働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

「長時間労働の是正」に向けた立法提言

全労働省労働組合

1 はじめに

 政府は「働き方改革」を「最大のチャレンジ」と位置づけ(「ニッポン一億総活躍プラン」、6月2日)、すでに内閣官房に「実現推進室」(9月2日)、「実現会議」(9月28日)をそれぞれ立ち上げ、年度内にも「実行計画」をとりまとめるとしている。

 現時点では、「非正規という言葉をなくす」「同一労働同一賃金」「長時間労働の是正」等のスローガンは掲げられているものの、どのような法制をめざすのか、その具体的な姿は未だ見えない。

 しかし、これらの具体化は、働く者が切望する「安心して働くことのできる社会」「格差と貧困の解消」などを実現していく上で不可欠の課題であり、実効ある「働き方改革」の実現が求められている。

 とくに、「長時間労働の是正」は、「近年、我が国において過労死等が多発し大きな社会問題となっていること及び過労死等が、本人はもとより、その遺族又は家族のみならず社会にとっても大きな損失であること」(過労死等防止対策推進法1条)にてらして、緊急にとりくむべき課題である。

 実際、平成27年度の脳・心疾患の労災補償請求件数は795件、支給決定件数は251件。また、精神障害の労災補償請求件数は1,515件(過去最高)、支給決定件数は472件(平成28年6月24日、厚生労働省公表)にのぼっており、蔓延する長時間労働を是正することなしに、「過労死・過労自死のない社会」を実現することはできない。

 以下、「長時間労働の是正」に焦点をあて、緊急にとりくむべき立法上の課題等を提言する。


2 具体的な対策 

(1)労働時間の把握義務の法定化

 労働時間の把握義務は、適正な労働時間管理や健康確保の義務を負う使用者の当然の責務であるが、その義務は現在、法律に明定されていない。

 この点について、第一線の労働行政に従事する者の多くから、違法な長時間労働や賃金不払残業の取締りを困難にしているとの指摘がある。つまり、労働時間を使用者がいっさい記録していない場合、法違反の事実を特定することができず、送検はおろか是正勧告すら難しくなる。結局、いい加減な使用者ほど、責任逃れを許す結果となっているのである。

 従って、平成13年4月6日付基発第339号「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」が定める使用者の労働時間把握義務(労働日毎の始業・終業時刻及び実労働時間の把握義務)及び記録義務について罰則を備えて法定し、その記録を改ざんする行為も厳しく規制することが適当である。

 その際、管理監督者等(労働基準法41条2号)及びみなし労働時間制が適用される労働者についても、当該労働者の過重労働防止及び健康確保の観点から適用を図ることが適当である。

 なお、平成27年2月13日の労働政策審議会の建議は、「すべての労働者を対象として、労働時間の把握について、客観的な方法その他適切な方法によらなければならない旨を省令に規定することが適当」としている。これは確かに一歩前進であるが、省令自体に罰則を設けることはできず、実効性の点で不十分である。

 

(2)労働時間の実効ある上限規制

1)労働時間の上限規制

 時間外労働に関する協定制度は、労使合意で労働時間の上限を定めるものであるが、過労死を引き起こす長時間労働を容認すること自体が不適切であり、時間外労働時間の上限を直接規制することが適当である。

 この場合の上限時間の設定単位は、労働者の疲労回復や生活サイクル等を考慮し、週単位とし、あわせて月単位及び年単位の上限時間を設定すべきである。具体的には、週単位又は月単位の上限時間は、いわゆる過労死ラインを下回る時間を設定し、段階的に限度基準(労基法36条2項)まで引き下げていく方法が考えられる。

 

2)罰則等の強化

 違法な長時間労働に関する罰則を強化するとともに、あわせて実効ある付加金制度を確立することが適当である。

 とくに付加金については、付加率を3倍程度に引き上げるとともに、付加金請求権は賃金支払日をもって確定させ、判決をもって支払いを命じることとすることが適当である。

 

3)違法労働致死傷罪(結果的加重犯)の新設

 前記(1)で定められた上限を超える時間外労働を行わせるなど、関係法令に違反し、これに因って使用する労働者に過労死・過労自殺・過労性疾病を引き起こした行為を処罰する、違法労働致死傷罪(結果的加重犯)の規定を新設することが適当である。 

 

(3)時間外労働に関する協定制度の厳格化

1)限度基準(厚生労働省告示)の例外措置の廃止

 労基法36条2項に基づく限度基準は、その内容が通達、指針として策定されていた当時から、約30年にわたって適用除外(同基準第5条)の事業・業務(「工作物の建設等の事業」「自動車の運転の業務」「新技術、新商品等の研究開発の業務」等)を定めているが、こうした事業・業務でとりわけ過労死等が多く発生していることから、直ちに限度基準の例外措置を廃止することが適当である。

 

2)特別条項の廃止

 特別条項は、限度基準を超えた時間外労働を想定した協定であり、長時間労働の温床となっていることから、1−(1)の上限時間を段階的に引き下げることで廃止することが適当である。

 

(4)法定労働時間の特例措置の廃止

 現在、商業、映画・演劇業、保健衛生業、接客娯楽業であって、常時10人未満の労働者を使用する事業場については、長期にわたって週44時間制(特例措置)が適用されているが、これを存続させる今日的な必要性は特段見当たらず、働く者にとって最低限確保されるべき基準である労働基準法の性格や平等原則にも反することから、直ちに廃止することが適当である。

 

(5)割増賃金制度の抜本的な改善 

1)割増率の引き上げ

 現行の割増賃金制度は、時間外労働を抑制するために十分機能していない。

 具体的に見ていくと、例えば、総賃金(年間)からその1/5が割増賃金の算定基礎から除外されている場合、実質的な割増率は、4/5×1.25=1となり、時間外労働手当(残業代)による時間外労働の抑制効果はない。

 こうした中で使用者は、業務量の増大に際し、新たに労働者を雇い入れるよりも少ない労働者に長時間労働を強いる方が有利(とくに社会保険料負担等を回避できる)と考え、長時間労働が広がるのである。

 従って、割増率と算定基礎の両面から見直しを図る必要があり、割増率を引き上げるとともに、割増賃金の算定基礎については、賞与等を含めた年収とすることが適当である。

 

2)固定残業代制度の規制

 近時、急速に広がっている固定残業代制度は、恒常的な時間外労働があり得ることを前提とした制度であり、時間外労働を臨時的・一時的なものと位置づけた割増賃金制度や時間外労働に関する協定制度の趣旨と整合しないことから、こうした就業規則等のとりきめ自体を規制することが適当である。 

 

(6)労働基準法等の要件・定義の明確化

 管理監督者(労基法第41条第2号)、裁量労働制(労基法第38条の3)の適用範囲の曖昧さが、名ばかり管理職、名ばかり裁量労働制の広がりを許しており、その結果、長時間労働及び賃金不払残業を引き起こしている。

 従って、「管理監督者の範囲」「裁量労働制の適用範囲」等を画する要件・定義をより具体化する政省令あるいは指針等を整備することが適当である。 

 なお、労働基準法41条2号の「機密の事務を取り扱う者」は、秘密情報を取り扱う者を想定しているわけではなく、「職務が経営者等の活動と一体不可分」と解されていることから、誤解が生じないよう法文を修正すべきである。

 

(7)休息・生活時間(インターバル)の確保

 現行法上、勤務から次の勤務までの休息・生活時間の確保に関する規制は存在していないが、EUの労働時間規制の例(連続11時間の休息・生活時間の保障)を参考として、立法化することが適当である。

 なお、こうした規制は、労働時間の上限規制とセットで導入することが必要であり、それがない場合、無制限な不規則勤務の温床になりかねない点に留意する必要がある。

 

(8)1ヶ月単位変形労働時間制等の要件の厳格化

 1ヶ月単位変形労働時間制導入の要件は、変形期間内の総労働時間や各日の始業・終業時刻の特定などに止まり、1勤務における労働時間の長さには何らの制約がなく、非常識な勤務形態(シフト設定)が散見されることから、1勤務における労働時間の上限を定めることが適当である。また、1ヶ月単位変形労働時間制及び1年単位変形労働時間制について、変形期間開始後に個々の労働者の同意のない一方的な「始業・終業時刻の変更」「休日の振替」が認められないことを法文上明記することが適当である。 

 

(9)行政体制の整備・強化

1)労働基準監督官の増員

 労働基準監督官数は3千人程度であるが、この中には厚生労働省(本省)に勤務する監督官、都道府県労働局に勤務する監督官、労働基準監督署の管理職員(署長、副署長)のほか、労災補償部門、安全衛生部門、庶務部門に配置されている労働基準監督官も少なくないことから、日常的に臨検監督、申告処理、司法実務(捜査)等に従事している監督官は、その一部にすぎない。

 この人数は、ILOが定める労働基準監督官の配置基準(労働者1万人に1人)を大きく下回ることから、労働基準監督官の増員を図るべきである。

 また、現在、労働基準監督官の臨検監督は、原則1人で行うこととしているが、a臨検監督の実効性確保、b知識・技能の伝承、c監督官の安全確保等の観点から、原則複数で行うことが適切であり、この点からも増員が必要である。

 

2)技官及び事務官の増員

 労働基準行政においては、労働基準監督官のほか、安全衛生分野の専門職員である厚生労働技官、労災補償分野等の専門職員である厚生労働事務官が担っているが、この間、技官、事務官の採用がなく、労働基準監督署で働く職員数は減少の一途をたどっている。

 労働基準監督官の増員を図ったとしても、技官や事務官をそれ以上に減らしては、労働基準行政の強化を図ることはできず、労働基準行政に不可欠な監督官、技官、事務官をそれぞれ増員することが必要である。

 

以 上

 


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