働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

2005年11月
「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会報告書」に対する全労働の考え方

厚生労働省の「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」(座長/菅野和夫明治大学法科大学院教授)は、この間の労働契約をめぐる状況の変化を受けて、「労働契約に関する包括的なルールの整備・整理を行い、その明確化を図ることを目的に今後の労働法制の在り方」についての検討を進め、2005年9月15日、標記の報告書(以下、「報告」)をとりまとめた。
今後、労働政策審議会労働条件分科会で、あらためて労働契約法制の在り方をめぐる議論が予定されているが、幅広い労働者・労働組合の積極的な議論と運動が期待されていることから、全労働の考え方を明らかにする。

A 今日の労働者の実態をどう見るか

1 労働行政の第一線から見た労働者の実情

労働基準監督署や公共職業安定所など労働行政の第一線には、日々、多くの労働者・求職者が、相談・申告・求職等に訪れている。
そこで明らかにされる今日の労働者の実態を端的に表すならば、
必要なとき、必要なだけ・・・
こうした「使い捨て」感覚の雇用が広がっている
過労死、過労自殺・・・
こうした非人間的な労働が広がっている
と言えるだろう。
以下、今日の特徴的な状況を列挙する。

(1)広範な業務・業態での請負形態の広がり

使用者責任を負わず、必要に応じて安価な労働力を確保できる「業務請負」が広範な業種・業態で広がっている。具体的には、製造現場はもとより、サービス業(ヘルプデスク等)、運送業(私鉄の車掌等)、医療機関(病院内の検査等)などまで幅広く、加えて「派遣」から「請負」への切り替え(システムエンジニア等)も進行している。また、若年労働者の就職難を象徴するように、業務請負業者への「集団就職」(同一校から同一請負業者への就職)の形態も見受けられる。
「業務請負」の広がりは、すでに「100万人規模」とも言われているが、正確な政府統計すら存在しないことから「闇夜のカラス」とも称されている。

(2)非労働者化の急速な進行

労働保険・社会保険料負担等の「使用者責任」を嫌って、労働者を「非労働者化」する動きが広がっている。具体的には、車両リース型のタクシー・トラック運転手の増加、軽トラック・バイク便運転手の「個人事業主化」、営業・販売職の「個人事業主化」などが目立ち、中には製造現場での労働者全員の「個人事業主化」を図った例もある。労働法・社会保障法の一切の保護のない、きわめて不利な立場の「労働者」が増えている。

(3)「間接雇用」労働者の労働条件の低下

派遣や業務請負の形態で労働者を受け入れる「間接雇用」が急増しているが、派遣業者や業務請負業者間の苛烈な低価格(=低賃金)競争によって、これらの労働者の賃金をはじめとする労働条件の低下が著しい(製造業を中心とした「業務請負」では外国人労働者の急増も影響大)。しかも、「間接雇用」の多くは有期雇用を反復する労働者であり、顧客(派遣・受入先)の都合によって、いつでも「雇止め」される立場にある。
また、今日の「間接雇用」をはじめとする不安定雇用は、かつてのように常用雇用までの一時的就労を意味せず、長期化・固定化・階層化の様相を示している。事実、中高年フリーターは、いわゆるニートとともに急増している。

(4)規制から除外され長時間労働を強いられる労働者

この間の人員削減等が影響し、所定外労働の増加や年休取得率の低下によって、わが国の実労働時間は確実に伸びている。実労働時間は「横ばい」との統計資料もあるが、短時間労働者の増加が、増えた労働時間を相殺しているのである。事実、過労死・過労自殺といった悲惨な実態は広がっている。
特に近年、労働時間規制が緩和された業務、すなわち裁量労働制の対象業務(編集、デザイナー、研究・開発等)や限度基準(労基法36条2項関係)の適用除外業務(自動車運転手等)に就く労働者に過労死、過労自殺が続発している。

2 雇用と労働条件の著しい劣化の原因

こうした過酷な雇用と就労を出現させる至った原因は複合的であるが、以下、特徴的な要因を列挙する。

(1)有期雇用契約の広がり

有期雇用契約という仕組みが、使用者に都合よくかつ幅広く利用されている。すなわち、有期雇用契約は、使用者にとって、1)雇止めあるいは契約更新を通じて、判例上確立した解雇権濫用法理、不利益変更法理等を免れることができること、2)低い賃金水準を設定し人件費を大幅に抑制することができること、3)契約更新の自由を持つことで「もの言えぬ労働者」として従属させることができること、4)派遣業や業務請負業では、派遣・請負期間に応じて労働者を拘束することができることなどの大きな「メリット」を持ち、労働者に対する広範かつ甚大な権利侵害の温床となっているのである。

(2)成果主義賃金の広がり

成果主義の賃金制度は、専ら人件費削減のために導入されてきたことから、労働者はその賃金を維持するため、いきおい長時間・過重な労働にならざるを得ない。しかも、目標管理制度等に組み込まれた労働条件決定の仕組み=個別査定(多くは面談方式)は、対等に交渉する術のない個々の労働者に対して、労働条件の引き下げを「納得させる」仕組みとして機能している。

(3)労働時間規制の緩和

「自律的な働き方」を求める労働者像を描きながら労働時間の規制緩和(具体的には、専門業務型裁量労働制の拡大や企画業務型裁量労働制の導入など)が進められてきた。実際、これらの対象業務は「業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し当該業務に従事する労働者に対し具体的な指示をしないこととする」(労基法38条の3、38条の4)ものとされているが、こうした建前とは裏腹に、事態は野放しの長時間労働の横行を許すことになっている。

(4)労働者派遣の原則自由化

この間、「間接雇用」の一形態である労働者派遣の対象業務が原則自由化され、その手続的規制も緩和を重ねてきた。これによって、「雇用責任」と「指揮命令権」の分離が一気に進められ、これに連動するかのように、「業務請負」というビジネスモデルが出現し、諸規制のない労働者の「派遣」(一部で「裏派遣」とも呼ばれる)として広がってきた。
こうした状況は、多くの経営者に、使用者責任の「丸投げ」が時代のトレンドと言わんばかりの対応を促している。

(5)労働組合の組織率の低下

「報告」も指摘するように、労働組合の組織率が20%を割り込んでいる。本来、労働者の諸権利を擁護し、使用者と対等に交渉すべき労働組合が、多くの職場に存在していないことが、労働者の権利・利益の侵害を許している。
これらの要因等が相俟って、今日、本来対等であるべき労使の「力関係」が大きく変化し、著しい「労使非対等」の状況が生じている。このことが、先に見た過酷な労働者の実態を生じさせているのである。

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3 「報告」が指摘する現状認識

「報告」は、労働者が直面する現状に関する認識を明らかにしている。具体的には、1)雇用システム・人事管理制度の変化(長期雇用慣行及び年功的処遇体系の見直しが進み、人事管理の個別化・多様化・複雑化が進んでいる等)、2)就業形態の多様化(労使当事者の都合による非正規労働者の増大、自律的な働き方をする労働者の増大等)、3)集団的労働条件決定システムの機能低下(労働組合の組織率の低下等)、4)個別労働関係紛争の増加などを指摘するが、そのことが如何に重大な権利侵害を引き起こしているかを調査、分析する姿勢は認められない。
逆に、経営者の事情を大いに慮って、「事業環境や経営環境の急激な変化に対して、従前にもまして速やかに適応しなければ企業の存続自体が危ぶまれる事態も生じてきている」「株主の構成や意識が変化し株主利益がより重視されるようになる」と指摘する。
こうした認識は、あまりにも表面的・観念的で、新たな労働契約法制の立法事実と位置づけるには、きわめて不十分である。

4 労働契約法制の必要性

日本国憲法は、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(25条1項)の実現をはかるため、「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」(27条2項)こととしているが、新たな労働契約法制もその趣旨をふまえたものでなければならない。
すなわち、先に見た今日の労働者の過酷な現状を改善することを急務と位置づけ、労働者の権利・利益を相応しく保障する立場から労働契約法制は構想されるべきである。その際、如何なる法形式によるかが問題となるが、「報告」も指摘するように「実質的な対等性の確保」を真に追求するのあれば、著しい「労使非対等」の現状にてらして、任意規定(当該法令の内容と異なる意思を表示しない場合のみ適用される規定)に実効性がないことを認め、強行規定を原則とすべきである。
また、「報告」は「労使当事者の参考となるガイドラインとして指針を定める」ことが意義があるとしているが、指針等を監督指導の基準としないというのであれば、実効性を欠き、「労使当事者の自主的決定」の名の下に使用者の意向が貫徹されることになろう。

B 主要な論点をめぐって

1 労働者の範囲

「報告」は、「雇用と自営の中間的な働き方の増加」を指摘し、「請負契約、委任契約等に基づき役務を提供してその対償として報酬を得ており、特定の者に経済的に従属している者」については、「労働契約法制の対象とする」ことを検討するよう求めている。
これ自体、基本的に賛同しうるものであるが、労働者を労基法の世界から排除していく動き(「個人事業主化」等)が強まる中、はじめから労基法の「労働者」よりもはるかに低い保護基準(労働基準のダブルスタンダード化)を想定するのではなく、新たに労基法の一部、あるいは全部を適用すべき労働者を想定し、しかるべき場でその範囲及び適用すべき規定等を検討すべきである。
他方、広範な「間接雇用」の実態をふまえ、労働者の権利保障の観点から、使用者(あるいは法令上の措置義務者)の範囲の拡大を検討すべきである。例えば、様々な業種で重層的請負関係が存在する実情に即して、労働安全衛生法に設けられた建設業・造船業に対する「特別規制」(元方事業者責任等)を「一般化」するなどの検討が急務である。

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2 労働者代表制度

「報告」は、現行の労働者代表制度について、1)労働者の均質性が低くなる中、一人が労働者の利益を代表することが困難、2)常設的でなく協定後の運用を確認することが困難等の問題点を指摘し、常設的な労使委員会の設置が必要であるとする。
その上で、労使委員会の構成は、1)委員の半数以上を労働者を代表する者とする、2)労働者委員の選出手続を明確化する、3)多様な労働者の利益をできる限り公正に代表できる選出方法を採用する(例えば、全労働者が直接複数の労働者委員を選出する等)、4)労働者委員であること等を理由にした不利益取扱いを禁止する、などの要件を検討している。
また、労使委員会の活用に関わり、1)委員の5分の4(労働者委員の5分の3)の賛成がある場合に、就業規則変更の合理性を推定する、2)委員会で事前協議や苦情処理等が行われたことを、配置転換、出向、解雇等の権利濫用の判断における考慮要素とする、などの「効果」を付与し得るとしている。
この点を考察するにあたっては、まず、現行の労働者代表制度(過半数代表制度)が有効に機能しているのかを検証する必要がある。この間、労基法上の規制を排し、労働条件の設定を労使協定(労使当事者の合意)に委ねる形での法「改正」が相次いだ。その趣旨は、事業場の実情をもっともよく知る労使当事者の対等な協議によって適切かつ実効ある労働条件の設定が可能となるというものであったが、実際の運用では、実質的な協議もないまま使用者に都合のよい協定が締結されていることが多いのではないだろうか。
事実、全労働が実施した「労働者アンケート」(2003年1月〜3月/1,755人分集約)では、「あなたの職場・企業では『時間外労働に関する協定(いわゆる三六協定)』が締結されていますか」との設問に対して、

  • 「締結されている」37.4%
  • 「締結されていない」12.8%
  • 「よくわからない」46.8%

との回答が得られた。
つまり、労働者の半数近くが「時間外労働に関する協定」の存否すら認識していないのである。また、協定が締結されている場合には、労働者代表(過半数代表)の選任に関わっていることが多いことを考えると、多くの職場で協定が適正に締結されていないことをうかがわせる。
また、「締結されている」と回答した者に「協定の労働者側の当事者を知っていますか」と尋ねたとところ、

  • 「知っている」59.1%
  • 「選任に関わっていないので知らない」36.1%

との回答が得られた。
協定当事者が労働組合である場合は格別、労働者代表(過半数代表)の選任手続きが適切に行われていない状況が広く認められる。
したがって、新たな労働契約法制の議論では、まず労働者代表を如何に民主的に選出するかが重要な課題となる。
具体的には、1)公正な選任手続きのための便宜の保障(時間と場所の確保等)、2)全労働者による直接秘密投票の原則、3)使用者の選任手続きへの介入の禁止(介入に伴う協定の効力も明記)、4)選出された労働者代表の周知等を使用者に義務として課すことが適当である。
その上で、事業場の規模に応じて、全労働者が直接複数の労働者代表を選出する方法による「複数による労働者代表制」を常設機関として確立することが望ましい。
また、労働者代表制を真に使用者と対等な地位に立たせる見地から、1)労働者委員に対する不利益取扱の禁止(不利益取扱に伴う協定の効力も明記)、2)必要な知識を独自に研修する機会の保障、3)労働者の意見を集約する機会の保障等が必要となる。
他方、「報告」が提起する労使委員会であるが、労使が共同して調査審議する機関であり得ても、そのままでは労使の対等な協議を保障するものとはなり得ないと考える。使用者委員と労働者委員は、一歩その場を離れれば上司と部下(個々の労働者)であり、先の要件に加えて、他の労働者の傍聴を認めたり、議事録の公開を義務づけたとしても、労使委員会は「労使対等」を確保した「労働者代表制度」とは、異質なものと言えよう。
なお、労働者代表制度は、事業場の過半数の労働者を組織する労働組合が存在しない場合に限って機能させるべきものとすべきである。
したがって、現行の労働者代表制度の問題点の解決するため、上述の「改善措置」を優先すべきである。まして、労使委員会に就業規則変更の合理性の推定や配置転換、出向、解雇等の権利濫用の判断権限等を付与することには反対である。

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3 労働契約の内容となる効力

「報告」は、労働条件を変更する効力の根拠として、「新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない」と判示した秋北バス事件最高裁判決を引用し、この見解は判例法理として確立したとする。これをふまえて、「就業規則の内容が合理性を欠く場合を除き、労働者と使用者との間に、労働条件は就業規則の定めるところによるとの合意があったものと推定する」と規定するのが適当とし、この推定は反証を挙げて覆すことができると指摘している。
就業規則が使用者の手で作成される以上、労基法等の強行法規に違反しない限り、労働者にとって不利・不合理な内容をも含めて当該事業場内の労働条件は就業規則によるとの使用者の意思を推定することは容易である。しかし、「労働条件は就業規則によって定められているという事実は労使当事者にも広く認識しているもの」という一般的事実だけをもって、なぜ当該事業場の労働者すべてが就業規則の諸規定に合意していると推定することが認められるようになるのか、また労働契約法上の規定をもって、なぜ一律一様に労働者すべてについて合意の意思を推定することが可能となるのか、「報告」は、その根拠について的確に答えているとは思えない。
また、「報告」はこの合意推定は反証を挙げて覆すことが可能であるとする。しかし、使用者(多くは企業)に人的・経済的に従属し、企業内の経営状況や労務管理についての情報収集力に劣る労働者が、訴訟等を通じて就業規則の規定の非合理性等を立証し、これを司法機関に認容させることは相当な困難を伴う。事実上、労働者にだけこうした負担を強いる合意の推定規定は、「報告」がいう「労働契約に関して労使当事者の対等な立場での自主的な決定を促進する公正・透明な民事ルールを定めるもの」(総論2(1)ア)と相容れないものである。
労働契約もまた契約の一類型である以上、契約内容の確定には労使当事者の意思の合致を抜きに語ることはできない。労働者が、その作成に全く、もしくはほとんど関与することができず、使用者の主導の下で作成される就業規則に、たとえ推定であったとしても合意の法的効果を認めることは、契約法原理や労基法2条の「労働条件の対等決定原則」の趣旨にも反することから賛成できない。結局、使用者による就業規則の一方的作成を容認する就業規則制度を維持し続ける限り、契約法理と就業規則法理との間に生じる矛盾は解消できないことを認めるべきなのである。

4 労働条件を変更する効力

「報告」は、労働条件を変更する効力の法的根拠として、「新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない」と判示した秋北バス事件最高裁判決を引用し、この見解は判例法理としてすでに確立したとする。そして、この就業規則変更法理は長期雇用慣行の下での労働契約の継続と事情変化に応じた労働条件の柔軟・合理的調整に有用であるから条文化する必要があるとして、1)「就業規則による労働条件の変更が合理的なものであれば、労働条件は当該変更後の就業規則の定めによるとの合意が、労使当事者間にあったものと推定する」と、2)「就業規則による労働条件の変更が合理的なものであれば、労働者はこれに拘束される。ただし、労使当事者間で当該労働条件について就業規則によっては変更しないとの合意がある場合には、この限りでない」という2つの規定例を示している。
しかし、2つの規定例とも、ただ「就業規則による労働条件の変更が合理的なものであれば」と示すだけで、秋北バス事件最高裁判決以降の一連の最高裁判決で検討されてきた就業規則の不利益変更に係る合理性判断のための要素、即ち、経営上の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容の社会的相当性、就業規則の変更により被る労働者の不利益の程度、代替措置その他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉経過などについて、その必須条件や優劣関係などをどう扱うのか明らかにしていない。
特に、就業規則変更時の合理性推定の要素の一つに挙げられる労働組合との交渉経過の法的評価について、多数組合の合意により合理性を推測する第四銀行事件最高裁判決(平成9年)に対して、多数組合の合意があっても特定の年齢層の労働者に一方的に大きな不利益を与える場合には合理性を認めないみちのく銀行事件最高裁判決(平成12年)があるなど、最高裁の法的評価は未だ不安定である。ところが「報告」は、企業における多様な労働者の意見の集約による労働条件決定の促進や合理性判断の予測可能性を高める必要があるとして、一部の労働者に大きな不利益を与える場合を除き、労働者の意見を集約した上で、過半数組合が合意した場合又は労使委員会の委員の5分の4以上による変更を認める決議があった場合には、変更後の就業規則の合理性に推定されるとすることが適当であるとする。
しかし、「報告」自らが、就業規則の合理性を判断するにあたって多様な要素が存在することを肯定しているにもかかわらず、こうした要素に一切の法的評価を加えることなく、過半数組合の合意や労使委員会の決議という要件を提起し、この事実の存在のみをもって合理性を推定するというのは、あまりに乱暴な議論ではないだろうか。いかに企業経営上の都合を強調されようとも、強い違和感をぬぐうことができない。この点で「報告」は、「推定」である以上、反証を上げて覆すことが可能だともいうが、上述の「合意の推定規定」の問題と同様、労働者個人や少数派組合員がこの推定を覆すことは相当に困難なことである。労働者にこうした犠牲を強いてまで、過半数組合の合意や労使委員会の決議に、就業規則変更の合理性の推定力を付与する必要性はない。

5 雇用継続型契約変更制度

「報告」は、労働契約の個別化に伴い、個別契約において労働者の職務内容や勤務地が特定される場合が増えており、特定された労働条件を変更する必要が生じた場合などには、統一的・集団的労働条件変更法理である就業規則の変更法理で対応できない場合もあると指摘する。そして、「変更解約告知」制度は後日の訴訟により解雇の正当性を争うことができても、一旦雇用を失うことになる労働者にとっては不利益が大きい上、使用者もまた労働者が労働契約の変更に応じれば雇用の維持を認めているとし、制度創設により安易な解雇や労働条件の引き下げにつながらないよう労働者保護に十分留意した上で、労働契約の変更の必要が生じた場合には労働者が雇用を維持した上で労働契約の変更の効力を争うことができる制度(雇用継続型契約変更制度)を設けることが適当だとする。
それをふまえて「報告」は、1)「労働契約の変更の必要が生じた場合には、使用者が労働者に対して、一定の手続に則って労働契約の変更を申込んで協議することとし、協議が整わない場合の対応として、使用者が労働契約の変更の申入れと一定期間内において労働者がこれに応じない場合に効力を生ずることとなる解雇の通告を同時に行い、労働者は労働契約の変更について異議をとどめて承諾しつつ、雇用を維持したまま当該変更の効力を争うこと可能にする制度(案の1)」と、2)「労働契約の変更の必要が生じた場合には、変更が経営上の合理的な事情に基づき、かつ、変更の内容が合理的であるときは、使用者に労働契約の変更を認める制度(案の2)」の2つの具体案を提起している。
ところで、雇用継続型契約変更制度創設の必要性について、「報告」は「個別契約において労働者の職務内容や勤務地が特定されている場合が増えている」ことを指摘するが、一般に職務内容や勤務地の変更に関するルールは就業規則に規定されているのが現状であろう。したがって、職務内容等の変更をめぐる紛争は、当該ルールの運用にかかる紛争ととらえて解決すれば足りるのであって、ことさら職務内容等の変更に応じられない労働者への解雇通告を想定した制度を創設する必要性はほとんど見い出せない。
そもそも、企業内の経営状態や事業戦略の変化等経営上の理由によって、労働者の労働条件や勤務地等を変更する必要性が生じた時、まず使用者は、労働者に経営状況や経営計画等に関するデータを開示してその必要性を説明し、労働者の地位・待遇、家族的責任や生活環境に可能な限り配慮した変更案を提案し、そして労働者に十分な検討時間を与えるべきである。そうすることで多くの労働者は提案に理解を示し、一定の合意形成がはかられるであろう。しかし実際は、こうした努力を疎ましく思い、労働者への詳細な説明や丁寧な協議を抜きにして一足飛びに労働条件を変更しようとする使用者があまりに多く、こうした不誠実な使用者の態度が労働者の怒りを買い、労働条件をめぐる個別労働関係紛争を頻発させているのである。つまり、使用者の対応如何で労働条件変更に起因する紛争は減少させることが可能なのである。
その上で、まず案の1については、労働者の雇用を維持したまま裁判で労働条件変更の合理性を争う道を開くというものであるが、労使の信頼関係を基調とする労働契約関係において、勤務しながら使用者を相手に訴訟を提起することは、訴える側の労働者にとっては経済的・心理的負担が大きく、これに耐えることは決して容易なことではない。労働者は結局、不当な労働条件の引き下げと解雇を同時に通告されれば、後日の訴訟を断念した上で解雇を回避するために、変更内容をやむなく承諾するか、変更内容に到底満足できず、労働条件の低下を嫌って自ら退職するか、変更内容の承諾を拒否して解雇されるか、いずれかの選択を迫られるのである。「報告」は、その他様々な労働者保護の措置を講じることを提案するが、使用者にとって解雇の威力に勝る交渉条件はほかにない。そして、解雇通知は労働者にとって絶体絶命の危機である。再就職が困難な中高年を中心に、労働者の多くは、不当な労働条件変更に不満を抱きつつ「承諾」するであろうし、労働者がやむを得ず辞職を選択した場合には、解雇問題にすらならないことになる。
また、使用者提案の労働条件変更に異議をとどめて就業を継続したとしても、訴訟を提起せずに一定期間が経過すれば、黙示の合意が推定されるであろうから、結局、解雇回避のために労働条件変更に明示の合意した場合と実質的にかわらないことになる。
案の2については、労働契約変更権を使用者に認める場合に、厳格な手続や代償措置が必要だとするものの、示された措置内容は僅かに変更権行使をめぐる紛争の係争中に行われた解雇は無効とするに過ぎず、代償措置というにはあまりに貧弱な内容である。しかも、こうした労働契約変更権は、「契約は守られなければならない」「契約の成立・変更には当事者の意思の合致が必要」といった契約法の基本原理だけでなく、「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場で決定すべきもの」という労働基準法上の基本原則にも反するものであるから、労働者保護のためのいかなる手続や代償措置を講じたとしても、容認できるものではない。
加えて、雇用継続型契約変更制度により労働条件を個別的に変更する場合は、案の1・2ともに「変更が経営上の合理的な事情に基づき、かつ、変更の内容が合理的」という抽象的事情の存否を検討するにすぎない。ところが、就業規則の一方的変更による集団的・画一的な労働条件変更の場合を見てみると、変更の合理性の存否について、経営上の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容の妥当性、就業規則の変更により被る労働者の不利益の程度、代替措置その他の労働条件の改善状況といった点から詳細に検討されている。使用者側の発意により同じように一方的に労働条件を変更するのに、従来の就業規則変更法理と雇用継続型契約変更制度の間には、あまりにも労働条件変更の合理性テストの内容に格差があり、両者間の均衡を著しく欠くものであることから、この点からも雇用継続型契約変更制度には賛同できない。
このように、労働者に解雇の恐怖を与えながら労働条件変更の諾否を迫ることが本当に契約正義にかなったものといえるか疑問であるし、雇用継続型契約変更制度の法制化が新たな法的フィクションの創造とならないかと危惧される。

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6 解雇の金銭解決制度

「報告」は、解雇紛争の救済手段の選択肢を拡げる観点から、解雇の金銭解決制度を導入する場合の実効性確保と濫用防止に向けた制度設計の可能性について法理論上の検討を行うとし、裁判手続で解雇の有効・無効の判断と金銭解決の申立てを2段階にすることは迅速解決の点で問題があるので、同一裁判所内で解雇の有効・無効と金銭解決について判断することを検討すべきとする。
そして、「報告」は労働者からの金銭解決の申立てについて、解雇には納得できないが職場復帰もしたくないような場合では、解決金請求権が保障されるというメリットがあると指摘する。また、同一裁判所における従業員たる地位確認訴訟と従業員たる地位の解消の主張という矛盾について、地位確認訴訟と認容判決確定後に労働者からの辞職の申出を引換えとする解決金給付訴訟に整理できるとして、紛争の一回的解決に向け、同一裁判所での解決方法を検討するとする。
これに対して使用者からの金銭解決の申立てについては、2003年の労基法改正の際にも指摘された「違法な解雇が金銭解決で有効となる」の批判に対して、解雇無効の事案では労働者の地位が存続していることを前提に解決金を支払って労働契約関係を解消できる制度にして、違法な解雇が金銭により有効となるものではないとすればよいとする。また、使用者からの金銭解決の申立てを認めれば「解雇を誘発する」といった批判に対しては、人種・国籍・信条・性別等を理由とした差別的解雇や労基法で認められた正当な権利の行使を理由とした解雇などには申し立てを認めず、使用者の故意・過失によらない事情で労働者の職場復帰が困難な特別の事由に限定するなど、使用者が申し立てできる解雇事由に制限を加えることで、金銭支給で違法解雇が有効になる制度にならないようにすれば、安易な解雇を誘発するおそれがなくなるという。
また、使用者による解雇の金銭賠償制度の濫用防止策として、使用者の申立ての前提要件として、労働協約や労使委員会決議等、個別企業における事前の集団的合意を提起している。
解雇の金銭解決制度の法制化の議論については、総合規制改革会議「規制改革に関する第2次答申」(2002年12月)に挙げられたことに始まり、「規制改革推進3間年計画(再改定)」(2003年3月閣議決定)に盛り込まれ、「規制改革・民間開放推進3か年計画」(2004年3月閣議決定)に引き継がれるなど、一貫して労働分野の規制緩和の一つとして経営者団体から要求され続けてきたものである。
そもそも解雇事件において労働者の職場復帰が困難となるのは、労働者側の感情や行為もさることながら、使用者自らが判決内容を真摯に受け止め、自己の違法な労務管理についての責任を深く自覚した上で、労働者が職場復帰できるよう就業環境を整備・改善しようとする使用者があまりにも少ないからである。こうした状況の下で、使用者からの解雇の金銭解決の申立てを認めるならば、相当の努力が必要な労働者の職場復帰という選択はますます嫌われ、安直な金銭解決ばかりが好んで選択されるなど使用者側のモラルダウンがさらに進むおそれがある。仮に使用者から申し立てできる解雇事由をいかに厳しく制限したとしても、些細な就業中の非違行為や就業規則違反、協調性や職務能力や業務適格性の不足・欠如などを口実にした「別件解雇」までを完全に防ぐことはできない。また、労働契約法に解雇の金銭解決制度を明定することによって「別件解雇」をめぐる個別的労使紛争を増加させるだけでなく、「解雇の正当性」や「職場復帰が困難と認められる特別な事情」をめぐって労使を激しく対立させ、真の理由の探索に時間を要するなど、迅速な紛争解決に逆行する結果をもたらすのではないか。
加えて、現行法制上、裁判外・裁判上の和解のほか、労働審判制度や個別労働関係紛争解決促進制度による和解など複数の金銭解決の手段が用意されているだけに、労働者から見れば解雇の金銭解決制度を創設する必要性はない。

7 労働者の退職の予告期間

「報告」は、「労働者が労働契約の解約を申し入れた場合には、民法第627条によって2週間の経過により雇用契約は終了するとされている」と指摘するが、厳密には「期間ヲ以テ報酬ヲ定メタル場合ニ於テハ解約ノ申入ハ次期以後ニ対シテ之ヲ為スコトヲ得但其申入ハ当期ノ前半ニ於テ之ヲ為スコトヲ要ス」(同条2項)とされているのであるから、最大46日の予告期間を要する場合があると解される。
しかも、労働者の退職にかかわって、同条は強行規定であるとの学説が多数であるものの、実際の就業規則では、30日あるいはそれを超える予告期間を要するとした規定も少なくない。
退職にあたって、労働者が使用者よりも長い予告期間を強いられている事態は如何にもおかしく、組織体としての使用者と個人である労働者の立場の違いを考慮するなら、如何なる場合であっても、予告から2週間の経過をもって雇用契約が終了することを法文上、明記することが適当である。

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8 有期労働契約

雇用の不安定性、長期雇用との代替性、正規雇用との賃金その他待遇の格差といった有期労働契約が有する差別性については、有期労働契約の契約期間の上限引き上げが行われた2003年の労基法改正の際にも、その解決の必要性が盛んに議論された経緯がある。
しかし、「報告」では、有期労働契約は「正当な理由」がなければ締結できないようにすべきではないかとの指摘に対しては、業務の繁閑に応じて雇い止めにより雇用調整することが有期雇用を利用する「正当な理由」かどうかは人によって異なることや、こうした概念で期間の定めの効力を左右することは混乱を招くといったこと理由を挙げ、「有期労働契約については、過度の規制を加えるのではなく、労使双方にとって良好な雇用形態としてその活用が図られるよう最低限の条件整備を行う」(序論2(3)ウ)とし、「労使双方の多様なニーズに応じて様々な態様で活用されているものであり、その機能を制限することは適当でない」という。また、労働者が雇止めの可能性や正当性を判断できるように有期労働契約とする理由を開示すべきではないかとの指摘に対しては、雇止めの有無やその有効性の予測可能性は、有期労働契約の締結・更新・雇止め指針に示された更新の判断基準で足りるとし、開示の必要性すら否定している。
「報告」は、一体何をさして「過度の規制」というのであろうか。労働福祉立法として制定された現行のパートタイム労働法は、正規雇用との均等待遇、パートタイム労働者の雇用保障や社会保障などといった基本的権利は何ら定めようとせず、適正な労働条件の確保、就業規則、契約の更新・終了、安全衛生、福利厚生などパートタイム労働者の待遇改善に重要な事項は、パートタイム労働指針や有期労働契約の締結・更新・雇止め指針など厚労省告示で明示するにとどめ、その措置の実施も専ら使用者の配慮や努力義務を求めるなどゆるやかな対応にとどめてきた。こうした有期労働契約に対する「寛容な態度」が非正規労働者に何をもたらしたかといえば、雇用者に占める週35時間未満の短時間雇用者は約24%、女性雇用者のうち約40%が短時間雇用者であり(以上、2004年・総務省「労働力調査」)、女性パート労働者の勤続年数は平均約5年、賃金水準は女性正規労働者の約66%にとどまり、賞与その他特別給与額は1992年の98万8000円に対して2004年は41万1000円と42%にまで下落、1992年以降12年連続下落(以上、2004年・厚労省「賃金構造基本統計調査」)という事実である。こうした事実に目を向けるならば、有期労働契約は、使用者にとっては賃金や福利厚生費の大幅な抑制効果や雇用の調整弁としての機能が期待できる「良好な雇用」かもしれないが、どうして労働者にとって「良好な雇用」といえるのだろうか。
しかし、現代の非正規雇用は、かつてのように臨時の業務や縁辺的業務に従事するのではなく、90年代における日本的雇用慣行の見直しを通じて進められてきた正規雇用との代替化の下、事業の基幹的部門・業務で恒常的に大量に使用されるようになっている。こうした就業構造の変化を踏まえるならば、正規労働者との労働内容や責任の度合いなどの違いを口実にして、有期雇用契約の更新を繰り返したり、賃金・賞与その他の待遇面で大きな格差をつける合理的理由がいよいよ薄らいでいる。こうした状況にあるにもかかわらず、現状を追認し、差別雇用を温存・拡大しようとしている「報告」の姿勢には賛同できない。

9 試行雇用契約

有期労働契約に関連する問題として、「報告」は、現在約27%の企業が、正規従業員を本採用する前に有期契約労働者として雇い入れることがあるとの実態調査結果を摘示して、試用目的の有期労働契約(試行雇用契約)が「企業が労働者の適性や業務遂行能力を見極めた上で本採用とするかどうかを決定することができ、また、労働者も自己の適性を見極められること等から、常用雇用につながる契機となって労使双方に利益をもたらすもの」だと積極的に評価している。その上で、現行法制上は有期労働契約の利用目的が制限されていないことや、常用雇用につながる契機となって労使双方の利益となることを強調し、試用目的の有期労働契約を規制するのではなく、容認する態度をとっている。また、神戸弘陵学園事件最高裁判決(平成12年)が有期労働契約に試用の機能を果たさせることがやりにくくなっているとの指摘に対して、試行雇用契約と期間の定めのない労働契約における試用期間を区分するには、試行雇用契約である旨と本採用の判断基準の明示とあわせて、契約期間満了後に期間の定めのない契約が締結されない限り、契約期間満了をもって労働契約が終了すると明示されていれば試行雇用契約と判断し、そうした明示がなければ試用期間とみなすことが適当だとしている。
また、期間の定めのない労働契約における試用期間との均衡上、試用雇用契約に上限を定める必要があるのではないかとの指摘に対して「報告」は、通常解雇より広く解雇の自由が認められる試用期間と同一に論じることはできないとした上で、長期の適格性判断期間が必要となる場合への対応策として試行雇用期間の上限を定めないとすることが適当としている。
近年、試用目的の有期労働契約が急速に拡大しているのは、従来、広く見られた期間の定めのない労働契約の下での試用期間では、使用者に通常解雇よりも広い解約権留保を認めるものの、その行使は客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができる場合に限られ、さらに本採用の拒否は解雇にあたると評価されていることに対して、有期労働契約を介在させることによって、職業能力や業務適格性の判定という試用本来の機能を残しつつ、批判の強かった長期間の試用期間の設定や本採用拒否時の正当理由の存否といった問題を容易に回避できるからであろう。あわせて問題なのは、労働者の側からの希望ではなく、あくまで使用者主導で試行雇用契約が提起・締結されていることと、試行雇用契約が本採用契約に直結しているものだけに、契約期間や試用条件に不当・不公正な点があっても、求職者が面接時にこれを拒むことができないということである。
これまで学説や訴訟の場で、試用期間の法的性格、設定期間の制限、留保解約権の行使による本採用拒否の正当性などが争われてきたのは、使用者に解約権が留保されることで試用期間中の労働者の法的地位が不安定な状態となることから、労働者保護をはかりつつ早期に労働契約関係を確定させる必要があったからである。仮に有期契約の特質を最大限に活かした試用雇用契約が法認され、その上、契約期間の上限規制もないとなれば、三菱樹脂事件最高裁判決の判断枠組みだけでなく、神戸弘陵学園事件最高裁判決の意義もまた事実上失われる結果、本採用義務が問われる従来の試用期間を採用する使用者はほとんどいなくなる。使用者が試行雇用契約を導入する目的は、使用者が「労働者の適性を見極める」と称しながら、恣意的な本採用拒否をも可能にする、都合のよいフリーハンドが得られるからである。労働者が自己の適性を見極めるには、キャリアカウンセリングその他の手段・方法でも可能であるのだから、試行雇用契約に「労働者も自己の適性を見極められる」メリットがあるなどと評価することはあまりに欺瞞的である。このように、労働者のためにもなると装いながら、事実上使用者が決定する試行雇用契約に期間満了による本採用拒否を簡単に認めたり、逆に長期間の試行雇用契約によって労働者を不安定な状態に起き続けることを認めることは、労働保護法として絶対に許されないし、こうした契約が「採用の自由」の名において法認されることは、到底容認できるものではない。
また、たとえ使用者が本採用を拒否できない事由を詳細に列挙したとしても、こうした保護規定の適用を潜脱するために、些細な就業中の非違行為や就業規則違反、協調性や職業能力や職務適格性の不足・欠如などを口実にした「別件による本採用拒否」までを完全に防ぐことはできない。労働契約法に試行雇用契約に関する規定を明定することは、かえって本採用契約拒否の正当理由の存否をめぐる個別的労働紛争の複雑化や長期化を招くだけである。
試行雇用契約が有するこうした問題点に目を向けるならば、少なくとも労働者の立場からは「常用雇用につながる契機となって労使双方に利益をもたらすもの」だと評価することは到底できない。ILO「国際労働機関の目的に関する宣言」(フィラデルフィア宣言)も指摘するように「労働は、商品ではない」。試しに使ってみて気に入らなければ雇わずに済む「お手軽試用」が幅をきかせるようになれば、労働者の生存権や労働権、ひいては人間としての尊厳は否定され、「人たるに値する生活」は望むべくもないであろう。

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