働き方・労働法制 −労働時間、賃金、安全衛生、労災補償など

2003年 1月
労働政策審議会建議「今後の労働条件に係る制度の
在り方について」の問題点について

労働政策審議会(会長/西川俊作慶応大学名誉教授)は、12月26日、この間の労働条件分科会の検討結果を受けて、厚生労働大臣にあてて「今後の労働条件に係る制度の在り方について」と題する建議を行った。

今後、厚生労働省はこの建議の趣旨に沿って、次期通常国会へ関連法案を提出することを予定しているが、建議には以下に示すとおり、労働者の雇用と権利を脅かす重大な問題点を含んでおり、全面的な再検討を強く求めるものである。

第1章 労働契約に係る制度の在り方について

1 労働契約の期間について

(建議の概要)

・有期労働契約の期間の上限について、現行の原則である1年を3年に延長するとともに、専門的な知識、技能又は経験を必要とする業務に従事させる場合及び満60歳以上の高齢者に係る場合について、現行の3年を5年に延長する。

・有期労働契約の締結及び更新・雇止めに関する基準(告示)の根拠規定を設けるとともに、当該基準において、一定期間以上雇用された有期雇用労働者について使用者が雇止めをするときは、予告すること等を定める。

●5年20年程度の雇用期間後に「雇止め」「賃下げ」が自由にできる

有期労働契約の雇止めをめぐる一連の判例は、契約更新を「何回」も重ねた場合(一般に少なくとも4、5回以上)には、その有期労働契約は「期間の定めのない契約」に転化したものとみなしている。

つまり、「期間の定めのない契約」に転化した後の「雇止め」は、「在職者の解雇」とみなされ、また、契約更新に伴う労働条件の切り下げも「高度の合理性」が必要とされる。 「建議」が求めるように、有期雇用契約の期間の上限を3年5年にすることは、契約更新の回数を「数回」に止めながら、適当な期間(5年20年程度)が経過した後の雇止めや労働条件の切り下げ(契約更新時)を容易にすることを意味する。

このような「メリット」ゆえに、今後、従来ならば正社員(期間の定めのない契約)として雇い入れるケースも、3年から5年の有期労働契約で雇い入れることが急増していくことになる。

また、見方を変えれば、5年20年程度の雇用期間(有期労働契約の数回の更新)を認めることから、「若年定年制」の復活を意味する。またこれと、いわゆる「コース別人事管理」と結びつければ「差別定年制」を事実上合法化することにもなる。

●3年から5年の身分拘束でメリットを受ける労働者派遣業・業務請負業

「建議」の方向は、急増している労働者派遣業や業務請負業で働く労働者には、とくに過酷な身分拘束をもたらす危険がある。

労働者派遣法の見直しをすすめている労働政策審議会・職業安定分科会・民間労働力需給制度部会で示された「たたき台」(12月5日)は、労働者派遣法に基づく派遣期間を原則1年から3年に引き上げること求め、加えていわゆる26業務のうち、「専門的な知識、技能又は経験を必要とする業務」について、無期限とすることを求めている。

異なる場で議論されてきた「労働者派遣法の派遣期間の上限」と「有期労働契約の期間の上限」の在り方がぴったりと符合しているのは決して偶然ではない。

もともと派遣会社には、派遣した期間だけは労働者の身分をしっかりと拘束しておきたいという強いニーズがある。つまり、派遣会社から派遣された労働者が派遣期間の途中で退職(労働者が契約更新しない場合を含む)することになれば、派遣会社は同等のスキルを持った別の労働者を派遣しなければならず、それができなければ派遣先から「債務不履行責任」を追及されるおそれがある。しかし、派遣の際に派遣期間と同じ期間の有期雇用契約を結んでおけば、「債務不履行責任」を労働者に転嫁することができるというわけである。

有期労働契約の期間の上限を3年5年にすることを求める建議は、労働者派遣業や業務請負業で働く労働者の「退職の自由」を過度に制限することになる。

また、労働力の確保が難しい一部の職種(看護師、理・美容師等)について、「お礼奉公」などの前近代的な身分拘束を復活させるおそれもある。

●基準(告示)には強制力が無く実効性に疑問

今日、多くの企業が、恒常的に必要な業務に従事させる労働者を、有期労働契約として雇用としているのは、(a)判例で確立している「解雇権濫用法理」や「労働条件の不利益変更の法理」等を免れることができる、(b)期間の定めのない労働者(正社員)に比べて低い賃金水準を設定し、人件費を抑制することができる、(c)契約更新・雇止めの自由を持つことで「もの言わぬ労働者」として従属させることができるなど、使用者に大きなメリットがあるからである。

有期雇用契約の期間の上限の延長は、こうした「メリット」をさらに大きくするものであり、労働者の権利侵害は甚大なものとなる。

「建議」は「有期労働契約が労使双方にとって良好な雇用形態として活用されるようにしてくため」に「有期労働契約の締結及び更新・雇止めに関する基準を定めることができる根拠規定」を設けるなどとしているが、基準(告示)に基づく指導は、罰則を伴わなず強制力がなく、現在すすめられている「有期労働契約の締結及び更新・雇止めに関する指針」(平成12年12月28日)に基づく指導と実務上は大きな違いを見い出しにくく、罰則を伴う規定として実体法に盛り込むべきである。

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2 労働契約終了等のルール及び手続の整備について

(建議の概要)

・労働基準法において、使用者が正当な理由なく行った解雇は、権利の濫用として無効であることを規定する。

●行政機関の関与の仕方によっては「画に描いた餅」

解雇については、現行法上、一定の解雇制限事由(労基法第19条、育介護第10条等)と解雇の手続き(労基法第20条等)が定められており、いわゆる不当解雇や整理解雇等の効力等をめぐっては、判例上、「解雇権濫用法理」や「整理解雇四要件」が確立している。

しかし、多くの労働者にとって、解雇をめぐって自ら訴訟を提起することは、(a)訴訟費用等の経済的負担が困難なこと、(b)迅速な解決が期待できず、長期間、訴訟当事者となることに不安があること、(c)訴訟を提起することが再就職に不利に作用すること、(d)必要な証拠のほとんどを使用者が保管しており立証が困難なことなどの事情から、これを躊躇せざるを得ない(解雇理由を争って訴訟を提起することのできる労働者はおそらく1%にも満たないだろう)。

要するに、解雇をめぐる争いについては、一定の裁判規範が存在するものの、それ自体不十分な面もあり、行政が適切に関与し得る根拠となる実体法が存在しないことから、事実上、解雇を規制する「規範」がないに等しく、多くの労働者が無権利状態のまま「泣き寝入り」しているのが現状である。

従って、「建議」が示すように、解雇に正当な理由が必要であることを法令に明記することは一定評価できる。しかし、問題はその実効性にある。文言の抽象性ゆえに十全に機能しない条文は数多く(例えば、管理・監督者の範囲(労基法第41条関係)や年次有給休暇の請求に対する時季変更権行使の可否(労基法第39条関係)、「正当な理由」の中身を下位法令等で具体性をもって如何に規定できるかが問われている。

あわせて、当該法令の施行を担う行政機関がこの条文に基づいて如何なる権限行使が可能なのかが問われるが、「建議」が予定する「必要な相談・援助」程度であれば、現在の個別労働紛争解決促進法に基づく「助言、指導、あっせん」以上の効果は期待できない。必要な権限(調査権限等)を背景に、使用者への実効ある指導をすすめることができないのであれば、前述の労働裁判の困難性ゆえに当該規定も「画いた餅」に終わりかねない。

なお、「建議」は、「使用者は‥‥労働者を解雇できるが使用者が正当な理由なく行った解雇は‥‥無効とする」としているが、仮に解雇の効力を争うにあたって、その立証責任を労働者に課そうとする意図があるとすれば重大である。

最高裁は「客観的で合理的な理由の存在」と「社会通念上の相当性」を、解雇が有効であるための二つの必要な要件としているのであり(日本食塩事件=最二小昭和50・4・25)、「建議」が自ら言う「判例において確立した解雇権濫用法理を法律に明記する」との文言にも反している。

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3 裁判における救済手段について

(建議の概要)

・解雇の効力が裁判で争われた場合において、裁判所が当該解雇を無効であると判断したときに、労使当事者の申立てに基づき、雇用関係を継続しがたい事由がある等の一定の要件の下で、当該労働契約を終了させ、使用者に対し、労働者に一定の額の金銭の支払いを命ずることができることとする。

●「無効な解雇」も金銭の支払いで済ませる権利を使用者に与える必要性はない

解雇の効力をめぐる裁判で、解雇に正当な理由がなく、労働者(被解雇者)の労働契約上の地位が確認された場合に、労働者が希望に基づいて職場復帰することができるのは当然である。これに対して「建議」は、このような場合であっても使用者の側から一定の金額を支払えば労働契約を終了させることができるようにすることを求めており、これでは「無効な解雇であっても金さえ払えばよい」としているに等しく、深刻なモラルハザードが生じ安易な解雇が広がるおそれがきわめて強い。

他方、職場復帰を労働者が望まないケースも少なくないという実情も首肯できるところであり、労働者(被解雇者)の側からこうした金銭の支払いを求めることができるようにすることは合理性がある。しかしながら、解雇が無効であるとの確定判決を得た上で、あらためて金銭の支払いを求めることになるのであれば、前述した自ら訴訟を提起すること自体の困難性にゆえに、「解決」をさらに長期化させるだけで、実効性がない。

むしろ、解雇をめぐって、労働者が職場復帰を前提としない損害賠償請求等を容易にする理論を別個に確立することが望まれる。

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第2章 労働時間に係る制度の在り方について

1 裁量労働制の在り方について

(建議の概要)

・企画業務型裁量労働制の導入、運用等に係る手続きについて、簡素化するとともに、対象事業上を「事業運営上の重要な決定が行われる事業場」に限定しないこととする。

・専門業務型裁量労働制について、労使協定による健康・福祉確保措置及び苦情処理措置の導入を要することとする。

●裁量労働制の拡大は蔓延するホワイトカラーのサービス残業の「合法化」

「建議」は、労働時間制度見直しの必要性の一つとして「労働者ひとりひとりが主体的に多様な働き方を選択できる可能性を拡大する」と述べている。この種のフレーズは、この間、裁量労働制を導入、拡大する際の「決まり文句」として用いられてきた。しかし、すでに裁量労働制の導入されている職場の実情は全く逆であって、ノルマや期日に追われ、労働時間の配分に全く裁量の余地のないものが多く、従来のサービス残業(ただ働き)が「合法化」されたにすぎないケースが少なくないのである。

とくに、企画業務型裁量労働制の拡大は、ホワイトカラー全般に「裁量労働制」と称した違法なサービス残業(ただ働き)が広く横行している現状を容認するものでしかなく、成果主義賃金や有期雇用契約とセットで運用することで、労働者を一層の長時間労働あるいは過密労働へと駆り立てていくことにつながり、過労死、過労自殺をさらに広げることになる。

今、求められているのは、裁量労働制の導入にかかる実体要件があまりにもあいまいであるため、「対象業務」の安易な拡大がすすんでいる実情を直視して、実体要件の厳格化、明確化をはかることであり、それなくして手続要件のみを緩和することはあまりにも危険である。

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2 適用除外について

(建議の概要)

・労働基準法第41条の適用除外の対象範囲について、アメリカのホワイトカラー・イグゼンプション等について、実態調査した上で今後検討する。

●ホワイトカラーの苛酷な労働実態を的確に規制する視点が欠落

アメリカのホワイトカラー・イグゼンプションとは、労働時間の規制が全く及ばない労働者を意味し、当初、高報酬が約束されていることなどを要件としていたが、今日ではその要件も意味を失い、世界でもきわめて異質な制度と位置づけられている。

こうした制度の検討を求める「建議」には、わが国のホワイトカラー全般を労働時間規制の適用除外としてしまうねらいをみて取ることができる。近時、ホワイトカラーを中心に様々な就労形態が出現し、従来の規制ではとらえきれない事態が一部に生じていることは事実であろう。しかしながら、そこで生じている問題点は何か、守られなければならない権利・利益がどのように扱われているのかを明らかにすることなくして、真の改革とはならない。

とりわけ、ホワイトカラーの多くに長時間労働(サービス残業を含む)、過密労働(成果主義賃金の下での労働強化など)が広がり、過労死、過労自殺が増加している点を見逃すことはできない。こうした中で、労働時間規制をはずすだけでは何らの問題解決にならないばかりか、むしろ深刻な実態をますます悪化させることになりかねないのであり、実態を改善しうる相応しい規制の在り方を検討する立場にこそ立つべきである。

また、現在、多くの中間管理職がその労働実態にかかわらず、わずかばかりの手当と引き替えに労基法第41条の「管理・監督者」として扱われ、労働時間、休日、休憩に関する規制の埒外におかれている。こうした事態を改善するため、「管理・監督者」の本来の趣旨(事業経営の管理的立場にある者又はこれと一体をなす者)に即し、具体的で明確な判断基準を確立するとともに、彼らの苛酷な労働実態を的確に規制する新たな枠組みつくりこそが求められている。

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3 時間外労働の限度基準について

(建議の概要)

・時間外労働の限度基準について、限度時間を超える一定の時間まで労働時間を延長することができる「特別な事情」を臨時的なものに限ることを明確にする。

●時間外労働自体がそもそも「臨時的なもの」であるべき

時間外労働の限度に関する基準(平成10年労働省告示第154号)は、1週間から1年間の期間に応じていくつかの限度時間を定めているが、同時にいわゆる「特別条項」の存在を許し、「特別な事情」が生じた場合には、この「限度基準」を超えた時間外労働を容認している。

これによって多くの職場で「特別条項」が結ばれ、例えば、「1ヶ月70時間、1年間720時間」といった「特別条項」も珍しくなく、「限度基準」の実効性を大きく弱めているのである。

「建議」は、こうした「特別条項」を引き続き容認するとともに、「特別な事情」を「臨時的なもの」に限るとするが、そもそも時間外労働自体が「臨時的なもの」として位置づけられるべきである。しかも、「臨時的なもの」の内容が明確でないことから、時間外労働の抑制にむけたどれだけの効果を持つのかも疑問である。仮に災害等による臨時の必要などを言うのであれば、労基法第33条に基づく時間外労働が想定しているのであり、「特別条項」は廃止してよいと言える。

あえて「臨時的なもの」というのであれば、少なくとも、1週間を超える期間の限度時間を二重に決めるような「特別条項」は許すべきなく、1週間以下の期間に限って「特別条項」を認めることとすべきである。

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3 適用除外について

(報告案の概要)

・労働基準法第41条の適用除外の対象範囲について、アメリカのホワイトカラー・エグゼンプション等について、実態調査した上で今後検討する。

●ホワイトカラーの苛酷な労働実態を的確に規制する視点が欠落

「報告案」には、ホワイトカラー全般を労働時間規制の適用除外としてしまうねらいをみて取ることができる。近時、ホワイトカラーを中心に様々な就労形態が出現し、従来の規制ではとらえきれない事態が一部に生じていることは事実であろう。しかしながら、そこで生じている問題点は何か、守られなければならない権利・利益がどのように扱われているのかを明らかにすることなくして、真の改革とはならない。 とりわけ、見逃すことができないのはホワイトカラーの多くに長時間労働(サービス残業を含む)、過密労働(成果主義賃金の下での労働強化など)が広がり、過労死、過労自殺が増加している点である。こうした中で、労働時間規制をはずすだけでは何らの問題解決にならないばかりか、むしろ深刻な実態をますます悪化させることになりかねないのであり、実態を改善しうる相応しい規制の在り方を検討する立場にこそ立つべきである。 また、現在、多くの中間管理職がその労働実態にかかわらず、わずかばかりの手当と引き替えに労基法第41条の「管理・監督者」として扱われ、労働時間、休日、休憩に関する規制の埒外におかれている。こうした事態を改善するため、「管理・監督者」の本来の趣旨(事業経営の管理的立場にある者又はこれと一体をなす者)に即し、具体的で明確な判断基準を確立するとともに、彼らの苛酷な労働実態を的確に規制する新たな枠組みつくりこそが求められている。

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4 時間外労働の限度基準について

(報告案の概要)

・時間外労働の限度基準について、限度時間を超える一定の時間まで労働時間を延長することができる「特別な事情」を臨時的なものに限ることを明確にする。

●時間外労働自体がそもそも「臨時的なもの」であるべき

時間外労働の限度に関する基準(平成10年労働省告示第154号)は、1週間から1年間の期間に応じていくつかの限度時間を定めているが、同時にいわゆる「特別条項」の存在を許し、「特別な事情」が生じた場合には、この「限度基準」を超えた時間外労働を容認している。 これによって多くの職場で「特別条項」が結ばれ、例えば、「1ヶ月70時間、1年間720時間」といった「特別条項」も珍しくなく、「限度基準」の実効性を大きく弱めているのである。 「報告案」は、こうした「特別条項」を引き続き容認するとともに、「特別な事情」を「臨時的なもの」に限るとするが、そもそも時間外労働自体が「臨時的なもの」として位置づけられるべきである。しかも、「臨時的なもの」の内容が明確でないことから、時間外労働の抑制にむけたどれだけの効果を持つのかも疑問である。仮に災害等による臨時の必要などを言うのであれば、労基法第33条に基づく時間外労働が想定しているのであり、「特別条項」は廃止してよいとも言える。あえて「臨時的なもの」というのであれば、少なくとも、1週間を超える期間の限度時間を二重に決めるような「特別条項」は許すべきなく、1週間以下の期間に限って「特別条項」を認めることとすべきである。

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5 労働契約終了等のルール及び手続の整備について

(報告案の概要)

・労働基準法において、使用者が正当な理由なく行った解雇は、権利の濫用として無効であることを規定する。

●行政機関の関与の仕方によっては「画に描いた餅」

解雇については、現行法上、一定の解雇制限事由(労基法第19条、育介護第10条等)と解雇の手続き(労基法第20条等)が定められており、いわゆる不当解雇や整理解雇等の効力等をめぐっては、判例上、「解雇権濫用法理」や「整理解雇四要件」が確立している。 しかし、多くの労働者にとって、解雇をめぐって自ら訴訟を提起することは、1)訴訟費用等の経済的負担が困難なこと、3)迅速な解決が期待できず、長期間、訴訟当事者となることに不安があること、2)訴訟を提起することが再就職に不利に作用すること、(d)必要な証拠のほとんどを使用者が保管しており立証が困難なことなどの事情から、これを躊躇せざるを得ない(解雇理由を争って訴訟を提起することのできる労働者はおそらく1%にも満たないだろう)。 要するに、解雇をめぐる争いについては、一定の裁判規範が存在するものの、それ自体不十分な面もあり、行政が適切に関与し得る根拠となる実体法が存在しないことから、事実上、解雇を規制する「規範」がないに等しく、多くの労働者が無権利状態のまま「泣き寝入り」しているのが現状である。 従って、「報告案」が示すように、解雇に正当な理由が必要であることを法令に明記することは評価できる。しかし、問題はその実効性にある。文言の抽象性ゆえに十全に機能しない条文は数多く(例えば、前述の「管理・監督者」(労基法第41条)の限定)、「正当な理由」の中身を下位法令等で具体性をもって如何に規定するかが問われている。 あわせて、当該法令の施行を担う行政機関がこの条文に基づいて如何なる権限行使が可能なのかが問われるが、「報告案」が述べる「必要な相談・援助」程度であれば、現在の個別労働紛争解決促進法に基づく「助言、指導、あっせん」以上の効果は期待できない。必要な権限(調査権限等)を背景に、使用者への実効ある指導をすすめることができないのであれば、前述の労働裁判の困難性ゆえに当該法令も「画いた餅」に終わりかねない。 なお、「報告案」は、「使用者は‥‥労働者を解雇できるが使用者が正当な理由なく行った解雇は‥‥無効とする」としているが、仮に解雇の効力を争うにあたって、その立証責任を労働者に課そうとする意図があるとすれば重大と言わなければならない。 最高裁は「客観的で合理的な理由の存在」と「社会通念上の相当性」を、解雇が有効であるための二つの必要な要件としているのであり(日本食塩事件=最二小昭和50・4・25)、「報告案」が自ら言う「判例において確立した解雇権濫用法理に則して」との文言にも反している。

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6 裁判における救済手段について

(報告案の概要)

・解雇の効力が裁判で争われた場合において、裁判所が当該解雇を無効であると判断したときに、労使当事者の申立てに基づき、雇用関係を継続しがたい事由がある等の一定の要件の下で、当該労働契約を終了させ、使用者に対し、労働者に一定の額の金銭の支払いを命ずることができることとする。

●「無効な解雇」も金銭の支払いで済ませる権利を使用者に与える必要性はない

解雇の効力をめぐる裁判で、解雇に正当な理由がなく、労働者(被解雇者)の労働契約上の地位が確認された場合に、労働者が希望に基づいて職場復帰することができるのは当然である。これに対して、「報告案」はこのような場合であっても使用者の側から一定の金額を支払えば労働契約を終了させることができるとするとしており、これでは「無効な解雇であっても金さえ払えばよい」としているに等しく、モラルハザードが生じて安易な解雇が広がるおそれがきわめて強い。

他方、職場復帰を労働者が望まないケースも少なくないという実情も首肯できるところであり、労働者(被解雇者)の側からこうした金銭の支払いを求めることができるようにすることは合理性がある。しかしながら、解雇が無効であるとの確定判決を得た上で、あらためて金銭の支払いを求めることになるのであれば、前述した自ら訴訟を提起すること自体の困難性にゆえに、「解決」をさらに長期化させるだけで、実効性がない。

むしろ、解雇をめぐって、労働者が職場復帰を前提としない損害賠償請求等を容易にする理論を別個に確立することが望まれる。

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