働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

2007年 8月
「労働基準監督行政の課題を語る」
労働基準監督官座談会

2007年8月、労働基準行政の第一線で監督指導業務等に従事する組合員が集まり、近時の労働者の現状、労働法制や行政運営の課題等について率直な意見交換を行いました。

  • A 労働基準監督官(労働基準監督署勤務)・40代・男性
  • B 同(労働基準監督署勤務)・30代・男性
  • C 同(労働局勤務)・40代・男性
  • D 同(労働基準監督署勤務)・30代・男性
  • E 同(労働局勤務)・30代・男性

司:本日は、労働行政の第一線で労働基準監督業務に従事されている労働基準監督官の皆さんに集まっていただきました。最近の監督業務の中で、労働者の雇用や労働実態に関わって特徴的な傾向は何か、お尋ねします。

A:巷間言われている派遣・請負の増大は確かであり、現に非正規労働者からの相談が増えている。激増と言えるでしょう。感覚的な表現で申し訳ないけど、「かわいそうだな」と思う労働者が増えている。

B:非正規雇用が増えている一方、正規労働者も過重労働でかなり追い詰められている。少し気になるのは使用者も暴力的になっていることです。私の監督署の管内は中小企業が多いからかもしれないが、社長に殴られたとか、あるいは辞めたいと言ったら脅されたといった相談が結構ある。良い職場と悪い職場に分かれつつあるのではないか。

C:「ワーキングプア」と言われる働く貧困層の広がりは確かに感じる。先日も電車代がなくて署まで3時間も歩いてきたという事案があった。他にも未払賃金の2万円を取りに行けない、電車代がないという相談もあった。かつてもこうした事案はあったが、一部の地域や職種に限られていたように思う。しかし、今の状況はかなりの広がりを持った現象ではないか。もう一つは、労働者が置かれた厳しい現状の反映なのだろうが、相談を受けていると相談者がどんどん絡んでくる傾向を強く感じる。働く人たちの気持ちが何かすさんでしまっている気がする。

D:雇用形態の変化に関して、派遣・請負の増加は確かにあるが、非労働者化という流れも気になる。使用者からは、「個人事業主だ」と言われているが、労働保護法規の適用があるんじゃないかという相談はよくある。先日もバーテンダーとして働いているという人から電話相談を受けたが、どう考えても個人請負とは考えられない職種。請負契約と労働契約の違いを説明するが、なかなか説明のしづらい課題だと感じている。

B:逆に言えば、そういう業種の使用者までもが、請負契約にしてしまえばいいという意識が出てきたということか。いろいろ労働法的な規制を免れる「知恵」がついてきたということだろう。

E:法人営業の「緑ナンバー」の車両を使っていながら、一人ひとりの自動車運転手は「労働者じゃない」と言う事業主がいた。そう言えば、何でも通ると思っているのか、労働者の無知につけこんでいるところがある。

D:ソフトウェアの開発等の業種では、請負契約の人たちと労働契約の人たちが混在して働いているが、こうした業種の場合には、働く側もメリットがあると思っているように見える。でも、実際は使用者の方がはるかにメリットが大きい。SEは納期が近くなると、いろいろなバグ処理等でその人にしかできないことがあるため、テスト等でものすごく残業する。だから、ある意味で騙されているんじゃないかなと思う。

司:こうした今日の状況の中で、昨今の労働法制の見直しをどう見ていますか。

A:少し長い目で振り返って見ると、労働者の現状は、労働基準法の制定時と比べて本質的な部分であまり大きく変わっていないように思う。死亡災害の減少や所定労働時間の短縮などは確かに大きな前進面だが、実際の働き方なり、雇われ方といった基本的な部分では、むしろ過酷になっていないか。労働関係法令は増え、通達も一層細かく規定されるようになったけれども、どこかピントがずれていたように思えてならない。

B:確かにここ10年だけを見ても労働法令集も倍の厚さになっている。しかし、意味がないと言ったら語弊があるが、それぞれの新規立法が労働者の実情にどのような影響を与えたのか、個々の事案に即して検証してみる必要があると思う。それは、今後の労働法制の在り方を考える上でも有益なことだ。

E:最近の労働法制の見直しは、「規制緩和一辺倒」という印象だ。90年代半ばまでは法定労働時間の短縮等もあったが、他方で労働時間規制の弾力化もあった。一進一退というか、ギブ・アンド・テイクの関係があったように思えるが、労働者派遣の原則自由化や企画業務型裁量労働制の導入のあたりから、何か規制が底抜けしたような印象がある。企画業務型裁量労働制には実体要件と手続要件がそれぞれあって、あくまでも労働時間規制の除外事由という位置付けだが、特に実体要件は抽象的な規定だから規制力が乏しく、要件たり得ていない。何かの研修で本省労働時間課の課長補佐(当時)が、労使協定があれば実体要件で法違反を問うのは難しいというような発言をしていたが、きっと本音だろう。

A:確かにそうです。企画等の業務は何かを説明するのはすごく難しい。「企画、立案、調査及び分析」と「企画、立案、調査又は分析」の違いを説明しても、果たして何人に理解してもらえるだろうか。こうした規制の境目がものすごく曖昧となっていることが、実は人の命に深く関わっているという事実にもっと向かい合うべきだろう。

B:労働時間規制に関して言えば、「サブロク」(労基法36条に基づく時間外・休日労働に関する協定届)の「特別条項」というのは、あまりに大きな「抜け穴」で弊害が大きい。「正直者が馬鹿を見る」ような制度と言えないだろうか。そもそも平成3年(平成13年改定)の「所定外労働削減要綱」(厚生労働省)では、「所定外労働は臨時、緊急の時にのみ行うものであり短いほど望ましい」と位置付けられている。その「例外」である所定外労働のさらなる「例外」である「特別条項」の運用が、一年のうちの半分まで許容されるというのは、如何なものだろう。「特別条項」の運用にまで至らない所定外労働なら、年中させてもいいと言っているようなものだろう。

C:「特別条項」の設定以前に「時間外労働の限度に関する基準」(平成10年、厚生労働省告示54号)が適用されない事業(工作物の建設等の事業)や業務(自動車の運転、新技術・新商品等の研究開発の業務)が、いつまでも広範に認められていることも問題だろう。

E:サブロク協定の「特別条項」に関連して、気になっているのが今年6月からの「中小企業労働時間適正化促進助成金」です。支給要件がいくつか定められていますが、サブロク協定で「特別条項」を設けている中小事業主等が、その「特別条項」の対象労働者を半分以下にして、後はノー残業デーを設ける等の措置を講じ、そして労働者を1人以上、半年雇えば、助成金が支給されるというもの。これまで労働時間短縮に努力を重ねてきた企業と、今日まで「抜け穴」を使い放題に使ってきた企業のどちらに手を差しのべていくべきなのだろうか。私の感覚からは不公平感が否めない。もちろん、こうした制度ができた以上は、不公平感が生じないよう、また効果が上がるように力を尽くしますが・・・。

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司:最近の労働法制の見直しの動向についてはどうですか。特に「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入の動きをどう受け止めていますか。

B:規制改革会議の「労働タスクフォース」の報告(本年5月21日発表)は、きっと本音だろう。要するに「労働法制不要論」だ。会議の委員は一度、「日雇い派遣」で働いてみたらいい。そこまでしなくても、監督署で一日座って見ていたらいい。労働組合の側も一度あけすけな提言をしてみたらどうだろうか。週休三日制を法制化しろとか、少なくともILOの条約や勧告の水準は堂々と要求してよいと思う。何しろILO条約等は、公労使の多数合意の水準なんだから。

E:ホワイトカラー・エグゼンプション、最近は「自己管理型労働時間制」と言うらしいが、私にはそもそもその必要性が理解できない。導入理由として指摘されているのが、労働者を自律的に働けるようにしてあげるということ。しかし、現行法に労働者が自律的に働くことを禁止する条文があるか?、多様な働き方を禁止する条文があるか?、始業・終業時刻は労使で決めればよいのであって、労働者の自由に任せたいというなら、フレックスタイム制を活用すればよい。また、労働時間に応じた賃金ではなく、成果に応じた賃金というけど、現行法で成果主義賃金を禁止した条文があるか?、実際、オール歩合制の賃金制度も少なくない。割増賃金制度の適用を嫌っているのかもしれないが、全労働がかつて指摘していたように、現行の割増賃金制度は、算定基礎からの除外賃金が相当多く、実質的には「割引賃金」なんだから、せめてそのくらいは払ってほしい。

D:もっと重要なのは、自律的に働きたいとか、労働時間規制を外してくれと要望している労働者がどれ程存在するのかということではないか。労働者の現状に目を向ければ、本社等で働くホワイトカラー層は過重労働が当たり前。まさに過労死や過労自殺と背中合わせで働いている。ホワイトカラー・エグゼンプションの場合、基礎となる立法事実をあらためて検証した方がいい。とんでもない勘違いをしていないか。

B:表向きの導入理由は苦肉の作文なんだろう。厚生労働省の立場としては、規制改革会議等が主導するトップダウンの政策決定に従わされているということだろう。労働組合やマスコミの批判の矢面に立たされて、ある意味では被害者みたいなところがある。底流にある新自由主義的な基本政策とか、「日米投資イニシァティブ」にあるような米国政府の要望や経済団体の要望に目を向けないと流れはなかなか変わっていかない。しかし、米国政府の要望って何なんだ。読んでみたら、「解雇の金銭解決制度」の導入まで要望している。あれは確かドイツにあるけど、米国には存在しない。自国にない制度の導入を迫るというのはおかしいだろう。

E:こうした制度が導入されたら、誰が一番苦しむのかを考えてほしい。新制度の下で働く労働者であることは間違いないが、彼らと向かい合う第一線の労働基準監督官も苦しむことになる。労働者から、「死んでしまう」「助けてくれ」と言われて、「法律がこうなってるから仕方がない」って言うんですか、「民事不介入ですから」って言うんですか。そんな労働基準監督官って存在価値ないでしょう。全労働の「労働基準監督官アンケート」(注1)に示された監督官の声って本当に悲痛なものだと思う。

C:労働時間が意味をなさない働き方がないとは言えない。例えば、コピーライターなどは、確かに労働時間を問題にしても余り意味はない。もっとも、そういう職種は現行の裁量労働制でカバーしきっていると思う。

B:しっかりした時間管理の下で働いているコピーライターやデザイナーも実際にいる。そこの社長に聞いたら、その方が業務計画を立て易いし、時間の目安を示してあげることで効率がよくなり、メリットがあると言っていた。

ところで、年5日までの1時間単位の年次有給休暇(年休)の時季指定をどう思う?、元々の趣旨には適していないし、何か年休らしくないだろう。

C:労働者が1労働日単位で指定する自由さえ確保されているなら、一定の限度でバラバラに切ってもいい気もする。労働者側の裁量が広がるわけだから。

D:年休の1時間単位の指定は、厳格な労働時間管理が義務付けられている国じゃないと問題が生じるのではないか。そもそも嵐のように残業をさせられて、1時間、2時間の単位で休みをとれと言われてもどうなんだろう。それよりも、年休が必ず消化できる仕組みを法改正で実現した方がよい。現状は「請求がないから与えていません」といった抗弁がまかり通っている。

A:それも一例だが、現場で労働法制を施行していると、様々な局面で立法上の不作為というものを強く感じる。例えば、実務の中で悩ましいのが、法令の規定の仕方や概念があいまいなもの。労基法の「管理監督者」(41条2号)の問題なんて本当に悩ましい。そもそも基準が明確じゃない。本来、立法的に解決すべき課題が何十年も手付かずになっている。

C:こういうのは、使用者だって困っている。真面目な使用者は監督官から指導を受けるかもしれないからと抑制的に運用しているが、逆に思いっきり野放図な使用者がたくさんいる。

E:年次有給休暇の時季変更権や裁量労働制の適用範囲なんかも、要件自体のあいまいさから、判断不能に陥るときがある。一番悪い法律というのは「わかりにくい法律」。何が書いてるかわからない。労働者派遣法ほどじゃないけど、最近の労働基準法も一読しただけでは、何が書いてあるかわからないじゃないですか。

B:労使協定制度を何とかしないとダメだな。労使対等の労働条件決定(労基法2条)の理想と現実との乖離は、依然として溝が埋まっていない。

この間、社会保険労務士が顧問先の「サブロク」を百枚ほど持ってきて、中身を見たら全部同じ協定内容。もちろん、労働者代表欄にはご丁寧にすべて署名・押印がある。本当に労使対等で話し合って決めたなんて信じられない。労働者代表制度が機能していないということだ。しかも、その社労士は窓口で早く受理しろと凄んでいた。「俺は悪徳社労士だ」と宣言しているようなものだ。

A:いろんなおかしいことをよくわかっているのは現場なのに、それが一番大事なところまで伝わっていない。ILOの『労働監督の手引き』(1955年)を見ると、監督官の三つの大事な任務の一つに、「現行法規によっては明確に規制できない欠缺又は違反につき主務機関の注意を促すこと」と書いてあるが、全然機能していない。法令の欠缺を知り得る監督官の声があまりにも軽視されている。かろうじて、労働組合(=全労働)が提言するぐらい。

司:臨検監督の方法に関わって、どのような問題意識を持っていますか。

E:今、臨検監督は監督官が一人で事業場に赴く「単独監督」が原則。しかし、こういう時代になった以上、臨検監督は原則として「複数監督」とした方がいい。相手方から暴力を振るわれたり、あらぬことを言われたりするのは、日常茶飯事。一人で事業場へ赴くというやり方では全く防御できない。「単独監督」というのは、昔のように公務員の言うことに多くの人々が耳を傾けてくれるという社会を前提にしたもので、すでに世の中が全く変わっていることを認めるべきだ。

D:臨検時に大声で威嚇されたり、言いがかりをつけられたりすることは本当に多い。確かに問題のある事業場等を選定して臨検している訳だから、それ自体はある程度仕方がないけれども、複数で行っていれば反論にも客観性が高まるし、精神的な負担がすごく軽い。実際、2004年には、フランスやブラジルで監督官が殺害されるという事件があった。問題が起きる前に措置をするのが、「安全」の思想であって、日本でも準備をしなければいけない。外国で起きていることが日本で起きないという保証はどこにもない。

C:複数で監督指導することによって、指導内容の信頼性や納得性が高まる効果がある。公正さも高まるだろう。同時に効率的でもある。しかも、「複数監督」は監督官の世代を越えた技術やノウハウの伝承にも役立つ。

B:臨検監督を受ける側の人たちも、まさか一人で来るとは思ってないんじゃないか。税務署だって、保健所だってみんな複数で来る。実際、きょとんとされることもよくある。

司:なぜ、複数監督の一般化を認めようとしないのか、その点はどうですか。

A:監督件数を上げることが最も重要だという件数主義があるからだろう。件数を高めること自体は異論はないが、指摘のあった様々な大事な視点はすべて捨象してしまう。「件数至上主義」なんだ。

司:件数主義とも関連しますが、臨検監督の予告をどう考えますか?

C:今日の企業社会の常識に照らして、アポイントメントなしで事業場に赴き、企業のトップ、あるいは幹部を何時間も拘束するという手法は現実的でしょうか。臨検の予告を原則化しても問題ないと思うし、早期にしてもらいたい。

B:そうだろうか。IAEA(国際原子力機関)の核査察でも予告なしの臨検を求めている。予告なしの臨検を自ら放棄するのはおかしい。予告なしに来るからこそ、普段からやっているのか、やっていないのかが問われるという意識が生まれる。それは我々の仕事でも言えるんじゃないの。

D:例外的に予告できるものはあると思う。しかし、いつ来るかわからないという緊張感を持たせることは大事で、原則的には予告をしないで入っていくべきだろう。大体、臨検が予告されていたら、労働者がしらけると思う。事前に臨検の日時が分かったら、使用者は「よけいなことは言うな」などと労働者に釘をさすはず。建築現場などは、間違いなく作業を止めて「一斉清掃日」にしてしまうだろう。

C:予告後に取り繕ったらわかるだろう。その点も含めて調べればよい。税務署だって、会計検査院だって予告してから来る。それは何も珍しい事じゃなくて、珍しいのは我々の方だろう。

A:予告を望む声があるというのは、件数主義が関係しているんじゃないか。中小企業等への臨検の場合、担当者が全くいなくて留守番の人だけということがよくあるが、その場合に「実績ゼロ」と扱われることに不満を持っているのだろう。もう一つは、無予告の臨検監督は、程度の差こそあれ、立ち入る、立ち入らないで必ずトラブルになる。怒鳴り合うことだってまれではない。しかもこちらは一人で対応することになる。そういうトラブルというか、ストレスを避けたいという思いがあるだろう。

 

E:トラブルを避けたいのなら、予告を選択するのではなく、「複数監督」を実現すればよい。相手の抵抗も違う。もっとも「複数監督」で空振りするとロスはもっと大きいけど。

司:みんなの頭の中に件数確保が相当強くあるということですか?

B:本省幹部は、件数主義なんて一言も言っていないと言うが、実際の業務監察となれば件数、件数と言っている。前の(労働局)監督課長は、監督行政の実績を示す指標として監督件数こそが「第一級の指標」だと公言していた。それを自分の実績として本省に余程アピールしたいんだろう。件数主義は、中間幹部の出世主義の裏返しのように見える。眺めるだけの臨検監督を10件やるのと、しっかりとした臨検監督を1件やるのとで、どちらが行政効果をあげるか、少し考えれば分かるだろう。今日の監督行政の役割を考えたら、ムダなことをしている暇はない。

C:私は件数を重視してもよいと思う。中身のない件数主義は問題だけど、中身がある件数は大事だ。しかも、当初に計画した件数なんだから計画的に実施するべきで、実施できないならやっぱり説明しなきゃいけない。だいたい今の計画件数って、そんなに多いか?

A:中身を濃くするんだったら、もっと計画件数を抑えるべきだろう。実際、管内に同じ企業の店舗が5店舗あったら、ほぼ同様の是正勧告書を全店舗分作成し、それぞれに交付するという監督官がいた。丁寧な指導と言えばそうだが、件数を上げる狙いが見え隠れする。だいたい、本社にしっかり指導することで足りるだろう。計画策定上の問題で言えば、例えば、災害調査の計画人日は、実地調査から災害調査復命書作成まで4.0人日。4人で終日実地調査すれば終わりというのは如何にもおかしい。

E:事件送致にも件数主義がある。万が一にも簡単な事件で件数を上げていくような姿勢が広がってくるなら、それも重大なことだ。難しい事件を避けるような風潮が現れたら、組織としての力量は急速に衰えてしまう。また、監督官自身も困難な事案に挑戦しなくなったら成長は終わり。計画上は一件20人日だから、それで終わらせろというが、その程度の簡単な事案を選んで立件しろと言っているように見えなくもない。第一線の監督官は、捜査を尽くす立場でとりくんでいると思うが、20人日で終わる事件があったら、見てみたい。

B:余裕のないカツカツの計画を立てるようになっている。残業したくないとか、休日出勤がいやだとか、そういう次元の問題ではなく、行政として一つひとつの事案に労を惜しんじゃダメだと言うことだ。

司:近年、監督手法の面では、変化があるのでしょうか。

A:件数を上げろと言うけれど、監督のあり方を「進化」させるという視点が乏しいと感じる。例えば、本社だろうが支店だろうが、基本的には同じ手法でアプローチしていないだろうか。労基法の適用事業が「場所的な概念」なのでそうなっているのだと思う。しかし近年、企業の経営が劇的に変化している。フランチャイズの形態が広がったり、持株会社が広がったり。さらに賃金制度も業績連動とするなど大きく変わっているし、産業分野の技術革新も著しい。本来なら、こうした変化に即した監督手法が次々と打ち出されていくべきだろう。また、外国人労働者や外資系企業の増大に即して国際化という視点からの見直してもよい。警察組織も「ハイテク犯罪」などの部署をつくったりとか、いろいろな対応をしている。労働局や監督署の役割も今日的に見直してよい。

B:現場の意見をフィードバックするシステムがない。現場を見てきた監督官が本省の幹部になっていないからだろう。国会や査定官庁等への対応で忙殺されていて、現場まで目が向かないという面もあろうが、このままでは労働行政が歪んでしまう。法務省の人事は、いわゆる「赤レンガ派」がいる一方、「現場捜査派」がいて、検察庁のトップである検事総長には捜査経験が豊富な検事が就く。今の監督行政に譬えれれば、検事総長を財務省の人がやっているのと同じ。

C:安定行政でも「PDCAサイクル」(注2)を実践しているけど、フィードバックのシステムというより、行政目標の必達手段のようになっている。自由な発想で創意工夫という空気じゃなくて、追い詰められていくような雰囲気だと聞く。

B:私の労働局では、「本社監督」という対象設定をしている。一つの新しい手法だと思うが、本社監督が本社段階で終わっている点に不満がある。電子システムとして「企業全体情報システム」が構築されているわけだから、情報集積の次段階の行政手法が確立されるべきだろう。現状では参考情報としての位置付けしかない。法改正が必要だが、例えば、企業の本社所在地の監督署が権限を持って他の事業場の帳簿閲覧等を可能にすれば効果的。現状では管轄を越えた時点で他人の縄張りを荒らすような感じで、全社的に直すと言ってもどこまでフォローしていいものか悩ましい。安全衛生分野だが、欠陥機械の通報制度は運用上の課題はいろいろあるけど、全国的な連携を図る意味で発想はすごくいい。

A:効果的な指導だとか、根本的な是正という視点から出発した手法の改善が重要だろう。例えば、賃金不払残業の是正金額が毎年発表されていて(注3)、その金額の多さに注目が集まっているが、金額自体にそれほどの意味があるのだろうか。実際、遡及払いされた割増賃金相当分が、そのまま業績連動の賞与の減額分となっていたという話もある。つまり、労働者の年収は変わらないということ。そうではなく、監督指導の結果として、その事業場で如何なる労働時間管理の方法が確立されたのか、賃金不払残業を二度と生じさせない措置が講じられたのかということの方が大事じゃないか。極論だが、割増賃金の遡及払いは裁判所でもできるが、将来にわたった的確な指導は行政にしかできないのだから、その特性、役割というものをもっと意識した方がいい。現状の臨検監督は、将来に向かった人事管理や健康管理等を指導しようという視点が十分でなく、違反の指摘に止まっているように見える。

司:職業安定行政や雇用均等行政との連携をどう考えますか。

B:現状は未だ限定的だが、労働基準行政が把握している多様な情報の中には、職業安定行政が職業紹介等で活用しうるものがもっとあると感じる。しかし、ハローワークが一部でも民間委託されたら、それももはや不可能だが。

C:「ワーク・ライフ・バランス」は、当初、子育て支援という要素が強かったためか、もっぱら雇用均等行政の課題のようにとらえられていたが、実際は、労働時間の問題が深く関わっている。その意味で連携がものすごく重要。全労働も雇用均等行政との連携が必要だと長年言っているけど、雇用均等行政の反応は今一つのように感じる。総合性を高めるためには「縄張り意識」のようなものを一層克服していかないといけない。

A:雇用均等行政との連携は確かにそう思う。昨日、相談を受けたのが、育休中の女性労働者からで、育休中に会社分割があり、その人がいた部署は分割された先の新しい会社。それで、いったん元の会社を退職し、退職金を精算して新しい会社に移るケースはどうなるのかという話。

育児休業法では、復職時に元の職場になるべく戻すようにしなければいけないことぐらいは知っているが、もっと実践的に勉強しておくことで、最終的に均等室に確認して下さいと言うにしても、もう少し明快なアドバイスができのではないかと悔しい思いをした。

司:職場環境に関わる課題はどうでしょう。かつては、防じん・防毒マスクなどの保護具、保護衣等の装備の不備を指摘する声が多くありました。他にも官用車の配置や庁舎の整備を求める声がありました。

B:庁舎に関してはプライバシーがない。労働者と使用者が同じ窓口に来て相談を受けている。簡易なブースを設けている署も少なくないが、きちっとブース化したほうがいい。しかし、スペースがない。

E:労働者が相談に来て、そこに当該使用者が来る可能性だって十分にあるし、事実あった。要するに、警察署に被害者が来て、加害者の暴力団員もいつでも来られるような状態と同じでしょう。その中で、どうやって人が助けを求められるのか。相談に来ること自体が、保護されるべき「個人情報」でしょう。

D:旅費も矛盾が多い。都市部では8キロ未満の出張が多く、電車代は持ち出しの場合が多い。仕事に行けばいくほど、自腹を切っているのはおかしい。バス代はまず出ない。JRの1〜2区間ぐらいなら歩けということだろう。

A:本当は、プリペイドカードや回数券等を使って実費は補填してもよいことにはなっているが、この種の管理が面倒だからやりたくないということでしょう。

C:職員研修が少なすぎる。新しい法令や通達を読み込むのは当然としても、シュミレーションをしながら咀嚼するのは時間がかかる。ただ、会計実務研修は結構、役に立った。

B:会計実務の研修は確かに好評だったが、もともとは労働組合で会計実務の勉強会を重ねていて、それに50人、60人と集まって来ていた。要するに、後追いです。企業倒産の事件などは、本当に会計実務の知識がなかったら危い。そもそも個人がどこかで学んできた知識に頼っているという体制自体がおかしい。労働安全衛生規則の「技能講習」や「特別教育」を自腹で受講しているのもおかしい気がしている。きっと予算がないということなんだろうけれども、行政サービスの水準が個人の努力で大きく左右される可能性がある。高いレベルの質を確保する姿勢こそ、責任ある行政だろう。

E:「クレーム対応研修」が始まっていますが、これも労働組合が要求し続けてきたものだが、とても役に立っていると思う。

司:監督業務の運営に関わって、効率化できる業務はないでしょうか。

B:税務署では、コールセンターの開設が進んでいるが、導入できないか。

E:どうだろう。労働者から直接相談を受けるというのは監督官にとっての貴重な財産だと思う。監督署に訪れる人というのは、人生をかけてやってくるという場合だってある。そこにどう向き合うかは重要だろう。コールセンターには、にわかに賛成できない。

D:定型的な業務だったら、コールセンターでいいと思う。やはりテレコムは距離を超えるわけだから。しかし、労働相談をコールセンターで受けることはやはり難しいと思う。相談内容が複雑であることもあるが、カウンセリング的な要素がかなりある。税務相談とはやはり質が違う。

C:今でも労働相談は総合労働相談員が受けている。逆に、相談を受けられるような状況で署にいたら、上司から「監督に行け」とどやしつけられるでしょう。

E:それがおかしい。直接労働者の声を聞くというのはとても大事なことで、それがなければ監督官としてのスピリットというか、気合いの部分が鈍ってしまう。

D:テレコムに関連して言えば、電子申請は非常に使い勝手が悪い。どこか一つの部署で集中的に処理すれば、非常に効率的。システム部を創設して一括してやることはできないのか。署の管轄の問題を整理しなければならないのかもしれないが、もはや決断の問題であって支障があるとは思えない。とにかく、あらゆる発想で効率化を図ることが大事だ。

司:最近、監督官の健康面を心配する声があります。

A:今、監督官のメンタル疾患は増えています。確かに昔から多かったが、最近の特徴は追い詰められたときに相談できる体制がないこと。監督官の孤立化だ。できる人はどんどん仕事をさせられているから、周りの人をあまり相手にできない。悩んでいる人を助ける人がいなくなっている。

D:この間も若手の監督官が先輩に改正会社法について尋ねたら、「自分で考えろ!」と一喝されて終わり。もう余裕がないです。それから、頻発するトラブルに巻き込まれた監督官に対するPTSD対策も検討すべき時期でしょう。

司:今後、優先順位を高めるべき仕事、逆に整理すべき仕事はどうでしょう。

C:署ごとに実施している「安全衛生大会」等は整理してよい。広報を狙ったパフォーマンスの要素も否定しないが、どうもアピールの方向が内向きに感じる。

E:新しい種類の災害でもないのに、やたらと災害調査復命書を何回も書き直させる傾向がある。典型的なよくある事故の型であったら、簡潔に処理すべきと思う。会社の資本金がいくらだとか、「会社四季報」みたいな情報は必ずしもいらないでしょう。逆に原因分析等で徹底的に調べようとすると、上から人日をかけるなと言われる。

A:先程から話に出ている件数主義は、多くの事業場を指導した方がいいという考え方とも言える。少ない人員の労働行政が企業等とのインターフェースを拡げていくという方向は理解できる。しかし、一方で就業規則の受付段階での現状の行政指導は、形式審査が中心で必ずしも十分とは言えない。事業場に赴く臨検監督の場では、就業規則を提出させて細部まで指導しているのに、向こうから就業規則を提出する機会を十分に活用していない。これも、形式に陥っているからで非効率。受動業務の重要性にもっと目を向けるべきだろう。

B:サブロク協定届等の提出時も同じだと思う。臨検監督を通じた指導の際は、相手方に指導を受ける姿勢が備わっていないこともあり、反発を受けることも少なくない。しかし、各種届出の提出時というのは、提出する側に指導を受ける姿勢があるわけだから、十分な効果が期待できる。また、就業規則の受付に関して言うと、当初の法の想定は、もっぱら労働基準法の最低労働基準が具備されているかの審査だったのだろうが、今や、育児・介護休暇の制度化や高年齢者雇用安定法上の措置等の多様な課題を指導する貴重な機会であることを意識し、総合施策の手段として位置付ける時期に来ていると思う。

司:本日は、臨検監督等の業務を中心に率直な意見をいただきました。他に監督官が担う司法警察事務(捜査)、未払賃金立替払事務、災害調査、労働相談・申告処理等についても機会があればお話しを伺いたいと思います。ありがとうございました。

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注1:全労働は、2006年11月6日〜30日にかけて全国の第一線の労働基準監督官に対し、緊急に「労働時間規制に関する労働基準監督官アンケート」を実施し、1319人(回収率約80%)から回答を得た(『季刊労働行政研究』07年2月号を参照)。この中で労働基準監督官の6割が、労働時間規制を一部除外するホワイトカラー・エグゼンプションの導入に反対していることが明らかとなった。

注2:マネジメントサイクルの一つで、計画(P)、実行(D)、評価(C)、改善(A)のプロセスを順に実施する。最後のAではCの結果から、最初のPの内容を継続(定着)・修正・破棄のいずれかにして、次回のPに結び付ける。このプロセスを繰り返すことによって、継続的な業務改善活動を推進するマネジメント手法。

注3:厚生労働省は本年10月5日、平成18年度に全国の労働基準監督署が企業の賃金不払残業について是正指導した結果をまとめ、公表した。指導の結果、労働者に支払われた割増賃金の総額は227億1,485万円(支払額が100万円以上の企業を集計)。是正対象の企業数は1,679社、労働者数は18万2,561人。1企業での最高支払額は12億3,100万円。

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