働き方・労働法制 -労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

雇用対策法の改定に関する考え方

2017年10月 全労働省労働組合

厚労省の労働政策審議会は9月15日、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱」について、「概ね妥当である」と答申しました。

 当該法律案要綱は、労働基準法改定案を始めとした8つの法案を束ね、働き方改革推進一括法案としたものですが、この中で雇用対策法を改定し、その「目的等」やそれを達成するための「国の施策」を大きく変更しています。

 こうした改定には、以下に示す重大な問題点を指摘することができます。

 

1 目的と位置付けの変更の影響

 雇用対策法は、その目的について「雇用に関し、その政策全般にわたり、必要な施策を総合的に講ずることにより、労働市場の機能が適切に発揮され、労働力の需給が質量両面にわたり均衡することを促進して、労働者がその有する能力を有効に発揮することができるようにし・・・」(1条1項)と規定していましたが、改定法案要綱(以下、改定法案)は、この部分を「労働に関し、その政策全般にわたり、必要な施策を総合的に講ずることにより、労働市場の機能が適切に発揮され、労働者の多様な事情に応じた雇用の安定及び職業生活の充実、生産性の向上等を促進して、労働者がその有する能力を有効に発揮することができるようにし・・・」と変更しています。

 また、改定法案はこれに合わせて、その名称を「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」と変更しています。

 従来、雇用対策法は、「労働市場の法の基本法(通則法)」「勤労権に基づく国の労働市場政策の基本方針と全体像を表明するもの」(菅野和夫『労働法』、法律学講座双書)として、国の雇用政策(労働力政策)全体の目的や方向性を示してきましたが、改定法案が新たに「労働法の基本法」として労働政策全体の目的や方向を規定するなら、重大な問題です。

 とくに、憲法の要請を受けて労働者の基本的人権を具体化する労働基準法、労働安全衛生法等のあり方をめぐって、前記の政策的観点(例えば、生産性の向上)を反映させる狙いを含んでいるなら、この間の新自由主義的な経済政策が労働基準法等の規制緩和を要請し続けてきたことを想起せざるを得ず、労働者の権利保障の位置付けと内容を一層後退させるおそれがあります。

 他方、現下の「働き方改革」の推進のために必要な改定という主張はどうでしょう。

 従来の雇用対策基本方針(施行規則1条)を「労働に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針」とあらため、閣議で決定していくスキームを確立し、その際、厚生労働大臣が行うべき手続き(労働政策審議会の意見聴取等)や、行い得る権限(関係行政機関の長に対する要請等)を定めておくことに意味がないわけではありません。しかし、それは、改定法案が労働法の体系を大きく変更することを正当化する理由にはなりません。

 

2 「生産性の向上」は労働政策の目的か

改定法案は、前記のとおり、その目的に「労働生産性の向上を促進」することを盛り込んでいます。

 「労働生産性の向上」は、「働き方改革実行計画」(2017年3月29日、推進本部決定)の中でも至るところで強調されており、また、2016年の雇用保険法の改定でも「雇用安定事業及び能力開発事業は(中略)労働生産性の向上に資するものとなるよう留意」(64条の2)の文言が追加されています。正に、現下の労働政策の頻出・重要ワードとなっています。

 しかし、労働生産性を向上させれば、ただちに労働者の雇用や労働条件が改善されていくとは言えません。

 労働生産性は、一般に次のように定義されています。

 労働生産性を高めるには、分子に着目して、技術革新等を通じて付加価値を増やしていくか、分母に着目して、労働投入量を減らしていくことが求められます。つまり、労働生産性を上げなければ賃金も上がらないとの指摘は的外れではありませんが、逆に、労働生産性を上げれば賃金が上がる保障はないのです。

事実、ここ20年間で見ると、日本の労働生産性は2割程度上昇しましたが、実質賃金は低下乃至横ばいで推移し、ユーロ圏や米国で両者(労働生産性と実質賃金)が連動して上昇していることと対照的です(平成27年版『労働経済白書』、65頁)。

 かつて労働組合の多くは、労働生産性の向上にあたって条件を付し、「生産性3原則」1.雇用の維持拡大、2.労使の協力と協議、3.成果の公正な分配)を確認しながら、労使交渉が盛んに重ねられてきた経緯があります。

 こうした労使の真摯な議論を欠落させたまま、労働生産性の向上(とくに労働投入量の減少)だけを強調していくなら、人減らし(リストラ)や労働の過密化ばかりが進み、完全雇用やディーセント・ワークは危殆に瀕することになりかねません。

 従って、労働生産性の向上は、産業政策の目的とはなり得るでしょうが、労働政策の目的とすべきではありません。

 

3 職業能力開発は労働者の重要な権利

 改定法案は、その目的に関連して「労働者は、職務の内容及び職務に必要な能力等の内容が明らかにされ、並びにこれらを踏まえた評価方法に即した能力等の公正な評価及び当該評価に基づく処遇その他の適切な処遇を確保するための措置が講じられることにより、その職業の安定が図られるように配慮されるものとすること」の文言を加えています。

 この改定は、不合理な格差の解消を図る狙いも見て取ることができますが、具体的な施策としては、この間の「日本再興戦略」等がその普及を求めているジョブ・カードや職業能力評価制度等の普及を想定したものと思われます。

 しかし、ジョブ・カードには難点が多く、とりわけ職業経験に関する「職業能力証明シート」は、本人にとって不本意な評価を固定化し、しかも求職時にその開示が求められるなどの弊害も指摘されています。また、職業能力評価制度は、「職業能力の『見える化』」のかけ声のもとで整備が進められていますが、異なる職種間で能力を公正に評価することは難しく、同一職種であっても事業所規模や具体的な作業方法が異なるなら、同様の困難さが指摘されています。こうした状況の下では、一方的な職業能力評価が、当該労働者の「市場価値」であるとして労働条件引き下げの口実とされたり、能力開発を謳った人材ビジネスへの誘導の道具とされる危険が大きいと見ざるを得ません。

 労働者の職業能力を考える際、公正に評価を得て適切に処遇されることは望ましいことですが、職業能力の開発(向上)は労働者の「自己責任」ではなく、重要な権利(換言すれば国や使用者の義務、能開法4条)であることをふまえた施策こそ求められています。

 

4 「多様な就労形態」は普及より、適切な規制

 改定法案は、その目的の中で「労働者の多様な事情に応じた雇用の安定等」を掲げるとともに、目的を達成するための「国の施策」において「多様な就業形態の普及」に関する施策を充実させるとしています。

 ここで言う「多様な就業形態」の中には、雇用関係によらない働き方が含まれており、その普及を企図していると考えられます。

 この点では、経済産業省の「『雇用関係によらない働き方』に関する研究会」報告書(2017年3月)や、厚生労働省の「働き方の未来:2035」報告書(2016年8月)も、フリーランス、クラウドワーカー等の個人事業主の増加を「新たな潮流」と位置付けており、「働き方改革実行計画」においても、「柔軟な働き方」として「雇用型テレワーク」「兼業・副業」に加えて、「非雇用型テレワーク」を掲げながら、これらの「普及を加速させていく」としています。

 こうした新たな就業形態は、仕事と生活(家庭責任や疾病治療等)の両立を図る上で有効に働く可能性もありますが、他方でこれらの多くは「非雇用型」と分類され、労働法や社会保険の適用を除外される可能性が高いのです。

 しかし、「非雇用型」とされる働き手の多くは、発注者と対等な関係にはなく、不利な就業条件等を強いられることも少なくなく、民法や独占禁止法を適用することではまったく不十分です。「働き方改革実行計画」では、こうした働き方について、強制力のないガイドライン(発注者向け)の改定を予定していますが、法的保護に関しては「中長期的課題として検討」と位置付けるに止まっています。

 実効ある法的保護を欠いたままで、こうした就業形態の普及を図るべきでなく、適切な規制(準労働者概念を新たに確立し、労働法や社会保険を適用したり、いわゆるプラットホームにも法的規制を加えるなど)を講じて法的保護(あわせて法施行に必要な行政体制の確保)を図ることを優先すべきです。

 

5 あらためて十分な議論が必要

 これまで見てきたように、雇用対策法の改定は、今後の労働法制、労働政策のあり方を大きく左右するものです。実際、改定法案はその目的を達成するための「国の施策」として「労働時間の短縮その他労働条件の改善に関する施策を充実すること」「女性の職業及び子の養育又は家族の介護を行う者の職業の安定を図ること」などを掲げており、職業安定行政のみならず、労働基準行政や雇用均等行政までの幅広い行政分野を視野に入れていることは明らかであり、その影響は多分野に及ぶことになります。従って、労働政策審議会(再度開催を含む)や国会等での十分な議論が必要です。

 

 

以  上

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