働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

2013年11月
何のための「正社員改革」か

 本稿は、「月刊労働組合 2013年11月号」(労働大学出版センター)から、発行元の了解を得て転載したものです。

全労働省労働組合 森崎巌

1  成長戦略の中核に位置付けられた労働規制改革

 政府の諸会議(規制改革会議、産業力競争会議等)を舞台に労働規制改革をめぐる議論が加速している。

 最初に動き出したのは、規制改革会議(内閣府)である。すでに第1次答申(6月5日)が取りまとめられており、これを受けた規制改革実施計画が閣議決定(6月14日)されている。この答申は、規制改革の目的を「国の成長・発展、国民生活の安定・向上及び経済活動活性化への貢献」と定め、「雇用分野」の項では、

(1)正社員改革、(2)民間人材ビジネスの規制改革、(3)セイフティネット・職業教育訓練の整備・強化を「3つの柱」とし、具体的な規制改革項目として、a.ジョブ型正社員の雇用ルールの整備、b.企画業務型裁量労働制やフレックスタイム制等労働時間法制の見直し、c.有料職業紹介事業の規制改革、d.労働者派遣制度の見直しを掲げている。

 しかしながら、「雇用分野」に限って言えば、これらの規制改革項目が「国民生活の安定・向上及び経済活動活性化」に結び付くのか、大きな疑問がある。

 実際、2000年代の一連の雇用分野の規制改革(緩和)は、非正規雇用の拡大を後押しし、格差と貧困の広がりの一因となった。そして、こうした労働者の状態悪化こそがデフレ(需要抑制と雇用縮小・賃金低下を繰り返す悪循環)の主要な要因であったことも見逃せない。

 経済の成長は、本来、雇用を広げ、働く者の労働条件を改善するための有効な条件であるが、逆に、労働者を雇用と生活を犠牲にした「成長」は、格差と貧困を広げ、社会保障制度の基盤を切り崩し、社会の不安定な状態へと導くことになる。

 

2  「正社員改革」の狙いは何か

 「雇用分野」の中で、もっとも多くの部分を占めているの「正社員改革」である。

 答申を要約するなら、「日本の正社員は、a.無期雇用、b.フルタイム、c.直接雇用、といった特徴を持つだけでなく、職務、勤務地、労働時間(残業)が限定されていないという傾向が欧米に比べても顕著であり、『無限定』社員となっている」ことから、正社員改革の第一歩として、「ジョブ型正社員(職務、勤務地又は労働時間が限定されている正社員)」に関する雇用ルールの整備を行うべきであり、「職務等に着目した『多様な正社員』モデルの普及・促進を図るため、労働条件の明示等、雇用管理上の留意点について取りまとめ、周知を図る」というものである。

 

(1)「無限定」社員は許されるのか

 答申の特徴の一つは、周知を図るべき「ジョブ型正社員の雇用のルール」を「無限定」社員のそれと対比させながら記述している点である。

 しかし、ここで言う職務、勤務地、労働時間(残業)が限定されていない「無限定」社員という存在は、現行の法令(労基法、労安法、労契法等)にてらして決して許容されていない。例えば、労基法第41条(労働時間・休日規制の適用除外)が定める、いわゆる「管理監督者」であっても、使用者の安全配慮(健康確保)義務は免れず(労契法第5条)、過重労働防止の観点から実際の労働時間は制約されなければならない。また、職務や勤務地の変更についても労働者の不利益を伴うなら、一定の合理性(不利益変更法理、配転法理等)が求められる(労契法第10条等)。

 答申は、あってはならない「無限定」社員をあたかも一般的な存在であるかのように描いており、その悪影響は少なくない。

 ジョブ型正社員を論じる前に、すべての労働者を視野に入れ、過労死・過労自殺に結び付く過重労働を如何に規制していくか、また、男女労働者が家庭責任を相応しく負担しながら働き続けることができる労働のルールとは何かを現実と向き合いながら議論すべきである。

 

(2)ジョブ型正社員とは何か

 ジョブ型正社員という用語を使用している点も特徴的であり、これまでの欧米における働き方をイメージさせる。

 4月19日の規制改革会議雇用WGに提出された「ジョブ型正社員の雇用ルールの整備について」と題する文書でも、「欧米では、アメリカ、ヨーロッパにかかわらず、ジョブディスクリプション(履行すべき職務の内容、範囲)が明確であり、職務限定型が一般的であり、それに付随して一般社員にとって勤務地限定、時間外労働なしが前提」と述べており、欧米のそれを想起させる。

 しかしながら、近年では、欧米でも職務内容、範囲が柔軟化する傾向が認められる。しかも、欧米の「ジョブ」は、産業別あるいは職種別の労働協約を通じて外部労働市場で形成されるが(その賃金水準もジョブと結合)、ここで提起されているジョブ型正社員は、せいぜい企業内で職務内容、範囲等が制約されるにすぎず、賃金水準も企業内で自由に決定される。さらに、欧米において、ジョブが限定される程度と解雇規制の程度が必ずしも連動しているとも言い難く、これらの違いに十分注意を要する。

 また、こうしたジョブ型正社員と厚生労働省が提唱している「多様な正社員」との相違も問題となる。この点について、厚労省の雇用政策研究会報告(『持続可能な活力ある社会を実現する経済雇用システム』、2010年7月14日)は、多様な正社員の環境整備は、「労働者によっては従来の細切れ雇用を防止できる利点がある」「非正規労働者が正規雇用へステップアップする手段にもなり得る」と述べるともに、「正規労働者の中から切り出して、不安定な雇用形態を増大させることにならないように十分配慮する必要がある」と注意を喚起していることから、増え続ける非正規雇用への対策としての側面が強いことが分かる。

 他方、答申のジョブ型正社員はどうだろうか。前出の4月19日付文書には「有期雇用から無期雇用への転換を容易にし、雇用の安定化を高める」との文言があるものの、答申が「正社員改革の第一歩」と位置付けていることから明らかなように、正社員からジョブ型正社員への転換促進を志向しており、非正規雇用の雇用の安定化や処遇の改善を主眼としたものではないことに留意する必要がある。

 

(3)ジョブ型正社員の狙いは何か

 それでは、「ジョブ型正社員の雇用ルールの整備」の狙いは何か。この点に関しては、日本経団連の提言(『労働者の活躍と企業の成長を促す労働法制』、2013年4月16日)を確認しておきたい。

 

 「勤務地や職種限定の労働者に対する使用者の雇用保障責任は、一般に、勤務地や職種が限定されていない、いわゆる正社員と当然には同列に扱われないという解釈がなされている。したがって、紛争を予防するため、特定の勤務地ないし職種が消滅すれば契約が終了する旨を労働協約、就業規則、個別契約で定めた場合には、当該勤務地ないし職種が消滅した事実をもって契約を終了しても、解雇権濫用法理がそのまま当たらないことを法定すべき」

 

 こうした提言が打ち出される中、規制改革会議の議論では、一部の企業経営者から「ジョブ型正社員の要素を定め、それを満すことを前提に『パフォーマンスが悪かったら解雇される』ことを明文化(立法化)すべき」との意見が出され、同会議と連携する産業競争力会議でも、一部の企業経営者から「解雇規制を緩和すべき」との主張が繰り返された。

 そして、答申直前の5月29日の規制改革会議雇用WGで示された文書(WG報告書案)には、次のように記されている。

 

 「従来の就業規則は、無限定正社員の働き方を想定した規定が多いところ、ジョブ型正社員の働き方にも即したものにすることが適当である。例えば、ジョブ型正社員は、職務や勤務地を変更する配転、約定された労働時間を超える残業等を企業から求められることが少なくなる一方で、職務や勤務地が消失した際には、無限定正社員とは異なる人事上の取扱いを受ける可能性が大きい。具体的な対応としては、ジョブ型正社員の働き方について、企業や従業員へのヒアリングを通じて成功事例を収集した上で、職務の具体的な内容・定め方、賃金体系、時間管理、人事評価・異動などの雇用管理について、留意点やモデルの提示を行うことが考えられる」「こうした基本的な考え方については、最終的には、立法的な手当、解釈通達において明確化することも視野に入れられるべきである」

 

 これらの文書は、従来の判例の類型化を求める体裁を装っているものの、規制改革会議委員の発言等を考慮すると、ジョブ型正社員導入の狙いは、やはり「解雇規制の緩和」にあると見るべきだろう。

 具体的には、裁判所が多くの訴訟を通じて確立してきた解雇権濫用法理(特に整理解雇の四要件)を新たな立法をもって変更することをめざすが、当面、ジョブ型正社員への解雇権濫用法理の適用は、「無限定」社員よりも緩和された要件で運用されることについて、行政機関が基準(指針等)を策定し率先して周知すべきというのである。

 しかしながら、行政機関が何らかの基準(ジョブ型正社員に関する解雇の指針等)を示しさえすれば、ジョブ型正社員への解雇権濫用法理の適用が緩和されると考えるのは早計である。解雇権濫用法理は、労使双方の多様な事情を個々の事案に即して慎重に利益衡量することを前提としており、あらかじめ定めた基準をもって、その適用に例外を設けることはできない(仮に、行政機関が一定の基準を周知しようとも、裁判所はそれに拘束されない)。

 同時に、ジョブ型正社員の解雇規制を緩和すること自体の妥当性も問われなければならない。例えば、家庭責任を有する労働者をジョブ型正社員と定め、解雇し易い労働者と扱うなら、育児介護休業法やILO第156号条約(家族的責任を有する労働者の機会均等及び均等待遇に関する条約)の趣旨を没却する。

 また、派遣労働者をジョブ型正社員(勤務地(派遣先)を限定)と定め、派遣元は派遣先との労働者派遣契約が中途解除された際、容易に解雇し得るとするなら、派遣元(派遣会社)にとって、これほど都合のよい仕組みはない。

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3  今後の動向と課題

 現在、職務内容、範囲等を限定した社員を導入することは、法令上、まったく禁じられていないし、すでに多くの企業は、労使の合意のもとで様々な正社員制度を導入している(例えば、男女雇用機会均等法施行後に広がった「総合職」「一般職」などもその一類型)。

 しかし、新たに提起されているジョブ型正社員は、職務内容、範囲等の限定に伴って解雇規制の緩和を狙ったものであり、今後、こうした動きに国(規制改革会議や所管官庁である厚生労働省)がどのような政策をもって臨むのかが焦点となろう。また、各企業でもこうした動きが広がることが想定されることから、労使の重要な交渉テーマとして浮上する可能性がある。

 すでに厚生労働省は「『多様な正社員』の普及・拡大のための有識者懇談会」を設置している(9月10日)。その目的は、「『多様な正社員』の活用にあたっての雇用管理上の留意点の整理を行うこと」としているものの、それが厚生労働省が提唱する「多様な正社員」をめざすものなのか、あるいは規制改革会議が提唱する「ジョブ型正社員」をめざすものなのか、必ずしも明らかではない。しかし、その両者の方向性は大きく異なり、議論の行方を注視していく必要があるだろう。

以上