契約規制の強化が不可欠の前提です-全労働の提言》

労働基準法研究会が述べるように、「労働契約内容の複雑化、多様化が進展し、…事前に労働者と使用者の権利義務関係を明確にすること」(93年5月「報告」)が必要なのであれば、規制緩和の奔流に流されることなく、「労働者の権利の保護」の観点から、実質的に必要とされる「ルール」を確立するために、以下のような労働契約法制の見直しを行うべきであると考えます。

第1に、多くの不備により、労働者の権利確保に欠ける現行の労働契約法制を改め、労働者がおかれた苛酷な実態を改善するため、判例の到達点をふまえた労働者の権利の内容を、実体法の上で明確にすることが必要です。例えば、「正当な理由」がなければ労働者を解雇することができないこと、「高度の合理性」がなければ就業規則を不利益に変更できないこと、などをできる限り具体的に法文化していくことが必要です。

第2に、とりわけ雇用調整の横行や雇用形態の多様化の下で、雇用不安にさらされている労働者の雇用の安定のために、解雇規制を強化すべきです。

第3に、労使対等決定のための法的枠組みをつくることです。「内容の明確化」「紛争の予防」などは、実質的に労使対等な状況の下で労働契約の内容が決められた上で問題にされるべきものです。このため、就業規則の労使共同決定の原則、労働者代表の適格性やその民主的選出手続きの保障等を法的に整備すべきです。

第4に、労働条件における平等原則を徹底するための法的規制の強化が必要です。男女同一労働同一賃金の原則(ILO第100号条約)やパートタイム労働者、 派遣労働者等と通常の労働者との均等待遇、雇用形態による賃金差別の禁止等を明確に規定する必要があります。

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2.労働契約期間の上限についての見直し等について

《労働契約期間の上限規制の緩和は、本当に労働者の「ニーズ」か》

規制緩和推進論者は「雇用形態及び労働者の価値観は多様化しており、専門的知識や技術を持った労働者が、終身雇用の人事制度の下ではなく、一定の期間を契約社員として働きたいというニーズもある。その契約期間の上限が1年という短期間では、そのような労働者の希望に対応しきれない」とか「終身雇用に加えて契約社員や派遣労働等、多様な雇用形態が増えてきたことは、一方的に企業に有利だからではなく、それを望む労働者も増えてきた結果である。その中で有期労働契約を1年以下と規制することは、労働者の職業の選択肢をも狭めている」と主張します(96年10月17日「行政改革委員会規制緩和小委員会『規制緩和に関する論点公開(第5次)』」)。そして今年3月28日に再改定された政府の規制緩和推進計画は、労働契約期間の上限に関し、「労働契約等法制全般の在り方に関する検討を踏まえ、特に専門的能力を有する者や定年退職後の高齢者、一定期間を区切ったプロジェクト等に携わる者については、労働契約期間の上限を3年から5年程度に延長する。97年7月までに一定の方向を決定し、その具体化に向けて法的措置も含め可能な限り速やかに措置」するとの方向を示しました。さらに、本年7月2日に労働省が中基審の「中間的とりまとめ」に向けて公表した「試案」も、この方向を忠実にふまえたものとなっています。
しかし、有期労働契約を1年以下とすると、本当に「労働者の希望に対応しきれ」ず、「労働者の選択肢を狭めている」ことになるのでしょうか。終身雇用を前提としない有期の雇用形態であるパート労働、アルバイト労働、派遣労働などに就く多くの主婦、高年齢者、青年などが、本当に選択したくてこうした雇用形態を選択したのでしょうか。
家庭生活と職業生活とを両立し得ない企業と社会の仕組みの中で、多くの女性労働者が正規雇用の道を閉ざされたり、退職を余儀なくされ、パート労働者、派遣労働者などにならざるを得ないというのが実態です。定年制や早期退職制度により退職した高年齢労働者にとっても事情は同じです。また、正規雇用を選択しない青年労働者は、厳しい学歴差別や全人格的な「企業への従属」を嫌って、やむなくフリーターと呼ばれるアルバイト労働などを選択していることが多いのです。
すなわち、これらの労働者の「ニーズ」は、わが国の異常な現実、つまり、「長時間・過密労働」「単身赴任」「過労死」という言葉に代表される正規雇用労働者の置かれた苛酷な労働条件の下では決して実現されることのない社会生活上の当然の要求とのはざまでやむなく生まれているものにすぎません。例えば、女性労働者にとっては、通常の正規雇用では、家庭責任と労働とが両立し得ないために、やむなく不安定で差別的な雇用形態であるパート労働を選択するという、極めて消極的な「ニーズ」なのです。また、高年齢労働者も、年齢や能力に応じた正規雇用の機会が確保されていれば、不安定雇用形態を選択することはないと考えられますし、学歴差別や新入社員教育に見られる非人間的労務管理などが解消すれば、青年がアルバイト労働を希望することもないと思われます。
全労働が94年9月から95年1月までの期間に行った民間労働者に対するアンケート調査結果(第21回労働行政研究活動中央レポート「今日の労働者の置かれている実態と労働行政が果たすべき役割」)によれば、女性がパート雇用を希望する理由は、「家事のため」が25.9%、「年齢、経験などの制限による応募難のため」が19.4%、「育児、教育のため」が18.6%、「親などの介護のため」が4.5%、「扶養家族からはずされたくない」が10.6%などとなっており、一方「趣味などのため自由時間を確保したい」「責任を負いたくない」とするものは併せてわずか12.9%となっている事実を見ても、家庭責任をともなう家庭生活と職業生活との両立困難等によって、正規雇用を選択したくとも選択できない状況にあることが明らかになっています。
労働者の「ニーズ」「選択肢」なるものを、有期雇用期間の「規制緩和」の論拠とすることは、多くの労働者が直面している厳しい現実を歪曲して把えた観念論であると言うべきです。
さらに近年、財界が自らの「ニーズ」を隠し、労働者のこの消極的な「ニーズ」や「選択肢」の存在を逆手にとって、労働者が「自発的・自律的」な生き方を求めているとPRし、パート労働者、アルバイト、契約社員、派遣労働等を積極的に拡大してきているのです。
こうした中で本年7月2日、労働省は中基審の「中間的とりまとめ」に向けた「試案」の中で、労働契約期間の上限を見直す対象として「新商品・新技術の研究開発遂行に必要な特別の能力を有する者」、「新規事業・海外活動の展開等経営上の必要により一定期間内に完了予定のプロジェクトにかかる業務遂行に必要な特別の能力を有する者」、「定年退職者等高齢者」を掲げています。しかし、「特別の能力を有する者」と「定年退職者等高齢者」という全く性質の違う労働者を同時に掲げていること自体、確固たる理念もなく財界の要望の強い分野に緩和の道を開こうとする姿勢のあらわれで、当面は「例外」を装いながら、今後これを「一般化」するための突破口に位置付けたものと言わざるを得ません。

《有期労働契約の上限緩和の本当の意味は何でしょうか》

パート労働者、アルバイト、契約社員、派遣労働者等のいわゆる不安定雇用労働者の多くは、正規雇用労働者と異なり雇用期間を3カ月とか半年といった期間を定めて雇用されています。これらの有期雇用が真に業務上臨時の必要性に対応しているのであればそれなりの「合理性」もありますが、恒常的に必要とされる業務に従事する労働者についても、有期雇用が広く採用されているところに問題の核心があります。
正規雇用労働者については、正当な理由がない解雇の効力は判例上明確に否定されています。この解雇制限法理を免れるためにこそ、使用者は恒常的に必要とされる業務においても1年を超えない雇用期間を定めて労働者を雇い入れる意味があるのです。それによって、繁忙期には安い賃金で契約を更新しながら労働力を確保し、いざ不況になったときには、「期間満了」を理由に契約更新を拒否(雇い止め)するという形で容易に「解雇」ができるのです。このため、有期雇用労働者の身分は極めて不安定なものになります。また、労働契約の更新を得ようとして労働者間の競争が激化し、正規雇用労働者と同じ労働実態にありながら、正規雇用労働者より低い労働条件を押しつけられる危険が強いのです。しかもそのことは同時に労働者の団結破壊にもつながります。
例えば、契約制スチュワーデスは、正規雇用スチュワーデスと同じ労働を行っていてもその賃金は正規雇用の半分にも及びません。一時金(賞与)や時間外・休日・深夜労働手当についても大きな差別を強いられています。しかも、正規雇用に採用されようとして体調不良を押して出勤し、耐えて働くことを余儀なくされています。また、男性労働者を期間の定めなく正規雇用として採用しても、女性労働者の場合には1年契約で1、2回しか更新しないという有期雇用形態で採用するといった不当な女性差別を行っている企業も少なくありません。労働省は男女雇用機会均等法で男女の均等取扱義務を規定する募集・採用の男女格差について、 92年度には154の金融機関と39の民間放送局を指導しました。その結果、特に民放局では男性全員が正規雇用であるにもかかわらず、女性は1年契約の嘱託社員、出向社員に限られるなど女性のみが有期雇用の対象となっている事例があり、有期雇用が女性差別の手段として使用されていることが問題となっています。
有期労働契約が現実に果たしている役割のほとんどは、労働者のたたかいによって確立されてきた解雇制限法理を免れるための雇用の調整弁であり、正規労働者より著しく低い労働条件で働かせるための口実なのです。しかも、正規雇用労働者についても同様に、こうした雇用形態を拡げることで、競争を激化させ労働条件の低下や団結の破壊という深刻な影響を与えることができるのです。
ところで学説や判例は、こうした短期間の契約も繰り返し更新されることによって期間の定めのない契約になり、雇い止めは解雇にあたるとし、正当な理由のない限り解雇を無効とする解雇制限法理を適用しています。例えば、最高裁は、東芝柳町工場事件(昭和49年7月22日判決)は「期間の定めのある契約であっても、期間の満了毎に当然更新されあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態にある場合には、期間満了を理由とする雇止めの意思表示は実質において解雇の意思表示にあたり、その実質に鑑み解雇に関する法理を類推すべきである」としています。
そこで近時、企業は有期労働契約の更新をしないか、更新回数を1、2回などに限定した有期雇用の方式を採用して解雇制限法理をなんとか回避しようという傾向を強めています。このようなときに、現在1年以内と制限されている労働契約期間を最長5年まで認めるという「規制緩和」が行われれば、正当な理由のない有期労働契約は広範に増大していくことになるでしょう。なぜなら、解雇制限法理を免れつつ、研修や訓練によって自社で養成した労働者を低賃金のうちだけ使用する、あるいは、専門的技術的労働者を知識や技術が陳腐にならない間だけ雇う、そのことによって最大限の利潤をあげるためには、どうしても一定期間は強制的に働かせなければならないのです。そのためには、労働契約期間が1年以内というのはあまりにも短すぎるのです。
例えば、前記「論点公開」において、「『任期3年』の契約であっても、1年経過後は労働者の退職が自由であり、任期中は雇用を保障するという契約内容であれば、法に違反しないと解釈されている」という意見に対して、規制緩和推進派は「企業として3年間、働いてもらいたいと思っても、雇用保障型の任期制のように、1年経過すれば労働者は自由に退職できるという条件では、実際にやめられた場合、事業遂行に支障をきたす」と明確に述べているのです。
また結婚、妊娠が予想される時期に労働契約の期間が終了となるような新卒の女性労働者と期間5年の労働契約を締結することによって、実質的には解雇予告つきの労働契約として機能させることができ、その身分は著しく不安定なものになります。「オフィスの華は派遣社員でいい。5年契約なら,常に若くてキレイな女性に代えられるじゃないですか。OLはへたをすると20年もいるわけですよ。華どころか、給与の高い“雑草"です」(ある人材派遣会社の取締役の談/95年11月28日付日刊ゲンダイ)という本音も露骨に語られています。
さらに、「コース別人事管理」と有期雇用を結びつけることで、事実上、女性のみが有期雇用とされ、期間満了とともに「雇い止め」にされる、実質的な「女子若年定年制」を促進することになります。これでは、女性が長年のたたかいによって、男女雇用機会均等法で定年における性別による差別を禁止させた成果を奪うに等しいと言わなければなりません。また、看護婦等に見られる「お礼奉公」など、労働力の確保が難しい職種における前近代的な人身拘束を追認することにもつながるものです。
また、期間の定めのない雇用ならば、試用期間の長さも合理的なものであることが求められますが、上限5年の有期労働契約の下では、解雇制限法理の適用なく最大5年間かけて次期契約更新を口実にして労働者を選別できるという意味で、実質的に試用期間の大幅な長期化につながるおそれがあります。さらに、5年の範囲内で労働契約期間の長さを賃金水準設定の際の取引に使われるおそれが多分にありますし、年俸制と結びつくことによって、その危険性は一層増大します。

《労働契約期間の上限規制の緩和は行うべきではありません-全労働の提言》

以上の指摘から明らかなとおり、労働契約期間については、上限を緩和すべきではないと考えます。
それどころか、客観的で合理的な必要のない有期雇用を認めない法規制こそが必要です。
具体的には、使用者は「事業や労働者の職務の特質又は臨時の必要性など正当な理由がなければ、期間の定めのある労働契約を締結できないこと」、「有期労働契約を締結する場合は文書で行なわなければならず、一定の事業の完了に必要な期間を定めるものを除き1年を超えることはできないこと」、「更新がなされた有期労働契約は、期間の定めのないものとみなすこと」などの法的規制が必要です。

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3.労働契約に係る個別紛争処理システムについて

《労働契約をめぐる個別紛争解決の実効ある処理システムの構築が求められています》

現在、労働契約をめぐる個別の紛争は、公的機関としては、裁判所、労働基準監督署、婦人少年室、労働委員会等で処理されています。しかし、婦人少年室は女性差別か否かの問題のみを扱い、その処理もほとんどの場合、指導・助言といった域を出ていません。労働基準監督署では、労働基準法等に根拠のない紛争についての処理には限界があります。労働委員会では不当労働行為以外は扱わない上に、解決まで長い時間がかります。裁判所での処理も簡易・迅速、費用の低廉との関係で問題がありますし、信頼関係に基づく継続的な労使関係の形成という点では機能的に不十分な面もあります。
こうした公的な個別労働紛争処理機関の現状の中、労働力の流動化や雇用形態の多様化を背景に、個別紛争は確実に増加していることから、現在中基審において、こうした紛争調整のためのシステムのあり方について、新たな公的機関の必要性も含めて検討がなされています。

《労働基準行政の現状と限界に関する指摘の多くは労働行政の姿勢に起因しています》

一方で、日本労働研究機構(95年3月「個別的な労使間の紛争を処理するシステムの現状と公的システムを考える場合のさまざまな課題を検討するための研究会」報告)、日本労働弁護団(95年1月「労働契約法制立法提言(第二次案)」)、連合総合生活開発研究所(97年3月24日「参加・発言型産業社会の実現に向けて-わが国の労使慣行制度と労働法制の課題」報告)などを中心に、新たな個別労働紛争処理機関について具体的な提案がなされていますが、そこに共通しているのは、労働委員会を改組して個別労働紛争処理の機能を持たせようという考え方です。
この考え方の背景には、労働基準行政の現状への不満があります。例えば、労働契約をめぐる個別の相談や紛争に対する労働基準行政の対応をめぐって、労働組合等から「頼りにならない」、「冷たい」、「役に立たない」などという強い批判があります。こうした批判は、リストラ「合理化」による「人減らし」や「労働条件の切り下げ」の横行等を背景としてますます強くなっています。
また、捜査機関でもある労働基準監督機関が民事的な紛争にかかわることに対する危惧もあります。前出の日本労働研究機構の報告は、労働基準行政にかかわって、「取締機関の『民事不介入の原則』に反することになるし、なによりも現在の労動基準監督官の定員を前提とした場合には、あまりにも過重な負担をそれにかけることになる」、「労働基準監督署の管轄する個別紛争は労働保護法規違反をともなう紛争であり、その管轄を民事的紛争に拡大することは、その機関の性格からして妥当とは言い難い。したがって、民事的紛争の処理に関しては、他の処理機関への橋渡しを行なうような対応をすることが求められるにとどまる」としています。労働基準法や労働安全衛生法をはじめとする労動基準関係法規は、強行法規としての民事法規であるとともに、行政取締法規であり、刑罰法規であるという性格を併せもっています。したがって、労働基準監督署は行政機関であるとともに、捜査機関であり、労動基準監督官は行政官であると同時に司法警察職員でもあります。ここから、「警察消極の原則」や「民事不介入」を理由として、労働基準監督機関が民事的な個別労働紛争を取り扱うのは適当でないという主張がなされています。「労働基準監督署は役に立たない」という批判の幾分かは、こうした労働基準監督機関の性格に起因する行政機能の限界に由来することは否定できません。しかし、「民事不介入」等を口実に、個別の労働者の権利や利益の保護に関わっていくことに対して一貫して消極的であった労働省の行政姿勢が基本的な原因であることもまた言うまでもないことです。
いずれにしても、個別労働紛争の処理機関をめぐる議論の中で、労働基準監督制度のあり方、特に、労働契約にかかわる個別紛争の相談への対応のあり方と労働基準監督制度における司法警察権のあり方が鋭く問われています。「労働基準監督署は役に立たない」という批判が起こる背景には、労働基準監督官の不足など行政体制が不十分な現状や労働省の行政姿勢が大きく影響しているのは明らかですが、もちろん原因はそれだけではありません。学者・研究者、法務省等も含め労働基準監督制度における司法警察権とその行使あり方について、また、それとも関連して個別紛争における監督権限行使の限界について、理論的な探求や提起がなされてこなかったことも原因のひとつであると考えられます。とりわけ、「民事不介入の原則」や「警察消極の原則」が個別労働関係を対象とする行政においてはどう考えられるべきかが十分吟味されることなく、安易に適用され、行政責任の回避につながったことは否定できません。
新たな個別労働紛争処理機関の検討と整備の過程は、一方においては、労働基準監督制度のあり方を検討し、労働基準監督行政に特有なあるいは相応しい「民事不介入の原則」や「警察消極の原則」の具体的内容、さらに労働基準監督機関にあった捜査のあり方を探求し確立する過程でもあると言えます。
ところで労働省においては、個別労働紛争を処理するシステムについて、労働大臣の私的諮問機関である労働基準法研究会(労働契約関係)(85年12月「報告」)、中央労働基準審議会就業規則等部会(95年5月、「中間とりまとめ」)、労働基準局長の私的諮問機関である労働条件調査研究会(95年10月「報告」)などで検討されてきました。
また第8次雇用対策基本計画(95年12月19日閣議決定)においても、「個別の苦情や紛争に関し相談体制を整備するとともに、より効果的な対応のあり方について検討する」とされ、相談体制の整備が盛り込まれる一方、平成8年度から、大都市部の労働基準監督署に、労働条件をめぐる紛争へ対応するため労働条件相談員が配置されています(平成8年度は3局6署 → 平成9年度は9局14署)。

以上の経過は、労働省が、増加する労働契約をめぐる民事的な紛争に対して、「頼りにならない」等の労働基準監督機関の現状に対する国民的批判に対応して、小手先の対策を採りつつ、新たな解決システムとして、「労働基準監督機関若しくは民間法人等(労働省の外郭団体)による相談援助体制の整備」「既存の行政機関の再編拡充による新たな紛争処理システムの整備」という2つの考え方を基本に検討を急いでいる様子が窺えます。

《新たな個別労働紛争処理機関のあり方について-全労働の提言》

全労働は、増大する個別労働紛争によって侵害され続けている労働者の権利・利益を適切に保護する、労働契約に関する実体法上の適正なルールと救済システムの確立が必要であると考えます。そしてそこでは刑事(罰)制裁、行政監督(処分)、民事的効力が一体となって機能する労働基準の設定を基本とし、労働基準監督制度によって実効を担保されるべきです。
あわせて、労働者の申告(労基法第104条) に対して労働基準監督機関が早急に対応すべき義務を明確に規定するとともに、労働基準監督機関の体制整備を含めた拡充・強化が必要です。
このことを前提として、全労働は、個別労働紛争にかかわって、(1)労働基準監督機関の権限の拡充・強化によって個別労働紛争の処理を行うべきとする方向と、(2)労働基準監督によって対応することが相応しくない事案が存在することをふまえ、新たな紛争処理機関を設置して個別労働紛争の処理を行うべきとする方向、という大きく2つの方向を示し、今後の幅広い議論のために、それぞれのあり方について提言します。

(1)労働基準監督機関に行政命令権限を付与し個別労働紛争の処理を行う方向について

第1に、個別労働紛争を適切に処理し、労働者の権利侵害を救済し、利益を保護するためには、その前提として、前述した判例の到達点をふまえ、解雇や就業規則の不利益変更等に対する適切な規制を含む労働契約法制の整備が不可欠です。その際、新たな労働基準、労働契約に関する諸ルールを整備する実体法の規定は、できる限り明確かつ具体的なものが望ましいことは当然ですが、反面、現実に発生する多様な個別労働紛争の全てにあてはまる詳細な「公式」を規定することは不可能だと考えられます。
従って、現実の多様な個別労働紛争に即してこれを迅速かつ適切に解釈する機関が必要となるわけですが、その場合、労働法制、労使関係に関する事項にとどまらず、現実の労働者が置かれた実態等に明るく、しかも豊富な経験をもった職員を擁する労働基準監督機関がこれに相応しいと考えます。現行の労働基準監督機関は、その行政上の権限の限界を指摘される一方で、これまでも賃金不払いや解雇予告手当不払い等、既存の法令上、明確に強制される義務にかかわる個別的権利侵害の救済について最も実績を持つ行政機関であるからです。
これによって、民事裁判手続きなどによらない斉一的で迅速な紛争解決が可能になりますし、労働基準局、労働基準監督署の既存の全国ネットワークを活用することで、地域に密着した機動的な対応が可能となります。
労使関係は、経済力の圧倒的な違いを前提としており、純粋な私的関係と見るべきでなく、行政が適切にコミットすることが望まれる社会的関係と見るべきですし、使用者が最低限守るべきルールの確立をはかることは行政の責務と言えます。
そして、それは労働基準法が規定する労働時間規制、労働安全衛生法等が規制する安全衛生規制などの分野に止まらず、労働契約の内容や変更に関わっても同様に妥当するものと考えます。
そうであるならば、行政機関が、国民から付託された責務として、個別労働紛争の解決に力を尽くすことは当然であり、労使自治を口実に労働者への甚大な権利侵害を看過することはむしろ許されないと言うべきでしょう。

第2に、ここで示される行政機関(労働基準監督署長)の判断は、もとより最終的なものとすべきではありません。
しかし同時に、ここで示される判断は、公正で実効力が伴わなければならず、それなくしては、如何なる労働契約法制も画餅に帰すことになりかねません。
そのため、まず判断の公正を担保する立場から当然に、労働基準監督署長は、新たな労働契約法制の施行に関して必要と認めるときに、使用者に対して、報告を求め、又は指導、勧告を行うことができることとすべきです。
また、実効性を担保する上で、労働基準監督署長は、使用者に対して労働者の権利救済に関する必要な措置を求める行政命令を発することができることとし、命令違反に対しては、刑罰を設けるべきです。前述したとおりこの判断は最終的なものではなく、これを不服とする使用者には、行政不服審査法に基づく不服申し立てを認めるべきで、不服を申し立てている間は、命令違反とならないこととしておくべきでしょう。
逆に、労働者には、個別労働紛争処理の全過程において民事裁判を提起すべき権利を制限すべきではありません。
この点に関して、新たに整備すべき労働契約法制の本則自体の違反にも罰則を設けることが考えられますが、幅広い個別紛争を想定した実体法の規定は、おそらく刑事罰を積極的に運用するには明確性の点からも問題が残ることも考えられます。
なお、このような構造は、労働安全衛生法に一端を見ることができます。
労働安全衛生法は、労働災害の防止や職業病の予防等を目的として、使用者等が講ずべき様々な措置を定めていますが、同時に、生産現場等における多様な形態に即して、より具体的で適切な措置として「作業の全部又は一部の停止、又は変更その他の労働災害を防止するため必要な措置」を求める行政命令を発する権限を労働基準監督署長等(安衛法第98条)に与えており、この命令に違反した者に刑罰を課すこととしています。
以上のような個別労働紛争処理システムは、実定法を根拠にして行政機関に対して労働者の権利救済にむけた積極的な対応を求めたもので、現実の個別労働紛争に巻き込まれている労働者の圧倒的多数が未組織労働者、すなわち対等な交渉力を持ち得ず、経済的にも非常に弱い立場にある労働者であるという現実に即したものと考えます。

(2)新たな個別労働紛争処理機関を設ける方向について

個別労働紛争を適正に処理するにあたって、多様な「ケース」に対応し得る、多様な「メニュー」の存在が検討されるべきです。特に一定の信頼関係を前提とした継続的な契約関係を形成していくことを重視すべきケースでは、(1)のみによることでは必ずしも十分ではないでしょう。そこで新たな個別労働紛争処理機関を設ける方向が、以下の課題に即して検討されるべきであると考えます。
まずなによりも、救済すべき労働者の要求の量及び性格、そしてその背景となる労働者像をどうとらえるべきかが十分に検討されなければなりません。そうでないと、男女雇用機会均等調停委員会のような「開店休業状態」の機関になりかねないからです。
また、個別労働紛争処理機関は、継続した労働関係を維持しつつ、自らの処遇や労働条件を主体的・自律的に確保・改善していこうとする労働者あるいは労働者集団が利用する価値を見いだすものでなければなりません。さらに、労働関係の解消に対しても、柔軟な解決策を提供できなくてはいけません。そして、それまで紛争の解決に向けて主体的あるいは自律的になり得なかった、換言すれば「泣き寝入り」せざるを得なかった労働者が容易にアクセスできるものとすべきです。弁護士等の専門家などを頼りにしないと利用できないような、現状の裁判制度のようなものはこの点からも好ましいとは言えず、そのためには、ノウハウを備えた高度に専門的な経験のある職員が必要となります。
加えて、労働基準監督機関との役割分担と連携の仕方が明確になっていて、それぞれの機能が相乗的に効果を発揮するような仕組みも必要です。
以上のような観点から、新たな個別労働紛争処理機関は、次のような内容を含む必要があると考えます。

第1に、個別労働紛争にかかる第一線での処理は、「斡旋・調停官」(仮称)のような専門職員によって行われる必要があります。
相談、斡旋、調停などは、労働法制、労使関係、企業や労働者の置かれた実態、労働行政の現状等に明るく、しかも、経験に裏打ちされた「ノウハウと専門的知識」を持った職員が当たるのが適切であると考えられるからです。また、迅速・機動的処理の観点からも、専門職員中心の処理が必要です。
また、斡旋・調停は労使と担当者との信頼関係が成否に大きく影響すること等を考慮すれば、専門職員が権限を持って主体的に処理する体制が望ましいと言えます。したがって「斡旋・調停官」(仮称)の業務の範囲と権限には、情報提供、相談、斡旋、調停、仲裁が含まれるとともに、その判断の実効性(強制力・拘束力)を担保する権限などにかかわる労働基準法等関連の法令の整備が必要です。さらに調停は一方の当事者からの申し立てで開始され、関係者の出頭義務などが課されなければなりませし、「斡旋・調停官」(仮称)の利用は無料でなければなりません。
なお、新たな個別労働紛争処理機関が機能するかどうかの最大の課題は、「ノウハウと専門的知識」を持った職員をいかに確保するかであると考えられます。弁護士、裁判官、学者・研究者、労働組合の役員、経営者団体の役員、労働基準監督官あるいはこれらの職業の経験者などを、経験に相応しい処遇で「斡旋・調停官」(仮称)に任命する必要があります。

第2に、「斡旋・調停官」(仮称)のような専門職員が実際の処理を行う場合でも、その背後には、労使や専門家からの助言は必要不可欠であり、これを担う労働者、使用者、公益代表からなる「顧問委員会」(仮称)のような制度が設けられなければなりません。委員の任命(労使団体の推薦が必要)や「顧問委員会」(仮称)の運営は「斡旋・調停官」(仮称)の判断で機動的・柔軟に行い、必要に応じて、必要と考えられる顧問の意見を聞くこととし、仲裁の場合のみ、仲裁案についての「顧問委員会」(仮称)の同意を必要とすべきです。

第3に、新たな個別労働紛争処理機関は三者構成の中央行政機関、例えば「個別労働紛争委員会」(仮称)のような機関によって運営もしくは指導・監督されるべきです。この機関は、都道府県に事務局を置き、「斡旋・調停官」(仮称)を配置して、労働基準局・労働基準監督署、婦人少年室と連携しながら、個別労働紛争の処理に当たります。なお、このような連携の必要性からすると、「個別労働紛争委員会」(仮称)の各地方事務局は、都道府県労働基準局と同一場所であることが望ましいと考えられます。
「個別労働紛争委員会」(仮称)では個別労働紛争の処理は行わず、「斡旋・調停官」(仮称)の人事や研修、調停・仲裁例・判例などの整理収集・提供、個別労働紛争予防や解決に向けた労使への啓発活動、労働省や裁判所との全国的な連携などを行うこととします。

第4に、「斡旋・調停官」(仮称)と労働基準監督機関との連携のあり方が明確にされなくてはなりません。なぜなら、現状の処理の実態から、労働基準法上の問題か民事上の問題かの区分けをする(割り振る)必要性を念頭に置くなら、調停等の申請者と「斡旋・調停官」(仮称)との橋渡しの窓口としては、労働基準監督機関が妥当だと考えられるからです。さらに、調停や斡旋によって労働者の権利が確定した後、その不履行をめぐって争いが起こった場合、賃金不払い等として、労働基準監督機関が処理する可能性も念頭に置かなければなりません。また、「斡旋・調停官」(仮称)に直接申請された紛争を、労働基準法等の問題として労働基準監督機関が処理する可能性も少なくないと予測しておかなければなりません。ただし、労働基準監督機関での窓口の設け方は、監督行政との組織的区別も含め検討が必要と考えられます。

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補足

(補足1-労働契約法制の見直しに対する財界の対応の経過について)

労働契約法制の見直し方向について、日経連は、「現行労働基準法に代表されるような労働契約、労働条件設定について刑事罰を背景にした取締的・介入的規制と、それを実行する監督行政組織による運営は、契約自由、個人の意志尊重を志向するこれからの労働諸関係からは方向が違うものになる。雇用契約や労使関係という社会的な自治関係は、基準となるガイドラインを設定する法設定にし、行政組織も社会全体を誘導するものとして、その機能を変えていくべき」(95年4月6日付「日経連タイムス」主張)、「近代市民社会の原則である自治と自己責任に基づき、労働条件の決定は関係労使の自由に委ねるという方向に切り替えていかなければ、経済発展が削がれる」(96年9月19日付「日経連タイムス」主張)という基本的考え方のもとに、労働契約法制に関しては、判例で「間にあっている」「私法の領域」と主張するとともに、有期労働契約期間の上限規制の緩和を要求しています。
この背景には、21世紀をも視野に入れた財界の雇用戦略があります。財界は、国際的な大競争(メガコンペティション)に勝ち抜き、低成長下にあってもさらなる利潤確保を図るため、リストラ「合理化」による人減らし、長期雇用・年功序列などの雇用制度の改変よる労働力の流動化や不安定雇用の増大、雇用形態の多様化、個別的かつ能力・業績主義的な賃金制度・処遇制度の導入と拡大を押し進めています。
日経連は、95年5月に発表した「新時代の『日本的経営』(プロジェクト報告)」の中で、今後の雇用戦略を体系化し、今後の雇用形態のあり方として、「長期蓄積能力活用型」、「高度専門能力活用型」、「雇用柔軟型」の3つの型を示し、多様な雇用形態の導入、能力・業績主義的な給与や多様な処遇の推進を主張しています。そしてそれに必要な労働法制の見直しを、政府・労働省に要求〔「政府規制の撤廃・緩和要望について」(95年5月25日、96年11月14日政府あて提出)で、労働基準法の罰則の見直し、8時間労働制の見直し、産業別最低賃金の廃止、労働者派遣事業の自由化、民営職業紹介事業に係る規制の撤廃、裁量労働制の適用範囲の拡大、労働基準法の女子保護規定の廃止等〕しています。

(補足2-労働契約法制の見直しに関する各方面からの提言について)

解雇、退職勧奨、希望退職、配置転換、出向、転籍、不安定雇用、労働条件の切り下げ・不利益変更等にさらされている労働者・労働組合からは、雇用の安定と労働条件の確保のために、解雇や出向等を中心に、労働契約法制の整備による規制強化が切実に求められており、日本労働弁護団等から多くの提案が行われています。

1. 労働運動総合研究所は全労連からの委託研究に対する報告書「規制緩和で日本はどうなる」(95年4月)で、政府・財界の労働法制の「規制緩和」要望について、「大企業の横暴な経済活動を促進する意味合いをもっている」、「規制緩和による雇用破壊・賃金破壊」「『労働力の流動化・多様化』をテコとした人件費の大幅削減・労働者分断」と批判し、大企業を中心とするリストラ「合理化」による人員整理(配転、出向、転籍、退職勧奨、希望退職、閉鎖解雇など)や賃金・労働条件の切り下げに反撃し、賃下げなしの労働時間短縮、過密労働規制による雇用の創出、大幅賃上げなどの要求を掲げてたたかうことの重要性を指摘するとともに、整理解雇の4要件の法制化、地域経済を破壊する工場閉鎖・移転の禁止、国内での雇用と生産を削減している企業の海外進出禁止などの大企業の民主的規制を提案しています。

2. 日本労働弁護団は、95年1月に発表した「労働契約法制立法提言(第二次案)」の中で、解雇予告に関する規制強化、整理解雇の4要件や権利乱用の法制化、配転・出向・転籍の拒否権、期間の定めのある労働契約の原則禁止、労働契約をめぐる紛争処理機関の設置などを提案しています。

3. 自由法曹団は「労働基準法(契約法制等)『改正』についての緊急提言」(95年3月)の中で、時間外・休日労働に対する規制(個別同意権、拒否を理由とする処分の禁止)、配置転換、出向、転籍に対する規制(本人の個別同意権、一定期間後の原職復帰等)、有期雇用の規制(期間の定めのある労働契約には正当理由が必要等)、解雇に対する規制(整理解雇の4要件などの法制化)、就業規則の記載事項や作成変更手続きの規制強化等を提言しています。また、「今日のリストラ『合理化』のもとで激増する労働関係の紛議を迅速・的確に解決する救済機関の新設などの課題は、十分に検討に値する」としています。

(補足3-労働契約法制のあり方に関する労働省の対応の経過について)

1. 労働大臣の私的諮問機関である労働基準法研究会は、93年5月に発表した報告「今後の労働契約等法制のあり方について」の中で、労働契約上の労働者の権利や使用者の義務の実体的内容と効力については、労働契約の「期間の上限を5年に延長することが適当と考えられる」ということ以外には、「移籍出向の場合、出向が成立するためには、出向に際し出向先を明示し、労働者の同意を得なければならないことを法律上明記することも考えられる」とするのみで、就業規則への記載事項の拡大等を梃子にした「労働契約関係の自主的決定の促進と内容の明確化、適正化」を図ることが主な内容となっています。報告は、「自主的決定の促進」が必要な背景として、「経済のサービス化、国際化、高齢化の進展、女性の職場進出等に伴う社会経済の構造変化は労働者の働き方にも多様化をもたらしている」とし、「終身雇用システムの下で就労している労働者、とりわけ、ホワイトカラー層のニーズが多様化している」ことや「パートタイム労働者等終身雇用を前提としない労働者の増加」を指摘しています。また、「内容の明確化」については、「労働契約内容の複雑化、多様化が進展し、また、国民の権利意識が高まっていく中で、事前に労働者と使用者の権利義務関係を明確にすることにより紛争の予防を図るという観点が一層重要となってきている」という理由を挙げています。「内容の適正化」については、新たに適正な権利義務の設定のための基準等を法あるいは行政が示す必要のある事項もある」とされていますが、新たな基準提起はなく、労働契約期間の上限を緩和することだけが提案されているのです。

2. 中央労働基準審議会就業規則等部会は、93年5月労働基準法研究会報告「今後の労働契約等法制のあり方について」をもとに審議を進めていますが、95年5月の「中間とりまとめ」で、労働契約法制に関わる今後の中心的な検討課題として、労働移動の増大、就業形態の多様化等に伴う労働契約の明確化等の観点から、労働契約締結時の労働条件の明示、解雇にあたっての理由の明示、就業規則の整備等労働契約の手続き面でのルールの在り方、柔軟・多様な働き方を志向する労働者について、労働者の一層の能力発揮を可能とするための、労働契約期間の上限についての見直し等、これらの労働者についての労働条件に係る規定のあり方、労働契約の個別化・多様化に伴う、労働契約に係る個別紛争の調整のためのシステムのあり方の3点を掲げています。

3. 95年10月に発表された労働基準局長の私的諮問機関である労働条件調査研究会の報告は、基本的な考え方として「労働条件をめぐる新たな課題については、労使が自主的に対応して取り組むことが大原則」とするとともに、「労働条件の個別化・多様化の時代にあっては、労働条件の明確化を促進していくことが重要である」としています。

4. また、第8次雇用対策基本計画(95年12月19日閣議決定)においても、「労働者が安心して働ける豊かな生活の実現」の項で、「適正な労働条件の確保」に関わって、「労働契約内容の明確化を図る対策を強化する」とされています。

(補足4-労働契約期間の上限に関する諸外国の情勢について)

ドイツでは期間を設定することに合理的根拠がなければ契約期間を設定することを認めていません。合理的理由のある場合でも更新を行った場合には期間の定めのない契約に転化したものとみなされます。フランスでも企業の通常業務に関連する常用的な職務については有期雇用を利用できないことを定め、しかも有期雇用を認める場合でも更新を含めて最大限24カ月と規定し、それを超えたときには、有期労働契約は期間の定めのない契約に転化するとしています。イギリスでは雇用期間それ自体については規制はありませんが、期間の満了に制限があり、期間を定めた契約で2年以上雇用が継続している場合には、期間の定めのない契約とみなして不公正解雇の救済申立権を認めています。

(補足5-個別労働紛争処理システムのあり方に関する各方面からの提言について)

1. 日本労働研究機構「個別紛争処理システムの現状と課題」(95年3月、「個別的な労使間の紛争を処理するシステムの現状と公的システムを考える場合のさまざまな課題を検討するための研究会」の報告書)は、新たな紛争処理モデルとして、労働委員会雇用関係部構想を提案しています。労働委員会制度を改編し、雇用関係部を設け、和解や調停、任意的仲裁によって個別紛争の解決に当らせるとともに、労働相談部を設け、相談・斡旋を行わせるいう構想です。また、労働委員会は都道府県レベルにしか置かれていないというアクセスの困難を解決するため、労政業務と連結させることで窓口を拡大することも提案しています。
さらに、裁判所による雇用関係調停制度も提案されています。民事調停が個別紛争処理に関しても利用できる制度であることを明確にするとともに、宅地建物調停、交通調停、公害調停等、現在ある6つの各種調停に新たに雇用関係調停を加え、一般調停から雇用関係調停を特化させるというものです。

2. 日本労働弁護団「労働契約法制立法提言(第二次案)」は、「労働委員会は、解雇、配転、出向、懲戒処分、賃金の考課、労働条件の変更など労働契約をめぐる個別的労使紛争について、当該労働者の申請により、斡旋、調停、仲裁を行なうことができる」「斡旋、調停、仲裁の手続については、労働関係調整法の手続を準用する」という内容で、労働委員会の改組による個別労働紛争処理システムの整備を提案しています。

3. 連合総合生活開発研究所は、今年3月24日に発表した「参加・発言型産業社会の実現に向けて-わが国の労使慣行制度と労働法制の課題」という報告書で、個別紛争処理に関して、現行の民事調停制度の特則として雇用関係調停を独立させる方法と、労働委員会を改編して労働相談部門を設置して対処する方法の二つの方法を紹介しています。そして当面は、労働委員会の改編による新たな組織の構築を提案し、将来的には労働審判所の設立という方向を示唆しています。

(補足6-個別労働紛争処理システムのあり方に関する労働省の対応の経過について)

1. 個別の労働紛争を処理するシステムについて、最初にまとまった形で触れた、労働大臣の私的諮問機関である労働基準法研究会の85年12月の報告(労働契約関係)は、「労働者が労働基準監督機関に申告、相談する場合に民事上の権利救済を望んでいる例が多いが、労働基準監督機関は、本来行政監督的、刑事的措置を行なう機関であるので民事上の権利救済については、別個に考える必要がある。本来、民事上の権利救済については、民事訴訟手続によって解決されるべきものであるが、労働者は一般的には訴訟の知識に乏しく、費用や時間も考慮して消極的になるのが実情である。これらの実情を考慮すれば、労働基準法には抵触しないが就業規則には反するような事案の適正な解決のために、労働契約をめぐる簡易迅速な解決手続について、裁判制度等との関係も含めて、十分検討する必要がある」「労働基準法には抵触しないが就業規則には反するような事案の適正な解決のために、労働契約をめぐる簡易迅速な解決手続について、裁判制度等との関係も含めて、十分検討する必要がある」としています

2. 93年5月に発表された労働基準法研究会報告「今後の労働契約等法制のあり方について」は、「労働契約等に関する民事紛争については、何よりも発生しないよう当事者間で十分に話し合いが行なわれ、あらかじめ権利義務関係が明確にされていることが重要であり、当事者が正確な法知識を持ち、労働契約関係の適正な設定がなされることにより、紛争の予防が図られるよう適切な援助がなされる必要がある。また、民事紛争の解決に資するためには、労働契約等に関する民事的な問題も含めた相談機能を強化することが適当であると考えられる。この場合、特に紛争を予防するための援助という施策の性格上、刑罰法規を背景に最低労働条件、安全衛生の確保を図ることを主としている労働基準監督機関において同時に相談援助等を行うことは、適当ではないと思われる。また、画一的処理になじみにくい事案について、当事者の実情に即して柔軟に対応するためには、監督機関とは別途の機関が適当であると考えられる。このため、労働契約、就業規則等に関する民事問題についての相談その他の労働条件全般に関する指導援助を行なう体制整備を図ることにより紛争当事者の自主的な解決を促すことが適当である。その際、弁護士、大学教授等の法律問題に詳しい者を相談員に委嘱する等により、専門的事項にも対応できるようにすべきである」「担当する機関の体制整備を行なうに際しては、現在各種行政機関が果たしている紛争解決機能も踏まえ、これらの機関と十分な連携体制をとることにより紛争の内容に応じた適切な解決が図られるようにするとともに、必要に応じ和解等により紛争を解決することができるような観点から検討することが適当である」「労働契約等に関する民事紛争について、例えば労働委員会において労働契約等に関する紛争も担当するようにする等紛争処理を行なうための行政機関の設置を行なうべきではないかという議論が見られるところである。これについては、我が国においては、紛争処理機関がその権限により解決を図る場合にも最終的には裁判所の判断に委ねられることになり、迅速な紛争の解決という目的に反するおそれもあること、また、調整を行なう行政機関として設置した場合においても紛争の解決は結局両当事者の合意の下に行なわざるを得ないものと考えられ、円滑に機能することは困難であると考えられること等から現状ではかかる紛争処理機関の設置を図ることは適当でないという指摘もあるが、その設置の可能性については、今後、さらに検討する必要があろう」とし、「労働契約、就業規則等に関する民事問題についての相談その他の労働条件全般に関する指導援助を行なう体制整備を図ることにより紛争当事者の自主的な解決を促すことが適当である」と、指導援助のための体制整備を提案する一方で、労働委員会の改組を含む新たな行政機関による処理には否定的な考え方を示しています。

3. 95年5月には、中央労働基準審議会就業規則等部会が「中間とりまとめ」の中で、「労働契約の個別化・多様化に伴う、労働契約に係る個別紛争の調整のためのシステムのあり方」を検討課題として掲げています。

4. 95年10月に発表された労働基準局長の私的諮問機関である労働条件調査研究会の報告は「個別の労働契約をめぐる苦情・紛争に係る相談については、労働基準監督署が、主として労働基準法等を施行する機関という性格を有することから、そうした苦情・紛争に対して必ずしも十分に対応することができなかった面もある」「個別の労働契約をめぐる苦情・紛争はますます増大してきており、このような苦情・紛争を迅速・簡易に解決する体制の整備の必要性が高まっている」「労働基準監督署においても増大するニーズに対応して、個別的苦情・紛争に係る相談支援を行なうことが必要となっている。その場合、最低労働基準に係る監督指導と個別の労働契約をめぐる苦情・紛争への対応とを分けて取り扱うことなど、一定の配慮が必要」「諸外国の紛争処理の実情も参考にしつつ、労働委員会を含めた第三者機関におけるこうした苦情・紛争への対応のあり方について検討することが必要」であるとし、「労働基準監督署においても増大するニーズに対応して、個別的苦情・紛争に係る相談支援を行なうことが必要」としつつ、「労働委員会を含めた第三者機関におけるこうした苦情・紛争への対応のあり方について検討すること」の必要性も認めています。

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