働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

2004年10月
今後の労働安全衛生対策の在り方に係る検討会報告書に対する考え方

本年8月にとりまとめられた「今後の労働安全衛生対策の在り方に係る検討会報告書」(以下、報告書)は、労働災害の重篤化など今日の労働安全衛生をめぐる諸変化をとらえた上で、浮き彫りになった課題の解決にむけた多様な措置を提言している。これらの中には賛同できる部分も少なくないが、いくつかの部分で問題点や不十分さを指摘しなければならない。

今後、報告書が提言した措置の一部は、次期通常国会に提出される関連法案に盛り込まれる予定となっており、今後の幅広い議論を期待する立場から、以下に全労働の考え方を明らかにする。

1 製造業等における重層的請負関係下での安全衛生確保対策

報告書は、製造業等で業務請負等のアウトソーシングが急速に進み、同一現場で多様な雇用・就業形態等の労働者が混在して作業することによる危険の増大や各事業者(元請事業者、請負事業者)の安全管理責任の曖昧化など、憂慮すべき事態が広がっていることを指摘している。

事実、製造業等での「業務請負」の広がりは急激である(注1)。この間のリストラの進行を通じて急速に広がった「業務請負」という労働力の調達方式は、事業主にとって使用者としての責任を一切負わず、コスト的にも安く、必要に応じて簡単に量的調整のできる、きわめて使い勝手の良いシステムと言える。

一方、その労働条件を見ると、ほとんどが不安定な有期契約(多くは1ヶ月から6ヶ月の雇用契約の更新)で、勤務場所も頻繁に変更されることが多い。また、賃金額は日給8000円前後が多く、しかも急増する業務請負業者間の過当競争で下落が続いている(注2、3)。安全衛生管理の面では、多くの業務請負事業者において、安全衛生管理体制が確立しておらず、営業活動を担当する社員(労働者)が、採用・配置・勤怠管理から発注者(元請)との連絡・調整までをほとんど1人で担っている。従って、業務請負事業者には、作業の危険性、有害性の認識がほとんどないのが一般的であって、自ら安全衛生に関する管理や教育を施しようもない。他面、「業務請負」として入場した労働者に対しては、労働者派遣法上、元請事業者から指揮命令することはできない「建前」であって、労働者は、元請事業者と下請事業者の安全衛生管理の「エアポケット」に置かれているのである。

報告書は、1)元方事業者による安全衛生対策の連絡調整、2)注文者による施設・設備の危険・有害情報の提供、3)注文者による施設・設備に関する危害防止措置の確保等を提言しているが、ガイドラインの作成などの措置を念頭に置いているのであればきわめて不十分な対応策である。

製造業等と同様に重層的請負関係が見られる建設業等に適用されている、元方事業者による統括管理義務(労働安全衛生法第30条)や、注文者による下請事業者の労働者に使用させる設備等の労働災害防止のための措置義務(同法第31条等)を適用し(注4)、その具体的措置を政省令で相応しく規定するなどなど、実効ある規制が必要である。

(注1)厚生労働省が、昨年、全国の公共職業安定所の求人をサンプル調査したところ、求人数の28.1%(平均)が「業務請負」で、大都市部ほど高率であった。
(注2)戸室健作『電機産業における構内請負労働の実態』(2004年5月22日、社会政策学会第108回大会報告)
(注3)日本経済新聞(2004年3月2日付)は、「人材各社、低賃金で攻勢」とし、労働者をどれだけ安く供給するかのダンピング競争が起きていると指摘している。
(注4)労働安全衛生法第30条及び関係規則は、建設業等の元方事業者に対して、(a)協議組織の設置及び運営、(b)作業間の連絡及び調整、(c)作業場所の巡視、(d)関係請負人が行う安全衛生教育に対する指導・援助、(e)作業工程に関する計画及び設備等の配置計画の作成、(f)関係請負人が講ずべき措置への指導等を義務づけている。また、同31条及び関係規則は、建設業等の仕事を自ら行う注文者に対して、関係請負人に使用させる設備等が、関係法令が定める基準に適合したものとすべきことを義務づけている。

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2 「現場力」の回復・向上のための措置

報告書は、合理化に付随して産業施設に精通した者が減少し、安全衛生確保に必要な知識や技術等のノウハウが次世代に円滑に伝承されず、「現場力」(現場における人材力)の低下につながっているとしているが、重要な指摘である。

この間のリストラは、専ら人件費の削減をねらってベテラン労働者(常用雇用)の多くを排除し、使い勝手よく安価な労働力としての「業務請負」などで穴埋めしてきた。

報告書は、こうした状況を深刻に受け止めた上で、「個人の経験や能力のみに依拠せず‥‥組織として‥‥安全衛生水準の段階的な向上を図る仕組みの活用を図ることが必要である」とし、労働安全衛生マネジメントシステム(以下、マネジメントシステム)の普及促進を提唱する。しかし、長年にわたって培われてきた「現場力」がマネジメントシステムによって相応しく代替し得ると考えるのはあまりに安直ではないか。安全衛生に関する豊富な知識と経験を積んだ人材の流出を止めるとともに、中長期の人材育成プランを着実に実行し、その上で、マネジメントシステムを導入していくことが「現場力」を回復・向上させる確かな道筋であると考える。

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3 安全管理者、衛生管理者等の選任要件の見直し

報告書は、従来、学歴と実務経験のみで選任されてきた安全管理者に対して一定の実務能力を担保させることを提言しているが、「現場力」の向上に相応しい対策であり賛同できる。

他方、報告書は衛生管理者の選任に関し、「有害業務がない業種等について、事業場に直接雇用されていない者であっても、一定の条件の下、衛生管理者等として選任できる仕組みが必要である」とするが、「現場力」の向上に逆行するものではないか。確かに、今日の衛生管理者試験は合格率が低く、受験場所・回数も限定されていることから(注5)、中小企業にとっては資格者の確保が困難となっており、使用者サイドからこうした要望が出される事情も理解できる。ならば改善すべき方向は、実務とかけ離れ過度に高度化した試験内容の見直しや受験機会の確保であって、選任要件の緩和ではないはずである。「現場力」の向上とそれを支援する外部資源の活用は、明確に区別すべきである。

また、報告書は企業の分社化等の進行をとらえた上で、一定の条件の下、「企業グループ内の事業場の安全管理者等が、企業グループ内の他の事業場における安全衛生管理を併せて実施することが可能となる仕組みが必要である」とするが、企業グループ内の実情に即して従来の使用者(事業主)概念を相応しく拡張し(例えば、みなし事業者規定の新設)、そこに労働安全衛生法を適用することで、こうした措置を可能にしていくべきである。

(注5)衛生管理者試験の毎年度の合格率は、第1種で40%代、第2種で5060%代となっており(複数受験を含む)、初回受験者の合格率は10%代20%代と言われている。また、受験場所及び回数は、全国7箇所の安全衛生技術センター所在地でそれぞれ年1413回程度と特別出張試験(安全衛生技術センター所在地以外の都県(全国10箇所程度))による年1回程度に限られている(関東地区では特別出張試験を除き千葉県市原市でしか受験できない)。

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4 マネジメントシステムの普及促進のためのインセンティブ措置

報告書は、マネジメントシステムの普及促進のためのインセンティブ措置が必要であるとし、1)機械等の設置、移転に関する計画届の事前チェックを免除する等の措置、2)労災保険の特例メリット制を適用する等の措置3)企業名の顕彰、マネジメントシステムの確立を表す標章使用の許容等の措置を提言する。

しかしながら、1)で言う事前チェックは、正に自律的な安全衛生管理体制が機能しているかをチェックするものであり1)の措置は、こうした意義を取り違えた本末転倒のものであるし、2)や3)の措置がマネジメントシステム普及のインセンティとなるとは考えにくく、むしろ、2)は横行する「労災かくし」の「インセンティブ」となることとを懸念する。

また、こうした議論は、マネジメントシステムの普及促進自体を自己目的化してはいないだろうか。マネジメントシステムが安全衛生確保に真に寄与するものであるなら、その理解を広げ深めるべきであって、経済的なメリット等に触発された導入は結局、外形的なものに止まり、実効を伴わない。マネジメントシステムは、あらゆる職場の労働災害防止や職業性疾病予防に役立つ「万能薬」などではないことを銘記すべきである。

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5 企業活動における社会的責任(CSR)

報告書は、企業活動における社会的責任(CSR)が厳しく問われていることを指摘した上で、「労働者の働き方等に十分な考慮を行い、かけがえのない個性や応力を活かせるようにしていくことは『公器としての企業』にとって、本来的な責務である」と述べ、CSRにおいて、労働者の安全衛生対策を考慮することの重要性を強調している。
CSRがSRI(社会的責任投資)を呼びかける運動に端を発していることにてらすなら、多くの中小企業に対してどれだけの効果を持つのか懐疑的な面はあるものの、報告書の指摘は重要であり、基本的に賛同し得る。
今後、CSRの観点から多くの企業が実効ある安全衛生確保対策を講じていくためには、厚生労働省が、安全衛生分野でのCSRの具体化を図り、明確な「基準」として指し示すことが求められてており、そのことは今日の労働行政の「社会的責任」と言える(注6)。

(注6)本年6月25日にとりまとめられた「労働におけるCSRのあり方に関する研究会」(厚生労働省)の「中間報告書」は、「労働に関するCSR推進における国の役割」にふれ、「CSRを推進する主体は企業であり、企業が自主的に社会的責任を果たすべく取組みを行うものである。また、CSRを構成する諸要素のうち、どれを重点的に実行するかは、社会で求められているものを勘案しながら、企業が決定していく」「国が施策を講じるに当たっては、企業の自発性や多様性を尊重する必要がある。こうした観点からすると、例えば労働におけるCSR規格を国が策定・認証するような施策を講じることは困難」などと述べている。

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6 安全衛生確保にむけた労働者の役割

報告書は、労働災害の防止等をはかる労働者の役割にふれ、労働災害の危険を予知しやすい立場にあるとして、その安全意識を高め、主体的かつ積極的に労働災害の防止活動に参加することが望まれると指摘する。
安全衛生の確保に関する労働者の役割は重要であるが、使用者に従属し、その指揮命令に服さなければならないその立場を見失うなら、解決すべき問題を覆い隠すことになりかねない。

今日、労働者の多くは有期雇用の下にあり、常に雇止めの不安にさらされているのであって、使用者に異議を唱えることすら難し。また、成果主義の人事管理が強まり、何よりも優先して成果を求める風潮が広がっており、労働者は自ら労働災害の危険を認識しつつも不安全行動を行わざるを得ない状況に追い込まれている。また、そもそも雇用の不安定化(使い勝手のよい雇用の拡大)を推し進める多くの使用者に、安全衛生活動の主体として労働者を位置づける意思があるのかどうかも疑わしい。こうした実情を看過する議論には全く同調できない。

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7 安全・衛生委員会活動の活性化

報告書は、労使が協力し安全衛生問題を調査審議する場である安全・衛生委員会の活性化を求めているが、重要な指摘である。今日の安全・衛生委員会の活動が、経営トップの安全衛生問題への無関心等を反映し、マンネリ化し、形骸化していることは否めない。報告書は、こうした事態の打開をはかるため、「委員の選出、審議事項、決定事項の扱い方等委員会全体の見直しが必要である」としているが、マンネリ化等の要因として、限られた委員による審議内容が多くの事業場で公開されていないため、委員以外の労働者の関心を惹くものとなっていないことを見逃してはならない。従って、毎回(毎月1回以上)の議事録の公開、全ての労働者からの意見申出制度の導入などを進めることで、事業場の労働者全体の関心を高め、委員会活動の活性化に結びつけていくことが重要である。

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