働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

2005年 1月
サービス残業・長時間労働を生み出す構造とあるべき改革方向
中央行政研究レポート【監督職域】(その1)

第1章 問題意識と研究目的
-全国の労働基準監督官1147名から意見を集約-

(1)労働基準法違反ともなり得るサービス残業が後を絶たない。しかも、そのことが長時間労働の温床となり、過労死、過労性疾病を引き起こしていると指摘されている。ナショナルセンターある連合、全労連は、ともに「サービス残業の根絶」を重要な課題に位置づけとりくみを強めている。また、各種マスコミも蔓延するサービス残業・長時間労働に焦点をあて、それを強いられる労働者やその家族の悲痛な声や労働行政の対応に多くの紙面を割いている。今やサービス残業や長時間労働の横行は大きな社会問題となっている。
(2)これに対して、政府は労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法(1992年7月2日法律第90号)(以下、時短促進法)に基づき、「労働時間短縮推進計画」(1992年10月9日・閣議決定)を定め、労働時間の短縮のための諸施策を進めている。また、厚生労働省(旧労働省を含む)では、時間外労働に焦点をあて、「所定外労働削減要綱」(1991年10月9日・中央労働基準審議会了承)を策定し、時間外労働の縮減にむけた指導を行っている。
(3)厚生労働省が2001年4月に示した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」は、使用する労働者の始業・終業時刻の把握義務を明確にしたほか、労働時間の自己申告制の不適正な運用がサービス残業の温床となっていることをとらえ、適正化にむけた措置を求めている。また、同省が2002年2月に示した「過重労働による労働者の健康障害を防止するため事業者が講ずべき措置等」では、長時間労働と脳・心臓疾患との関連性に着目しながら、時間外労働の縮減と健康管理の徹底を事業者に求め、加えて、裁量労働制対象労働者や管理監督者の「過重労働」にも言及し、間接的ながらこうした労働者に対しても労働時間管理の必要性を明らかにしている。
(4)しかしこれらの施策は、行政体制の不十分さゆえに、現実に起きている深刻な事態に対応し得ているとは言えない。それが実際の監督指導を行っている監督官の率直な感覚である。厚生労働省は、2002年12月13日、全国の労働基準監督署が行ったサービス残業に対する指導状況(2001年4月から翌年9月)をはじめて明らかにしたが、是正勧告によって100万円以上の遡及払いのあった企業は613社にのぼり、その総額は81億3818万円(対象労働者は7万1322人)であったという。その後も同様の指導状況が随時発表されているが、これらの数字は氷山のほんの一角でしかないことを現場の監督官は感じている。
(5)全労働はすでに第20回行政研究活動(1992年3月)で、長時間労働・サービス残業が広範に存在する事実とそれをもたらす要因に「労働時間の自己申告制」と「自己申告を『自粛』させる人事管理・企業風土」があること等を実証してきたが、その後の労働時間法制の相次ぐ見直しやリストラ(人件費削減等)の進行を背景に、今日、様々な態様(疑似裁量労働制、名ばかり管理職など)のサービス残業が広がっている。
(6)本レポートは、この間とりくんだ「監督官アンケート」(全国の労働基準監督官1,147名から集約調査期間2003年1月3月や労働者アンケート全国の民間労働者1,755名から集約、調査期間2003年1月3月)の結果等によって、長時間労働、サービス残業の実情とこれを生み出す構造(法制上の問題点等)を明らかにしながら、あるべき労働行政としてのアプローチを提示する。

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第2章 わが国の労働時間の実情

1 公的な統計から見る長時間労働・サービス残業の実情
-サービス残業が広く存在することが国が行う統計からも明らかに-

政府が労働時間についてとりまとめている代表的な統計としては、厚生労働省の「毎月勤労統計調査」と総務省の「労働力調査」がある。
「毎月勤労統計調査」は「事業場」を対象に常用労働者の雇用と賃金の変化を把握し、ており、1993(平成5)年から「常用労働者」と「パートタイム労働者」を分離して集計している。
「労働力調査」は「世帯」を通じて毎月末日に終わる1週間の活動状態を調べること、によって失業状況や当該週の労働時間等を把握している。
「労働力調査」(2001年)によると、非農林業雇用者のうち週49時間以上働く男性は36%、女性は12%、さらに週60時間以上働く男性は17%、女性は3.6%となっている。
この週60時間という水準は、週の法定労働時間が40時間であることから考えると、一ヶ月に80時間以上の時間外労働を行っていることとなり、後述する平成14年2月12日基発第0212001号「過重労働による健康障害防止のための総合対策について」で示された「過重労働による健康障害の危険が極めて高い者」に該当する数字である。つまり、男性労働者の6人に1人が過労死の危険のある長時間労働を行っていることになる。
一方、「毎月勤労統計調査」(2001年度)の「常用労働者」について見てみると、事業場規模5人以上の調査産業全体で総実労働時間月間152.6時間、もっとも長い「鉱業」で月間171.2時間といずれも実労働時間が法定労働時間よりも低くなっている。
このような「毎月勤労統計調査」と「労働力調査」で「差」が生じる原因は様々に考えられるが、「毎月勤労統計調査」では調査対象を「事業場」とし、回答が事業主のフィルターを通されているのに対し、「労働力調査」では調査対象を「世帯」とし、労働者からの直接の回答を得ている点が大きく影響しているのではないだろうか。とすれば、「労働力調査」がより現実に近い実態を示しているということになろう。
そして、この「差」の一部は、事業主が労働時間として把握していない時間、つまり割増賃金に反映されない、いわゆるサービス残業であると考えられるのであって、サービス残業が広く存在することが公的な統計からも窺える。

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2 アンケート結果から見るサービス残業の実情
-臨検監督の中で監督官はサーピス残業を頻繁に見かけている-

図1

全労働が行った「労働者アンケート」では「過去1ヶ月(直近の賃金支払期間)間に、時間外手当・休日手当が支払われなかった労働時間がありましたか」との問いに対して、「ある」との回答は32.5%に及び、労働者の概ね3分の1がサービス残業をしていたことを窺わせる。また「ある」と回答した者にその時間を尋ねたところ「10時間以内・32.8%」「1020時間・30.9%」「2030時間・15.3%」「3040時間・6.7%」「4050時間・3.2%」「50時間以上・9.5%」などとなっており、約7割が10時間以上のサービス残業をしていたことになり、約1割は「過労死」危険ラインである「45時間」を越える「50時間以上」のサービス残業をしていたことになる。
同じく全労働が行った「監督官アンケート」では「これまでの臨検監、督の中でサービス残業と考えられる事案がありましたか」(【注】参照)との問いに対して「よくある・31.3、%」「ときどきある・45.4%「たまに」ある・19.2%」「ない・1.3%」という回答が得られた(図1参照)。

ほとんどの監督官が臨検監督時にサービス残業にあたる事例に一定の頻度で遭遇していることが窺える。もとより臨検監督は労働条件上の問題を抱えると想定される事業場を対象とする場合が多いから、その点を割り引いたとしても、高い頻度でサービス残業を目にしているといえる。
なお、連合の「2002年連合生活アンケート」が、サービス残業に関する調査を行っている。これによると、概ね4人に1人が月の半分以上サービス残業をしていると回答しており、同様に高い比率でサービス残業が存在していることを示している。

図2

「監督官アンケート」ではサービス残業の形態にも着目している。「サービス残業の『形態』でよくあると思うものは何ですか」(3つ以内)との問いに対して、「労働時間を把握していない・73.3%」「自己申告制の不適切な運用・72.7%「時間」外労働手当の定額制(足切り)・70.3%」「管理監督者の範囲の不適切な運用・60.9%」、「端数時間(分単位等)の切り捨て・30.2%「事業場外みなし労働制の不適切な運用・19.0%」「仮眠時間・手待ち時」間の不適切な運用時間・13.0%「年俸制の不適切な運用・11.5%」「裁量労働制の不適切」、な運用・9.3%」となっており「サービス残業」と一言で言っても、実に様々な形態があ、ることを示している(図2参照)。

【注】「監督官アンケート」にあたって、「サービス残業」は「時間外労働に対して必要な賃金が支払われないこと(但し、割増賃金の算定基礎の誤りを含まない)」と定義した。従って、近時、厚生労働省が用いている用語である「賃金不払残業」と同義である。

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第3章 労働基準行政のとりくみと課題
-長時間労働やサービス残業を解消するための指針や通達が相次いで発出されている-

労働基準行政が、長時間労働やサービス残業の解消が重点課題と位置づけられていることは行政運営方針などからも明らかである。
近年では、長時間労働やサービス残業を抑止するための指針や通達が特に多く発出されている。その代表的なものとしては、
(a)平成11年2月17日基発第70号「今後における一般労働条件の確保・改善対策の推進に関する基本方針について」
(b)平成13年3月31日基発第280号「当面の労働時間対策の具体的推進について」
(c)平成13年4月6日基発第339号「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」
(d)平成13年10月23日基発第928号「所定外労働削減要綱の改定について(所定外労働削」減要綱)
(e)平成14年2月12日基発第0212001号「過重労働による健康障害防止のための総合対策について」
などであるが、加えて、本年5月23日には「賃金不払残業総合対策要綱」と事業場にお、いてとりくむべき措置を明らかにした「賃金不払残業の解消を図るために講ずべき措置等に関する指針」が取りまとめられている。
これら通達のうち、(d)が所定外労働時間の削減のための基本的な考え方を示しており、(a)と(b)が監督指導の具体的な手法等を、さらに(c)と(e)が監督指導の具体的な基準等をそれぞれ示している。また、労働時間の短縮に向けた環境整備のための施策としては、時短促進法に基づく各種補助金制度等がある。これらの施策は、同法4条1項を根拠とする「労働時間短縮推進計画」(1992年10月9日・閣議決定、2001年8月3日改定)を具体化する形で行われている。

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第4章 長時間労働・サービス残業を生み出す原因は何か

1 長時間労働とサービス残業の関係
-サービス残業は、際限のない長時間労働を助長する重大な要因-

「長時間労働」は、一般に法定労働時間を超えた労働であることから、法定労働時間を超えた部分に対して割増賃金の支払いが必要となる。しかし現実には、その労働時間に相当する割増賃金が支払われていない場合がある。その中には「管理監督者の労働時間規、制の適用除外」「専門・企画業務型裁量労働時間制」等によって合法的に割増賃金の支払いを免れている場合もあるが、前述のとおり「サービス残業」となっている場合も少なくない。
一方サービス残業とは一般に所定労働時間を超えて労働したにもかかわらずその超えた労働時間について所定の割増賃金あるいは賃金が支払われないことをさし、多くの場合、労働基準法37条(あるいは24条)違反となるが、必ずしも「長時間労働」とは限らない。
しかし後述するとおり、割増賃金制度は、使用者に対して一定の負担(割増賃金の支払いを課すことによって長時間労働を抑制する制度であるからこれを無視するなら「長時間時間」への抑制が働かないことになる。まして「サービス残業」は、時間外労働に対して割増部分のみならず一切の賃金を支払わないのであるから野放図な長時間労働を招来する可能性がきわめて高い。
要するに「サービス残業」は際限のない「長時間労働」を助長する重大な要因と位置、づけることができるだろう。こうした両者の関係に留意しながら、長時間労働、サービス残業を生み出す原因を、法制(行政運営を含む)上の要因と社会的な要因の両面から、さらに考える。

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2 長時間労働を生み出す法制(行政運営を含む)上の要因
-実効性が問われている労使協定制度と機能不全の割増賃金制度-

労働基準法では、長時間労働を抑制するため、1日8時間、週40時間の労働時間の原則を規定し、これを超えて時間外労働を行わせるには、原則として「時間外労働に関する協定の締結・届出「割増賃金の支払い」が必要であると規定している。換言すれば、時間外労働を抑制する制度的な担保として「時間外労働に関する協定制度」と「割増賃金制度」がある。長時間労働の横行は、これら二つの制度が十全に機能していないことの裏返しであり、両制度の問題点を中心に長時間労働を生み出す法制(行政運営を含む)上の要因を明らかにする。また、時短促進法に基づく時短援助事業の問題点についても指摘する。

(1)時間外労働に関する労使協定制度の問題点
図3

図4

使用者が法定労働時間を超えて労働者を使用するためには、労働基準法36条に基づく時間外労働に関する協定を締結・届出する必要があり、本来、これが時間外労働の歯止め=上限設定となっている。しかし、必ずしもそのとおりに機能していないのであってその要因としては次の諸点を指摘できる。
(a)労働者代表の選任手続き時間外労働に関する協定制度は、本来、事業場ごとの時間外労働の上限の設定を当該事業場の実情を最もよく知る労使による対等な交渉・協議に委ね、これによって適切かつ実効ある水準を設定しようと言うものである。しかし、実際の制度の運用の中でこのような趣旨が十分に活かされず、実質的な交渉・協議なくして協定・届出がされていることが多いのではないだろうか。
「労働者アンケートによると」、「あなたの職場・企業では『時間外労働に関する協定(いわゆる三六協定)』が結ばれていますか」との問いに対して、「締結されている・37.4%」「締結されていない・12.8%」「よくわからない・46.8%」との回答が得られている(図3参照)。つまり、労働者の半数近くが自ら働く職場に「時間外労働に関する協定」が存在しているかどうかすら知らないのである。労働基準法106条は当該協定や就業規則等の周知義務を規定しているが、職場に「備え付けること」で足りるとされていることも一つの要因であろうが、協定が締結されているのであれば、労働者代表の選任に関わっている場合が多いであろうから、多くの職場で協定が適正に締結されていないことを窺わせる結果でもある。
また、先の問いで「締結されている」と回答した者に対して「協定の、労働者側の当事者を知っていますか」と尋ねたとところ、59.1%が「知っている」と回答しているものの、36.1%が「選任に関わっていないので知らない」と回答している(図4参照)。
労働基準法施行規則6条の2では労働者代表の選任について、「法第41条第2号に規定する監督又は管理の地位にある者でない」ことと「法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であること」の2つの要件を定めており、この要件に該当しない労働者代表と締結した協定、は効力がないとされていることから、「選任にかかわっていないので労働者代表を知らない」との回答を得たケースでは当該協定の効力に問題があることとなる(過半数を組織する労働組合があり、かつ回答者が当該労働組合の組合員でない場合等は、選任に関与していないことになるが稀であろう。)
本来、このような協定については協定届が監督署長に提出された段階で、労働者代表が適正に選任されているかを確認すべきものとも言える。
しかし、現実には、年間を通じて膨大な数の協定届が提出され、そのうち一定数は郵送で提出されることから、現在の行政体制の中では、協定届の記載に特段の問題が認められなければ、その真偽を確かめるための実態調査を行うことなど不可能な状態である(一般に、労働者代表の「選任方法」の欄には「労働者全員の投票によって選任」「全員の挙手、によって信任」等の文言が記されている)。また、協定届を持参した者とのやりとりができても、使用者の命を受けて持参する者が、使用者に不利なことを認めることは考えにくく、あるいは協定届の内容をよく理解していないことも少なくない。
要するに、協定当事者が労働組合である場合は格別、労働者代表を選任する場合にはその手続きが適切に行われていない状況が広く認められるのであって、そのことが先に指摘した時間外労働に関する協定制度の趣旨を失わせていると言えるだろう。
(b)協定届に対する事業主の意識
厚生労働省告示である「労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準」(以下、限度基準)については、1998年の労働基準法改正によって36条2項にその根拠が規定され、同3項で協定締結にあたり労使は「限度基準」に適合するようにしなければならないこと、同4項で行政官庁(労働基準監督署長)は、「限度基準」に関して労使に対し必要な助言及び指導を行うことができることとされた。実際、監督署に提出される協定届の多くはこの「限度基準」が示す限度時間の範囲内で「延長することのできる時間」を締結していることが多く、「限度基準」に反するとして指導するケースはそれほど多くはない。
しかし、現実には「限度基準」に従った協定届が締結された事業場においても、協定で締結した「延長することができる時間」を超えて時間外労働を行わせているケースが後を絶たない。協定届を「形式的に提出しておけばよい」という意識が事業主にあるのではないだろうか。とりあえず協定届を監督署に提出しておけばよく、現実に協定時間を超える時間外労働をさせたとしてもたいした問題ではないと考えている事業主が多いと感じる。その背景には、時間外労働に関する協定制度なかんずく「限度基準」制度のわかりにくさがあるのではないだろうか。
労働基準法32条違反となる行為は、協定に定める「延長することができる時間」を超えて時間外労働を行わせる行為である。つまり、同じ時間の時間外労働を行わせても、協定時間の定めの違いによって法違反となったりならなかったりするわけである。このような考え方は、一般には判りにくいだろう。法違反を指摘されたとしても、協定・届出という単なる手続きを怠っていただけだという意識になっている場合も多いのではないだろうか。このため、協定届の内容を遵守するという意識が薄れ、その結果、これを超えた長時間労働を引き起こしているのではなかろうか。このことは、「監督官アンケート」でも、「長時間労働解消のために必要と思うことは何ですか」との問いに59.0%が「事業主の意識改革」と回答していることにも通じよう。
(c)「限度基準」の問題点
「限度基準」はその内容自体にも問題がある。
「限度基準」が定める限度時間は、労働基準法に根拠をおくものの、これを超えた「延長することができる時間」を協定・届出したとしても、直ちに罰則が適用されるわけではない。監督署は「限度基準」に反した協定届が提出されても、指導を聞き入れずに受理を求められれば、これを拒否することはできない。「限度基準」に反した内容の協定も「有効」なのである。
これでは、「正直者が馬鹿を見る」ような制度と言えないだろうか。
もっとも、このような「限度基準」に反する協定届の提出を強行する事業主はそれほど多いわけではない。その要因の一つは「限度基準」自体に多くの例外が許されている点にある。
まず、「限度基準」は、いわゆる特別条項によって、「限度基準」が定める限度時間に即した「延長することができる時間」に加えて、「さらに延長するのできる時間(特別延長時間)」を決めておくことを許容している(特別延長時間に上限はない)。
この点で、厚生労働省は昨年10月22日に「限度基準」の一部を改正し、「特別延長時間まで労働時間を延長することができる回数を協定するものとし、当該回数については、特定の労働者について特別条項付き協定の適用が1年のうち半分を超えないものとすること」と定めた。
この改正は、特別条項の運用を「臨時的なもの」に限定する趣旨と説明されている。しかし、そもそも平成3年10月9日に策定された「所定外労働削減要綱」によれば、「所定外労働は臨時、緊急のときにのみ行うもの」とされているのであり、「例外」である所定外労働のさらなる「例外」である「特別条項の運用」が1年のうち半分まで許容されている」というのでは、「原則」が何なのかを疑われても仕方がない。特別条項の運用にまで至らない所定外労働なら、年中させていてもかまわないと言っているのと同じだからである。この度の限度基準の改正を見て、特別条項のさらなる「活用」を思い立った事業主も少なくないのではないだろうか。
「限度基準」は、特別条項を適用する場合の手続きも必ずしも明確でない。
このため、中には使用者の一方的な「通告」で特別条項を適用できるような協定も存在し、「限度基準」に即して定めた「延長することができる時間」が、実際には全くの「絵に描いた餅」となっているケースも見受けられる。
また、「限度基準」が適用されない事業・業務も広範に認められている。すなわち、「工作物の建設等の事業」「自動車の運転の業務」「新技術、新商品等の研究開発の業務」については適用自体が除外されている。このうち、自動車運転手については別に「改善基準」が設けられているものの、「限度基準」を大きく緩和したものであるし、その他の事業・業務も長時間労働が指摘されている分野であるにもかかわらず、協定の締結にあたって何らの基準もないのである(「労働力調査」によれば、「建設業」の労働時間は「45.4時間/週」、「技術者」の労働時間は「48.2時間」といずれも上位に入っている)。
このため、「限度基準」が適用される範囲は意外と狭いものとなっている。

(2)割増賃金制度の問題点

法定労働時間を超えた労働、深夜時間帯における労働、あるいは法定休日における労働に対しては、労働基準法37条に基づき通常の賃金の25パーセントないし35パーセントの割り増しをした上で、当該労働時間に応じた賃金を支払わねばならない。
労働基準法がこのような割増賃金制度を設けているのは「割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けることによって、本法が規定する法定労働時間制及び週休制の原則の維持を図るとともに、過重な労働に対する労働者への補償を行おうとする(労働省労働基」準局編「全訂新版・労働基準法」上)趣旨である。
しかし、現行制度はこうした機能(法定労働時間制の維持等)を十全に発揮しているか大きな疑問がある。
第一に、割増賃金の算定の基礎となる「時間単価の算出」について、賞与等の「1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金」が除外されている点である。賃金体系として、月例賃金を低く抑え、賞与等の比重を大きくしている事業場では、その分、割増賃金の総額を低く抑えることができる。年間で賃金の配分方法を調整することにより、時間外労働に対する割増率を事実上法定の水準よりも低く抑えることができるということは如何にもおかしい。
第二に、現行の割増賃金率が法の趣旨に合う水準にあるのかということである。
この点は、1993年の労働基準法「改正」の際にも議論となり、その結果、割増率については「2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ命令で定める率」と定められ、政令で現行水準が規定されている。この水準は先進諸外国と比べても相当に低い。また、第一の点とも関連するが、賞与等の「除外してよい」賃金を月例賃金の3ヶ月分を超えて設ければ、実質的な割増率は「1以下」となることになる(法定の割増率が「1.25」なのであるから「月例賃金/年収」を「1/1.25」以下にすれば割増効果はゼロ以下になる。年収が月例賃金の15ヶ月分以上となる場合がこれにあたる)。
要するにこのような場合、時間外労働手当は、「割増賃金」ならぬ「割引賃金」になっているのであるから、現行割増賃金制度には時間外労働を抑制する効果は一切なく、むしろ助長する効果を持っていることを認めなければならない。

(3)時短援助事業の問題点

時短促進法は、「労働時間短縮推進計画を策定するとともに、事業主等による労働時間の短縮に向けた自主的な努力を促進するための特別の措置を講ずることにより、労働時間の短縮の円滑な推進を図り、もって労働者のゆとりのある生活の実現と国民経済の健全な発展に資すること」を目的として1992年9月1日に施行された法律であり、
(a)国は「労働時間短縮推進計画」を策定しなければならないこと、
(b)事業主は労働時間短縮の実施体制の整備に努めること
(c)労働時間短縮支援センターを設立し、同センターが事業主あるいは事業主団体に対して同法規定の補助金を交付することができること等が定められている。
時短促進法はそもそも1997年で廃止されることとなっていたものが、数度にわたる廃止時期の延長により、現在は2006年3月31日まで延長されている。この時短促進法に基づく、この間の事業主及び事業主団体に対する時短援助事業が労働時間短縮のために果たしてきた役割を否定するつもりはない。
しかし、「監督官アンケート」では、多くの監督官が「労働基準行政の中で、非効率(効果が薄い)と思われる施策、業務」として「時短援助事業」を挙げており、また、厳格な監督指導を進める上で「問題がある」と指摘する声もある。
事業の効率性という点では、時短援助事業が時短へのインセンティブとなり得ているかという点もさることながら、事業の運営面での問題が大きい。すなわち、この事業は、本来、労働時間短縮支援センターの各都道府県支部や指定された時短アドバイザーが実務を行うこととなっているが、これらの体制が十分でなければ、結局のところ、労働基準監督署が実務の「サポート」を行わざるを得ない。この「サポート」が本来の業務を過度に圧迫しているという声は少なくない(当該団体あるいは企業に直接指導した方が効率的というわけである。こうした実情にてらすならば、実際の業務量に比べて成果が見合ってい)るとは言い難いのである。
また、厳格な監督指導を進める上での問題点は、事業主団体の指定等に関わっている。現実に時短援助事業によって労働時間短縮を行おうと考える事業主団体はまれである。今日、どの事業主団体も、事業に伴う諸々の事務を担う余裕がないのである。にもかかわらず、時短援助事業ではノルマ的に各監督署に対して指定する団体数が割り当てられる場合がある。結局、「監督指導」を行っている監督官が、事業主団体、具体的には当該団体の役員となっている事業場に対して、時短援助事業の指定を受けるようお願いし、さらに事業に伴う諸々の事務についても全面的にバックアップすると約束することになる。このようなお願いをした事業場に対して、厳格な監督指導を行うことができるかどうかという疑問はぬぐえない。

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3 サービス残業が生み出される法制上(行政運営を含む)の要因
-法令の規制力の弱さが様々な形態のサービス残業を許している-

「監督官アンケート」では、前述したとおり、多様な形態のサービス残業が横行していることが示されていることから(第2章 -2)、サービス残業を生み出す原因をこれらの形態ごとに整理する。

(1)労働時間が適切に把握されない要因

労働基準法108条は、使用者に賃金台帳の調整し、その中に労働者各人の毎月の労働時間数を記載することを義務づけている。しかしながら、労働者各人の毎日の始業・終業時刻の記録することまでは直接義務づけられていない。
こうした中で、平成13年4月6日付基発第339号「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」は、「労働基準法においては、労働時間、休日、深夜業等について規定を設けていることから、使用者は、労働時間を適正に把握するなど労働時間を適切に管理する責務を有していることは明らかである」とし、使用者の労働時間把握義務(始業・終業時刻の把握)の存在を明確にした上で、そのために「講ずべき措置」を示した。このこと自体、大きな前進であるがこれらの措置が罰則をもって強制されているわけではない。
こうしたことから、「監督官アンケート」の自由記入欄には、「臨検監督時に、この数年の間にタイムカードを廃止したという事業場に出くわすことが多くなっている」との指摘もあり、一部で、前出の「基準」の趣旨に逆行して、タイムカード等の客観的な方法によって労働時間を把握・記録する姿勢が後退していることを窺わせる。
今日、多くの企業が人件費抑制を進める意図から、成果主義を重視した人事管理制度(とりわけ賃金制度)を導入してきた。そこでは、「賃金は労働時間に応じてでなく、成果に応じて支払う」との考え方が強く打ち出されている。「労働時間」と「賃金」を切り離すことで、「賃金」を抑制しようという動きである。前述のタイムカードの廃止等の動きもその中に位置づけられるだろうが、こうした考え方がサービス残業を放置あるいは当然視する傾向を強めている。

(2)「管理監督者の範囲「裁量労働制」等が不適切な運用となる要因」

前出の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」(2001年4月6日)では、サービス残業の温床となっている「労働時間の自己申告制」に焦点を当てたが、「監督官アンケート」では、サービス残業の「形態」として「管理監督者の範囲の不適切な運用」を指摘する声も高く60.9%にのぼっている。
もともと、管理監督者の範囲については、その規定(条文)の曖昧さゆえに厳格な指導を行うにあたって困難が伴っていた面がある。「監督もしくは管理の地位にある者」(41条2号)に該当するか否か、具体的には「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」(昭23.9.13付発基17号)に該当するか否かの判断は、監督官のみならず、労使ともに苦慮してきたところである。そのことが温床となって、近時の「労働時間」と「賃金」を切り離す流れの中で、その範囲を不適切に拡大することによるサー。「」、、ビス残業を増やしていると言えるだろう監督官アンケートの自由記入欄には近年就業規則の変更等によって管理監督者の範囲を広げる動きがあることが指摘されている。抽象的で曖昧な文言の規制(条文)は、結局、使用者の恣意的な解釈を許してしまう。「監督官アンケート」では、サービス残業を助長する要因を尋ねているが「法令の定義・要件の曖昧さ」を指摘する声は22.6%にのぼる。同様に、その規定の曖昧さゆえにサービス残業の温床となっている制度として「裁量、労働制」「事業場外みなし労働時間制」をあげることができるだろう。

(3)時間外労働手当の定額制が横行する要因

労働基準法が定める最低労働基準は強行規定である。しかし、これを「特約」を許す規定と解しているのか、「時間外手当は一定額以上支払わない」という事業場が散見される。このことは、労働基準法の趣旨・内容が徹底されていないことによるが、労働時間管理を煩わしく感じ、その手間を省こうという意図や人件費(時間外労働手当)の抑制をはかろうという意図などを看取することができる。
またこのような取り扱いは、時間外労働を日常的に行い、かつ労働時間の把握を行わないことを前提にしており、労働時間の原則(時間外労働を一時的・臨時的なものと位置づける立場)を骨抜きにしているとも言える。
同様に、法令の誤った解釈が主たる要因と思われるサービス残業としては「端数時間、(分単位等)の切り捨て」、「仮眠時間・手待ち時間の不適切な運用」、「年俸制の不適切な運用」をあげることができる。加えて、割増賃金の算定基礎の誤りも少なくないことも指摘しておきたい。

(4)「自己申告制」が不適切な運用となる要因

(3)の「時間外手当は一定額以上支払わない」との取り扱いは、本来必要な時間外労働手当が一定額を上回った場合には労働基準法違反となるが、これを上回った形跡を残さないものが、労働者による労働時間の「自己申告制」であると言えないだろうか。
もとより「自己申告制」も適切な運用がなされる場合もあろうが、予め労働者に申告、時間の限度を通知したり、申告時間を成績査定に反映するしくみを導入するなど「申告しづらい枠組み」をつくり出すことによって、申告時間を労働者自身に抑制させる場合が少なくないのである。
このような事情を背景に、厚生労働省では「労働時間の適正な把握のために使用者が、講ずべき措置に関する基準について」(2001年4月6日)、「賃金不払残業の解消を図るために講ずべき措置等に関する指針」(2003年5月23日)を策定し指導を強めている。特に、後者は前者が明らかにした使用者の労働時間把握義務を前提に、サービス残業の温床となっている「業務体制」「業務指示の在り方」等、企業の人事管理全般にわたって課題を提起し、事業主の役割はもとより、「職場風土の改革」や「企業内チェック体制の整備」等にかかる労使の役割を強調しているのが特徴である。また、労働時間の把握方法に「優劣」を付け、労働時間の把握方法として「自己申告制」を「やむを得ない場合に限る」としている点も注目に値する。しかし、これらはいずれも行政指導上の基準であって、罰則を伴うものではないし(労働時間把握義務が前提であるため)裁量労働制等のみなし労働時、間制の対象者や管理監督者を除外している点で不十分さを残している。

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4 サービス残業・長時間労働を生み出す社会的要因(事業主・労働者の意識を中心に)
-サービス残業の要因として労使当事者双方の意識を指摘する声も-

図5

図6

「監督官アンケート」では、「サービス残業を助長している要因(制度)」(3つ以内)を尋ねたところ、「経営不振(人件費抑制)・64.0%」、「事業主の遵法意識の低さ・48.2%」、「リストラによる人員削減(仕事量の急増)・41.7%」、「人事考課(昇進等)への影響・27.8%」「法令の定義・要件の曖昧さ・22.6%」、「罰則が軽い・16.3%」、「成果主義賃金(年俸制等)制度・13.3%」、「労働法の周知不足(複雑な条文)・12.0%」、「行政体制の不十分・10.5%」などの回答が得られた(図5参照)。
前述のように、サービス残業は長時間労働を助長する大きな要因であるから、これらは長時間労働を助長する要因としてもあてはまろう。
また「長時間労、働解消のために必要と思うこと」(3つ以内)を尋ねたところ、「事業主の意識改革・59.0%」、「労働者の意識改革・38.4%」、「労働時間の上限規制(罰則付き)・34.5%」、「現行規定の罰則の強化・29.7%」、「行政体制の充実・22.9%」、「特別条項制度の廃止・14.7%」、「割増率(下限)の引き上げ・14.6%」、「年休付与の義務化・8.1%」、「限度基準の見直し・5.6%」、「労働者代表制の見直し・3.5%」などの回答が得られた(図6参照)。
これらの回答からも明らかなように、サービス残業・長時間労働を生み出す要因は、多。岐にわたっている現下の深刻な経済情勢を反映した経営不振、高失業率と業績悪化がもたらす人件費抑制、リストラ・人員削減による一人あたりの業務量増、人事・賃金制度における成果主義の広がりなどは、それぞれに大きな要因であることは明らかであるし、現行法制度の問題点を指摘する声も少なくない。同時に、事業主や労働者の意識の問題を指摘する声が多いことがわかる。ここでは、「事業主の意識」と「労働者の意識」に着目して考える。

(1)事業主の意識

事業主の意識の中で、成果主義重視→「労働時間」と「賃金」の切り離し→事業主の労働時間管理責任の放棄というプロセスを辿りながら、サービス残業が「正当化」されていないだろうか。
この間、日本経団連などは、裁量労働制の拡大やホワイトカラー・エクゼンプション(ホワイトカラーの労働時間の適用除外制度)などを要求し続けている。換言すれば、「労働時間」と「賃金」を切り離せという要求であり、現在のサービス残業を「合法化」しようというものである。
企業のコンプライアンス(法令遵守)が叫ばれて久しいが、このような要求をする立場からすれば、サービス残業を違法と定めた現行法を厳格に守ろうという意識は、すでに薄らいでいると言える。そしてその背景にあるのが、前述のサービス残業「正当化」のプロセスである。
ところで、現行法上「成果」と「賃金」を深く結びつけてはならないと規定は何一つ、ない。強いて言えば、最低賃金法によって、労働時間に見合った最低賃金が定められているにすぎない。従って(労使の交渉を経て)成果主義の賃金制度を導入することは一向、に差し支えないが、時間外労働に対する「割増賃金」を払うか、払わないかということは別問題なのである。前述のとおり、割増賃金制度は日8時間(週40時間)労働の原則を裏打ちする制度である。要するに、割増賃金は労働者の私生活に食い込む労働を行わせたことへのペナルティであって、その時間外労働によって成果があったかどうかとはそもそも無関係で支払われるべきものなのである。「成果」と「賃金」を結びつけるのであれば、それは所定内の労働時間の成果と結びつけるべきで、サービス残業を正当化する根拠にはならないと言うべきである。

(2)労働者の意識

労働者にもサービス残業を容認してしまう意識が少なからず存在していることも見逃せない。
例えば、相次ぐ人員削減で、これまで複数人で担当していた仕事を一人で担当させられる。当然、長時間労働を余儀なくされ、サービス残業にもなる。ところが、労働者は人員整理を目のあたりにしているため、次なる対象者に追い込まれないよう、違法なサービス残業にも異議を申し立てることができないといったようなケースである。このような場合、厳密には労働者がサービス残業を「容認」しているわけではないが、「仕方ない」「みんなも同じ」という意識になってしまっている場合もあろう(匿名の申告・相談を受ける場合もあるが、おそらく少数であろう。)

図7

他方、労働者が仕事の達成感、将来の出世等のために自ら進んで長時間労働(多くはサービス残業)を行うというケースもある。「労働者アンケート」では「サービス残業を強いられている原因」を尋ねているが、26.3%が「労働者が自主的に行っている」と回答しており、こうした実情を窺わせる(図7参照)。
労働基準法は、そのほとんどが使用者を義務づける規定(条文)で成り立っており、それを施行する立場から、労働者のこうした意識を問題にすることは適当ではないし、労働者を義務付ける新たな規定を立法することも賛成しかねる。しかし、労働者の立場から、長時間労働・サービス残業の数々の弊害について理解を深めることは重要である。すなわち、長時間労働は一方で多くの失業者を生み出し、長時間労働と高失業が併存する「いびつな社会」をつくり出していることを直視しなければならない。
また、サービス残業は労働力の価格の「ダンピング」であることを考えるべきであろう。個々の労働者にとっては「正しい選択(出世等の、」ためにサービス残業を進んで行う等)であっても、全体として労働者の権利・利益を大きく後退させていく「合成の誤謬」を招来させているのである。
また、少子化が急速に進み、また男女平等の社会参画が求められる中で、労働者が地域や家庭において担わねばならない役割は確実に増えている。こうした役割を的確に果たすためにも、長時間労働・サービス残業は解消される必要がある。

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第5章 長時間労働・サービス残業の解消のために(提言)

前記第4章 で長時間労働・サービス残業を生み出す原因等を見てきたが、サービス残業は長時間労働を助長する大きな要因であることから、長時間労働を解消するためには、何よりも、サービス残業を解消することが重要である。このことに留意しながら、「監督官アンケート」の結果やその分析等をふまえて、長時間労働・サービス残業の解消に必要な措置を提言する。

1 労働時間の上限規制(罰則付き)と罰則の強化
-時間外労働が雇用の「調整弁」などとした口実はもはや通用しない-

前記第4章 -2-(1)で詳述したように、現行の時間外労働の協定制度は事業主にとってもわかりにくいばかりか、後記・(補論)で指摘しているとおり、労使対等が「空論」である以上、長時間労働の抑制は甚だおぼつかないと言うべきである(監督官の労基法32条違反(協定時間を超えた時間外労働)の是正勧告に対して、時間外労働を減らすのではなく、協定時間を長くした新たな協定の締結によって「是正」がはかられるというケースは少なくない)。これを解決するには労働時間の上限を直接規制することが望ましい。この場合、当面、労基法に根拠をおく「限度基準」(告示)が、その水準(上限)として相応しい。
もっとも、かつてこうした論議が行われたことがあった。男女雇用機会均等法の成立(1997年)に際して、女性労働者にだけに時間外労働の上限規制があることが問題になったのである。その解決策としては、この規制を廃止するか、男性労働者にも同様の規制を設けるかであるが、後者に対しては、使用者側等の反対があり、結局、前者がとられた(上限規制は経過措置を経て1999年3月31日をもって廃止)。そのときの使用者側の言い分は、時間外労働は雇用を維持するための「調整弁」であり、上限規制はなじまないというものだった。今日、終身雇用モデルは大きく崩れ、激しいリストラの実情を見るにつけて使用者の雇用維持のモラルは完全に失われていると言ってよい。ならば、上限規制に反対する理由の1つは完全に崩壊したと言ってよく、あらためて、先進諸外国では常識となっている労働時間の上限規制(罰則付き)の論議を始めるべきである。あわせて、現行規定の罰則はきわめて軽く、これを強化することも必要である。
また、現在、商業、映画・演劇業、保健衛生業、接客娯楽業であって、常時10人未満の労働者を使用する事業場に認められている「週44時間制」の「特例措置」は速やかに廃止すべきである。
なお、「監督官アンケート」では、長時間労働解消のために必要な措置として、「労働時間の上限規制」を指摘した者は34.5%に止まっており、必ずしも高率とは言えない。多くの監督官は、現在、長時間労働の多くが労働基準法違反を伴っており、その原因が不十分な行政体制にあることを知っており、たとえ新たに上限規制ができたとしても、その効果に大きな期待は持てないと感じているのではないだろうか。

2 時間外労働の協定制度の厳格な運用
-労働基準のダブルスタンダード(適用除外)は労基法の精神にもとる-

労働時間の上限規制によって、時間外労働の協定制度が不要になるわけではなく、あわせて、その機能を十全に発揮させる措置が求められている。
従って、「限度基準」(厚生労働省告示)が定める限度時間を守った協定の締結を促す指導は引き続き強化すべきである。その上で、一定の業種・業務に認められた「適用除外」は、速やかに廃止すべきである。
労働基準法は言うまでもなく、すべての労働者に対する最低労働条件を定めたものであり、一定の業種・業務について例外を設けるには、とりわけ高い合理性が求められる。その場合、行政にはその例外を早期に解消する積極的な努力が求められており、有効な施策を打ち出す義務がある。長年にわたってこうした例外を許容することは労働基準法の精神にもとると言うべきである。
また、協定の内容の適正をはかるためには、関係労働者の監視(チェック)が重要であり、協定内容の周知義務を強化・具体化すべきである。
近年、各企業は投資家のために様々な企業情報を開示するようになっており、その方向での規制も強まっている。使用する労働者に労働条件の重要な部分である協定内容等を十分周知することは、投資家への配慮以上に重要であり(作業場に備え付けるだけで足りるとするのでなく)、積極的な周知措置を義務づけるべきである。
「特別条項」については、近い将来、廃止されるべきであるが、当面、存続させるならば「限度基準」の原則がないがしろにされることがないよう、その内容のさらなる限定と手続きの厳格化をはかる必要がある(その上で、モデル手順を作成し周知するなどの施策が必要である)。特に、「特別条項」への移行にあたっては、必ず労使の協議を要するとすべきであり、使用者からの一方的な「通告」を不可とすべきである。
労働者代表の選出方法についても、厳格な手続きとなるよう見直すべきである。労働基準監督署では、労働者代表の選出方法の適正化にむけた指導を、行政体制面の整備と合わせて重視する必要がある(その際、今後の電子申請化の動きにも留意する必要がある)。
なお、一部の社会保険労務士が顧問先の協定届を大量に提出するケースがあり、しかも提出される数十枚(時には数百枚)に及ぶ全ての協定届の内容が、全くの同一内容(限度基準どおりの場合が多い)となっていることがある。このようなケースは労使の交渉・協議が適切に行われたかどうか疑わしく、専門家が関与しているだけに実態調査(サンプリング調査)を含めて特に厳格に対応すべきである。

3 労働時間の把握義務の強化
-労働時間把握と記録の義務は直ちに罰則をもって強制すべき-

平成13年4月6日付基発第339号「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」が明言した使用者の労働時間把握義務(始業・終業時刻の把握)及び記録義務は直ちに罰則をもって強制すべきである。また、その記録を改ざんする行為を厳しく処罰することも検討に値する。
このような主張に対しては、使用者側からは「新たな負担」であるとして強い抵抗が予想されるが、使用者には、そもそも労働者が安全で健康に就労することができるようにする安全配慮義務=「労働者が使用者の指示の下に労務を提供する過程などにおいて、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務」(最判昭59・4・10等)が課せられている。今日、長時間労働が過労死・過労自殺等の過労性疾病を引き起こすことは明らかであり、これを予防する義務が「安全配慮義務」の内容であることは論を待たず、その履行のため、労働者の勤務の状況、すなわち労働者各人の始業・終業時刻の把握及び記録は当然の義務なのである。なお、労働時間の「自己申告制」については「真にやむを得ない場合に限る」ことと、し、申告した労働時間の多寡によって不利益を被る可能性のある制度を禁止するなど厳しい要件を課すべきである。

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4 割増賃金制度の抜本的な改善
-「割引賃金」の現状を改めるため、割増率と算定基礎の両面から改善-

現行の割増賃金制度が、時間外労働を抑制するために十分機能し得ず「割増賃金」な、らぬ「割引賃金」となっていることは前述のとおりであり(第4章 -2-(2))、割増率と算定基礎の両面から、改善をはかるべきである。
割増率については、多くの先進諸国の割増率に準じて、時間外労働・深夜労働については5割程度の割増、休日労働については10割程度の割増がそれぞれ妥当である。時間外労働時間に応じて段階的に割増率が高くなる制度もその趣旨にてらして合理的である。また、生活時間の確保の観点から、深夜時間帯(労基法37条3項)に加えて「準深夜時間帯」(午後8時から午後10時と午前5時から午前7時)を設け、2.5割程度の割増とすることも検討に値する。
算定基礎については、賞与等を含めた年収を基礎に算定すべきである。この場合、割増賃金の単価の算出が複雑になることが懸念されることから「前年(度)の賞与÷勤務月、数」を算定基礎に含めるなどの簡素な方法も許容すべきであろう。

5 労働基準法等の要件・定義の明確化と周知の徹底等
-要件・定義の明確化が法令の規制力を強める-

「管理監督者の範囲」「裁量労働制の適用範囲」等の要件・定義の曖昧さがサービス残業・長時間労働の温床となっていることをふまえ、これを具体化する政省令あるいは指針等を整備すべきである。
その上で、使用者はもとより、労働者にも十分理解が浸透するようわかりやすいパンフレット等を作成し、周知徹底をはかるべきである。
あわせて、「端数時間(分単位等)の切り捨て」、「仮眠時間・手待ち時間の不適切な運用」、「年俸制の不適切な運用」などによって生じるサービス残業については、労働基準法の解釈に関する周知不足が起因していると考えられることから、同様に周知徹底に向けた積極的な施策を講ずべきである。
なお、総合規制改革会議等が求めているホワイトカラー・エクゼンプションの導入は、「管理監督者の範囲」の無制限な拡大にほかならず、サービス残業の「合法化」とも言うべきものであるので行うべきでない。
また「時間外労働手当の定額制」については、恒常的な時間外労働を前提とした制度、であり、労働時間の原則に反するものであることから、こうした就業規則等のとりきめ自体を無効とすべきである(この場合、一定額は割増賃金の算定基礎に含める)。

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6 年次有給休暇の取得促進にむけた新たな措置
-逆転の発想=未消化の年次有給休暇に対するペナルティ手当の創設-

年次有給休暇の付与日数は、この間の法改正の中で増加しているが、現実に付与されている有給休暇の消化率は50%を切っている。今日、年次有給休暇を如何に取得しやすい環境をつくり出すかが問われている。年次有給休暇が20日付与されている労働者がこれを全て消化した場合、一日の実労働時間を8時間とすると年間の総労働時間を160時間も引き下げることとなり、長時間労働の抑制効果も十分期待される。
そのため、年次有給休暇の完全消化のための新たな立法上の措置を講ずべきであり、例えば、未消化で消滅する有給休暇日数に応じた新手当(ペナルティの要素を加味して平均賃金の3倍程度)を支払う義務を創設してはどうだろうか(【注】参照)。これまで、こうした有給休暇の買い取り制度は有給休暇の請求抑制につながると考えられ、原則として無効とされてきたが、この際、発想を転換してはどうか。使用者は長時間労働を強いるよりも強く有給休暇の取得を労働者に迫ることとなるだろう(この場合、労働者の時季指定権は厳格に確保することが前提となる。このほか、・前年の年次有給休暇のうち時効消滅)した年次有給休暇数に応じた「特別休日(有給)の(新たな1年間の中での)付与を義」務づけること、・当該事業場で時効消滅した有給休暇日数に応じて新たな人員の雇い入れを義務づけることなど、新たな発想で多様な方策を検討していくべきであろう。

【注】「年次有給休暇に関する条約(第132号)(未批准)」は、「最低年次有給休暇を受ける権利を放棄し又はその廃止する協定は、国内事情の下において適当である場合には、無効とし又は禁止する」(第12条)としている。

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7 休息・生活時間の確保に向けた新たな措置
-最低8時間の休息時間(勤務と次の勤務の間の休息)の保障が必要-

労働基準法が長時間労働=時間外労働を抑制する目的を有していることは明白であるが、その裏返しである労働者の生活時間・休息時間の確保の観点を中心に置いた規定は少ない。こうした観点から次の措置の創設を検討すべきである。
(a)1ヶ月単位変形労働時間制等の要件の厳格化
現在、1ヶ月単位変形労働時間制導入の要件は、変形期間内の総労働時間や各日の始業・終業時刻の特定などに止まり、1勤務における労働時間の長さには何らの制約がなく、非常識とも言える勤務状況(始業・終業時刻の設定)が散見されることから、1勤務における労働時間の上限を定めるべきである。
また、1ヶ月単位変形労働時間制及び1年単位変形労働時間制について、変形期間開始後に個々の労働者の同意のない一方的な「始業・終業時刻の変更」「休日の振替」を禁止しすることを法令上明記すべきである。
(b)勤務から次の勤務までの休息時間の確保
現行法上、勤務から次の勤務までの休息時間の確保に関する規制は存在しない(但し、自動車運転者の「改善基準」に一定の措置が盛り込まれている)。フランス等では、生活・休息時間の確保等の観点から、こうした規制が存在しており、立法化を図るべきである(例えば、8時間の休息時間を保障するなど)。
(c)拘束時間への新たな規制
現行法上、実労働時間に対する規制は存在するものの、拘束時間に関する規制は休日の確保を除き存在しない。しかしながら、生活時間の確保の観点からすれば、拘束時間の長さは切実な問題であり、一定の規制が講じられるべきである。

8 行政体制の充実強化
-労働基準監督官1人あたり3000の事業場を担当している実態-

第一線の労働基準監督官にとって、臨検監督あるいは申告処理の過程で把握した悪質な法違反事案に対して、司法処分を含めて厳正に対応したいという思いは切実である。しかし、次の表を見ていただきたい。

表
図8

厚生労働省が発表している労働基準監督署配属の労働基準監督官数と、全労働が独自に集計した労働基準監督官数に大きな開きがあるが、その要因としては、局署の管理部門に配置されている労働基準監督官(局課・室長、労働基準監督署長等)や労働基準行政全体の効率的運営や監督業務の厳正を確保するために必要な部門に配置されている労働基準監督官(監察監督官、局専門官等)の人数の計上の有無などが考えられる。また、署の次長も、実際は管理職としての職務が主であることを考えると、労働基準監督署において臨検監督、申告処理、司法実務(捜査)等を担っているのはおよそ1,500人ということになる。同じく「労働基準監督年報(第51回)」(平成10年)によると、適用事業場数が4,557,626件となっていることから、第一線の労働基準監督官一人当たりの適用事業場数は約3,000件ということとなり、労働基準監督官が年100件の監督指導に回ることができると仮定すると、全事業場に赴くにはおよそ30年掛かってしまう勘定となる。
このような監督指導体制では、きわめて重大な問題事案しか厳正な対応ができないのが現実である。長時間労働・サービス残業問題のみならず、労働基準法に定められた最低限の基準を事業場に厳正に遵守させるためには監督指導体制の充実が不可欠である。
「労働者アンケート」では、労働時間規制の今後の在り方を尋ねているが、「現行規制も守られていないのだから、取締りを強化してほしい」との回答が31.2%と最多回答となって、人員を確保し現行規制を徹底していくことが急務と言える(図8参照)。

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第6章 労働(人材)分野の「規制改革」の問題点(補論)

1 「規制改革」の動向とねらい
-労働基準監督官の多くは裁量労働制の拡大やホワイトカラーエクゼンプションの導入を「望ましくない」と考える-

図9

図10

近年、使用者側の圧力に基づく、労働(人材)分野の「規制改革」=規制緩和が進んでいる。具体的には、この間の法「改正」で、裁量労働制の適用拡大、各種変形労働時間制の創設と要件緩和、有期労働契約の上限緩和、産業別最低賃金の廃止などが進められてきた。使用者側は、さらには労基法の罰則の見直しまでも要求するに至っており、大胆に「ノンルール化」を志向している。
こうした傾向の底流には「現行労基、法に代表されるような労働契約、労働条件設定について、刑事罰を背景にした取締的・介入的規制とそれを実行する監督行政組織による運営は、契約自由、個人の意思尊重を志向するこれからの労働諸関係からは違うものになる。雇用契約や労使関係という社会的な自治関係は、基準となるガイドラインを設定する法設定に限定し、行政組織も社会全体を誘導するものとして、その機能を変えていくべき」(1995年4月6日付「日経連タイムス」)との主張に代表されるように、最低労働条件の確保を重要な任務としてきた労働基準行政のあり方自体を変更しようとの意図を看取することができる。
こうした動きのに対して「監督官アンケート」では、第一線の監督官から「大きな危惧感」が示されている。すなわち、この間の裁量労働制のさらなる拡大の是非を尋ねたところ、54.6%が「望ましくない」、8.4%が「望ましい」、35.3%が「どちらとも言えない」とそれぞれ回答している(図9参照)。また、ホワイトカラー全般に労働時間規制を適用除外することの是非を尋ねたところ、67.3%が「望ましくない」、6.8%が「望ましい」、24.2%が「どちらとも言えない」とそれぞれ回答している(図10参照)。
多くの監督官にとって、今日の「規制改革」は「労働者と使用者との間の法律関係を、契約自由の原則に委ねることが、労働者の生存そのものを脅かすほどに不公正な結果をもたらす」(労働省労働基準局編「全訂新版・労働基準法(上)」)との歴史的な教訓を投げ捨て、時代逆行的なレッセフェール(自由放任)への回帰をねらう危険な動きと映るのである。

2 労使関係の個別化と「労使対等」の幻想
-個別労働関係では圧倒的に使用者の力が勝っているという現実を直視すべき-

今日、労働組合の組織率は全体で20%を下回り、事業場規模が労働者99人以下の場合では約1%という現状である。このような実情を背景に、この間、労働基準法上も「個別労働関係」の増加を意識した「改正」が行われている。労働契約締結時の書面による労働条件明示事項の拡大、解雇理由の文書交付、今回の解雇の効力規定の創設などがそれにあたり、「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」の制定も同様である。
労働契約時に労働条件等を明確にし、あるいは解雇の理由を労働者に明確にすることにより、個別の労働関係紛争を予防しようというものであり、その方向は理解できる。
その際、重要なことは、個別労働関係では決して労使は「対等」でなく、特に、高失業率が続いている現在、圧倒的に使用者の力が勝っているという現実を直視することである(長年、企業に貢献した労働者がいとも簡単にリストラ・首切りに遭う現状をみれば明らか)。そうでなければ、多くの労働者は「労使対等」という幻想と「労使非対等」という現実の間で一層苦しむこととなる。

3 「労使自治」の美名の下の「規制改革」
労使非対等の現実の中では労使協定は使用者の一方的な意思と変わらない-

図11

近年の労働(人材)分野の「規制改革」で特徴的なのは「労使自治」の名の下に、労基法上の諸規制を労使協定の締結を条件に適用除外とする形式が多用されてきたことである。
時間外・休日労働に関する協定は、以前から存在していたが、加えて、一斉休憩適用除外、1ヶ月単位の変形労働時間制、1年単位の変形労働時間制、フレックスタイム制、裁量労働制(専門業務型)、年次有給休暇の計画的付与等に関する協定は、この10年あまりの間にできた新制度である。
労使が職場の実態を最もよく知っているのであるから、適切な労働条件設定が可能であるという建前であるが、「労使非対等」という現実の中では、労使協定による労働条件設定は使用者の一方的な意思と変わらないものになりかねない。
「監督官アンケート」では、労使協定によって労基法の規制を適用除外することの是非を尋ねているが、47.6%が「望ましくない」と回答している。このほか、「望ましい」が9.3%、「どちらとも言えないが」41.2%となっている(図11参照)。このような回答傾向は、こうした多くの例外規定の存在が捜査における立証活動をきわめて複雑・困難なものにしているという実務上の意識も影響しているだろうが、何より、日々の業務を通じて「労使非対等」を実感させられるだけに、労使協定方式が労働基準法上の規制の多くを形骸化してしまうことの危険性を感じ取ったものと言えよう。
以上

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