全労働の活動・とりくみ

原発被曝労働国際シンポジウム
原発被曝労働国際シンポジウム実行委員会

原発から脱却を進める方策を話し合う「脱原発世界会議」が1月14・15日、パシフィコ横浜で開催され、約1万1,500人が参加しました。
2日目の1月15日、新聞労連、首都圏青年ユニオン、全労働省労働組合などの企画で「原発被曝労働国際シンポジウム」を開きました。
本稿は『労働法律旬報』1768号(2012.5月下旬号)に掲載されています。

実行委員会代表 河添 誠(かわぞえ まこと:首都圏青年ユニオン)
司会      森崎 巌(もりさき いわお:全労働省労働組合)
パネリスト   布施 祐仁(ふせ ゆうじん:ジャーナリスト)
西野 方庸(にしの まさのぶ:関西労働者安全センター)
paul jobin(ポール・ジョバン:社会学者、パリ・ディドロ大学東アジア学部准教授)
大川 一男(おおかわ かずお:元原発労働者)

はじめに ―シンポジウムの趣旨−

河添 私はこのシンポジウムの実行委員長を務めます、首都圏青年ユニオン書記長の河添と申します。
この企画は、新聞労連、首都圏青年ユニオン、全労働省労働組合、マスコミ文化情報労組会議という、労働組合が主催するシンポジウムです。
ご存じのとおり、いま福島第一原発で、大変な被曝量のなか、原発労働者が働いています。もちろん事故があろうがなかろうが、原発がある限り被曝労働がともないます。
今回、事故が起こってしまったもとで、どのような被曝管理が必要なのか、社会全体としてどのような放射線管理が必要なのか、私たちに何ができるのかを考えていきたい、そういう立場でこのシンポジウムを企画しました。
いま原発を本格的にすべて廃炉できるのかどうか、再稼働を許すのかどうかということが大きな争点になっていますが、もし政策決定で原発をただちに止めて再稼働させずに廃炉に向かうと決定したとしても、廃炉に要する作業というのは数十年、いや100年以上かも知れません。そこにはどうしても被曝労働は残っていきます。この問題をどう考えるのか、今日は国際比較も含めて議論を深めたいと思います。

森崎 司会を務めます全労働省労働組合の森崎と申します。
私から最初に、ご参加のパネリストのみなさんをご紹介させていただきます。
私のお隣りからポール・ジョバンさん。フランス出身の社会学者であり、日本をはじめ、フランス、台湾の原発事情にくわしく、きょうは国際比較の観点からコメントをいただきたいと思います。
そのお隣りが西野方庸さん。関西労働者安全センターの事務局長であり、この間、事故後の政府との交渉等にも積極的に参加してきた、労働安全衛生の専門家です。
そのお隣りが布施祐仁さん。ジャーナリストとしてこの間、事故後の原発労働者の実情について発信を続けており、いわき湯本では労働者と同じ宿に泊まりながら取材を続けてこられたと聞いています。
そのお隣りは原発で実際に事故前も事故後も作業に従事してこられた大川さんです。
さっそく本題に入りますが、最初にいまの福島第一原発の被曝労働の現状を明らかにしたいと思います。まず、布施さんから大川さんへのインタビュー形式で、福島第一原発の作業内容、安全対策あるいは雇用管理の実情について報告をお願いします。

A 福島第一原発の雇用管理の実態

福島第一原発作業員への聞き取り

布施 ご紹介いただきました布施と申します。3月11日、福島第二原発で私の知人が働いていたこともあり、それ以来この取材をしています。ほぼ毎月、原発の周辺地域、主に福島第一原発から南に約40キロのいわき市に通っています。いわき市内の旅館やホテルが、福島第一原発で事故対応に当たっている作業員のみなさんの宿泊先になっています。
これまで、だいたい50人近くの作業員の方から聞き取りをしてきましたので、その内容をお話したいと思います。
この取材を始めるまで、原発で働いている方は原発内のことを話してはいけない、箝口令が敷かれていてなかなか話してくれないと聞いていました。ですから、100人に声をかけて1人に話してもらえればいいかぐらいの気持ちで行ったのですが、いざ声をかけてみると多くの方が協力してくれました。やはり現場の状況に対して、いろいろ不満があるのです。でも、東電や会社に対して直接それを言うのは難しい。だから、メディアにそれを取り上げてもらって問題にして欲しい、という思いを感じました。
なぜ、本人たちが直接声を上げるのが難しいのかは、このあとの大川さんへのインタビューでも見えてくるかと思います。

〔インタビュー〕
布施 大川さん、これまで何年ぐらい福島の原発で仕事をされてきたのでしょう。

大川 延べ15、6年間、働いてきました。

布施 いろいろな作業をされてきたと思いますが、主にどんな作業をされてきたのですか。

大川 空調関係の仕事です。配管とかダクト関係の仕事です。

布施 みなさんは原発内の作業のイメージがなかなか湧かないと思うのですが、原発内の場所でいうとどのあたりですか。

大川 リアクターからラドから、ほとんど建屋の内部で仕事をしてきました。
布施 リアクターというと原子炉建屋ですね。原子炉のお釜がある建物で、ラドというのは廃棄物を処理する施設です。

「福島第一原発の緊急作業従事者の被曝線量」(表1を見てください。そこに事故後、6月30日までに入っていた事業者・労働者の数がありますが、このように原発で働いている東電社員というのはそんなに多くないのです。大多数は東電が「協力企業」と呼ぶ下請け業者の作業員ですが、大川さんの会社は、だいたい何次下請けで入っていましたか。

大川 私は4次です。1年、1年、契約をする契約社員だったのですが、形式上は「一人親方」扱いでした。

布施 「一人親方」ということは、雇用契約ではなく、工事の請負いということですね。

大川 そうです。ですから、給料も「工賃」としてもらい、雇用保険にも加入していませんでした。

布施 でも、実際は1日いくらの日当としてもらっていたんですよね。日当はどうでしたか。

大川 私の原発の1日の賃金は1万5000円。7次、8次にいくと9000円、8000円、7000円などとなり、差があります。

布施 作業中にケガをすることもあるかと思うのですが、そういった場合、労災は出るのでしょうか。

大川 よほど大きいケガでない限り、表には出ません。みんな伏せます。その原因は、ケガをしたことが東京電力にわかってしまうと、後々会社にちょっとした「何か」があるのです。はっきり言えば、仕事がなくなってくるのです。だからケガは伏せて、なるべくその下請けや個人で負担をします。
布施 大川さん自身もケガをされたことありますか。

大川 ありました。リアクターでサンダー(配管を切断する工具)を使っていた時、弾みで手を少し切ってしまいました。傷口にテープを巻き、ガードマンに気づかれないようにリアクターを出て、すぐ病院に行って治療したのですが、医者に行くとどこでどういうふうにケガをしたのかを聞かれます。そこでは、「自分の家でやりました」と言わないと駄目なのです。本当のことを言ったらその会社は終わりです。自分の首を絞めることになるから、伏せるのです。

布施 隠しようのないケガの場合はどうするのですか。

大川 指を落としたとか、骨折したとか、高いところから落ちたとか、そういうことはほとんど伏せることは不可能です。

布施 前に、リアクターで作業中にカッターを太ももに刺してかなり出血したけど、それでも隠したという話を聞きました。

大川 私は、現にそれを見ています。塩ビのパイプをカッターで削っているときに、カッターが折れて太ももを30センチぐらい切ってしまったんです。それも結局、労災にしないで、会社が治療費や仕事ができない期間の給料の面倒を見て、東電にわからないようしていました。それがもしわかったら大変です。

布施 大川さんは、震災後も事故収束の作業に入られていますが、その仕事の話がきたときに、引き受けたお気持ちを教えてください。事故後の福島第一原発は、事故前とは比べ物にならないくらい線量も汚染も高かったと思うのですが、なぜ引き受けたのでしょうか。

大川 3月の終わりごろ、埼玉に避難している時に、友達から連絡が来ました。当時はまだ東京電力からの補償は一切出ていなかったので、生活費を稼ぐためにも働かなければならないと思って、4月6日から福島第一に働きに行きました。

布施 現場では、どれぐらいの線量を被曝しましたか。

大川 現場に入ったのはだいたい1日2時間。2時間で4ミリシーベルトくらい食いました。それを4日間ですから、だいたい16ミリシーベルトくらいです。

布施 私たちがよく使っているマイクロに換算すると、1万6000マイクロシーベルトですよね。事故前ではありえない数字ですよね。
大川 事故前は1年間で多くて2ミリだったのが、それを1時間で食ってしまうんですから想像もつかない数字です。

布施 健康面での不安はありませんでしたか。

大川 はっきり言って、これまでずっとそういう仕事に従事していたわけですから、不安はなかったです。年齢も年齢ですから、あとあとのことは考えない。まず生活が大事だということが念頭にありましたから。それに、原発作業員は、(外部被曝した)線量が4ミリだろうが5ミリだろうが、内部被曝さえしなかったら大丈夫だという頭があります。

布施 内部被曝はどうだったのですか。

大川 登録を解除する時に、新潟の柏崎に行って(ホールボディカウンターで)測ってきましたけれど、結果はまだ聞いていません。

布施 震災直後の作業について、日当数十万円という報道もありましたが、実際はどうだったのでしょうか。

大川 現に1日15万円貰った人がいるという話は聞いていました。私も、少なくとも5万円ぐらいは貰えるのではないかという浅はかな気持ちで行ったのですが、蓋を開けてみれば1万8000円でした。

布施 事故前より3000円プラスされていたということですね。それについては、どう思っていらっしゃいますか。

大川 自分の気持ちとしては、もっと貰いたいですけれども、上が出さないといったらそれまでです。裁判にかけようが何しようが、いつになるかわからない。早くいえば泣き寝入りと同じことです。

布施 時間の関係で大川さんへのインタビューはここで終わらせていただきます。

ずさんな「放射線管理区域入域前教育」

布施 補足して私から、事故後の福島第一原発の現場の状況について、取材でわかったことを少しお話させていただきたいと思います。
大川さんは15年間福島第一原発で働いてこられたとのことですが、震災後の緊急作業には、それまでまったく原発で働いた経験がない労働者がかなり入っています。
事故発生直後の3〜4月、そういう方々に取材すると、現場に入る前にほとんど(放射線に関する)教育がされていないことがわかりました。大川さん、通常は原発で働くには、事前に教育を受けないと入れないですね。

大川 そうです。

布施 放射線管理区域入域前教育といって、最低5時間の教育を受けなくてはいけないと法令上定められているのですが、今回の緊急作業では、Jヴィレッジで30分程度説明を受けただけでいきなり現場に入ったという人がたくさんいました。

 資料の表2では、6月中の「安全衛生教育の実施状況」でほぼ100%実施済となっていますが、事故発生から3ヵ月以上経った6月末になってようやく教育が義務付けられたのです。


その結果、どういうことが起こったか。
事故後の福島第一原発の敷地内は、高レベルで汚染されています。放射性物質を体内に取り込んで内部被曝しないように、全面マスクをつけて作業するのです。通常時も、定期検査で原子炉のお釜の中に入って作業するときなどには、全面マスクをつけます。そのときに一番まずいのは、空気漏れをすることです。だから、現場に行く前に、漏れていないか確認するリークチェックというのを必ずやります。これは、東電がつくった入域前教育のテキストにもきちんと書かれています。
しかし、私が取材した作業員のほとんどが、こんな基本的なことすら教わっていませんでした。よく報道などで、「マスクが曇ってしまい大変だ」といった作業員の声が紹介されていましたが、マスクが曇るというのはどこかが空気漏れしていることらしいのです。私が取材した原発未経験の作業員も、みんなマスクが曇ったという話をしていました。なかには、拭くために現場でマスクを外していた作業員もいたといいます。こういうことは、きちんと事前教育すれば防げることですが、それがされていないために被曝するということが起こっていました。
また、被曝の危険性やリスクについてもきちんと教育を受けていないために、その日の仕事を終えてバスに乗り込んだ瞬間、マスクを外してタバコを吸い始める作業員もかなりいたそうです。バスの中とはいえ、まだ原発の敷地内で、内部被曝の危険性があります。そういう人がいても、元請けの現場監督は注意しないで、「自己責任ですから」などと責任逃れをするような発言をしていたという話も聞きました。
6月以降、法令で定められている入域前教育が義務付けられた後も、教育などで説明している内容と実際に現場でやられていることが全然違うという話をよく耳にしました。
ゴールデンウィークを過ぎたころから熱中症で倒れる作業員が続出して、東電も、1時間作業したら休憩所で水分補給とれるように改善したと発表しました。実際、作業前の朝礼でも、1時間作業したら1時間休憩をとるといった説明がされるそうです。でも実際に現場に行ってみると、工程が最優先で、休憩どころか昼食も抜きで4時間ぶっ通しで作業させられたとか、オモテで言っていることとやっていることが全然違うという話をよく聞きました。

重層下請け構造がもたらす問題点

あと、原発では、予定外作業は絶対にしてはならないという決まりがあります。これもテキストにしっかり書いてあります。原発では被曝するおそれがあるので、事前に綿密に計画してから現場作業に臨むのです。しかし、ある作業員は、現場で突然、監督から建屋の中に鉛を敷きに行ってくれと指示されたといいます。鉛を敷きにいくということは、それだけ線量が高いということです。にもかかわらず、どのくらい線量があるかも聞かされず、放射線量を測定する放射線管理員も同行しませんでした。こういう非常に危険なことがやられているのです。
給料の面でも、事前に聞いていた話と実際にもらった金額が違うという話はよく聞きました。ある労働者は、福島に行く前は原発から20キロ圏内の仕事と聞いていたのに、いざ行ってみたら原発敷地内、それももっとも線量の高い原子炉建屋内に鉛を敷きにいく作業をさせられて、しかも日当も当初は1万5000円はもらえると聞いていたのが、実際に支払われたのは1万1000円だったと話していました。
こうしたことが起こる背景には、東電を頂点に、その下に東芝や日立、ゼネコンといった元請けの大企業が君臨し、下は7次、8次まで続くピラミッド型の重層下請け構造があります。この構造のなかで、東電は仕事を発注しているだけで、実際に工事を行なうのは下請の業者なのです。東電は、直接雇用関係がないことを理由に、現場で作業している労働者の安全管理を下請けに丸投げしています。東電は、自社の社員やグループ企業の社員に対しては気にするけれども、現場作業員については下請け任せです。
もちろん、一般的には「熱中症で倒れないように、ちゃんと休憩をとってください」などと言うのですが、もう一方で「工期は絶対に守ってください」と言う。下請けは、工期に遅れたら次の仕事が来るかわからない弱い立場に置かれているので、労働者の安全よりも工期優先で作業を進めてしまう。こうした状況は、事故前の定期検査でも同じだったといいます。

資料の表3ですが、震災後の福島第一原発で働いている作業員の累積被曝線量、つまり外部hyo_3被曝と内部被曝を足したものです。3月の地震直後の緊急作業では、自分たちの原子炉の暴走を何とか食い止めようと、東電社員が最前線に立って高線量の被曝をしています。しかし、状況が少し落ち着いてきた4月以降は、下請け作業員の被曝が東電社員を大きく上回っています。実際、原子炉建屋周辺で働いている作業員に聞くと、現場で東電社員を見ることはほとんどないといいます。東電社員は、免震棟という原子炉建屋から離れた建物に詰めていて、線量の高い現場で下請けの作業員たちが作業しているのを、モニターで見ているという状況です。
ちなみに、東電は表向き、4次請けまでしか認めていません。私が取材した労働者で、7次請けで入っている人がいました。しかし、東電に作業員登録するときには、自分の会社の名前ではなく、3次の会社の名前を書くように言われたといいます。でも、実際に給料をもらうのは、自分の会社からです。こうした「偽装」が当たり前のように行なわれているのが、原発です。形式的には工事の請負になっていますが、ピラミッドの中間から下は実際には派遣、それも違法な多重派遣です。日雇い労働者を派遣して日当をピンハネして利益を得る「人夫出し」と言われているような会社が、何千と入っているのです。しかし、そういう会社に東電はノータッチです。あくまで3次、4次の社員として登録させて、あとはうまくやってくれという感じです。そのことで余計に実態が見えなくなっているのです。
危険手当のピンハネも、労働者の不満になっています。大川さん、危険手当は出ましたか。

大川 一切出ていない。
布施 一切出ていないという話をよく聞きますが、上の会社の労働者に聞くと危険手当はたしかに出ている。日立やゼネコンは、リアクター周辺の作業には、1日2万円程度出しているという話です。しかし、一番線量の高い原子炉建屋内で作業した労働者に聞くと、「そんなのは出ていない」という。中間の業者によって危険手当までピンハネされているのです。でも、そういった中間業者の存在を東電は公式には認めていません、というより見て見ぬふりをしている。そういう構造が責任をあいまいにし、労働者に不当な待遇を強いていると感じました。
森崎 布施さん、大川さんから、非常に深刻な実態が報告されました。事故前からの問題として、実態が「労働者」であるにもかかわらず、「一人親方」として扱われてしまい、無権利状態で働かされている、あるいは労災隠しの横行。そして事故後も、被曝管理あるいは安全衛生教育の面で不十分な実態が続いていることが指摘されました。短い時間で十分に指摘できない部分もあったかと思いますが、布施さんは雑誌『世界』(岩波書店、2012年2月号)に、福島第一原発における使い捨て労働の現状をルポとして書かれていますので、ご紹介させていただきます。
次に、ここから被曝労働に焦点を当てていきたいと思います。とくに、この間の被曝労働に関わる政府の対策に焦点を当ててみたいと思います。この点では、政府とも交渉を進めてきた西野さんから報告をいただきたいと思います。

B 被曝労働に関する政府の対策について

放射線被曝の影響と3・11以後の政府の対応

西野 関西労働者安全センターの西野と申します。労働災害や職業病を防ぐために労働組合と一緒に取組みを進めています。私は学生時代からこういう問題に関わり始めたのですが、そのきっかけは被曝労働です。
まず、放射線被曝による人体への影響は、他の健康障害の場合とちょっと違ったところがあります。放射線被曝は、確率的な影響という問題を考えなければいけません。他の有害物だったら100%の対策を講じることができれば、病気になる、あるいはケガをする可能性は100%防げるわけです。
ところが放射線被曝に限っては被曝する環境がある限り、少なければ少ないだけ、将来発がんして死亡する確率が増えてくるというのが大きな特徴です。被曝に対する規制については、一般人で1年間に1ミリシーベルトという規制があります。ところが仕事をすることで被曝する環境にある人については、もっとたくさんの被曝が許されることになっています。
1年間にその限度は50ミリシーベルト(職業上の被曝)で、かつさらに5年間で100ミリシーベルトとなっています。ちょっと被曝をすればそれだけ確率的な影響が増えるというのに、なぜそういう線を引けるのか。実は、他の産業の労働災害により人命が失われる確率などを考慮して、1年間に50ミリシーベルト以下かつ5年に100ミリシーベルト以下だったら我慢すべきだろう、我慢できるだろうということで、その数値が決められているのです。
3月11日に福島第一原発の事故が発生して、大量の放射線が空気中にも出てしまったという事態のなかで、その収束作業にあたる作業者は年間50ミリシーベルトで対応できるのかということから、新たな対応が求められてきました。こういう緊急事態には、特別の限度として、通常の2倍の100ミリシーベルトまで許される、というのがいまの日本の法令上の規定です。
ところが、11日の事態があり、翌12日にかけて1号機のベント作業がありました。あのベント作業に従事をした東電の社員の被曝線量は数十分で法定の限度である100ミリシーベルトさえ超えてしまったのです。こうした事態を受けて、政府でいくつかの手続きを経たうえで何をしたかというと、100ミリシーベルトという緊急作業の被曝限度を、250ミリシーベルトに引き上げるという法令の「改正」をやった。これまでは、緊急作業であったとしても100までだと言っていたのを、この事態に対応するためにはそれではやっていけないということで250に引き上げたということが去年の政府の対応だったのです。
ところが、意外に報道されていませんが、250に引き上げるということ自体大変なことだったのですが、さらに水素爆発があり、緊急事態がずっと続くなかで250では作業に限界がある、500に引き上げるべきだという議論が政府内でありました。また一方で250に引き上げたけれども、それと同時に、平常時の被曝限度として1年間で50、5年間で100という限度は法令で決まっているわけですから、緊急作業で仮に200ミリシーベルトを浴びた作業者が緊急作業が終わって通常の作業に従事するとどうなるかというと、すでに通常の限度を超えているから、作業はできないことになる。
このことについて政府内で原子力保安院と厚生労働省の間でさんざんやりとりがされたといいます。緊急事態の250は別枠扱いにすべきだという保安院の側と、厚生労働省の側は、人の体は一つだから、1年間で50ミリシーベルト、5年間で100ミリシーベルトは譲れないというせめぎあいがあったわけです。結局、5年間100ミリシーベルトを残したまま、年間50ミリシーベルトは超えてもしょうがないというレベルの妥協が政府内で成立した。
ところが、その経過を考えてみると、やっぱりおかしいわけです。確率的な影響があって、それが問題で被曝線量の規制があるにもかかわらず、その確率的影響をどう考えるかというところがどこかに飛んでしまっているわけです。

なし崩し的な政府の規制

当時の政府の「電離放射線障害防止規則の特例に関する省令の制定について」(資料1参照)ですが、第7条に緊急作業に従事する間の労働者が受ける放射線量は、100ミリシーベルトを超えないようにしなければならないと決まっているけれども、この緊急作業について250ミリシーベルトに引き上げたという理由について、250ミリシーベルト以下では急性期の臨床症状があるとの明らかな知見が認められないと書いてあります。
しかし、この見解は国際放射線防護委員会(ICRP)という専門家の組織がありますが、そこの議論でもこういうものは出ていない。そもそも確率的な影響、将来の発がんによる死亡という影響の問題があるから、緊急時であっても100ミリシーベルトとしているにもかかわらず、急性症状が表れるという知見がないとして、250ミリシーベルトまでならいいだろうということにしているのです。
もう一つ、ICRPの勧告は、500ミリシーベルトを超えないようにすべきとされていると書いていますが、これも誤りです。2007年に、緊急時の被曝線量の勧告をしているのですが、ICRPの勧告は、前提として「情報を知らされた志願者が緊急作業に従事すべきである」としている。情報を知らされたというのは、放射線の人体への影響に関する知識等を持っているということです。そのようなことがわかっていて、なおかつ私がやりましょうと自ら緊急作業に従事をするのなら、500ミリシーベルトあるいは1000ミリシーベルトぐらいの目標にしなければならないということで、参考レベルとしてその数値が挙げられているのがICRPの勧告です。
ふつうの作業者が500ミリシーベルトまでだったら浴びていいということはどこにも書いていない。ところがその数字をひとり歩きさせてその半分の250ミリシーベルトぐらいならいいだろうとし、今回の収束作業を進めています。
もう一つ申し上げたいのは、緊急作業としてやむをえない場合とは、法令解釈上どういうものか。たとえば、救済作業です。作業者が高線量区域にとどまっており、何かの理由でそこから脱出できず、助けに行けばその人の命は救える、そういう時に助けに行く人も相当量の被曝をする場合に、100ミリシーベルトを超えるから行けないというのではいけない、そういう緊急事態は考えられるわけです。
ところが、緊急事態としてやむをえない場合と言っているにもかかわらず、東電の発表を見ればよくわかりますが、福島第一原子力発電所の敷地内の作業の全部が緊急作業になっている。あの敷地内、管理区域内で本来の緊急ではない仕事をしている人は何千人といるわけです。それらも全部緊急作業にしてしまっている。これはなし崩しだと私は思うのです。
11月の初めに厚生労働省は、緊急作業についての被曝上限を解除して100ミリシーベルトに戻すという決定をし、新たに告示を出しました。
しかし、新たな告示はどう書いてあるかというと、やはり例外をつくっているわけです。例外というのは正に緊急作業です。緊急作業だったら250ミリシーベルトまで許容するというのが今度の告示です。ということは、最初の告示でいう緊急作業は第一原発敷地内だったら何でも緊急作業という、なし崩しの取り扱いだったということで、これを本来の緊急作業に限定した。そういう見方が妥当だと私は思うのです。
3月11日以来の被曝労働に対する規制のあり方、とりわけ緊急作業に対する被曝規制に関する、政府の対応はまったくなし崩し的な、継ぎ足し、継ぎ足しの規制でしかないと言えると思います。
本来、緊急時にどうすべきか。最初のお話にあったように廃炉にしていくということがあっても、残念ながらどうしても被曝労働は避けられないわけです。またその際、事故が絶対ないとは言えないのです。そのような深刻な状況のなかで、どのように緊急事態に対処するのかという真剣な議論はいまだに行なわれていないこと自体が、私は問題ではないのかと考えています。
森ア ICRPの勧告に照らした問題点、さらに緊急作業の取り扱いや解釈上の問題点を指摘していただきました。いずれも大事な点だと思います。さて、こうした原発労働の現状や日本政府のこれまでの対応は特殊なことなのか、あるいは諸外国でも共通する面があるのか。国際的な視点からジョバンさんに分析をしていただきたいと思います。

C 諸外国との比較

「異常なし」を報告し続ける“嘘の世界”

ジョバン ご紹介いただきましたフランス人のジョバンです。いま台湾に住んでいます。昨年の12月、実行委員会の河添さんが、10年前に私が一橋大学にいた時、福島原発労働者を訪問していたことを思い出してくれて、ここに誘っていただきました。
原発労働者から市民が何を学べるのか。放射線管理に関し、いま労働者がたたかっている放射能は基本的に市民がたたかっている放射能と同じものです。ただその量が違うだけです。10年前、それから3・11後に会った日本の原発労働者、フランスの原発労働者、台湾の原発労働者の例を取り上げてお話ししたいと思います。
10年前のことですが、当時、堀江邦夫さんの『原発ジプシー』や樋口健二(※)さんのルポがよく知られていました。樋口さん、鎌田慧さん、それから原発労働者研究会を開いていた原子力情報室の渡辺美紀子さん、安全センターの西野さん、片岡さんたちに相談し、どこに行けば原発で働いていた労働者に会えるかを尋ねたところ、福島の石丸小四郎さんに相談したら会える可能性があると助言をもらいました。福島原発に行き、原発労働者にインタビューすることができました。その労働者は、原発の定期検査をしていました。給水ポンプや冷却水に関わる作業は重要なものですが、そういった冷却水のポンプを修理する労働者です。
彼の話を聞くと、放射能の健康に与える影響の危機感がないわけではないのですが、おそらく意識は低かったと思います。労災申請の手続きも知らないし、何ミリ浴びたらどのようながんの可能性があるのかとか、非常にアバウトな知識しかないのです。3・11以来、よくICRPの勧告が取り上げられていますが、ICRPの勧告についても非常にアバウトな知識しかなくて、自分の健康に直接の影響があるのに、なぜそんなに知識が浅いのかと思いました。やはり安全衛生教育が足りないのです。布施さんが、3月11日以来の教育不足の問題を取り上げましたが、それ以前も非常に安全衛生教育が低かったのです。
取材した下請会社社長のAさんは、福島第一原発の富岡という町の近くに住んでいました。石丸さんの紹介で会った人です。会った時にがんにかかっていて、東電に捨てられたという気持ちで、東電に対して恨みをもっていました。いろいろ話してくれて大変印象的なインタビューでした。使用されている印には「異常なし」と書いてあります。自分の会社の労働者を原発で作業させるため、健康診断の個人票を扱う時に健康の問題があっても「異常なし」とすることがずっと行なわれてきました(写真1)。そういう“嘘の世界”だということです。そのことは、さっきの布施さん、西野さん、大川さんの話でおわかりになったと思うのですが、2次下請けより下の世界は、失礼ですが、ヤクザの世界に近いと思うのです。最近、『ヤクザと原発―福島第一潜入記』(鈴木智彦著、文藝春秋)という本が出ましたが、まったくそのとおりだと思います。Aさんはいまどうなっているのか心配しています。たぶん避難したと思うのですが、お会いできたら嬉しいです。彼はGEや日立など、いろんな会社のために働いてきたのです。ただその会社は下請けですから統計の中には見えてこないのです。

被曝の量を“社会的に分配”
―社会的なインビジビリティ(不可視性)

数字が間違っていたら指摘してほしいのですが、わたしの知識では1970年代から今までに14人しか労災認定されていません。申請したのは30人ぐらいになるのですが、それは東海原発事故の労働者、2004年の美浜地区の五人の労働者を含めて14人しか認定されていない。
ご存じのように、3・11以前の段階では毎年だいたい6万人から8万人ぐらいの労働者が原発に入っていました。それは下請けを含めてです。これだけたくさんの人が原発に入っているのだから、たくさんの健康問題があると思うのです。ところが14人しか認定されていないということは、どういうことでしょうか。
他方、フランスがいいというわけでもありません。2年前に作られた記録映画(R.A.S. Nucleaire - Rien a signaler)ですが(写真2)、「R.A.S.」というのは「異常なし」、「原発は異常なし」という意味です。さっきの話と結びつくと思います。日本とまったく差はないという話はいくらでも聞きます。原発の下請労働者の労働条件が低過ぎる、賃金のピンハネがある、保険がないとか、フランスでも今日聞いたお話と同じと思っていただいて間違いありません。それは原発の安全性と直接結びつくので、彼らも自分の健康を心配しているだけではなく、原発そのものが危ないと思っているのです。写真3は、原発の前で抗議をしている場面です。残念ながらマスメディアにあまり報道されていません。
原発ジプシーという言葉もフランスでも同じです。あちこちの原発を移動しているから、自分の家を持つ余裕もないし、モービルホームで生活を送っています。
この3人はジャンパーという原子炉の中に入る非常に危ない作業をしています(写真4)。原子炉の一番下にホールがあるのですが、そこから入って1分か2分で作業しなければならないという、非常に恐ろしい作業です。
まとめますと、定期検査を下請けに回すということで被曝の量を“社会的に分配”する。下請けに回せば統計に出てこないから、社会的なインビジビリティ(不可視性)となる。それは原発の災害を隠す意味もあると思うのです。

どこにいっても安全な原発はない

フランスと日本を比較すると面白いことに、日本の場合は1970年代から定期検査の作業はすでに8割も下請に回されていましたが、それに比べてフランスでは1988年までに正社員が8割で、下請が2割しかありませんでした。それが、5年間に完全に変わって、1992年の段階では下請労働者が8割になりました。いまもそうだと思います。EUのエネルギー市場の自由化によってです。
私が研究していた2002年に東電の隠蔽事件がありました。それは昨日(脱原発世界会議の開会式)の佐藤栄佐久前福島知事が触れた内部告発という話でした。米国日系人スガオカ・ケイさんというGEの元エンジニアが決死の覚悟で行なった内部告発を政府は東電に売り渡したうえ、定期検査を実施したからこそ発見できた問題を「問題があることは許されない」企業風土であるゆえに、東電は「見なかった」ことにして、せっかく修理できるチャンスを自ら放棄し、原子炉にあった問題箇所の証拠映像を隠蔽しました。日本では原発事故を想定した防災訓練でさえ「失敗は許されない」空気があり、あらゆる事態を想定するための模擬訓練であるはずがシナリオどおりに訓練を終わらせることに終始することと、その根底部分に流れる思想は同じものです。ところで、スガオカさんの告発を無視しながら経産省は、さらにコスト低下につなげようと、定期検査の時間をさらに短縮しろとか、安全性を軽視したいろいろなコストダウンに向けてプレッシャーをかけ、それが非常にダブルバインドになると思うのです。
6月にある労働者から話を聞かせていただいたのですが、その労働者が言っていたのは、東北電力の場合は定期検査の期間が3ヵ月ぐらい。それに対して東電の場合は1ヵ月でやらないといけない。それだから東北電力が素晴らしいということでもないのですが、その差もあって福島原発では安全確保の面ではいろいろやりきれない仕事がたくさんあったと思うのです。
9月にフランスに帰って、フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)という2000人ぐらいの大きな国立研究所の原発リスク緊急管理のマネージャーを訪ねました。その方は3月12日、フランス大使館大使のアドバイザーとして働きました。西野さんが取り上げた、政府が3月14日に基準を250ミリシーベルト引き上げたという問題について質問したら、たしかに労働者にとっては可哀相なのですが、その時われわれがすごく心配していた冷却保存プールを救うために、人的資源コストは避けられないということでした。たとえば、3月14日に原子炉周辺で400ミリシーベルトの放射線が出たのですが、もし冷却プールがなくなったら、それと比べものにならない。ミリシーベルトではなくてシーベルトの単位で出るという、非常に恐ろしいことになるということです。そういったことはわれわれは考えたくない、考えられないことだから、いくら労働者を犠牲にしてもいいという話だったのです。ショックでした。
台湾の話をする時間はもうなくなってしまいましたが、台湾の場合、もっと酷いのは、原発の下請労働者の数さえわからないことです(表4)。
原発労働者から何を学べるかというと、日本にせよ、フランスにせよ、台湾にせよ、どこにいっても安全な原発はないということです。それは市民にとっても同じような問題だと思います。

「原発村」のなかでの論争

それから、労働者の放射線管理は疫学の研究対象でもあります。ネットで御用学者とも言われている、そのような疫学者の意見を私はどうしても話を聞きたくて、日本首相官邸原子力専門家グループの一人に会いに行きました。福島県の現在の状態については100ミリ以下なら問題はない等との見解でした。びっくりしたのは「原発村」の中から違った意見を出す人に対しては、「原発村」からはずす傾向がものすごく強いことです。たとえば、小佐古敏荘氏の事例を取り上げると、氏の4月末の悲劇的な辞任決定について、その方は「あれに関しては、彼がなんていうかな、少し(笑)精神的に(笑)おかしかったんじゃないか。今まで彼は、あんなことを主張する人間じゃなかったんです」と言いました。こういう「態度」をすると学界で仲間はずれにされるということがわかったのです。もう一人そういう方がいるようです。世界保健機関(WHO)所属の国際がん研究機関(IARC)で放射線研究部長を勤めていたエリザベス・カーティスさんです。原発労働者について長く調査を行なってきた疫学者です。ある程度の原発労働を行なうと、少しだけがんの数が多いという論文を発表した結果、それだけで彼女も仲間はずれになってIARCを辞めたらしい。「原発村」は、彼女の結論について「科学的根拠が足りなかった」という。「原発村」は強い制度意識を持つのが当然ですが、このように「村」のなかでの論争は興味深いです。不十分ですがこれで終わります。
森崎 日本のみならず、フランスにおいても、台湾においても、原発労働をめぐる同じような構造的な問題があることが指摘されました。
このシンポジウムはあと10分です。このシンポジウムを終わるにあたって、ご参加のみなさんから、いま求められている対策あるいは選択について、短い時間ですがメッセージをいただきたいと思います。

D 原発労働にいま求められているもの

緊急時にどう対応するのか

西野 さきほど言った話ですが、少なくとも指揮命令の下で労働者が働くという形で緊急作業に従事するということ自体が、そもそも矛盾があると思います。その意味では、緊急時にどう対応するのかということを制度としてもう一度考え直す必要があると思います。
さきほど、緊急作業時の被曝線量の数字が出ましたが、第一原発の敷地内での線量です。敷地外での作業、たとえば瓦礫処理の仕事をする人、除染作業に従事する人の被曝も含めた健康管理がこれから重大問題になってくると思います。緊急作業従事者については一定のデータベースを厚生労働省が構築し、健康管理を国の責任で行なう議論がされていますが、それ以外の何十万人もいる、放射線を浴びてしまった作業者の健康管理が、これから大きな問題になってくることを指摘しておきたいと思います。
森崎 除染の問題も労使関係のなかで除染作業に従事するなら、除染電離則の適用がありますが、ボランティアであったり、あるいは自宅を自ら除染する場合には実効ある規制がない。この点も問題であると思います。大川さんから一言いただきたいと思います。

雇用保険の適用を

大川 私から一つ言いたいのは、一人の作業員として雇用保険の適用を強く訴えたいと思います。雇用保険に入っている人のほとんどが2次、3次までです。多くの作業員が入っていない。それを強く訴えたいと思います。
森崎 当たり前の要求であるのに、そこが切実なものになっている、それ自体が異常だと思います。布施さんからもお願いします。

しっかりとした安全対策とリスクに見合った待遇を

布施 作業員の方たちに「なぜ危険な福島第一原発で仕事するのか」と質問すると、「誰かがやらなければいけないことだから」という言葉をよく聞きます。それを聞くたびに私が思うのは、「なぜ彼らなのか」ということです。今回の事故が起こるまで、福島の原発でつくられた電気のほとんどが東京をはじめ首都圏に送られているという事実を認識していませんでした。それを知った時、これまで電気を使ってきた自分たちこそ行くべきではないかと思いました。でも、実際自分が行ったところで何もできないわけです。では、自分に何ができるのかを考えた時に、そこで働いている人たちができる限り被曝しないように東電や政府なりに安全対策をしっかりやるよう求めていく、あるいは彼らがその仕事やリスクに見合った待遇を受けられるようにする、日当もそうですし、危険手当もです。また、将来にわたっての保障や健康面での国のサポートを充実させるとか、少なくてもそういうことは、現場に行けない私たちが声を挙げて求めていかなければならないのではないかと思っています。
その意味で今後も取材を続けて、少しでも作業員の方たちの環境改善につながるようなことをしていきたいと思っています。

森崎 最後にジョバンさんからもメッセージをいただけたらと思います。

個人やそれぞれの運動体を結びつけるチャンネルを

ジョバン ちょっと前から感じている問題ですが、労働運動に関わっている方々、それに関心がある方々と、環境保全運動に関わっている方々が分かれていると思うのです。それを結びつけられるチャンネルがあればいいですね。たとえば一昨日、福島を訪問した際、飯舘や南相馬のお母さんたちのイニシアティブがたくさんあるのです。一方で、いま西野さんたちが厚生労働省と行なっている交渉などについてはあまり知らないみたいです。興味がないわけではないけれど、情報が途切れている感じがしています。
福島の子どもを守るいろいろなイニシアティブがある。それらとみなさんのたたかいが結びつくところ、市民がたたかっている放射能と労働者がたたかっている放射能は同じだと思えるプラットホームがあればいいと思っています。
また、市民と労働者を繋いでいけばいろいろ国策を変える力があるのです。たとえば、国の予算の使い方も問題です。除染業界は原発村の代わりの利益の目玉になった気がします。しかし、これだけの予算があれば、被ばく労働者にはちゃんとした防御服や放射線教育、または福島第一に入ったすべての労働者の定期的健康検査を実施するべきです。健康診断を実施すべきなのは労働者の一部分だけではなくて、すべての労働者ですね。要するに、第4次下請けまでだけじゃなくて、8次下請け労働者も含めてですね。 とくに心配なのは、若い労働者が今度お父さんになった時、次の世代に被害が移る可能性を懸念しています。そしてその健康調査のデータを、労働者本人が簡単にアクセスできるようにして、それから、労働者のプライバシーを守る条件を付けて、厚労省と交渉中の市民団体にも公開して欲しいですね。
それとまた、一般市民にとっては、除染作業を優先するよりも、あるいは内部被曝の検査には必要になるホールボディカウンターの導入よりも、食品の放射能検査用機械を購入するのが優先事項なのではないかと思います。被曝する前か後か、どちらの検査が大事かということですね。

森崎 非常に大事な提起ではないかと思います。私ども実行委員会は労働組合が中心になって構成しています。この世界会議のなかで「労働問題」を取り上げていきたいという思いのなかでこのシンポジウムを企画しましたが、ジョバンさんの最後のメッセージにもありましたように、労働問題と市民、国民一人ひとりが抱える問題を一体となって解決できるような方策をお互いに見つけ出していきたい。そのために私たちも引き続き努力したいと思っています。ありがとうございました。
(※)樋口健二 報道写真家。被曝労働、公害などの取材で知られる。『闇に消される原発被曝者』『これが原発だ カメラがとらえた被曝者 (岩波ジュニア新書)』『原発 1973年〜1995年 樋口健二写真集』など、原発関連の著書、写真集多数。

 

 

 

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