働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

2013年7月
TPPがもたらす労働分野への影響

全労働省労働組合 書記次長 丹羽佐俊

○労働者の生活と労働が危険に晒される

TPPは労働者の生活と労働にどのような影響を及ぼすのでしょうか。

 この点について、政府は、次の「見解」(内閣官房作成「TPP協定交渉の分野別状況(平成24年3月改訂)」)を公表しています。

1.貿易・投資の促進を目的とした労働基準の緩和の禁止、国際的に認められた労働者の権利保護、各国間の協力・協調を確保するためのメカニズム等について議論が行われている。

2.米国が第9回交渉会合(2011年10月)に条文案を提出したが、実質的な議論は行われておらず、議論の基礎となる統合条文案は未だ作成されていないとの情報がある。

3.労働章に紛争解決章の手続を適用するかについても議論が行われている。

 また、長野県が照会した「我が国のTPP交渉参加に関する疑問点」(内閣官房長官宛)に対する政府の回答は、

1.日本の労働基準は世界の中でも相当高いレベル、日本が心配する分野ではない。

2.労働基準は、二国間・多国間協定で決めたことがないし、ILO(国際労働機関)と異なる基準は考えがたい。

 としており、TPPの労働分野の影響は「まったく心配なし」との姿勢を示しています。

 こうした見方が、本当に正しいのでしょうか。

 否と言うべきでしょう。すでに、TPPへの参加によって、農業・漁業、医療、保険等の広範な分野で、国内産業への壊滅的な打撃が指摘されています。このことは、こうした分野で働く多くの労働者の雇用や労働条件に深刻な影響を及ぼすことを示しています。

 また、サービス産業においても、多くの労働者への影響が懸念されます。TPPでは、物品貿易に加えてサービス貿易も自由化の対象となっています。あらゆるサービスについて国境を越えた自由な取引を保障することを意味しており、当然、サービスの提供主体(事業体及び労働者)も国境を越えて自由な行き来が保障されることになります。具体的には、広範な分野のエンジニア、弁護士、看護士、介護士など多種多様な職種に関わり、自由な労働者の移動が想定されます。現在、こうした移動を制限している入国管理法等の規定は、「非関税障壁」と位置付けられる可能性が高いのです。

 さらに、警戒しておくべきは、多くの識者が指摘しているとおり、TPPは事実上、米国が主導し、米国の要望を我が国に押し付けていく「道具」として位置付けられている点です。

 米国は、これまで日米投資イニシアティブあるいは年次改革要望書を通じて、我が国に構造改革を要求し、その多くを実現してきた経過があります。労働分野では、この枠組みを通じて、労働者派遣制度の自由化やホワイトカラー・エグゼンプション(事務職等の労働時間規制の適用除外)を強く求めていたことは記憶に新しいところです。

 TPPについても、米国が同じ狙いを抱くならば、労働分野の様々な規制(労働法制)を「非関税障壁」と位置付け、その緩和・撤廃を求めてくることは想像に難くありません。TPPによって、労働者の安全や健康を確保するための様々な規制が次々と撤廃されていく危険性を無視する、政府の姿勢は「楽観」に過ぎ、労働者・国民を大きくミスリードするものはないでしょうか。

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○アベノミクスは、TPPの先取り

 我が国では、アベノミクスがもて囃されています。

 その内容は、「デフレからの脱却」を掲げた「3本の矢」(A)大胆な金融政策、(B)機動的な財政政策、(C)民間投資を喚起する成長戦略)と呼ばれる金融・経済政策であり、そのアナウンス効果が効き、急激な円安と株高が生じています。

 こうした株高は、幾人もの企業オーナーや株主が、わずか数ヶ月で数百億円もの資産を増やしているように、大企業や資産家にとっては歓迎すべきことでしょう。しかし、一般の国民にとっては無縁の出来事です。そればかりか円安は、食料品や燃油等の物価高を招き、多くの家計や中小企業・個人商店の経営を圧迫し始めています。しかも、円安によっても輸出数量は増えず、貿易赤字は拡大しています。

 空前の金融緩和に向けた動き(2年間でマネタリーベースの残高を倍増)が続けば、株式にとどまらず、不動産、穀物、原油等への過剰な投機(マネーゲーム)をさらに加速させ、バブル経済の再来を招きかねません。これによって、資産家や投資家は「巨額の富」を手にする一方、多くの労働者の雇用や賃金が改善されず、インフレ(物価高)だけが生じるならば、国民生活は決定的な打撃を被ることになります。

 機動的な財政政策も、これまでの類似の緊急経済対策がそうであったように、大企業の収益は増えても、その財政方針(この10年間で株主配当は約3倍、内部留保は約100兆円増)が変わらなければ、労働者の所得増に結びつかず、景気浮揚効果は立ち消えとなって、そのツケは膨大な国民負担(国の借金)となって現れます。

民間投資を喚起する成長戦略も、これまで打ち出している「改革」は、かつての新自由主義的改革の再来とも言うべきものであって、これらが実行されるなら、貧困と格差を一層広げることになるでしょう。この中でとくに見逃せないのは、労働分野の規制改革です。

 閣僚と大企業経営者らで構成された産業競争力会議(内閣府)は、「『人材の過剰在庫』が顕在化している」等として、「労働契約法への『解雇自由の原則』の明記」「ハローワークの地方移管・民間開放」「過剰な派遣労働規制、有期雇用規制の見直し」「働き方に応じた総労働時間規制等の緩和」等を検討の俎上に載せています。

 また、規制改革会議雇用ワーキング・グループも、「企画業務型裁量労働制、フレックスタイム制の見直し」「労働条件の変更規制の合理化」「職業紹介事業の見直し(年収要件の引き下げ、経営管理者の限定の柔軟化等)「労使双方が納得する解雇規制の在り方」等を検討項目に掲げ、議論を急ピッチで進めています。

 これは、先に指摘した「TPPの労働分野への影響」そのものです。アベノミクスは、労働分野の規制改革を通じて、TPPを先取りしていると言えるのです。

使い捨ての雇用が横行し、過重労働が広がる実態を見るとき、こうした議論の方向は、働く者の過酷な現状を一層深刻化させ、貧困と格差を拡大し、労働者の健康と生活を脅かすことは明らかです。

 私たちが繰り返し求めているのは、景気低迷の真の原因が内需(大部分は個人消費)の落ち込みにあることを直視し、「良質な雇用の実現」(雇用の安定と賃金の改善)をつうじて、「デフレからの脱却」を図ることであり、その声を一層広く、大きくしていくことが求められています。

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