メッセージ フロム ザ フロント

被災地の労働行政(その3)

 

3月11日 の1週間ほど前から、テレビで震災特集の宣伝を見かけるようになり、「そろそろ、1年が経つんだな・・」と、当時のことを思い出すことが多くなった。大船渡公共安定所(ハローワーク大船渡)でも、3月11日をどう過ごすかが話題に上った。

 当時のことを思い返してみると、震災直後から、住居を失った避難者の方々をハローワークの庁舎内に受け入れた。少し経ち、安否の確認に来られる方々が増え、自らも被災したり、親族を失った職員が多い中で、その対応を迫られた。
 そして、住宅、仕事、雇用保険、助成金の相談が急増する。ライフラインが途絶えた中、必要な情報を得ることさえ難しく、不安な状態で業務と向き合っていたことを覚えている。

 たくさんの住宅が被害を受けたことから、早い段階から、雇用促進住宅に関する問い合せが多くあった。普段の在宅相談と比較にならない、切羽詰まった人たちの対応に追われた。また、被災者に開放されることが決まった後、相談者にいち早くそのことを伝えたくても、電話がつながらず、人づてに伝えていただいたりと、一つ一つの作業が大変だった。

 しかし、なんといっても大変だったのは、雇用保険や助成金に関する業務だった。その膨大な業務量に加えて、関係書類が流されたり、事業主と連絡が付かない等のケースが多く、個々に複雑な処理が求められた。その結果、毎日、大勢の人たちが順番待ちとなり、大船渡所赴任以来、見たことのない大混雑となった。
 こうした中で、愛知局、北海道局を始め、全国の労働局から専門職員が応援に来ていただいたことは大変、助かった。休日も返上して応援していただいた方々にとても感謝している。

 あれから1年経ち、今年3月9日には、津波で職員2人が命を落とした「ふるさとハローワーク陸前高田」が業務を再開した。

 ピーク時よりやや減少したものの、まだまだ雇用保険受給者も多く、各種助成金の業務量も高止まっている。さらに、職業相談も増加傾向にあり、大船渡所の厳しさは変わっていない。

 大船渡の街なみは、店舗に「仮設」という言葉が付いているものも多いが、新しい店も徐々にできている。当時、考えていたより早く町が復旧しているのを感じながら、明日は仮設美容室に髪を切りに行こうと思う。(Y)

 

 

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