メッセージ フロム ザ フロント

技官レポート1

水漏れ見つけた技術屋の勘/「結露」で済ませたら大惨事だった

 厚生労働省は、労災防止を任務とする専門の技官たちの採用・育成を約5年前にストップしてしまいました。労働基準監督官に任せればいいのだといいますが、それで本当に大丈夫なのでしょうか。連合通信では技官の専門性に改めて光を当てるため、現役ベテラン技官の城田正義(仮名)さんによる投稿を随時掲載していきます。

 ボイラーの仲間に圧力容器がある。そのうち、第一種圧力容器のことを通常「一圧(いちあつ)」と呼ぶ。通常の気圧の下では気化してしまうものを、圧力をかけることで液体(飽和液)の状態に保つ施設のことである。食品工業、コンクリート製造、温泉施設など、大変多くの業種で使用されており、製造から設置に至るまで国の各種検査を受けなければならない。

 もしも容器に不具合があって内圧が下がれば、飽和液は蒸気になり膨張する。破裂の危険性が非常に大きいのだ。

 

水圧計は反応せず

 ある時、私は化学工業で使用される一圧のひとつ、「反応器」の検査で大変な冷や汗をかいたことがある。

 反応器は、高さ10m、直径が2mほどの円筒形(イメージとしては、大型バスを丸くして縦にした感じ)で、かなり大きい。労働局の製造許可が下りると、胴体や鏡板(蓋と底の部分)のパーツを組み上げ、溶接して接合する。溶接部の検査(溶接検査)と構造全体に関わる「構造検査」が義務付けられている。

 検査当日は、溶接部のエックス線検査の結果を確認しつつ、容器全体の目視検査(溶接部の異常の有無)をした。その後の構造検査では、一圧の内部を水でいっぱいに満たし、想定される最高圧力をかけて容器が耐えられるかどうかを調べた。

 まず水圧計が下がっていないことを確認した。微量でも水の漏れがあれば、針が反応するが、2つの水圧計には何の異常もなかった。通常ならここで実地での検査は無事終わる。

 

目に映ったわずかな水滴

 ところが、大型の反応器ということもあり、なぜかその日は「もう一度容器を目視検査しよう」と思ったのである。

 周りに組まれた足場の一段一段にのぼり、容器全体を確認していく。中段くらいまで来たときだろうか、ある違和感を覚えた。私の目に映ったのは、手のひら大に広がるわずかな水滴。ちょうど冬場に窓が曇るのに似た感じだ。メーカーにそのことを告げると、担当者は不思議そうな顔をして、「結露ではないか」という。その部分の徹底調査を命じて後日、確認すると、SCC(応力腐食割れ)と呼ばれるステンレス材特有の問題が発生し、水圧計が反応しないほどの微小な漏れが生じていたことが分かった。

 その反応器にはナトリウムに代表される禁水性物質(水に触れると危険な物質)が入る予定だった。もしあの「結露」を見逃していたら、一部が漏れ出し、空気中の水分と反応して自然発火した可能性が高い。大型反応器であり、とんでもない大惨事となっていたかもしれない。ゾゾッと背筋が凍る思いがした。

 

「勘」働くには10年必要

 今回のような「技官の勘」が働くようになるには、最低10年はかかる。ましてや、メーカーの技術者と対等、あるいはそれ以上に渡り合うには、長年の経験と日々の自己研さんが不可欠だ。現在、労働行政の現場にはそれがなくなろうとしている。行政にもスペシャリストよりゼネラリストを志向する向きがあるが、私は全く違うと考えている。

(城田正義)

(「連合通信」1月21日号より転載)

 

技官レポート2

プレス機械で手首切断/安全装置への過信は禁物/悲惨な災害、今も絶えず

 金属加工用のプレス機械による労働災害がどれだけ悲惨なものか、みなさんは考えたことがあるだろうか。厚生労働省によると、2012年に休業4日以上の労働災害は651件発生(うち2人が死亡)している。40年前の5450件からすれば9割近くも減少したことになるが、それはあくまで数字の話。今なお作業者の手・指などを奪う災害が発生していること自体を直視すべきなのである。

 ずいぶんと前になるが、私はある労働基準監督署で安全専門官をしているときに、プレス災害の調査を経験したことがある。「二度と同じ災害は起こしてほしくない」という強い思いを込めて、紹介したい。

 

一報受け現場に急行

 消防署から災害発生の一報を受け、すぐさま同僚の監督官とともに事業場に向かった。現場に急行するといっても、監督署は警察署のような緊急車両を持っていないので、一般の車(官用車)で向かう。到着すると、すでに被災者は消防によって救出されていた。残念ながら手首を切断する大けがを負い、病院に搬送されたところだという。私は、現場検証を始めていた警察署の担当課長にまず話を聞いてみた。

 担当課長は、「労基さん(一般的に警察は監督署のことを『労基』と呼ぶ)、事故のあったプレスなんですが、このプレスには安全装置が付いているんですよ」と言う。安全装置が付いているのになぜ災害が起きたのかが理解できないのだろう。プレスを見ると、確かに「光線式安全装置」と呼ばれる安全装置が装着されていたのだ。

 プレス機械による災害を防ぐために、労働安全衛生法では危険除去の措置を講じなければならないと定めている。具体的には、労働安全衛生規則で安全装置の取り付けを義務付けており、さらに細かな内容は労働省告示の「プレス機械又はシャーの安全装置構造規格(以下、構造規格)」で規定している。

 今回のケースでは、光線式安全装置(作業者の手・指が危険な領域に入ると光で感知してプレスが自動停止するもの)が付いていたし、災害後の試験でも装置の機能に異常は認められなかった。とっさに、「難しい事案になるな」と感じた。私は、プレス機械や安全装置の仕様について細かく調べ、監督署に持ち帰ることにした。

 

原因追求で残業の日々

 それから、残業の日々が始まった。正直、どうして災害が起こったのか分からない。通常の事例では、安全装置をオフにした状態で災害に至るケースがほとんどだが、今回は違う。仕事を離れても、災害の原因を考えてしまう状況が続いた。

私は基本に立ち返り、調査で得たプレスの仕様書あるいは実測した図面をもう一度見返し、一つひとつのデータを構造規格や「プレス機械の安全装置管理指針」に当てはめ、何度も何度も計算をした。

 その結果、光線式安全装置の取り付け位置が、安全装置管理指針で定める安全距離を僅かではあるが満たしていないことが判明した。必要な間隔が確保されていなかったのだ。もう一度事業場に赴いて実際の安全距離を確かめると、計算通りだった。

 私は、「これで再発防止対策の指導ができる」と思った。すぐさま事業場に説明の上、どう改善すべきかを指導。担当する管内で同じプレス機械を扱っている事業場に対しては、同様のリスクについてチェックするよう、業界団体を通じて通知した。

 これが私たち厚生労働技官の仕事である。

(城田正義)

(「連合通信」2月15日号より転載)

 

技官レポート3

精米労働者が意識不明に/通風・冷房と水分・塩分摂取が大切

 その年の夏は記録的な猛暑だった。当時、私はある労働基準監督署の安全衛生課長に就いていた。テレビでは梅雨明け直後から熱中症で救急搬送される患者の様子が連日のように放送され、報道を見るたびにいつもヒヤヒヤしていた。搬送される人の中に、少なからず労働者が含まれていたからである。

 事件は、お盆直前に発生した。終業間際の午後5時過ぎ、消防署から連絡が入った。「精米所に勤務する労働者が意識不明の状態」という。最高気温は36度の猛暑日だったため、とっさに「熱中症かもしれない」と思った。しかし、熱中症といえば、建設業、警備業や暑熱な場所のある製造業が圧倒的に多く、精米所で発生した話は聞いたことがなかった。

 

高温多湿だった現場

 事業場に入ると、モワッと猛烈な高温多湿の熱気に体全体が包まれた。正直息苦しいほど。直ちに、気温と「暑さ指数」の測定を始めながら、被災者の同僚から話を聞いていった。被災者は朝から作業を行い、翌日からお盆休みということもあって、かなり忙しい状態が続いていたのだ。

 測定の結果は、最も高いところで気温40度、暑さ指数は「35」。通常なら安静にしていなければならないような状態だった。作業場は、虫などの異物今夕を防ぐため、窓を閉め切っており、複数の精米機から出る熱が室温をさらに上昇させていた。水分・塩分(以下、「水分など」)の摂取も十分ではなかった。

 私は夏の精米所の作業環境が、熱中症に対して極めて危険な状態であることを初めて知った。これまでも技官は夏場のパトロールで、建設現場や農家のビニールハウスを見かければ、熱中症防止のパンフレットを手にできるだけ声を掛けるようにしてきたが、まだまだ啓発活動が必要だと痛感した。

 

「暑さ指数」の活用を

 では、どうやって予防すればいいのだろうか。厚生労働省の通達では、@暑さ指数の活用A高温多湿作業場所における適度な通風(窓を開けて空気を取り入れる)と冷房B作業中の定期的な水分などの摂取徹底——などが考えられる。

 暑さ指数は、熱中症の危険度を判断する目安として使われているもの。最近は、携帯式の安いデジタル熱中症計が販売されており、だれでも簡単に測定できる。身体作業強度(代謝レベル)ごとに暑さ指数の基準値があるので、この基準値を目安に熱中症対策を考えればいい。例えば、指数が「35」なら、重量物を運ぶような作業を連続して行うことは避けなければならないし、作業の休止時間や休憩時間を十分に確保する必要がある。

 窓を開けられない事業場でも、床に散水したり、扇風機で気流を作ることや作業者を局所的に冷房するスポットクーラーの設置などは可能だ。さらに、指数が基準値をこえる場所では、20〜30分ごとにスポーツドリンクなどを摂取することが望ましい。

 もしも熱中症と疑われるような症状が出たら、「少し休んでいれば良くなる」などと過信せず、応急措置後すぐに病院を受診してほしい。

 

どの業種でも起きる

 私は、事業場に対し、すぐさま再発防止を指導した。事業主は「まさか自分のところで発生するとは思わなかった」と言っていた。作業員の被災がよほどショックだったのか、直ちに作業場の改善を図り、定期的に水分などの摂取を徹底してくれた。

 熱中症はどの業種にも発生し得ることを、ぜひ知っていただきたい。そして、適切な対策を講じれば必ず防ぐことができることを伝えたい。暑い夏が来る前に。

(城田正義)

(「連合通信」3月13日号より転載)

 

技官レポート4

一本の棒が命を守る/建設現場の墜落事故/「犠牲」から学び規則改正へ

 その墜落事故が起きたのは、技官になって2年目の時だったと思う。管内では大型ショッピングモールの建設工事が進められ、ほぼ完成間際の頃だった。現場に到着すると、建物の周囲には、高さ20メートルの足場が設置されており、被災者は一番高いところから墜落したという。調査のため足場の階段を上り、最上段の墜落箇所に着いたとき、下をみると目がくらむような高さだった。

 私たち技官は、クレーンの検査などで高い所にもたびたび上る。高所作業にはある程度慣れてはいるものの、数十分前にはここから労働者が墜落して亡くなっている。経験の浅い私は、不安定な足場の上から逃げ帰りたくなるような気持ちになった。しかし、一人の労働者の尊い人命が失われた重さを受け止め、二度と同じ災害は起こしてほしくないという一心で、安全帯を足場の枠にしっかりつけて調査を始めた。

 

危険だった開口部

 建設業で発生する労働災害で最も多いのは「墜落・転落災害」である。建設業での発生割合は、全産業の2倍以上にも上り、いかにリスクが大きいか、お分かりいただけるだろう。言い換えれば、建設業の最も優先すべき対策は、墜落・転落災害の防止である。

 亡くなった労働者は建物の外壁補修の作業を行っていた。足場の作業床と「交さ筋かい」(X字状のもの、ブレスともいう)の間から墜落した。被災者は外壁の方を向いて作業をしていた。つまり、交さ筋かいに背を向けていたと思われる。作業床の上を後ろに移動して開口部(労働者が墜落してしまうような場所)に気付かなかったものと推定される。当時は、交さ筋かいが墜落防止対策(手すり)とみなされており、労働安全衛生規則に照らしても、原則問題ないとされていた。しかし、作業床と交さ筋かいとの間の開口部は大きく、そこから労働者が墜落するケースが多く発生していた。

 私は、規則を順守するだけでは防げない災害があることに愕然(がくぜん)とした。災害の報告書には「交さ筋かいだけでは不十分であり、現行規制に実効性のある対策を付加すべき」と記した。

 それから、建設業界団体に対し、あらゆる機会を捉えて、この災害の話をして回った。さらなる対策の必要性に理解を示してくれる業界人が多かったし、労働行政内部でも同じ問題意識を持っている技官や労働基準監督官がおり、課題を共有することができた。

 しばらく後の話になるが、足場の墜落防止対策に関わる労働安全衛生規則の改正が行われた。

 作業床と交さ筋かいの間に「さん」(横棒)を設けることが義務付けられたのである。これによって開口部はかなり小さくなり、墜落の危険性は大幅に低下することになった。「足場からの墜落災害を防ぎたい」という多くの声が、対策を強化させたのだ。

 

悲惨な災害を教訓に

 私は、建設現場の指導に出かけるときは、この「さん」がきちんと取り付けられているか、確認することにしている。同時に、なぜ「さん」が必要なのかを必ず説明している。それは、多くの悲惨な墜落災害を教訓にしてできた対策だからである。

(城田正義)

(「連合通信」4月5日号より転載)

 

技官レポート5

「安全おやじ」から学んだこと

 

 私が技官になったのは、ちょうど昭和から平成に替わった頃である。その当時は、民間の企業にも、労働基準行政内部にも「安全おやじ」的な存在の人たちがたくさんいたものだ。両者に共通するのは、高度成長期を生き抜き、労働災害の非常に多かった時代を経験した世代だということだ。

 

1メートルは一命取る

 全国の労働災害による死亡者は、今なお1019人(2013年)に上るが、昭和40年代後半は、年間5000人を超える尊い人命が失われていた。昭和50年代に入ると、年間3000人にまで減少したが、それでも現在の3倍近い数である。

 そうした時代を経験した企業の安全担当者は、多くの悲惨な労働災害に直面してきたからか、従業員の安全に対し、時には非常に厳しい態度で臨んでいた。

 建設業の「安全おやじ」は、ヘルメットの顎紐(あごひも)が緩んでいる作業員を見かけると、即座に作業を止めさせ、かなり厳しい口調で注意をしているのを現場でよく見かけたものだ。経験の浅い私は、そういう光景に最初はとても驚いたが、厳しい口調で叱る中にも、安全への思いが込められていた。「実際に顎紐が緩んでいたために、トラックの荷台から落ちた際にヘルメットが外れ、頭部を強打して死亡した」などの災害の話をしながら、ルールを守る重要性を真剣に説いていた。

 その「安全おやじ」から聞いたのは、「1メートルは一命取る(亡くす)」ということだ。高さ1メートル程度のところから墜落しても、ヘルメットの着用が適切でなければ死亡災害につながる危険がある。こうした「安全おやじ」の指導には、いまでも心に残るものが多くあった。

 

事後の百策より事前の一策

 行政内部に目を向けると、技官の「安全おやじ」もとても怖かった。私の上司や先輩にあたる人たちにずいぶんと厳しく鍛えられたと思う。

 思い返すのは、「事前の一策は事後の百策にも勝る」という指導である。

私たち技官が企業に安全衛生指導する場合、法令に定められた内容を順守してもらうことは当然であるが、必要と考えればそれ以上のことも助言する。今でこそ、「リスクアセスメント」という仕組みがあり、労働災害が発生する前に職場の危険の芽(リスク)を摘むことがシステム的に整ったが、当時はそうしたものはなかった。

 労働災害防止の考え方は、災害が発生した後に、原因を究明・分析し、事後の対策を講じるといったことが基本で、同種災害の再発防止が中心だった。しかし、これではいつまで経っても災害は減らない。危険と思われる事象があっても、十分な対策が講じられないからだ。こうした中で、先輩技官は、「事後の対策も必要だが、肝心なのは災害を未然に防ぐこと」と事業場に赴くたびに指導していた。

 事故があってから百の対策を講じるより、事前に一策を講じることが重要であり、これは、現在の「リスクアセスメント」の基本にも通じるものだと思う。

 最近、企業にも行政にも「安全おやじ」の姿は見られなくなった。同時に、労働災害の悲惨さを知る人が少なくなってきたと感じる。

 大切なのは、安全衛生の仕事は、事業場においても行政においても、「人命を守る」ということ。「朝、元気に出勤した労働者を無言で帰宅させるようなことは絶対にしてはならない」のである。

(城田正義)

(「連合通信」5月8日号から転載)

 

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