働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

2008年 3月
労働保険審査制度の見直しに関する考え方(第1次)
全労働・労働保険審査制度検討PT

1 行政不服審査制度の見直しの概要

行政不服審査制度の抜本的な改正を提言すること等を目的に検討を進めてきた総務省の「行政不服審査制度検討会」は、平成19年7月に「最終報告」(以下、報告)をとりまとめた。

「報告」は、法施行(昭和37年)以来、40年以上にわたって実質的な改正のない「行政不服審査法」に関して、「行政手続法」(平成6年制定)、「行政事件訴訟法」(平成17年改正)との整合性を図るとともに、「簡易迅速な権利利益の救済」という本来の制度目的を達成するため、(1)手続きの一元化、(2)審理の客観性・公正さの確保、(3)審理の迅速化、(4)行政手続きの拡充等の観点から、「行政不服審査法」及び「行政手続法」の改正を提起している。今後、同法の改正案が本通常国会へ上程される見通しである。

2 労働保険審査制度の見直しの概要

厚生労働省は、前記1で示した「見直し」によって整備される新たな行政不服審査制度等との整合性を図るためとし、労働政策審議会に対して「労働保険審査制度の見直し」を提起している。具体的には、

  • (1)再調査請求制度の創設
    ・現在、都道府県労働局に配置されている「労働保険審査官」を廃止する。
    ・保険給付に関する決定に不服のある者は、処分庁に対して再調査請求をすることができることとする(審査請求に前置)。
  • (2)審査請求
    保険給付に関する決定に不服のある者は、労働保険審査会に対して審査請求をすることができることとする。

などと説明している。

3 労働保険審査制度の見直しをどう見るか

労働保険審査制度は、行政不服審査法施行以前から、「労働保険審査官及び労働保険審査会法」(昭和31年制定、以下、労審法)に基づいて運用されている。

同制度は、その対象が多種・多様・大量であり、しかもその多くが専門的・技術的な調査・検討を要することから、労働保険制度等に関する専門的知識を有する専任の「労働保険審査官」と、厚生労働大臣が任命する委員で構成される「労働保険審査会」の二段階にわたって不服審査の機会を保障し、労働者(又はその遺族)の権利・利益の実効ある救済をめざしている。

1 二段階の不服審査を捨て去っていいのか。

前記2で示した「見直し」では、新たに整備する行政不服審査制度の原則に従って、現行の二段階にわたる不服審査(審査請求及び再審査請求)を一段階化するとしている。この点に関して「報告」は、「二段階の再審査請求の手続きは、終局段階に至るまでに1年を超える事例が多く、段階を経ることが煩瑣なだけであって、簡易迅速な手続きによる国民の権利利益の救済に結びついているとは言えない面がある」としている。

しかしながら、そもそも迅速化を図ることと、権利・利益の救済に手厚い二段階審査の廃止を結び付け、両者を両立し得ないトレード・オフの関係としてとらえることが正しいのだろうか。

迅速な審査を妨げる最大の要因は、審査に従事する人員・体制の未整備にあることは明らかであり(近年、労働保険審査官の増員によって、飛躍的な迅速化が実現している)、二段階の不服審査の是非を筋違いの観点から乱暴に論ずべきではない。

また、企業活動のグローバル化やスピードアップ等の環境変化に即応し、行政訴訟へのアクセスを容易にするため、不服審査の一段階化を求める意見がある。しかし、今日、簡便・迅速・低廉なADRへのアクセスへの保障が強く求められていることを軽視すべきではないし、加えて、行政訴訟が専ら当該処分の違法性を争うのに対して、不服審査が行政裁量の範疇における当不当をも争うことができる点で、権利・利益の保障に手厚いことも見逃すべきでない。もとより、他方で行政訴訟へのアクセスの保障は必ずしも十分でないことから、「前置主義の見直し」等の方策を講ずべきである。

また、労働保険審査制度の特質に着眼すると、

  • (1)労働保険審査制度の認容率(取消率)は、行政不服審査制度全体が5.6%であるのに対して、審査官(審査請求)段階で約11%、審査会(再審査請求)段階で4.7%となっており、非常に高率である。
  • (2)労働保険審査制度を利用する者は、労働災害によって負傷し又は職業性疾病に罹患した労働者又はその遺族であって、労働組合等の支援が得られる場合は格別、行政訴訟を提起できる場合はむしろ少ない。経済的に力の弱い訴訟弱者に対して費用負担がなく簡便な手続き(審査請求は口頭で可、労審法第9条)による不服審査を二段階にわたって保障することの意味は大きい。
  • (3)都道府県労働局に配置された労働保険審査官を廃止し、東京(本省)に所在する労働保険審査会に不服審査を一段階化するとなれば、不服審査を申し出ようとする者は、公開審理のために東京に赴くことが不可欠となり、権利救済システムへのアクセスの利便性を著しく阻害する。

等の事情を考慮するなら、労働保険審査官を廃止すべきではない。

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2 再調査制度は労働保険審査官と同等の権利・利益救済が可能か。

厚生労働省は、労働保険審査官を廃止することに伴って、処分庁(労働基準監督署長等)に対する「再調査制度」を設けるとしている。

しかしながら、労働保険審査制度は事実認定に関する争いが多く、重大・明白な事実誤認を指摘しない限り、処分庁自身が判断を見直すことは考えにくく、制度は有効に機能せず、利用者(被災労働者等)の制度への信頼を得ることもできない。

すなわち、労働保険審査官は、独任官(不服審査機関)であり、厚生労働省の職員としての身分は有するものの、都道府県労働局長から独立性を有し、その事務に関して一切の指揮を受けない。加えて、労働保険審査官は審査に必要な範囲で、文書又は物件の提出を求める権限、鑑定人に鑑定を求める権限、関係者への質問・帳簿等の検査を行う権限、事業所への立入権限等、多くの強大な権限を有している(労審法第15条)。この独立性と強大な権限に裏打ちされてこそ、処分庁の判断を自らの調査と判断で覆し、権利・利益の救済を実効あるものとし得るのである。

これらの点で、処分庁が行う再調査と労働保険審査官の審査は、質的にも大きく異なっており、同等の権利・利益の救済は到底、望めないことは明白であるから、労働保険審査官を廃止すべきではない。

3 あるべき労働保険審査制度への若干の提言

現状の労働保険審査制度の運用は、多くの点で課題を残しており、次に指摘する改善が急務である。あわせて、労災補償に関わって、脳・心臓疾患や精神疾患等の一部の職業性疾病の認定基準等によって設定された権利保障の水準が、近時の判例の到達点に及ばないために、これらの疾病の労災補償をめぐる行政訴訟で国が敗訴する事態を続いている。労働者又はその遺族にとって行政訴訟の負担は計り知れず、本来、労働保険不服審査制度を含む労災補償制度の中で適切かつ迅速に救済されるべきであり、そのために、認定基準等の見直しが急務であることを付言したい。

(1)迅速な権利・利益救済の実現

労働保険審査制度が対象とする権利・利益は、労働者又はその遺族の生存権に直結するのきわめて重要なものであることから、その救済はとりわけ迅速でなければならない。その点で、裁決までに平均1年6ヶ月程度を要している労働保険審査会(再審査請求)段階の審理の迅速化は急務である(審査官(審査請求)段階では、決定まで平均2〜3ヶ月程度)。そのため、審査会の人員・体制の抜本的に増強すべきである。

(2)審査の充実と情報の開示

脳・心臓疾患や精神疾患等に関わる審査請求が急増するなど、近年の労働保険審査制度が対象とする事案の複雑性・多様性をふまえた、きめ細かい審査を可能にするため、労働保険制度等に精通した職員の増置と各分野の専門医・研究者の確保がきわめて重要であり、予算措置を含めた体制整備が求められる。

また、請求人である労働者又はその遺族(特に遺族)が、職場環境や勤務実態等の必要な情報を収集することがきわめて困難な事情を十分に考慮し、積極的な職権行使(証拠収集等)が追求されるべきであり、そのためにも人員・体制の増強が求められる。また、同様の観点から、請求人に対する記録等の閲覧・謄写制度を確立することが必要である。

(3)行政訴訟へのアクセスの保障

現行の労働保険審査制度は、審査請求後3ヶ月経過で再審査請求が可能となり、再審査請求後3ヶ月経過で行政訴訟を提起し得る、いわゆる「バイパス措置」を講じている。しかし、請求者がその権利・利益の救済方法として行政訴訟を望む場合において、二段階のバイパスを通過しなければならないとすることへの負担、とりわけ、東京に所在する労働保険審査会へのアクセスの困難さを考慮するならば、労働保険審査官への審査請求後3ヶ月経過で行政訴訟を選択的に提起し得ることとすべきである。