働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

「安全文化の伝承」
—労働災害の防止を担う人材確保・育成の視点から—

第23回労働行政研究活動レポート[安全衛生職域]

2014年10月
全労働省労働組合

 はじめに

 労働者をとりまく環境が急速に悪化しています。これまで減少傾向にあった労働災害は2010年以降3年連続で増加に転じており、定期健康診断における有所見率は年々増え続け、2008年以降50%を超えています。さらに、2007年の労働者健康状況調査では、自分の仕事や職業生活に関して「強い不安、悩み、ストレスがある」とする労働者の割合が58%に上ります。こうした状況からも、労働者をとりまく厳しい環境が容易に推察されます。

 私たち第一線で労働行政に従事する者は、日々、労働者・事業者と接する機会が多く、様々な事例を把握できることから、労働者の実情を最もよく知る得る立場といえます。労働者をとりまく環境の悪化は、経済のグローバル化による激しい国際競争にさらされ、厳しい経営環境が安全衛生活動に影響を与えていること、過重労働の蔓延や厳しい雇用失業情勢などが影響していることは確かですが、私たち行政内部の課題や問題点についても率直に見なければなりません。

 私たち全労働は、真に労働者・国民のいのちと生活を守る公正で民主的な労働行政を実現するため、行政民主化のとりくみを重視し、労働行政研究活動を重要な柱と位置づけ、過去22回の労働行政研究活動を実施して、様々な政策・提言を内外に発信してきました。

 特に労働災害防止を推進する安全衛生行政は、国民の生命と健康に直結していることから、今回の第23回労働行政研究活動(以下、行研活動)においては、労働者の実態を明らかにし、昨今の経済・社会情勢の与える影響を勘案したうえで、労働行政の各政策に係る問題点を問い、法・制度のあるべき方向性を示すことが求められます。

 今回の行研活動において、安全衛生職域では、2012年11月に「要求・行研アンケート」(以下、アンケート)をとりくみ、484人から回答が寄せられました。このアンケート結果を集約し、詳細に分析を行うとともに、2013年6月には、第23回全国労働行政研究集会において、厚生労働技官を中心とした安全衛生行政に従事する組合員の討議を行い、第23回労働行政研究活動レポート(以下、レポート)をとりまとめました。

 今後、安全衛生行政が目的に則して、労働者の安全と健康の確保に向け、さらに実効あるものとなるよう、全国の職場で組合員による積極的な議論を期待するものです。

 

1 行研活動にあたっての中央行研推進委員会提案

(1)安全衛生職域における問題意識

 わが国の労働災害は、長期的には減少傾向を示していますが、今なお年間1,000人を超える人が亡くなり、年間約11万人が休業4日以上の労働災害に被災しています。2010年以降、労働災害は3年連続で増加しており、さらには、一時に3人以上の労働者が業務上死傷又はり病する重大災害件数も2009年以降4年連続で増加しています。また、化学コンビナートの爆発・火災事故や建設中のトンネル工事での爆発事故など、大規模な労働災害が相次いでいます。こうした背景には、安全衛生関係法令を遵守しない事業場、あるいは自主的な安全衛生活動が低調な事業場があり、災害の多発を許している状況があるものと考えられます。組合員(安全衛生行政に従事する職員)アンケートでは、労働災害が増加に転じ、重篤な労働災害も増加している原因について、「労働者安全教育を含めた安全技術の継承が不十分」と答えた組合員が約3分の2に上り最も多くなっていますが、これは労働災害の多発した時代を経験した安全スタッフが定年を迎え、これまで培ってきた知識やノウハウが十分に伝承されず、労働災害防止の基本である安全教育すら十分に実施していない現状を示しています。その他の主な原因としては、「発注者や下請け重層化による安全関係コストの削減(51.2%)」、「安全衛生管理体制の不備及び安全スタッフの質の低下(46.5%)」、「派遣・請負業務の広がりによる労働者の非正規化(35.5%)」が続いており、経済のグローバル化の潮流の下、国内外の過度な競争にさらされ、間接費とみられる安全コストの削減や事業場の安全衛生管理体制が脆弱化している実態が伺えます。さらに、労働者の非正規化の影響としては、派遣労働者やパート労働者を多用する中、十分な安全衛生教育を受けることなく危険・有害な職場に配属された結果、労働災害に被災しているケースも多く見られます。

 以上のことから、労働災害の一層の減少を図るためには、雇用形態の変化を的確に捉えるとともに、安全技術を確実に継承し、労働者の安全と健康を最優先する企業の「安全文化」を醸成することが求められます。

 一方、年間の自殺者数が3万人超と高止まる中、その原因・動機は「健康問題」が最も多く、「経済・生活問題」「家庭問題」「勤務問題」の順となっています。しかし、自殺の原因・動機は一つではなく、複合・重合的な「危機要因」によっていることが特徴の一つです。そして自殺の背景にある「危険要因」の中で、労働行政が向き合うべき諸課題(過労、職場の人間関係、仕事上の失敗、パワハラ、失業など)が多いことも特徴として挙げられます。メンタルヘルス上の理由により休業又は退職する労働者は少なくなく、精神障害等による労災認定件数も高い水準で推移しています。

 メンタルヘルスに関しては、「自分の仕事や職業生活に関して強い不安、悩み、ストレスがある」とする労働者が58%となっています(2007年労働者健康状況調査)。一方、心の健康対策(メンタルヘルスケア)に取り組んでいる事業場の割合は全体の3割程度に留まっています。

 メンタルヘルス対策として有効と思うものについて、アンケートの結果は、「過重労働の防止(長時間労働の法規制等)」(48.2%)が最も多く、次いで「職場の人間関係の構築」(33.6%)、「成果(ノルマ)主義の見直し」(30.3.3%)、「管理者・労働者のメンタルヘルスに関する教育」(29.3%)なっています。2011年1月の労働力調査では、週35時間以上の全労働者(役員を含む)3,900万人の13.6%に当たる530万人が週60時間以上働き、月80時間以上の残業をしています。労働安全衛生法(以下、安衛法)では、月80時間を超える時間外・休日労働をした場合、医師による面接指導を受けられますが、労働者からの申出に基づくものであり、さらには努力義務(月100時間超は義務)であることから、過重労働の実効ある対策とはなっていません。一定レベルの長時間労働を行った労働者に対しては、事業主が医師による面接指導等を確実に実施することを義務付けることが求められます。

 メンタルヘルス対策は、労働基準法による労働時間規制に加え、過重労働者に対する実効ある健康確保対策が求められます。さらには、「労働者の心の健康の保持増進のための指針」のさらなる充実と義務化も必要と考えられます。

 このように、安全衛生行政の守備範囲が拡大している一方で、それを担う労働行政の体制は非常に脆弱であり、2008年10月から運用が開始された新人事制度では、厚生労働技官の採用及び系統的な人材育成を停止させており、安全衛生職域に必要な専門性を急速に低下させています。胆管がんや化学コンビナートの爆発・火災災害等、社会的に注目される課題が相次いで生じる中、労働行政が的確に対応するためには、高い専門性を持った人材の長期的な育成が必要です。

(2)研究テーマについて

 今回の行研活動では、安全衛生職域として「労働災害の増加について」及び「メンタルヘルス対策について」の2つを研究テーマとしました。

 「労働災害の増加について」は、化学コンビナートの爆発等重篤な災害が頻発する中、労働災害が3年連続で増加していますが、こうした背景には、アンケートからも明らかになったように、「安全技術の継承が十分になされていないこと」「安全にかけるコスト削減や体制が脆弱化していること」「非正規労働者の増加などが影響していること」などが考えられます。アンケートの分析を通じ、現状の問題点を浮き彫りにしたうえで、行政体制面、政策の在り方等についても考察します。

 「メンタルヘルス対策について」は、年間の自殺者数が3万人を超える中、労働行政が向き合うべき諸課題が原因・動機の多くを占めていること、メンタルヘルス上の理由により休業又は退職する労働者が少なからずいること、精神障害等による労災認定件数が高い水準で推移していること等から、職場におけるメンタルヘルス対策の取組みが重要な課題となっており、アンケートの結果を踏まえながら、現状のメンタルヘルス対策の問題点と今後の方向性を考察します。

(3)研究テーマごとの視点(議論の骨子)

1)「労働災害の増加について」

a 労働災害発生状況の分析

 労働災害の現状を詳細な分析により明らかにします。長期的にみると労働災害は減少していましたが、再び増加に転じたことや重大災害件数が増加している現状を踏まえ、産業構造や雇用形態の変化にも着目して分析します。

b 企業内の安全衛生技術の継承

 労働災害が多発した時代を経験した安全スタッフが定年退職等により職場を後にしています。こうした経験豊富な安全スタッフの後継者が事実上おらず、新たな担当者も他の業務を兼務しているケースも見受けられます。こうした実態から、今後どのように企業内の安全衛生技術を継承するか、スキームを考えます。また、この間導入が進められた労働安全衛生マネジメントシステム、リスクアセスメントの現状や問題点についても考えます。

c 労働者の非正規化が及ぼす影響

 中央労働災害防止協会が実施した「製造業務における派遣労働者に係る安全衛生の実態に関する調査研究報告」では、十分な安全衛生教育や特別教育を受けることなく業務に就いている非正規労働者の実態が明らかとなっています。同調査研究報告では、派遣労働者についても、安衛法等が求めている事項が必ずしも履行されていない現状が明らかとなっていることから、労働者の非正規化が及ぼす影響を踏まえ、非正規労働者に対する政策的課題を考えます。

d 安全文化の醸成のために

 国際競争を意識した安全コストの削減や、安全衛生担当部署の縮小化などがみられることから、労働者の安全と健康を最優先する企業の「安全文化」を醸成するスキームを考えます。

e 安全衛生行政の役割

 労働災害を減少させるために、安全衛生行政はどうあるべきかを考えます。また、個別指導、集団指導等の現状や問題点を明らかにし、今後のあり方について考えます。さらに、技官の採用・育成が停止される中、第一線の業務にも影響が出てきている現状を踏まえ、解決に向けた方策を検討をします。

2)「メンタルヘルス対策について」

a メンタルヘルス対策の現状と問題点

 メンタルヘルス対策の現状と問題点について、アンケート結果をもとに、第一線での問題認識を踏まえ議論します。また、産業医、産業保健スタッフや事業場の衛生担当者を支援するうえで重要な組織である「産業保健推進センター」が「産業保健推進連絡事務所」に格下げとなっており、メンタルヘルス対策を支援する体制が弱体化しています。こうしたメンタルヘルス対策の外部資源の現状と問題点についても考えます。

b メンタルヘルス対策の方向性

 効果的なメンタルヘルス対策の推進のため、今後の方向性を議論します。併せて、職場復帰をスムーズにすすめるためのスキームも検討します。

 

2 行研アンケート結果及び分析

 安全衛生業務に従事する職員数は、2010年度においては、全国で1,262名(本省:62名、労働局:414名、労働基準監督署:786名)であり、今回の行研活動におけるアンケートには、484名から回答がありました。(有効回答率:38.4%)回答者の性別は、グラフ1のとおりで、男性471人(97%)女性17人(3%)です。

 回答者を年齢別にみると、30歳以上〜39歳未満が180名と最も多く、次いで40歳以上〜49歳未満の139名、50歳以上の139名、29歳未満の26名と続く。2008年から10月から運用が開始されている新人事制度では、これまで安全衛生業務を専門的に担ってきた厚生労働技官の都道府県労働局における採用が停止されており、20代の回答者が少ない結果になっています。

 回答者の勤務官署別にみると、監督署が74%、労働局が26%となっています。これは、今回のアンケートが、第一線の組合員より回答されていることが分かります。第一線の組合員は、日々、事業主や労働者と接する機会が多いことから、アンケート結果が、最近の労働者をとりまく環境をよく表しているものと考えられます。

 回答者の世帯収入構造を示しています。最も多いのが「1人収入(扶養者があり)」で30%、次いで「1人(独身)」の28%、「共働き(一方がパート)」の22%、「共働き(双方ともフルタイム)の18%になります。

 回答者の系統・官職別をみると、厚生労働技官が全体の72%を占め最も多く、次いで、労働基準監督官の25%、基準系事務官の2%、非常勤職員の1%となっています。基準系事務官は、元々、厚生労働技官である者が、安全衛生以外の業務に従事するため転官している者が含まれています。

 回答者のアンケート記入当時従事していた業務をみると、安全衛生業務が97%と最も多く、他の業務は3%程となっています。安全衛生以外の業務に従事している者も、大部分が厚生労働技官と考えられます。

 設問7は、漸次減少してきた労働災害が増加に転じ、重篤な労働災害が増加していることについて、どのような変化が原因であるかを尋ねています。変化の原因のうち、最も多いのは「労働者安全教育を含めた安全技術の継承が不十分」で309件、次いで「発注者や下請重層化による安全関係コスト削減」250件、「安全衛生管理体制の不備及び安全衛生スタッフの質の低下」227件と続きます。

 労働者の安全教育は、安衛法第59条に根拠を置き、「労働者を雇い入れたときは、その労働者の従事する業務に関する安全又は衛生のための教育を行なわなければならない」とされていますが、その教育が不十分な故に発生した労働災害が後を絶ちません。また、一定の危険又は有害な業務は、厚生労働省令に定められた事項と時間数について、特別教育を実施しなければなりません。こうした安全教育は、事業場内における機械・原材料等の危険性又は有害性、機械の安全装置、保護具の適切な取扱方法及び作業手順を知る上で労働者にとっては非常に重要な機会であり、労働災害防止対策で最も基本となるものです。労働者の安全教育が十分に実施されていない理由は様々ですが、企業内で適切な安全教育を実施できる人材が確保されていないことが原因の一つであると考えれます。安全技術を十分に継承するためにも、労働者に対する安全教育は充実させるべきであり、企業内において教育を行う人材の確保・育成は重要です。

 「発注者や下請重層化による安全関係コスト削減」については、経済のグローバル化による影響が顕著に表れていると考えられます。国内外の過度な競争にさらされ、厳しい経営環境が、目先の間接費削減に走る状況を生み、労働災害を未然に防ぐ安全衛生活動にも大きな影響を与えていると考えられます。労働災害の発生は企業にとっても大きなリスクのはずですが、これまでの長期的な労働災害の減少傾向から、経営層においてそうしたリスクが非常に見えにくくなり、労働災害防止の重要性を深く認識していない状況が指摘されています。こうした背景から、労働災害が増加に転じたことは容易に想像され、安全関係コストは企業活動にとって必要不可欠なものであり、ひとたび重大な労働災害が発生すれば、社会的に大きな損失になることを経営層は認識すべきです。

 「安全衛生管理体制の不備及び安全衛生スタッフの質の低下」については、前記の安全コストの削減による影響が大きいと考えられます。必要な安全衛生管理体制すら十分に確立されていない現状があり、さらに、事業場の安全衛生スタッフを取り巻く環境も変化していると考えられます。従来、多くの安全衛生スタッフが労働安全衛生を中心とした業務に就いていましたが、間接部門の人員削減等により、環境やISOなどの他の多くの業務を兼務するようになりました。加えて、労働災害を多く経験した時代の安全衛生スタッフが定年退職等により職場を去った後、十分な知識や経験を有しないまま安全衛生スタッフに就くケースも散見されます。必要な安全衛生管理体制の確立とともに、安全技術の継承と相まって、質の高い安全衛生スタッフの確保・育成が喫緊の課題です。

 「派遣・請負業務の広がりによる労働者の非正規化」については、被雇用者のうち非正規労働者の占める割合が35%を超えるなど、非正規労働者が増加の一途をたどっています。中央労働災害防止協会が実施した「製造業務における派遣労働者に係る安全衛生の実態に関する調査研究報告」(2007年1月)で明らかになったように、非正規労働者の3割が安全衛生教育を受けていません。また、危険有害業務に関する特別教育でも約4分の3に止まるなど、必要な教育を受けずに業務に就いている実態が見られます。また、派遣労働者にも同様の実態が見られますが、非正規労働者は有期雇用であることから、長期の人材育成、教育のラインに乗らないことや、事業場の各級管理者において、自社の労働者という認識が乏しいことが原因と考えられます。

 設問8では、事業場における有効なメンタルヘルス対策について尋ねています。最も有効な方策としたものは、「過重労働の防止(長時間労働の法規制等)」としており、次いで「職場の人間関係の構築」「成果(ノルマ)主義の見直し」「管理者・労働者のメンタルヘルスに関する教育」と続きます。

 「過重労働の防止(長時間労働の法規制等)」については、直接的な労働時間の縮減と併せて、安全衛生職域における「過重労働による健康障害防止対策」とセットで論じられるべきです。過重労働による健康障害防止対策においては、一定レベルの長時間労働を行った者に対する産業医の面接が義務づけられていますが、医師の面接指導を受けるためには労働者が申し出なければならないスキームとなっており、実効性に疑問が残ります。そもそも、メンタル疾患にり患又はり患寸前にある労働者が、自らの長時間労働を客観的に分析して、「医師による面接指導を受ける」という冷静な判断ができるか疑問です。また、長時間労働を強いられている労働者が、時間的に「医師による面接指導」を受診することが出来るのか甚だ疑問です。自殺にまで追い込まれる実態を見ると、およそそうした労働者自らの申出は期待できるものではありません。こうしたスキームをより実効性のあるものに変えていく必要があると考えられますが、一方で、労働者に不利益とならないものとする必要もあります。「職場の人間関係の構築」「成果(ノルマ)主義の見直し」については、希薄化する職場の人間関係や成果主義による問題を指摘しているもので、いかに職場のコミュニケーションを図るか、また、成果主義のもたらす弊害をどのように訴えるか、見直しの気運をどう高めるのか、課題は多いと考えられます。

 「管理者・労働者のメンタルヘルスに関する教育」について、2006年には「労働者の心の健康の保持増進のための指針」が示され、この間の安全衛生行政による指導の結果、ある程度は浸透していると考えられますが、依然として十分とはいえない状況です。指針で示された「4つのケア」のうち、事業場外資源によるケアには都道府県産業保健推進センター(以下、推進センター)の果たす役割が大きいと考えられますが、この間の事業仕分け等により、組織的に縮小を余儀なくされていました。拡充すべき分野の制度が、十分な議論もなく、一方的かつ偏った判断で縮小されることは、本来あってはならないことです。全労働は、事業場及び労働者から多くの需要を有していた推進センター等が縮小されたことについて、第一線の職員は非常に理不尽なことと受け止めており、国民的な課題であるメンタルヘルス対策の推進もこの間大きく後退していると指摘し、省当局に早期の改善を求めてきました。省当局は2014年度より産業保健に関する都道府県拠点が発展的に復活することとなり、各都道府県に一定の組織体制をもった産業保健の新たな拠点として「都道府県産業保健総合支援センター(以下、支援センター)」が設置されます。

 設問9では、安全衛生行政職員の労働条件・職場環境の改善に向けての重点課題を尋ねています。最も多いのは「技官の採用再開・増員」で、7割を越える組合員が回答しています。2008年10月より新人事制度が導入され、都道府県労働局における技官の採用が停止されています。これまで技官は、採用時から専ら安全衛生行政に従事し、長期的な人材育成が行われ、高い専門性をもとに、特定機械の検査、事業場や登録教習機関等に対する指導を行ってきました。しかし、新人事制度では、監督官の専管事項が拡大され、技官に代わり監督官が安全衛生業務に従事するスキームが創設されました。しかし、安全衛生の分野は日進月歩で進化する様々な技術にも対応する必要があり、長期的な人材育成の観点が欠如した新人事制度では、十分に担保できていません。技官の採用が停止され、5年余りが経過しており、様々な弊害が報告されています。第一線の窓口では、日々数々の届出や申請が受理されますが、技官が不在の労働基準監督署においては、署における審査ができず、労働局に回付して審査をしている実態もみられます。審査が終わるまで必要な指導ができず、労働災害を未然に防止する観点からも、非常に問題です。安全衛生業務は、技官の高い専門性に支えられており、技官の採用停止が長引くほど、労働行政にとって大きな損失となります。

 「安全衛生技術等の研修の充実」については、33%の組合員が回答していますが、次々に開発される技術や、胆管がんをはじめとする社会的に大きな注目を集める新たな疾病等に的確に対応するためには、日々の自己研鑽に加え、体系的な研修が不可欠です。こうした研修の充実は、安全衛生職員の資質をさらに高め、専門・技術的観点から事業場を指導することができることから、行政の信頼性の向上にも大きく寄与します。

 「個別指導等の件数主義の排除」については、27%の組合員が回答しています。最近の安全衛生業務においては、年間の庁外活動の人日が定められ、特に個別指導の件数が評価されています。そもそも安全衛生業務は、不十分な行政体制の下で受動業務もたいへん多く、庁外活動に割り当てられる業務量には限りがあります。労働基準監督署の安全衛生担当者が一人のところでは、出張して帰庁すると、机の上が届出で山のようになっていることも珍しくありません。

 件数主義の台頭は、非効率的な行政運営を生じさせる結果となり、個別指導等の庁外業務は受動業務とのバランスを考慮して決定されるべきです。

 前述のとおり、2008年10月から実施された新人事制度は、様々な問題を生じさせています。アンケートでは、「安全衛生職域における専門性が低下する」と回答した組合員が8割近くに上り、実際に「計画届を署において審査できていない」「特定機械の検査で十分な確認がないまま検査証を交付している」などの極めて問題の大きな事例も報告されています。

 これまで安全衛生職域における専門性は、技官の先輩から後輩へと長期的な視野に立った人材育成により確保されてきました。安全衛生業務を習得するため、新任の技官は上司や先輩の技官と何度も現場に足を運び、目で見て、実際の機械に触れて、何年もかけて体感的に学びます。さらに自己研鑽を積みながら安全衛生業務全般を習得してきましたが、その最たる例は、多くの技官が、衛生管理者やボイラー技士等の関連する資格を取得したり、自主的な学習会組織を立ち上げて、専門・技術的な知識を高めるための努力を惜しまずにしていることです。新人事制度における人材育成方法は、研修や座学で業務を習得するとの発想ですが、それだけで専門性の高い人材を育成できるとは考えられません。

 また、「安全衛生業務に係るノウハウが伝承されない」 と回答した組合員は68%に上りますが、安全衛生業務のノウハウの伝承は、一朝一夕にはできるものでなく、長期的な人材育成と相まってこそ実現できるものと考えられます。

 技官の採用を停止した新人事制度の問題は前述したとおりですが、解決には技官の採用を再開すべきと回答したものが全体の6割にも上りました。

 多くの問題が顕在化する中、技官の採用再開は喫緊の課題であると考えられます。

 

3 労働災害の増加と対策について

(1)労働災害の増加

 冒頭でも述べたとおり、労働安全衛生法施行以降、労働災害は確実に減少し続けてきたものの、2010年以降は労働災害が3年連続で増加し、重大災害も2009年以降4年連続で増加しています。

 製造業においてはリーマンショック(2008年)等による景気低迷により2009年以降の生産活動が縮小・低迷した結果、この時期の労働災害も大幅に減少し、その後、生産活動の回復と比例して労働災害も増加に転じた背景があるとも考えられます。

 建設業においては、今なお全業種中最多である3割以上の死亡災害発生率を占めており、ひとたび労働災害が発生すると重篤な被害になる傾向がうかがえます。

 第三次産業においては、全業種の中で最も災害増加率が高く、特に卸小売業、保健業、接客娯楽業等での災害が多発している状況です。

(2)安全衛生技術の継承

 日本の産業界、殊に機械金属加工を中心とした製造業や建設業などでは、長期間にわたり安全衛生業務を主務として担当してきた担当者や主管部署が存在しました。彼らの多くは身近で多発する重篤な労働災害に直面し、安全第一の重要性をまさしく肌で感じ取り、労働災害の撲滅に向けて本気で考え取り組んできたことは間違いありません。しかし、長引く景気低迷や、いわゆる団塊世代の大量退職等により、事業場内で培われた「真の安全衛生技術」が低下・喪失していると考えられ、事業場内の安全衛生は「形としては」継承されているものの、以前の絶対的な「安全第一」から「(最低基準をクリアし)法違反にさえならなければよい」というスタンスに中身が変質してきています。

 もっとも、その背景としては労働災害の発生件数が減少し、「悲惨な事故」を資料上の知識としてしか知りえないという部分があり、また、コスト削減により安全衛生専門部署が閉鎖され、他業務と兼務する中で、以前のような「安全の専門家」や「衛生の専門家」が育ちにくい背景もあるものと思われます。

 実際に、企業コンプライアンスが高らかに意識される中で、「安全衛生部門」が「環境安全衛生部門」に名称変更し、その本質は世論に訴える「環境問題が主であって、労働安全はオマケ的なものである」といった声もあります。

 建設業では、経営合理化により「安全室」そのものが廃止となったり、いわゆる「現場代理人」に任された職務が多岐膨大にわたり、とてもすべての作業の「安全」に配慮しきれず、「専門作業」については実質的な安全管理も含めて協力会社任せにしてしまっている傾向があります。その結果、「クレーンの転倒災害」や「爆発・火災」「一酸化炭素中毒・酸欠事故」等の災害が後を絶たず、また、最近では、比較的規模の小さい事業場であっても、公共工事を元請として受注するなどした結果、現場の安全管理経験を十分に持たない「現場代理人」が増加した結果、前述と同様に安全管理は協力会社任せとなっている点も挙げられます。

(3)労働者の非正規化の影響

 製造業や第三次産業等ではパート・アルバイト労働者、派遣労働者等の非正規労働者が職場に占める割合が増加しています。

 非正規労働者に対する安全衛生教育は、正規労働者と比較して、簡便に済ませている傾向があり、これは非正規労働者がその職場に定着せずに短期間で去ってしまう場合には労働者自身の安全衛生意識・知識が向上せずに終わってしまうということもありますが、事業場側が「正規労働者以外の労働者」に対して、あまり真剣に安全衛生教育を施していないということもいえます。特に派遣労働者の場合には、「安全衛生教育は派遣元事業場が実施している(から派遣先は何もせずとも大丈夫)」との根強い意識があります。

 小売業や飲食業等の小規模店舗組織などを中心とした第三次産業では、たった一人の正規労働者である店長と、複数のアルバイト等の非正規労働者で形成されており、店長が安全衛生担当に指定されてはいるものの、実質的には安全衛生業務まで手が回らず、管理ができていない実態があります。

 今後、益々非正規労働者が職場の大多数を占める傾向が継続する、又は一層増加すると仮定した場合、如何にして非正規労働者自身の安全衛生意識を高めるかが問題になると同時に、より一層の本質安全対策を推進することが必要です。

(4)安全文化の形成

 安全が第一であり、生活の礎であるはずの「労働」によって命を落としたり、被災以前と同様の作業ができなくなるようなケガや疾病を負うことはおかしいと、本気で考える職場の形成が必要です。そのような職場を形成するためには、労働者や事業主の安全衛生意識の高揚は当然のこと、仕事を発注する側、受ける側、商品やサービスを購入するユーザーや、労働者の家族、地域住民等、社会全体が「作業の安全は重要な事項」と捉える「安全文化」のより一層の形成促進が必要と考えられます。

 例えば、いわゆる規制緩和以降の経済活動・事業活動においては、「無駄の排除」の題目の下、経営者側から見た「コストカット」が進み、その結果「企業コンプライアンス」においても、労働安全衛生法等は最低限度遵守し、法違反にさえならなければよいという風潮が蔓延しつつあるように思われ、これは明らかに「安全文化」の形成に逆行しています。

(5)安全衛生行政の役割

 労働災害を減少させるために必要なことは、端的に言えば、前述の「安全文化の形成」を目指したとりくみが必要です。

 現在の限られた行政体制、安全衛生担当職員数が絶対的に少ない中で、より効果的に労働災害の減少を推進するために、各自治体や業界団体等に働きかけ、集団指導を実施する等により、労働災害事例等の説明や、各種施策のPR等を行い、社会全体での安全意識の向上を図るとりくみが効果的と考えられます。

 また、法律はあくまで最低基準であって、法律以上に安全衛生の水準を高めてもらうよう如何に指導するかが安全衛生行政の重要な役割でもあります。そのため、各種業界団体の安全衛生管理担当職員(例えば、建設業であれば現場代理人など)を集中的に教育指導し、安全衛生意識の高揚を図ることも効果的と考えられます。

 事業場に対し個別に行う指導等について、今後は第三次産業に対する安全衛生指導が中心になってくることが考えられるものの、他業種に比べ「安全文化」があまり根付いていない第三次産業に安全衛生指導を実施することは困難であると予想されます。しかしながら、我々安全衛生職員は諸先輩の時代からこれまでに製造業や建設業等を中心に大幅に労働災害の減少を着実に実現してきました。そのノウハウをもってすれば、第三次産業においても労働災害の減少は可能であり、逆に言えば、私たち安全衛生職員でなければ実現不可能と考えられます。

 今後は法違反を指摘し是正を求めるのみではなく、全体的な労働災害防止の観点から専門知識に基づく安全衛生指導が一層求められます。

 今回の行研活動では、新人事制度について「労働災害の防止は、法律・規則を遵守させることはもとより、過去の災害を教訓とした専門的・技術的指導が重要であるが、それが十全にできていない」「技官が未配置の署では、計画届の審査ができず、局の健安課に回付した上で審査を実施しており、事前のチェック機能が十分に果たせていない」との指摘があり、労働行政で長年培ってきた労働災害防止に係る専門性を急速に低下させている実態が明らかとなりました。こうした状況からも、新人事制度の抜本的見直しは喫緊の課題です。

 全労働は、新たなとりくみとして労働安全衛生マネジメントシステムにおけるリスクアセスメントの手法を用い、新人事制度が将来にわたり安全衛生職域に及ぼす弊害等を明らかにする「安衛職域リスクアセスメント」を実施しており、技官の採用・育成再開に向け、多くの組合員が結集しています。

 

4 メンタルヘルス対策の現状と課題について

 非常に多岐にわたる安全衛生業務を遂行する中、労働衛生の分野では、従来疾病予防を重点として各種施策に取り組んできたところですが、近年では健康管理対策や過重労働対策と相まって、メンタルヘルス対策に対する国民の期待や需要が高まっている状況にあります。これらの状況の中、安全衛生職域では、労働時間規制を担当する監督職域や精神障害等による労災申請等を担当する労災職域と連携し、労働基準行政として実効のある行政指導に尽力してきたところです。

 具体的な指導手法としては、個別指導を中心とし、自主点検、集団指導、その他関係団体等を通じあらゆる機会を活用し、事業場におけるメンタルヘルス対策を促進させるものですが、労働者の心の健康に関する現状をみると、職業生活でのストレス増、自殺した労働者の推移や精神障害等における労災認定件数が高止まりであることなどからも、今後も継続的な指導が必須であると思料されるところです。

 安全衛生職域を担う技官の採用が停止され、新人事制度に伴い安全衛生職域に配属された監督官に知識の伝承を行う必要がある中、他の安全衛生業務量等を考慮すると、必要とされるマンパワーが圧倒的に足りない状況にあります。現状、限られた人員等で効率的に指導を行うために、メンタルヘルス対策にかかる専用指導文書などのツールも作成されているところですが、その内容も分かり難く、単発の個別指導を実施するのみでは、事業場の担当者にその内容を理解させ興味を持ってもらうことが難しい実情があります。

 また、メンタルヘルス対策を促進するうえで、必要不可欠である都道府県産業保健推進センターの組織格下げ(産業保健推進連絡事務所化)による事業の縮小など、国における政策の考え方に矛盾が生じているなどの問題が見受けられます。これについては、2014年度より各都道府県に産業保健の新たな拠点として「産業保健総合支援センター」が設置されることとなり、産業保健、とりわけメンタルヘルス対策の促進が期待されます。

 行研アンケート結果及び分析【設問8】において、安全衛生職域においてメンタルヘルス対策で有効であると考えるものの中では、「過重労働対策の防止」が最も多く挙げられています。メンタルヘルス自体の原因が多岐にわたる中、労働行政とりわけ安全衛生職域として指導に切り込めるものの一つとして過重労働対策があり、そこから産業医等を活用した効果的な労働衛生対策が行えるのではないかと考えられます。しかしながら、現状の労働安全衛生法では労働者の申し出による面接指導の規定のみであり、その効果もけっして十分ではない状況にあります。

 今後、事業場に対する効果的なメンタルヘルス対策を推進するためには、安全衛生職域の専門性の維持・向上を行うための人員確保、事業場トップに対するメンタルヘルス対策の必要性を強く認識させることができるツールの作成、事業場を支援するための外部機関・産業保健支援センター等の事業確保、事業者および労働者の双方にとって有効・有益である労働安全衛生法の整備などが必要課題であると考えられます。

 

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