全労働の活動・とりくみ

2008年 6月
全労働結成50周年記念フォーラム
第2部 シンポジウム
「労働者使い捨て社会に立ち向かう」

森ア:今回のシンポジウムのテーマである「労働者使い捨て社会に立ち向かう」というテーマで議論を進めていきたいと思います。進め方は、私から順次課題を提起させていただいた上で、3名の皆さんからご発言をいただきます。
最初の課題ですが、今日の働く者の実情、労働者の置かれた環境をどう見るか。この点について議論をいただきたい。労働行政もそこをしっかりと見ていかないと、的確な行政運営ができないと思うからです。
もとより、今日の労働者の実情は多面的にとらえていかなければならないと思います。短時間で語り尽くすことは難しいと思いますが、労働行政の内側ではなかなか知ることのできない側面も皆さんの視点でご指摘いただきたいと思います。
最初に、河添さんにお願いします。河添さんは首都圏青年ユニオンの書記長で、若い組合員の頼りになる兄貴的な存在として活躍されています。最近はテレビ朝日の「朝まで生テレビ!」などにも出演されていますが、この場では、ユニオンの活動を通じて見えてくる今日の労働者の実情をリアルにお話しいただくとともに、これまでの活動を通じての到達点、あるいは特徴点についてもご発言いただきたいと思います。

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解雇理由は「リニューアル」―「すき家」

河添:首都圏青年ユニオンの書記長をしております河添と申します。短い時間ですが、今の、とくに若年の非正規、それから正規のワーキングプア層の実態についてお話をさせていただきたいと思います。

具体的なお話からさせていただいた方がいいかと思います。先ほど、打合せのときに森アさんから「一番ひどい話からしてくれ」というお話しがありました。一番ひどい話は何かなと。暴力的な職場もありまして、とてもひどい例はたくさんありますが、大きな企業でもこんなにひどいことが行われているという一例として、「すき家」のケースをご紹介したいと思います。

そもそも私たちが「すき家」と交渉を始めたのは一昨年、2006年7月に2人のアルバイトの方が解雇の相談で組合を訪ねて来られたことがきっかけでした。皆さんは渋谷のセンター街という繁華街をご存じだと思いますが、センター街入口をずっと入って行って奥の方に行くと、左側に「ファーストキッチン」、その向かい側に「すき家」のセンター街店という店があります。「東急ハンズ」の方にずっと上がっていくと、左側にもう1軒あります。これが「すき家」の井の頭通り店です。

この2店舗で、一昨年の夏にアルバイト全員が解雇される事件がありました。解雇の理由は、店舗の内装が汚くなったので1週間ほど閉めてリニューアルする、1週間後にリニューアルオープンするという話だったのです。1週間閉めるだけですから、首にする必要はないわけです。1週間休ませるか、他の店で働かせれば済む話を、この会社は乱暴なことに全員を解雇した。そして、2人の方が訪ねてこられた。お二人とも20代の男性でしたが、アルバイトといっても一人の方は奥さんも子どももいて、そこで生活を支えていた。もう一人の方は大学生でしたが、学費も生活費も自分で「すき家」のバイトで稼いでやっていた。2人とも4年も5年も「すき家」のお店できちんと働いて、何の問題もなかった。なんで店舗のリニューアルで、しかも自分に落ち度がないのにクビにならないといけないのか。

きょうのシンポジウムのタイトルが「労働者使い捨て社会に立ち向かう」。まさしく労働者を使い捨てにするわけです。店舗のリニューアルで汚くなった備品を捨てるのと同じように、労働者をいらなくなったらクビにしてしまう。こういったことがアルバイトに対して平然と行われている。

彼ら2人はユニオンに加入して、その後解雇された人も含めて6人が加入しました。団体交渉を始めました。団体交渉の場でこちらが、「この解雇はおかしいではないか。なんで解雇したんだ」と言うと会社側は、「人心一新だ」と言ったんです。人心一新で解雇ができるのか。まったくふざけるな。人心一新なら、あなた方の方がクビにされたアルバイトの人たちより長くいるんだから、あなた方が辞めろ、アルバイトを残せ、と言ったぐらい頭にきたんです。

結果的には解雇のやり方もに不備があって、解雇通告をしないままシフトから一方的に外すなど、恐ろしく杜撰(ずさん)なことがやられていて、それを追及して6人全員の解雇を撤回させて復職させました。謝罪もさせて復帰するまでの期間、1か月半の賃金の補償をさせて、社会保険や雇用保険に入っていませんでしたから、これも法律どおり過去2年に遡って入れさせました。ここから先が問題になってくるのですが、残業代の割増分が払われていなかったということで、これについても追及して、6人については過去2年に遡って支払わせることに成功しました。こうして、こちらの主張を全部のませて和解しました。

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「アルバイトは従業員ではなく業務委託」―会社側の驚くべき主張

その後、彼らの成果をもとに、「すき家」に労働組合を作ったことをマスコミに発表して全社的に展開して、一昨年11月の勤務分から「すき家」で働くアルバイト1万人以上に残業代が法律通りに払われるようになっています。

ここまでは順調で、「行け行けどんどん」でやっていました。これはよかったんですが、過去2年の遡及請求分について要求するために団体交渉を申し入れたところ、団体交渉を拒否してきまして、労働委員会で争うことになりました。労働委員会で争う中で、会社側がさらに恐ろしい主張をしてきました。「アルバイトは従業員ではない。ある種の業務委託である」と信じがたいことを言い始めまして、大問題になっています。この問題については、『週刊東洋経済』や『ダイヤモンド』といった経済誌にも載せていただきましたし、『朝日新聞』は論点整理までしていただいて、大変大きな記事で書いていただきました。

私たちは、こうした会社側の主張は許されないということで、今年4月8日に労働基準法違反(賃金の不払い)で刑事告訴をしています。仙台労働基準監督署に、仙台の組合員の過去の不払い分を支払っていない労働基準法違反で刑事告訴したわけです。

こんな感じで今、「すき家」と争っています。「すき家」はさらに、アルバイト店長についても、これは労働基準法上の管理監督者である、もし雇用関係があったとしても時間外割増賃金を払う必要はないという主張をしています。このアルバイト店長(スウィングマネージャーという職種ですが)たちは時給制で働いている。時給制で働いている管理監督者とはこれいかに?こんなことが許されるのか、というような主張を平然としている。とにかく労働委員会での審議を先延ばしにして、「時効がくればなんでもいい。労基署なんかは適当にあしらっておけば、どうせ何もしやしない」―そういう開き直りです。これが上場企業、外食産業の大企業の中で起こっている実態です。

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有休を申請しただけで解雇―無法な状態に置かれている非正規雇用労働者

こういう、全く無法な状態に置かれている。アルバイトや派遣などの非正規雇用の人たちがワーキングプアであるというのは、単に賃金が低いというだけではなくて、最低限守られるべき労働基準法などの法律が守られていない状態に置かれていることが多いわけです。これまで述べてきたのは残業代のケースですが、それ以外にも有給休暇が取れない。ある請負会社で「有給休暇を取りたいんですが」と言ったら、「いや、うちにはそういうシステムはないから」と、一体どこの国だと。あるいは、これも請負会社ですが、有給休暇について尋ねたところ、「それは時給に含まれているから」と意味不明な回答がきたというケースもあります。

また、これは社名を出さないという条件で和解をしてしまったので企業名を言えないのがとても残念ですが、中堅のパチンコチェーンがあります。そこで8年間働いていたアルバイトの人が、有休を申請しようとしたところ本社に呼び出されて解雇されました。有休を申請するだけで解雇にされるような状態で、多くの人は日々働いています。

この間の秋葉原の事件に見られたように、工場派遣の労働者は契約期間中途での契約解除が頻繁に起こります。これは工場派遣だけではない。登録型派遣の場合、契約途中での解除でそのまま放置されて、賃金保障もされないで放り出されるケースがとても多い。違法がまかり通っている。何の保障のないまま放り出されて生活が困窮していくというのが、今起こっている基本的な大きな流れだと思っています。

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正社員の中にも少なくないワーキングプアが

非正規の話をしてきましたが、では正規のところではどういうことが起こっているのか。東京や神奈川で広く展開している「Ash」という美容室チェーンがあります。「身長187pのイケメン組合員」で売出し中ですが、柳勝也君と言う人がいます。渋谷の道玄坂にきれいな店がありますが、彼が入社して半年間任された仕事は、朝8時半に出勤して、夜の9時、10時まで渋谷の駅前でのビラまき。ハチ公前の交差点でビラまきをする。警察から睨まれるので、逃げまわりながらビラまきをする、そういう仕事でした。残業代はまったくつかない。「固定時間外手当」として2万5千円が固定されていて、実際の年収は200万円程度。夜10時、11時まで働いて家に帰れなくなるので、お客さんにかける毛布で床に寝ていた。そういう生活をしていました。それでも正社員です。若い美容師の多くは、おそらくこういった生活。ここまで長い労働ではないにしろ、賃金水準としてはこの程度のものだと思います。 正社員のワーキングプアが相当いると思います。

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4日間で80時間の労働が恒常化

もう一つ。これは「SHOP99」。生鮮食料品を扱っている24時間営業のコンビニです。ここで働いていた清水君は、高校を出てから8年間フリーターをしていて、26歳の時にハローワークで仕事を見つけて、はじめて正社員として「SHOP99」に入りました。入社して9カ月で店長職を任されて、店長になると売上の管理、商品の管理、アルバイトのシフト管理などすべて1人でやらないといけない。そういう状態に置かれました。お店に何かトラブルがあれば24時間、365日、常に呼び出される体制です。アルバイトの集まりが悪くてシフトが組めない、夜中のシフトが組めないといったら自分で働くしかない。自分は休みの日なんだけれど、アルバイトが来ない。あるいはお店の売上金のトラブルがある、あるいは商品がうまく届かない、揃っていない、そんな問い合わせがアルバイトから日常的に携帯に入ってくる。そのたびに彼は呼び出されて行った。夜中、電車が走っていない時間でも自転車を飛ばしてそこに行かなければならない。行って見れば、会社にいつも店長呼び出し用のロープがついていて、首に縄がついていて、休んでいてもいつ引っ張られるかわからない。そういう状態で彼は365日、24時間を過ごしていました。1か月の労働時間は300時間を超えました。一番働いていた時は、4日間で80時間を超えていました。1日当たり20時間働いていた。よく死ななかったと思いますが、その代わり彼は重いうつになってしまいました。今でも彼は月2回、病院に行って抗うつ剤と睡眠導入剤をもらいながら生活しています。働けなくなってしまった。

会社と団体交渉をやりました。団体交渉の場で会社側は、店長の残業代については管理監督者なので払いません、と言いました。ちょうどマクドナルドの判決が出た直後だったので、「マクドナルドの判決についてどう思いますか」と言ったところ、「マクドナルドはマクドナルドです。うちの会社はまた別ですから」と。およそ真面目に検討したとは思われない回答を言いました。

会社側の回答はそんなものだとろうと予想していましたが、それにしても不誠実な回答だったわけです。私はこう言いました。「会社はそういうふうに答えるんでしょう。でもここにいる清水さんは、あなた方の会社で長時間働かされて働けなくなっている。体を壊している、28歳の若者が。それについてどう思うのか。体を壊すまで働かせることについて、どういうふうに思っているんだ。36協定も守らない、労働基準法も厚労省の指針も守らない。過労死ラインを超えて常時働かせている会社は何なんだ」と言いました。会社側は何も答えられませんでした。無言でした。

彼らは、自分たちが何をやっているかわかっているのです。何をやってしまったかもわかっている。でも、それを直すことができない。違法な状態を正すことができないでいます。「SHOP99」は最近、「ローソン」と提携したようですが、こういった大企業が最低限の法律すら守れないような状態でいるのが今の状況だろうと思います。それが、正社員の労働条件も非正規の労働条件も著しく下げてしまっている。

この「SHOP99」の店長職だった清水君の年収は300万円です。1カ月300時間働かされて300万円がどれだけ低い賃金か。これを正社員と呼ぶべきかどうかを含めて疑問なわけです。

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「正社員の労働条件を切り下げれば非正社員は上がる」は正確ではない

正社員の労働条件が下がっているのは、非正規の数が増えていることが相当影響していると思っています。周辺的な正社員のところでは、非正規への置き換えが常に可能になってしまっている。非正規の賃金水準が低いですから、正社員に対してこういうことが言われるわけです。「君は派遣やパートやアルバイトとは違うんだから、もっと責任を持ってもらわないと困るよ。もっと頑張ってもらわないと困るよ」と言われ 続ける。正社員そのものも募集が圧縮されて非常に少なくなっていますから、もともと正社員の労働の量は増える傾向にある。それがさらに非正規との置き換えの競争に巻き込まれることによって、正社員の賃金水準がどんどん下の方に引っ張られる。そういう状況が若い人たちの間に相当広がっているのではないかと思っています。

正社員の労働条件を切り下げれば非正規が上がるとか、正社員と非正規とをいたずらに対比させる議論がありますが、それは事柄の説明としては正確ではないと思っています。正社員の賃金水準が下がることと、非正規が下がることとは一体化している。正社員の運動も、非正規の労働条件を上げなければ正社員の労働条件がよくならないし、非正規のところでも周辺的な正社員の労働条件を守る運動と連携していくことがとても重要な課題ではないかと思っています。非正規の運動と共に、周辺的な正社員のところでどういう運動が作れるかが今課題になっているのではないか。

とりあえず一回目の発言としては以上です。

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森ア:ありがとうございます。まさに河添さんがよくおっしゃる「労働無法地帯」ということだと思います。これらは、たまたま生じた事案ではない、恐らく氷山の一角だと思います。先ほど、渋谷という名前が多く出てきましたが、私は80年代後半に渋谷労働基準監督署に勤めていました。あの時も確かにひどい労働の実態がありましたが、それは、いわば裏社会みたいところでの話だったのです。しかし、今のお話しのように、アルバイトの方、つまりごく普通の方がこういう状態に置かれているのは、何か社会全体が病魔に侵されている、底が抜けてしまっている、そういうことを意識しなければいけないと強く感じました。さらに議論を進めていきたいと思います。

さて、今や「朝日新聞」を読まずして労働問題を語れないと言ったら言い過ぎでしょうか。本社労働グループで辣腕を奮っていらっしゃる林さんにお願いします。今日の現況を河添さんからご指摘いただきましたが、少し中期的なスパンでこの事態を見ていくと、どういう特徴が現れるのか。変化に焦点を置き、メディアの動向についても触れながら、ご発言をいただきたいと思います。

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この数年間で変わったことと変わっていないこと

:皆さんこんにちは。朝日新聞の林と申します。私は河添さんや脇田先生とは違いまして、あまり人前で話す機会がありませんので、きょうは大変緊張しています。何かおかしいところがありましてもご容赦いただきたいと思います。

先ほどご紹介いただきましたが、労働グループが発足したのは一昨年(2006年)の12月です。朝日新聞の編集局内で組織の改正がありまして、社会部と言わないで社会グループと言ったり、「名前が変わって何が変わったんだ」とよく言われますが、そのときに労働グループというちょっと変わったグループも誕生しました。朝日新聞としては労働問題に対する取り組みにはけっこう波がありまして、かなり冷たかった時期が正直に言ってあります。ですがここ数年、非常に労働環境が悪化している実感がある中で、そのことを書くと読者から注目されることもありまして、編集局内で労働問題についての関心が高まっていたのを背景に労働グループができました。私は、たまたまそこでデスクをやっています。

残念ながら、私自身は今、取材をしていません。デスクというのは、部員が書いてきた原稿を直す仕事です。あるとき上司に、「この話面白いから自分で書きたいんですけど」と言ったら、「きみ、それは部員に書かせなさい」と言われて取材に行けなかったことがありました。ということで、私がこれからするお話の大部分は、取材した記者から聞いた話で、残念ながら間接的なことですが、大体の流れはつかんでいると思いますので、そういう前提で話をさせていただきます。

私自身も2003年まで3年間、「くらし編集部」にいて雇用問題や年金問題などを取材していました。当時は、労働問題という言葉は何となく違和感があって、雇用問題、年金問題などを中心に取材をしていました。

まず、デスクになって変わっていないこともいろいろありますが、変わったこともあるなと思い、ここでお話しをするにあたって、それを整理してみようと思いました。

当時から私が取材していたのは、たとえば過労死とか過労自殺の問題で、これは今も変わらないどころかますます悪化していると思います。過労自殺は年々増加していて、昨年度の過労自殺の認定数が81人で過去最高。精神障害による過労認定も過去最高。脳心臓疾患による過労認定も過去最高。これは皆さんもご存じのことだと思います。当時、夫や子どもの過労死を心配する妻やお母さんから山ほど手紙が来て、そのたびに、なんてひどいんだろうと思いながら一生懸命記事を書いたのですが、その後、景気は回復しているのです。景気が回復しているのに、こうした問題が全然好転していないのは一体どういうことなんだろうと思います。

サービス残業のこともそうですが、ちょっとだけ良い方向といいますか、変化がありますのは、数年前から労働基準監督署の方々が非常に熱心にサービス残業の摘発をされるようになりまして、サービス残業がいけないことだという認識はかなり浸透したのだろうと思います。摘発はどんどん進んでいて、これもよくご存じと思いますが、残業代の指導を受けて払った件数は昨年度、過去最高。では、実際にサービス残業は無くなっているのか。みんな悪いと思いながらやっているという状況には、そんなに大きな変化はないと思います。

たとえば、フルタイムとパートの賃金格差。これもずっと長い間のテーマだと思いますが、これも残念ながら縮まっていない。若干、傾向的に言うと、この数年間、就職市場がかなり好転していることもありまして、パート賃金のフルタイムに対する比率がほんの少し持ち直しかけてはいるようですが、それでもせいぜい6割ぐらいしかないという状況も全然変わりがない。

有期雇用の問題は根本的にあると思うのですが、契約社員でも派遣でもそうですが、期限がきたから雇い止めということについての問題も、非常に難しいとは思いますが変わっていないと思います。

一方では、少しは良くなったかと思われるものの一つは失業率で、これは景気が回復したからです。職場の中での女性の立場は、男女雇用機会均等法の改正などで女性の管理職が増えるとか、逆に言うと肉体労働をしている女性が増えたりしているわけですが、ある意味改善されたところもあるなと思っています。

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新たに注目されたテーマ―日雇い派遣とワーキングプア

そして、やはり非常に強く感じるのが日雇い派遣の問題とワーキングプアの問題で、これは両方絡み合った問題です。派遣労働については河添さんや脇田先生の方が私よりずっと詳しいのですが、私が2003年に雇用問題をやっていたときに、ちょうど派遣法の改正があり、物の製造の業務への派遣が解禁になったり、派遣期間が延びたりしました。当時、労働政策審議会の委員をしていた大学の先生などに取材していましたが、その当時は失業率も高かったので、とにかく働かせやすい環境をつくることが必要なんだ、労働規制を緩和することによって、企業を「だったら、もうちょっと雇ってみようかな」という気にさせることが必要なんだなどという説明をされて、「本当にそうなのかな」と当時から疑問はありました。それから数年経ちましたが、規制緩和によってどれくらい失業率改善に寄与があったのかという研究は私、不勉強で見たことがないですが…。

今の景気回復というのは、別に小泉改革のおかげでもなんでもないのだろうと思います。一つは、日本企業がそれなりに一生懸命、企業としての体質の構造改革をした。その中には、一部人件費の削減もかなり大きく含まれてはいます。

もう一つは、中国やアメリカへの輸出が増えたことがあるわけで、そういうことを言っている人がいるかどうかはわかりませんが、別に労働者派遣法を規制緩和したから雇用が回復したとは思えません。

一方で、派遣労働市場とか規制緩和によって底が抜けてしまって、日雇い派遣がものすごく広まってしまった。それがグッドウィルとか、そういう問題につながってきたことをすごく実感します。この問題について、ここまで世間の注目が集まるようになった流れを少し振り返らせていただければと思います。

朝日新聞では、2006年の夏から偽装請負についてのキャンペーンを始めました。これはもともと経済部の記者だった人が取材している時に、構内請負を見て「なんか変だな」とずっと問題意識を持って、それでチームを作って掘り下げて、キヤノンだとか松下電器とか、いろんなところの偽装請負の問題を掘り起こして、それでもまだ不十分で問題は残っていますが、企業構造を変えさせるという一定の成果に結びついたのではないかと思っています。これについては、朝日新聞出版から『偽装請負―格差社会の労働現場』という新書が出ていますので、よろしければ本屋さんでお求めいただければと思います。

この問題については、実は『週刊東洋経済』が早くも2003年に「異形の帝国クリスタルの実像」という特集を組んでいまして、これで請負の問題、派遣の問題が鋭く出てきたなと思っています。

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報道を通じて社会問題化した「ネットカフェ難民」

ロストジェネレーション問題にも注目が集まりまして、就職氷河期に卒業した人たちがワーキングプアになってしまう、という状況についても広く認識されるようになりました。朝日新聞では一昨年の1月から連載をして、大きな反響がありました。

ワーキングプア問題については、2年前に「NHKスペシャル」が日雇い派遣の人たちを取り上げ、そこでワーキングプアという言葉が一気に広まったと思います。

ネットカフェ難民についていえば、これは朝日新聞の大阪にいる記者ですが、一昨年の秋に、このときはまだ「ネットカフェ難民」という言葉がなくて、「現住所ネットカフェ」という記事を出して、ネットカフェに暮らしている若い人の話を取り上げたのが初めだと思います。そのあと日本テレビが「ネットカフェ難民」というドキュメントを作りまして、ネットカフェ難民という言葉が広まりました。

ただ、ネットカフェ難民という言葉については、ネットカフェの業界団体から朝日新聞にクレームがきました(朝日新聞だけではないのですが)。要するに、ネットカフェが胡散臭い人たちの溜まり場になっているみたいな印象を与えるのはよくない。そう言われている人たちもネットカフェにとっては大事なお客様であり、言葉の使い方に注意して欲しいというものでした。しかし、今でも「ネットカフェ難民」という言葉を使っています。なぜかというと、そういう所で暮らさざるを得ないような人たちが、厚生労働省が調べただけでも5,400人(実際にはもっといると言われていますが)もいる。そういう人たちの問題をきちんと取り上げていく時に、それは差別ではなくて、「ネットカフェ難民」と言われる人たちが胡散臭い存在でも、犯罪を犯すような人たちでもなく、社会問題としてきちんと取り上げていく上で、一つの大きな力となった言葉であったなと思います。

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給料明細で違法派遣の実態が明らかに

きょうは、グッドウィルの話を少ししようと思って来ましたが、たまたま水曜日にグッドウィルが廃業を決定しました。グッドウイル関連で、昨年5月から朝日新聞の一面で特ダネとして掲載した記事を拾い出したら12本にのぼりました。もともとは、給与からの天引き問題だったのです。「データ装備費」という名目で天引きしているので返してほしいという話があり、その労働者が所属するユニオンが開いた集会に記者が取材に行って、そこに来ていた日雇い派遣労働者何人かの携帯電話番号を教えてもらいました。そのあと、その人たちにコンタクトをとって、「あなたの問題は何ですか?」と聞いていく中で、二重派遣で港湾労働に従事しているという違法派遣のど真ん中にいる人がいました。記者がいろいろと話を聞いていくと、その人は自分のもらった給料明細をきちんと取ってあったのです。これはすごく大切なことだと、その時思いました。その中に、「船内労働500円」と書いてある。「船内労働って何?」と記者がびっくりして、「これってバリバリ違法やん」と話して、「やっぱりそうですよね」という話になりまして、ユニオンもそれについては厚労省に告発をしたりという動きになっていきます。

これも若干手前味噌で言わせていただくと、うちの記者が「これは違法ではないか。厚労省はなんで動かないんだ。もっと動くべきだ」というやりとりを厚労省の担当者と電話でワアワアやっているのを、私はその隣で「やってる、やってる」と思ってずっと聞いていました。それはともかく、厚労省が事業停止命令を出すという決断に踏み切る。その後に告発もされていますから、ついにグッドウィルとしては廃業までいくということで結末がついたなと思っています。

私は今、労働グループデスクですが、7月1日に異動の予定です。今週の水曜日は私の送別会がある日だったのですが、送別会の日にグッドウィル廃業の発表がありまして、一番中心になっている記者が幹事だったのです。この幹事は、1次会で安来節を踊るつもりでザルを用意していたらしいのですが、それもできない。幹事は1次会に行けず、私も1時間だけ出て、1人1分ずつ挨拶してもらい、私が3分の挨拶で終わり。その後、当日の記事を書いてようやく終わってカラオケで合流したのですが、私と幹事の記者以外は全員へべれけになっているという状態でした。でも、私は異動前に最後まで見届けることができて良かったなと思っています。送別会の日とグッドウィル廃業の日が重なったことについて、職場では「グッドウィルの呪い」と言われていますが、呪われてもしようがないかな。自慢話ですみません。

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整理部記者から生まれた「残業代ゼロ労働」

コーディネーターからは、正社員のことも話してほしいと言われていまして、そうなると、ホワイトカラー・エグゼンプションの話は外せないと思っています。ちょうど一昨年の暮れに私が労働グループのデスクになった時に、ホワイトカラー・エグゼンプション問題が盛り上がって、当時いた記者と一緒に死ぬほど毎日原稿を書きました。

ただ、ホワイトカラー・エグゼンプションといっても訳が分からない。「何それ?」と。間違って「ホワイト・エグゼンプション」という人がいたりして、「違う、違う」などというやりとりもしていました。そうした中で、整理という見出しをつける人たちがいますが、担当の女性記者が「残業代ゼロ労働」と付けてくれたんです、12月でした。

そうしたら厚労省からクレームがきて、「残業代ゼロではありません」とすごく言われました。でも整理の人が一生懸命考えて、要するに残業代が出ないというのだから、残業代ゼロですよね、と。それで通していたら、結局、他の新聞社もみんなそれにならいはじめて、気がついたらほぼ全紙が「残業代ゼロ労働」というようになっていました。

翌年になると、役所とか政治家、そして学者から「“残業代ゼロ労働”という間違った呼び方のせいで(ホワイトカラー・エグゼンプションが)つぶされた」と言われましたが、「これ(ホワイトカラー・エグゼンプション)はおかしいではないか」という方向に世論が傾いたのは名付け(ネーミング)の問題もあったかなと自負しています。一つは、厚労省のやり方が下手だったなと思います。労働政策審議会まで通ったものを、法案として国会に出せない。法案の中に入れているのに、それを削って出すのは前代未聞のことで、すごく恥ずかしいことだと思いますが、なんでそういうことが起きたのか。結局は、労政審さえ押さえておけばいいんだろうと思ったのかなと、記者の話を聞きながら私はそう思いました。

それに対して、自民党というところはけっこう馬鹿にできないなと思うところがあります。ある意味で古いところを引きずっている人たち―小泉(純一郎)さんとは違う立場の人たち―もたくさん残っていて、そういう人たちから「あれはやっぱりおかしいんじゃないの」という声が出てきたのです。それをやると選挙で負けるかもしれないという肌身の感覚がどこかに残っていたのだろうと思うのです。

なんか、突然潮目がガラッと変わって、ハッと気がつくと自民党の部会がみんな反対になっているんです。川崎(二郎)さんとか、後藤田(正純)さんとか。日本経団連が下手だったのは、「年収400万円以上の人はエグゼンプションにする」と言ったので、みんな「他人事ではない、自分もそうなるのかな」と思ったからだと思います。

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世論の反響の方が大きかった日本マクドナルド判決

もう一つ言わせていただきます。今、「名ばかり管理職」が大きな問題となっていますが、日本マグドナルドの判決があった時に、私どもはたかをくくっていまして、「こんなのあたりまえだろう」と。こういう判決は今までもいっぱい出ているし、と。記者の姿勢としてはいけなかったのですが…。

その時は「偽装管理職」と言っていましたが、世論の反響のほうがすごくて、マクドナルドという知名度と結びついて、にわかに大きな問題となってきた。今、その問題がどんどんと広がっていて、河添さんのところでも手掛けていらっしゃいますが、「名ばかり管理職」が広がっていくとホワイトカラー・エグゼンプションがまた出てくるなと思っています。まだ表には出ていませんが、そういうことをほのめかすような話はチョコチョコと入ってきています。ホワイトカラー・エグゼンプションを導入しようという人たちは2年前に足元をすくわれたわけです。今度は、「名ばかり管理職」でワアッとやろうとしていたら、気がつくと逆に足元をすくわれていたという可能性もなくはないなと思って気を引き締めている昨今です。

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森ア:ありがとうございます。これまでも労働問題をめぐってさまざまな課題がありましたが、次から次へと新しい深刻な課題が浮かび上がってくるということだと思います。ちなみに、ホワイトカラー・エグゼンプション導入反対のたたかいでは、朝日新聞のネーミングの良さもありましたが、全労働としても全国の労働基準監督官に対してアンケート調査を緊急に実施しました。その結果、監督官の6割が反対。なんで6割しか反対しないんだという声もありましたが(笑)、これをメディアで大きく取り上げていただきました。非常にいい役割を果たすことができたと思いますが、これもまた巻き返しの動きもあることから警戒をしていかなければいけないと思います。

ところで、河添さんと林さんのお話を聞いていて、企業の人を雇う感覚がだいぶ変わってしまったのではないかと言うことに気づかされます。安定所で働いている私どもの組合員の話を聞きますと、中小の事業主はとくにそうだけれども、以前は人を雇うという際に、「大事な息子さん、娘さんをお預かりする」という感覚を持っていた。今はどうか。とくに派遣、請負の人材ビジネスの事業主の中には、「ひと山いくら」という感覚でとらえている者もいる。こういう労働をめぐる価値観の変化みたいなものも私は強く感じます。

ここから第2の課題に入っていきたいと思います。どうしてこんなことになってしまったのか、背景要因を少し分析していきたいと思います。脇田先生にお願いしたいと思います。脇田先生は、ご自身でも派遣労働者からのメール相談を手がけておられ、“たたかう労働法学者”と言っていいかと思います。そういう立場から、河添さん、林さんからお話しいただいた実情がどういう要因、あるいはメカニズムで引き起こされているのか。これも短時間では言い尽くせない部分ではあると思いますが、とくに先生のご専門である派遣法制、派遣労働に焦点を当てて解明していただければと思います。

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80年代に大きく変わった雇用のあり方――始まりは家計補助型のパート活用

脇田:きょうは若い方が大勢来られていますが、振りかえって考えてみると、労働者派遣法が1985年にできました。それが一つの大きな転機だったと思います。

私は、大阪の民主法律協会というところで弁護士や組合の方と研究会をやっています。そこで派遣法ができる前に派遣労働研究会が作られたのですが、当時、民間放送の中ではいろいろな請負会社が番組作りに入っていました。それが職業安定法違反ではないかと労働組合が摘発闘争をした。近畿放送、朝日放送、佐賀テレビ、青森放送…、いろいろな放送局で裁判闘争も取り組んでいました。そういう人たちが一緒にやらないかということで、私も派遣の問題を始めることになりました。

全労働も、派遣法は問題があるという指摘をされていて、労働政策研究会(当時は内山昂さんが委員長の頃ですが)にも入れていただいた。そういうことで私がこうした場にいられるのは、民放労連や全労働の励まし、あるいは研究会のおかげと言えると思います。

大きく見ますと、70年代までは日本は高度経済成長の時期で、いわゆる終身雇用といわれる日本型雇用が支配的で93%が正社員。それが当たり前だという雇用像があって、労働行政、労働法もそうした雇用を前提としたモデルを作っていた。ところが、80年代になってくるとそれが変わってくる。

まず、日本の場合、非正規雇用はパートから始まるのです。正社員が支配的な雇用という中で、パートはその家計補助として103万円とか130万円の範囲で働く。しかし、こうした非正規は世界にはほかにないと思います。まさに正規雇用が基本で、それを補う。家計補助として位置づけるということでヨーロッパのパートタイマーとは全然違うし、私が今はまっている韓国とも違います。韓国は非正規が多く、労働者の半分を超えています。しかし、パートはほとんどいない。日本はほぼ20年間もの高度成長の中で正社員という雇用のあり方が確立しましたが、その高度成長の終わり頃にパートタイマーが家計補助として入ってきた。労働組合も正社員が前提となっていて、あまり抵抗がなかった。

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フルタイムで働いても年収140万円という低賃金水準の追認

ところが、実はこれがある意味でベースになってしまって、使用者は本来、労働者を社会保険に入れないといけないのに、厚生省は1984年に労働時間が通常の労働者の4分の3を下回れば社会保険に入れなくもいい(これを「4分の3要件」と言います)というとんでもない通達を出しました。法律上の根拠はないのですが、そういう通達を作った。そして、これは全労働の労働政策研究会でも問題になりましたが、83年の職安再編でパートバンクが設置される。パート労働者は正社員に比べて低賃金、これは賃金差別です。それまでは、雇用のあり方として望ましくないというのが労働行政の基本的な態度だったと思いますが、「これだけ労働者の要求があるのだから、パートを希望する人には積極的に紹介すべきだ」ということでパートバンクが始まった。行政が家計補助型の非正規を勧める。同一労働差別待遇の極みです。こんな差別の非正規は世界にはないと思いますが、それが広がっていく。そこでは、行政の追認が一つのポイントになっています。

年収103万円をフルタイム(年間2,000時間)の4分の3の1,500時間で割ると、ちょうど700円弱。京都府の最賃が700円です。700円でフルタイム=2,000時間働けば140万円、これは生活保護基準以下です。もともと700円というのは、正社員で年収数百万円の夫や父親がいて、その家計補助として103万円とか130万円というところに意味があるのであって、その水準のままでフルタイム働いても自立できるはずがない。いま、ワーキングプアが大きな問題となっています。世界的にも、非正規の人たちが置かれている状態はひどいのですが、日本の非正規のワーキングプア問題は家計補助をベースに最賃を決め、それを行政が追認していくという、こういうところから出てきている。その点で、日本の状況は二重にひどい。103万円とか、130万円とか、ある意味で行政が作り出した制度的なものです。これが一つベースにある。

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法律が作り出した非正規雇用―派遣労働

85年に派遣法ができました。私はこれができた時に、こんなものができればこれまでの労働法や労働組合が勝ちとってきた雇用保障、あるいは労働組合そのものが壊れると直感しました。労働法を勉強してきて、(私は鈍い方ですので)労働法を自分なりに理解したのになぜこんなものが入るのか、と。もちろん、時の状況に応じてこういうものが必要なんだ、新しい働き方だ、と言う人もいました。しかし、私は納得できなかった。これ以降、日本の労働法がどんどん変わります。

それまで、労働法は数年前の六法全書でも授業はやれたのです。これ以降は毎年買い替えないとだめになる。しかも悪く悪く変わってきた。ということで、85年の派遣法はまさに法律が作り出した非正規雇用。しかも、これはフルタイムの非正規です。当時、そのねらいは三つあると思いました。

一つは、民放労連がやった職安法違反の摘発です。派遣だから問題ないということで、摘発をできなくする。

もう一つは女性です。男女雇用機会均等法が当時出てきて、労働基準法では保護抜き平等―平等を言うのなら労働基準法の女性保護をなくせという巻き返してがあって、それが労基法改悪の一つの出発点になります。

もう一つは、中間労働市場論です。当時、男性のコンピュータ労働者が広がっていましたが、企業にとっては彼らはつぶしがきかないのです。男性社員は将来的には幹部にするということで、いろいろな職場を転々とさせながらマネージャーにしていくのが日本的な雇用のあり方だったのですが、コンピュータ労働者は技術・知識がすぐに陳腐化しますので、そんな人を雇って、しかもいろいろな職場を経験させて伸ばしていくというのはあまり期待できない。だからといって、職種別団体や職種別組合に追いやれば非常に高い賃金を要求される。派遣法ができる前年に経済同友会のグループが「中間労働市場」について提言しました(経済同友会・労使関係プロジェクト「ME化の積極的推進と労使関係―“中間労働市場“の提案」1984年10月)。扱いにくい労働者については、派遣、あるいは請負で働かせ、内部労働市場には入れない。外部労働市場にもやらせない。中間労働市場を作って、営利的な派遣業者を組織して安く買いたたく。必要な時に必要な形で受け入れればいいんだ、と。

当時は、この三つが派遣のねらいでした。女性については、総合職か一般職かということが議論になっていましたが、きっと派遣職、非正規職に追いやられると私は考えていました。案の定、女性の地位は下がる一方で、正社員で雇われることがなくて派遣社員になっていく。

あるいは、契約社員とか有期契約と言われるものも現れた。有期契約というのもおかしな話で、期間を区切るというのは本当は解雇なんです。たとえば3年契約というのは、3年後に解雇することが前提となっている。本来、3年雇った人は仕事に慣れているはずですから、企業としてはむしろその人を雇い続ける方が合理性がある。経営的な合理性から見ても雇い続けるべきだけれども、長く雇い続けると正社員と同じような待遇、あるいは地位を要求するということで、予防的に期間設定をしていると思うのです。それが85年派遣法をきっかけに、「パンドラの箱」を開けたように、「多様な非正規雇用というのは労働者自らが望む、新しい時代に対応した働き方だ」などとまことしやかに論じられるようになる。信じられないことですが、労働法学会でもそういった声がむしろ主流にあって、私のような頑固者はいつまで経っても訳のわからない奴だという扱いになった。

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メール相談で明らかになった派遣労働者の劣悪な状況

政府は、自らが作り出して拡大してきた非正規雇用の問題点を取り上げるわけがない。むしろ、非正規雇用を広げたいわけですから。派遣がこんな問題があるなどとは絶対に言わない。研究者、学者もそれに追随するということで、結局、問題が表面に出てこない。それでは労働組合はどうかというと、大企業の正社員の組合が労働組合運動において支配的な地位を占めるようになり、非正規や未組織の人に対する取り組みが非常に弱くなった。そういう時期でしたので、労働組合を通しての派遣労働に関する問題化はほとんどなかった。そこで私は、仕方なくインターネットでメール相談を始めたのです。

そういう意味では、研究者は政府の統計を使って「こうなりました」「数字がこんなに増えています」と言えばいいのですが、派遣に関しては政府が本質を隠すというか、事実を隠そうとするものですから、政府統計や政府の報告書だけを信じていたら駄目だということが明らかになってきました。一方、労働組合が健全な時は組合のパイプを通して弁護士に話が行き、弁護士から私たち労働法研究者のところに相談・依頼がくるというのが一般的な姿でした。ところが、先ほどから申しあげているように、そうしたパイプが詰まっているわけですから、組合や弁護士を飛び越えて、労働者から直接インターネットでメール相談がくる。おそらく、これまでに数千件のメール相談をしたと思います。

そこで明らかになったのは、派遣労働者を取り巻く本当にひどい状況です。派遣先で一番問題になるのは、使用者にとって痛みのない解雇。普通だったら従業員の首を切るのは大変ですが、派遣の場合は派遣元に首を切らせればいいということで、簡単に痛みのない解雇ができる。

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“派遣会社の利益は労働者の涙”―雇用主としての責任を果たさない派遣元

派遣元はどうかというと、これは本当にいい加減です。何もなければ調子がいいけれど、何か問題が発生しても全く頼りにならない。場合によっては派遣労働者に牙をむく。しかし、厚生労働省の立場は、労働者にとってはこれ(派遣元)が雇用主だというものです。20uの事務所があれば派遣事業ができます。20uというと、私の研究室よりも狭いです。机と電話があれば何百人の雇用主になれる。これはフィクション以外の何ものでもない。そして、その派遣会社が36協定を結ぶ主体になっている。しかし、20uの事務所に何百人も集まれますか。労働基準法以下の状態で労働者を働かせる、労働者の真の代表者を選ぶ最低限必要な手続きさえなくなっているわけです。労働基準法が形骸化する仕組みです。

登録型派遣では、派遣会社が変わるたびに年休がゼロにリセットされる。私は、こんな働かせ方はあり得ないと思うのです。しかし、それがまことしやかにまかり通る。たとえば登録型派遣の場合、一番忙しい時に派遣される。年休をとりたくても、派遣先が忙しくてとれない。派遣の場合には、派遣先ではなく、派遣元が年休をとれるかどうか判断するわけですから、特別な理由がない限り、派遣会社が代替要員を用意して労働者が安心して年休をとれるようにしなければならないはずです。ところが、現在の労働者派遣法には、たとえば100人の派遣労働者を働かせていたら代替要員を4、5人は置かないといけないといった規定は何もない。派遣会社にしたら、派遣労働者が有休をとれば、その分のお金を払わないといけないし、代替要員の賃金も払わないといけない。2倍も払わないといけない。結局、労働者をにらみつけて、権利要求を抑えつければいいということになる。この間、派遣会社が急増していますが、“派遣会社の利益は労働者の涙”というのが私の理解です。そんなひどい労働者派遣は世界には例がない、日本の派遣法は世界最低の派遣法だというのが私の主張です。

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正社員と派遣労働者の均等待遇は世界の常識。差別待遇は日本だけ

労働者派遣というのは本来、業務が多忙な時に一時的に労働者を寄越してもらうというテンポラリーワーク(tem porary work)なのです。「パソナ」も、最初は「テンポラリーセンター」と言っていた。もともと、テンポラリーワーク(一時的労働)というのが労働者派遣の世界共通語で、「派遣」はディスパッチ(dispatch)です。イラク派遣とかそういう時に使う用語で、ディスパッチドワーク(dispatched work)などというのはどこの国にもありません。インターネットで探してみると、日本の厚生労働省のサイトだけが出てきます。要するに、和製英語です。テンポラリーワークは一時的労働ですから、「長期の一時的労働」というのはおかしなことです。ところが、日本では「長期の派遣」と言っても、みな何とも思わない。まさにそこがねらい目で、日本では業務請負的なものが労働者派遣に代わったということで、もともと長期に受け入れたいというねらいがあります。

ちなみに、ドイツで1973年に労働者派遣が始まった時の派遣最長期間は3か月です。3か月を超えるような長期の仕事の場合は、3か月を超えたとたんに派遣先に直接雇用することが義務づけられていました。現在でも、諸外国では派遣終了後、3〜5割は正社員になっていると言われており、派遣から正社員へというのは当たり前なのです。

ところが日本はとんでもないことに、正社員1人分の賃金で派遣労働者が3〜4人雇える。これが派遣会社の「売り」となっています。こんなことが平気でまかり通る国は、世界ではほかにないです。もともとは一番忙しい時に働いてもらうわけですから―「助っ人」と言われるプロ野球の外国人選手がそうであるように―、正社員よりも賃金が高いか、少なくとも同等以上でないとおかしいのです。フランス、ドイツ、イタリアなどにも派遣法がありますが、どこの国でも「均等待遇」の原則が明記してあります。日本だけです、それがないのは。

2006年に韓国が派遣法を改正しました。そこでもその点が明確にされていまして、しかも労働者が差別是正をはっきりと主張できるのです。派遣労働者が、「自分は正社員と比べて労働条件が悪い」ということを主張すれば、労働委員会が個別事件として扱うことになっていますので、そこに訴えを起こすことができる。立証責任は使用者側に課せられていて、「それは差別ではない」と立証できなければ派遣労働者に対する救済命令が出る。日本の場合、派遣法に「均等待遇」という言葉はありませんし、「差別是正」という規定もない。こんな派遣法は世界に例がありません。いつでも首を切ることができて、労働組合にもほとんど入らない。その上、賃金は正社員の3分の1〜4分の1。こういう、「同一労働差別待遇・無権利」の雇用形態を国が作ってきたのです。政府が作って、さらにこれを拡大してきた。日本の派遣制度は、正社員雇用を壊す“特効薬”です。繰り返して言いますが、こんな国はほかには見あたりません。

1995年に日経連が提言(「新時代の『日本的経営』」)を出しましたが、あの考え方は派遣の対象業務の考え方とそっくりです。基幹的な中心職種だけは正社員として置いて、あとは女性、コンピュータ労働者、それから清掃等の現業部門、みんな派遣業務です。派遣業務が専門業務だというのは全くのウソで、基幹的な正社員以外の業務を派遣にしなさい、と。だから、日経連の提言は派遣の考え方とピッタリ合っている。日本の労働行政は、その線に沿って派遣労働者を拡大してきた。

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労働者派遣法は“団結破壊法”

田端先生のご講演とも関係すると思いますが、労働者派遣法というのは組合をつぶしてきた“団結破壊法”だ、というのが私のもう一つの考え方です。

フランスでは、労働組合員が労働者全体の9%しかいませんが、その組合員が勝ちとった労働協約は95%の労働者に拡張適用する。ですから、労働者のほとんどが労働協約の適用を受けて、しかも仕事別の賃金を企業を越えた全国協約で決める。ヨーロッパでは、ほとんど労働契約=労働協約です。企業間の格差は基本的にはないと考えていい。労働組合はその推進力ということで信頼をされている。

日本の場合は全く逆で、企業別組合です。企業別の労働条件。大きな企業は賃金が高くて、小さな企業は賃金が低い。日本の常識は世界の非常識です。そういう国で派遣が入ったらどうなるか。横に同じ仕事をしている人がいても、「自分は正面から試験に通った正社員だ。大企業の正社員だ。横にいる派遣労働者は、どこかわからない派遣会社からたまたま来ただけ。別会社の人間で仲間ではない。賃金が違ってもかまわない」―そこが、日本の労働者にとっての弱みなのです。日本の労働組合はもともと企業別組合でしたが、85年に労働者派遣法ができた後、特に大企業の労働組合は企業別正社員組合に堕落したというのが私の理解で、労働者派遣法の制定にはそういうねらいがあったのです。

労働者派遣法を作ったのは中曽根内閣です。官公労を力で、国家的不当労働行為でつぶした内閣が、民間についてはジワジワと非正規が広がっていくような法律を作った。そうした中で労働組合が、一番恵まれた大企業正社員、あるいは正規公務員の組合員だけを守る利己的団体になる。非正規の問題に取り組まない労働組合が、みんなから支持されるわけがないし、労働組合としての役割も果たせなくなる。ここが、ヨーロッパの組合と全く違うところです。そして、ジワジワと組合が壊されてきた。その意味で、派遣法は労働者にとっては非常に恐ろしい、逆に、企業側にとってはこの上ない労働者破壊、労働者分断の武器であったと私は思います。

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森ア:ありがとうございます。労働者派遣の構造的な欠陥、あるいは害悪というものを非常にリアルにご指摘いただいたと思います。世界最悪のこの派遣法さえ守られていない、その異常さが現状だと思います。

さて、ここからは皆さんにも討論に参加していただきたいと思います。これまで、今日の労働者の実情をどうとらえるか。そして「労働無法地帯」と言われるような実情はどういうメカニズムで引き起こされてきたのか、こういう議論をしてきました。ここからは、目線を将来にも向けていきたいと思います。つまり、今後の労働法制あるいは労働行政のあり方、そして本日は労働運動に関わっていらっしゃる方が多いと思いますが、労働運動のあり方をどう展望していくのか。こういうところを含めて議論をいただきたいと思います。会場から何名かの方にご発言いただき、その上で若干の整理をしながら再びシンポジストの皆さんにご発言をいただいていく。こういう手順で進めたいと思います。どなたでも結構ですので、ご発言をいただきたいと思います。

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「八代氏悔い改め説」をどう見るか

会場発言1:3点お聞きします。

第1点ですが、私は「2006年転換仮説」を唱えています。2006年以前とそれ以降とではかなり違っているのではないか、ということです。記念講演の中で田端先生も「軌道修正」ということをおっしゃいましたし、林さんも「変化」とおっしゃっておられました。河添さんのご報告の中では、2006年にすき家ユニオン結成という話もありましたが、首都圏青年ユニオンができたのが2000年。その頃から女性ユニオンだとか、管理職ユニオンとかいろいろなユニオンがありましたが、非正規労働者のユニオンは2006年から続々と結成されてきます。その背景としては、2006年には「構造改革」の問題点がかなり出てきたということがあると思います。

たとえば、ライブドア事件(1月)や村上ファンドの事件(6月)。さらに、マスコミでも、林さんのお話のように朝日新聞が偽装請負問題を7月から集中的に取り上げる。NHKで「ワーキングプア」が放映される。このように、2006年になるといろいろな問題が明らかになってきて、これらがマスコミで取り上げられ、労働運動の中でもこれへの対応がかなり進んでくる。決定的だったのは、「労働国会」に向けてやろうとしたホワイトカラー・エグゼンプション問題の挫折でした。それ以降は状況が変わり続けてきているのではないかと思いますが、こういう見方が妥当なのかどうかということが第1点です。

もう一つは、「こういうことをすすめてきたのは財界」というお話しがありましたが、私は、その中でもかなり限られた人間がやってきたのではないかという印象を持っています。財界の中でも、たとえば規制緩和小委員会。これは、規制緩和委員会、規制改革委員会、総合規制改革会議、規制改革・民間開放推進会議、そして今日の規制改革会議ということで名前がコロコロ変わってきていますが、この会議で1996年から2006年まで11年にわたってトップに座っていたのが宮内義彦という人です。この人は「平成の政商」と言われているほど、規制緩和、規制改革を自分の商売に結びつけて大儲けをした。もう1人、「平成の後白河法皇」と言われているのは牛尾治朗という人で、この人が06年まで経済財政諮問会議の民間議員を務めていました。牛尾氏と入れ替わりで入ったのが八代(尚宏)さんです。八代さんは、竹中(平蔵)さんや太田(弘子)さん、福井(秀夫)さんらと一緒に、新古典派経済学で規制改革を強く主張している人です。こういう限られた「お仲間」でずっと進めてきたと言える面もありますが、こういう見方に対してはどうお考えになられるでしょうか。

その後、八代さんを中心に「労働ビッグバン」を打ち出してきましたが、ホワイトカラー・エグゼンプション問題が挫折し、その後状況が大きく変化する中で、「八代さんは変わったのではないか」「悔い改めたのではないか」という見方がありますが、こういう説に対してたとえば脇田先生はどういうふうに見ておられるのか。

最後に、現在、労働者派遣法改正問題がいろいろ議論されています。きょうは1985年以降の話がされましたが、1999年改正と2003年改正―2004年から施行された物の製造の業務への派遣の拡大―の2つの改正がかなり質的な転換となったのではないかと思います。「1999年以前に戻すべきだ」という意見もあります。今の改正論議についてどういうふうに考えておられるのか、この点もお聞きしたいと思います。

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「規制改革」―人間を大事にする発想が抜け落ちた価値観

会場発言2:コーディネーターから、「未来についての話を」ということが言われたように思いますが、それについて感想めいたものを申し上げたいと思います。

「規制改革」などと言われていますが、その根幹にあるのは「すべては金に帰結する」という平板な価値観なのではないかと思います。派遣会社が何を考えているのかというと、とにかくお金の勘定をしてさえいればいいんだ。手元に残った黒字が多ければ多いほどいいんだ、という考え方にすっかり染まってしまって、人間を大事にするという発想が見事に抜け落ちていくということなんだろうと思います。問題は、そうした価値観に対抗していくのは、「すべてはお金に帰結されるものではない」という価値観をいかに育てていくかという大きなビジョンの話になっていくのではないか思います。

今の社会では、将来をどうしたいのか全く見えない。国の政策のレベルでも見えないし、若者たちの問題という時にも自分たちは将来どうしていきたいのかが見えておらず、そうしたところにお金という価値観が忍び寄ってきて、「すべてはお金」という考え方に染まっていってしまうところに問題の根っこにあるのではないかと思います。ちょっと大きな話になってしまいましたが、こういった価値観の平板さにどう抵抗するのかについて、3人の方々にお考えを伺えればと思います。

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メディアはもっと自らの足元をしっかりさせるべきだ

会場発言3:「小泉改革」の時に労働法がかなりズタズタにされたということが、何となくわかってきました。テレビがこぞって小泉さんを持ち上げたという問題があると思います。その時、新聞が冷静かつ的確に物事をとらえて批判できたかというと、私はよくわからないところがあるのですが、小泉さんは「マスコミの言うことは別に信用しなくてもいいから」みたないことを平気で言うようになって、メディアの価値がその頃から急激に下がっていったと思うのです。私は「新聞奨学生110番」の活動をしています。林さん個人を責めるわけではないのですが、朝日新聞が労働問題の事件をいくら取り上げてくれても、書いていることと自分たちがやっていることは全然違うのではないか。ウェブの書き込みを見ると、朝日新聞社で紹介してもらった販売店に行ったら販売店主が暴力団風の人だった、というようなことが見受けられるのです。

朝日新聞が偽装請負問題の告発キャンペーンをいくらしても、「それでは『ヘラルド朝日』の問題はどうなんだ」と言われると、報道に説得力がないのではないか。労働記者の方々は一生懸命やられていることは私もわかっていますし、これからも頑張ってほしいと思っているのですが、いま言ったメディアとしての足元もしっかりしていかないと、いくらこれから良い記事を書いても信頼してもらえないのではないか。そういったことを心配しています。

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同世代として、私たち青年はどうすべきか

会場発言4:日雇い派遣の規制について、シンポジストの皆さんのお考えをいただきたいと思います。

規制緩和がどんどん進む中で、日雇い派遣の規制はようやく出てきた正しい規制の第一歩だと思います。あまりにもひどすぎる現状で、むしろ遅いくらいだと思いますが、とにかく一刻も早くきちんとした制度を作っていただきたいと考えています。住まいもない、仲間もない、その日その日を生きるだけの賃金しかない。同じ日本に生きているとは思えないような現状。しかも、主に私と同世代の若者がそういった立場に置かれていることを非常に悲しく思っています。

その中で、同世代のわれわれ青年としても、本当は何かをしないといけないのに、できていない現状もあって、自分たちの力の無さを歯がゆく思ったりします。一刻も早く日雇い派遣の規制についていいものを作っていただきたい。これについて、皆さんのお考えと、われわれ同世代の青年ができること、していくべきことについてご示唆をいただけたらと思います。

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森ア:それぞれに積極的なご発言をいただきありがとうございます。会場発言を受けて、2回目の発言は脇田先生からお願いしたいのですが、一つは労働者派遣法の改正について、99年以前に戻すべきというご意見、あるいは日雇い派遣の規制のあり方などに関わるご質問がありましたが、この点についてご意見をお聞かせいただきたい。

この間の規制緩和に関わって、政策決定のあり方について問題意識がありました。「官邸主導」「内閣府主導」と言うことができるのかもしれませんが、そこに一部の特異な考え方の人が集まって政策決定していく有り様をどう見るか。また、その中で、06年が今日見られる変化のポイントになっているのか。さらには、規制改革の旗振り役であった八代氏の「悔い改め説」という考え方も披露されましたが、このことについてもひと言ご感想をお聞かせいただけないでしょうか。

なお、脇田先生は明日から調査活動のために韓国に出発されるそうですが、労働運動の展望に関わって、韓国労働運動の発展の要の部分を示唆いただければと思います。

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本来は労働者派遣自体の廃止を課題にすべきだ

脇田:派遣法改正の問題ですが、初めに断っておきますと「99年以前に戻せ」という議論は実は私の本来の考えではありません。私は、派遣法の制定自体がボタンの掛け違いであったと思っています。労働条件が企業別に定められているところに派遣を入れた国は、日本と韓国だけです。韓国は当初、日本をモデルにしていた。企業を越えた労働条件で、かつ同一労働、同一待遇で正社員の雇用を壊さないという前提で導入されたヨーロッパでは、日本や韓国に比べると弊害が少ない。ヨーロッパでは労働組合や労働法が、いったん就職した労働者の雇用を守りますので、なかなか若い人を雇いにくいという事情がある。そこで、仕事に就かない(就けない)若い人たちが麻薬に走ったりすることがないようにということで、労働組合としてもやむをえず、必要悪として、若い人たちをテンポラリーワークで雇って、その期間を見習い労働期間のようにして、3〜5割が正社員になるのだったらやむを得ない―こういう考え方で、ドイツ、フランス、イタリアは派遣労働を受け入れたのです。

イタリアでは97年に派遣労働法ができましたが、イタリアの労働法学者はこれを「ブルッタ」と呼んでいた。「ブルッタ」というのは、「みにくい(法律)」という意味です。本当は望ましくないが、若者の深刻な状況がある中でやむをえず組合としてもその弊害を限定的な形で受け入れた。こういうことですから、日本のように10年間で4倍近くに伸びるというような、正規雇用を壊すようなものではないのです。日本の場合は、ヨーロッパのような前提がないままに労働者派遣が導入された。ですから私は、日本では労働者派遣という制度をなくさないと労働者の権利、雇用は守れない、本来は労働者派遣自体の廃止を課題にすべきだと思います。韓国では、労働組合の要求は「派遣は廃止」です。そのためにものすごい運動もしています。

日雇い派遣は登録型派遣の極みのようなもので、私は労働者供給事業だと思っています。もともと派遣は、「派遣元は雇用主だ」というフィクションです。だけど、日雇い派遣は社会保険にも入れない、一切責任は取らずに、ピンハネだけはするわけです。労基法第6条(中間搾取の禁止)を派遣に適用しないという理由についての労働省の説明は、「派遣元は雇用主であって、派遣先と労働者の間に入る中間介在者ではない」というのものでした。しかし、日雇い派遣はまさにピンハネ以外の何ものでもない。これは即、ぶっ潰さなくてはならない。現行法でも潰せると私は思っています。派遣法の改正とか言っていますが、そのためにわざわざ改正する必要はない。労働者派遣法の改正というのなら、派遣法自体をなくすか、少なくとも登録型派遣を廃止するところまでいかないと立法的な意味がない、というのが私の立場です。

それから政策決定のあり方に関して、「八代さんが(私の)天敵だ」というお話しがありましたが、まさにそう思っていまして(笑)、あの人の言うことを聞いていたらみんな大変 なことになる。よくこんなことを平気で言えるな、と思います。「悔い改めた」という見方があるということですが、ちょっと信じられないです(笑)。一方、「派遣法の父」と言われる高梨昌さん。この方は85年の派遣法制定の時に、「労働者の要望にこたえる新しい働き方」などということを平気で言うから、「それはおかしい」と私が言っていたら、95年になって、「派遣というのは小さくあるべきだ。こんなに広がるのはおかしい」と彼は悔い改めた。高梨さんは最初間違っていたとは思いますが、限界がありながらも、社会政策に対する理解はあった。八代さんも、もしかしたら悔い改めている部分があるのかも知れませんが、八代さんには社会政策自体についての理解がない。まさに新自由主義の人だと思うので、「悔い改めた」というのはどういう意味か、単なるポーズなのか、私には詳しい情報がないのでわからないです。

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きっかけは韓国から突然届いた1通のメール

今後への展望ということですが、実は2000年に韓国から突然メールがきました。

「韓国では98年に派遣法ができたが、派遣可能期間は2年間となっている。2年経ったら正社員になれるかどうかが大きな問題だが、日本でどうたたかっているのかを知りたい。いろいろ調べたが、日本で派遣問題をたたかっている組合はない。学者もいない。唯一、お前だけがホームページを開いて派遣労働者の相談をしている。日本の状況がどうなっているのか韓国でしゃべってくれ」という内容のメールでした。

それまで私は、ハングルも韓国の状況も何も知らなかったのです。日本では相手にされないけれども、私を必要としてくれる国、運動がある―そこを意気に感じまして、4年ほど前からはハングルに夢中になり、今も勉強しています。

それでは、韓国では何をやったのか。97、98年のIMF危機の中でリストラが広がり、今では非正規雇用が55%を超える状況になっていた。労働組合は、日本と同じように企業別正社員組合でした。20年前の民主化運動を反映して、組合としては伸び盛りでストライキもバンバンやるのですが、非正規の問題に対してはやはり反応・対応が鈍いのです。

ということで、労働者の意識的な部分が非正規労働センターなどを作ろうとしていましたが、私は「労働組合が非正規問題をやらないと駄目になるよ、日本みたいになるよ」ということを話した。「5年間で企業別組合を脱皮してたたかえるようにしないと、日本のような企業別正社員組合になって、労働運動自体が消えていく。そうしないためには産別化をめざさないといけない」と。とくに民主労総という組合(ナショナルセンター)ははっきりとヨーロッパ的な産別化をめざして企業別組合を解散しています。いままでの企業別組合を解散して、産別に1本化することが最終的な目標で、これまでに90%が産別化し、いま産別交渉をバンバンやっています。

新聞等でも報道されましたが、この前、「貨物連帯」という組合が1万台のトラックを止めました。あれは特殊労働者といって、名目的自営業者です。政府は、「これは労働者ではない」と言っていますが、自分たちで勝手に組合を作って、ストライキをやって1万台のトラックを止めた上に、このストに共鳴するといって未組織の3,000台が参加をした。これは、フランス、イタリアのストライキのやり方と一緒です。フランス、イタリアの労働組合員というのは アクティブメンバー(活動家)で、労働組合が呼びかけたストライキに未組織の労働者が7、8割参加する。そこで勝ちとった協約は労働者全体に及ぶ。それでも足りないところを労働行政が法律できちんと作っていく。ですから、労働行政は労働組合の力が及ばない残り5%をしっかり守れば、あとは組合が基本的に守ってくれるというのがヨーロッパだと思うのです。

それでは日本の場合はどうかというと、先ほどの話のようにトヨタ、キャノンといった大企業でさえ平気で違法をやるわけですから状況が違う。そういう意味では、フランス、イタリアに近づくのは難しいが、韓国は日本と同じ企業別組合を脱皮して産別化をめざしているということですから、これが近いモデルになるのではないかと思っています。

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ピンチはチャンス―将棋盤をひっくり返せるチャンスがやってきた

「ピンチはチャンス」というのが私の言いたいことです。これまでは企業別に労働者を囲って、「うちの会社にきたら一生大丈夫です。企業従業員として頑張りなさい」というのが経営側の方式だった。ところが、今は使い捨てです。先ほどの会場発言で、「お金としか考えない」というお話しがありましたが、派遣会社を通じて労働力を確保して、いらなくなったら使い捨てる。これでは、労働者は企業に忠誠心を持つことにはならない。逆に言えば、経営側が支配の基盤を自ら壊しているということです。労働組合がなぜこのことに気がつかないのか、と思っています。

統計上の話ですが、今、日本には派遣労働者が300万人いる。もし、ここで一つの組合を作ったら、IG(イーゲー)メタル(ドイツ金属労組)よりも強い労働組合を作ることができます。300万人ですから、1人が月1,000円の組合費を払ったら、年1万円としても300億円。300億円の組合費があれば、弁護士を何人も雇うことができます。学者も雇えます。専従もいっぱい雇える。それが非正規労働者・派遣労働者のためにだけ働くわけです。ものすごく強い組合。日本中の職場の隅々にまで派遣労働者は広まっていますから、そうした労働者がストライキをすれば全部を止めることができる。夢のような話ですが、それぐらい矛盾がたくさんあるし、発展の可能性もある、これが弁証法なんです。

日本の労働者の現状を見ると、確かにピンチに見える。ジリ貧のように見えますが、ジリ貧になってきたら将棋盤をひっくり返すしかない。ひっくり返せるチャンスが今きているのではないか。そういう発想を持たずに今までのような考え方でいくとジリ貧でどうしようもなくなってしまう。私は60歳になりましたが、ここは自分の年を忘れまして、20歳のつもりで、残りの人生10年、20年頑張っていきたいと思っています。

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森ア:ありがとうございます。励まされているのか、脅かされているのか、微妙な感じを抱きながら聞かせていただきました。

次に、河添さんにお尋ねします。1つは、これからの労働運動のあり方に関わって、首都圏青年ユニオン、あるいは河添さん個人としてもさまざまな新しい運動を創造していると思います。先ほど、「すべてはお金」という価値観の指摘がありましたが、河添さんたちの活動はある意味ではそれに対抗する価値観の広がりを追求しているようにも思えます。そういう活動の経験から、今後の労働運動のあり方に関わってご意見をいただきたいと思います。

もう一つは、行政のあり方についてです。政策的な部分もありますが、日頃、労働行政を利用することも運動の柱としているとお聞きしていますが、そうした中で垣間見える労働行政のあり方に関わってご提起いただけるものがあればお願いしたいと思います。

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大切なのは「労働組合は味方だ」というメッセージを社会的に発信していくこと

河添:「脇田先生、すげえなあ」と思いながら聞いていました。きょうは、(記念講演をされた)田端先生と脇田先生に煽られながらいろいろ考えました。

私たちが「違法の3点セット」と呼んでいるものがあります。[1]残業代の未払い、[2]社会保険、雇用保険に未加入、[3]有給休暇が取れないで、これに[4]違法な解雇を合わせて「4点セット」と呼んでもいいかと思います。こういう劣悪な労働条件が横行していることによって、ただでさえ賃金レベルが低いのが、さらに低くなる。それだったら、それらを一つひとつ団体交渉で取り上げて、労働組合の権利として要求を勝ちとっていく。それによって、労基法以下の労働条件をなくしていこう、ということです。

今、労働組合の組織率が18%と言われていて、82%の人が労働組合に入っていない。非正規、中小企業になればなおさら低い数字になっている。要するに、日本は基本的には職場に労働組合がない社会になっている。多くの人には労働組合が無関係な状況になってしまっているわけですから、82%の人たちに対して何を訴えることができるのか。「労働組合は味方である」というメッセージを社会的に発信していくことがとても大切なことなのではないか。労働組合そのものが信頼されていない状況のもとで、労働組合の力をどれだけ伝えることができるのかがポイントになってくるだろうと思っています。

そういう意味で、交渉で一人ひとりの人を守りながら、社会的にアピールできるものは一つひとつアピールしていく。先ほど話した「SHOP99」のケースですが、マクドナルドの店長を組織している東京管理職ユニオン、そしてコナカの店長を組織している東京東部労組と一緒に「名ばかり店長」の集会を5月19日に開き、いろいろな新聞に取り上げていただきました。このように、社会的に問題になっている一つひとつのケースについて労働組合がもっと社会的に発信していくことが必要なのではないか。そうした努力をしなければいけないのではないか、と思っています。

「名ばかり店長」の問題では、これは全くの偶然ですが、連合、全労連、全労協という上部団体が違う組合同士が集まって集会を開きました。こういった流れで、今度は長時間労働を告発して過労死防止法を作っていこうではないかという話をしています。労働運動はこれまで、長い間やられっぱなしだったわけです。先ほどの脇田先生のお話にもあったように、ここから反転させていく。今がそのきっかけの時期なんだろうと思っています。

また、先ほどの会場発言の中で「2006年画期説」が出されました。「画期」かどうかはあと10年ぐらい経たないとなかなか分かりにくいところがあって、本当の意味で画期となるようなたたかいをこれから自分たちで作っていかなければいけないと思っています。

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貧困に陥った人をネットワークでつなぐ―反貧困運動の発展を

もう一つ、運動としてご紹介したいのが反貧困の運動です。NPO法人「もやい」の湯浅誠さんが最近、『反貧困』(岩波新書)という本を出されています。あれを読んでいただけると運動の全体像が見えるのですが、二つの団体について紹介したいと思います。

一つは「反貧困ネットワーク」です。「反貧困ネットワーク」というのは、代表が宇都宮健児弁護士、事務局長が「もやい」の湯浅誠さんで、個人参加の団体ということになっています。参加は連合、全労連、私どものようなフリーターを組織している組合、それから障害者団体、精神障害者の団体、シングルマザーの団体、野宿者支援の団体等々、貧困の当事者を組織しているような団体の代表者が広く集まって結成している組織です。

この間、何回か集会をやりまして、3月29日には千代田区内の中学校を会場に「反貧困フェスタ」という企画を行いました。ここには連合会長の高木さんも来られて、派遣ユニオンの関根さんと私の3人でシンポジウムを行いました。

こういった、貧困の問題を政治的、社会的に解決するための横断的なネットワークができ、それが運動を強めているというのがこの間の重要な動きだろうと思っています。この間、生活保護基準の切り下げに反対する運動、あるいは生活保護受給者が病院に行く時の移送費の問題などで運動を強めており、今は社会保障費の2200億円削減問題での運動を強めているところです。常に選挙の争点に貧困の問題をあげていって、貧困の問題に取り組まない政治家はいらない、というスローガンで運動を進めているところです。10月19日には東京の明治公園で大規模な反貧困の集会を開催する予定です。これを横断的なネットワークで成功させていきたいと考えています。

もう1つは、「反貧困たすけあいネットワーク」です。「反貧困ネットワーク」と名前が似ているので、「紛らわしい」と言われているのですが、こちらは互助制度です。これはどういうものかというと、月会費300円で、6か月掛けていただくと病気やケガで仕事を休んだときに、1日1,000円、10日を上限として1万円の給付を行う。生活困窮時には無利子で1万円の無利子の貸付を行うという互助制度です。

通常、貧困に陥っている人は健康保険に入れなかったり、病院にかかれないような状態でいます。また、日雇い派遣などで働いている人、生活に困窮している人たちは正確な情報からも排除されている。貧困な人ほどバラバラにされて正確な情報からも排除されて、たとえば生活保護制度に関する知識もない。そういう人たちはお金に困ったらどうするか。サラ金を何社からも借りて多重債務になって、終いにはどうしようもなくなって自殺してしまうというケースが非常に多いわけです。

こうした中で、自らお金を掛けることでみんなとつながるというネットワークによって、変な話ですが、「お金を掛けているから自分にも権利があるんだ」という意識をもちやすくなる。そういうことで、相談しやすい窓口になっています。実際にこういったことを通じて、生活保護につないでいるようなケースもあります。

「朝日新聞」の4月30日付けに、「39歳 全財産100円」という記事があります。この記事で紹介されている人は、「反貧困たすけあいネットワーク」に相談に来られた方です。まだ 会費を6か月払っていなかったので給付の対象にはならなかったのですが、私も一緒に「もやい」に相談に行って、いろんな手立てを講じて生活を支えています。

脇田先生も、派遣労働者は職場での団結が非常に難しいというお話しをされました。しょっちゅう職場が変わるわけですから、職場が自分の居場所にはならない。生活に困窮して、家族との関係も切れてしまえば、どこにもつながるところはないわけです。貧困に陥っている人たちがどこにも帰属できないでいる。そういった人たちをネットワークでつなぐ。困ったらここに来ればいいよ、という居場所を社会の中に作っていく。今、必要なことは、それをどれだけ細かく重層的に意味のある形で作っていくかだろうと思っています。

このネットワークでは、互助制度をやりながら生活を支えると同時に、「本来は、これは国や自治体がやるべきことだ。社会保障をきちんと整備していくべきものだ」というように、行政の責任も追及していきたいと考えています。

また、同時に、「自分は給付を受けることを必要としていないけれども」という人たちにも加入してもらうことが重要だと考えています。貧困の問題を貧困の当事者だけの問題とするのではなく、社会全体で解決すべき問題としていくことが大切です。「たすけあいネット」を広げることによって、社会の中に「互いに支えよう」という社会イメージを広げていきたいと思っています。ぜひ、みなさんに加入していただいて、「たすけあい」のネットワークを広げていただきたいと思います。

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森ア:労働運動の可能性と言いますか、個別の事案をしっかりと解決させながら、同時に社会的にネットワークを作って、社会全体をとらえた運動をしていく。新しい運動のあり方を提起していたと思います。また、労働行政への励ましをいただいて、私も同行支援運動に参加してみたくなりました(笑)。

最後に、林さんにご発言いただきたいと思います。林さんからは、今のような「労働者使い捨て社会」の中でこれをどう改善していくのかについて、労働行政や労働組合がそれぞれどういう役割、責任を果たしていったらいいのか。まず、その点についてお話しいただきたいと思います。

また、会場から「メディアの責任」というご発言がありましたが、この間の構造改革に関する報道の仕方などを含めた、メディアの責任についてご発言いただきたいと思います。

加えて、今の状況は、社会全体の「空気」のようなものがすごく影響しているし、その「空気」自体も構造的、制度的に作られるのでしょうが、先ほど河添さんからご紹介のあった湯浅さんの『反貧困』の中でも、「自己責任」というものをどうとらえるかということが大きな部分を占めています。この点についても、林さんからお考えを披瀝していただけたらと思います。

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納得のいかない報道にはどんどんと物を言ってほしい

:答えにくいことから先に答えさせていただきます。

一つは、小泉改革についてのメディアの報道の仕方がどうだったのか、という点です。併せて、「朝日新聞だって労働問題を抱えているではないか」というご指摘だったと思います。

小泉改革の報道について、直接どうこう言える立場にいなかった人間が言ってはいけないかことも知れませんが、私自身は不満がありました。たとえば郵政改革ですが、各新聞とも竹中(平蔵)さんの主張に大変寄り添った報道を展開していたなと思います。それは本当に良かったのか。恥ずかしながら、私は以前経済記者だったので、記事を読みながら、なんか変だなとすごく思っていました。最後になってようやく、郵便局で問題になっていることは別に民営化しなくてもできるんだという報道がチラホラと出てきて、それを読んで「やはり、そうじゃないか」と思ったのですが、時すでに遅しで、狂騒状態にマスコミがうまく対応できなかったことは反省しなければいけないと思っています。

ただ、そういう批判も含めて、新聞は幸か不幸か毎日発行されますので、どんどん盛り上がって訳のわからない方に行くことがあるかも知れません。実は、そうした際にいろいろなご批判をいただくことに対して報道機関は非常に敏感で、朝日新聞に限らないと思いますが、非常に筋の通ったまともな意見に対しては何とか対応しようとする。あるいは現場は、少なくとも立ち止まって考えようとすると思います。ですから、皆さんが「この報道はおかしいじゃないか」と思ったら、投稿でもよろしいですし、広報に言うのもいいですし、たまたま会った記者に文句を言うのもいいです。それはどんどん言っていただければと思います。

このように、マスコミはあくまでも媒体ですので、現実に起きていることと読者・視聴者との間をつなぐものなので、報道について読者や視聴者からの反応があり、報道の現場からさらにそれに対する打ち返しがあれば、どんどん変わっていきます。

小泉改革の時にすごくやりにくかったのは―石原都知事を取材していた時もそうでしたが―圧倒的多数の人が小泉首相を支持しているわけです。そうした中で反対論を書くのは非常にやりにくいです。でも書かなければいけないこともあるので、それはやっていかなくてはいけないと思っています。

朝日新聞社に関わる労働問題についてご発言がありました。私は販売のことはよく知らないので言い訳するわけではありませんが、「インテリが書いて、やくざが売る」―私はインテリかどうかはわかりませんが―と言われているのは確かです。戦後、販売の正常化がずっと問題になってきているのに、なかなかできない。それは個別宅配制度というものが新聞の屋台骨を支えていることと関係があると言われています。新聞販売店は新聞社とは別の組織としてそれぞれ地域でやっているところに問題があって(しかも、それが問題の根本的なところなのですが)、それを変えるのは非常に難しいことです。問題があるのはわかるし、それを変えようと思ってもなかなか変えられない。それは、再販制度などによって守られている業界ゆえの問題だとも言えるのですが、そういうご批判はとくに現場の方々から積極的に言っていただければと思います。

「ヘラルド朝日」の話もありました。これはご存じのない方が多いかも知れませんが、朝日新聞の英字紙の方で紛争がありまして、4人が雇い止め状態になった。これについてはこの間、高裁判決が出て朝日新聞は勝っていますが、私は会社の対応にも問題があったと思っていますし、そもそも紛争になったのが問題だと思っています。先日、朝日新聞労組が私のところにインタビューに来まして、その内容が労働組合の機関紙に載りました。インタビューで「朝日新聞労組は何をしたらいいですか?」と聞かれたので、私が最初に言ったのは、「コンプライアンス」ということです。会社がコンプライアンスを守っていないことほど記者がやりにくいことはないので―これはたとえて言えば、一生懸命前線に出ていたら、後ろから(味方に)鉄砲で打たれてしまうというようなもので―それは絶対にやめてほしいということです。

非正規労働の問題について、労働グループは記事で同一価値労働・同一賃金と書いているが、その足元ではそうなっていないではないか、というご批判はまったくその通りです。それについては組合の機関紙に載せたら反響があって(残念ながら経営陣からの反響はありませんでしたが)、多くの若い記者が「林さんの書いたことは本当にその通りだ」と言ってくれました。そういうふうに多くの人が思っている中で、会社も変わっていかなければいけないなと思っています。

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「自己責任」論を克服するには徹底して議論を尽くすことが必要だ

「自己責任」論について、一言だけ言わせていただきます。きょうの資料として朝日新聞の2つの記事を用意しました([1]6月20日付「いじめ 使い捨て もういや―派遣社員4人の本音座談会」、[2]4月30日付「39歳」 全財産100円―細切れ雇用 食いつなぐ生活)が、これは「自己責任論」の話をしたいと思ったからです。先ほど河添さんが引用された「39歳 全財産100円」という記事はものすごく反響がありました。反響の中には、「でも、こいつ同情できないよ」というものもたくさんあったのです。なぜかというと、「こいつ、30歳で大学出ている。サッサと勉強して、サッサと大学を出て正社員になっていればこんな苦労しなくてすむのに、自己責任だよね」というのがたくさんありました。

この記事を出す時に、私たちのグループの中でそのことは議論しました。もう一つの女性に関する記事ですが、その人も20代ではバイトを転々とする生活をしていた。「バイトしているのが悪いじゃん。正社員にならなかったんだから」というのも多かったです。

私たちが議論の中で言ったのは、そういう声は絶対出てくるだろう、ということでした。それに対しては、じゃ、大学を出るのが遅かったから一生ワーキングプアで年収100万円で暮らさないといけないの。大学を30歳で出ることはそんなに悪いことなの。昔の文学者はみんなそうだったんじゃないの―引き合いに出すのは違うかもしれませんが、と。ちょっと遠回りすることが許されないというのは逆に言うと、20代で正社員になった人は、とにかく正社員の地位に死ぬまでしがみつかないといけない。それが過労死を起こす社会ではないかなど、いろいろ議論をして、もっと人間は生きやすくならないといけないから、こういうのはありのままに出して批判を受けた上でやっていこう、ということでこの記事を載せたわけです。

私は今、竹信(三恵子)編集委員と朝日新聞のネット「アスパラサロン」でブログ―これは朝日新聞の購読者向けサービスで、登録していない方はご覧になれないのですが―をやっていまして、このブログにはかなり反響があるのですが、事件の2日後に竹信さんが秋葉原の事件についてブログを書いたら、100件ぐらいコメントがつきました。その後、私がまとめを書いて、イレギュラーな形ですが、その2日後に秋葉原事件に関する派遣労働者座談会をブログに張りつけたら、そこにも50件以上の反響がありました。その議論をずっと見ていると、やはり自己責任の話がかなり出てきます。

「負けたくないおばさん」というハンドルネームの人が、「人のせいにしないで」というコメントを出しています。若い人たちの間に正社員を拒否するような働き方を求めることがあったのではないか、「『派遣さん』と言わないで名前を呼んでほしいというけれど、名前を呼んでほしければ名前を呼んでもらえるような働きをしなさい」という女性のお叱りの意見です。これを載せました。それに対して、反論がきました。朝日新聞の読者はみんな立派だなと思うのですが、その反論を書いた人は正面からその女性の指摘を受けた上で、「でも、社会はそういうふうになってない。昔は正社員の椅子が100個あったが、今は50個しかない。努力して50個のうち1個を取れたからといって、他の50人に対して『お前ら努力しなかったからだ』と言っていいの?」などいろいろな角度からのコメントがいっぱいついて、それに対して「負けたくないおばさん」が再度、「いや私はこうだった」というような議論をして、ある程度発展したのです。

やはり、ある程度のところで議論をすれば、皆わかると思うのです、「自己責任」の問題の考え方のおかしさというか、限界がある。それをみんなで、いろいろな形で議論をしていく。そのために新聞も使っていただくし、あるいはブログとかネットも使っていただきながら、ここ数年、特に小泉内閣時代から強まってきた「自己責任」というものは違うのではないか、という声をあげてもらう。みんなが分断されている状態で、自分の努力が足りないから今のような厳しい状態に置かれているんだ、というのが「自己責任」論の根本にあるのだと思うのです。秋葉原の事件を起こした加藤容疑者も、そういう状態に置かれていたのではないか、と思うのです。

河添さんたちが行っている運動もそうですが、社会は別に分断されているわけではなく、自分もいろいろなネットワークによって構成されている社会の一部なんだ、という感覚がもっと広まっていけば、そこから、社会保障はどうあったらいいのか、生活保護はどうあったらいいのか、というような議論にもっとつながっていくのではないかと思います。そういうことについて、ぜひ皆さんでいろいろな所で議論をしていただけたらと思います。

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重視したい企業の社会的責任(CSR)

最後に一言。河添さんの話を聞いて思ったのですが、「すき家」、マクドナルド、「SHOP99」のやっていることはひどいではないですか。この間、チベット問題でフランス政府が中国を非難した時に、中国の人たちがカルフール(フランス資本のスーパーマーケット)をボイコットした。私はそれを、「ああ、日本人もみんなでマクドナルドをボイコットしたらマクドナルドは変わるのかな」と思いながら見ていました。

CSR(企業の社会的責任)という考え方があります。このCSRは、どちらかというと株に投資する時に使われることが多いのですが、消費者の行動としても、この企業は社会的な責任をとらないのなら、私たちは買いに行かないという判断がもっとあっていいのではないか。別にボイコットを煽るわけではないのですが、考え方としてそういうことがあってもいいのではないか、と思ったということです。どうもありがとうございました。

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森ア:ありがとうございます。「自己責任」論の広がりによって、「勝ち組」「負け組」という言葉が出てきたり、社会に非常に殺伐とした雰囲気が作り出されており、社会の基盤の部分が危うくなってきていると思います。それに対して、社会の基盤をもう一度ていねいに紡いでいくことが労働運動の大事な役割になるのではないか、ということを感じました。

3人の皆さんからは貴重なアドバイスや提言をいただきましたし、労働行政の可能性、労働組合の可能性が大変強く指摘されたのではないかと思います。記念講演をしてくださった田端先生の著書の中にこういう一節があります。

「労働をする生きた人間にとっては、“労働”はたんに報酬を得るための手段にとどまりません。“宵越しの金を持たない”職人が、労働について誇りをもつのは、その“労働”が社会的に価値を有するもの、したがって自己の社会における生存が有意味であることを無意識にではあれ、知っているからです。労働が大きな規模で組織され、細分化されるとなかなか実感しにくくなると思いますが、このような“労働”の意味は、おそらく人間労働に普遍的にあるはずのものではないかと思います。『労働組合』とは、このような“労働”する人によって構成される、その意味で生きた人間によって組織される団体なのです。労働組合のこうした性質は、労働組合が、『企業』のあり方、ひいては産業や経済社会のあり方を、より人間的なものに変えるひとつの重要な要素になりうることを示唆しています」(『グローバリゼーションと労働世界の変容』旬 報社、2007年11月、374ページ)

まさに、きょうのシンポジウムを通じて、労働組合の可 能性、人間の尊厳を取り戻す可能性をいくつかの側面から明らかにすることができたのではないかと思います。

また、全労働に対する大変厳しいご指摘、あるいは期待のご発言も寄せられました。しっかりと受け止めて尽力していきたいと思います。大変お忙しい中、貴重なご意見をたくさんいただいた3名の方に感謝を申し述べて本日のシンポジウムを終えたいと思います。ありがとうございました。

(おわり)

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