働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

第23回労働行政研究活動レポート【労災補償職域】

2014年3月
全労働省労働組合

 

はじめに

 全労働省労働組合(以下、全労働)は、公正で民主的な労働行政を実現するとともに、あらゆる不正をなくし、公務員労働者の権利を保障する民主的な職場を実現するために、行政民主化のとりくみを重視してきました。

 そして「行政研究活動」を行政民主化のとりくみの重要な柱として位置づけ、過去22回の研究活動を実施し、様々な政策提言等を内外に発信してきました。こうしたとりくみの積み重ねが、全労働の組織と団結を強めるとともに、諸団体からの信頼を高め、労働行政への理解と支持を広げてきました。

 前回(22回目、2002年から2003年)の行政研究活動の後、日常的な行政民主化のとりくみを重視し、職域毎にプロジェクトを設置して労働行政の各種施策の問題点を明らかするなど、各行政分野でその改善の方向性を議論してきました。しかし、労働行政の職場では、世代交代が進む一方で、体制が不十分なために職員が多忙を極め、業務運営にあたって行政民主化の議論が徐々に希薄となっており、それに加えて人事評価制度の導入や件数主義的な行政運営などにより、低調になりがちな行政民主化のとりくみを強化する必要性が指摘されてきました。こうした経過をふまえ、第23回労働行政研究活動を実施しました。

 今回の行政研究活動の統一テーマは「安心して働ける社会と労働行政の役割」とし、労災補償職域におけるテーマに「今日の業務上疾病の労災認定の現状と課題」「労災認定理論と判例の現状と課題」などを設定し、現在の行政の各種施策の有効性や問題点を全組合員参加のアンケート調査等で明らかにし、労働行政のあるべき方向を内外に発信するとともに、行政研究活動の成果をふまえ、組合員が日常業務で実践していくことをめざしています。

 

アンケート結果

1 アンケート概要

 アンケートは、主に労災補償業務を担当している職員を対象に実施しました。有効回答数は、都道府県労働局職員514人、労働基準監督署1,043人の計1,557人でした。

 なお、アンケート集約率は、労災補償業務担当職員(以下、労災職員)の約63.5%でした(※平成22年度における常勤職員配置:本省128人、都道府県労働局951人、労働基準監督署1,372人 計2,451人/厚労省資料)。

2 アンケート結果

【設問1】業務上疾病(※労基法施行規則第35条別表一の二に掲げる対象疾病)の労災認定に関わって、労災認定が困難な疾病はどれですか(1つ選択)。

a腰痛 b振動障害 c上肢障害 d脳・心臓疾患 e精神障害 f困難な疾病はない gその他

労災認定が困難な疾病

 「設問1」の回答結果はグラフ1のとおりです。労災職員が労働基準法施行規則第35条別表一の二に掲げる対象疾病の労災認定に関わって、労災認定が困難としている疾病は「精神障害」が最も多く1,011人(64.9%)、次いで「上肢障害」の274人(17.6%)でした。また、同様に複雑・困難事案と言われている「脳・心臓疾患」は43人(2.8%)となっています。なお、「その他」として回答している疾病は、石綿関連疾患、化学物質過敏症、脳髄液減少症などでした。

 以下、「設問1」に関しては、労災職員が「労災認定が困難」と回答している上位2つの「精神障害」及び「上肢障害」について、その理由や認定基準(関係通達を含む)の改善すべき事項等のアンケート結果を分析します。

 

【設問2】精神障害の労災認定が困難となっている大きな理由は、次のうちどれですか(3つまで可)。

a認定基準が実態に即していない(不十分) b当該疾病に関し、業務との因果関係についての医学的知見(研究)が不十分 c当該疾病に関し、検査方法が不十分 d当該疾病の認定実務にかかる研修が不十分 e実地調査段階で事業場等の協力が得られにくい f聴取調査による事実認定が難しい g調査すべき事項が多い hその他

精神障害の労災認定が困難となっている大きな理由

 「設問2」の回答結果はグラフ2のとおりです。「精神障害」の労災認定が困難な理由として、約4分の3の労災職員が「聴取調査による事実認定が難しい」と回答しています。次いで、「調査すべき事項が多い」(553人/54.7%)、「実地調査段階で事業場等の協力が得られにくい」(389人/38.5%)、「業務との因果関係についての医学的知見(研究)が不十分」(286人/28.3%)と回答しています。

 「その他」の回答として特徴的なものは、「個々のストレスの度合いは平均ということではなく、個人により異なり、基準評価表に当てはめることに少し違和感がある」「個々人の主観が異なるのに客観的な評価は不可能」「精神障害は、業務以外の事項である家庭や個人の性格、生活環境が関係してくるが、業務以外の事項の調査は難しい」という回答がありました。

 

【設問3】上肢障害の労災認定が困難となっている大きな理由は、次のうちどれですか(3つまで可)。

a認定基準が実態に即していない(不十分) b当該疾病に関し、業務との因果関係についての医学的知見(研究)が不十分 c当該疾病に関し、検査方法が不十分 d当該疾病の認定実務にかかる研修が不十分 e実地調査段階で事業場等の協力が得られにくい f聴取調査による事実認定が難しい g調査すべき事項が多い hその他

上肢障害の労災認定が困難となっている大きな理由

 「設問3」の回答結果はグラフ3のとおりです。「上肢障害」の労災認定が困難な理由として、約4分の3の労災職員が「認定基準が実態に即していない(不十分)」と回答しています。

次いで、「聴取調査による事実認定が難しい」(98人/35.8%)、「調査すべき事項が多い」(73人/26.6%)と回答しています。「その他」の回答では「業務量の数値化が困難なケースが多い」「業務量の把握、比較が困難」を指摘する回答が多いのが特徴です。

 

【設問4】「精神障害」の認定基準(関係通達)について、特に改善すべき事項は次のうちどれですか(3つまで可)。

a作業内容等が認定基準策定時と変化している b請求人主訴又は主治医判断によるため c他覚的検査手法がない d労災裁決又は判例を踏まえた認定基準となっていない e個体要因と業務起因性との区分が曖昧 f業務遂行時の出来事の過重評価が妥当ではない g認定基準に特段問題はない hその他

精神障害」の認定基準(関係通達)について、特に改善すべき事項

 「設問4」で認定基準について改善すべき事項を尋ねたところ、その回答結果はグラフ4のとおりです。「精神障害」の認定基準等について、6割を超える労災職員が「個体要因と業務起因性との区分が曖昧」と回答しています。次いで、「他覚的検査手法がない」(393人/38.9%)、「請求人主訴又は主治医判断によるため」(324人/32.0%)、「業務遂行時の出来事の過重評価が妥当ではない」(230人/22.7%)と回答しています。なお、「認定基準に特段問題はない」と回答した労災職員は101人(10.0%)という結果でした。「その他」の回答として特徴的なのは、「パワハラ(いじめ嫌がらせ)の定義が厚労省円卓会議WGから一定の見解が示されたものの、個々の企業又は労働者間での受け止めが異なり、未だに業務指導の範疇かパワハラかは心証の問題となっている」という回答がありました。

 

【設問5】「上肢障害」の認定基準(関係通達)について、特に改善すべき事項は次のうちどれですか(3つまで可)。

a作業内容等が認定基準策定時と変化している b請求人主訴又は主治医判断によるため c他覚的検査手法がない d労災裁決又は判例を踏まえた認定基準となっていない e個体要因と業務起因性との区分が曖昧 f業務遂行時の出来事の過重評価が妥当ではない g認定基準に特段問題はない hその他

上肢障害」の認定基準(関係通達)について、改善すべき事項は

 「設問5」の回答結果はグラフ5のとおりです。「上肢障害」の認定基準等について、約6割の労災職員が「個体要因と業務起因性との区分が曖昧」と回答しています。次いで、「作業内容等が認定基準策定時と変化している」(128人/46.7%)、「業務遂行時の出来事の過重評価が妥当ではない」(72人/26.3%)と回答しています。第22回行政研究活動でも、現行認定基準の「過重な業務」の判断について、「規定している細かな業務比較を行うことは事実上不可能に近く労災認定を困難にしている」と問題点を指摘し、純粋に発症前における被災者の業務量、業務内容、従事期間などを把握し、それらを総合的に判断し、疾病を発症させるに至った「過重な業務」であった場合に業務上と認定できる認定基準にすること、また、「過重な業務」か否かの判断は、被災者本人にとって過重であったかによって判断できるよう改めるべきと指摘していますが、前回から10年以上経過しても、こうした問題点が改善されていないことが明らかとなりました。

 

【設問6】業務上疾病は、標準処理期間が6ヵ月(精神障害は8ヵ月)に設定され、毎年留意通達でも「迅速・適正な労災補償業務の徹底」や「長期未決事案の早期解消」について指示されています。しかし、実際には標準処理期間内では労災認定できない事例もあります。迅速・適正認定に向けて何が必要ですか(3つまで可)。

a職員の増員 b研修の充実(座学) c実務担当者の経験交流等の開催 d専門部会の開催回数増加 e局医及び専門医等の育成 f本省りん伺(照会)の迅速化 g本省・局のサポート体制の充実 h調査内容の簡略化 iその他

迅速・適正認定に向けて何が必要ですか

 「設問6」の回答結果はグラフ6のとおりです。業務上疾病の迅速・適正な認定にむけて必要な事項として、約4分の3の労災職員が「職員の増員」と回答しています。次いで、「調査内容の簡略化」(780人/50.1%)、「本省・局のサポート体制の充実」(387人/24.9%)と回答しています。グラフ7に示すとおり、地方労働行政職員(労働基準、職業安定、雇用均等行政の職員数)は、この10年間で1,889人も削減されているにもかかわらず、精神障害などの複雑・困難事案といわれる労災請求件数は増加傾向にあります。回答結果は、「職員の増員」が業務上疾病の迅速・適正認定に必要不可欠であることを示しています。

 

【設問7】業務上疾病の社会復帰促進等事業について、課題と考える事項を記入してください(3つまで可)。あわせて、改善すべきと思う事例を具体的に記載してください。

a社会復帰促進等事業の拡充が必要 b特定の傷病のみではなく、全ての傷病を対象とし、公平性を担保すべき c実効ある社会復帰を実現するため、抜本的な見直しをすべき d特に問題はない

 

 「設問7」の回答結果はグラフ8のとおりです。最も多い回答は、「実効ある社会復帰を実現するため、抜本的な見直しをすべき」(642人/41.2%)、次いで「特定の傷病のみではなく、全ての傷病を対象とし、公平性を担保すべき」(481人/30.9%)となっています。「改善すべき事項」では、110件を超える回答が寄せられています。回答は、「労災補償行政の公平性」に関する指摘が多いのが特徴で、他には「対象疾病の拡大」や「他行政との連携強化」を指摘する回答が多くありました。

 

 

 研究レポート〜今日の業務上疾病の労災認定の現状と課題〜

 

1 精神障害について

 

(1)「認定基準」の概要

 1999年9月に「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(以下、「判断指針」という)が示され、請求件数は1998年度に42件であったものが、2011年度には1,181件、2012年度には1,272件と近年請求件数が急激に増加し、今後も増加が見込まれています。同時に、多数の認定事例及び裁判例も蓄積されています。

 厚生労働省は、年々増加する請求事案に対し、平均8.6か月であった審査期間を6ヶ月以内にすることを目的として、2011年11月に「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」をとりまとめるとともに、同年12月には「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下、「認定基準」という)を策定し、現在「認定基準」に即した調査・判断を行われています。

 「認定基準」に基づき業務上の疾病として労災認定される要件は、a.「認定基準の対象となる精神障害」を発病していること、b.aの精神障害の発病前おおむね6か月の間に「業務による強い心理的負荷」が認められること、c.業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと、の3つのいずれの基準も満たす必要は「判断指針」と変わっていませんが、心理的負荷の総合評価を「強」とする「特別な出来事」に、a本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシャルハラスメント、b発病直前の1か月におおむね160時間を超える(発病前の期間や他の出来事と関連した労働時間数として、120時間、100時間も示されました)、又はこれと同程度の時間外労働を行ったものが加えられました。また、評価票を見直し、心理的負荷の強度を「弱」「中」「強」と判断する具体例を加えるとともに出来事が複数ある場合の考え方、専門家の意見の聴取について変更を行っています。

 

(2)「精神障害」に対する職場のとらえ方

 精神障害事案については、1999年9月に判断指針が示されて以降、多数の認定事例及び裁判例が蓄積されていますが、心の病が業務とどのように関連して発病しているか関連付けられる明確な医学的検査手法等がない上、被災者とのコミュニケーションの取り方等、依然として調査・判断が難しいことが伺えます。また、職場体制が脆弱な中で、項目が多岐にわたる調査を実施する必要があることから、調査官自身にも過重な精神的負担がかかっていることが伺えます。

 

(3)「認定基準」に関わる問題点

 労災認定が困難となっている理由を尋ねたアンケート結果(3つまでの複数回答)によると、「認定基準が実態に即していない」(18.9%)、「業務との因果関係についての医学的知見(研究)が不十分」(28.3%)と回答すると同時に「事業場等の協力が得られにくい」(38.5%)、「事実認定が難しい」(73.0%)、「調査すべき事項が多い」(54.7%)と調査及び判断が難しいという意見が多数を占めています。

 先に記載したとおり、心理的負荷の総合評価を「強」とする労働時間数も示されましたが、長時間労働であっても労働密度を勘案して判断しなければならない事案にどのような対処が必要かは依然としてはっきりされていません。また、労働時間の算定にあたっては、発病日を起点として算定する必要がありますが、精神疾患事案は発病日の特定が非常に難しく、調査の過程で判断を見直すこともあるため、これにより労働時間数の推定パターンを複数作る必要があり、逆に調査項目が増えるケースもあります。さらに、出来事は、人により受け取り方が大きく異なることから、同じような出来事であっても、発病する人、発病しない人がおり、同じような出来事や内容でも、判断の仕方が大きく異なり、同じケースがほとんどないことも事実認定の難しさの要因と考えられます。

 一方、改善すべき事項については、「他覚的検査手法がない」(38.9%)、「個体要因と業務起因性との区分が曖昧」(63.7%)など、請求人の主張のみで出来事の立証ができないものや業務との因果関係を医学上はっきり関連付けられない事案等について、どのような調査を実施するか等、明確にする等の改善が必要と指摘する意見が特徴的です。

 また、パワハラについては、厚生労働省は「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ(WG)」を設置し、職場における「パワーハラスメント」の定義を発表しましたが(2012年1月30日)、曖昧な点も多く、事業主の責任の範囲をより明確化すべきとともに、労災認定のための指標となる「認定基準」においても、考慮すべきパワハラの内容・程度等をより明確化する等の整備が求められています。

 

(4)労災認定にあたっての調査手法の問題点

 家族、事業場関係者等への調査にあたっては、他人の人格やプライバシーの侵害をしないよう注意が必要ですが、被災者が、「どういう気持ちで出来事を感じていたのか」をしっかり把握しながら調査を進めていくことで、出来事が明確にされ、被災者の心理にどのような影響を与えたのかを判断する大きな材料でもあります。

 しかし、最近は、事業主をはじめ、同僚労働者の協力が得られないケースや、被災者や同僚労働者が自分に都合の悪いことは話さないケースなどもあり、調査を進めていく中で後になって、確認していた以外の出来事等が出てくるなど、追加調査にも時間を要している事案もあります。また、家庭的な出来事が大きなウェイトを占めているケースは、被災者から回答が得られず、家族等からの調査によって初めてその事実が判明することも少なくありません。さらに、調査官が、出来事に対する被災者の精神的負担をできるだけ把握しようとしても、被災者及び家族等が、被災者の受けた精神的負担がどのようなもので、どれ位大きな負担であったかを表現しきれず、さらに掘り下げた調査ができないケースもあります。また、かなり期間が経ってからの請求も多いことから、資料がなく、請求人や関係者の記憶があいまいで出来事の根幹部分の把握が難しい問題等もあります。

 

(5)迅速・適正な認定に向けての改善のとりくみ

 「迅速・適正な認定に向けて何が必要ですか」との設問への回答(3つまでの複数回答)では、「職員の増員」(75.3%)が多数を占め、次いで「調査内容の簡略化」(50.1%)、「研修の充実(座学)」(23.1%)となっています。

 職場体制が脆弱で、調査官が不足している状況の中で、調査官の自助努力に頼っている現状がうかがえます。また、認定基準の問題点でも上がっているように、調査すべき事項が多いことから、調査内容の簡略化を求める意見も多数を占めています。さらに、被災者が出来事内容を明確にできず、掘り下げた調査ができないケースや事業場関係者の協力が得られないケースもあり、被災者等関係者の積極的な協力等も必要不可欠となっています。

 このような状況から、職場体制の確保が最優先ですが、被災者と関係者及び調査官が協力しながら認定を進めていく必要があると同時に、専門的な知識の蓄積は調査官自身の自助努力は必要であるものの、必ずしも医学的な専門知識を持たない調査官が精神疾患を発病している被災者と接する難しさもあり、医学的な専門知識も含めて充実した研修をする必要があると考えます。

 

(6)その他の課題

 近年の急激な精神疾患の増加に行政体制の整備がたち遅れていることが大きな問題ですが、そもそもこの点では、過重労働を招来する企業風土の広がりが問題です。企業が労働者に対し、適正な労働時間管理や健康管理を行うことで、精神疾患や脳・心臓疾患の発生が予防され、その結果、労災請求件数は減ると考えられます。また、労働行政においては、労働災害に対する補償とその防止対策が一体的に進められてきた経緯があります。今後も引き続き労働行政で働く私たちが、各部署とも連携を図りながら、労働者が働きやすい職場環境を作るよう、企業に対して行政指導等をしていくことも必要と考えます。

 

2 上肢障害について

 

(1)「認定基準」の概要

 上肢障害の認定は、平成9年に改定された「認定基準」(平成9年2月3日、基発第65号)に基づいて行われています。この改定によって、発症前の業務量のほか作業の質的要因もあわせて評価することや、腱鞘炎などは比較的短期間で発症することがある、との点が付け加えられるなど一定の改善が行われました。

 上肢障害の認定要件は、

a 上肢等に負担のかかる作業を主とする業務に相当期間(原則とし て6か月程度以上をいう)従事した後に発症したものであること

b 発症前に過重な業務に就労したこと

c 過重な業務への就労と発症までの経過が医学上妥当なものと認め られること

のいずれをも満たすこととされており、その認定要件の運用基準として以下のとおり定められています(以下、要旨抜粋)。

 

【要旨】「過重な業務」とは、上肢等に負担のかかる作業を主とする業務において、医学経験則上、上肢障害の発症の有力な原因と認められる業務量を有するものであって、原則として次の1又は2に該当するものをいう。

1 同一事業場における同種の労働者(同様の作業に従事する同性 で年齢が同程度の労働者)と比較して、おおむね10%以上業務量 が増加し、その状態が発症直前3か月程度にわたる場合

2 業務量が一定せず、次のイ又はロに該当するような状態が発症 直前3か月程度継続している場合

  イ 業務量が1か月の平均では通常の範囲内であっても、1日の   業務量が通常の業務量のおおむね20%以上増加し、その状態が   1カ月のうち10日程度認められるもの

  ロ 業務量が1日の平均では通常の範囲内であっても、1日の労   働時間の3分の1程度にわたって業務量が通常の業務量のおお   むね20%以上増加し、その状態が1カ月のうち10日程度認   められるもの

3 「過重な業務」の判断に当たっては、上記1及び2の業務量の面 から過重な業務とは直ちに判断できない場合であっても、通常業務 による負荷を超える一定の負荷が認められ、次の要因が顕著に認め られる場合には、それらの要因も総合して評価すること。

 1)長時間作業、連続作業 2)他律的かつ過度な作業ペース

 3)過大な過重負荷、力の発揮 4)過度の緊張 

 5)不適切な作業環境

 

 また、上肢障害の労災認定は平成23年度においては全国で659件(平成22年度は707件)が支給決定されており、業務上疾病の中でも、あらゆる産業・職種の労働者に発症している疾病と言えます。

 しかしながら、請求事例をみると、実際の被災実態に「認定基準」があわない事例がしばしば認められる他、認定されなかった被災者に労災担当職員が丁寧な制度説明をおこなっても制度の理解を得られない場合も多く、また、審査請求や行政訴訟に進むことも少なくない実情にあります。

 

(2)「認定基準」の職場の受け止め方 

 アンケート結果では、「労災認定が困難な疾病」として、17.6%の組合員が「上肢障害」を挙げており、これは「精神障害」(64.9%)に次いで2番目に多い割合となっています。

 「上肢障害」が認定困難だとする大きな理由としては、

  a「認定基準が実態に即していない(不十分)」(74.8%)

  b「聴取調査による事実認定が難しい」(35.8%)

  c「調査すべき事項が多い」(26.6%)

 の順(複数選択)となっています。

 また、認定基準(関係通達)について、特に改善すべき事項としては、

  a 個体要因と業務起因性との区分が曖昧(57.7%)

  b 作業内容等が認定基準策定時と変化している(46.7%)

  c 業務遂行時の出来事の過重評価が妥当ではない(26.3%)の順(複数選択)となっています。

 これらの結果から、「認定基準」そのものが現実に即していないために、それに基づく認定実務が困難な状況となっていることが伺えます。このことは、アンケートの自由記述部分でも多くの組合員が述べており、「認定基準」に様々な問題点が含まれていることを示していると考えます。そうした意見を参考にしながら、以下の主要な問題点を検討しました。

 

(3)「認定基準」の主要な問題点

 現在の「認定基準」において、労災認定が困難な理由として、アンケートの自由記述部分でも数多く挙げられているのは、「業務量の把握とその客観的評価(過重性の評価)が困難であること」でした。その中には、「現実に自分が従事したとしても発症するであろうと思う事例であっても、認定基準に照らせば業務上とならないものもある」等の意見もあり、このことは、決して労災職員の少数意見ではなく、むしろ多くを占めている感覚であると思われます。

 アンケート結果からは、現在の「認定基準」により苦悩している労災職員の姿も垣間見られ、現実に即した「認定基準」の改正が必要となっているものと考えます。

 

1)「過重性」の評価方法

 被災者の具体的業務を、「認定基準」が示すように詳細に把握して業務量の比較を行うことは、事実上不可能に近い事例が多いために労災認定を困難にしています。また、被災者の通常業務そのものが「過重な業務」になっている場合もあります。

 「過重な業務」であったか否かの判断において、従事した業務量を数値化できない事例の場合はそれに拘わることなく、発症前における被災者の従事期間、具体的作業内容、被災者特有の作業状況などを把握し、発症部位との関連性に着目して、連続作業時間と勤務時間からみた発症部位への疲労の蓄積・解消度合いの程度等を総合的に判断することが必要と考えます。そして、その場合、医学的に見ても発症までの経過から妥当性が認められ、さらに素因や基礎疾患の影響が過大であると医学的に明確な事例以外は、業務上と判断できないか検討する必要があると考えます。

 

2)同種労働者との比較による過重性の判断

 同種労働者との比較では、そもそも同一事業場に同種労働者がいない場合も多く、また同種労働者がいたとしても、実態上も技術的にも業務量比較は困難である場合がほとんどです。

 そもそも被災者の業務の過重性を判断するにあたって、同種労働者の業務量の比較を行う必要性があるのか疑問があるとの指摘もあります。たとえば、比較する同種労働者側が一般平均人以上の耐久性を有している場合には、比較すること自体に意味がありません。

 「認定基準」は、同種労働者との業務量比較を基本としていますが、被災の実態に即せば、同種労働者と比較することが適切でない事例や同種労働者がいない場合の認定要件を具体的に示す必要があると考えます。その場合、被災者の体格、体力、作業条件、環境、類似業務経験の有無等に着目し、連続作業時間と勤務時間からみた発症部位への疲労の蓄積・解消度合い程度等を評価項目とし、被災者にとって過重な業務量であったものと判断できる基準を検討する必要があります。

 

3)「相当期間」の従事要件

 「認定基準」においては、「上肢等に負担のかかる作業を主とする業務に相当期間従事した後に発症したもの」を要件の一つとし、この「相当期間」は「原則6か月程度以上」であることとされており、このことも労災認定を難しくしている一因となっています(腱鞘炎等については6か月未満でも対象とすると運用基準にあり)。

 「上肢作業」といわれるものは極めて多種多様であり、また上肢障害の部位や疾病の種類も同様に多様です。これらの多様性が認められる中での「原則6か月以上」という期間要件は必要か疑問があるとの指摘があります。たとえ、上肢作業従事期間が数週間程度のみの者であっても、従事したその作業内容や作業量によっては、相当因果関係が認められても当然と判断できる事例も労災職員は少なからず経験しています。

 また、上肢作業従事開始後の間もない業務習熟度の低い時期を含んだ期間後に上肢障害を発症する例も少なくありません。たとえ被災者の習熟度の低さや業務に不慣れであったために不適切な作業態様となっていたことが大きな要因で発症したものであっても、素因等の影響が大きい事が明確な事例を除いては相当因果関係を認めることを検討する必要があります。

 このように、「短期間の過重」により業務起因性を認めるべき疾病の範囲を広げて、本人の素因等が原因であると医学的に明らかであるとされる場合を除き、相当因果関係を認めて業務上と判断できるか検討する必要があると考えます。

 

(4)「認定基準」の改善方向

 上肢障害の多くは作業継続による負荷が症状の出現や症状を進行させたり、症状の回復を遅らせるものとされており、回復のためにはできるだけ早期に休業(増悪因子からの離脱)し、療養に専念して傷病の回復に向かわせる必要があると言われています。その意味からも早期の労災認定が必要であり、それに資する「認定基準」改正の検討が必要です。

 現在の「認定基準」のなかでの実際の認定実務の状況としては、上記の運用基準の「3を含めた総合判断」あるいは「1、2は認められないが3に定める負荷によって判断」に基づいて「過重な業務」を認定している例が多く、1及び2の業務量比較に基づく認定例は少ないものと思われます。

 こうした認定の実状から、いかに実際の被災状況と「認定基準」が乖離しているかが分かります。現在の「認定基準」は、平成9年に改正された通達であるものの、その後の被災例や最新の医学的な研究成果をもとに、上肢障害が発症する作業態様や発症のメカニズムを分析し、被災実態に見合った認定業務に資する「認定基準」の見直しを検討する必要があると考えます。具体的には、以下の事項について、検討すべきと考えます。

a 「原則6か月以上」や「発症直前3か月程度」のような一律的な 従事期間要件を設けないか、またはこの期間を短縮すること。

b 「過重な業務」の判断において業務量が数値化できない場合は数 値化に拘らずに、具体的業務内容、特に被災者特有の作業内容、発 症部位への疲労の蓄積・解消度合い程度等を把握し、作業内容と発 症部位に関連性が深い場合には、医学的判断を踏まえて総合判断す ること。

c 同種労働者との比較が適切でないか同種労働者がいない場合の要 件を設け、被災者の体格、体力、作業条件・環境を確認しつつ、発 症部位への疲労の蓄積・解消度合いの程度等を勘案して当該被災者 にとっての適切な業務量を超えた為に発症したものと判断できるも のは業務上とすること。

d 既存の退行変性の程度の影響が大きいもの、頚椎椎間板ヘルニ ア、変形性関節症、関節障害等の素因や基礎疾患の関与が明らかに 認められる場合には、急性症状期の数か月間を対象とした早期の認 定をおこなうこと。  

 「認定基準」の見直しは重要ですが、被災者自身の早期回復のためには休業中の個人生活の中での上肢作業の排除(負荷軽減)等が不可欠であることや、「症状固定」の概念(一般に上肢障害は業務から離れれば症状は軽快し、適切な療養によって3か月から6か月程度で治ゆするものと考えられること)と、再発防止を踏まえた職業復帰の方向性を被災者自身が理解することも重要です。また、所属事業場に対しては同種事例の再発防止のための作業環境の改善(重量軽減、連続時間短縮、休憩時間設定)を指導することもまた欠かすことができない行政としての役割であることは言うまでもないことであり、これらを確実に実施していくための行政体制の確立が重要です。

 

3 社会復帰促進等事業について

 

(1)アフターケア制度

 アフターケア制度については、「社会復帰促進等事業としてのアフターケア実施要領」(以下、「実施要領」という)において、「業務災害又は通勤災害により、せき髄損傷等の傷病にり患した者にあっては、症状固定後においても後遺症状に動揺をきたす場合が見られること、後遺症状に付随する疾病を発症させるおそれがあることにかんがみ、必要に応じてアフターケアとして予防その他の保健上の措置を講じ、当該労働者の労働能力を維持し、円滑な社会生活を営ませるものとする」と制度の目的を示し、手続き等を明らかにしています。

 対象とする傷病は、実施要領においてせき髄損傷を含めて20が定められ、それぞれの傷病に対して、「傷病別アフターケア実施要綱」(以下、「傷病別要綱」という)で、趣旨や対象者を示した上で、診察等の措置範囲、アフターケアに係る健康管理手帳の有効期限を定めています。

 被災労働者が、アフターケアを受けようとする場合は、症状固定後に健康管理手帳交付申請書を、管轄の都道府県労働局長(以下、「管轄局長」という)に提出することになりますが、健康管理手帳の交付の可否については、管轄の労働基準監督署(以下、「管轄署」という)が障害(補償)給付に係る調査等で調査した内容の報告を受け、傷病別要綱の趣旨、対象者の規定に照らし、判断しています。

 全労働が実施した「要求・行研アンケート」(2012年)において、アフターケア制度についても、労災職員から多くの意見が寄せられています。最も多い回答は、「実効ある社会復帰を実現するため、抜本的な見直しをすべき」(642人/41.2%)、次いで「特定の傷病のみではなく、全ての傷病を対象とし、公平性を担保すべき」(481人/30.9%)となっています。「改善すべき事項」では、110件を超える回答が寄せられています。その中には、適正給付対策と同様に「公平性」を指摘する回答が多く、他には「対象疾病の拡大」や「他行政との連携強化」を指摘する回答がありました。

 財政的な問題は残りますが、制度を公平・公正に整理・運用し、拡充するすべきものと考えます。

 

(2)課題と改善方向

1)対象疾病

 現在のアフターケアの対象傷病は、20の傷病です。そのうち疾病にかかるものは「2頭頸部外傷症候群等(頭頸部外傷症候群、頸肩腕障害、腰痛)、3尿路系障害、4慢性肝炎、5白内障等の眼疾患、6振動障害、9慢性化膿性骨髄炎、10虚血性心疾患等、11尿路系腫瘍、12脳の器質性障害、15サリン中毒、16精神障害、17循環器障害、18呼吸器障害、19消化器障害、20炭鉱災害による一酸化炭素中毒」であり、実施要領に示している目的に照らし、対象傷病を整理する必要があります。または、対象傷病以外においても、個別に判断することも可能とすることも検討すべきと考えます。いずれにしても、アフターケア制度については、厚生労働省が設置する「労災医療専門家会議」等で議論されていますが、その前段として、第一線で被災労働者やアフターケア実施医療機関等と接している監督署職員及び労働局職員の意見を反映する枠組み作りが必要と考えます。

 一方で、示されている傷病についても、対象者の見直しを含めた整理を要するものと考えます。

 

2)措置内容

 アフターケアの措置内容に関して、その回数を「1月に2回を限度」と限度を設定しているものもあれば、「1月に1回程度」「1〜3月に1回程度」等と示されているものもあります。限度が設定されていれば、その設定が適正か否かは別として、誰が判断しても公平な判断ができます。一方で、程度で回数を示しているものであれば、しっかりとした考え方を周知できていないと公平な判断は困難となります。実際に、「要求・行研アンケート」においても、1回と2回のとらえ方で、症状固定しアフターケアに移行している者と症状固定の判断ができない者とがいることが指摘されています。「程度」のとらえ方は千差万別であり、措置を講じる実施医療機関もアフターケア委託費審査担当者も悩むところです。厚生労働省がガイドラインを示すことで、一定の公平性が保たれるものと考えます。

 加えて、傷病別要綱に示されていない処置や薬剤の支給、検査などの措置内容についても、考え方を示すべきです。原則的な考え方は、傷病別要綱に示されていない措置内容は不支給(減額査定)されるべきものと解されますが、傷病別要綱に示されている趣旨に照らした場合必要と思われる措置もあれば、医療の進歩により検査方法の変化に傷病別要綱が対応できていないものも見受けられます。傷病別要綱の整理が容易でないとすれば、判断指針等がしっかりと示される必要があります。もしくは公平性に鑑みれば、傷病別要綱に示されていないものは一切支給できないとの立場で整理することも考えられます。

 

3)健康管理手帳の有効期間

 アフターケアを受けるための健康管理手帳の有効期間は、傷病によって異なりますが、新規の交付の場合、手帳の交付日から起算しておおむね2〜3年とされています。また、「頭頸部外傷症候群等(頭頸部外傷症候群、頸肩腕障害、腰痛)」を除き、有効期限が満了した後にも継続してアフターケアを受けることを希望すると、更新申請により更新が認められます。更新後の有効期間は、傷病によって異なりますが、以前は、2〜3年であったものが、1年又は5年とされています。また、傷病によっては更新申請の際、「アフターケア実施期間の更新に関する診断書」(以下、診断書という)の添付が必要であり、その傷病は、更新後の有効期間1年のものとなっており、その費用(診断書料)については、被災労働者負担となっています。

 アフターケアの期間については、制度の趣旨と照らして適正な期間が設定されるべきものと考えられますが、一方で、毎年のように更新の都度、診断書を被災労働者負担で提出させる必要があるのかは疑問であり、傷病によっては、1年でアフターケアを受けることが1〜2回のものもあることから、診断書料負担が更新希望の弊害になっていることは否定できません。現に、第一線職場では、被災労働者等から、有効期間の延長や診断書料の国負担が求める要望が寄せられています。

 傷病によって、有効期間を設定すること自体に異論はないものの、実際の更新回数等の実態を踏まえると、少なくとも改正前の2〜3年と変更することが、被災労働者の負担も軽減されることになると同時に、事務を行う労働局職員の負担軽減にもつながるものと考えます。また、診断書料も、年金の定期報告のように費用請求とはならないまでも、アフターケア委託費請求に含んで請求できる枠組みを構築することも検討すべきと考えます。

   

4)制度の理解

 被災労働者やアフターケア実施医療機関等への制度理解を得るためには、労災職員のさらなる制度理解や考え方の統一が必要不可欠です。

 全国斉一基準で制度運用を行われるためにも、研修や実務担当者会議等の実施、実情に則したガイドラインの策定が望まれます。

 

(3)他行政との連携

 障害者雇用に関して、職業安定行政では、「障害者の雇用義務等に基づく雇用の促進等のための措置、職業リハビリテーションの措置等を通じて、障害者の雇用の安定を図ること」を目的として、『障害者の雇用の促進等に関する法律』(障害者雇用促進法)を所管しており、事業主に対して障害者雇用率の達成を求め、未達成の事業所や公的機関に対する指導を行っています。

 障害者雇用の支援・指導に関しては独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が設置する地域障害者職業センターにおける職業リハビリテーションや、都道府県知事の指定により法人等が運営する障害者就業・生活支援センターにおける生活面を含めた支援を紹介するなどの対応を職業安定行政が行っていることから、労働基準行政との実効ある連携が必要と考えます。

 

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以上