働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

2005年 1月
労働安全衛生の現状とあるべき安全衛生指導の改善方向
中央行政研究レポート【安全衛生職域】

労働安全衛生行政は、労働災害の防止、職業性疾病の予防など、快適な職場環境の形成をめざすことを目的に労働行政の一翼を担っています。具体的には、労働者の安全と健康を確保するための事業場指導、災害調査、計画届の実地調査等の各種調査、労働災害防止団体等の指導・育成、特定機械(クレーン、ボイラー等)の検査などとともに、健康保持増進対策(THP:Total Health Promotion Plan)、快適な職場環境の形成、化学物質の暴露防止対策など、次々と打ち出される施策にとりくんでいます。近年では、労働安全衛生マネジメントシステムの推進、過労死・過労自殺の防止にむけた対策などが加わり、その範囲は拡大しています。同時に、爆発災害などの重大災害やダイオキシン対策など、社会的に大きな反響を呼んだ課題への緊急かつ的確な対応も求められています。
一方、連年の定員削減によって、安全衛生行政に携わる産業安全専門官・労働衛生専門官、厚生労働技官(以下、専門官・技官)は、多くの署で未配置となり、諸対策を推進する行政体制の整備を困難にしています。また、定員削減と相俟って進められている業務の外部委託や規制緩和は、安全衛生行政の今後のあり方に大きな不安や懸念を生じさせています。
こうした中、全労働は、日常の業務の中で多くの労働者・事業主と接し、災害発生の現場を目の当たりにしている安全衛生担当職員(組合員)の感じている安全衛生行政の問題点等を「組合員メモ」(46支部、365名分)によって集約しました。また、行政の利用者であり、職場で日々労働災害と向き合う労働者、使用者の声に耳を傾けることが重要と考え、民間企業に働く労働者を対象とした「労働者アンケート」(45支部、1,755名分)、民間企業(事業主)を対象とした「事業場アンケート」(38支部、421事業場分)をそれぞれ集約しました。
本レポートでは、これらのアンケート結果等の分析をもとに、安全衛生行政の課題を明らかにするとともに、あるべき安全衛生指導の改善方向を提言します。

1)アンケート等による労働安全衛生の現状と特徴

1 労働災害等の現状

(1)労災件数は減っているが、災害等の危険は減っていない

労働災害・職業性疾病の発生状況は、統計上の件数から見ると減少傾向で推移しています。しかし、厚生労働省が発表する「度数率」(100万延実労働時間あたりの労働災害による死傷者数で、数字が大きいほど災害発生率が高い)は、労働者が災害を被る危険度を測る重要な指標ですが、この5年間は増減を繰り返しており、実際に働いている労働者が災害に遭う危険は全く減少していないことを示しています(図1参照)。

一方、死亡災害の発生状況を見ると、一昨年の労働災害による死亡者数は1,628人で、20年前(1983年は2,588人)の63%にまで減少していることを示しています。しかし、この中には、近年、大きな社会問題となっている、脳・心臓疾患及び精神障害等のいわゆる過労死や過労自殺の件数は含まれていません。ちなみに、昨年に労災認定された過労死は157件(労災請求件数は306件)、過労自殺は40件(労災請求件数は121件、未遂を含む)に達し、死亡者数の12%に相当し、きわめて深刻な状況となっています。

(2)近年多発している重大災害

2004年4月に厚生労働省が発表した2003年の重大災害(一度に3人以上の死傷者を伴う災害)件数は249件(前年比7.8%増、交通労働災害を除く件数は129件で38.7%増)にものぼるなど近年増加傾向にあります(図2参照)。

2000年に発生したウラン加工施設での臨界事故や自動車メーカーのリコール隠しによる事故等では、その原因として大企業のモラルハザードが指摘されてきましたが、その後も、昨年の製鉄所の溶鋼の流出事故、ガスタンク爆発、ガソリンタンク火災、タイヤ工場の火災など、大企業での事故が連続して発生し、最近もボイラーの爆発事故や最高レベルでの設備管理が求められる原子力発電所の未曾有の大惨事が発生しています。
これらの原因については、設計上の重大なミスや設備の老朽化等が指摘されていますが、その背景に、職場の安全をかえりみずに「合理化」を進める姿勢=モラルハザードが一向にあらたまっていない現状をみて取ることができます。
今日、職場における機械設備の高度化等によって、災害発生件数自体は減少しているものの、逆に、ひとたび事故が発生するときわめて甚大な被害をもたらしているのです。

(3)「労災かくし」が後を絶たない

統計に表れない労働災害の存在にも目を向ける必要があります。業務上の災害を労災扱いしない、いわゆる「労災かくし」が後を絶ちません。虚偽報告罪(労働安全衛生第120条5号関係)として送検された件数は、2001年からの3年間で355件で、過去最高となっています。しかし、こうした数字は「氷山の一角」であり、実際にはかなり多くの労働者が「泣き寝入り」しているという指摘もあります。「労働者アンケート」では、業務中の負傷に対する労災扱いの有無を尋ねていますが、労災扱いされたと回答した者は、わずかに50.6%にすぎないという驚くべき結果が出ています(図3参照)。「事業場アンケート」には、「事業主が労災事故の発生を指摘されることをどこの会社もおそれている。事故が公になると仕事ができなくなる」という指摘もあり、「労災かくし」を生み出す動機の一端をうかがわせます。

このほか、「労災かくし」の動機としては、労災保険のメリット料率への悪影響を考慮したり、建設業では公共工事の入札指名停止などの行政処分を免れる目的が指摘されています。さらに、建設業では下請の労働者が災害を被った場合、基本的に元請の保険関係に基づく手続きとなるため、工事の発注権限を持つ元請の「心証」の悪化をおそれ、自社の資材置場等での事故に見せかけたりしている例も散見されます。最近では、立場の弱い外国人労働者が業種に関わらず労災扱いされていないとの指摘もあります。また、本来なら休業し療養しなければならない程度の負傷であっても、休業補償給付では生活が立ちゆかず、無理をして仕事に出るといったことも聞かれます。

2 職場の安全衛生管理体制の現状

(1)形骸化がすすむ安全衛生管理体制

「組合員メモ」には、「安全衛生活動を長く支えてきた者が定年を迎え、あるいはリストラの対象とされ、そのノウハウが継承されていない。また、災害の減少により管理体制が形骸化している」との指摘があり、安全衛生管理体制が「形式化、形骸化」している傾向がうかがえます。
「事業場アンケート」では、安全衛生管理組織に「何らかの問題がある」との回答が43.5%を占め、そのうち、今後の対策に関わって、47.0%が「今の管理組織を活性化することが必要」と回答していることから、既存の安全衛生管理組織が職場で有効に機能していないことを裏付けています。
また、安全管理者や衛生管理者をめぐって、「組合員メモ」では、近年の行政運営が「選任率」を重視していることを反映し、逆に選任の有無だけに目が向き、安全管理者や衛生管理者がどんな職務を行っているのかが見過ごされがちになっているといった声があがっており、行政の側にも一部に形だけの安全衛生管理でよしとする傾向があるのではないかという指摘があります。また、安全衛生管理が「福利厚生」の一環としてとらえている企業があるとの指摘もあります。

(2)職場における機械設備の現状

「事業場アンケート」では、職場の機械設備について、安全衛生面で「問題がある」と回答した者が34.2%にのぼっています。また、必要な対策の中身を尋ねたところ、「点検検査をきちんと行う」(36.8%)、「安全装置を有効にする」(16.7%)、「機械の取り扱いに関する教育を実施する」(16.0%)、「安全作業マニュアルを作成する」(15.3%)などの順となっており、多様な課題について対策を講じる必要性が認識されていることをうかがわせます。また、「組合員メモ」では、「昨今の経済状況の中、機械設備を新しくするという事業場は皆無に等しい。機械設備・作業環境も条件が悪くなる一方だと思う。行政が主体となってお金をかけずに改善できるようなアイデア・ノウハウを共有化できるよう指導していく必要がある」と機械設備の老朽化対策を重視すべきとの声があがっています。

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3 事業主・労働者の安全意識の現状

(1)労使双方に認識の甘さがないか

事業主や労働者の安全意識はどうなっているのでしょうか。
「事業場アンケート」では、事業主の安全意識に関連し、職場のどこに安全衛生上の問題があるかを尋ねていますが、安全衛生組織に「特に問題はない」とする者が55.8%、機械設備に「特に問題はない」とする者が65.3%にのぼっています。
他方、「労働者アンケート」では、労働者の安全意識に関連し、64.6%から職場は「安全だと思う」との回答を得たものの、逆に「一部に危険がある」「かなり危険である」と答えた者に「安全衛生面での問題点」を尋ねたところ、「事業主の意識が低い」(33.8%)、「労働者の意識が低い」(30.5%)との回答も見られ、事業主(管理者)・労働者の双方に安全衛生意識を高める安全衛生教育が重要となっています(図4参照)。

なお、「組合員メモ」にも、「災害原因を被災者の行動やうっかり等の不注意に押し付ける傾向が高く、的確で正確な再発防止対策を講じていない事業場が多い」「最近の労働災害の発生からみると、事業主の責任による災害よりも労働者がもう少し考えて行動すれば、と思う不安全行動型が多く発生している。事業者のみならず労働者に対しても指導が必要である」といった、事業主・労働者双方の安全意識の問題を指摘する意見があがっています。

(2)安全衛生経費の削減はあたり前か

安全衛生確保のための経費については、職場の安全衛生に関する意識レベルをはかる一つのバロメーターと言えますが、「事業場アンケート」では、安全衛生の確保にかかる経費について「削減している」との回答が28.3%にのぼっています。行政に従事する職員の労働組合が行うアンケートであるため、本音が言いづらい面があることがある程度予想されましたが、その中で3割弱もの事業場がこのように答えている実態には驚かされます。その上で、削減の理由を尋ねたところ、91.6%が「経営面の事情」をあげています。
このような回答は、厳しい経済状況の下においては、「直接目に見える経営上の効果につながらない安全衛生経費を削減することはやむを得ない」という風潮が一般化していることをうかがわせます。また、建設業等では「工事の発注にあたって安全対策費が含まれていないことが多く、足場の設置などままならない」といった声も聞かれています。
なお、中小・零細企業では、安全衛生にかかる経費が全く予算計上されていないことも多く、そもそも「削減している」とは回答しないことを考え合わせると、数字以上に厳しい状況があると見なければなりません。

(3)再発防止対策では労使に意識のずれ

「事業場アンケート」では、災害発生時の対応を尋ねたところ、「即時対応する」「対応を検討する」といった事業場は、83.1%にのぼっています。一方、「労働者アンケート」で、災害発生時に「再発対策が講じられた」との回答は、わずか26.4%にとどまっています(図5、6参照)。



両アンケートは、同じ事業場に対するものではありませんが、ここには事業主と労働者の間に意識のずれがうかがえます。このことは、私たちが災害調査等で事業場におもむき、事業主・労働者双方の話を聞く際にも感じることです。事業主側が「改善した」と考えていることが、労働者にとっては全く評価していなかったり、効果がない、あるいは感じられないと受け止めていることがあります。

(4)労働者の健康不安が高まっている

定期健康診断の有所見率は、近年、健康診断項目が増えたこともあり、右肩上りで推移しており、労働者の健康に対する不安も高まっています。これを裏付けるかのように「労働者アンケート」では、72.8%が「何らかの健康不安を感じている」と回答しています。他方、「事業場アンケート」では、過重労働による健康障害予防の「総合対策」について尋ねたところ、「知っている」と回答したのは58.2%にとどまっており、過労死・過労自殺などが社会問題化している状況下で、一部の事業主の意識は依然不十分です(図7参照)。

危険を視覚的に感じることのできる安全分野と異なり、労働衛生分野の危険は、知識によって理解するもので、事業主の意識・知識の向上に向けた対策が重要となっています。
また、職場の健康管理を進めるにあたり、医学的な立場からの指導・助言を行うための産業医制度の認知度は非常に低く、「労働者アンケート」では「産業医を知らない」という回答が、選任の必要な事業場のうち、50〜99人規模で61.5%、300人以上でも38.0%にも及んでいます(図8参照)。統計上の「選任率」はこれを上回っていることから、選任されていても、事業場において有効に機能していないことを表しています。

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4 安全衛生行政の現状

労働基準監督署(以下、監督署)の組織体制の中で安全衛生業務を所管するセクションは、一様ではありません。安全衛生専課は、各局の筆頭署、四方面以上の方面制署、三課制署に設置されていますが、三方面以下の方面制署、二課制署においては、労災業務や監督業務と混在しており、組織上の区分はありません。また、三課制署から三方面制署へ署の規模が拡充される際に安全衛生専課がなくなるという矛盾さえを生じさせています。
また、担当部署における人員配置もきわめて不十分です。安全衛生業務を専ら担当する専門官・技官は、全国でわずか762人(労働基準行政関係職員の9.2%)にとどまっており、署の安全衛生部署に専門官が未配置となっている署が103署(全署の29.6%)、技官が未配置となっている署が148署(同42.5%)、専門官・技官ともに未配置となっている署は20署(同5.7%)となっています(図9参照)。労働安全衛生法第93条には「労働基準監督署に産業安全専門官及び労働衛生専門官を置く」との定めがあるものの、現実は遠く及んでおらず、県内の監督署の数より専門官・技官の数が下回っているところすらあります。
こうした状況から、十分な研修等を実施しないままに労働基準監督官(以下、監督官)を安全衛生業務担当に配置したり、厚生労働事務官を安易に技官に転官させて対応している現状も見受けられます。監督官が安全衛生にかかる監督指導を行うことは、関係法令の遵守を厳しく求めていく立場からも当然必要なことですが、現在の状況は、監督官をいわば「便利使い」させながら、行政体制を取り繕っていると言わざるを得ないのではないでしょうか。
「組合員メモ」では「監督官で安全衛生業務を担当し、検査までしている。専門的な知識が不足し不安」、「安全衛生業務は専門的で広範囲であるため経験と知識の積み重ねが必要で、若い職員を地道に育てることが必要」との声があがっています。
「事業場アンケート」でも「監督署に問い合わせたい事項も多々あるが、担当者が出張、会議等で不在な場合が多い。行政は人員不足でないか」「労働行政が後退しているように思われる」といった意見など、行政体制の整備を求める声があがっています。

5 安全衛生指導の現状

(1)あいまいな安全衛生行政職員の職務権限

安全衛生分野は多岐にわたり、近年も、過労死等の予防、メンタルヘルス対策、ダイオキシン対策など、とりくむべき重要な課題を増しています。こうした諸課題に対して、労働行政では個別指導とともに集団指導・広報活動など様々な行政手法を用いて解決をはかろうとしていますが、諸対策を浸透させていくには各事業場に対するていねいな指導が不可欠です。特に、事業場の危険・有害な要素を具体的に明らかにしていくためには、個々に事業場に立ち入り、関係者から聴き取りを行うなど、きめ細かい対応が必要です。
ところが、専門官・技官が安全衛生に関して事業場を指導する際には、さまざまな制約があります。
その一つは、職務権限が明確でない点です。専門官の場合は労働安全衛生法第93条及び第94条によって事業場への立入権限等が担保されていますが、技官の職務権限は、法令上、必ずしも明確にされておらず、不安を抱いたまま職務に就いているのです。つまり、法的な後ろ盾が明確でない中で事業場へおもむき、現場の調査や関係書類の提示を求める業務に就かされている実態があります。
もう一つは、法違反等に対する措置内容の問題です。現場で指摘しなければならない問題事項の多くは、関係法令の違反を伴うことがほとんどですが、その際、監督官、専門官、技官それぞれの職務権限とも関連し、措置内容に違いがあるのです。
この間、専門官による、法違反の署長名による是正勧告書の交付、使用停止命令書の交付等が可能であることが明確にされましたが、「組合員メモ」にも、「専門官・技官の職務権限と措置基準を明確にすべき(持たせるべき)」「「事業場に混乱を与えないよう安全衛生に関して監督官と同様の措置ができるように法制度上の整備が必要」などの意見が多く寄せられています。

(2)ガイドライン等による指導の困難さ

今日、事業場に対する指導の「基準」となるものは、労働安全衛生法を中心とした法令に加えて、通達・指針・ガイドライン等さまざまなものがあります。罰則規定のある法令の遵守については、事業主にもある程度理解が得られますが、ガイドライン等による指導については様々な困難がつきまといます。
特に、近年重点的なとりくみを進めている、労働安全衛生マネジメントシステム等の導入・定着の指導については、「組合員メモ」にも「消化不良を起こしているのではないか」「ガイドライン等を策定するたびに周知することはいいが、一部は行政側の自己満足で全体のものになっていない」という声が寄せられています。業種や規模等を見極め、実態に即した柔軟で実効ある指導が求められるのであって、「件数主義」に陥った形式的な指導は無益であることを銘記すべきです。

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2) 有効な安全衛生指導を実現するための提言

現在、日本の労働者をめぐる安全衛生面の状態は、統計を見る限り改善しているように見えますが、依然、一日約1,500人が労働災害に遭い、そのうち約5人もが尊い命を失っています。また、近年の労働災害は大規模化・重篤化が進んでおり、加えて過労死・過労自殺といった新たな問題が広がっています。その上に、「労災かくし」の実態が広範に認められ、統計だけを「鵜呑み」にはできない実態があります。
この間の企業リストラの進行や規制緩和等によって引き起こされた企業間競争の激化などによって、多くの企業が「総人件費の削減」を打ち出し、労働者の雇用や賃金の「劣化」を呼び起こしています。この流れが進むならば、企業活動の中で「安全衛生」はいよいよ後景に追いやられ、職場における労働災害や職業病疾病の危険を高めかねません。
こうした中で、全労働は、この間とりくんできた「組合員メモ」「労働者アンケート」「事業主アンケート」等の結果をふまえ、今日の労働安全衛生行政に求められる、有効な安全衛生指導について、以下のとおり、提言します。

1 現場での安全衛生指導を基本におく

現在、事業場に対する安全衛生指導は、大きくは個別指導と集団指導に分けられます。
集団指導は、対象を企業規模や業種などについて絞り込み、該当企業に参加を求めて行政側から必要な情報を伝達し、指導をするものですが、規模や業種が似通った事業場においても、それぞれに職場環境は異なり、問題点も独自のものをもっています。したがって、集団指導では、個々の事業場の状況に即したきめ細かい指導は困難であり、指導事項は、関係法令の概要や災害発生状況の特徴など、一般的、抽象的な内容とならざるを得ません。
個々の事業場の具体的な問題点の改善にむけては、個別指導を強化する必要があります。事業場に赴き、専門官・技官等が自らの目で現場を見て、安全衛生担当者や現場作業者から話しを聴き、当該事業場の状況を的確に把握した上で、必要な指導を行うことが、最も有効な安全衛生の指導であると考えます。
また、数多くの現場を見ることで、専門官・技官の資質が高まり、集団指導にも役立てられるといった相乗効果もあります。

2 安全衛生関係職員の専門性の向上

安全衛生指導の際には、現場の状況が関係法令、関係通達・ガイドライン等に合致しているか否かといった点に目が向けられがちですが、それだけでは災害防止に大きな効果は期待できません。
多様な現場の状況に即して、技術面を含めた専門的な指導することが重要であり、そのために安全衛生担当職員の経験と知識を系統的に積み上げ、問題解決をはかるための専門性を高めることが不可欠です。
現在、研修計画に基づき職員研修(本省・労働局)が実施されています。安全衛生分野は、他の分野と比較すれば多くの専門研修が準備されていますが、さらに種類と内容の充実をはかる必要があります。また、技術革新に即した新工法や新技術等にも目を向ける必要がありますが、この点では、既存の研修は十分に対応しているとは言えません。そのため、安全衛生関係職員が労働行政以外の行政分野の研修・講習、各種団体・民間企業等の研修・勉強会等にも積極的に参加ができるようにするなど柔軟な対応が必要です。 また、安全衛生行政分野の範囲がきわめて広いことから、職員一人ひとりが全ての分野に精通することは不可能に近く、一般的な知識を備えた上で、各人が各専門分野に特化した専門家として養成され、各局・各署がネットワークを構成しながら、様々な局面に対応しうる柔軟な行政体制を確立することが適当であると考えます。

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3 情報の収集機能の強化

個別指導は、事業場に直接赴いて実施することになりますが、安全衛生行政の体制は職員数が少なくきわめて脆弱であり、全ての事業場に赴くことは不可能です。このような中で、日常から個々の事業場の実態を正確に把握することが、個別指導の対象事業場の選定を行う際や、指導の準備、そして実際の指導に際しても有益です。
そのため、既存の業務支援システムである労働基準行政システムの充実が求められています。現在、同システムで把握している情報は、各種報告等によるものが中心となっていますが、安全衛生分野だけでなく労働行政の諸分野が有している情報を一元的に管理すべきです。さらに、個別指導を視野においた安全衛生行政システムの開発を急ぐ必要があります。その際、全国組織であるスケールメリットを生かして、特定分野で効果的な安全衛生指導を先進的に実施している局・署のノウハウを共有し活用できる内容とすることを重視すべきです。

4 事業主・労働者の意識に働きかける

機械設備の改善、安全装置等の設置、安全通路の確保等の措置を講じるにあたり、その眼目が監督署を納得させるためであったり、形式的で中途半端な改善に止まってしまったりする状況が見受けられます。このような場合、その後に改善措置が後戻りし、同じような災害が発生するケースも見受けられます。このようなケースの要因の一つには、改善内容を事業主・労働者が十分に理解・納得していないことが上げられます。
したがって、安全衛生指導の際には、単に問題点を指摘するだけではなく、事業主や安全衛生担当者さらには労働者の意見をきちんと聞いた上で、具体的な改善策を示し、十分な理解を得ることが必要です。こうした理解が得られないと前述のような実態となり、効果があがりません。
さらに、改善内容については、安全衛生委員会等の場で議論し全体の合意を得ることも重要です。場合によっては(限定的であっても)事業場の安全衛生委員会のメンバーに直接働きかけることも必要です。
また、組織的な「労災かくし」により、労働者(被災者)が泣き寝入りしている実態については前述しましたが、こういった実態があらたまらない背景には、労使双方が労災によって一時的に被る損失に目を奪われ、潜在する危険が十分に明らかにならないことへの問題意識が不足していることが指摘できます。発生した災害の原因が十分に解明されないなら、同種災害の芽を摘めず、真の問題が解決されずに先延ばしされ、その後に第二、第三の犠牲者を生じさせることになってしまいます。こうした事態を防ぐ意味からも労使双方の安全衛生への意識を高揚させるアプローチが重要となっています。

5 安全衛生教育への積極的な関与

労働者への安全衛生教育は事業主に課せられた法令上の義務であり、事業主の意識や力量によって左右されやすく、一部に有効な安全衛生教育が実施されていない現状があります。個別指導の充実とあわせ、監督署・労働局の集団指導等の場に、労働者の参加を広く呼びかけることも必要です。
また、前述したように、労働災害を契機とした具体的な指導を行っても、関係労働者が危険性を十分認識していない場合は実効があがらないばかりか、最終的には元のレベルに後戻りしかねません。こうした懸念が認められる場合には、再発防止措置の一環として安全衛生教育を実施することが必要です。
安全衛生関係職員が、災害発生を契機として当該事業場や関連企業・団体に対象を絞り込んで安全衛生教育を行うことは現在でもありますが、主には企業・団体の側からの依頼によるものです。必要な場合には、行政の側から積極的に安全衛生教育の実施を呼びかけることも必要です。

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6 労働者の「内部告発権」の保障

近年、企業のモラルハザードが様々な場面で指摘されています。そしてそのことは重大災害を引き起こす原因の一つともなっています。
このような場合、問題が発生した時点で、労働者から「実はこんなことがあった」といった声があがることがあります。労働者が災害発生の予兆について把握していながら、それを公にできなかったわけです。その原因としては、企業に不利になる情報を明らかにすることで、当該労働者の雇用や労働条件が危ぶまれるといった実情もあるでしょうし、激しい企業間競争のただ中で、労働者の意識の中にも企業の不利になることを隠しておきたいという思いがあるのも肯けます。
しかし、災害を被る危険の中で働く労働者が、その改善を口にできないこと自体、不合理なことであり、そのことを内外に訴えることを保障する権利、特に「内部告発権」(不利益扱いの禁止等)を法令上明記すべきです。
もとより、このような権利行使を待たず、企業内で問題解決が円滑にはかられることは望ましく、そのためにも、労働災害の防止が「労使の利益」であることを共通認識として日常的に醸成することが重要です。

7 地域実情の即した行政運営の重点化

近年、労働者の健康保持増進対策や快適な職場環境の形成、危険有害物質の暴露防止対策、安全衛生マネジメントシステムの推進、過労死・過労自殺の防止に向けた対策など、労働安全衛生行政は、多くの課題を抱えています。
しかし、前述のとおり、安全衛生業務に従事する人員が限られている中で、全ての課題に十全の対応をはかることは困難となっています。本来ならば、専門官・技官の増員を行い体制を整備すべきですが、近年の厳しい行政改革(定員削減等)の中ではきわめて難しいのが現実です。このような中で、有効に安全衛生指導を行っていくためには、既存業務の見直しをはかり、地域実情に即した大胆な業務の重点化を推し進めていく必要があります。
全ての課題に「実績」を取り繕う総花的な行政運営は、結局、最も重要な課題に有効な対策が講じられないなど、重大な問題を招来しかねません。各局、各署が優先順位を的確に付けながら、重点を絞った行政運営を進めることが求められています。

8 監督行政・労災補償行政との連携強化

専門官・技官の個別指導と、監督官の監督指導との位置付けを明確にした上で、事業場に対する指導では、有機的な連携をはかることが必要です。
特に近年、過労死・過労自殺の予防の観点から、安全衛生指導にあわせて労働時間管理等の指導を行うことは重要ですし、ときには司法処分も念頭においた対応も求められることから、監督職域との連携を緊密にし、労働行政全体を効率的なものとすることが必要です。また、労災発生を契機とした再発防止対策の必要性から、労災職域との連携も不可欠です。
さらに監督・労災部門への労働者からの様々な申告・相談などの中に重要な情報が含まれていることから、情報収集の観点からも、監督・労災職域との緊密な連携が求められています。

3) おわりに

職場の安全衛生は、今日、決して軽視できるような状況にはありません。私たちは、これまでに何度も悲惨な労働災害に遭遇し、事前に適切な指導する機会がなかったことに、歯痒さと共に憤りを感じてきました。
こうした状況を改善するため、安全衛生行政に中心的に携わっている専門官・技官が積極的に事業主や関係労働者等に対して強い信念の下、ねばり強くアプローチし、高い専門性をもって職場の安全衛生を効果的に改善させていくことが求められています。
今回の提言はそのための第一歩であり、全国の仲間とともに、今日の安全衛生指導の在り方についてさらに議論を深めていくこととします。

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