働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

2013年10月
「国家戦略特区」による労働基準の緩和・撤廃に反対する

全労働省労働組合

1 はじめに  

政府の国家戦略特区ワーキンググループ(WG)は、特区内の開業後5年以内の企業の事業場や外国人比率が一定比率以上の事業場について、労働基準法や労働契約法で定められた労働時間規制や解雇規制を適用除外又は緩和するなどの検討を進めている。  

こうした動きは、労働法の基本的な考え方を根底から覆し、労働者から「人間らしい労働」に従事する権利を奪いとるものであり、強く反対する。

労働基準法で定められた基準は、「労働者が人たるに価する生活を営むための必要を充たすべきもの」(第1条)として定められており、誰でもどこでも適用される一律の基準が設けられなければならない。また、労働契約法で定められた規定の多くは、長年にわたり数々の裁判を通じて確立した判例法理(解雇権濫用法理等)を実定法化したものであり、現代社会の公序を形成するものである。  

従って、これらの適用を除外するためには、きわめて高度な必要性と合理性(当該措置を講じなければ重大な事態を招来することが明らかであって、他に代替する方法がないなど)を要すると解すべきであり、外国企業からの投資拡大などといった経済政策を理由としてこれらを除外することは、憲法上も重大な疑義を生じさせ許されない。  

そればかりか、こうした特区を設けることが経済政策としても妥当なのかも疑わしい。  

2000年代から相次いだ労働分野の規制改革(緩和)は、非正規雇用の拡大を後押しし、格差と貧困を大きく広げてしまった。こうした労働者の状態悪化が、デフレ(需要抑制と雇用縮小・賃金低下を繰り返す悪循環)の主要な要因となってきたのであり、喫緊の課題である「経済の再生」も、労働者の雇用と生活を改善することに主眼を置くことなしに実効性は高まらない。  

いつまでも労働者の雇用と生活を犠牲にした「経済の再生」を唱え続けることは、格差と貧困を一層広げ、社会保障制度の基盤を切り崩し、社会の不安定化を加速させるだけである。  

以下、9月20日に国家戦略特区WG(地域活性化統合本部)が示した具体的な事項(枠内)について、以下、検討する。

 

2 有期雇用

有期雇用契約締結時に労働者側から5年を超えた際の無期転換権の放棄を認める。これにより、使用者側が無期転換の可能性を気にせず、有期雇用を行えるようにする。  
→「労働契約法第18条にかかわらず無期転換放棄条項を有効とする」旨を規定する。

労働契約法第18条第1項は、有期労働契約の期間が通算5年を超える労働者が使用者に対し、無期労働契約の締結の申込みをした場合、使用者が当該申込みを承諾したものとみなし、無期労働契約が成立することを規定している。  

こうした無期転換申込権の法的性格に関わって、事前放棄が認められるのかどうかが問題となるが、行政解釈は「無期転換申込権を放棄させることを認めることは、雇止めによって雇用を失うことを恐れる労働者に対して、使用者が無期転換申込権の放棄を強要する状況を招きかねず、法第18条の趣旨を没却するものであり、こうした有期契約労働者の意思表示は、公序良俗に反し、無効と解される」(平成24年8月10日付基発0810第2号)と解している。  

こうした解釈は、立法の趣旨や労使関係の実情をふまえた妥当なものと言え、逆に、国家戦略特区WGの構想は、「公序良俗に反する契約」であっても特区内なら有効としてしまおうというのであるから、認められない。  

おそらく、WGは「本人(労働者)が自ら合意したのだから」と考えるのであろう。しかし、市民法を修正する労働法が必要とされてきたのは、交渉力の格差が大きい労働者と使用者(企業)との間の合意が、しばしば(労働者の)「強いられた合意」となってしまう点に着眼し、これを規制することで「人間らしい労働」を確保すべきと考えたからである(とくに契約締結時は、労使の交渉力の格差が際立っている)。  

要するに、「本人が自ら合意したのだから」という着想自体が、労働法の基本的な考え方を危うくするものなのである。

3 解雇ルール

契約締結時に解雇の要件・手続きを契約条項で明確化できるようにする。仮に裁判になった際に契約条項が裁判規範となることを法定する。
→労働契約法第16条を明確化する特例規定として、「特区内で定めるガイドラインに適合する契約条項に基づく解雇は有効となる」ことを規定する。

労働契約法第16条は、多くの裁判を通じて確立した解雇権濫用法理を実定法化したものである。従って、これを除外することは、その範囲で解雇権の濫用を容認することであり、認められない。

もとより、解雇事由を就業規則等で明確化することは、労使双方にとって好ましい。その場合、そこで明確化された解雇事由は、少なくとも労働契約法が定める解雇権濫用法理に即したものであることが前提であり、明確化に乗じてこれを緩和すること自体、不当である。   

これもまた、「本人(労働者)が自ら合意したのだから」という発想だと考えられるが、前述した労使関係の実情にてらすなら、不適切な結果を招くであろう。  

また、解雇権濫用法理は、契約締結後の様々な事情を考慮して解雇権の濫用を具体的に判断するのであるから、当初の契約条項の文言をもって同法理を排除することはできない。  

他方、国家戦略特区に関する作業部会長(八田達夫大阪大学招聘教授)は、「雇用拡大のための特区だ」と繰り返し述べているが(2013年10月4日、日経電子版)、「解雇しやすくすれば、雇用が増える」という発想そのものが誤りである。私たちが日々接する多くの事業主は「仕事がある(働き手が足りない)」から雇用を増やす(人を雇う)のであり、この点をすり替えてはならない。唯一例外もある。大量に労働者を雇い入れ、過酷なノルマで選別を繰り返しながら、多くの労働者を使い捨てる、いわゆる「ブラック企業」である。こうした企業なら、「解雇しやすくなるなら、もっと労働者を雇う」と考えるに違いない。新たな特区が「ブラック特区」と化すことは明白であろう。

4 労働時間

一定の要件(年収など)を満たす労働者が希望する場合、労働時間・休日・深夜労 働の規制を外して、労働条件を定めることを認める。  
→労働基準法第41条による適用除外を追加する。

 労働基準法は、全国一律の最低労働基準として定めれたものであり、それは憲法第27条2項の要請するところである。  

また、特区で働く労働者とそれ以外の地域で働く労働者の最低労働基準を別個に設定することは、法の下の平等(憲法第14条)にも反する。  
なお、この点について、厚生労働省は「雇用は特区になじまない」としつつ、「全国レベルで慎重に検討中」との立場を明らかにしているが、特区構想を伴わなければこれらの措置が認められると考えることも不適切である。  

一定の範囲の労働者について、「労働時間・休日・深夜労働」の規制を除外するというのは、労働基準法第41条が想定する適用除外の矩を大きく超えるものであり(同条は深夜労働の規制を除外していない)、もはや「労働者」として取り扱わないとしているに等しく、正に「ホワイトカラー・エグゼンプション」の先取りにほかならない。  

このような無規制状態が過重労働を生じさせることはないのか、その結果、過労死・過労自殺につながる危険はないのか、これらをWGが検討した形跡はなく、あまりにも無責任ではないか。

5 これに伴う措置

上記の特例措置に伴い、不当労働行為、契約の押し付けや不履行などがされること のないよう、特区内の労働基準監督署を体制強化し、労働者保護を欠くことのないよ う万全を期す。

国家戦略特区WGは、こうした特例措置に伴って起きる「不当労働行為」「契約の押し付けや不履行など」の増加に対応し、「特区内の労働基準監督署を体制強化」することを打ち出している。

 WGが特区内で不当労働行為の増加(その前提としての集団的な労使紛争の増加)を想定しているなら、当該措置が如何に労働者の反発をかうものであるかを理解していることを意味し、それ自体、まっとうな見方である(そうであるなら、そもそも実施すべきでないのだが)。しかし、不当労働行為に伴う救済に関わって、労働委員会の体制強化であるなら格別、どうして労働基準監督機関の体制強化を図るのか、まったく意味不明である。  

また、契約の押し付けや不履行などへの対応についても、労働基準監督署の体制強化を唱えるが、労働基準監督機関が労使の契約条項の解釈に関わって判断を行うにしても、その法的効果をどう考えるのか、こうした基本問題の整理なくして、実効ある対策とはなり得ない。  

もとより、労働基準監督機関の体制は、先進諸国に中でも飛び抜けて脆弱であり、いわゆる「ブラック企業」の広がりの一因ともなっている。従って、その体制強化は、全国規模で急務となっている。

6 対象範囲の限定  

国家戦略特区に関する作業部会は10月4日、対象労働者の範囲を「弁護士、公認会計士、修士号、博士号といった資格を持った人」に限定するとの案を公表している。「資格を持った人」の具体的な範囲は現時点で必ずしも定かではないが、なぜこのような者であれば、労働基準を緩和してよいのか、その合理性は見い出し得ない。  

国家戦略特区を推進する産業競争力会議は、「『国家戦略特区』を突破口として、大胆な規制改革等を実行する」「世界で一番ビジネスのしやすい環境をつくる」としており、「資格を持った人」に限定するにしても、特区内の特例措置をいずれ全面的に広げていく意図を隠していない。  

他方、こうした特区は、指定された自治体に所在する企業を他の企業と比べて有利(労働者に不利)に扱うものであり、公正競争を確保する意味からも問題となる。そして、不利となった企業が所在する自治体は、競争条件の確保を狙って、我も我もと、特区申請をすることが想定され、早晩、全国で労働基準の引き下げ競争が始まるであろう。  

要するに、特区構想は労働基準の緩和・撤廃の「突破口」なのであって、対象範囲の限定に目を奪われてはならない。

以上

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