働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

2010年10月
労働基準監督の現場から見た課題は何か
労働基準監督官座談会―

 2009年12月12日、労働基準行政の第一線で活躍する労働基準監督官が集り、現在、労働基準監督業務をめぐって、何が起き、何が課題となっているのかを座談会形式で明らかにしました。

A 50代 局監督監察官

B 20代 方面監督官(新人事制度後の採用者)

C 30代 方面監督官

D 40代 方面主任監督官

 

【新人事制度について】

司 労働基準監督官をめぐる新たな問題として、新人事制度があります。監督官の専管事項(中心的な所掌事務)を労働監督だけでなく、安全衛生や労災補償の業務もあわせて行うこととし、一方で、これまで安全衛生、労災補償等の業務をそれぞれ専門的に担ってきた技官や事務官の採用・育成を一切行わないというものです。今日は、新人事制度導入後に採用された監督官もおりますので、今の状況等をお話しいただきたいと思います。

B 私は、新人事制度導入後に採用された2年目の監督官です。昨年度の前期及び後期新任監督官研修のあと、コンビナートや林業の臨検に同行することができ感謝しています。まず、こうした研修の在り方が大きく変わってくるのではないでしょうか。事実、今までは2年間で行ってきた研修を1年間で行わなければならず、スケジュール的にかなりタイトになっています。2年目の監督官として年間又は月間の監督指導計画に計上される人日にも関わりますが、第4四半期に3年目に就く労災補償もしくは安全衛生の業務に関わる中央研修に行かなければならず、結果的に2年目の10ヵ月間程で監督業務をマスターするということになっています。焦りもあるし、3年目に就く労災補償あるいは安全衛生の業務できちんと貢献できるかの不安もあります。さらに4年目の2局目でどの業務に就くかもわかりません。めまぐるしく仕事の内容が変わっていくのだなと思っています。

司 すでに、定期監督や申告処理も担当する事案を任されているのですか。

B 私は、現在のところ先輩の臨検監督に同行させてもらっています。しかし、ある同期の監督官は、4月からどの定期監督も一人で行っていると聞きました。また、ある同期の監督官は、1年目に地方の県庁所在地の署に配属されて、2年目に郡部の署に転勤させられたようで、定期監督はともかく申告事案が極端に少なくて、経験が積めるのか不安になる、また、賃確業務や司法業務ができるのか焦っていると聞いています。また、逆に1年目に経験がないまま、4月に司法事件を1件、申告を3件振られておかしくなりそうだと言っている同期もいます。

D 私の署にも2年目の監督官がいます。私の署は管轄内に製造業を多く抱えています。今年度から2年目の監督官に対しても年間監督指導計画に100%の実働人日を計上して いることを懸念しています。私たちの頃は、2年目は実働人日のうち半分程度を計画に計上し、他の人日で先輩の臨検に随行させてもらうなど様々な研修を積むことができました。周りが大丈夫なのかと気にしています。本人も3年目に労災補償か安全衛生のどちらかの業務に就くということは聞いていますが、それ以上の具体的なことや将来のキャリア形成については何ら示されておらず、不安だと言っています。このような中、署内では新しい監督手法であるチーム監督をうまく生かそうと話し合っています。今日も2年目の監督官と大きな工場に行き、安全衛生管理、一般労働条件等を中心にじっくりと臨検してきました。

司 若手の監督官は、このような新人事制度、特に監督官の専管事項の拡大をどのように受け止めているのでしょうか。

B 合格発表後の説明会で「専管事項の拡大で、労働基準行政のどの業務にも就く可能性があるので、その心づもりでいるように」と言われました。1年間、仕事をしてみて、労災補償分野の業務上外の認定や安全衛生分野の検査業務等の専門性の高さを見ると、先輩である事務官や技官のレベルまで達せられるのか不安です。

C 私の署には新人事制度の下で採用された監督官が2名います。申告が年間900件を超えており、容赦なく4月から担当事案を振られています。また、2年目に署を転勤しているので、転勤のストレス、将来の不安、業務のストレスがかかっています。

D 私自身、1局目(3年間)に司法事件や賃確業務等を経験しなければと焦ったことを覚えています。2年目の2月までに司法、賃確等の主要業をマスターしようというわけですね。

B そうです。ですから過去の書類を見ながら、いつでも対応できるように準備していますが、不安と焦りがあるのも事実です。

A この話は二つの視点から見てはどうでしょうか。一つは自分がどう育てられたか。もう一つは今後、後輩をどう育てていくべきかです。こう考えた時、監督官の育成にあたって一番大事なのは、如何に経験をさせるかだと思います。新人事制度は果たして必要な経験を積ませることができるのか、よく検証すべきでしょう。この場合、たまたま災害が起きたから安全衛生被疑事件の捜査が経験できたというような、運任せ的な話ではなく、一つの災害が発生し、これは経験させるべきとなったら、周辺の若手も含めて総掛かりで事案を処理するとか、ベテランを補助者にして処理を行うとか、いろいろな手法で経験を積ませていくべきです。このためには、署の壁を取っ払うとかの様々な整理も必要です。

C 新人事制度が始まったとき、本省が作成した資料を読んでも必要性が全く理解できませんでした。この制度を構想した動機は「不純」なのではと思います。そもそも現場の必要性から出発したものでは全くなく、唐突に打ち出されました。その中で「総合性」が随所で強調されていますが、今まで「総合性」が無かったというなら、通常の人事の中 で監督官を安全衛生や労災補償の業務にもっと就けるという方策が有効です。いきなり新人事制度だから技官の採用・育成を止めるなど乱暴です。労災補償ももっぱら監督官で行うとするのは如何かと思います。すべての業務にその経験に裏打ちされた「専門性」があるからです。例えば、中華、洋食、和食の料理人が長年の修業で培ってきた味を、一人でやれとなると難しいし、能力の限界があります。「専門性」を確保するのであればコースを設けないと無理だと思います。しかし、コースを設けるとなれば、監督官試験で採用された者が労働基準行政全体に割り振られることとなり、安全衛生コース、労災補償コースに割り振られた人は厳密な意味で監督官ではないことになりかねないのではないでしょうか。新人事制度の下では、各分野の「専門性」を確保できないし、将来、労働基準行政に大きな問題を生じさせることになると思います。制度自体を早急に白紙に戻し、再検討すべきです。

D 「専門性」という言葉が出ていますが、監督官の「専門性」とは何かを考えてみるべきだと思います。相談者を怒らせないとか、申告を早く終わらせるとか、統計の報告を素早くやるとか、こうしたことは監督官の「専門性」とは直接関係がないでしょう。労働基準監督官になってどう社会に貢献するのか、そのことへの情熱が「専門性」ではないのかと考えています。このような思いを風化させることのないように、制度とか、処遇とか、体制の整備をしてもらいたい。その精神が身についていて、常に「労働基準」を中心に考えることができるなら、労災補償や安全衛生の業務を行ったとしても、それをもって監督業務の「専門性」が下がるようなことは無いと思います。

C 「総合性」が必要なのはよくわかります。他の業務のことがわからないというのは問題で、むしろ、一定期間、他の業務につくことが重要です。かと言って、全員が全ての業務につく必要はないでしょう。これまでのような人事の交流を継続的に行えば足ります。組織として有機的に機能することが大事です。不足するならそれを追加すればいいのであって、新人事制度の発想とは違います。先程、料理人の話がありましたが、野球の選手もアマチュアの時代は投げて、打って、どこでも守れるという選手はたくさんいます。しかし、プロフェッショナルとなると投手は投手、捕手は捕手、外野手は外野手と細分化してその能力、技術を高めていきます。そして、これらの専門能力を持った選手がチームとなり、有機的に連携することで強い力が発揮できるのです。国民が求めているのは、プロフェッショナルによって構成された労働基準行政ではないでしょうか。

D かつては2局目以降(4年目以降)に安全衛生や労災補償の業務に就いたり、労働局の業務に就いたり、希望すれば本省で勤務することもできると、将来の道筋がある程度わかっていましたが、部下に聞くと、理系の人は安全衛生に行くみたい、文系の人は労災に行くみたいといった「噂話」に敏感になっています。先輩として不安に応えてあげられないのがつらいです。

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【監督業務の体制について】

司 新たな監督手法として、チーム監督(複数の監督官による臨検監督)や集合監督等が提起されていますが、本年度の試行についてはどうですか。

C 結局は人員不足の話になってしまいます。申告、相談、賃確等のいわゆる受動業務が増大していることから、監督官の業務量のほとんどがこうした受動業務に投入され、使い尽くされています。能動的な定期監督に打って出ることができなくなっているのではないでしょうか。

 具体的には、労働時間管理の適正化や一般労働条件の確保、労働災害防止等の臨検監督に手が回っていません。大問題ではないでしょうか。本省は監督件数の減少の原因を探るのに躍起になっていますが、定員削減や欠員確保によって、第一線の監督官が減ったことや賃確等の受動業務が増大していることが原因でしょう。件数、件数といって集合監督の件数まで臨検監督として計上していますが、本来、このようなものが労働基準法101条の「臨検監督」と言えるのでしょうか。このような取り扱いをしていると、こればかりになってしまうことを心配しています。

 監督行政の信頼に関わる問題ですね。

D チーム監督は有効です。私ともう一人の主任監督官で大手企業の工場を臨検し、工場ばかりか本社、研究所、さらに下請け業者まで隈無く、細かく見ることできました。理系と文系の監督官でしたから、充実した内容の指導ができました。臨検の最中も、その場その場で相談ができるし、相手側も5〜6人で対応してくるわけですから、1対5〜6よりも、2対5〜6の方が話も進みます。また、その後の是正に向けた相談もどちらかは署にいることが多いだろうし、対応も柔軟にでき良い効果があると思います。

司 ベテランの監督官2人が丁寧に指導するのですから、事業場側の納得性も高まるでしょう。

D 社会保険事務所の職員や税務署の職員も2名で訪問します。陸運局は4人です。事業場は役所は2人で来るのが当たり前と思っているのではないでしょうか。2年目の監督官に丁寧に教えながらチーム監督にあたることもできます。

C 現状は「危険が予測されるところには2人でいく」となっています。本省の発想は危険探知型です。「原則2人とし、1人の方が適している場合は1人でいく」という、安全確保型に発想を転換すべきだと思います。他の役所では、2人で行くことが常識でしょう。まして、監督官の場合には予告無しで事業場に赴くわけですから。1人で行くなら、行政対象暴力を誘発する危険も高まります。とにかく件数の件数主義以外の何ものでもない。チーム監督は長年の全労働の主張の到達点との受け止めが、監督官の中にもあります。これを突破口にして、監督業務のあるべき姿を追求していく必要性があるのではないでしょうか。

D フランスやブラジルでは監督官が臨検中に殺害されています。私たちも身の危険を感じることが日常的にあります。危険が予測されるところに単独で監督に行くことの是非をもう一度考えるべきです。

A チーム監督はもっと進めるべきです。しかし、職場ではこれまでも、こうした監督を工夫しながらやっていた経緯があります。かつて私は若手の監督官は1人で臨検に行かさずに、私と組んで臨んでいました。私の計画1件と彼の計画1件で午前と午後で行きます。研修の意味もあるのです。はじめは彼にメモだけ取らす。次に、彼に全部やらせて私は黙っています。最後に、彼が「主任何かありますか」と聞いて、「特にない」と私が答えると「合格」になります。彼が答えに窮すると助け船を出す。それが刺激になって勉強します。「特にない」という言葉を言わせるために、必死になって勉強します。部下や若手を育てるOJTであり、効果がありました。本当は、ベテラン2人の中身の濃いチーム監督にOJTのための若手を連れて行くのが理想的でしょう。質と量のどっちをとるか、やはり中身が大事です。わかるまで2回も3回も行く。件数は上がってこないが、件数は主任監督官がねじりはちまきで上げればいい。

C 1人で事業場に突撃する旧態をいつまでやるのか。こだわるのは件数だけで、本省は昭和23年以降、臨検監督を何万件やっているというデータを下げることができないと、躍起になっているのではないか。監督件数を上げるために、1人で臨検し、さらに集合監督も1件と数える。尽くすべき捜査も、監督件数を上げるために、安全衛生関係の捜査を2ヶ月以内に終了するようにという通達まで出る。臨検監督についても、労働者からの匿名情報に基づく臨検監督等は一件一件にかかる業務量が膨大なものになっています。また、臨検監督で違反を厳しく指摘すればその是正が難しいのは当たり前で、粘り強い指導が必要となります。にもかかわらず、未完結が多いなどと、ギリギリと監察でしぼられて苦しむことになる。そうなると是正が困難な違反は指摘しなくなってしまいます。さらに、司法事件でも2ヶ月以内の送検という無意味な締め付けがきつく、悪質な事案をがんばって立件しようとすればするほど自分の首をしめることになります。全くの悪循環です。

司 安全衛生被疑事件の2ヶ月以内の送検は、検察官からの個別指揮もあって一律の運用はきついでしょう。現状にあわない面があるのではないですか。

C 2ヶ月以内送検ルールの通達で、初動で10人日を確保すると言われていますが、実際に確保できているところは無いでしょう。申告、相談、監督は否応なく回ってきます。そもそも人員が足らないのであって、夢のような話だと思います。人件費削減ということで定員は少なくなる一方で、職場は限界に来ています。

D これから先、労働基準法や労働安全衛生法の遵守を求めていくには、今のやり方では限界があると感じます。「ときどき司法、倒産したら賃確、たくさん申告」とやっていても世の仲良くならないのではないか。私たちが使えるツールを全部使っていくべきだと思います。特に、行政処分の権限を使っていないのが気になっています。代休付与命令や就業規則変更命令はほとんどない。これが毎年、労働基準監督年報にまとめられています。見る人が見たら、監督官の権限行使が適切になされていないのではないかということになり、非常に危機感を覚えます。過重労働で問題がある事業場には代休付与命令を出すとか、大企業で衛生管理者がろくに働いていないなら、衛生管理者増員命令や解任命令を出して、真に過重労働が無くなるように的確な権限行使を行うべきではないか。既存のツールも一生懸命かつ効果的に使うことで変わるのではないか。チーム監督も技官と一緒にチームで行って、それぞれの「専門性」を発揮していくなどの工夫ができるのではないか。

C アウトプットの件数を考えます。第一線の監督官の数を例えば2,000人を増やせたとしたら、1人あたりの定期監督が100件、司法事件が1件と見るなら、定期監督は20万件となるし、司法事件は2,000件に増える。先ほど、申告や相談で監督に行けないと言っていたことが、増員で一気に解決できる。監督年報はILO事務局に国際条約上の義務として報告されているが、ここに記載されている監督官の数が第一線に全て投入されれば、あるいは現在の人員不足を正確に国民に伝えることができれば大きく変わると思います。

 私は予告手当や賃金の未払いは「民事債権取立類似業務」と呼んでいますが、最近、そればかりになっています。割賃違反の申告でも、その裏にある労働時間管理等の根本的な原因、例えば事業場の人員配置等までは十分に踏み込めていない。苦情処理で終わってしまっては何のための労働監督かと思います。諸外国では民事債権回収は裁判所で行い、そのような問題は取り扱わない労働監督機関もあると聞きます。司法へのアクセスが難しい日本では、労働監督に期待される役割の一つとして止めるわけにはいかないが、そればっかりになっているのは問題です。

D 庁舎のレイアウトや相談の受け方も変える必要があります。各人の前にいすがあった状態が、カウンター方式になっただけではないか。本当は、待合室で待ってもらって、お呼びする方がいいのではないか。電話は6回線が鳴り放題、総合労働相談員や在庁当番が相談を受けて満員になれば、その他の監督官や署長も出てくる、窓口とバックヤードがあることを理解してもらう工夫は必要ではないか。若干、待っていただくとしても、順番につなぐことで、総合労働相談員ももっと生きるのではないか。モデルケースでやってみるのも良いでしょう。

司 最近、ハローワークで来庁者が待っているのに、昼食時に職員が交代で休憩を取っているのはけしからんという記事が朝日新聞に載っていましたが、国民を待たされるとは何事だという意識が広がっているのかもしれません。

B 国民から見れば窓口は見えやすいが、全員が窓口への対応を図ることで、しわ寄せとなっている定期監督や司法事件については見えにくい。投稿者の声が全ての国民の声ではないとは思います。定期監督や司法事件を行うことで、事業主の遵法意識を高め、法違反も減るわけですから。

D 例えば、銀行だってバックヤードがあり、そのことについては文句は出ません。ところが、行政はバックヤード0と見られています。「あいつはなぜ対応しないのか」と苦情が出ます。庁舎レイアウトも含めて検討する余地があります。

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【労働法制について】

司 近年の労働法制の見直しをめぐって感じることは何ですか。

C 法律がたびたび改正され、一般の国民にとってわかりにくく、条文も複雑怪奇になっているし、通達もふくれあがっている。シンプルな条文になるように法改正していくことが実効性を高める意味でも必要ではないでしょうか。   「管理・監督者」の問題もそうです。本省は、実態に即して判断するようにと署に責任を押しつけているが、そもそもの奇怪な解釈例規が問題ではないでしょうか。普通の人が見て白か黒かはっきりわかるのが基準です。そうでなければ欠陥であり、それが法律に起因してるなら、欠陥法自体を直すべきです。私たちも政策集団として貢献すべきではないでしょうか。

A ILO条約には「現行法で有効に取り締まれない欠陥があるときに、権限ある機関に注意を喚起するのが労働監督の機能の一つ」としています(注1)。現場の監督官が、この法律が問題と指摘しながらも、それが改善されない状はどうにかしたい。

D 現行の労働契約法は成立まで紆余曲折があって、当時、野党の民主党はもう少し良い法案を示していました。その後、政権交代があったのだから、労働者の権利保障の観点から労働契約法の改正案が出せるのではないでしょうか。労働組合としても追及できるのではないか。全労働もかつて日本版ホワイトカラー・エグゼンプション導入の動きがあった時も「監督官アンケート」で世論を動かしたわけですから。全国の監督官の英知を集めて政策提言することも良い。全労働にしかできないとりくみだと思います。

A  労働法制の規制緩和についてどう総括したのかが問題です。かつてどこかの労働局長が、「労働官僚の一人として派遣法の規制緩和は誤った政策だった」と発言して叩かれたことがあったが、正論だと思います。財界等の訴える要望に対応するだけではなく、今までの問題点も検証するべきではないでしょうか。

D いまある内部のツールを使って緻密な指導をすることが大事だと思います。監督業務に専念できる仕組みを作る必要があり、資料や統計づくり等にコストをかけてすぎています。こうした状況を解消し、中にある資源を最大限に使う必要があるのではないでしょうか。また、外にある資源も利用して協力を得ていくことが重要ではないかと思います。例えば、事業を興す人がわかるように労働基準法を学校教育で行うことも必要です。

司 内外の資源活用の方策はどうでしょう。

D 今、労働基準法の解釈例規を調べるのに検索してもろくなものがない。しっかりした組織、例えば、全労働が労働基準法や労働安全衛生法等をQ&Aをホームページに掲載することも良いのでしょう。全国の監督官の英知を集めた信頼のあるQ&Aを提供すれば、労働者や事業主にも情報提供ができるし、正確な情報を提供することで少しでも監督官の業務量を臨検監督にふり向けることができます。また、サイトに来た人に全労働の提言を見てもらうことも可能になります。

【監督行政の将来について】

司 これからの労働基準の在り方をどう考えますか。

C 本来、保障されるべき労働者の権利が、保障されていない状況にあるという事実を出発点におくべきではないでしょうか。労働分野で「法の支配」が貫かれていないのです。その原因ですが、一つは労働基準行政が充分に機能していないということ、もう一つは労働運動が弱くて使用者に対して正しいことを要求していくための交渉力を持ち得ていないこと、この2点が問題だと思います。労働運動が活性化するための新たな法律的な枠組みが必要で、全労働も考 えていく必要があるでしょう。また、労働行政はもっと強化されるべきではないでしょうか。いま、民主党は「小さな政府」を志向しており、この点では自民党以上です。現在の労働基準行政は打って出られないくらい小さいわけですから、まともな規模にすべきでしょう。「命を守りたい」と民主党も言っているわけですから、労働基準行政に予算も人員もつけることが必要でしょう。まともな賃金でまともな労働時間で働いて、家に帰って余暇を過ごし、余った時間は勉強したり、ボランティアしたり、それで地域社会も活性化して、家庭や子どもの問題も解決して、みんな知的になって生産性も上がって、安全で安心できる社会が実現すべきではないでしょうか。そのために私たちも提言していく必要があります。

A 「一人一人が真の達成感」を感じることができることが重要だと思います。達成感を得られる業務をしていけば、それが総体として国民の期待に応える行政の実現がなるのではないでしょうか。子供が監督官に「手紙を出したら、お父さんが早く帰って来られるようになった」というようなことが大事だと思います。監督官が100人規模の事業場に行けば、その後ろにいる数百人の家族にまで大きな影響を与えることができます。それだけ多くの人の生活や人生に貢献することができるのです。いま、疲弊しながら達成感を得られずにいる若手の監督官がいます。その環境整備を図り、新たなツールが必要ならば自らの手で使えるようにすることが重要ではないかと思います。例えば、コンピュータの履歴を事業場で分析し、時間外労働を特定する手法も、私たちが第一線で作り上げてきたノウハウです。今では本省の通達にも載っています。第一線の監督官がその業務の中で、壁にぶち当たり突破して達成してきたことが重要だと思います。

B 新人事制度後に任官した監督官として、将来、「専門性」が低下したとは絶対に言わせたくない。この場合、何をもって「専門性」が低下していないと言うのか、上に立つ人がどう考えているか聞きたいと思います。自分も先輩方が言われるように達成感をもって仕事をしたいですから。

司 今、「地域主権」改革では、全国知事会から、労働監督も地方移管すべきとの意見が出されています。

C 労働監督の地方移管は、実際にギリシャが1994年に地方移管を行いましたが、ギリシャの全労働にあたる労働組合がILO憲章の24条に基づくILO条約勧告適用委員会への申立を行ったところ、条約違反が明らかとなり、数年後に国に戻った経緯があります(注2)。日本で同じことをやれば世界の笑いものになるだけだと思います。

A 地方移管によって、労働監督の公正さは大きく脅かされると思います。地場の企業経営者や自治体に誘致された大企業幹部と自治体首長の結びつきはたいへん強いものがあります。私自身、臨検に際して「おまえなんか、知事に言ってクビにしてやる」などと言われたことがあります。一度や二度ではありません。また、労基法の適用関係からみても、自治体の首長は被疑者になりうる立場です。どうして、その下で公正な職務執行ができると言えるのでしょうか。

D 私も同感です。監督官の全国異動は、一つの地域との強すぎる結びつきを懸念したもので、公正な労働監督に欠くことのできない視点です。加えて、「専門性」の確保も懸念されます。監督官の採用人数を考えると、1年に1人も監督官を採用できない県が発生します。このような県で、充実した人材育成システムを維持できるでしょうか。優秀な監督官の育成は、公正な労働監督の前提条件です。

B 先輩からは、全国各地の様々な業種・業態を知ることによって労働監督を行う際の視野が広がり「専門性」が高まると、全国異動の意義を説明されました。こういった研鑽を積んだ監督官が職場に集まっているので、より高度で幅広い視点で業務に取り組めると思っています。

C ハローワークの地方移管も問題です。同じ労働局の下にあるから、スムーズな情報交換を含めて連携ができています。実際、最賃違反や賃金不払残業の情報をハローワークから得ることも少なくありません。この間の議論を聞いていると、自治体側はハローワークを地方移管した上でおそらく民営化するつもりでしょう。労働行政の効果的な連携はできなくなるし、過去の市場化テスト等で明らかなように国民負担も増大するし、メリットが思い浮かびません(注3)

司 本日は、様々な課題に関わって重要な意見をいただきました。いずれも大事な指摘であると感じました。

 ありがとうございました。

(注1)工業及び商業における労働監督に関する条約(ILO条約81号)

第3条の1 労働監督の制度の機能は、次のとおりとする。

(b)法規を遵守する最も実効的な方法に関し、使用者及び労働者に専門的な情報及び助言を与えること。

(c)現行の法規に明示的規程のない欠陥又は弊害について、権限のある機関の注意を喚起すること。 

(注2)ギリシャは1947年の労働監督条約(第81号)を1955年に批准。1994年、同国は労働監督を地方移管し、自治的な県行政の責任下におくこととする法律を可決。ギリシャ労働省公務員組合連合(FAMIT)は、同法が第81号条約の「労働監督は国家の中央機関の監督及び管理の下におかれなければならない」という規定に違反するとして、申立てをILOに行った。ILOの三者委員会(条約勧告適用委員会)は、この申立てを審査し、ギリシャ政府に法令を条約に適合する方向で改正するように求めた。1998年にギリシャ政府は新法を可決し、労働監督を再び中央機関の権限下に戻した。これを受けて、ILO専門委員会は三者委員会の勧告が「注意深く検討された」ことについてギリシャ政府を讃えた。

(注3)自治体の職業紹介事業については、構造改革特区の枠組みにより東京都足立区が2003年11月から2006年3月まで行った。足立区は職業紹介事業のノウハウがないことから業務を民間業者(リクルート社)に委託し、その上で同一場所(足立区役所内)でハローワーク(国)と効果を競わせた。その結果、ハローワークの実績は、15万人強が利用し就職率21%、就職1件あたりのコスト3.2万円となった。これに対して、民間業者の実績は、5400人あまりが利用し、それぞれ2.8%、152.6万円に跳ね上がった。また、2005年から市場化テストモデル事業として、求人開拓事業とキャリアコンサルタント事業が官民競争の枠組みの下で行われた。2007年からは本格実施されたが、それぞれの事業で、国側がコスト面・効果面ともに効率的との評価を受け、国側の実施に戻された。

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