働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

2006年12月
今後の労働時間法制の在り方に対する全労働の見解

厚生労働省は2006年12月8日、第70回労働政策審議会労働条件分科会で、「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)(案)」(以下、在り方案)を提起した。以下、在り方案が示した具体的論点のうち、労働時間法制の部分に係る問題点を指摘したい。

1.法改正の基本的理念について

在り方案は冒頭で、「仕事と生活のバランスを実現するための『働き方の見直し』の観点から、長時間労働を抑制しながら働き方の多様化に対応するため、労働時間制度について次のとおり整備を行うことが必要である」と提起した。

在り方案に先立って提起された11月10日の「今後の労働時間法制について検討すべき具体的論点(素案)」では、「産業構造の変化が進む中で、ホワイトカラー労働者の増加等により就業形態が多様化している。このような中、企業においては、高付加価値かつ創造的な仕事の比重が高まってきており、組織のフラット化や、スタッフ職等の中間層の労働者に権限や裁量を与える例が見られる」「労働時間が長短二極化しており、30代男性の約4人に1人が週60時間以上働いているなど、長時間労働者の割合の高止まりが見られる」「仕事と生活のバランスを確保するとともに、過労死防止や少子化対策の観点から、長時間労働の抑制を図ることが課題となっている」とし、ホワイトカラー労働に対する現状認識と今後の労働時間法制の在り方の観点を明らかにしていた。

ところが素案と異なって在り方案は、労働時間法制を整備する目的は「働き方の多様化」に対応するためであるとし、また、法制度整備の観点もワーク・ライフ・バランス実現に向けた「働き方の見直し」であるとするなど、長時間労働の抑制よりも働き方の転換や多様化への対応を重視した考えであることを明らかにした。

このように、在り方案には労働時間規制を強化しようとするつもりがまるでないことが明らかになった以上、在り方案が提起する様々な諸施策には、長時間労働を抑制し、過重労働による健康障害を防止するだけの力はないといわざるを得えない。法規制を失った労働時間がいったん暴走し始めれば、もはや誰にも止められない。労働者のワーク・ライフ・バランスは均衡に向うどころか、回復不能なほど根底から破壊され、今以上に悲惨な過労死・過労自殺が増えるだけであろう。

2.時間外労働削減のための法制度の整備について

(1) 時間外労働の限度基準

在り方案は、「a限度基準において、労使自治により、特別条項付き協定を締結する場合には延長時間をできる限り短くするように努めることや、特別条項付き協定では割増賃金率も定めなければならないこと及び当該割増賃金率は法定を超える率とするように努めることとすること」「b法において、限度基準で定める事項に、割増賃金に関する事項を追加すること」と提起した。

「限度基準」(労働基準法第36条第1項協定で定める労働時間の延長の限度に関する基準(平成10年労働省告示第154号・最終改正:平成15年厚生労働省告示第355号))の遵守を定めた労働基準法第36条第3項は、同条及び限度基準に強行性や直律効を認めない罰則なしの努力義務規定である。しかも、その義務の名宛人は協定当事者たる労使双方である。そうした努力義務規定の中に割増賃金に関する事項をさらに追加しても、長時間労働を抑制する実効性が乏しいだけでなく、逆に長時間・過重労働を抑制すべき使用者の責務をあいまいにしかねないのである。

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(2) 長時間労働者に対する割増賃金の引き上げ

在り方案は、「a使用者は、労働者の健康を確保する観点から、一定時間を超える時間外労働を行った労働者に対して、現行より高い一定率による割増賃金を支払うこととすることによって、長時間の時間外労働の抑制を図ることとすること」「b割増率の引上げ分については、労使協定により、金銭の支払いに代えて、有給の休日を付与することができることとすること」と提起した。

在り方案は、一定時間を超える時間外労働に対して法定以上の割増賃金率を定めることによって長時間労働を抑制しようとするが、その基準となる時間数は明らかにしていない。「労働者の健康を確保する観点から」というのであれば、「過労死ライン」と呼ばれる1か月80時間から100時間とするのではなく、少なくとも現行の限度基準に則して1か月45時間とすべきであろう。とはいえ、仮に法改正で高率の割増賃金率を設定したとしても、確実に時間外・休日労働を削減・抑制するかは不透明と言わざるを得ない。

また、有給の代償休暇が有する意義や機能を全面否定するものではないが、例えば、事業の繁忙期には「労働者の同意」を口実にして著しい時間外・休日労働が命じられ、閑散期には「健康確保」を理由に高率の割増賃金の支払いに代えて長期の代償休暇が付与されるようであれば、せっかくの高率の割増賃金は「絵に描いた餅」となるうえに、集中的な長時間労働によって健康障害の危険性が著しく高まることになるなど、制度の設計・運用のあり方次第では労働者側ばかりが不利となる危険性を含んでいる。こうした運用が認められるということは、使用者に対して事前の始業・終業時刻や労働日の特定を必要としない「新たな変形労働時間制度」を認めるに等しく、労働者の生活設計の不安定化を促進すると批判されてきた「1年単位の変形労働時間制」以上に労働者の生活を混乱させるおそれがある。

3.「自由度の高い働き方にふさわしい制度」の創設について

(1) 制度の要件

在り方案は、「一定の要件を満たすホワイトカラー労働者について、個々の働き方に応じた休日の確保及び健康・福祉確保措置の実施を確実に担保しつつ、労働時間に関する一律的な規定の適用を除外することを認めることとすること」と提起した。

続けてあり方案は、対象労働者の要件として「次のいずれにも該当する者であること」と提起し、「?労働時間では成果を適切に評価できない業務に従事する者であること、?業務上の重要な権限及び責任を相当程度伴う地位にある者であること、?業務遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする者であること、?年収が相当程度高い者であること」を列挙した。

この間、「ホワイトカラーエグゼンプション」の問題に関して、「新たな適用除外制度」「新適用除外」「新裁量労働制」「自律的労働時間制度」「自由度の高い働き方にふさわしい制度」と次々呼称を変えながら議論が重ねられてきた。しかし、いかなる要素を兼ね備えた者が「ホワイトカラー」なのかといった概念の定立や定義づけが十分検討されきたわけではなく、その点は依然不明瞭なままである。

ところで、在り方案の態度は、4つの要件を満たすことを条件にして対象労働者を一定の範囲に限定しようとしているようにも見える。しかし、要件?でいう「労働時間では成果を適切に評価できない業務」とは、成果主義賃金制度で働く者なのか、裁量労働制の下で働く者なのか、年俸制賃金の労働者なのか、表記の仕方があまりに抽象的すぎて全く想像がつかない。また、要件?や?では「相当程度」というだけで、どの程度の権限・責任の度合や年収額を想定しているのか一切明らかにしないが、レベルの設定次第では、一般労働者層にかなり近いところまで対象労働者にされるおそれがある。要件?にしても「業務遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしない」者を挙げるが、現行裁量労働制の下で働く労働者は除外されるのか、あるいはある程度「裁量的」な働き方をしていれば要件に該当するのか、対象労働者のアウトラインすらイメージできない。これでは、誰が「自由度の高い働き方」をしているのか、労働基準行政その他外部の第三者による判断がきわめて難しく、使用者による濫用的運用を抑制すること困難とならざるを得ない。

もっとも、こうした問題点を解消するために、在り方案では労使委員会での決議事項の一つに「対象労働者の範囲」を挙げてはいる。しかし、在り方案が示す4つの要件に該当すれば、適用除外労働者とされるだけに、対象労働者の範囲の決定を労使委員会の決議に全面的に委ねることは、現行の専門業務型・企画業務型裁量労働制の運用実態がそうであるように、その範囲が不当に拡大されるおそれがある。

(2) 労使委員会の決議事項

在り方案は制度の導入に際してのもう一つの要件として、「労使委員会を設置し、下記(2)に掲げる事項を決議し、行政官庁に届け出ることとすること」と提起した。続けて在り方案は、「a労使委員会は次の事項について決議しなければならないこととすること」と示し、「i対象労働者の範囲、?賃金の決定、計算及び支払方法、?週休2日相当以上の休目の確保及びあらかじめ休日を特定すること、?労働時間の状況の把握及びそれに応じた健康・福祉確保措置の実施、v苦情処理措置の実施、?対象労働者の同意を得ること及び不同意に対する不利益取扱いをしないこと、?その他(決議の有効期間、記録の保存等)」を列挙した。

また併せて、「b健康・福祉確保措置として、『週当たり40時間を超える在社時間等がおおむね月80時間程度を超えた対象労働者から申出があった場合には、医師による面接指導を行うこと』を必ず決議し、実施することとすること」と提起した。

在り方案は「制度導入時の要件」として、a労使委員会の設置、b労使委員会での指定事項の決議、c行政官庁への決議の届出を列挙したが、こうした方法は、すでに現行労基法第38条の4(企画業務型裁量労働制)で採用されていたものである。

労使委員会の決議事項や労使協定の記載事項の法的効果に関する議論では、労基法第38条の3や第38条の4の第1項本文柱書に規定された要件のみが効力要件とされ、争いのある企画業務型裁量制における労働者の同意と不利益扱いの禁止に関する事項を除けば、それ以外の決議・協定事項は効力要件ではないとされている。その結果、効力要件にあたらないとされる健康・福祉確保措置や苦情処理制度などは、たとえ裁量労働制の運用開始後に不履行が生じたとしても、導入した裁量労働制は何の影響も受けないのである。こうした法的性格もあってか、厚生労働省が平成17年に実施した別記「裁量労働制の施行状況等に関する調査」では、決議や労使協定で定めた措置の実施率が著しく低いことが明らかになっている。

在り方案の記述からは、列挙された決議事項のいずれが「自由度の高い働き方にふさわしい制度」の効力発生要件であるのか確定的に判断できないが、長時間労働の抑制措置や健康・福祉確保措置、苦情処理制度といった事項を制度導入の効力要件としない限り、現行裁量労働制以上に過重労働が深刻となるであろう。また、対象労働者の範囲・業務・賃金要件や本人同意など制度の根幹部分を構成する効力要件に違反した場合は、行政官庁の改善命令を待つことなく、「自由度の高い働き方にふさわしい制度」は遡って無効とし、労基法第32条第1項・第2項を適用すべきである。

在り方案はまた、健康・福祉確保措置の一つとして週当たり40時間を超える在社時間等がおおむね月80時間程度を超えた対象労働者に対する「医師による面接指導」を決議することを提起するが、実施要件はあくまで「対象労働者からの申出」という条件つきとなっている。つまり、対象労働者が申し出でない限り、健康確保措置として機能しない制度なのである。 対象労働者が医師による面接指導を申出ることなく過重労働による健康障害を発症した場合、面接指導を申出なかったことが労働者の過失とされ、その分使用者の安全配慮義務が軽減されるのである。

「医師による面接指導制度」(第66条の8)は、過重労働防止対策として2006年4月施行の改正労働安全衛生法で新たに設けられた措置であるが、この時も医師による面接指導の実施に対象労働者からの申出を要件としたことが、措置としての実効性を弱めるものとして厳しく批判された。「自由度の高い働き方にふさわしい制度」とは労働時間規制を全面適用除外とする制度に他ならないから、労働時間規制を受ける労働者よりも一層厳格な健康確保措置が講じられるべきである。したがって、対象労働者からの申出は医師による面接指導の実施要件とすべきではない。

医師による面接指導のもう一つの要件として、在り方案は対象労働者の「在社時間」が週当たり40時間を超えておおむね月80時間程度とすることを提起したが、労働時間規制の適用除外による最大の「メリット」は、使用者は始業・終業時刻や時間外・休日労働時間数の把握・記録義務や、割増賃金の支払義務が免除されることにある。労働時間とも異なる「在社時間」という新たな概念をもって使用者に医師による面接指導の実施を要求するのであれば、「在社時間」を把握・記録する義務を労基法に規定すべきであろう。

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(3) 制度の履行確保

制度の履行確保措置として在り方案は、「a対象労働者に対して、4週4日以上かつ一年間を通じて週休2日分の日数(104日)以上の休日を確実に確保できるような法的措置を講ずることとすること」「b対象労働者の適正な労働条件の確保を図るため、厚生労働大臣が指針を定めることとすること」「c,bの指針において、使用者は対象労働者と業務内容や業務の進め方等について話し合うこととすること」「d行政官庁は、制度の適正な運営を確保するために必要があると認めるときは、使用者に対して改善命令を出すことができることとし、改善命令に従わなかった場合には罰則を付すこととすること」と提起した。

適正な制度運用の確保のあり方については、05年12月27日の「今後の労働時間法制に関する研究会報告書」、06年4月11日の「労働契約法制及び労働時間法制に係る検討の視点」や同年6月13日の「労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(案)」では、要件・手続に違背があった場合には労基法第32条違反と整理し、行政官庁の改善命令に違背すれば、当該対象労働者を通常の労働時間管理に戻す命令や制度(全体)の廃止命令を発出することを議論していたが、在り方案では週休2日制に相当する年間104日の休日確保、行政官庁による改善命令と命令違反に対する処罰にとどめた。

今日、労基法上の特例事業場など一部の例外を除いて、大半の企業では就業規則や労働協約に基づいて週休2日制が制度化されている。しかし、一見確立したかのように見える週休2日制もまた様々な矛盾を抱えている。賃金不払残業や過労死・過労自殺が問題となった企業では、出勤簿やタイムカード上はすでに退社し、あるいは所定休日で休んでいるはずなのに、個人のパソコンには社内LANへのログインや電子メールの送受信の記録が残されている、いわゆる「闇の時間外労働」「闇の休日労働」が日常的に行われていることが、労働基準監督署による立入調査や労災認定、過労死裁判の過程で明らかとなっている。企業自らがこうした違法な労働時間・休日管理をやめ、また36協定で協定する休日労働日数を自己規制しない限り、「自由度の高い働き方にふさわしい制度」の下での働過ぎ防止対策としていかに多くの休日数を規定したとしても、対象労働者の健康維持やワーク・ライフ・バランスを実現することは不可能であろう。労働時間規制の適用除外によって1日・1週の労働時間規制がなくなり、労働そのものが無制限となる中、健康確保のために最低限必要とされる休日が、夏季休暇や年末年始の休暇等を含めて現行の休日水準と代わらない年間104日で本当に十分といえるのか、あらためて検討し直すべきであろう。

また、もう一つの制度の履行確保措置として提起された行政官庁による改善命令と命令違反の使用者に対する処罰について、在り方案は一見、行政官庁に強い監督権限を与えようとするかに見える。しかし実際は、「必要があると認めるとき」「従わなかった場合」と権限の発動の機会を限定し、使用者側が要求する「労使自治の慎重」最大限配慮したものとなっている。加えて、こうしたあいまいな要件では、行政の判断や対応が自己抑制的になりかねないことも見逃せない。

また、在り方案は改善命令違反に対して処罰するというが、犯罪を構成する事実要件はあくまで改善命令違反という使用者の行為である。つまり、行政官庁に発覚するまで決議した各種の履行確保措置を履行せず放置しても労基法上何らの責任も生じないし、また、不履行が発覚し改善命令が発せられたとしても、その不履行自体は何ら処罰の対象とはならないのである。こんなことでは制度の適正な運用はとても無理であろう。

4.企画業務型裁量労働制の見直しについて

企画業務型裁量労働制の見直しに関して在り方案は、「a中小企業については、労使委員会が決議した場合には、現行において制度の対象業務とされている『事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務』に主として従事する労働者について、当該業務以外も含めた全体についてみなし時間を定めることにより、企画業務型裁量労働制を適用することができることとすること」「b事業場における記録保存により実効的な監督指導の実施が確保されていることを前提として、労働時間の状況及び健康・福祉確保措置の実施状況に係る定期報告を廃止することとすること」「c苦情処理措置について、健康確保や業務量等についての苦情があった場合には、労使委員会で制度全体の必要な見直しを検討することとすること」と提起した。

労基法上の「みなし労働時間制」は、労働時間の算定が困難な事業場外労働や業務遂行手段や時間配分等を労働者に委ねる裁量労働制など特殊な労働実態を対象に、8時間労働制の例外としてやむを得ず必要最小限度の範囲で認めたにすぎない。在り方案は中小企業を対象にした企画業務型裁量労働制の見直しを提起するも、なぜ中小企業の事業運営に関する「企画、立案、調査及び分析の業務」に「主として」従事していれば、労務管理上労働時間の算定が可能なその他の業務にまで裁量労働制を拡張適用し、包括的なみなし労働時間とする必要があるのか、合理的に説明しているとは言い難い。

在り方案のこうした考え方は、労働時間の把握が可能な限り、厳格に労働時間を算定するという労基法の基本原則や、裁量労働制の対象業務の基本的考え方である「当該業務の遂行の手段及び時間配分等の決定に関し使用者が具体的指示をすることが困難なもの」とも矛盾するものである。

中小企業、とりわけ小規模事業場では1人の労働者が複数の業務を担当するのが一般的な労働形態である。仮にこうした包括的なみなし労働時間制度が許されるとなれば、基幹業務に従事するパート労働者が増加する今日、非正規労働者の労働時間規制まで緩和されるおそれがある。 また、決議された健康・福祉確保措置が十分行われていないことが厚労省調査で明らかになっているにもかかわらず、なぜ中小企業に報告免除を認める必要があるのか満足に説明していない。定期報告は労働基準行政が当該事業場での労働時間の状況や健康管理の状況を把握するための重要な手段であると同時に、決議された措置内容が使用者によって確実に実施されるための実質的な担保でもある。よほどの合理的理由でもない限り、廃止すべき性質のものではない。

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5.管理監督者の明確化について

(1) スタッフ職の範囲の明確化

スタッフ職の範囲に関して在り方案は、「管理監督者となり得るスタッフ職の範囲について、ラインの管理監督者と企業内で同格以上に位置付けられている者であって、経営上の重要事項に関する企画立案等の業務を担当するものであることという考え方により明確化することとすること」と提起した。

在り方案が示したこの考え方は、昭和58年2月28日付基発第104号の2に示された都市銀行等のスタッフ職に関する概念と全く同じものだが、そもそもこの行政解釈は、国内外に多数の支店・出張所を設置し、数万人に及ぶ労働者を雇用する都市銀行等で働くスタッフ職を想定したものである。これを業種や企業規模、労働者の従事業務も全く限定せず、何が「経営上の重要事項」にあたるかも明らかにしないまま、普遍的に全事業場に拡張適用しようとするのは明らかに行き過ぎである。

この間、名ばかりの管理職やスタッフ職が労基法上の「管理監督者」とされ、僅かな管理職手当などと引き替えに労働時間規制も割増賃金の支払いもない中で過酷な労働を強いられるケースが業種や企業規模を問わず広がっており、こうした賃金・労働時間管理の違法性を争う訴訟も多発している。ところが、在り方案はこれら「管理監督者」の違法な運用に対する厳格な姿勢を示すどころか、逆に管理監督者として扱うことができるスタッフ職の適用範囲の拡大を打ち出した。在り方案のこうした考え方は、管理監督者の基本概念である「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的にある者」(昭和22年9月13日付発基第17号通達)と大きく矛盾しない範囲で制限的に容認してきたスタッフ職の概念を変質させるものといわざるを得ない。

特に、複数の業務を一人で兼任することが多い小規模事業場で、経営上の重要事項に関する企画立案の一部を担当し、使用者からライン管理者と同格といわれただけで、職務上の権限・責任・裁量制の程度や年収要件すら問われずに管理監督者とするのは、中小企業の労働実態と大きく矛盾すると同時に、スタッフ職でも前述した管理監督者概念の不当な拡大が起きるおそれがある。

(2) 賃金台帳への明示

管理監督者の明確化の手段として在り方案は、「管理監督者である旨を賃金台帳に明示することとすること」と提起した。

管理監督者にあたるか否かは、職務内容、企業内での権限の範囲、職位・職階、経験・能力、勤務実態、賃金・賞与その他の待遇、経営者との一体性などの要素から客観的かつ合理的に判断されるべきものである。賃金台帳への明示などは、使用者の考え方次第で大きく変動する主観的要素にすぎない。こうした要素に基づいて賃金台帳に管理監督者であると表記したとしても、何ら法的な意味がないものといえよう。

6.事業場外みなし制度の見直し

在り方案は、「事業場外みなし制度について、制度の運用実態を踏まえ、必要な場合には適切な措置を講ずることとすること」と提起した。

労働義務の履行場所が屋外であるからといって、使用者は労基法上の労働時間算定義務が免除されるわけではない。労基法第38条の2が事業場外労働に対して「みなし」による労働時間の算定を認めざるを得なかったのは、労働者がいったん事業場を出てしまえば使用者の具体的な指揮命令も労働時間管理も技術的に不可能であったからにすぎない。事実、a何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合、b事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合、c事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場にもどる場合は、労働時間の算定が技術的に可能であるとして、同条の「みなし」は適用されないのである(昭和63年1月1日付基発第1号)。

ほぼ全ての労働者に携帯電話が普及した今日、企業側も時間内・時間外を問わず携帯電話等を通じて随時労働者に業務命令を発し、労働者も業務の遂行状況を定期的に企業側に報告するといった労働実態が広く見られるようになり、懸案であった事業場外労働における労働時間の算定困難性は大幅に解消されるに至った。

在り方案が、事業場外みなし制度の実際の運用面でどのような問題意識を有し、いかなる見直しが必要と考えているのかその記述からは窺い知ることはできないが、こうした今日の労働実態を無視し、就業場所が屋外であるということを口実にして「みなし」による労働時間算定の適用を撤廃し、管理監督者と同様、労働時間規制の全面適用除外とすることを企図しているならば、全く本末転倒の制度見直しと非難されるであろうし、到底そのような見直しを容認することはできない。

以 上

労働時間法制に関する「労働基準監督官アンケート」結果について

労働時間法制の見直しに関する労働政策審議会労働条件分科会の議論が大詰めを迎えています。

議論の項目は、日本版ホワイトカラーエグザンプション(自由度の高い働き方にふさわしい制度、自律的労働時間制度)の導入、企画型裁量労働制の対象範囲の拡大、管理監督者のスタッフ職への拡大等、多岐にわたっています。

現時点で、いずれも労使の意見は大きく隔たっていますが、結論如何によって、今後、多くの労働者の働き方や労働基準行政の運営が大きく左右されることになります。

そこで、全労働では、労働行政の第一線で多くの労働者や事業主と日常的に接しながら、労基法等の遵守を監督指導する労働基準監督官の意見を集約し、これらの議論に一定反映させることが有益であると考え、本年11月6日〜30日にかけて全国の第一線の労働基準監督官に対して緊急に「労働基準監督官アンケート」を実施し、1319人から回答を得ました(回収率約80%)。

ついては、このアンケート結果が、今後の議論やよりよい労働時間法制を求める労働者・労働組合等の運動に生かされることを願うものです。

1 日本版ホワイトカラーエグザンプション(自由度の高い働き方にふさわしい制度、自律的労働時間制度)については、6割が「導入すべきでない」と回答しており、同制度の導入によって、長時間・過重労働がさらにを助長されることを懸念する声が多いことをあらわしています。

他方、2割に満たないものの、「導入すべきである」との回答があります。そこには、長時間労働や賃金不払残業(サービス残業)が広範に存在する現状に対するある種の「あきらめ感」や「現状追認の意識」などが、一定反映しているものと考えられます。(集計結果a)

2 現行法上、管理監督者(労働時間規制の適用除外者)の対象範囲は必ずしも明確でなく、「名ばかりの管理監督者」が広く存在しています。

管理監督者のスタッフ職への拡大については、73.8%が「拡大すべきでない」と回答しており、こうした事態がさらに広がることを懸念する声が強いことを示しています。(集計結果b)

3 企画型裁量労働制の対象範囲の拡大については、71.5%が「拡大すべきでない」と回答しています。

現行法上、企画型裁量労働制の対象範囲が必ずしも明確でないことと相俟って、無限定な長時間労働を助長することを懸念する声が強いことを示しています。(集計結果c)

4 時間外・休日労働(一定時間超)の割増賃金率の引き上げについては、31.4%が「引き上げるべき」とし、40.9%が「引き上げるべきでない」としています。

「引き上げるべきでない」が「引き上げるべき」を上回ったのは、広範に賃金不払残業(サービス残業)が存在する中では、割増賃金率がどうであれ、まずは労基法によって義務づけられた割増賃金が確実に支払われるようになるべきであるという考え方が一定反映していると考えられます。また、「引き上げるべきではない」との回答の中には、監督官から賃金不払残業の是正を勧告された企業が、基本賃金を一方的に引き下げたり、業績の後退を口実に賞与を減額したりすることを通じて「是正」をはかる例が少なくない中、割増賃金率の引き上げによる長時間労働抑制の効果は限定的であると感じていることなどが一定反映していると思われます。

他方、「引き上げるべき」との回答には、現行の割増賃金制度がその算定基礎から賞与や一部の手当を除外し、1時間当たりの賃金額を低くおさえられていることから、実質的に「割増」となっていないという現状への問題意識などが一定反映しているものと思われます。(集計結果d-ア)

5 代償休暇や代償休暇制度(一定時間超)の導入はについては、「導入すべき」が39.2%、次いで「どちらとも言えない」が30.8%を占めています。なお、「導入すべきでない」は28.9%となっています。

評価が分かれているのは、制度の内容がまだ具体的に示されていないことや、制度の運用次第では良くも悪くもなるといった問題意識などが一定反映しているものと思われます。(集計結果d-イ)

6 今後の労働時間法制等の改善方向を尋ねところ(複数回答)、上位を占めたのは、「労働基準監督官を増員する」(71.3%)、「労働時間の把握義務を強化する」(64.2%)、「管理監督者の範囲を厳格化する」(57.0%)、「労基法違反の罰則を強化する」(56.7%)などでした。

現行法による労働時間規制が多くの職場であまりにも遵守されていない現状を改善する立場から、行政体制の充実(労働基準監督官を増員)を求める声が圧倒的となっています。また、多くの監督官が、労働時間の把握すらまともに行われていない職場が多い現状を問題視していることがわかります。(集計結果e)

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