働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

2006年 4月
「今後の労働時間制度に関する研究会報告書」に関する全労働の考え方(提言)

厚生労働省の「今後の労働時間制度に関する研究会」(座長:諏訪康雄法政大学大学院政策科学研究科教授)は、「経済社会の構造変化により、労働者の就業意識の変化、働き方の多様化が進展し、成果等が必ずしも労働時間の長短に比例しない性格の業務を行う労働者が増加する中で労働者が創造的・専門的能力を発揮できる自律的な働き方への更なる対応が求められるなど、労働時間制度全般に係る検討を行うことが必要となっている」(研究会開催要綱)などとして、2005年4月28日以降、議論を開始し、2006年1月27日に報告書をとりまとめた。

しかしながら、報告書は、過労死・過労自殺に至るほどの長時間・過重労働が蔓延する現状の原因分析や総実労働時間の短縮に向けた具体的方策についての検討に乏しい反面、もっぱら「新たな労働時間規制の適用除外の枠組み(=新しい自律的な労働時間制度)」の導入にばかり腐心したものとなっており、「長時間労働大国・ニッポン」と呼ばれている現状の下で、あるべき労働時間制度の姿を展望するにはきわめて不十分な内容となっている。

今後、報告書をめぐって労働政策審議会をはじめ、様々な場で議論が重ねられることから、報告書の主要な論点にかかる全労働の考え方を以下に明らかにする。

1.現状認識と見直しの方向性について

報告書は、ホワイトカラー労働者の比率の高まりや労働者の働き方(=働かせ方)の多様化をとらえ、「労働者の仕事と生活の調和を実現することがより一層重要」と指摘する。また、所定外労働時間の増加や年次有給休暇の取得率の低下等をとらえ、「長時間にわたる恒常的な所定外労働の削減」や「年次有給休暇の取得促進」等とともに「個々の労働者がそれぞれの事情に即した働き方の選択ができるようにするという観点から、労働時間制度及び運用の見直しを行う必要」があると指摘する。

他方、報告書は、「自律的に働き、かつ、労働時間の長短ではなく、成果や能力などにより評価されることがふさわしい労働者」が増えているとし、「従来の実労働時間の把握を基本とした労働時間管理とは異なる新しい労働時間管理の在り方について検討を加え、それに対応した労働時間制度の見直しを行うことが必要」と指摘する。

その上で、こうした現状認識の中から、「生活時間を確保しつつ仕事と生活を調和させて働くことを実現するための見直し」と「自律的に働き、かつ、労働時間の長短ではなく、成果や能力などにより評価されることがふさわしい労働者のための制度」の導入という2つの見直し方向を提起するのである。

近年、成果主義に基づく賃金人事管理制度の広がり、不安定雇用労働者(契約更新の保障のない有期雇用労働者や雇用者と指揮命令者が異なる派遣労働者など)の急増等によって、従来の個別労使関係が、労働者の従属性を一層強める方向に大きく変容し、「自律的」どころか「従属的」で過酷な長時間・過重労働を横行させ、過労死、過労自殺といった深刻な事態が拡大している。こうした事実は、報告書が自ら引用した各種統計資料からも明らかとなっているが、その見直し方向には、労働時間規制の強化という視点がほとんど欠落している。しかも、こうした現状をつくり出した一連の規制緩和政策に対する反省は一片も見られず、それどころか、全体としてさらなる労働時間規制の緩和を志向している点で、きわめて危険な中身となっている。

以下、報告書が提起する2つの見直し方向に即して具体的に論述する。

2.「生活時間を確保しつつ仕事と生活を調和させて働くことを実現するための見直し」について

報告書は、「労働者の仕事と生活の双方が充実したものとなるよう、また、個々の労働者の事情に応じた選択が可能となるよう」、年次有給休暇制度をはじめとする現行労働時間制度の手直しを提起する。しかし、真の意味で「仕事と生活の調和」を図るには、何よりも労働時間の短縮、特に拘束時間の短縮=生活時間の確保こそが重視されるべきである(後記(5)−ア参照)。

この間の規制緩和政策(とりわけ、各種の変形労働時間制の創設と導入要件の緩和等)は、経営上の必要性を理由にした使用者による「柔軟な労働時間の設定」を可能にしてきたが、このような労働時間の弾力化は、生活時間の確保の観点からは決して好ましいものではない。何しろ、実際の日常生活(育児、介護、看護等を含む)は、2日分をまとめて行うように柔軟に設定できるようなものではなく、毎日欠かさず一定の時刻に一定の時間が確保されなければならないからである。

以下、報告書で取りあげられた論点に沿って検討する。

(1) 年次有給休暇

報告書は、年次有給休暇(以下、年休)が50%にも満たない低取得率に止まっていることを指摘しながら、?)一定の年休日数について、使用者が労働者の希望も踏まえて具体的な取得日を決定する仕組み、?)1週間程度以上の連続休暇を計画的に取得させる方策、?)年休取得率の低い者に計画的に取得させるための方策、?)一定の要件下における年休の時間単位の取得、?)未消化年休に係る年休手当を退職時に清算する制度の創設などを提案する。

確かに、年休の取得促進策を検討することは、「仕事と生活の調和」や「健康確保」の観点からきわめて重要な要素である。しかし実際は、現時点で考えうる年休取得促進策を単に列挙したに過ぎず、いずれの方法がより効果的か、どの方法を優先的に措置すべきかといった具体的な検討は何もなされていないに等しい。報告書が「新しい自立的な労働時間制度」の導入に向けた要件や効果等を詳細に検討していることと対照的である。

また報告書は、現行労基法が年休制度の趣旨に反するものとして禁止している年休の時間単位取得を「仕事と生活の調和」の実現に効果的な手段の一つとして肯定的に評価しているようだが、これには疑問がある。報告書が自ら引用した統計資料(平成12年・三和総合研究所「長期休暇制度に関する調査研究」)では、望ましい年休取得単位としては、多くの者が、半日単位での取得(19.7%)、1日単位での取得(42.0%)、なるべくまとめて取得(31.7%)を望んでおり、時間単位の取得を望ましいと考えているのは男女合わせてわずか5.5%(全女性で8.2%、30〜49歳層の女性で11.4%)にすぎない。5.5%の労働者が希望していると強弁するか否かは別にして、こうした年休の時間単位の取得の法制化を歓迎するのは、労働者よりもむしろ使用者の方ではないだろうか。これによって使用者は、労働者のプライバシーに不当に踏む込んだ年休取得理由の開示要求など直接的・間接的に個人生活に干渉することによって労働者に可能な限り請求時間を絞り込ませ、必要最小限の時間にだけ年休を認めれば済むようになるからである(もっとも、報告書も年休の時間単位取得が本来の趣旨と異なること等を認めており、取得日数の制限や半日単位以上の請求に対する時間単位への時季変更の禁止を打ち出している)。

(2) 時間外・休日労働

報告書は、「実態として時間外労働が長時間化している」ことを認めた上で、?)時間外労働の時間数が一定の時間数を超えた場合などについて、割増賃金の支払いに加え、その時間外労働の時間数に相応する休日(代償休日)の付与を義務付ける制度、?)一定の時間数を超えた時間外労働に対する通常より高い割増率の設定、?)法32条違反の罰則強化などの検討を提起する。

しかしながら、報告書には、時間外労働がなぜ長時間化・常態化しているのか、労基法の法構造や労使関係に切り込んだ分析がない。以下、法定労働時間制の原則を確保し、時間外労働の抑制を図るための現行制度の問題点と改善方向を提起する。

ア 割増賃金制度

現行労基法に規定される割増賃金制度は、時間外労働の抑制=法定労働時間の確保というその本来の機能を十全に発揮し得ない欠点を持っている。

一つには、割増賃金の算定の基礎から、賞与等の「1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」(労基則21条5号)を除外している点である。もう一つは、割増賃金率が先進諸外国と比べてもきわめて低い点である。したがって、一般的に年収に占める月例賃金の割合を低く抑え、賞与等の比重が大きいというわが国特有の賃金制度の下では、割増率が「2割5分増」ならば、「月例賃金/年収」が常に「1/1.25」以下になるようにしておけば、割増の効果はゼロ以下になる。つまり、年収ベースの賃金単価と比較し、割増率を「1以下」とすることができるのである。年収に占める賞与等の割合が高いという賃金制度を企業が維持し続ける以上、時間外労働手当は「割増賃金」ならぬ「割引賃金」になり、時間外労働を抑制するどころか、大いに助長することになっているのである。

こうした欠点を解消するためには、?)時間外手当の割増率は、先進諸外国のそれに準じて、下限を5割程度(休日手当の割増率は下限を10割程度)とし、時間外労働時間数に応じて段階的に割増率を高く設定する、?)生活時間の確保の観点から、現行の深夜時間帯(午後10時から午前5時まで)に加えて「準深夜時間帯」(午後8時から午後10時までと、午前5時から午前7時まで)を設け、2割5分程度の割増とする、?)算定基礎は、賞与等を含めた年収を基礎に算定する(この場合、割増賃金の単価の算出が複雑になることから「前年(度)賞与÷勤務月数」を算定基礎に含めるなどの簡素な方法も許容する)などの方策を講じるべきである。

報告書が「検討の継続」を指摘する「所定労働時間を超えた労働に対する割増賃金の支払い」であるが、就業規則に時間外労働を命じることがある旨を付記するだけで、何らの制約なく法定労働時間まで時間外労働を行わせることができるというのでは、事実上終業時刻を特定していないに等しいことから、直ちに割増賃金の支払いを義務付けるべきである。

なお、法定労働時間まで働いた時間外労働に支払うべき1時間あたりの賃金額について、現行労基法では規制がないことから、通常の1時間あたりの賃金を下回る賃金額を約定する使用者が散見されるが、これを明確に労基法で規制すべきである。

イ 時間外労働に関する協定36協定)制度

割増賃金制度とともに、時間外労働に関する協定(36協定)制度にも数々の法的欠点が見られる。

その1つは、36協定で締結する「延長することができる時間」の上限が、事実上機能しないことである。確かにこの間、1998年の労基法改正で、限度基準を定めうる根拠規定(労基法32条2項)、労使が36協定の内容をその基準に適合させる責務規定(同条3項)、労働基準監督署長による助言・指導規定(同条4項)などの規定が設けられるとともに、1982年以来労基法上の根拠規定を欠いたまま実施されていた「労働時間の延長の限度に関する指針」(昭和57年労働省告示69号)も併せて見直され、1年間の限度時間に関する基準を追加した上で、名称も「労働基準法第三六条第一項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準」(平成10年労働省告示154号)にあらためられた(ただし、以前から問題点として指摘されていた1日の限度時間の上限については、この時に見送られたまま今日に至っている)。しかし、この基準はたとえ遵守しなくても罰則はなく、また、36協定自体も労基法上「有効」であるから、「正直者が馬鹿を見る」制度と言えなくもない。

加えて、「限度基準」自体に多くの例外が許容されている点も問題である。「限度基準」は、いわゆる「特別条項」(36協定で定めた「延長することができる時間」をさらに延長できるとする条項)を定めることができるとされ、当初、その時間数も上限がなかった。この点については、2003年の労基法改正時に「限度基準」の一部が改正され(平成15年厚生労働省告示355号)、「特別条項」の運用を「(臨時的なものに限る。)」とし、厚生労働省通達(平15年10月22日基発1022003号)により「『臨時的なもの』とは、一時的又は突発的に時間外労働を行わせる必要があるものであり、全体として1年の半分を超えないことが見込まれるもの」であるとした。

しかし、そもそも時間外労働自体が「本来臨時的なものとして必要最小限にとどめられるべきもの」(報告書)であるにもかかわらず、その「例外」である時間外労働のさらなる「例外」である「特別条項」の運用が1年のうち半分まで可能というならば、「特別条項」の運用にまで至らない時間外労働であれば、年中行わせても支障がないと言っているようなものである。

さらに、工作物の建設等の事業、自動車の運転の業務、新技術・新商品等の研究開発の業務等、「限度基準」が適用されない事業・業務が広範に認められている点も問題である。労働省告示「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」が適用される自動車の運転の業務は別にして、受注量が変動的であったり、天候に左右されやすいという事業の性格や研究開発業務の特殊性が強調されているが、業種・業務の特性にも配慮した何らかの限度時間も示ないことが妥当なのか、疑問なしとしない。

これとは別に、36協定の当事者と位置づけられた「労働者代表制」も問題である。報告書も、「労使が対等の立場で労働条件を決定できるようにする仕組み」の整備に言及するが、労働者代表が、労働組合法の不当労働行為制度等の下で団体交渉権が保障されている労働組合である場合は格別、使用者による不利益扱いからの保護規定を欠いている過半数労働者代表である場合、実際の36協定の締結交渉にあたっては使用者の意向が貫徹されているという事実を直視しなければならない(労働者代表制に関する現状分析と改善の方向については、「『今後の労働契約法制の在り方に関する研究会報告書』に対する全労働の考え方」参照)。

こうした労基法上の欠点を解消するために、?)少なくとも「限度基準」は強行法規化する、?)1日・1週・1箇月・3箇月・1年の単位で時間外労働の上限規制を設ける(これによって、脳・心臓疾患と「強い関連」が認められる程度の過重労働を防止する)、?)「限度基準」の「適用除外」業種・業務は速やかに廃止する、?)「限度基準」の「特別条項」は近い将来廃止することとし、当面、「特別の事情」の要件や「特別条項」で労働時間を延長できる回数をさらに厳格化するなどの方策を講じるべきである。

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(3) フレックスタイム制

報告書は、フレックスタイム制の導入が進んでいないと指摘するとともに、「定例会議への参加が必要な場合などに、特定の曜日については通常の労働時間管理を行い、その他の曜日について同制度を導入できるよう」運用すべきことを提起している。

しかし、現行のフレックスタイム制は、こうした場合にも対応できるように、コアタイムの設定を認めており、その意味では、労働者が「より自由で弾力的に働くことができ、自らの能力を十二分に発揮できる」制度と一応評価することができる。このように、労働者の自己決定による比較的自由な労働時間の弾力的配分を容認するという制度が認められている以上、あえて労働時間規制の新たな適用除外者を拡大しなければならない必然性が一体どこにあるのか、はなはだ疑問である。まずはフレックスタイム制の普及と活用を図るのが先決というべきである。もし、使用者にとって受け入れ難いフレックスタイム制の不都合な点をあげるならば、この制度が法定労働時間制度の枠内にあり、始業・終業時刻を労働者に記録させなければならないことと、1箇月の精算時間、あるいは1箇月の法定労働時間を超えて労働が行われた場合、割増賃金を支払わなければならないということくらいであろうか。

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(4) 事業場外みなし

報告書は、「法第38条の2の対象となる労働者は労働時間の全体が把握し難い業務に従事する労働者でありながら、所定労働時間を超える場合に限り、事業場内で業務に従事した時間が把握できることを前提とした制度及び運用となっており、これらについて、見直す必要性がある」とする。

しかし報告書は、見直す必要性があると指摘しつつ、事業場外みなし労働時間制の運用面でどのような支障が生じ、それをどう解決するのがよいのか、現行どおり8時間労働制の枠内での特例的な運用が妥当なのか、といった具体的な検討等が一切ないことから、本当に見直しの必要があると感じているのかさえ疑わしい。そもそも、事業場外みなし労働時間制は、業務自体が事業場外で行われることによって労働時間の算定が困難となる場合があることに着目した制度であって、事業場内で行う業務について労働時間とみなすべき必要性は見い出せない。労働時間の把握が困難、または不可能ということと、労働時間の把握や割増賃金の算定が複雑・煩雑であるということとは全く別の次元の問題である。少なくとも、使用者にとって労働時間管理や賃金管理が面倒だから見直すというのは、およそ合理的理由とはいえず、許されないだろう。

なお、現行労基法の解釈では、自宅等と出張先の間の「移動時間」は、使用者の指揮命令下にないとの理由で労働時間にあたらないとしてきた。こうした解釈の下では、例えば、使用者から命じられた日時に出張先に赴くには、前日の所定休日に出張先に向けて出発しなければならない場合でも、その当該移動時間は無給となるのである。如何にもおかしな結論と思われるので、こうした場合に適切に対応するためにも、事業場外みなしに準じた措置が必要ではないだろうか。

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(5) 実効性ある労働時間規制に向けた立法的方策

報告書では取り上げられていないが、次に掲げる事項についても法制化が検討されるべきである。

ア 企業内での拘束時間に対する法規制

現行労基法では、1日・1週の法定労働時間、労使協定による時間外労働の制限、休憩時間や週1回の休日の付与等の実労働時間に対する法規制は存在するものの、拘束時間に関する規制は、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(平成元年労働省告示7号・最終改正平成12年労働省告示120号)に定められた1日についての最大拘束時間や1箇月の総拘束時間に関する規定を除いては存在しない。

特に、1箇月単位の変形労働時間制(労基法32条の2)の場合、1勤務の労働時間の長さに全く制約がなく、就業規則等で変形期間内における各日の始業・終業時刻をあらかじめ特定すればよいことになっている。その結果、1日16時間隔日勤務制などといった非人間的ともいえる勤務形態による労働が可能となるのである。

フランス等では、健康障害の防止や生活時間の確保などの観点から勤務と次の勤務との間に置くべき最低限の時間に関する法規制が存在する。「仕事と生活の調和」を実現するためには、労基法改正によって自動車運転業務以外の一般の業務に従事する労働者全般に対しても同様の法規制を設けるほか、1箇月単位の変形労働時間制についても各日・各週における総実労働時間の上限を定めるなど、拘束時間に対する一定の法規制を積極的に検討すべきである。

イ 労働時間の把握義務

現行労基法108条は使用者に対し、賃金台帳に(月の)労働時間数(労基則54条1項5号)、時間外労働・休日労働・深夜労働をさせた場合の延長時間数・休日労働時間数・深夜労働時間数(同項6号)を記載することを義務付けるにすぎず、各日の始業・終業時刻を把握し、記録することまでは求めていない。

報告書は、「適切かつ厳正な労働時間管理を徹底させ、長時間にわたる恒常的な所定外労働の削減や、賃金不払残業の解消へ向けた取組を引き続き進める」と唱えるが、この間、その法的根拠や性格をめぐって議論のあった使用者の労働時間把握義務について、これまでどおり厚生労働省通達(例えば、平成13年4月6日基発339号「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」)を根拠に行政指導ベースで使用者に対して適正な労働時間管理を求めていくことで足りると考えているのか、それとも、この際労基法の改正を通じて解決すべきと考えているのか、何も示していない。

そもそも使用者が、法定労働時間の遵守(労基法32条)、労使協定(36協定)で定めた時間外・休日労働の延長時間の遵守、時間外・休日労働・深夜労働手当の支払い(同37条)、労働時間の通算や坑内労働時の労働時間の特例(同38条)など、労基法上の労働時間関係の義務規定を厳正・確実に遵守していくには、日常的に個別労働者の労働時間を的確に把握し、記録しておくという行為が不可欠である。労基法が労働時間の把握義務を明文で規定しなかったのは、余りにも当然のことであって、あえて明文化するまでもないと考えたからであろう。

ここ10年、多くの企業によって強引に進められてきた正規雇用労働者の削減や成果主義賃金の拡大により、正規雇用労働者を中心に週60時間以上も働く労働者が急速に増加し、こうした状況とも重なって労災認定される過労死・過労自殺の件数や使用者に対する損害賠償請求訴訟も年々増加している。

使用者に課せられているのは、何も労災補償義務や損害賠償義務といった事後的な義務だけではない。使用者は、信義則上、労働過程で生じる危険から自ら使用する労働者(派遣労働者や関係下請負人労働者も含む)の生命・身体・健康を保護すべき義務(安全配慮義務)、即ち、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康が損なうことがないよう注意する義務を負っているのである(最高裁判例として、陸上自衛隊八戸駐屯地事件・昭和50年2月25日、川義事件・昭和59年4月10日、電通事件・平成12年3月24日など)。そのため、適正に労働時間管理を行うことは当然のことであり、労働者各人の始業・終業時刻を把握し、記録する義務が課せられていると解すべきである。

使用者に課せられたこうした公法上・民事上の義務を確実に履行させるためにも、労基法で始業・終業時刻を含む労働時間の把握義務及び記録義務を明文化すべきである。

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3.「自律的に働き、かつ、労働時間の長短ではなく成果や能力などにより評価されることがふさわしい労働者のための制度」について

報告書は、「労働者の中には、仕事を通じたより一層の自己実現や能力発揮を望む者であって、自律的に働き、かつ、労働時間の長短ではなく成果や能力などにより評価されることがふさわしいものが存在する」とし、「その労働者本人が、労働時間に関する規制から外れることにより、より自由で弾力的に働くことができ、自らの能力をより発揮できると納得する場合に、安心してそのような選択ができる制度を作ることが、個々の労働者の更なる能力発揮を促進する」と結論付ける。

つまり、新たな労働時間規制の適用除外の枠組みが、もっぱら労働者の要望を受け止めて検討されたものだとして描いているが、そもそもそのような要望を持っている労働者がどれほど存在しているのか、あるいは、ごく僅かな存在自体までは否定しないにしても、一国の労働時間政策に転換を迫るほど存在しているのか、はなはだ疑わしい。

「ホワイトカラーエグゼンプション制度の早期導入」を掲げた2005年6月23日の「2005年度日本経団連規制改革要望」や「ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言」から見ても、これらは専ら使用者の要望であり、労働者の要望は「偽装」されたものであることはあまりにも明らかである。

2001年に厚生労働省通達「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」が発せられて以降、労基法違反を理由とした労働者や家族からの申告・相談、投書による情報提供、労働組合による監督指導要請等が急増している。こうした情報をもとに繰り返し行われてきた労働基準監督署の立入によって、裁量労働制の違法な運用による不払い、「管理監督者」概念の違法な拡大による不払い、始業前の早出残業に対する不払いなど、様々な手口の賃金不払残業が摘発されてきた。そして、遡及して支払った億単位の時間外労働手当が大きく新聞等で取り上げられるたびに、財界・大企業の威信が失墜したのである。

多くの国民が、過労死・過労自殺をはじめとする長時間労働による健康障害の広がりを問題視し、不安に感じている今日、財界が社会的非難を顧みず、労働時間規制の適用除外のさらなる拡大を要望しているのは、労基法の労働時間規制が及んでいる限り、労働時間管理と割増賃金の支払い義務からは逃れられないと見たからに他ならない。

確かに、労働時間や仕事の配分等を自ら決定したいという労働者が増えつつあるのも事実であろう。こうした労働者の要望に応えていくには、法定労働時間制度の下での一定期間内の労働時間の総量規制という枠組を維持したままで、労働者による始業・終業時刻の自由な決定とコアタイム設定による労働力の集団的・画一的処分を調和させたフレックスタイム制を活用できるはずである。

しかし、報告書が、労働者が自律的な働き方を選択し得るフレックスタイム制の普及を検討するのではなく、労働時間の総量規制や割増賃金の支払義務までも免除する新たな労働時間規制の適用除外の枠組をあえて提案してきたことは、企業社会に蔓延する賃金不払残業と長時間・過重労働をこの際一挙に「合法化」してしまいたいという使用者の要望に忠実に応えようとする意図を有しているからにほからない。

さて、報告書は「新たな自律的な労働時間制度」の法的効果について、法第41条2号の「管理監督者」と同様に、労基法第4章・第6章・第6章の2に規定する労働時間及び休憩に関する規定を適用除外とし、加えて深夜業に関する規定(割増賃金に関する規定を含む)までも適用除外とする方向を打ち出している。

そうした効果を念頭においた上で、「新たな自律的な労働時間制度」の対象者の範囲を確定する要件・概念を明らかにしている。まず勤務態様要件として、?)職務遂行の手法や労働時間の配分等について、使用者からの具体的な指示を受けず、かつ、自己の業務量について裁量があること、?)労働時間の長短が直接的に賃金に反映されるものではなく、成果や能力などに応じて賃金が決定されていることを提起し、次に本人要件として、?)一定水準以上の額の年収が確保されていること、?)労働者本人が同意していることを提起している。3つ目の要件として、実効性のある健康確保措置が講じられていること、最後に、導入における労使の協議に基づく合意を挙げるなど、新たな制度づくりに向けた要件を詳細に検討している。

報告書が提起する「新たな自律的な労働時間制度」を使用者の要望に則したものと見るならば、ここには「小さく生んで、大きく育てる」式の戦略が見え隠れする。当面は厳格な要件を定めておいても、早晩、「新制度は十分活用されていない」「要件が厳しすぎて使い勝手が悪い」などと批判し、要件緩和を進めていくことは必定である(事実、1年単位の変形労働時間制や企画業務型裁量労働制は、財界からの批判が繰り返され、導入要件が緩和されてきた)。

また、前述の要件を満たす労働者の具体的なイメージとして、報告書は「中堅の幹部候補者で管理監督者の手前に位置する者」や「研究設計部門のプロジェクトチームのリーダー」を例示している。しかし、こうした労働者層こそ、過大な仕事量を抱えて連日深夜にまで及ぶ労働に従事せざるを得ない、典型的な中間管理職である。そもそも業務や労働時間の配分等の裁量があるのだろうか。ラインやチームといった組織の中で昼夜を分かたず仕事をしている彼らにとって、いつ、どのように仕事をするかの裁量などあり得ないというのが実態であろう。

結局、報告書が示したイメージは、連日長時間に及ぶ時間外労働を強いられている労働者に対する割増賃金支払義務や労働時間規制を外したいという、使用者の身勝手な要望が最も集中している労働者層にすぎないといえよう。

この点とあわせて、今日、現行の「管理監督者」(法41条2号)の違法な運用が横行し、賃金不払残業の温床となっている点もまた見逃すことはできない。管理監督者とは、一般的に「労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない、重要な職務と責任を有し、現実の勤務態様も、労働時間等の規制になじまないような」「部長、工場等等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」(昭和23年9月13日発基17号)と解されており、その該当性の判断をめぐっての労使間の紛争も決して少なくなかった。近年、人件費の削減を狙って、就業規則の変更等によって「管理監督者」の範囲を拡大する動きが見られるが、法条文の抽象的で曖昧な表現の仕方もまた、使用者の恣意的な解釈を許してきた面があることから、省令または指針等の整備によってこれをより具体化すべきである。

報告書は、「経済社会の構造変化により、労働者の就業意識の変化、働き方の多様化が進展し、成果等が必ずしも労働時間の長短に比例しない性格の業務を行う労働者が増加する中で労働者が創造的・専門的能力を発揮できる自律的な働き方への更なる対応が求められる」などと言う前に、あらためて、わが国の長時間労働の実態と現行の適用除外制度の問題点を検証することから、議論を始めるべきである。

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