働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

2005年 1月
個別労働関係紛争の解決にむけた労働行政の改革方向について
申告・相談事例から見た労働行政の課題
中央行政研究レポート【監督職域】(その2)

第1章 調査・研究の目的

失業率、倒産件数、賃金水準など雇用と労働条件をめぐる諸指標が低迷する中、労働基準監督署・労働局等に寄せられる個別労働関係紛争に関する申告・相談は急増しており、広範に労働者の権利・利益の侵害が進んでいる状況がうかがえる。
こうした労働者の権利・利益侵害の広がりは、多くの労働者の不安・不満を募らせており、現代社会の「閉塞感」の一因となっており、労働基準行政はその役割に相応しい対応が強く求められているが、現状には課題も少なくない。
労働基準行政に従事する私たちは、日々の業務を通じて多様な個別労働関係紛争の実像にふれている。そして、その解決・処理にあたる中で、多くの疑問や矛盾を感じている。こうした疑問や矛盾は、各人の感情・感傷の域に止めず、それを契機に労働法制や行政運営の本来のあり方を自問し、その改善にむけた努力へと転化していくことが求められている。このような立場から、全労働省労働組合は、2003年1月から3月にかけて全国の労働基準監督官1,147名に対してアンケート(以下、監督官アンケート)を実施し、その結果等に基づき討議を進めてきた。こうした経過をふまえて、個別労働関係紛争の解決にむけた課題と改革方向を、法制面はもとより、行政運営や行政体制等の面から明らかにする。

第2章 急増する個別労働関係紛争の実情と特徴

図1

厚生労働省の資料(03年4月25日発表)によれば、全国の労働基準監督署・労働局等に設置された「総合労働相コーナー」に寄せられた相談件数は、625,572件(02年度/前年度比24.3%増)と急増しており、ここ数年の定着した傾向をあらわしている。このうち、労働関係法令等の違反を伴わない専ら民事上の個別労関係紛争も103,194件(02年度/前年度比25.0%増)と急増しており、その内訳は、「解雇・28.6%」「労働条件の引き下げ・16.5%」「退職勧奨・6.3%」「出向・配転3.1%」「その他の労働条件・18.5%」などとなっている(図1参照)。
このように個別労働関係紛争は近年、年を追うごとに大きく増加し、その内訳も「リストラ型」が大きな部分を占めるに至っている。景気の低迷がつづく中、人減らしや労働条件の切り下げを中心とする企業の激しいリストラの進行が、多くの労働者を民事上の紛争、すなわち行政機関が権限行使を予定していない紛争に巻き込んでいることをうかがわせる。
また、この間の企業の人事管理をめぐる大きな変化も見逃せない。派遣労働者、契約労働者の急増に代表される「雇用の不安定化」は、労働者の離転職を増やし、労働契約をめぐる紛争を頻発させており、成果主義に基づく人事・給与制度の導入に代表される「労働条件の個別化」は、労働条件決定をめぐる個別的な紛争を増加させている。加えて、本来、使用者と対峙して労働者の権利を守るべき労働組合の組織率は年々低下しており、このことも個別労働関係紛争増加の一因となっている。また、労働者(家族を含む)からの労働関係法令違反の申告に基づく申告処理件数も急増している。東京労働局が作成した冊子「プロフィール」(平成13年)は、同労働局の過去7年間の申告処理件数の推移を紹介しているが、「平成6年・4,564件」「平成7年・4,821件」…「平成13年・6,288件」「平成14年・6,326件」と増加の一途をたどっていることを示しており、全国の傾向を縮図的にあらわしている(図2参照)。こうした申告処理事案の内訳であるが、厚生労働省労働基準局がとりまとめた「監督業務実施状況(統計資料)」(平成13年)によれば、同年の全国の要申告処理事業場数が41,444(家内労働法関係を除く)であるのに対して、「賃金不払・27,142」「解雇・8,111」「労働時間等・242」などとなっている。
「賃金の支払いをめぐる紛争」と「解雇予告手当をめぐる紛争」が申告処理事案の大半を占めるのは従来の傾向でもあるが、低迷しつづける景気を背景に多くの企業が「経営不振」に陥り、倒産、解雇、賃金不払いなどの事態を招来させていることで労働関係法令違反を伴う紛争の総量が急増していることがうかがえる。

図2
図4

このことは「監督官アンケート」によっても裏付けられている。「近年、どのような事案の申告・相談が増加しているか」の問いに対する回答(複数回答可)の上位は、「解雇・退職・87.9%」「賃金・退職金・83.8%」「割増賃金・44.3%」「長時間労働・35.8%」「労働条件変更・26.2%」などとなっている(図3参照)。なお、「割増賃金」「長時間労働」に関する事案の急増は、アンケートの実施時期(2003年1月3月)に、サービス残業をさせていた消費者金融最大手「武富士」(本社・東京都新宿区)に対する大阪労働局等による家宅捜索(本年1月9日)や青梅労働基準監督署による、サービス残業をさせていた特別養護老人ホーム「神明園」(東京都羽村市)の経営者の逮捕(2003年2月3日)など、違法なサービス残業摘発のとりくみがマスコミ等で大きく取り上げられたことなどから、サービス残業・長時間労働の是正に対する「期待感」が広がり、申告・相談事案の急増に結びついた面もあると考える。また、「申告相談の処理に要する時間(あるいは負担)は以前に比べて変化しているか」の問いに対しては、「増加している・81.4%」「変わらない・13.4%」「減少している・1.0%」となっており、多様な課題が複雑に関連し合っている紛争が増えるなど、事案の複雑化、困難化が進んでいることを示している(図4参照)。
今日、こうした紛争を適切に解決することは、猶予を許さない緊急の課題と言える。すなわち、労働関係法令に抵触する紛争はもちろんのこと、民事紛争等を含めた、職場における様々な権利侵害に対して、適切な救済にむけた対応を可能とする公的な制度・機関の整備等が求められている。

図3

第3章 個別労働関係紛争の多面性(3つの類型)と対応の現状と課題

個別労働関係紛争は、おおまかな分類として、労働関係法令(労働基準法等)等の違反を構成する紛争と、労働関係法令等の違反を構成しない、専ら民事上の紛争とに分けることができる。前者は、一義的に行政機関(行政官庁等)による権限の行使(法令の施行)による解決が予定されていると言え、また、後者は民事裁判を含む民事上の紛争解決手段によって、解決が予定されるほか、平成13年10月から施行されている個別労働関係解決促進法に基づく紛争解決制度(判例等の立場から中立な立場で援助する制度)の活用が予定されている。もっとも、労働関係法令違反を構成する紛争であっても、行政機関による行政指導等の権限行使によって十全な解決がはかられない場合には、民事裁判を含む民事上の紛争解決手段によって解決をはかるほかない。一方、行政機関(労働基準監督署等)では労働関係法令(刑事法規)違反が是正されない場合には、行政指導等を打ち切った後、刑事責任の追及をはかるため司法警察権を行使して送検(捜査)手続きをとることがある。このように個別労働関係紛争には、刑事的側面、行政的側面、民事的側面をそれぞれ併せもったものも少なくなく、以下、その類型を大まかに整理し、それぞれに紛争解決にむけた課題等を明らかにする(図5参照)。

図5

1 類型1 労働関係法令等の違反を構成している個別労働関係紛争

(1)類型1の申告・相談の典型例

[例1]所定期日に支払われるべき賃金(退職金を含む)が支払われず、労働者がその支払いを望む場合
[例2]解雇予告手当を支払うことなく即日解雇された労働者が解雇予告手当の支払いを望む場合
[例3]最低賃金を下回る労働契約に基づき働いた労働者が、最低賃金との差額の支払いを望む場合
[例4]昇進等に関する女性差別が行われ、労働者がその救済を望む場合
[例5]恒常的な長時間・過重労働を強いられている労働者が改善を望む場合

類型1はさらに、(a)義務規定(罰則あり)に違反する紛争(例1、2、3)、(b)義務規定(罰則なし)に違反する紛争(例4)、(c)行政指導上の指針(ガイドライン等)に反する紛争(例5)などに分類することができる。また、行政機関による行政指導等の態様(是正勧告、指導、助言等)は、根拠法令やこれらの分類等に応じてそれぞれに異なるが、いずれにしても行政機関による権限行使によって紛争の解決が望まれる場合と言える。
なお、類型1の紛争の中にも、労働関係法令違反が直ちに民事的効力(法律行為の無効等)を発生させる場合(例3)と労働関係法令違反と民事的効力が無関係の場合(例4)がある。

(2)類型1への対応の実際と課題
図6

上記の典型例(例13)への対応は、一般に「申告処理」と呼ばれており、直ちに労働基準監督官による臨検等の方法によって労働関係法令違反の有無等が調査される(【注】参照)。例1に即して言えば、労働基準法第23条、第24条あるいは第37条違反の事実が確認できれば、同違反の是正(未払い賃金・退職金の支払い)を促す行政指導(是正勧告)が繰り返して行われることになるが、これによってすべての事案の解決がはかられるわけではない。
「監督官アンケート」では、近年の申告の解決率(解決とは申告人が指摘する法違反が認められ、かつ是正が確認されたことと定義)を尋ねているが、「3割程度・14.5%」「5割程度・36.5%」「7割程度・25.9%」の回答となっており、概ね6割程度の解決率であることが明らかとなった(図6参照)。臨検等によって法違反が確認でき、是正勧告が行われたにもかかわらず、所定の期日までに法違反の是正(賃金等の支払い)が認められない場合には、使用者に対して送検手続きをとることもあるが、もとより、未払い賃金等の支払い自体に対しては間接強制にすぎない。これを確実なものとするには、別途に民事訴訟等の手続きを要することから、費用負担等の事情から労働者が「泣き寝入り」を強いられることも少なくない。近時、少額訴訟制度が創設されたものの、対象要件や実効性などの点で必ずしも十分な制度とは言えない。
なお、行政指導が奏功せず、是正が図られなかったもののすべてが送検されるわけではなく、悪質な事案に限られているのも現実である。ところで、ねばり強い行政指導によっても紛争が解決しない原因はどこにあるのだろうか。
「監督官アンケート」の「申告が解決しない理由は何か」との問いに対する回答(複数可)の上位は、「労使の感情のもつれ・63.5%」「事実関係を特定できない・61.7%」「事業主の遵法意識欠如・35.3%」「経営状態の悪化・32.0%」「労働者に落ち度がある・31.6%」「倒産・事業主行方不明・25.8%」などとなっており(図7参照)、事情は様々であるが被害額が大きく悪質な事案ほど行政指導による紛争の解決は困難となる傾向がある。なお、倒産事案などで事業主に資力がない場合には、賃確法(賃金の支払いの確保等に関する法律)第7条に基づく未払賃金の立替払事業の運用対象となる場合があるが、立替額に上限があること、法律上の破産の場合を除き企業規模等に制限があることなど、十分な救済措置が講じられているとは言い難い。また、賃確法が求めている貯蓄金及び退職手当の保全措置については、労使による預金保全委員会の設置及び労使協定の締結もこれに含めていることから、倒産事案等ではほとんど保全されていないケースも少なくない。

図7

【注】例4への対応では、都道府県労働局雇用均等室が中心となり、男女雇用機会均等法違反について、雇用均等室長による助言、指導又は勧告等が行われるほか、申請に基づき機会均等調停委員会による調停の手続きがとられることがある。後者の場合には、後述の類型2に近い対応となる。

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2 類型2 労働関係法令等の違反とならない、個別労働関係紛争(民事紛争)

(1)類型2の典型例

[例1]就業規則の不利益な変更が行われ、その効力をめぐって労使間に争いが生じている場合[例2]労働者の解雇をめぐって、その効力等に労使間の争いが生じている場合[例3]求人内容と労働条件の違いをめぐって労使間に争いが生じている場合

(2)類型2への対応の実際と課題

上記の典型例(例13)の場合、紛争当事者(労働者、事業主あるいはその双方)は、都道府県労働局長に対し、個別労働紛争解決促進法に基づく援助を申し出ることができる(申出(口頭も可)の受付は、労働基準監督署等に設置された総合労働相談コーナーでできる)。
申出を受け付けた都道府県労働局(企画室)は、事実関係を調査し、関連する判例等の考え方を基本に必要な助言又は指導が行うこととなる。その際、都道府県労働局長は必要に応じて委嘱した労働条件紛争担当参与(法曹関係者、学識経験者など労働問題に関して専門的知識を有する者)の意見を聴取することがある。
例1に即して言えば、就業規則の変更に合理性がないと判断した場合には、再検討等を指導・助言することとなる。これによって、事業主による就業規則の変更にかかる「見直し」が期待できるし、指導・助言に至る過程のなかで、労使双方が互いに譲歩しながら、「和解」がはかられる場合も少なくない。なお、指導・助言による紛争解決が期待できない場合等には、紛争当事者は都道府県労働局に置かれた紛争調整委員会によるあっせんを申請することができる。
しかしながら、同制度に基づく都道府県労働局長の指導又は助言には、直接的にも間接的にも強制力がないことから、労使の対立が激しい場合などでは労働者が申出自体を躊躇する場合も少なくない。この点に関して「監督官アンケート」では、現行の個別労働関係紛争解決制度の問題点は何かを尋ねているが(複数回答可)、「助言・指導に応じる義務がない・44.3%」、「あっせんに応じる義務がない・41.9%」、「労使の対立が激しい場合など合意形成が困難・31.5%」などの回答が上位を占め、事案によっては実効性に疑問があること、換言すれば、強制力のある解決手段が並存することの必要性が指摘されていると言える(図8参照)。

実際、労働基準監督署等に寄せられる個別労働関係紛争は、すでに労使の自主的な話し合いで解決することが望めない状況にあるものが少なくない。労基法第104条の2に基づいて労働基準監督署長が発出する出頭命令でさえ、労使の感情的な対立、遵法意識の欠如等からこれに応じようとしない使用者が多いのが実情であり、まして強制力のない本制度の運用では奏功しないと判断する労働者が多いのである。また、先の問いに対しては、「行政体制が不十分・48.1%」、「必要な調査等の権限がない・15.8%」などの指摘があり、個別労働関係紛争解決制度に基づく助言・指導等の実務を担う都道府県労働局企画室の担当体制(担当職員数)が概ね23人にすぎない点や客観的な資料が乏しく事実関係が確定できずに処理が打ち切られる事案が少なくない点などに問題意識が集中していることがうかがえる。

3 類型3 類型1及び2以外の個別労働関係紛争

(1)類型3の典型例

[例1]労働者が同僚からいじめを受け改善を求めている場合(いわゆる労労紛争)
[例2]労働者が賃金の引き上げなどを求めている場合(いわゆる利益紛争)
[例3]労働者が行政機関による具体的な関与を望んでいない紛争(2)類型3への対応の実際と課題

上記の典型例の場合には、労働基準関係法令違反が認められず、かつ行政機関の指導・助言による解決が期待できる労使紛争にもあたらないことから、労働基準監督署・労働局等の「総合労働相談コーナー」における労働相談によって、情報提供、アドバイス等を行うこととなる。同コーナーには、総合労働相談員が配置されており、その名のとおり行政分野の枠を超えた総合的なワンストップ゜サービスの提供をめざしている。しかしながら、実際には高度に専門的な検討を要する事案等については、労働局等の担当部署と連携をとりながら対応しているのが実情である。個別労働関係紛争解決制度の問題点を尋ねた「監督官アンケート」では、34.7%が「総合労働相談員の位置づけ(任務)に無理がある」との回答しており、総合労働相談員が1年を任期とした非常勤職員であることから、広範な行政・司法分野にわたって専門性を確保していく点で困難があること等がうかがえる。このほか、「監督官アンケート」では、「初期対応をはかる署の職員・相談員が実務をよく知らない・25.2%」、「監督行政等と連携がうまくできない・15.4%」、「制度の周知が不十分・11.8%」などの回答があり、相談体制等の改善の余地があることが指摘されている。

第4章 個別労働関係紛争処理の改善方向

1 改善の基本方向(提言)

(1)個別労働関係紛争に求められる機能と改革の基本方向

景気の低迷等を背景に個別労働関係紛争は急増しており、これらの紛争に伴って引き起こされる労働者への権利侵害が適切に救済し得る制度の確立が求められている。しかしながら、前記の多様な紛争処理(類型1,3)の実際を概観してわかるように、現在の諸制度及びそれを担う行政体制は、個別労働関係紛争を(民事的側面を含めて)的確かつ最終的に解決するにあたっては必ずしも十分でない。
この間、厚生労働省では、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律(平成13年10月施行)に基づく個別労働関係紛争解決制度の運用を開始し、あわせて全国約250カ所に総合労働相談コーナー(総合労働相談員を配置)を設置するなどの「方策」を打ち出している。
また、2001年6月の司法制度改革審議会意見書では、(a)労働関係訴訟事件の審理期間を概ね半減することを目標とした充実・迅速化、(b)雇用・労働関係に関する専門的な知識経験を有する者が関与する労働調停の導入、(c)雇用・労働関係に関する専門的な知識経験を有する者が関与する裁判制度の導入の当否、労働関係事件固有の訴訟手続きの整備の要否等の検討などが盛り込まれ、現在、司法制度改革推進本部労働検討会での検討が進められている。
このような中で、個別労働関係紛争処理に求められる機能を、あらためて整理するならば少なくとも次の要素が重要であると考えられる。

(a)紛争当事者である労働者(賃金生活者)の立場にてらした「迅速性」
(b)紛争当事者の非対等性にてらして、労働者の置かれた状況に相応しい「公正性」
(c)多数引き起こされている紛争相互間の「公平性」
(d)紛争当事者が社会的に力を持たない個人であることにてらした「無償性」
(e)紛争当事者が全国に生活する個人であることにてらした「利便性」
(f)紛争当事者の利害が激しく対立する場合をふまえた「実効性」

要すれば、適正な事実認定とそれに基づく公正・公平な法的判断が、迅速かつ簡易・廉価なシステムの下で確定的に示され、かつ、その判断が実効力をもって担保されることが必要であると言ってよい。
そのためには、行政分野での検討に加えて、司法分野の検討が不可欠であり、最終的には労働裁判制度の改革なくして実現し得ない課題と言える。
もとより、これらの要素のすべてを「労働裁判制度」に負わせることは現実的でなく、諸外国の例を見ても、行政機関等による裁判外紛争処理(ADR)の確立と相俟って前記の「要素」が追求されている。また、裁判外紛争処理では、労働裁判制度になじみにくい多様な苦情等の処理についても一部対象にとりこむことができる。
以下、本項では、類型1,3の多様な個別労働関係紛争の解決=権利救済に共通する改革方向を提言する。

(2)労働裁判の改革

多様な個別的労使紛争を十全に解決するためには、前記の6つの要素をできる限る備えた労働裁判制度の確立が求められているが、その際、今日の労働裁判制度の問題点をあらためて利用者、とりわけ労働者の立場から検証することが重要である。この点で、個別労働関係紛争の実態にふれる監督官の声を集約した「監督官アンケート」は、紛争の当事者となった労働者の立場や心情を一定反映しているのではないだろうか。すなわち、「監督官アンケート」では、労働者が裁判制度を利用する際の問題点を尋ねているが(複数回答可)、これに対する回答では、「コスト(裁判費用)がかかる・77.1%」「手続きがわかりにくい(敷居が高い)・68.3%」「解決までの長期間を要する・63.4%」「証拠収集が困難・36.3%」「当事者(労使)の力の格差が大きい・16.6%」などが上位を占めている(図9参照)。前記の6つの要素に即して言えば、「迅速性」「公正性」「無償性」そして「利便性」にかかわって、改善が求められていると指摘できる。

この間、政府の司法制度改革推進本部(労働検討会)での検討が進められており、次の事項等が具体的な課題として取り上げられている(労働関係事件の総合的な対応に係る検討すべき論点項目(中間的な整理))。

(a)雇用・労働関係に関する専門的な知識経験を有する者(以下、専門家)の関与する裁判制度の導入の当否(具体的には、専門家が表決権を持つ参審制、専門家の意見を聴取する参与制、専門委員制度等を検討)

(b)労働関係事件固有の訴訟手続きの整備の要否(目標とされる審理期間の設定、計画的な審理、証拠の偏在への対応、アクセスの改善(定型訴訟の活用、訴訟費用等の見直し)、少額訴訟の活用、単純事件の簡易手続きの検討、仮処分手続きの見直し等)

このうち(a)については、昨年12月19日、同本部(労働検討会が)、31回に及ぶ議論を経て、「労働審判制度(仮称)の概要(案)」をとりまとめており、2004年にも新制度として具体化される予定となっている。これによれば、労働審判制度(仮称)は、個別労働関係にかかる権利義務関係をめぐる紛争を対象とし、裁判官(1名)と労使それぞれの審判員(各1名)で構成する審判体が主体となって審理を進め、原則として調停を試みるが、調停不成立の場合には事件に即した解決案を提示するとしている。簡易・迅速な解決にも配意され、3回以内の期日で審理を完了することを原則としている。審判に不服のある当事者が異議申し立てをすることで審判は失効するが、審判の申立時に訴えの提起があったものとみなし、訴訟手続きとの連携も視野に入れている。
こうした制度は、雇用・労働関係の知識経験を持つ者が関与することで、多様な紛争にも実効ある解決案の作成が期待できるし、他方、裁判官が関与することで、訴訟手続きで争った場合の判断を「先取り」した判定的な解決案(和解案)の作成も期待できる(異議申し立てを抑制させる効果がある)。新制度の創設は、現行の諸制度の不備を補う大きな前進であり、こうした特長を生かすための運用面での工夫と体制面の確立が求められる。このほか、2003年6月に成立した裁判迅速化法では、(a)訴訟の第1審を2年以内に終結させ、手続き全体をできる限り短い期間内に終結させる、(b)法曹人口の大幅な増加や裁判所、検察庁等の人的体制の充実等を図る、(c)のために裁判所および訴訟関係者は誠実に手続上の行為を行うなどの措置が盛り込まれている。
これらはいずれも長年にわたって改革がなし得なかった事項であり、6つの要素を追求する「方策」として着実かつ実効ある改革が求めれれている。但し、これらの措置では、「監督官アンケート」で最も指摘の多かった「無償性」への接近としてはなお十分とは言えないだろうか。「金がないから救済されない」というでは労働関係における法の支配はおぼつかないのであって、別途に実効ある対応が求められる。実際、法律相談料(個人)は5千円1万円(30分)、着手金は8%(債権総額3百万円以下)などとなっており(日弁連報酬等基準規程)、困窮した労働者が労働裁判を躊躇するのも当然と言えよう。法律扶助制度(訴訟費用(着手金・報酬金)や提出書類作成費の立替制度)の充実や労働裁判の訴訟費用自体の低額化が求められている(【注】参照)。
なお、個別労働関係紛争では少額訴訟制度の活用も期待できる。現行の少額訴訟は30万円以下の金銭の支払いを求める訴えが対象となり、原則として1日で審理を終え判決が出される(訴えから審理までは40日程度を要している)。簡便・迅速な手続きである反面、被告が異議を申し立てれば通常訴訟手続きへ移行せざるを得ないことや被告が支払いに応じない場合には別途の執行手続き(地裁管轄)が必要となるなどの難点もある。現在、司法制度改革推進本部(司法アクセス検討会)では、簡易裁判所の事物管轄の見直しとともに少額訴訟の対象となる金銭債権額を30万円以下から60万以下へ引き上げることを検討しており、望ましい方向と考える。
個別労働関係紛争の処理には、一般に「判定的な解決方法」(以下、判定型)と「調整型な解決方法」(以下、調整型)とに分類される。労働裁判制度は「判定型」の典型であり、「調整型」としては、個別労働関係解決援助制度や民事調停制度などが典型と言える。この「判定型」と「調整型」は「相互補完関係」にあると言える。すなわち、「判定型」が十全に機能することによって、「調整型」の機能も一層高まっていく関係にある。「調整型」は当事者の合意を前提にしているが、実効ある「判定型」の存在は、合理的な解決を予測させ、当事者の歩み寄りに動機付けを与えていくことになるからである。「調整型」の背後に実効ある「判定型」が控えていることが「ゴネ得」を許さないことにつながるのである。「調整型」の好事例として広く紹介されている英国のACAS(助言斡旋仲裁局)についても、迅速で簡便な労働審判所が存在していることとあわせて理解されるべきである。

【注】米国では、連邦、各州で異なっているが訴額に関係なく一律が原則となっており、具体的には、連邦地裁
60、ニューヨーク地裁
35、カリフォルニア地裁
55などである(第16次国民生活審議会・消費者政策部会報告)。

(3)労働法制の充実強化

前記の6要素を備えた個別労働関係紛争の解決にあたっては、労働裁判制度の改革とともに、できる限り広範な紛争をカバーする公正な労働法制を整備することが重要である。労働関係は、経済力の圧倒的に異なる労働者と使用者の存在を前提としており、これを純粋な私的関係と見るべきではなく、行政機関等が適切にコミットしていくことが望まれる社会的関係と見るべきであって、その根拠となる法制の確立が必要となる。
そして、今日の個別労働関係紛争の実情をふまえるならば、解雇や雇止めに関する規制、配転、出向、転籍等に関する規制、均等待遇の保障や間接差別に対する規制、求人広告に対する規制等を中心にした広範な分野での法制整備が求められる。その際、労使関係的な視点、換言すれば、労使の非対等性をふまえた「公正性」が確保されることが重要である。また、当該法制の性格にもよるが、「実効性」を高める意味からも効力規定よりも義務規定、しかも努力義務よりも罰則を備えた義務として整備することが望ましい。さらに、法制の規範力を高め、紛争の迅速な解決をはかる意味からも当該規定は具体的かつ明確な文言で表されることが重要である(罰則を備えた規定では罪刑法定主義の要請でもある)(【注】参照)。
これに対して、これまでの判例の積み重ねによって、数々の法理・原則(例えば、整理解雇の4要件など)が確立しているのであってことさら法制化は必要ないとの反論もあろう。しかし、判例は個々の事案によって異なった結論が導かれるものであるし、労働判例自体がしばしば動揺することから、不安定で「公平性」を欠き、予測可能性の点でも実定法に劣ると言うべきである。また、法制整備の主張に対して行政上の指針の策定をもってすれば十分との意見も聞かれる。しかし、行政上の指針は直接的にも間接的にも強制力はなく、紛争の解決にあたっては、「実効性」「公平性」を欠くこととなる。こうした労働法制の充実強化の方向は、「類型2及び3」の一部を「類型1」へと移し、行政機関の適切な関与によってより実効性の高い紛争解決を可能にすることを意味している。

【注】労働法制の整備にあたっては、「実効性」を担保する意味からも、各規定は義務規定とし、原則として罰則を設けることとすべきである。しかし、多様な個別労働関係紛争を新たに規制する場合(とくに、解雇、雇止め、配転、出向、転籍、退職勧奨、労働条件引き下げ、均等待遇、求人広告等に関する規制)の実体法はどうしても抽象的にならざるを得ない面がある。その場合、罪刑法定主義の要請から規定違反に罰則を設けることには消極とならざるを得ない(現行の労基法18条の2は、効力規定にすぎず、義務規定とすることが望ましいが、罰則を付けることには同様に疑問がある)。
このような事情から、次のような行政命令制度を創設し、その「実効性」を備えていくことが有効である。すなわち、労働基準監督署長が一定の違反が認められると判断した場合、使用者に対して労働者の権利救済に関する必要な措置を求める行政命令を発することができることとし、当該命令違反に対して罰則を設ける。行政命令を不服とする使用者には行政不服審査法に基づく不服申し立てを認めることとする。他方、労働者に対しては、個別労働関係紛争の処理の全過程において民事訴訟を提起すべき権利を制限しない。
多様な個別労働関係紛争で侵害された諸権利を迅速かつ適切に救済するには、より具体的な改善措置(例えば、解雇を言いわたされた労働者の職場復帰や労働条件引き下げに対する原状回復等)が速やかに提示される必要がある。このような法制は、すでに労働安全衛生法等に例を見ることができる。同法は、労働災害の防止や職業病の予防等を目的として、使用者等が講ずべき様々な義務規定を定めているが、同時に、多様な労働環境に即して、より具体的で適切な措置として「作業の全部又は一部の停止、又は変更その他の労働災害を防止するために必要な措置」を義務づける行政命令を発する権限を労働基準監督署長等に与えており(例えば、安衛法第98条)、この命令違反には罰則が科せられる。
こうした対応は、個別労働関係紛争に巻き込まれている労働者の圧倒的多数が未組織労働者、すなわち対等な交渉力を持ち得ず、経済的にも非常に弱い立場にある労働者であるという現実に即したものであると考える。

(4)行政体制の拡充と連携の強化

個別労働関係紛争の多くの部分を占める「類型1」については、労働基準法、労働安全衛生法、男女雇用機会均等法等の施行、すなわち行政機関による行政指導を通じて、紛争の民事的側面まで含めた解決=権利救済が期待されている。そのために、個別労働関係紛争の質(困難化傾向)と量(増加傾向)に見合った行政体制がないならば法令の規定は画餅となろう。労働基準監督官の増員をはじめとした監督行政の体制確立、男女雇用機会均等指導官の増員をはじめとする雇用均等行政の体制確立、労働者派遣事業指導官の増員をはじめとする職業安定行政の体制確立をはかることが重要である。
とくに労働基準監督官等の人員不足は深刻であり、十分な監督指導体制がとられているとはとても言い難い。第一線に配置された監督官は全国で概ね二千名弱にすぎず、このことが大きな要因となって、企業規模を問わず、多くの事業場に対して労働関係法令等の遵守にむけたきめ細かい対応をはかることができていない。もとより、限られた体制の中でも効率的な行政運営をはかることは当然であるが、この間、その姿勢を強調することをもって絶対的人員不足を糊塗してきたと言える。当面、公募試験(労働基準監督官試験)制度を維持しながら、10年間で労働基準監督官の人員を倍増させるべきである。
「類型2」については、個別労働紛争解決援助制度の運用、すなわち、行政機関の助言、援助等による解決が期待されている。しかし、これを担う労働局総務部企画室の体制は前記(第3章 -2-(2)))のとおりあまりに脆弱であり、直ちに増員をはかるべきである。また同制度の初期対応をはかる「総合労働相談コーナー」に配置された総合労働相談員(現在、全国で600人程度)の増員も必要である。なお、紛争調整委員会委員については、平成15年度に126人増員し、現在、全国で300人となっている(施行規則第2条関係)。
ところで、個別労働関係紛争にかかる裁判外紛争処理(ADR)を担ってきた機関としては、労働基準監督署、都道府県労働局(雇用均等室を含む)、労政事務所、地方労働委員会(一部)、仲裁センター(弁護士会)等があるが、それぞれに権限、体制等に違いがあり、一長一短をもっている。この中で労働基準監督署(総合労働相談コーナーを含む)および都道府県労働局(雇用均等室を含む)は、全国的なネットワークを持ち、その設置数からも比較的「利便性」が確保されている上、これまでの行政運営を通じた各種情報の蓄積や職員の専門性等を考慮すれば、今後とも個別労働関係紛争の解決にむけた中核的な役割を担う必要がある。しかし、そのことは他の機関が不必要になることを意味するものではない。労政事務所(とくに東京都)では労働組合や労使関係に精通した優れた相談員が配置されているし、また、労働委員会は集団的労使関係分野での専門性の蓄積を個別労働関係紛争の解決にも活かすこと等が期待できる。従って、国、地方公共団体、民間団体を問わず、既存の機関が積極面を生かし、その役割を拡充しながら全体として個別労働関係紛争への対応力を高めていくことが重要である。その上で、各機関に寄せられる事案の特徴をふまえて柔軟な連携をはかるための「通報・回報制度」等を確立することが急務である。

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2 三つの類型に即した改善方向(提言)

個別労働関係紛争の改革の基本方向(類型1,3に共通)は以上のとおりであるが、現行の個別的労使紛争処理の改善方向をさらにを考えるにあたって、個別労働関係紛争の類型ごとにその実務に即した問題点を明らかにし、具体的な改善策を浮かび上がらせることとする。

(1)類型1の改革方向

「類型1」は行政機関の権限行使(行政指導等)によって迅速な解決が望まれるケースである。実務上は、主に労働基準監督官による「申告処理」を通じた解決が追求されている分野である。
「監督官アンケート」では、申告・相談業務に従事する中で感じた改善点等を尋ねている。これに対する回答では、「行政体制の充実(監督官の増員)・71.3%」を圧倒的な比率を占める一方、「労働裁判の抜本改善・23.6%」「実体法(解雇規制等)の整備・23.4%」「他行政やADR間の連携強化・7.3%」の指摘があり、前記第4章 -3-(1)(3)で指摘した基本方向に即した改革が重要となっている。
このほか、「罰則の強化・38.6%」「違反企業(悪質企業)名の公開・43.2%」「監督官の資質の向上・22.7%」「監督官の権限強化・27.2%」「民事訴訟制度の改善(倍額賠償制度の導入等)・22.6%」などの回答が得られている(図10参照)。

図10

また、「監督官アンケート」は、実際の申告処理にあたって解決すべき問題を「どんな苦労を感じているのか」という面に着目して尋ねている。
すなわち、「申告処理にあたり苦労(ストレス)と感じることは何ですか」(3つ以内)という問いに対しては、「事業主がなかなか指導に従わない・60.3%」「労使の感情対立に巻き込まれる・53.2%」「労働者に落ち度があり、事業主の主張も納得できる・42.5%」「身の危険や暴言等を受ける・25.9%」「件数が多い・25.5%」「処理経過を労働者が理解してくれない・20.4%」「申告処理自体が常に苦痛・11.7%」「一人で処理をする(上司・同僚の協力がない)・11.5%」の順で回答が得られている(図11)。

図11

個別労働関係紛争の背後には、それぞれに感情面を含めた複雑な人間関係があり、また、使用者にも労働者にも実に様々な個性がある。「類型1」のように本来、法令の施行(行政機関の権限行使等)によって迅速な解決が求められるケースであっても、紛争当事者に向かって法令を示すだけでは解決はおよそおぼつかない。紛争の背景事情を深く理解することで紛争当事者の信頼を得ることが求められるし、時には、経営上の判断にまで立ち入って説得を試みたり、悪質な使用者に対しては厳しい態度で強く迫ることも求められる。また、一定の段階では行政指導による「限界」を冷静に見極めることも重要となる。
こうした実態の中で紛争処理に直接従事する多くの労働基準監督官が強く求めているのは、一層の体制強化と権限強化である。法令が定める最低基準が十全に確保されるためには、その「実効性」を様々な角度から補強していくことが必要であると感じているのである。具体的には、次のような改革が必要である。

(a)労基法の罰則強化及び均等法等の罰則創設

労働基準法に定められた使用者の義務を間接的に強制する罰則(第117条第121条)は、罰金刑を中心としており罰金額の上限もきわめて低い(例えば、労基法第24条違反は30万円以下の罰金にすぎない)。従って、法令施行の実効確保の立場から罰則を強化すべきである。また、均等法等の努力義務規定についても同様の立場から罰則を創設すべきである。

(b)特別司法監督官の増員と全局配置等

現在、特別司法監督官は、都道府県労働局労働基準部監督課(13局に限る)に配置され、特に専門的な知識・経験等を要する捜査や管轄を超えた広域捜査等を担う専門官職として位置づけられている。しかしながら、その人数は各局わずか数人にすぎず、相次ぐ定員削減によって、監督課自体の体制が不十分なことも影響し、これをサポートする十分な体制もつくり得ていない。また、頻繁な人事異動(12年)によって知識・経験の蓄積・発揮が十分に行い得ないとの指摘もある。従って、特別司法監督官の増員と全局配置を急ぐとともに、監督課との連携を維持しつつも組織上分離し、高度な捜査を担う専門の課と位置づけ、キャリア形成を重視した人事政策・人材育成をはかるべきである。

(c)違反企業名の公開制度の導入

雇用の不安定化が進み、離転職が繰り返される今日の職場では、多くの労働者に対して同一の使用者が同様の違反を繰り返すことも少なくない。このようなケースでは違反企業名の公開制度を導入すべきである。このような違反企業名の公開制度は、すでに労働者派遣法(第49条の2第3項)、男女雇用機会均等法(第26条)等に例があり、違反企業への制裁効果に加えて、労働者・求職者に対する情報提供・注意喚起が期待でき、ひいては違法行為の抑止につながる。

(d)倍額賠償制度の導入(附加金制度の周知と改善)

米国には一定の違法行為によって生じた実損害の二倍額(あるいは三倍額)の損害賠償を認める制度がある。実損害額を超える賠償額は、違法行為者への懲罰の意味で加えられ被害者に支払われる。このような制度は、訴訟費用等と比較して実損害額が少額であるような場合にも訴訟提起を促し、違法行為者が利得することを防ぐ効果がある。このしくみに近いのが、労働基準法の附加金制度である(労働基準法第114条)。同制度は必ずしも周知されているとは言い難く、活用もきわめて少ないことから積極的な周知をはかるべきである。
現行の附加金制度の改善も求められる。附加金制度の対象となる債権は、労基法第20条、第37条及び第39条違反に伴って発生したものに限られているが、第24条違反を含めるなど幅広い分野の個別労働関係紛争を対象にすべきである。また、附加金請求権は裁判所の命令によって始めて発生すると解されていることから(昭26・10・30/東京高判)、それ以前に(附加金請求の提訴後であっても)対象となる債権の支払いが完了すれば支払命令を発することはできず、実効性を著しく欠いたものとなっていることから、労働基準法違反と同時に附加金請求権を取得するものと改めるべきである。

(e)未払賃金の立替払事業の拡充

倒産事案における被害の高額化等に対応し、未払賃金の立替払事業を拡充することが必要である。具体的には、立替額に上限を引き上げること、企業規模等に制限(法律上の破産の場合を除く)を見直すこと、行政体制の整備などが求められる。
未払賃金の立替払事業における「企業規模、資本金」の要件は、関係法令間における「中小企業事業主」の概念上の統一をはかったものであるが、未払賃金の立替払事業本来の趣旨にてらして、必ずしも合理的とは言えず見直しをはかるべきである。また、同事業の事務処理期間が少なくとも概ね3ヶ月程度を要していることから、一定の要件の下で、労働者の未払賃金に対する貸付制度の新設等を検討すべきである。

(f)貯蓄金及び退職手当の保全措置義務の厳格化

賃確法が求めている貯蓄金及び退職手当の保全措置の一つである「預金保全委員会の設置及び労使協定の締結」が十分に保全機能を果たしているとは言い難い実情をふまえて、保全措置義務の厳格化にむけた見直しをはかる必要がある(この間の会社更生法の改正によって、共益再建とされる範囲が更生手続開始前の6月間の給与の総額に相当する額又は預り金の3分の1に相当する額のいずれか多い額」に制約されることとなり、これを超える部分は更生債権として取り扱われることととなったことからも、保全措置の厳格化の要請は大きい)。

(g)労働関係法令の明確化

前述のとおり、広範な個別労働関係紛争を規制する法制は、その規範力を高め、紛争の迅速な解決をはかる意味からも具体的かつ明確な文言で表されることが重要であるが、現行の労働法制を見たとき、当該規定の抽象性ゆえに規範力を弱めているものが少なくない。例えば、裁量労働制の対象業務(【注1】参照)、年次有給休暇の時季変更権(【注2】参照)、管理監督者の範囲(【注3】参照)などであり、これらの規定の明確化を図ることは急務である。また、近年、請負契約、委託契約あるいはこれらに類似した契約形態の下で働く者が急増しているが、当該者はその実態から見て労働者であることも少なくない(このような場合、使用者の脱法的な意図をうかがわせるケースも多い)。しかしながら、労働者の定義が法制上「進歩」していないため、労働法制の保護を適切に受けられない者が急増しており、新たな契約形態に即した労働者性の判断基準を法制上確立すべきである。

【注1】「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査および分析であって、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段および時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務」(労基法第38条の4第1項第1号)
【注2】「事業の正常な運営を妨げる場合」(労基法第39条第4項)
【注3】「監督若しくは管理の地位にある者」(労基法第41条第2号)、「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」(昭23・9・13発基第17号等)

(h)申告受付の改善

労働基準監督署の申告受付をめぐっては、労働者の「受付してもらえなかった」などの不満を聞くことがあるが、このような場合の行政側の対応には問題はないのだろうか。
「監督官アンケート」では申告を受け付けない場合の理由を尋ねている(上位3つ)。これに対する回答は、「監督署の権限外(専ら民事問題)・77.5%」「法違反が認められない・73.7%」「自主的な解決にむけて、最低一度、本人請求(話し合い)を求めている・59.6%」「本人以外からの申し出・26.7%」「事実関係を疎明する資料がない・24.8%」「労働者に重大な非がある8.8%」「解決不能が明らか・7.6%」の順となっている(図12参照)。「監督署の権限外」「法違反が認められない」等の場合は、「類型2」あるいは「類型3」に該当する事案であるから、他の適切な解決手段(個別労働関係紛争解決援助制度等)を紹介するなどの対応が求められ、申告を受け付けることはできないケースとして首肯できる。

図12

しかし、万一にも形式的に一度は請求を求めているというケースはないだろうか。現行の体制で処理できる数を遙かに超える膨大な申告を前にもっぱら「間引き効果」をねらっているとするなら問題であり、行政体制の整備と併せて改善にとりくむべきである。

(i)複数監督官の対応原則の確立
「監督官アンケート」では、申告処理にあたって、身の危険を感じたり、激しい暴言を浴びせられることがあるか否かを尋ねたところ、「よくある・8.5%」「時々ある・64.0%」「滅多にない・22.0%」「全くない・1.9%」との回答を得ている。監督官の臨検監督にかかる計画は、多くの場合、単独での行動を前提に策定されている。これは、局・署幹部の中にある、臨検監督の「件数」を増やしたいという意識の反映であると指摘できる。しかしながら、身の危険を感じたり、激しい暴言を浴びせられるような状況に至ること自体、紛争の解決を困難なものにしていることを直視すべきである。そして、その要因の一つに単独行動の原則(一人請負主義)があることは否定できず、複数監督官による対応の原則を確立すべきである。

(2)類型2の改革方向(個別労働関係紛争解決援助制度の改善)

「類型2」の紛争は、労働法令違反を伴わない民事紛争であるから、適正な事実認定と法的判断によって、紛争当事者間の権利義務関係が速やかに確定することが望ましい。その意味では、アクセスしやすい労働裁判の実現を通じて解決されることが期待される。
他方、個別労働関係紛争の中には、将来の雇用関係の継続を前提とするものもあることから、労使の信頼関係を維持しながら紛争の解決をはかることへのニーズも少なくなく、紛争当事者の「合意形成」を促進するシステムの構築が求められている。換言すれば、労働裁判等の「判定型の解決方法」に加えて「調整型の解決方法」が十全に機能することが求められている。この点では、個別労働関係紛争解決促進法に基づく解決方法が存在するが、制度の運用が始まって間もないこともあり、前記第3章 -2-(2)で指摘したとおり、多くの課題が残されている。
「監督官アンケート」では、個別労働紛争解決援助制度の問題点について回答を得ているが(図8参照)、企画室に配属された職員(同職員は労働基準監督官から厚生労働事務官に転官し、監督官固有の権限を持っていない)に限って統計をとると、「体制が不十分・60.9%(48.1%)」、「必要な調査等の権限がない・30.4%(15.8%)」、「初期対応をはかる署の職員・相談員が実務をよく知らない・43.5%(25.2%)」「総合労働相談員の位置づけ(任務)に無理がある・47.8%(34.7%)」の項目で(括弧内は全体集計での比率)、全体統計から10ポイント以上も高い比率となっており、個別労働紛争解決援助制度の運用を実際に担う職員の問題意識を端的に示している(図13参照)。これらをふまえるならば、改善の基本方向(第4章 -1-(4))で指摘した体制整備等に加えて、次の事項の改善が必要である。

図13

(a)必要な調査権限の付与
現在、個別労働紛争解決援助制度の運用を担う紛争調整官等には、強制力を持った調査権限がないため、申し出に対して事実関係が確定できず、処理を打ち切らざるを得ない場合も少なくない。このような状況を改善するため、紛争調整官等に強制力を持った必要な調査権限(事業場への立ち入り、文書・資料の提出等)を付与することが必要であり、これによって、より適切な助言・指導、あっせんが可能となる。もとより、同制度は紛争当事者の互譲によって、解決を探るものであるから、調査権限の発動にあたっては、労働関係紛争担当参与の合意を条件とするなど、紛争当時者の納得性を高めるための十分な配慮も必要である。

(b)個別労働紛争解決援助制度の周知
この間、厚生労働省は、公共機関等でのポスターの貼付や同省HPでの実績公表等によって個別労働紛争解決援助制度の周知に努めているものの、同制度が比較的新しい制度であることや実務を担う企画室の体制がきわめて不十分なことから、広く利用されているとは言い難い。あわせて、同制度の初期対応をはかる署の職員・相談員が、研修等を充実させることによって実務の十分な理解を深めることが急務となっており、これによって相談者へのより的確なアドバイスが可能となる。

(c)専門性の維持向上と処遇の改善
都道府県労働局で個別労働紛争解決援助制度の実務を担う紛争調整官等の配置は、わずか2名程度であり、かつこれらの職員も頻繁な人事異動(12年サイクル)を強いられており、このような人事運用は担当職員の専門性の維持・向上を困難にしかねない。制度の的確な運用を職員個人の献身的努力にのみ依拠している今日の実情は異常であり、紛争調整官等の大幅な増員をはかりながら、同制度のスペシャリストの育成を可能にする人事政策と相応しい処遇の確立が求められる。

(3)類型3の改革方向(総合労働相談の充実)

「類型3」の紛争は、労働法令違反を伴わず、かつ個別労働関係紛争解決援助制度の運用も適切でない(あるいは同制度の運用が不調に終わった)紛争であるから、充実した労働相談によって、労働裁判等の諸制度への「橋渡し」が期待されている。
今日、労働相談は様々な機関で実施されているが、労働行政では全国の労働基準監督署等に設置された総合労働相談コーナーで対応している。しかしながら、第3章 -3-(2)で指摘した課題があり、改善の基本方向(第4章 -1-(4))で示した体制整備等に加えて次の事項の改善が必要である。

(a)総合労働相談員の常勤化と処遇の改善
総合労働相談員については、現在、非常勤職員(任期一年・更新可)を配置している。現実に任用されている相談員は、豊富な人事労務管理等の経験を持ち、熱意を持って相談者に対応している者が少なくないが、非常勤職員のみで構成するという枠組み自体、人材確保や専門性の維持・向上等の面から困難があり、労働基準監督署の体制整備をはかりながら総合労働相談に対応するための常勤職員の養成をはかるべきである。また、総合労働相談員の研修を充実させるとともに、その専門性に相応しい処遇改善(現行は日額89千円程度、賞与・退職金・通勤手当なし)をはかるべきである。

(b)司法実務に精通した相談員の配置
第4章 -1-(2)で指摘したとおり、困窮した労働者が弁護士による法律相談を受けることさえ、躊躇せざるを得ない状況が存在することから、総合労働相談コーナーにおいて、労働事件に詳しい弁護士を総合労働相談員として任用し(勤務日数は少なくとも週1回程度を確保)、実際に訴訟提起を検討している労働者に実践的なサポート(相談)を行い得る体制を整備すべきである。

(c)総合労働相談コーナーの情報提供機能の強化
総合労働相談コーナーは、労働分野全般にわたって多種・多様な相談に的確なアドバイスを行うワンストップ゜サービスを旨としているが、個々の総合労働相談員の知識・経験をバックアップする意味から、多様な業種・業態情報、人事労務関係情報、判例情報等が整備されることが求められる。具体的には、これらの情報をオンライン化し、相談員ごとに端末を配置することが効果的かつ効率的である。以上

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