全労働の活動・とりくみ

労働行政研究活動の歴史と今日的な役割

 

 全労働中央執行委員長  森崎 巌

本稿は、2010年の「全労働青年協業務研究集会」での「報告」をもとに、今年度の行政研究活動の職場討議資料として加筆し、とりまとめたものです。

 

1 労働行政の魅力と働きがい

 

(1)個人の尊厳に直結する労働行政

皆さんが従事する労働行政の働きがい、魅力は何でしょうか。それを考えることは労働行政の今日的な意義や役割を確認することでもあります。

もとより、それぞれにとらえ方があるでしょう。私なりに整理してみると、まず一つ、憲法で言う「個人の尊厳」に直結する行政分野である点を指摘したいと思います。

例えば、労働安全衛生行政が目的とする労働災害の防止は、労働者の命をまもる営みです。また、職業性疾病の予防も同様です。近年でも、石綿(アスベスト)障害、原発事故に関連した放射線障害、胆管がん等、様々な職業性疾病に注目が集まり、労働行政の役割発揮が強く求められています。

また、労働者が失業という事態に直面したとき、求職者を支援する職業安定行政も個人の尊厳に直結したものです。言うまでもありませんが、失業は労働者とその家族の生活の糧を奪うばかりでなく、仕事を通じて担っていた社会的な役割、多くの人々との結び付きまでも奪い取り、労働者は多大な負担を背負うことになります。個人が公的な支援をもっとも必要とする局面の一つと言えるでしょう。

 憲法学者である佐藤功先生は、著書である『行政組織法』(有斐閣)の中で「新憲法が労働省の設置を要請した」と書いていますが、正に労働行政の充実なくして、憲法に新たに盛り込まれた多様な人権、ひいては個人の尊厳を保障し得ないことを示しているのだと思います。

 

(2) 社会の基盤をつくる労働行政

他方、労働行政は、社会全体の仕組みを見たとき、その重要な基盤を構成する部分に位置することが分かります。

例えば、社会保障の在り方が問われて久しいわけですが、現状を見ると、雇用の不安定化と低賃金化が、その財政基盤を大きく揺るがしていることは明らかです。雇用の安定と労働条件の改善は、社会保障制度を維持する前提とさえ言えます。

雇用均等行政が向き合う少子高齢化の課題も、世帯形成を困難にする労働の実態を抜本的に解決することなくして、小手先の施策でどうなるものでもありません。

また、私は『自殺対策を担う労働行政の役割と可能性』(労働法律旬報1723号、2010年7月)の中で、自殺者数と失業率の強い相関関係を指摘しました。また、この拙文の中では、自殺の「危機要因」を労働災害の分析で用いるフォールトツリー分析法に倣って整理すると、失業、生活苦、過労、健康障害等の労働行政が向き合うべき課題が実に多いことを指摘し、労働行政の充実が自殺対策の要諦であることを明らかにしています。

自殺をなくし、人間らしく生きることのできる社会の基盤づくりを労働行政が担っていると言えないでしょうか。

 

(3)行政は未来志向の存在

皆さんの中には、かつて法曹をめざしていた方もいるかもしれません。労働者の人権保障にあたって、司法(裁判)の役割が重要であることは言うまでもありませんが、司法の役割はあくまでの「事後処理」です。民事訴訟であれば、権利侵害があって、はじめて争訟性を満たします。刑事訴訟なら尚更です。

しかし、行政はどうでしょう。未来を予測し、権利侵害が起きる前に必要な施策を講じることができますし、本来、そうすべきです。その意味で行政は未来志向の存在です。

 労働行政がこうした志向と可能性をもっていることは、本来、その魅力、働きがいでもあります。

なお、労働行政のこうした側面を強調するだけでは、その本質には迫れないという議論もあるでしょう。

労働政策を含む社会政策の本質は、国家が総資本の立場から行う労働力保全策であり、その目的は、良質な労働力保全と産業平和であるとか、あるいは労働力の価値収奪(搾取)の抑制緩和策(妥協の産物)であるという、かつての論争が思い出されます。

こうした見方は、いずれも労働行政の一つの性格や成り立ちを言い当てていると思います。しかし、本質論が必ずしも実際の社会政策、労働政策の内容を規定するものではなく、逆に本質論と離れて、労働行政の具体的な施策や行政運営を労働者の実態に即して分析、検討すること自体、その意義を失わせるものではないでしょう。

 

2 労働行政の民主化

 

(1)「権利」としての労働行政の民主化

 

こうした大事な役割と魅力を持った労働行政ですから、私たちの労働組合(全労働)は長年にわたって、労働行政を民主化することを自らの目標に位置付けてきました。現在の綱領では、「真の労働行政の実現を期す」と表現しています。

ここで言う「民主化」とは、制度や考え方、あるいはそのプロセスをより民主主義的なものにするという意味ですが、具体的には、国民、とくに当事者である労働者の実態や意見が一層反映すること、そのことを通じて働く者の人権保障が一層深まることをさしています。

では、全労働という労働組合が、「労働行政の民主化」という課題を常に掲げてきたのはどうしてでしょうか。

私たちは、公務員(行政職員)ですから「法令の施行」を担います。その立場では、「悪法も法なり」であり、私たちは、所掌する法令を忠実に施行していく責務があります。その際、職務によって裁量に広狭がありますが、基本的に、当該法令の善し悪しに関わって自ら価値判断が入り込む余地はありません。その意味では、公務員にとって行政の民主化など議論する余地がないと考えることもできるかもしれません。言われたことを言われたとおりやればよいという姿勢です。

しかし、公務員労働者の多面的な性格をふまえるなら、それとは違った公務員の姿が見えてきます。著名な行政法学者である室井力氏(名古屋大学教授、当時)は、公務員労働者の性格を三つの側面から説明しています(室井力『公務員の権利と法』、1978年)。その三つとは、「国民・住民としての地位」「労働者としての地位」、そして「公務担当者としての地位」です。

「法令の施行」を担うのは、正に「公務担当者としての地位」にほかなりません。他方、 「国民・住民としての地位」「労働者としての地位」からは、まったく別の姿が見えてきます。

「国民・住民としての地位」からは、公務員であっても市民的権利が保障されるべきであり、国家公務員法上の守秘義務等との関係が生じるものの、自ら従事する行政の運営や関係法令の在り方に関わって、一人の国民、住民として意見を持ち、適切な方法で表現することが保障されるべきでしょう。

また、「労働者としての地位」からは、労働者として労働組合に加入し、民間の労働者・労働組合とも連帯し、労働法制、労働行政の在り方をより良く改めていく運動に加わることができます。実際、後にも述べますが、労働法制、労働行政の歴史は、多くの労働者の犠牲、そしてその克服をめざした労働運動の積み重ねの歴史と表裏をなすと言っても過言ではありません。

公務員労働者の多面的性格を考えるならば、私たちが労働行政の在り方を問い、その民主化のために発信し、運動することは、当然の権利であり、同時に、労働組合あるいは労働運動の大きな可能性でもあるのです。

 

(2)「責任」としての労働行政の民主化

私たちは労働行政に従事する中で日々、様々な疑問に遭遇します。そして、そのことに悩みます。法令や制度の不備が、本来、保障されるべき権利を侵害している事例、非効率な業務が漫然と継続されている事例、制度の欠陥が使用者あるいは労働者のモラルハザードを引き起こしている事例、近年では数値や件数を至上と見る人事評価制度が本来行うべき業務を困難にしている事例など、枚挙にいとまがありません。

何とかしたいと私たちは思います。思ってはいるが、有効な手立てがない。忸怩たる思いを抱きながらも、目の前に山積した業務に忙殺されている、というのが率直なところではないでしょうか。

ここで大事なことは、労働行政の現場で生じている様々な矛盾や問題点を積極的に発信しなければ、労働者・国民の多くはそれを知り得ないということです。その意味で、私たちが労働組合の活動を通じて発信を続けることは、私たちの責任と言ってもよいのではないでしょうか。

 責任を英訳すれば、responsibilityですが、レスポンス(応答)ができることという意味となります。私たちが労働行政に従事するからこそ、知り得る矛盾や問題点を発信していくことは、私たちだからこそレスポンス(応答)ができること、すなわち責任であると言えるでしょう。

もう一つ、興味深い指摘があります。

 ILO第81号条約(工業及び商業の労働監督に関する条約)の中で、労働監督制度の機能の一つとして、「現行の法規に明示的規定のない欠陥又は弊害について、権限ある機関に注意を喚起すること」を指摘しています。労働監督制度の本来的な機能の一つにこうした事項が掲げていることは、たいへん重要です。

 しかし、実際の行政運営の中で、このような機能がどれだけ意識され、また、どれだけ成果を上げているかという点では、まったく不十分です。行政の第一線から問題点を吸い上げ、新たな政策の立案や法案の策定に反映していくという、当たり前のプロセスが実際の行政運営ではほとんど機能していないのです。

逆に近年、「政治主導」という言葉がもてはやされ、政と官の関係をきちんと整理しないまま、現場の状況を一切考慮しないトップダウンの施策が広がっています。当然、うまくいくはずがありません。90年代後半から始まった新自由主義改革、具体的には、労働法制の規制緩和や市場化テスト等の民間開放、そして「小さな政府」を掲げた人員削減・規採用抑制等は、現場から発想したものではなく、労働行政の第一線に一層多くの矛盾を引き起こしたのです。

ILO条約が指摘する「民主化」のプロセスを機能させることも私たちの課題と言えるでしょう。

 

3 労働者の権利保障の歴史

 

行研活動の具体的な展開をお話しする前に、簡単に労働行政、とりわけ労働者の権利保障の歴史にふれておきたいと思います。

一つは、「8時間労働制」の原則です。数ある「労働基準」の中でもっとも古い沿革をもつ規制ですが、わが国では、労働基準法第32条に規定されています。その起源は諸説ありますが、代表的なものは、1886年(明治19年)5月1日、米国のシカゴの労働者が「8時間を仕事に、8時間を休息に、そして8時間を俺たちのやりたいことに」のスローガンを掲げ、デモンストレーションを行ったことに遡ります。メーデーの起源とも言われています。その後、ヘイマーケット事件などの多くの弾圧を乗り越えて、8時間労働制の実現を求めるアメリカの労働者のたたかいは世界中に広がります。そして、1919年のILO第1回総会で、「8時間労働制」の原則が第1号条約に定められ、国際的労働基準として確立するに至ったのです。この条約を、成立から80年以上も経った現在も日本は批准をしていません。しかし、現在の労働基準法に大きな影響を与えたことは間違いありません。

 また、労基法第5条の「強制労働の禁止」や職安法第44条や労基法第6条の「中間搾取の禁止」も、戦前の前近代的な労使関係の中で、深刻な人権侵害を直視する中でかたち作られてきたものです。

 わが国では、かつて暴行や脅迫によって労働を強制する悪弊が広く存在しました。建設業などであった「タコ部屋」はその典型ですが、それ以外の寄宿舎や風俗業等にも存在していました。また、わが国では、就職に労働ブローカーなどが介在し、賃金のピンハネ等の悪弊が広く存在していました。こうした中で、戦後、新憲法や国際条約の影響はもとより大きかったわけですが、こうした多くの労働者の犠牲を見過ごさず、それを克服する労働者の要求と運動があったからこそ、現在の規制が設けられたことを見逃してはなりません。

 さらに、昭和47年に成立した労働安全衛生法及び労働安全衛生規則等も多くの労働者の犠牲の上にできあがったものです。法案、政省令案の作成に当たった当時の労働省では、これまで発生した全国の死亡災害を徹底的に分析し、なぜその災害が起きたのか、どうしたらその災害が防げたのかを検討します。そして、その結果が労働安全衛生規則やその他の特別規則の各条に具体化されたのです。ですから、労働安全衛生規則等の1条、1条は「人柱」だと言われているのです。

 これらはごく一部ですが、こうした労働法制や労働行政に歴史をたどると、そこには、多くの労働者の犠牲があり、労働運動の積み重ねがあり、労働法制や労働行政がそのことと不可分で発展してきたことがわかります。決して、一部の政治家や官僚、あるいは学者が頭の中で立案し、実現させてきたわけではないのです。

 私たちは、労働行政の第一線で労働者の苦しみや悩みと日々向き合っています。あまりにも悲惨な事態を目の当たりにすることさえあります。

 こうした事態にどう向き合うか、それを通じて労働法制、労働行政の発展の歴史にどう加わっていくのか、行研活動はそれを考え、実践していくことでもあるのです。

 

4 行研活動の歴史

 

(1) 行研活動の始まり

 

全労働、そして全労働の前身である、全職安、全基準の綱領には、それぞれ「官庁の民主化と生活擁護」という文言が掲げられていました。 ここで言う「官庁の民主化」は、「労働行政の民主化」よりも、職場の民主化、すなわち、すべての職場に労働組合を作り、対等な労使関係を確立するという意味合いが強かったと思います。実際、全労働の結成(1958年7月)以来、次々と職場に労働組合(支部、分会)ができます。こうした全労働の組織の広がりが、労働行政の民主化を進める基盤を作ったと言えるでしょう。なお、統一した全労働の綱領は、前述したとおり、「真の労働行政の実現を期する」としており、当初から「労働行政の民主化」を結集の旗印にしていたことがわかります。

そして、全労働の結成(統一)から2年後の1960年4月、京都で「第1回労働行研全国集会」が開かれます。

そのときのスローガンは、「今日一日を国民のために生きよう」「今日一日を国民のために考えよう」「今日一日を国民のために働こう」「われわれ公務員労働者は今日一日を国民のためにたたかいぬこう」という四つです。

全国の各支部代表者に加えて、全日自労、日教組、自治労、京都総評、中労委労組などの代表も参加しています。彼らからも労働行政への率直な批判をもらいながら、討論が重ねられました。

この労働行研全国集会は、全労働の前身である全基準(とくに近畿、東京)、全職安の各行研活動の到達点を受け継いだ面がありますし、日教組の教研集会(1951年)、自治労の自治研集会(1957年)に学んだ面も大いにあったと思います。また、当時、職業安定局が実施していた「職業研究発表大会」に対しての「対抗軸」としても位置付けられていました。

全労働が全国集会の開催にあたって組合員に宛てた呼びかけ文(『行研活動を進めるために』、60年2月)は、こう言っています。

 「行政反動化の実態を正確に把握し、行政民主化を阻害しているものを究明し、それを広く国民に知らせるとともに、国民のための行政の具体的プランを作成することにより労働行政民主化の基礎を作り、われわれ自身の意識改造“役人根性”の払拭を行い、基本的労働運動の実践活動を強化発展させる」

やや回りくどい言葉使いですが、そのめざすところは伝わってきます。

また、こうした集会は当時、労働運動全体の中でも積極的に受け止められます。全労働は当時、総評に加盟していましたが、総評第15回大会(1960年8月)では、「行政民主化の闘いは、単に国公各単組の闘いとせず、労働者全体が国民的な結集の場において積極的に闘ってゆくことが大切である。とくに現在、農林、国税、労働等では、日教組、自治労の研究集会に学んで、農林行研、税研、労働行研等の活動を行っているが、(中略)この種の活動を総評は全体的視野に立って積極的に援助し指導する」との方針を決定しています。

この場では詳しく述べる余裕はありませんが、1960年当時の社会情勢、とりわけ労働運動の昂揚と合わせて考えてみると、興味深いと思います。

 

(2)“保護・救済”から、“たたかう行研”へ

 

その後も全労働は、労働行研を運動の主軸に据え、労働行研全国集会(全国調査を含む)が継続的に重ねられます。1964年の第5回労働行政研究全国集会の総括文書では、「われわれは労働者の立場に立つと言ってもまだまだ観念的であり、どちらかというと第三者的立場にあったということができる。従って、失対労働者に対しては仲間というよりむしろ“気のどくだ”という態度があり、また、基準関係の仲間の中にも中小企業の労働条件や災害に対して、仲間としてともに苦しむというより、“気のどくだ”とする立場に立ち、それだから監督官がすくい上げるという聖職意識につながるものが多かった」とし、困難を抱えた労働者に公務員労働者としてどう向き合うべきか、どのような役割を果たすべきかを真剣に議論してきた経過がうかがわれます。

そして、こうした議論を深めながら、1974年5月の第13回労働行研全国集会では、これまでの四つのスローガンの「国民のために」の部分を「国民とともに」とあらためます。

 

 今日一日を国民とともに生きよう

 今日一日を国民とともに考えよう

 今日一日を国民とともに働こう

 われわれ公務員労働者は今日一日を国民とともにたたかいぬこう

 

これが現在に至る行研活動のスローガンです。

法制度の担い手として弱い人たちを救済するという意識から抜け出し、法令や制度そのものに目を向け、労働者の連帯の力でその変更を迫っていくたたかいに働く者の一人として加わっていくことを呼びかけたものと言えると思います。

 実際、法制度の変更をなしとげるには、労働者・国民のとともに考え、運動することなしにはなしえません。そこまで含んで、労働行研は始めては実践的な意味を持ちうるのではないか。当時、“保護・救済”から、“たたかう行研”へという言葉が用いられましたが、そのことを端的に表現したものと言えるでしょう。

 

(3)『これが労働行政だ』の発刊

 

こうした行研活動を到達点を背景にして1975年の春闘で提起されたのが「行政酷書運動」です。

労働行政の実態を明らかにするため、組合員一人ひとりが日常の出来事を「手記」として書き残し、集約・公開していくというユニークなとりくみです。そして、その手記をもとに翌年、発刊されたのが『これが労働行政だ−労基署・安定所職員の手記から−』(全労働編、労働教育センター)です。500頁に及ぶ大部の労作です。

 『これが労働行政だ』の冒頭に、『怒りを込めて わが河をふりかえれ』と題した詩がが掲げられています。「行政酷書運動」がどうとりくまれたのか、組合員がどう受け止められたのかが垣間見えます。その一部を紹介します。

 

 2万の仲間が メモ用紙を見つめた

 このとき この運動のなかで みんなが考えた

 仕事上の具体的な経験を

 苦しみを 悲しみを

 ながい ながい年月を ふりかえった

 

 1枚1枚 積み重ねられた  記憶のカンパス

 喜びのカンパスは  数少なくなかった

 心に 腹に 重く落ちて

 いま なお 忘れることのできない 体験が

 あざやかに よみがえった

 

 しかし、書きしるすことは つらかった

 仲間は 想い出すだけで つかれはてた

 

(中略)

 

 メモを書きつづった 6千名の仲間は 思った

 しなくてはならないことを しなかったこと

 してはならないことを したこと

 はずかしさで 顔があからみ 背筋が冷たくなる おもいをしながら

 その事実の一つ一つを しっかりと記憶しておこうと

 

この本が、単なる「内部告発本」ではないことがわかります。

なお、言うまでもないことですが、「しなくてはならないことを しなかったこと」「してはならないことを したこと」というのは、何か不正をしたという類のことをさしているのではありません。法令や制度に内在する矛盾の中で、あるいは不十分な行政体制の中で、労働者の権利を守ることができなかったこと、労働者の命を守ることができなかったことの一つひとつに、自らも一人の労働者として、また一人の生活者として向き合うことによってわき出てくる思いです。

こうした思いと向き合うことはたいへん辛いことですが、その経験を自らを照らす「鏡」とし、労働行政の民主化に向けた、たたかいのエネルギーとしていこうという決意の表れでもあると思うのです。

 

(4)「対症療法型」と「根治療法型」

 

さて、労働行研活動が重ねられる中で、「実践」の大切さが強調されてきます。そしてその中身が問われてきます。この「実践」をめぐっては、「対症療法型」と「根治療法型」という言葉が使われてきました。

少し、具体的に考えていきましょう。

 例えば、雇用保険の離職理由の判定をめぐる課題があります。これは労働行研活動の中で繰り返し議論されてきたテーマであり、近年では、第21回行政研究活動(1993年〜1995年)で大規模な求職者(受給者)アンケートがとりくまれています。その中で、離職票に記載された離職理由と離職に至る実際の経過を比較検討していくと、離職票では「自己都合」と記載されているが、実際は、「長時間労働」「低賃金」「上司や同僚との折り合い」など、離職に至る様々な事情が背景にあり、「退職せざるを得ない実態」「会社都合と同視できる実態」が見えてくるケースが明らかになります。また、求職中の労働者(受給者)の実情も調査し、給付制限がもたらす、生活や求職活動を行っていく上での様々な困難も明らかになります。

「自己都合」と判定されると、失業給付の給付制限が設けられることになります。書面上は「自己都合」という判断に疑義がなくても、あるいは本人の申立がなくとも、詳細な事実関係を聴き取ることで、現行法令や業務取扱要領の枠内で給付制限を外し、こうした矛盾を回避できる部分が少なくない。それを徹底してとりくむという「実践」が呼びかけられてきました。たくさんの求職者が訪れ、何時間もの待機(待ち時間)をお願いしなければならないハローワークの窓口で、一人ひとりの事情を聞き出し、事業主にも一つひとつ確認を取りながら、丁寧に事実を認定していくことは至難ですが、非常に重要な取組であると思います。

 これに対して、雇用保険制度そのものに目を向ける議論があります。離職理由の如何で給付制限を設けること自体、あるいは設けるにしてもにその在り方に問題はないのかというという議論です。今日では、離職理由は給付制限の有無に止まらず、給付日数にも大きく影響を与えます。その在り方自体を問う意味は大きいと思います。

 この点では、雇用保険制度の趣旨に遡って考えてみることが大事です。それは失業後の生活保障であり、適職への再就職の支援であると言われています。

 労使の原生的な関係を見ると、「労働者はその経済的な力の弱さゆえに、自己の好まざる使用者に、自己の意に満たない条件で雇われざるを得ず、結果として著しく劣悪な労働条件で働くことを強制される関係」と言えます。労働者にとって、働くことで得られる賃金は、唯一の生活の糧であり、その労働力を売ることでしか生活することはできないし、しかもその売り惜しみができないことから生じる関係性です。労働法の本では、決まって冒頭に出てくる解説です。

失業中の労働者にとっては、この関係性がもっとも過酷に現れます。雇用保険制度は、このような労働者の生活を保障することで労使の対等な関係性を回復し、労働者が適職に就くことを公的に支援する制度です。また、今日では、労働者に非人間的な労働を強い、使い潰していくことを何とも思わない企業が跳梁跋扈しています。いわゆる「ブラック企業」です。こうした企業で働く労働者にとって、雇用保険制度はそこから逃れるための「後ろ盾」でもあるのです。

 そうであるなら、離職理由の如何を問わず、真剣に求職活動をしていく労働者(求職者)を支援することは必要なことであり、離職理由を持ち込んでペナルーティ的な給付制限をかけるべきでないという考え方が出てきます。また、今日の深刻な雇用情勢の下では、給付日数を再考することも必要です。雇用保険の補足率が年々低下し続けていることを皆さんもご存じでしょう。こうした中で、米国のオバマ政権でさえ、米国の厳しい雇用情勢を受けて、失業給付期間を大幅に延長しているのです。その中身は、従来の26週に対して99週です(2012年現在)。わが国の給付水準は、あまりにも脆弱だと言えないでしょうか。

こうした法令、制度に踏み込んだ見直しを図るには、大きな運動が必要となりますが、幅広い労働者・労働組合との共同を広げながら実現をめざしていく取組が提起されています。

以上の違いをとらえ、前者を「対症療法型」、後者を「根治療法型」として整理することができます。

なお、職業安定行政の分野は、もともと形成されている各労働市場(地域)の特性をふまえた運営をしていますから、労働基準行政と比較すると裁量的な部分が認められています。それゆえに、「対症療法型」の実践が提起されることが多かったかもしれません。

 これに対して労働基準行政では、労働基準監督にしても、労災補償にしても、斉一行政を掲げていることから分かるように、「根治療法型」の提起が多かったように思います。

 例えば、第22回行政研究活動(2002年〜2005年)では、全国の労働基準監督官1147名から意見を集約しながら、「サービス残業・長時間労働を生み出す構造とあるべき改革方向」と題する分析と提言をまとめています。具体的には、)(1)労働時間の上限規制と罰則強化、(2)時間外労働の協定制度の厳格化、(3)労働時間の把握義務の強化、(4)割増賃金制度の抜本的な改善、(5)労働基準法等の要件・定義の明確化、(6)年次有給休暇の取得促進にむけた新たな措置、(7)休息・生活時間の確保に向けた新たな措置、(8)行政体制の充実等の法改正を提起しています。

こうした到達点は、その後の法改正をめぐる取組に生きてきます。

 2006年の労働基準法「改正」をめぐっては、米国のホワイトカラー・エグゼンプション制に類似した制度(自己管理型労働制)の導入が浮上してきます。財界の強い要望を受け入れたかたちです。こうした状況の中で、全労働の組合員(多くは労働基準監督官)が、地域の民間労働組合に出向き、手弁当で学習会の講師を買って出ながら、労基法「改正」の問題点を明らかにし、あるべき労働基準法の在り方を訴えました。そして、運動の広がりの中でホワイトカラー・エグゼンプション導入の企てを頓挫させることができたのです。

 「対症療法型」と「根治療法型」は、どちらが重要で、どちらが重要ではないというものではなく、いずれも視野に入れていくべきことだと思います。

 

(5)行政研究活動の日常化

 これまで見てきたように全労働の行研活動の特徴は、労働行政の第一線から労働者の実態、行政運営の実態を明らかにしていく姿勢であり、その実態を出発点とし、実証的な研究を進めるという点です。そのため、議論にあたっては、労働者や求職者、中小事業主等を対象にしたアンケートや聴き取り等をとりくみ、その分析を前提に議論を進めることも多く、その中で私たち自身が「新たな発見」をすることも少なくありませんでした。

また、単に調査・分析することに止まらず、行政の実態を広く発信していくことや、求められる対応を明らかにし、実践していくことを重視してきたました。

1995年の第21回労働行研集会以降、全国規模の集会を定期的に開催することが困難となってきた事情もあり、行政研究活動を各級機関あるいは各職場で日常化していくことを追求されてきました。

折しも、1990年代後半から新自由主義的改革の動きが広範な分野に多様な手法で広がります。当然、労働法制の見直しも相次ぎます。こうした改革に通底するのは、経済的規制だけでなく、労働分野を含む社会的規制に至るまで規制を徹底的に廃し、自由な競争を促進するなら、すべてが「最適な状態」に至るという考え方です。

こうした空論とも言うべき、机上の理論に対して、全労働はいくつもの提言・見解を策定、公表します。これらは、この間の行研活動と同様、労働行政の現場から見た労働者の実態や行政運営の実情を出発点においたものです。職場の代表を集めたプロジェクトチーム等が中心となって策定したものも少なくありません。

最近では、2010年12月の「ハローワークの地方移管を求める主張と反論」や2012年1月の「『有期労働契約の在り方について』(建議)について」等が、注目を集めました。

また、行政運営の実態とその課題を具体的に明らかにする新たな方策として、職域ごとに「匿名座談会」を開催し(これまで労働基準監督、安全衛生、労災補償、需給調整、適用徴収等で開催)、その記録を取りまとめ、公表していくことを続けています。また、春季あるいは夏季に職域別の討論集会を開いて議論を重ねている支部や地協も少なくありません。

他団体とも共同したシンポジウムや学習会・講演会等も中央、地方で開催されています(中央段階では、2010年10月の緊急フォーラム「地域主権改革で脅かされる労働者の権利」や2012年1月の「原発被曝労働国際シンポジウム」(脱原発世界会議)等)。

2003年からは、多くの研究者の協力を得ながら、『季刊労働行政研究』誌を作成しています。日常的な行政研究活動の素材として、ぜひ活用してください。

さらに、全労働青年協議会がこの間、全国規模の「業務研究集会」を青年協の重要な結集軸の1つと位置付けて毎年開催し、報告書を取りまとめています。

そして、10年ぶりとなりますが、2012年秋から第23回労働行研活動が取り組まれており、2013年6月に全国集会(都内)が予定されています。

 

5 労働行政研究の対象

 

労働行政と一口に言ってもたいへん広範な分野に及びます。そのどこをどう民主化するのか、その答えは、皆さんが従事している「現場」にあると言えるでしょう。もっと正確には、一人ひとりが向き合う労働者の実態の中にあると言うべきでしょう。

例えば、過労死、過労自殺が後を絶ちません。私たちは様々な業務を通じてそのことと向き合っています。過労死、過労自殺が増加した要因は、労働時間規制の不十分さや成果主義の広がりなどが指摘されています。しかし、あらためて一つ一つの出来事に即して、その背景、原因、有効な対策を皆で検討していくと、見過ごされていた要因や新たな対策の可能性が見えてきます。また、遺族や弁護士が中心となって、基本法(プログラム法)としての「過労死防止基本法」制定に向けた運動が広がっています。こうした運動に行研活動を通じて参加していくこともできるのではないでしょうか。

近時、労働市場の流動化が必要であるとし、解雇規制をもっと緩めるべきとする論者がいます。現行の解雇規制が若年者の雇用を奪っているとか、労働者の転職希望を阻害しているという指摘もあります。研究者の中にも、わが国の解雇規制(判例法理)は、諸外国と比較して厳しすぎるという者がいます。諸外国の実定法と日本の判例法を比較しているのでしょう。しかし、こうした議論は、労働行政の第一線から見ると、立法事実をはき違えていると思わざるを得ません。私たちは、多くの労働者がいとも簡単に解雇されていくこと、そして、その多くが泣き寝入りを余儀なくされていることを知っています。とくに近年、「使い捨て体質」の職場が広がり、乱暴な解雇や退職強要が広がっている現実を目の当たりにしています。こうした実態からは、如何に雇用を守るのかという議論こそ必要と言えるでしょう。

また、法令の在り方以外にも、課題はたくさんあります。

例えば、私たちは日々、零細事業主の苦悩とも向き合っています。こうした零細・中小事業主を対象とした助成金や奨励金がいくつも措置されていますが、これらは真面目に雇用を守りたい、労働条件を確保したいと願う事業主のニーズに本当に合致しているでしょうか。かえって、モラルハザードを引き起こし、非効率な行政運営を招来させている面はないでしょうか。

あるいは、現在の人事評価制度の運用は、数値や件数が重視される傾向が強く、本来、行わなければならない業務(例えば、時間をかけた丁寧な相談や困難な事案への挑戦)が難しくなっている面はないでしょうか。

 PDCAサイクルの運用も第一線の実情を企画・立案に生かす運用となっておらず、現場だけで完結する「目標必達のツール」となって、非効率な運営をいつまでも克服できないでいないでしょうか。

さらに、労働基準行政の「新人事制度」(労働基準監督官の専管事項の拡大と技官・労災事務官の採用・育成の停止)が、安全衛生職域、労災補償職域で、長年の経験を通じて蓄積されてきた「専門性」の伝承を難しくしていないでしょうか。

 私たちにとって、民主的な労働行政の運営、そして高い専門性を備えた労働行政の運営を阻むすべての事柄が行政研究の対象となり得るのです。

 

6 行研活動の今日的役割

 

最後に行研活動の今日的な役割について指摘します。

労働行政は多くの課題を抱えています。中でも行政体制(人員)を如何に確保するかが、大きな課題となっています。しかし、行政=無駄といった乱暴な主張がまかり通り、常軌を逸した「新規採用抑制」が強行されています。例えば、平成25年度(1年間)の地方労働行政職員の採用上限(全国)は、労働基準監督官が46名、共通採用事務官が43名です。これによって新たに数百人の欠員が生じることになるでしょう。

私たちは、新規採用抑制に反対し、行政体制(人員)を拡充することを求めていますが、その前提として、現在の労働行政の実態や問題点を明らかにすること、そして、必要な人員、必要な人材とはどういうものか、それによってどのような行政運営が可能になるのかを示していくことが大事です。こうした理解が進んで始めて、行政体制(人員)の拡充を求める要求にも多くの賛同と支持が寄せられるのではないでしょうか。

また、諸外国の労働行政の体制や実情に学ぶことも重要です。

 例えば、労働基準監督官の数で見ると、日本の2,941人(2010年)に対して、ドイツは6,336人(労働力人口は日本の約3分の2)、イギリスは2,742人(労働力人口は日本の約2分の1)です。しかも、ヨーロッパの実情を見ると、労働時間の規制は産別労使協定による部分が大きく、労働(基準)監督官の任務はもっぱら労働災害防止です。こうした実情も考慮すると、日本の体制が如何に脆弱かが分かります。これによって、毎年の監督実施率がわずか3%〜4%という由々しき事態が生じているのです。

他方、職業安定行政の職員数はどうでしょう。主要国の職業紹介機関(ハローワーク)の職員数を、職員一人あたりの失業者数で比較すると、イギリスは23人、ドイツは37人、フランスは46人、これに対して日本は283人となっています。非常勤職員の数を加えたとしても推して知るべしでしょう。face to faceの求職者への支援が如何に脆弱であるかが分かります。ちなみに先進国のハローワークで行われている職業相談(カウンセリング)は、プライバシーを確保した個室内が当たり前です。衝立一枚で仕切られたカウンターで行わざるを得ないのは日本ぐらいです。

こうしたことを一つひとつ明らかにする中で、行政体制(人員)の拡充を説得力をもって訴えることができるのです。

行政研究活動の目的は、労働行政の政策、施策、運営等の民主化ですが、行政体制を確立する要求も民主的な行政運営の重要な条件であることから、これらを一体で進めていく必要性が高まっているのです。

もう一つ指摘します。地域主権改革と称しながら、ハローワークの地方移管を声高に唱える人たちがいます。これは勤労権保障を担う国の責任を放棄することに等しく、ILO第88号条約に明白に違反することから、先進諸国に例を見ないものです。

とは言え、国民の目から見ると、なぜ国が担うべきなのか、地方自治体ではどうしてうまくいかないのか、分かりにくいところでしょう。

この点で「誤った選択」をしないためには、私たちが行政運営の実態、すなわち、(1)労働者の就職(企業の人材確保)支援は、自治体の枠を超えた効率的な対応が求められること、(2)雇用保険収支は、地域間格差が大きく、自治体ごとでは保険制度として成り立たないこと、(3)雇用の確保は、国が担う労働基準の遵守や均等待遇の確保と一体で行う必要があることなどをきちんと指摘し、分かり易く説明していくことが求められています。

 さらに言えば、労働行政の縮小・解体に向かう動きにしっかりと反論すると同時に、本来、進むべきもう一つの道筋(対抗軸)を積極的に示していくことも大事です。その意味でも行政研究活動を進めていくことが重要です。その意味で、今日の行研活動は、行政体制確保、行革、地方主権改革などの課題と表裏の関係にあると言えるでしょう。

 

7 行政研究活動を進めるにあたって

 

 今後、行政研究活動を進めるにあたって、次の3点を指摘して終わりたいと思います。

 

(1)「考え続けよう」

 

皆さんはこれまでも様々に研鑽を積んでこられたと思いますが、労働行政に従事する者として、現場に学ぶ、労働者に学ぶという姿勢を大事にしていただきたいということです。その中で、あるべき労働行政の姿を追求してほしいと思います。もっと身近な表現で言えば、よりよい仕事、より高い専門性と言い換えてもよいでしょう。ここで言う、よい仕事というのは、上司の覚えめでたい仕事という意味ではありません。そうではなく、労働行政の目的を常に意識し、「全体の奉仕者」としての役割を考えていくという意味です。

行政経験を積んでいくと、私自身もそうでしたが、日々の忙しさの中でどうしても「受け身」の姿勢が身に付いてしまう、現状に疑問を感じなくなってしまう傾向があると思います。しかし、よりよい仕事、より高い専門性とは何か、それを考え続けることが、自らを公務員としても、労働者としても成長させることになると思います。

 

(2)「語り合おう」

 

そして、一人で考えるだけではなく、仕事の中で感じた疑問や悩み、あるいは課題を発信していくことが大事です。最近は、多忙な職場実態が反映し、職場単位の勉強会も少なくなったと聞いています。しかし、そういう実情だからこそ、同僚同士、先輩や後輩と疑問や悩みを語り合う場が重要です。

その中で共感が広がったり、悩みが解消したり、問題意識をより深めたりすることができます。こうした語り合う場を労働組合の活動の中で意識的に提供していくことも追求してみてください。

 

(3)「行動しよう」

 

その上で、職場の内外で行動していくことを考えていきましょう。行動すべきことの中には、自らの裁量でできることもあるでしょう。他方、冒頭にも触れましたが、行政官としての「限界」に突き当たることも少なくないでしょう。しかし、その「限界」を乗り越えることができるのが、労働組合なのです。

 職場に労働組合があり、民主的な労使関係が形成されているなら、上司からの「不当な圧力」に正しく反論することも可能です。また、制度や法令の問題点を明らかにし、幅広い労働者・労働組合との連帯の力で改正させていくことも可能です。

 これらは、労働組合の可能性であり、重要な役割です。青年協の皆さんが、こうした労働行政研究活動の担い手として、活躍されることを心から期待しています。

 

                   (もりさき いわお)

 


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