全労働の活動・とりくみ

2005年 7月
シンポジウム
討論を受けて −シンポジストの発言−

【森ア】いま、6人の方からフロア発言がありましたが、そのことも念頭におきながら、最後にシンポジストの皆さんからコメントをいただきたいと思います。

有期雇用は、労働者を解雇付きで雇用するということ

【脇田】私が一番に言いたいのは、解雇は本来あってはいけないことだし、非正規雇用の中でも特に有期雇用契約は例外的なものでなければならない、ということです。ところが、日本では労働者派遣法ができた後、有期雇用契約が広がっている。これは労働者を解雇付きで雇うということです。労働契約法制が変えられて、解雇規制が緩くなる。そのことは確かに大変ですが、すでに二の丸、三の丸は非正規雇用という形で解雇規制が緩められているのです。労働契約法制のねらいは、本丸の正社員部分の規制も緩めてしまおうということだと思います。大学教員の任期制法が問題になった時、私は京都の私立大学教職員組合連合の委員長をしていましたが、大学教員に任期を付けるというか、解雇を予定する雇用はいけないと言ったのです。ところが、大学には非常勤講師の人がたくさんいますが、そのことに対する正規教員の反応は非常に弱い。切迫感が感じられないのです。非正規雇用という、一番苦しんでいる人たちに手を差しのべて、共にたたかって、非正規雇用を見直していかないと労働契約法制は必ずやられる、たたかえない、と思っています。
もう1つは、周りに目を向けるということです。非常に忙しい中で、次々といろいろなことが出てきて、それに追われてしまいがちですが、自分たちの周り、仕事を含めて、それが本当にいいのか、あるいは自分たちのすぐ近くに非正規雇用の人たち、あるいは中小零細企業の人がいる。そういった人たちと連帯をしたたたかいが必要ではないか。

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「鳥の目」ではなく、「虫の目」で受け止めてほしい

1976年に、『これが労働行政だ―労基署・安定所職員の手記から』(労働教育センター)という、全労働が編集した本が出ました。学生サークルでお願いして、全労働京都支部の方に来ていただいてお話を聞いたのが、私が研究者になる一つのきっかけとなりました。職業紹介や労働基準監督という、労働者に直接影響する公共的な仕事が、憲法や国際条約が求めている内容に照らしてどうなっているか。どんどん外れていっているのではないか、それを労働行政の現場の目から鋭く告発してほしい。
八代(尚宏)さんや小嶌(典明)さんら労働行政の見直しを言う人たちは、鳥の目で見ています。上からきれいに見て、勝手なことを言っている。私は、雇用社会の歪みの中で苦しんでいる人たちの問題を、鳥の目ではなくて、虫の目で直接受け止めているのは、労働行政の担当者の方だと思うのです。そういう意味で、労働法を死なせない、生かすということで、労働組合として、労働行政として頑張っていく必要があるのではないかと思います。
そこで、具体的なお願いとして2点あります。
1つは、職安が紹介する求人に関することです。先ほど、職安と民間のどちらが効率的なのか、というお話がありましたが、最近では、職安に派遣会社や請負会社からの求人がたくさんきている、ということを聞きます。去年、大阪民主法律協会派遣労働研究会(私もその一員ですが)のメンバーと大阪労働局の幹部職員が話し合いをして、思わず激しいやりとりになりかけたのですが、こちらは「派遣や請負からの求人をなぜ受け付けるのか」と言う。すると、労働局の人は「会社が直接雇用しているのだから、その雇用主に紹介することは問題ない」と言うのです。しかし、実態はそうではないのです。派遣会社に紹介したら、労働者はまたその先(派遣先や請負先)に行くわけです。職安が、労働者が実際に働く場所を確認しないまま求職者に仕事を紹介してしまうことになる。民間の派遣会社や請負業者は職安に頼って、求人情報を盗んでいるわけですよ。私は、職安の方が紹介力があると思っていますので、それを労働行政の側がなぜはっきり言わないのか。ぜひ議論していただければ、と思います。
もう1つは、職員が労働行政に携わる姿勢の問題です。大阪にスタッフサービスという派遣会社がありますが、そこでは、その会社の営業社員が1人で何百人もの派遣スタッフを受け持たされているために、ものすごい働かされ方をさせられている。派遣労働者もそうですが、派遣会社の営業社員も大変で、過労死が起きたのです。それで、スタッフサービスという派遣会社を、労基法違反の人事管理をしているということで告発したのです。その中で、労働行政の担当者が定年後、天下りしてその会社の顧問格になっているということを耳にしました。私は、大阪で労働基準オンブズマンの代表もしていて、労働行政が本来の公的な役割を果たすことが大事だ言っているのですが、そういう話を聞いて、2階に上げられて梯子を外されたような感じがしました。いま、労働者は必死で、辛い状況で働いています。労働行政への期待も大きいと思います。ですから、いま言ったようなことが事実であれば非常に残念です。そういうことがないように、労働行政への期待に応えて国民のために働いていただきたい。サービス残業のこの間の摘発は、みんな拍手喝采していると思うのです。そういう意味も含めて、少し苦言を言わせていただきました。

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改憲論は、階層分裂する社会を受け入れさせるイデオロギー

【城塚】きょうのシンポジウムのテーマは「労働は商品ではない」ということですが、市場化が進行していくと、公務、人間生活のあらゆる領域、労働のあらゆる領域が商品化される社会になっていくし、当然、階層社会になっていきます。富める者はますます富んでいきますし、貧しい者はますます貧しくなっていく。
政府は、今年3月に閣議決定した「規制改革・民間開放推進3か年計画(改定)」で、求職者からの職業紹介手数料規制の緩和を検討することとしています。要は、十分な対価を払わない人は、ディーセント・ワーク(人間としての尊厳を保てる生産的な仕事)にありつこうにもありつけない、という社会になってくるわけです。そういった、階層を分裂するような社会を容認するのか、仕方がないとあきらめるのか。そうではなくて、それではいけない、人間の社会はそんなものではないということで、もっと違った形の社会にする必要がある、という合意を広げていくことが大事ではないかと思っています。
いまの改憲論は、階層化社会になってもしようがないと、国民をあきらめさせる機能も果たしています。例えば、憲法の生存権規定をプログラム規定に貶(おとし)めてしまうとか、あるいは憲法に国民の責務条項を入れていくというようなことです。憲法は本来、権力をしばる規範であるはずなのに、なんで逆に国民をしばるように変えてしまうのか。これは、法律家の目から見ると、ほとんど理解不能です。しかし、そうした議論がまかり通っているのは、結局は階層分裂していく社会を受け入れさせるための一種のイデオロギーとしての役割ではないのか、と私は考えています。

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人間の生活を全体として把握するのが公務労働者の役割

抽象的ですが、私の言いたいことは、そうではない、違った社会のあり方を提起していく必要があるだろうということです。きょうは、公務員の方がたくさんいらっしゃると思います。公務労働者の任務というか、公務員にしかできないことがあるのです。1つは、その仕事をなぜ公務員がしなければならないかということですが、公務というのは本来、国民の人権保障を目的としています。営利が目的ではありません。これが民間企業と違う点です。このことを広く訴えていくことが必要であって、これを遠慮していては駄目です。
もう1つは、公務の目的と関連するのですが、専門性が重要だということです。専門性にはいろいろな点があると思いますが、例えば、先ほど北海道支部の方が「単に求人情報を得るだけでなく、まずは窓口に来てください」とおっしゃった。あれが、その一つだと思うのです。まさに、知識、経験、あるいは国民の生活をいろいろな角度からトータルに把握する。目先のデータだけではなくて、人間の生活を全体として把握する。これをするのは公務労働者の本来的な役割だし、公務員にはそれができると思うのです。この点も、もっと遠慮しないで出していくことが大事だと思います。
もう1つ言うと、団結した労働組合には別の役割があると思います。弱肉強食の世界ではなく、連帯を基礎にする組織ですから、連帯の質を高め広げていくのは、さしあたりは労働組合が一番可能性を秘めているわけです。それをもっと広げていけないか、ということです。首都圏青年ユニオンの活動には目を見張る思いがしています。大阪でも同じような役割を果たすところを作ろうという話もあるのですが、なかなか若者が寄ってこない。その点で、東京の活動には刺激を受けています。1つの例ではありますが、若い人たちを中心に連帯を広げていく活動をやっていくことが大事ではないかと思っています。

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「職場を守れ」だけでは心に響かない

【安田】あくまでも労働組合業界の一般論として言いますが、企業不祥事があった場合、僕ら記者はその会社の労働組合に取材には行きません。よほどの好事家でなければ、労働組合に話を聞きにいこうなどという気持ちにならない。なぜかというと、例えば大企業の労働組合の場合、労働組合に取材に行っても会社と同じことしか返ってこない。過労死や過労自殺に関して、労働組合の責任という形で取材をしたことがあります。三役に、「お宅の会社で起きた過労死、過労自殺について、組合としてどのような責任を感じているのか」と聞くと、「広報に聞いてくれ」と…。バカじゃないかと思う。会社とは独立した組織なのに。こういう組合が林立していること自体がおかしいと思うのですが、労働組合の姿がまるで見えてこない。「労働は商品ではない」というような大きなテーマで労働組合の力を発揮させるためには、企業組合的な発想ではなくて、労働組合は社会的な存在であるということを自覚した上で活動することが大事ではないかと思います。
民間委託や民営化の問題に関しても、「職場を守れ」という発想はもちろん大事だし、そのかけ声の必要性も当然ではあるけれども、それだけでは、将来的な不安を抱える人、生活不安を現に抱える人にとってあまり響きの良い文言としては伝わってこないのではないか、と思う時もあります。労働行政は、そうした社会不安を軽減させるためにあるんだということを、労働組合の側から声を大にして主張していただきたい、というのが僕の希望です。

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一番大事なのは、仕事と生きることの誇りをぎりぎりのところで提供すること

例えば、ハローワークの公設民営化に関して厚生労働省に取材しても、温(ぬる)い答えしか返ってこないのです。「なぜハローワークの公設民営化に反対なのか」ということを広報担当者に表面から聞くと、「ネットワークの問題」だと言うのです。職安は、北海道から沖縄までネットワークをもっている、公設民営化ではこれが崩れる、ということです。しかし、派遣会社だって北海道から沖縄までネットワークをもっています。ネットワークだけの問題でやるのではなくて、労働行政が本当に守られなければいけない人というのは、民間会社が非効率だといって相手にしないであろう人々、あるいは障害をもった人々、一生懸命生きているけれどチャンスがない人…、そういう人たちに対して、仕事と生きることの誇りをぎりぎりのところで提供するのが労働行政に携わる人の一番大事なことではないかと思います。それを主張することによって、あるいは声を大にして叫ぶことによって、労働組合の姿が、労働組合の外側にいる人にも見えてくるのではないかと思います。
今回、ハローワークを取材した時にいろんな方にお話を伺いました。誰一人として、単純な反民営化論者の方はいませんでした。それぞれの方が一生懸命仕事をし、民営化論の欺瞞を突きながら、現在の職安をもっと親しまれるものにしたい、よくしたい、「民間開放」の動きに口実を与えないように我々自身の努力も必要だと、皆さんが熱く語っていました。これには大変勇気づけられました。そういったハローワークが、国民に対する最低限のセーフティネットとしてもっと育っていってほしいと思います。どうか頑張ってください。

【森ア】シンポジストの皆さんには、時間的な制約の中で「規制改革」と「民間開放」の問題点とともに、労働行政や労働組合が進んでいくべき方向を語っていただき、そして私たちに対する温かい励ましのお言葉もいただきました。これを今後のとりくみに生かしていくことを誓い合って、本日のシンポジウムを締めくくらせていただきます。ありがとうございました。(完)

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